2012年8月31日金曜日

新大久保がコリアンタウンへと変わった理由 下

昨日の続きです。

どうして、高級住宅街がコリアン・タウンへと変わったのだろう……それを調べていくと、このロッテ工場の設立が、最も大きなエポックメイキングであることが分かりました。

戦後まもなくロッテの工場は産声をあげたようですが、昨日書いた通り、戦後しばらくはその影響も少なく、数十年間は、ジャズ喫茶店が数多く散財する音楽の街として有名だったのです。

ところが、ロッテがチューインガムで国内のシェアの5割をとり、ロッテ工場が大きく発展するようになって、この街が大きく変貌を遂げました。

ロッテの創業者は、在日朝鮮人の重光氏。日本人経営の会社では雇ってもらえない、あるいは居心地の悪さを感じていた朝鮮系の人々が、彼を頼って、日本中からやってきました。

この辺りの事情は、新大久保のコリアンタウン(上) に詳しく載っています。

日本の生活が軌道に乗り、やがて、本国の親戚を朝鮮半島から呼び寄せて、現在のコリアン・タウンが形成されたのでした。高級住宅街が、急激に外国の低所得者層の方々の住む街に変わるのは、案外簡単な理由でしたね。むしろ、ロッテの工場ができてからのことを書いたほうが良かったかもしれません。

さて、昨日に引き続き、新大久保の歴史に思いを馳せたのは、反韓運動をしている人々が、新大久保でデモを繰り広げたというニュースを知ったからです。

韓国征伐国民大行進(*`Д´)ノ!!!デモ後の新大久保散策2012/8/25 という動画を見れば、当日彼らがどのような行動を取ったのかが、よくわかります。

同じ日本人として恥ずかしい、というのが正直な感想です。特に、「朝鮮人を皆殺しにしろ」というシュプレヒコールにいたっては、反吐が出そうになりました。

無論、韓国国内で繰り広げられる、異様な日本人敵視、日本人相手ならば、何を言ってもいいという態度、そして、先日の大統領による天皇陛下への土下座要求には、大変な憤りを、私も感じます。

しかし、そのおかしな韓国の人々と同じような行動をとるプチ右翼の行動には全く賛同できませんし、逆に、韓国の異常な行動を咎め立てしていた自分が恥ずかしくなります。日本人だって、品格下劣な点では、奴らと同類じゃねえか、とね。

在日朝鮮人、韓国人の人々には、日本を愛し、日本社会に溶け込もうとしている大勢の人々がいます。にも関わらず、朝鮮系の人々を十把一からげに排除しろ、「皆殺しにしろ」と連呼するのを許容出来る訳がありません。

もっとまともな、品格ある民族主義が、なぜ育たないのでしょうか。なぜ民族主義的な運動は、彼らのような、下品で知性のないものばかりになるのでしょう?

自制のきいて、それでいて凄みのある運動を展開することはできないものなのか、と、この動画を見ながら最近、よく考えます。


本日読んで、気になった記事はこちら。↓

2012年8月30日木曜日

新大久保がコリアンタウンへと変わった理由 上

東京の新大久保駅の周辺は、コリアンタウンとして名高い場所です。日本でいながら、ハングルが氾濫していて、街を歩くと韓国語が当たり前のように聞こえてきます。

焼肉屋や韓国人向け食材が軒を連ねる大久保駅の周辺は、もともとは、このようなエキゾチックな街ではありませんでした。明治時代は高級住宅街として、終戦後は音楽の街として知られる高級感あふれる街だったといいます。

それがどうして、外国人街に変わったのでしょう? 昔の歴史を遡りつつ、探ってみました。

大久保駅と新大久保駅の間にある町が、百人町です。コリアン・タウンは、主にこの百人町を中心に広がっています。

百人町の名前の由来は、江戸時代、伊賀(現・三重県)の鉄砲隊「伊賀組百人鉄砲隊」がここに住んでいたからです。

徳川家康は、本能寺の変の際に堺にいたため、危うく明智光秀の命をうけた暗殺部隊に殺されるところでした。それを助けたのが、伊賀者たち。その中には、忍者と呼ばれる人々が多数、含まれていました。その逃避行は「伊賀越え」として有名です。

それ以来、家康は伊賀の忍者を尊重し、江戸にまで連れてきたのでした。

彼らは江戸の警護という重要な役割を担当しており、その武家屋敷は威容を誇っておりました。

武家屋敷としては、とても面白い形をしていたといいます。道路に面する部分が、約5.5メートル。奥行きが約70メートル。非常に細長い屋敷だったのだそうです。敵の侵入を防ぐためだったそうです。

屋敷が細長いと、仮に盗賊が屋敷に忍び込んだ場合に、探し易いのが利点です。その分、暮らしにくかったはずですか、欠点よりも利点を選んだのでした。

細長い部屋が何十メートルとつながっているうちを想像すると、面白いですよね。

明治時代になると、この落ち着いた街並みを好んだ明治官僚や商人、文人たちが移り住むようになります。小泉八雲が住んでいたのも、この場所。

何しろ彼は、当時の東大教授、お雇い外国人です。彼らは総理大臣とほぼ同じ額を給料として受け取っていた、超高給取りでした。彼らが住む高級住宅街が、この頃作られていきます。

ハイソな家庭で育った子供たちは、長じて音楽家となる者も多く、この町には音楽家が数多く住むようになりました。明治大正の日本は、室内楽がメインで、オーケストラを擁するほどは文化的に熟成されていなかったようです。

ところが第二次世界大戦の終戦後には、娯楽に飢えていた大衆の後押しもあり、百人町に多数いた音楽家を中心に、オーケストラが数多く誕生しました。

1946年に創設された東京交響楽団も、そのうちの一つ。その本拠地は、現在も、ここ、 新宿区百人町2-23-5なのです。

そして、彼らのための楽器修理の店がここに多く作られるようになりました。

今では信じられませんが、家庭に一台ピアノを置くのが当たり前、というピアノブームが数十年続きました。ピアノは一台百万円近くするビッグビジネスです。この辺りの楽器製造は、かなり賑わったそうです。

また、高級住宅街に住む人々が、終戦後に音楽を聞くために通うジャズ喫茶も、数多く作られました。

こうして、音楽の街として知られるようになりました。

それが、一変するのは、ロッテの工場が、百人町2丁目にできてからでした。

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2012年8月29日水曜日

仕入れ値で売って、儲ける

聞いた話。
江戸の元禄バブル経済が崩壊した後、江戸中の飲食店が軒並み潰れた頃のことです。

その中で、今の池袋にあった「豊島屋」という飲食店だけが大繁盛しました。

なぜならこの店、料理の値段が驚くほど安いのです。どこよりも安いという評判は、嘘ではありませんでした。仕入れ値で料理を客に提供していたからです。例えば魚を5文で仕入れて、それを料理して、5文で売っていまのです。

もちろん、嘘のように値段が安いため、当たり前のように繁盛します。店にはいつも長蛇の列ができ、満員御礼だったといいます。

同業者は皆バカにしました。

だって、儲けられる訳がないじゃないですか。

料理するのには、人件費がかかります。ショバ代だってかかります。調味料や、燃料費など、その他諸々を考えれば、仕入れ値で料理を売れば売るだけ、損をするだけ。そんな商売が長続きする訳はありません。

ところが、です。

「いつか潰れるぞ」「何を考えているんだ?!」
という周囲の噂を尻目に、豊島屋は順調に売上げをあげていき、当主は大成功をおさめ、最終的には武士の株を買い、子孫は旗本になったそうです。

さて、問題。どうやって、儲けを出したのか??

・当主は、地方からやってきました。お金も土地も持っていません。
・ただ、それまでいくつかの小さな商いをしており、実直な人間である、という信頼は得ていました。
・陰で、店内で遊女を斡旋する等、非合法なことをしていた訳ではありません。

答えは、下。

2012年8月28日火曜日

劣等感に裏付けられない努力

郷ひろみを特集した数カ月前の雑誌を手に取る機会がありました。表紙をみて驚きました。同性から見ると、多少気持ち悪いポーズではあるけれども、純粋な賞賛が湧き上がります。これが56歳の人間の肉体とは信じられません。

彼は非常にストイックなことでも知られています。
夜8時以降は食べない,空腹は水を飲んで我慢する。
それでもダメなときは,「俺は郷ひろみだ!」と自分で自分にカツを入れる。
彼の言葉を、この写真を見た時にふと思い浮かべました。もう一つ思いうかべたのが、
ボクは他人と自分をあまり比べない。
比べても,無意味な劣等感とつまらない優越感しか生まれないことが多いから。
という言葉でした。

私もそうですが、現状に満足していない人は多いはずです。そして、現状に満足できないという人は、何らかのコンプレックスを抱えている人が多いのです。

私も、いくつものコンプレックスを抱えています。
だからこそ、将来のもっといい生活、もっと楽しい仕事などを思い浮かべて、夢を描きます。
そして「現在は、それに向かって頑張っているのだと考えて、努力を続けます。

それは、一種のハングリー精神でしょう。
ハングリー精神とは、「物事を強く求め、達成への強い意志を持ってことに当たる気持ちや心意気など」のことです。
それは努力のための原動力になるのだと信じていました。

でも、それが過ぎてしまうと、現在を楽しむことができないまま、一生を過ごすことになるでしょう。
老人となり、将来に夢を託すことができなくなると、とうとう死後に望みをつなぐようになります。
「死んだあとに、極楽浄土に生まれ変わる。今生はそのために、功徳を積んでいるのだ」
などとね。

でも、それはおかしいですよね。なぜ、今を楽しめないのか。今に満足できないのか。

日本人であるということ、それだけで、実は世界から見れば、天国にいるようなものだと聞いたことがあります。

治安がよく、強盗に怯える必要はありません。警官に突然捕まえられて、拷問されることもありません。毎日飲む水道水に、大量の毒物が含まれていることもありません。当たり前の生活、当たり前の毎日。でも、それは世界の底辺にいる、数億人にとっては当たり前ではありません。

無論、日本にいるからこそ経験するような、悩みもあるでしょう。イジメや偏見、様々な規制などなど。

でも、それは奴隷となって一生こきつかわれたり、難病となって毎日苦痛のまま過ごしたりすることに比べたら、何ほどのことでもないのです。

この考え方を敷衍(ふえん)するならば、今の満ちたりない現状も、本当ならば天国のような素晴らしい空間なはずなのです。それにすら満足できない自分を、一度疑った方がいいのかもしれません。

この日本で生活をしていて、今を楽しめない自分は、もしかしたら病んでいるのではないか……と。

劣等感が強いと、現在はすべて、将来のための手段となってしまいます。果ては、ありもしない死後の極楽浄土行きを夢見て、自分の生活に回すべきお金を、お布施として宗教団体に寄付するようになります。それは、他人に自分の人生を支配されるのと、何ら変わりません。

冒頭に掲げた郷ひろみ。彼は自分の人生を、紆余曲折を経ながら、それでも楽しみながら生きていっているように見えますよね。それでいながら、ここまでの肉体を練り上げるほどの努力を重ねます。コンプレックスに裏付けられない努力でも、ここまでの成果が出るのです。

現在を楽しむために、コンプレックスにもとづかない努力を、初めましょう。



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2012年8月27日月曜日

新規公開株で、詐欺師がだます手口 下


昨日の続きです
それから見せられたのが、証券のコピー。
証券だけでは信用されない、と思ったのでしょうか、昨日アップしたパチロットの意匠登録証などのコピーも見せてくれました。


こっちはもちろんはなっから投資するつもりはありません。それよりも、どうして彼らがこのように嘘を平気でつけるのだろうと、彼らの経歴について尋ねてみました。

一人は三重の高校を卒業後、証券会社に入社。その当時は今ほど証券会社の地位も高くなく、営業で苦労したといいます。40代も終わりの頃、子会社に移り、給料が大幅にダウンしたので早期退職制度を利用して退社、今は知人の会社にお世話になり、こうして顧客開拓に日夜励んでいる、というのでした。もう一人も似たような経歴です。

「この事業がうまくいくとは思いませんけど……」
と突っ込む私に、二人の老人は、パチンコ業界の問題点について、語ってくれました。

既存のパチスロ機、パチンコ機のメーカー業界は、非常に排他的で、同業他社の参入を強固に拒んできたこと、公正取引委員会から排除勧告を1997年に受けても、実態はそのままであることなどなど。

そこにこの機械の参入の余地があるのだそうです。パチンコ機でもなく、スロット機でもない第3の遊技機なので、パチスロ機などとは競合せず、しかも現行の法律にも従わなくてもいい、という良いとこどりだ、というのです。

「そんなうまい話、あるわけないでしょ?」
そう指摘しても、二人は、いや、大丈夫だ、と食い下がり、こんな資料を見せてくれました。一生懸命に作ったのでしょうね。

競合企業分析もバッチリです。
彼らの態度には真心が籠っていて、いささかも嘘偽りを感じ取ることができませんでした。穏やかに、ゆっくりと、噛んで含めるように話す彼らの態度を見ると、信用しないと悪い気持ちになりました。もっとも、結局、お話だけ聞いて、その場を離れましたが。

しかし彼らは諦めません。その後何度も営業の電話がかかってきました。二度と会いませんでしたが。

ちなみにこの、株式会社ゴールデンマーケット。住所は日本橋箱崎町18-11HIKARIビル2Fとなっており、名刺に載っていた電話に昨日電話してみましましたが、予想通り、現在は不通。つながりません。

パチロットなる製品は、数年後の今にいたっても市場に出回ってはいないようです。投資していなくて正解でしたね。

詐欺に多くの人々が騙されるのは、たとえば「経済革命クラブ(略称KKK)」の会長のような(覚えてますか?ちょび髭の人)明らかに怪しい人物がリーダーだったとしても、実際の営業マンたちは虫も殺さないような人物たちばかりなのかもしれません。
よく、
「相手を見れば、信頼できるかどうか分かる」
という人がいます。でも、上京していろいろな怪しい人々に出会ってきた経験から申し上げますと、それは、無理じゃないでしょうか。

まずは、話の内容を論理的に吟味するのが重要です。話の内容以外の人柄や態度で判断すると、騙されることになります。

2012年8月26日日曜日

新規公開株で、詐欺師がだます手口 上

今から数年前のこと。
夜の8時ごろ、仕事帰りに老齢の男性に呼びとめられました。
場所は六本木のAMAND近くの交差点だったでしょうか。

「今、お暇ですか?」
「……なんでしょうか?」

そんな会話で始まった彼との遭遇。男性の年の頃は50を過ぎたばかり。頭は禿げ上がり、背は小柄で155~160センチ、といったところ。

彼は、私に小声で、
「今、私は新規公開株の営業を行っているのです」
と言いました。

道を歩きながら、金融商品に興味をありそうな知的でお金を持っていそうな人に、片っ端から声をかけているというのです。

なんと、自尊心をくすぐられる言葉でしょう。その本音が、
「カネ持ってて頭の悪そうなカモが来た」
だとしても。

路上で金融商品を売ろうとする人間に、まともな人間がいるわけがなく、100%詐欺師です。

こういうヤカラをからかうのは大好きなので、
「とても興味があります」
と重々しくうなずいて、話を聞くことにしました。

一番の興味は、真面目そうな男性が、どうして詐欺師に身を落としたのということ。私は彼の話をもっと聞いてみたいと思ったのです。

ルノアールという喫茶店に移り、しばらく雑談をしました。最近の日本の政治や、国際情勢などです。しばらくして、彼と同じ年頃の中年男性が到着しました。

携帯で、別の男性を呼んでいたのは知っていたので、どんな男性が来るのだろうと興味津々でしたが、没個性の、地方金融機関を大過なく勤めあげました、とでもいうような、メガネを掛けた禿頭の男性だったのには拍子抜けしました。強面のヤクザ風の男でも来るだろうと予測していたのですが。

そこから、二人がかりで説得が始まりました。

「新規未公開株というのは、通常は証券会社が窓口になるのですが、そうするとかなりの手数料を取られます。資金力の無い企業にとっては、それが大変な苦痛なのです。だから、手数料が惜しい新興企業は、我々のような、元金融マンのロートルを使って、地道に営業で新規未公開株の引受手を捕まえようとしているのです。

未公開株の説明書が、これです。
未公開株を売り出す株式会社ピーコムというのはまともそうですが、それを売買する会社のネーミングが、

「株式会社ゴールデンマーケット」(笑)。

怪しすぎますよね?

「◯◯さん、これはチャンスなのです」
「本来だったら80万円のところですが、特別に分割して、30万円で現在販売しています」
と何度も勧められます。
そして出てくるいろいろな資料。

まず大爆笑したのが、今回の目玉であるパチンコ会社ピーカムが扱うという新製品です。

その名もパチロット!!

なんとういうか、いろいろな意味で脱力しました。

明日に続きます

2012年8月25日土曜日

神山健治監督の『009 RE:CYBORG 』が超coooool!

『サイボーグ009』といえば、石ノ森章太郎の作品で、何度もアニメ化されたためにご存じの方も多いはずです。

世界の様々な国籍を持った人間がサイボーグとなり、世界平和のために悪と戦う、という話です。

日本人がチームリーダーで最強であったり、中国人と黒人の描き方がステレオタイプだったり、チーム編成が白人に偏っていたりと、設定にはやや時代を感じるものの、多国籍の個性派が集結し、協力し、強大な人類の敵と戦うというコンセプトは、未だに斬新で、他の追随を許しません。

それを、神山健治監督が解釈しなおして、新しい『サイボーグ009』の物語を今年の秋(って、もう2ヶ月後ですよ、はやっ)、発表するのです。それが、『009 RE:CYBORG 』。

ゴタゴタ言わずにまずは、これを観ていただきましょう。
もう、かっこよすぎてしびれそうです。映像が綺麗で、登場人物も全員が美形に描かれています(張々湖が少し残念で、中国からクレームがきそうですが……)。

最初にこの映画について知ったのは、実はコマーシャルが最初でした。
いつも面白いCMを作ることで有名な人材派遣会社の「スタッフサービス」。ここから派遣されたサイボーグ003が、オーバースペックな能力を発揮して社内で大活躍(?)する、というもの。バカバカしくて笑えました。

笑うと同時に私は、003を観てクラっときました。う、美しい……。キャラデザインが、見事です。

キャラクターデザイン担当は麻生我等(あそうがとう)氏。あまりよく知られていませんが、以前NHKで放映されていた『精霊の守り人』のキャラデザをしていた方のようです。
ドコモのGALAXY Noteという携帯の宣伝のイベントに参加された時の様子です。

さて、『009 RE:CYBORG 』は、スタッフサービスだけではなく、様々な企業ともタイアップしています。ペプシのCMもありまして、、これまたカッコイイのです。まずは、「加速装置」篇から。

その次は、「スカイダイブ」篇です。

なんというか、しびれますよね。元ネタを知っていれば、もっと深い感動があるかもしれません。002は大変な友達思いで、009のために幾度となく空を飛び、009の窮地を救ってきたというキャラです。この二人の、ややホモセクシュアルな友情が、なんとも言えませんね。

実写版の009の宣伝用動画もありますが、こちらはやや怖い作りになっています。

これもなかなかいいでしょ?

今年10月27日の公開が楽しみでなりません。



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2012年8月24日金曜日

自分が嫌いな女性たち

昔、家田荘子の『俺の肌に群がった女たち』という作品を読んで、いたたまれない気持ちになったことを思い出します。黒人というだけで、魅力を感じる日本人女性の数々の痴態を描いた作品からは、単なる官能小説だと切り捨てることができない、女性たちの生の声が聞こえてきたように思いました。

長じて六本木で飲むようになると、外国人ばかりに熱を上げる日本人女性たちに、数多く出会うようになります。彼女たちは日本人男性を蔑んでいるため、知らずに近寄っただけで顔をしかめ、
「Get out!」
とゴキブリを追い払うように手をふるのです。そして、白人、あるいは黒人が近づくと、まるで人が変わったかのように媚びをふり、愛想よくするのです。

彼女たちは、いったいどういう精神構造をしているのだろう? 不思議でしたが、職場にたまたま外国人好きの女性がいて、彼女と仲良くなる機会がありました。いろいろと話を聞く内にわかったのは、彼女たちは強がり、弱みを決して見せない癖に、実はコンプレックスを抱えている人たちが多いのではないか、ということでした。

その女性は、英語が大変上手でしたが、自分が高卒であることを非常に苦痛に感じていました。そして、自分自身に自信がありません。

「こんなに美しい私をなぜチヤホヤしないの?」
という態度でいるくせに(実際、綺麗な人でした)、実は容姿に強いコンプレックスを持っているのです。

自分自身が嫌いだから、自分と同じものを憎悪するのです。自分以外の何者かの象徴として、白人や黒人を求めます。

ところが、いざ自分の手元に来ると、とたんに嫌になるのも彼女たちの特徴です。彼女たちは男性との仲がなかなか長続きしません。次第に、何かの欠点を見つけて離れてしまう、その繰り返しなのです。

今流行の韓流に夢中になる女性たちも、自分自身に満足していない人たちが多いのかもしれません。今日、都内を走る韓流歌手の宣伝カーを眺めながら、そう思いました。


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2012年8月23日木曜日

『インファナル・アフェア』がすごかった

※ややネタバレ注意
『インファナル・アフェア』という映画がすごく面白い、という話を以前から聞いていたので、先日DVDを借りて観てみました。

いやぁ、よかった。

久々にヒットでしたね。

アジア人の作るアクション映画は、どうしても嘘っぽく感じられてイマイチでした。だって、アメリカだったら市街地でドンパチするのは時々あることかもしれませんが、日本や中国、韓国では銃器の所持が厳しく制限されています。警官隊と犯罪者集団が銃撃戦を起こす余地は、あまりありませんからね。

ところがこの映画では、銃撃戦はできるだけ少なく、心理的な駆け引きに重点が置かれています。それが逆にリアルで、話の中にグイグイと引きこまれて行きました。

内容は数多くのブログに書かれていますから、私が書くと屋上屋を架すような無駄を感じますので、敢えて書きません。ただひとつ言えることは、
トニー・レオン、カッコイイ。
アンディ・ラウ、カッコイイ。
ということですね。
この作品には、正義とは何か、愛とは何かに真摯に取り組みむ登場人物が、数多く出てきます。

日本ではホリエモンのように、正義や善悪ではなく、欲望こそが大切だ、という露悪的な人物が最近もてはやされる傾向があります。それはそれで真実なのでしょう。

でも、おカネだけに価値を置かない生き方をしている人は、世の中にたくさんいます。彼らにとって、カネを稼ごうと汲々とするよりも、善く生きるとはなにか、この世界の中で自分の倫理を貫くためにどうすればいいのか、という問題の方が大切です。

しかし、日常生活では日々の雑事に追われて、真実の追求がおろそかになりがちです。この映画では、真実の追求をせざるを得ないギリギリの淵へと追い立てられた男たちをスタイリッシュに描き、もう一度、自分の生き方を考えてみないか、とうったえかけてくるのです。

だからでしょうか、ラストは悲劇で終わるのに、映画を見終わった後、自分自身が浄化されたような気持ちになりました。

切ないのに爽快感がありました。これは、何度でも観たくなる映画です。


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2012年8月22日水曜日

8割のあなたが、あなた自身


今後の仕事のために、一応読んでおいた方がいい資料があるため、休日に喫茶店で読み込もうとしていたのですが、なかなかヤル気がおきませんでした。

・朝、なかなか布団から起き上がることができない。
・起きてもすぐに家を出ずに、ネットサーフィンに興じてしまう。
・途中で眠くなって部屋で眠る。
・夜になって、何も成果がなかったことを後悔する。

この繰り返しです。同じ失敗を何度となく繰り返すために自己嫌悪に陥っていた私を負のループから救ったのは、
「8割のあなたが、あなた自身。悔しくてもそれを認めろ」
という言葉でした。

なぜ、ヤル気が起きないのでしょう? モチベーションが保てないのでしょう?

思い返せば、自分が一番調子がいいときを基準にして、それを理想としていることに気がつきました。

「今日はこのまえと違って、睡眠が十分にとれていない。だから、もう少しだけ寝床にいよう(そして目覚めると逆に体調が悪くなっている)」
とか、
「なかなか気分が乗らないから、場所を変えよう(移動に時間がかかって結局やらない)」
とか、
「電子辞書を持ってくるのを忘れた! 家においてきたから、今日はここは早めに切り上げて、家で残りはやろう(としてやらない)」
とか、体調が万全で気持ちも高ぶり、一心不乱で無我夢中でやるべきことをやっていたときを基準にして、そうじゃないから、ヤル気にならないんだ……という言い訳を、心のなかでどうやらしていたようです。

確かに、乗りに乗っている時はあります?でも、そんなに調子がいいときは、5回に1回ほどです。そうじゃない時の方が圧倒的に多いのです。それを否定していましたけれども、そちらの方が本来の自分なのですね。

野球の打者は3割打った時の姿ばかりが注目されますが、残りの7割の姿にこそ、打者の特徴が現れる、ということをある捕手が話していました。思えば当然。打てないでいる時間の方が、打っている時間よりも圧倒的に長いですからね。

思っていたとおりに進まない姿こそが自分の真の姿。それなら、そのダラダラした中で成果をあげなければいけない、と思ってデンと構えるようになった時に、ヤル気が湧いてくるゆうになりました。


本日読んで、気になった記事はこちら。↓

気持ちはわかる(笑)。教育委員会の課長だけに、乱れた男女の姿に我慢ならなくなったのに違いありません。

それと、斬新だと思ったのは、「課長が逮捕されたことは知っているが、罪が確定していない段階では何も話すことはない」という広報の言葉。これはいいですね。事実を把握していることを率直に認めつつも、罪を認める段階ではありませんよね、というふてぶてしさが見て取れます。萎縮せず、逃げ隠れもしない堂々としたこの対応はグッドです。


■1:エアコンをつけたまま寝る
■2:猫背で過ごす
■3:頬杖をつく
■4:運動するときもセクシーなブラをつける
■5:高いまくらで寝ている
なのだとか。へえ。これからは枕を高くして眠れません。

これはいいですね。たった数百円で美味しそうな料理ができるなんて。一ヶ月で1万円か。試してみようかな。






2012年8月21日火曜日

日韓関係を戯画化すると……

日本と韓国が揉めに揉めています。

今回一番の争点となっているのは竹島問題。オリンピックの開催期間中に韓国大統領が竹島入りして自国の領土であることをアピールし、なおかつ日本の天皇に土下座を要求したことから、日本の世論は対抗的にヒートアップしました。

お互いに感情をつきつけ合って、いまだ解決の糸口は見えていません。

私は領土問題というのは、隣家同士の土地境界線の争いと同じで、そこまで感情的になる話でもないと思っています。

まともな人間同士ならば、鍬と鎌を持ちだして争うような前近代的な争いはせずに、司法書士を交えて冷静に応対するでしょう。同じように、両国も国際的な慣習などにもとづいて、二国以外の冷静な第三国を交えたりしながら、粛々と解決しようとお互いに努力すれば、決して解決できない話ではないはずです。

竹島問題が隣家同士の土地の境界問題に例えられるならば、日本と韓国の間の近代史もまた、家同士の関係に戯画化することができるでしょう。そうすれば、なぜここまで両国間の問題がこじれるのかが、わかりやすくなるかもしれません……。


***********************
始まりは明治初期です。

日本さんちと韓国さんちは隣り同士ですが、日本さんちの最近の心配は、韓国さんちの家庭がとても滅茶苦茶なこと。韓国さんちのご主人はギャンブル好きで、奥さんはヒステリック。夫婦仲は最悪で、子供たちはほったらかし。家は貧しく、家庭崩壊寸前でした。

日本さんちのご主人の懸念は、二軒隣と向かい三軒にヤクザ関係者が住んでおり、隣家の窮状につけこんで土地ごと乗っ取られるのではないか、ということ。日本さんちのご主人にとっては、隣にヤクザが越してくるかどうかの瀬戸際。毎日がヒヤヒヤ物です。

そこで日本さんちのご主人は、韓国さんちに「しっかりしろ!」とハッパをかけて、家庭の立て直しを図りますが、二人の夫婦仲が悪いため、日本さんちの言葉は届きません。それに、すぐ隣りの人間に言われると、余計に癪に障るということはありますよね。分かっちゃいるけど、気持ちは素直になれませんでした。

段々と韓国さんちの夫婦喧嘩はヒートアップしていきます。奥さん、自分の立場が悪くなると、近隣の質の悪い連中や、実家の親を家の中に連れ込んで、自分の我を通そうとします。韓国さんちの中はいつまでもゴタゴタしていて、日本さんちでは、諸悪の根源は、あの奥さんだろう、という結論に達しました。

とうとう思い余って、闇夜の夜に、日本さんちのご主人と韓国さんちのご主人は共謀して、奥さんを殺してしまうのです。

ところが韓国さんちのほんとうのガンは、ご主人だったのかもしれません。ギャンブルは止まず、奥さんの実家にもヤクザにも借金をこさえました。とうとう韓国さんちに、ヤクザが大勢乗り込んできます。日本さんちのご主人、彼らから韓国さんちの家を守るために、大喧嘩をします。

ところが、ヤクザを散々に打ち倒したのをいいことに、日本さんちのご主人、家庭裁判所に韓国さんちのご主人を禁治産者にするように請求、今後は自分が韓国さんちの家の管理をすると宣言しました。

これはひどい……韓国さんちのご主人は、愕然とします。
思えば自分の妻を殺したのも、日本さんちのご主人と共謀してのこと。俺一人の意思じゃない。よくよく考えればあの妻も、昔は可愛かった……。

腹に据えかねた韓国さんちのご主人、思い余った日本さんちのご主人に襲いかかり、その右目をくりぬいてしまいました。

日本さんちのご主人は、怒り心頭です。地のしたたる右の眼窩を抑えながら、
「ほら、こいつはやっぱりおかしい奴だった!」
ご主人を監獄へと送り、自分は韓国さんちの子供たちを養子として迎え、土地を自分名義にして、同じ日本一家として、再出発することにしたのです。息子たちの意志は無視して。

元・韓国さんちの子供たちにとっては面白くありません。義理の父親は、確かに子供たちのためにあれこれと世話を焼いてくれます。食事もよくなりました。家の中も綺麗になりました。学費を払ってくれ、以前は思ってもいなかった大学まで出してくれました。

でも、日本さんちの実の息子への扱いとは雲泥の差です。しかも義理の父親は、ことあるごとに、
「向こう隣の家の舎弟連中よりも、いい暮らしをしてるだろ? だいたい、お前らの元の親父はどうしようもない奴だった。お前も努力しないとああなるぞ」
とネチネチ説教するのでたまったものではありません。

それに、日本さんちのご主人、元々ヤクザ嫌いを公言していたはずだったのに、いつの間にやら渡世人になり、町内の顔役になっていました。さらには韓国さんちの娘を妾にしてしまう、といういい加減なことを裏でやっていたのです。そして酔えば、
「ヤクザを町から追い出してえなぁ」
とくだを巻きます。そのような生活が、数年にわたって続きました。

両家の子供が成長した、ある日のことです。日本さんちのご主人は、乾坤一擲の大勝負に出ます。以前から目の上のたんこぶだった、向こう三軒のヤクザを町内から叩きだしてやると息巻いて、カチコムことに決めたのです。

日頃のお互いの鬱憤も溜まっていたのでしょう。町中を巻き込んだヤクザ同士の大抗争となります。

最終的には日本一家は戦いに破れ、一家の大黒柱はとうとう帰らぬ人となってしまいました。そして、警察から命じられた日本一家の解散命令。

日本さんちと韓国さんちは、再び別れ、堅気として両家を再興することになりました。

その後、韓国さんちの家は、向こう三軒のヤクザの代理戦争の舞台となり、子供同士が骨肉の争いを始め、兄と弟が土地を割る騒動となるなど辛酸を舐めましたが、最近は小康状態を保っています。

そして、弟さんの出来がなかなかよく、元ヤクザで今は実業家の向こう隣の家や、隣家の日本さんちの長男の応援もあり、近年は財産を蓄えて、なかなか羽振りのいい生活を送るようになりました。

ところが、感情的だった母親譲りなのか、それとも義理の父親から受けた屈辱がいまだ忘れられないのか、日本さんちに何かしらと嫌がらせをするのが止まないのです。

「そりゃぁ、親父は『同じ息子だ』と言いながら、露骨に俺たちだけをかわいがってたんだ。申し訳ないよ」
と考える日本さんちの気弱な長男は、韓国さんちの家庭が実は火の車だと知っているので、自分の家もガタがきているのに、隣家の応援をやめません。

「俺は、親父を尊敬している。昔悪いことしてたとしても、その頃は周りもワルばっかだったじゃねえか。あの野郎、親父の恩義を忘れやがってただじゃおかねえ」
という次男。でも、次男はヤンキーなので、日本さんちの中ではあまり評価されておらず、どちらかといえば長男の意見が家の意見となっています。

韓国さんちでは、兄も弟も、昔のトラウマを思い出す度に腸が煮えくり返るものの、かといって今更ヤクザになることもできずに、ただただ、日本さんちの垣根にションベンを引っ掛けたり、垣根を越えて石を投げたりすることでしか、ささくれだった気持ちを落ち着かせる方法を知らないのです。

最近は彼の家の周りには、
「隣の日本一家は元ヤクザです。うちの父は彼らに騙され、母は彼らに殺され、姉は犯されました。絶対に許しません!」
というような極太の、電波系の文句がズラズラと書かれた立て看板が立ち並ぶようになりました……。
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さて、果たして、そんな両家が和解をする日は来るのでしょうか。

……ぼかぁ、書いていて、こりゃ、しばらくはムリだと思いましたね\(^o^)/オワタ


本日読んで、気になった記事はこちら。↓

2012年8月20日月曜日

アメリカでもイジメが増えているらしい


以前「アメリカにはイジメがない」ということがまことしやかに言われていました。
今でもググりますと、こんな記事がみつかります。

いじめについて

沖縄県出身の斎藤陽子という女性が現地の30年のアメリカ生活を元に書いた記事なのだそうです。要約をしますと、アメリカでは幼児教育が厳しいことや、
他人に迷惑をかけないかわりに,自分も迷惑をかけられるのを嫌い,他人を尊重する事で, 自分自身をも他人から守る」という一貫した教育
がなされるために、イジメの芽が出るはずもない、のだとか。ところが、このような説明が嘘であることは、スティーブン・キングなどの作品を読めばすぐに分かります。数十年前に体験した学生時代のイジメの経験を赤裸々にして、その時の恐怖を元に、彼はいくつもの学園ホラー物を上梓しています。それに、インターネットの発達によって、ナードと呼ばれるようなイジメられていた側が成功者として軒を連ねる用になり、彼らの発言を社会がすくい取るようになりました。

これまでのマッチョイズムのアメリカでは、イジメられていることを公表することはマイナスにしかならずに、イジメられていた子供は親にも教師にも隠していたのでしょう。イジメが公になるのは、イジメの増加が原因ではなく、認知件数が増えているだけなのかもしれないということを、この記事を読みながら考えました。

「米でもいじめ深刻化 中3~高3の2割が経験 10月から防止キャンペーン」

ニワトリを数十匹同じケージで飼うと、序列化を定めるために、お互いにつつきあうのだとか。人間を小さな教室に閉じ込めていれば、お互いにつつきあうのは自然の業。それからアメリカだけが逃れられる訳はなく、注意力や観察力のない親がいるだけなのでしょう。


本日読んで気になった記事はこちら。↓

2012年8月19日日曜日

慣れない男性の悲劇

女性とつきあい、あわよくば肉体関係にまで持ち込みたい! というのは男性諸氏が多く願うことでしょうが、相手やタイミングを間違えると、大きな打撃を受けることになってしまうために慎重な態度が必要です。

20代女性にわいせつ 大阪府職員“初デート”で逮捕

最初はどんな猥褻行為をおこなったのだろうと眉を潜めながら読み始めたのですが、読み終わって逆の意味で眉を潜めてしまいました。

男性、可哀想過ぎる……。

事件が起こったのは7月22日の未明。深夜まで一緒に過ごすことのできた男女の間で起こった悲劇は、ボタンの掛け違いに起因するとしか思えないのです。

お見合いパーティーで出会ったという男女。お見合いパーティーに行くくらいだから、男性はそれほど実生活では女性と付き合った経験がない、いわゆる"非モテ"の男性だったに違いありません。


都市整備部交通道路室の技師と言いますから、正統派の理系男子。これまで30年間、女性とまともにつきあったこともなく、いつの間にやら三十路を迎え、焦っていたのではないでしょうか。

母親はそんなF容疑者を心配しながら何も言いませんでしたが、あるときふとつぶやくのです。
「孫の顔を見て死にたかったわ……」
そういう母親の頭に、ふと気づくと白髪が増えて、親不孝を知らず知らずのうちに重ねていた自分の不甲斐なさを、F容疑者はふいに感じたのかもしれません。

職場で思い余って先輩に相談したのかもしれません。

「先輩、僕は今まで女性とつきあったことがないんですねん。どないすればええんでしょう?」
「アホやな、おまえ。お見合いパーティーに行けばええやん。出会いの場に行かへんで、女と出会える訳ないやろ?」
「……俺、しゃべれませんねん」
「バカ! しゃべれへんのは女を怖がってるからやねん。女に言葉なんていらへんねん。男らしく、好きなら好きやとガバッと抱きしめて、キスしたったらええねん。それになんで言葉がいんねん?」

先輩のアドバイスを聞いて、もしかしたらF容疑者の気持ちには、洞窟に指した一筋の光のような希望がみつかったのかもしれません。

この手のアドバイスは、本当に相手を見て相談したほうがいいですよね。先輩がこれまで相手をしてきたのは、キャバクラだとかスナックだとかの夜の酒場の女性たち。男性のあしらい方になれているので、男性が多少強引に迫っても、どうやればしのげるかが分かっているプロたちです。ところがそれと同じ感覚で普通のお嬢さんに迫れば、嫌われるのは当たり前なのに。

F容疑者、お見合いパーティーで6月末に知り合い、7月21日が初デートだというのですから、メールのやりとりも重ねてきたのでしょう。

女性にとっては、彼はキープだったのかもしれません。お見合いパーティーで好きだった本命男性ともメールのやりとりをしていたのに、結局ふられて、しかたなくキープしていた公務員の男性と、とりあえずデートで飯でもおごらせようか……そんな感覚で初めて出会ったのかもしれません。

初対面でガチガチに緊張していたF容疑者。デートも終盤に近づくにつれてようやく気持ちもほぐれてきたのでしょう。22日未明にまで一緒にいたというのですから、そんな遅くまで一緒にいてくれるということは、自分のことが嫌いじゃないと、思ったに違いありません。その時に先輩の声が蘇ったのではないでしょうか。

「す、す、す!!」
「す……酢だこ?」
「好きなんや!」
ガバッ!!
とかね。ええと、上記記事に書かれていること以外はすべて私の妄想ですが。

女性となんとか既成事実を作れば、女性はもうあきらめて自分とつきあってくれるに違いない……恋愛経験の少ない男性は、得てしてそのような妄想に支配されるのは困りものです。

昔の日活映画の悪影響だと思うのですよね。石原裕次郎のような男性が、無理やり女性と関係をもった後に、
「もう泣くなよ。こうなった以上、俺達がつきあえばいいだろ?」
なんてタバコをくゆらす男性に対して、女性が泣きながら、
「……幸せにしてくれる?」
と呟いて、ひしっと抱きしめる、みたいな。
それ、私の人生にも周囲の友人の経験にもありませんでしたから! 残念!

F容疑者は、訴えられました。これから裁判で身の潔白を証明しなければなりません。橋下行政改革のもとでは、彼の行為は致命的。特に、女性への暴行容疑ならば、罪は重いので、失職の危険性も高いでしょう。もしも女性の扱い方がわからないがゆえの悲劇だとしたら、御愁傷様だとしかいえません。
それにしても、かわいそうに。



本日読んで、気になった記事はこちら。↓

2012年8月18日土曜日

「JINS PC」を見てきた


最近妙目につく宣伝が、メガネの「JINS PC」のコマーシャルでして、私も大変気になっています。

何しろ、パソコンを朝から晩まで使っていますと、目の疲労感が半端ではありません。鈍痛というのでしょうか、眼の奥が鋭く痛み、肩が凝ってたまりません。

みなさん、同じような悩みを抱えているはずです。

それを軽減するというのが、「JINS PC」というメガネ。パソコンのモニターから発せられる光の中でも、最も身体に強い影響を与えるブルーライトを30%カットするため、芽の疲れが格段に取れる、というしろものです。

http://www.jins-jp.com/jins-pc/ ←公式ホームページです。

公式ホームページだけではなく、たとえばこんなブログでも宣伝されています。これはかけてみないと! と思いまして、池袋のLABI 1の6階にあるJINS池袋店に行ってみました。

いやぁ、見事に騙されました。

宣伝では、3,980円で1セット購入できる、と思うじゃないですか。ところがどっこい、これ、レンズだけのお値段なのです。フレームは別売り。

「すみません、フレームは自分のものがあるので、それにレンズをはめてもらえませんか?」
「申し訳ございません。特殊なレンズを使用しているので、専用のフレームでしかご利用できません」

はあ?

これには参りました。専用のフレームは5000円ほど。つまり、1万円かかるというわけです。
期待を裏切られた分、がっかりしました。

ついでなので他のめがねメーカーを幾つか回ったところ、他社でも同種のレンズを開発中とのことです。それなら、もう少し買うのは待って、他社でお安いパソコン用のメガネが出てから買ってもいいのではないでしょうか?


本日読んで気になった記事はこちら。↓

2012年8月17日金曜日

政治家には国家観を示して欲しい


一昨日は終戦記念日でした。
このところの韓国の挑発行為を反映して、大きな騒動が起こるのではないかと危惧していましたが、そのようなことはなく、平穏無事に一日が終わり安堵しました。

それにしても、最近の韓国の挑発は度を越しています。天皇陛下に大統領が土下座を大統領が要求したり、日本を仮想敵国として駆逐艦を竹島周辺に配備したり、懸念材料は増えるばかりです。

中国は尖閣諸島近海へ領土侵犯行為をおこない、ロシアは北方領土にスイスの投資家を招き、リゾート地化を進めようとしています。

諸外国から絶え間なく攻撃を受け、それにひたすら事なかれ主義で官僚が対応し、抵抗を示そうとしない日本の有様は、まるで清朝末期の中国や江戸時代末期の日本のようです。

清朝末期、アヘン戦争で見せた醜態以降、清国政府には欧米列強と戦って勝てる自信がなくなり、ひたすら摩擦を避けるために欧米の要求を次々に飲むことで、政権の命運を保とうとしてきました。

江戸時代末期、幕府には欧米列強と戦う意思はなく、譲歩に譲歩を重ねた外交政策しか取ることができませんでした。

官僚機構は何よりも安定を優先します。問題の根本的な解決ではなく、問題を棚上げできたものが「優秀」だとみなされます。なぜなら彼らに問題を根本的に解決する権限がないからです。それは政治家の仕事です。トップが力を失い、官僚が力を持った国が諸外国の攻勢にさらされた時に見せる体たらくが、清朝末期や江戸幕府末期の様相となります。

今の民主党の政治家は、政治理念、国家観を公衆に示し、賛同を得ようとする努力をしません。理念というたたき台がなければ、なにが問題なのかが明らかになりません。判断の軸があれば、それから外れていれば間違いだといえますが、軸がなければ何が間違いなのかどうかを判定できないのです。

民主党のほとんどの議員の共通認識は、第二次世界大戦は間違った戦争だったというものでしょう。それならそれで、彼らの共通見解として示せばいいのです。

すべての戦争が間違っているというのなら、国民に宣言して、世界にもそれをアピールし、たとえ他国からどのような攻撃を受けようとも、決して反撃しない、外交努力ですべてを解決しますと全世界に訴えてみればいいのです。

たとえばベトナムがアメリカに示した抵抗戦争ですら間違ったものだ述べればいいし、世界中の独立戦争も批判すればいいのです。

毅然とした態度を一貫して通せばいいのです。アメリカの軍事行動を終始批判し、民族浄化を公然と進めているスーダンのダルフール州への軍事介入ですら、批判を行えばいいのです。

その上で、平和主義に基づいた徹底的な解決を図ろうとする……これならば、まだ分かります。ところが、世界も日本国民も、だれも支持しないでしょう。それを避けるために、自身の価値観を隠し、公表せず、摩擦を避けて問題が大きくなることをひたすら避ける……こういう戦略をとっています。

これでは政治家である意味がありません。そうしますと、官僚の言うがまま、問題の先送りだけに汲々とすることになります。

これからの政治家には、実行できるかどうかも分からないマニフェストではなく、日本の近代史をどう捉えているか、という彼らの価値観を提示して欲しいですね。

第二次世界大戦は、日本がなぜ起こした戦争だったのか? それはすべてが間違った戦争で、日本に理はなかったのか? その前の15年戦争は? 第一次世界大戦は? 日露戦争は? 日清戦争は? 明治維新は?

日本の近代史を遡るにつれて党内の見解は分かれていくかもしれません。しかし、彼らの間で価値観の統一を行なっていなければ、挙党一致体制などは望むべくもありません。党内の意思統一すらできないのに、党外の人々を納得させうるはずもありません。

世界と日本人の大多数を納得させられる日本の公式見解。これを提示し、説得できる政治家に登場してもらいたいものです。


本日読んで気になった記事はこちら。↓


★ アレルギー体質の人は脳腫瘍発生リスクが50%も低くなることが明らかに 米大学
アレルギーにも何かの効用があるのではないかと思っていましたが、まさかこのような素晴らしい効用があるとは。アレルギー体質に苦しめられている人にとっては、福音だと思います。


★ 美味しさの常識を疑え! 強火をやめると、誰でも料理がうまくなる!
私も自炊していますが、これは実感することです。料理を早く済ませようとする人は、得てして強火で調理しがち。でも、それよりも弱火でじっくりと暖めたほうが、どんな料理も美味しくなります。


★ 県立大学校生、女子寮の鍵奪おうと助教授撲殺
そこまでして女子寮にしのびこみたかったのか?! と驚きましたが、どうやら特定の女性を狙ったがための反抗だった模様です。これは防げないですよね。それにしても、なぜここまでした彼が、女性を殺さなかったのか? 周囲の懸命な妨害活動があったのか? 続報が待たれます。




2012年8月16日木曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ⑥

(昨日の続きです)

2012年8月15日水曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ⑤


一度参加すると三ヶ月は治験に参加できないとう規則があったため、すぐに別の治験に参加することはできません。

もう一度参加しようか、今度は、未だ募集しているクモ膜下出血の治療剤の治験にでも参加してみようか、どうしようかと悩んで、数ヶ月経ちました。

治験の参加をあきらめさせる、決定的な話を聞いたのです。

引っ越しのバイトで知り合った人間と、再び、今まで経験したバイトについて情報交換をしていたときのこと。相手も偶然治験に参加していたことを知りました。

「あれは美味しいよね」
と私が話をふると、
「まさか。全然美味しくない。俺は二度と参加しないよ」
と彼は答えます。

「なぜ?」
「俺の友達、あれで頭がおかしくなったもん」
「・・・・・・え?」

彼の話は、衝撃的でした。

彼と友人が参加したのは、50万円の精神疾患の治療薬の治験です。私と同じように、ベッドに寝かされ、治験薬を注射されて数時間後のことでした。友人が突然意識を失って、倒れてしまったそうです。

参加者のほとんども、彼も含めて全員の気分が悪くなったために、治験は中止。
それから一ヶ月、全員が強制入院となったのだといいます。

「一ヶ月後に退院したけれども、ふざけたことに、50万円しか振り込まれなかった。そりゃ、治療費や入院費は向こう持ちだったけれども、普通慰謝料くらい払うでしょ。それはないなと思ったけど『誓約書にそう書いている』と言われて終わりだった」
「友達は?」
「もう退院したけれど、後遺症は残ったまま」
「……どんな?」
「……目の焦点が合わないんだ。俺が見ても分かる。蠕動(ぜんどう)というらしいけれども、瞳がずっと、小刻みに動きっぱなしで止まらないんだ・・・・・・」


怖い。果てしなく怖い。

その話を聞いた私はようやく、今後は、たとえ塗り薬のような簡単な治験であっても、参加するのをやめようと決意しましたね。その後、TGN1412事件なdの話を聞きまして、この種の臨床試験では事故も珍しくないことを知りました。

怖い話はそれだけでは終わりませんでした。
その一年後のこと。その施設の前を偶然通りかかった時のことです。


※昨日一度公開していたのに、再編集する際に下書きに戻してしまったようです。失礼。


2012年8月14日火曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ④


(昨日の続きです)
今日から本格的な治験の開始だと、うきうきしながら朝9時に集合した私。
入所すると、初回の治験よりも参加者が5名ほど少なくなっていました。

多分、何かにひっかかったのでしょう。

この日は面白いことがありました。試験の前に、
「簡単な心理テストを行いたいので、少し時間をください」
と言われ、少人数ごとに別室に案内されて、心理テストを受けさせられたのです。

ここで私は断固拒否しました。
「申し訳ないけれども、その意味がわからない。今回の試験の目的は糖尿病の薬の治験だと聞いている。心理テストがなぜ必要なのか、必要ならば理由を教えて欲しい。理由がないならやらない。不必要な検査をするのはなにか裏がある、ということか。それなら帰らせて欲しい」
と、抗議したのです。

「直接は関係ありません。ただ、精神科からも、ついでに調査をいくつか頼まれているだけなので……」
と言葉を濁す医師。理由がわかりません。

私の言葉に感化されたのが、数名が心理テストを拒否。残りの25、6名は、
「別にいいだろ。ここまで来て何をカッコつけているんだ?」
という態度で別室へと消えて行きました。

さて、それから治験です。

総勢30名ほどの男性が、言われたとおりにベッドに寝て、看護師によって糖尿病の試験薬を駐車され、それからしばらくして採血用の針を打たれ、何も話さずベッドで寝ている姿は、異様でしたが、それにも慣れました。


この日も朝から晩までマンガを読み倒しました。

一日中ベッドで寝るために、身体がなまるのが玉に傷ですが、それ以外は寝ててもいいし、ぼんやりとしていてもいいのですから、パラダイスじゃないか、という感想は前回と同じです。

今回は弁当も豪華でした。前回はホカ弁でしたが、今回はデパート地下で売っているような、豪勢な幕の内です。

なお、この日は別の指示もありました。尾籠な話で恐縮ですが、
「オナニー厳禁」
です。

こんな衆人監視の中でオナニーする猛者はいないだろうと思いましたが、夜になれば消灯しますし、夜布団の中では、何をしていてもわかりませんからね。

こういう指示も必要だったのでしょう。

何も記すことはなく、二時間に一度の採血に耐え、そして消灯です。

消灯後も、枕元の明かりは点けてもよかったので、私は夜中の1時過ぎまで起きてマンガを読んでました。何しろ日中ずっと寝ていたので、全く眠気を感じなかったからです。

ところが他の参加者からクレームが入ったために、消灯せざるを得ませんでした。

翌日も同じような光景が繰り広げられ、16時頃に開放されました。約1日半、施設に閉じ込められていたことになります。

不思議だったのは、30人もの同世代の人間がいたのに、必要最低限の意志疎通以外は、誰一人余計な口を聞こうとせず、会話が全くと言っていいほどなかったこと。

この時の自分の心境は不思議です。なんというか、自分が矮小なモルモットの一匹となったような、妙な居心地の悪さを感じ、この中で友人を作ることを無意識に拒否していたのです。不思議な感覚でした。

翌週も参加して、特に異常もなく治験は無事終了。15万円は無事口座に振り込まれました。
……というのが、私の治験体験です。


さて、ここまでは、ごくごく一般的な治験の体験談です。この手の話は、ネットにいくつも転がっていることと思います。これから、それほど聞いたことのない話を書いていきましょう。

2012年8月13日月曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ③


(昨日の続きです)
まずは、宿泊のない半日の治験です。これは、その後の本格的な治験の前哨戦とでもいうものでした。

もしもここで体調が悪かったり、貧血などだったり、何かの疾患が見つかったりしたら、それ以降の治験には参加できません。

内容は簡単なものでした。腹部に2ccという、ごくごく微量の糖尿治療の薬剤を注射し、それから腕の内側に注射針を打ち込まれます。注射針は刺されたまま8時間、ベッドで待機。2時間おきの採血が行われる、というのがこの実験の概要です。

なぜ刺したままなのか。簡単な話で、2時間ごとに採血のたびに血を抜かれるのですが、そのたびに注射針を刺すのは手間だし、皮膚も傷つきます。そこで、常に刺されっぱなしになっている、という訳です。

時間がくれば固定された注射器の止血弁が外され、採血されます。

ほんの微量ですが、これがなかなか困難でした。というのは、時間が進むに連れて、血が出にくくなるのです。そうすると、
「手をニギニギして」
という指示が出ます。手を握ったり開いたりすると、やがて血流がよくなり、採血は滞りなく進む・・・・・・こういう仕組みでした。

マンガを読んだり枕元のテレビを観たりすることができます。マンガを選ぶために立ち上がる他は、一日中、ベッドの上で寝ている必要があります。筋肉をあまり使いさえしなければ、基本何をしていてもかまいません。

飲み物は、決められた時間にしか飲むことができませんでした。これが意外に辛いことでした。注射針が刺さったままの違和感には、すぐに慣れましたが、のどの渇きには慣れません。そうはいっても、数時間ごとに飲み物を飲むことは許されており、冷蔵庫にある飲み物は、自由に飲んでよい決まりでした。

トイレには自由に行くことができたので、そこにはホッとしました。

夕方に治験が終わり、帰宅を許されました。

特に大きな問題は生じず、私は施設にある信じられないほどの大量のマンガにウキウキしっぱなしでした。タダでこれほどマンガを大量に自由に読めるというのはまさに夢の空間であり、パラダイスと言っていいほどです。

(こんな素晴らしいバイト、ないよな)

というのがそのときの感想。本格的な治験は、その一週間後です。

特に私の身体に異常は見られなかったようで、施設からは、治験開始前日に、引き続き治験に参加してほしい旨の連絡がありました。

2012年8月12日日曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ②


(昨日の続きです)
もちろん、最初から危険性高い治験に参加するつもりはありません。危険性がないことが確かめられれば、その後にバイト代の高い治験に参加すればいい話です。

躊躇なく3万円の仕事を選びました。ところが同じようなことを他人も考えるのでしょうね。応募人数が殺到し、キャンセル待ちの人数は数十人。辞退者も少なく、なかなかキャンセルが出ないとのことでした。2ヶ月の間に同じ薬剤で2回の異なる治験が行われ、どちらもキャンセルは空かず、虚しく時間だけが過ぎて行きました

(このままでは何も経験できないままじゃない!!)
という、夏休みも終わりに近づいて背伸びをして大人の階段を登ろうとあがく高校2年生の女子学生のような焦りを感じました。とうとう一つ目を諦めて、二つ目の糖尿病の薬剤の治験に参加することに決めたのです。

合計5日で15万円。美味しいバイトです。

まずは治験の会場で、説明会が行われます。説明会は、水曜日か木曜日の午後2時頃に時間を指定されました。初めて施設を訪問するので、ドキドキしながら地図を頼りに聞いていた住所へと足を運びました。

――その建物は、閑静な住宅街の中にありました。

びっくりしましたね。医療機関ですから、大通りに面した場所にあるものとばかり思っていたのに、そうではありません。しかも、決して大きくありません。大通りから10分ほど歩いたところにあり、集合住宅と民家に囲まれた、こじんまりした2階立ての、やけに横に長い、窓の小さな建物です。イメージ的には、このような建物でした。
(あくまでイメージ)

時々ありますよね。住宅街を歩いていると、
「なぜこんなところにこんな建物があるの?」
と驚くような、場違いな建物を見つけることがありますが、まさにそれ。

(のちに、京極夏彦の『魍魎の匣』を読んだ時に、この建物のことを鮮明に思い出しました。治験施設は窓もあり、まともな施設のはずですが、雰囲気が、『魍魎の匣』で描かれた美馬坂近代醫學研究所と、とてもよく似ていました)


もしも悪の組織があるならば、このような目立たない場所にあるに違いないと変に感心したものです。敷地は樹木で囲まれており、門がありましたが、何一つ、看板がありませんでした。説明会当日だというのに案内すらおらず、何度も、
「本当にこの建物でいいの?」
と地図と聞いた住所を照らしあわせ、敷地に入るのをためらったほどです。

ようやく敷地の門をくぐったのは、私と同じ年頃の人たちが何人もその建物の周りに集まり始めたから。意を決して私が入ると、それを待っていたかのように、そこにたむろしていた数人も後から着いてきます。

建物の入り口には、白い紙がセロテープで張られており、マジックペンで黒々と、
「◯◯治験説明会場入り口」
という文字が書かれていました。

説明会は、数回に分かれて行われるそうです。その日の説明会には約20人が集まっていました。50平米ほどの会場にパイプイスが置かれていて、部屋の前にはホワイトボードがあります。質素ですがとても清潔な会場です。窓は小さいのですが、蛍光灯が昼から灯り、暗さは感じさせません。

白衣を着た男性がやがて現れ、説明が始まりました。

要約しますと、今回の治験は、すでにアメリカで認可を受けた糖尿病の新薬を、日本で販売するためのデータを集めるための治験であり、アメリカでは実績のある薬剤である、ということでした。
しかも、目的はデータの収集であり、治験では治療に使う量は使用せず、身体に影響を与えることはほとんどないこと、もしも異常が出たとしても、治療費は施設が全額負担するので安心してほしい、というのです。

(・・・・・・な~んだァ)
拍子抜けしました。アメリカですでに販売され、使用されている薬です。それのどこが怖いのでしょう? 私は安易にそう考えました。ところが、説明は続きます。

ただし、もしも万が一、治療の甲斐なく致命的な結果が出たとしても、それ以降の責任は施設では負わないので、その旨の誓約書を書いてほしいという内容です。

この説明で納得いかない場合は、このまま帰ってもいいこと、交通費はその場合でも出せることが説明されました。納得いただける方のみ、この場で誓約書を書いて、簡単な採血と身体測定、検尿などをおこなってほしい、と言われました。

説明会終了後、2人が怖がって席を立ちました。バカだなと思いながら、用箋挟に手渡された誓約書を挟み、住所や名前を書き、捺印して手渡しました。
 
身体測定を終了し、帰りに学生証のコピーを求められたので、それにも応じて帰宅。帰り際に渡された封筒には2000円が入っていて、気前の良さに驚いたものです。

治験は、その二週間後に始まりました。



2012年8月11日土曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ①

「人体実験」のバイトがやばい というまとめ記事を読んだとき、昔の記憶がフラッシュバックしました。あの時のベッドの感触、医師との会話、読んだマンガ、その頃の失恋、治験で得たカネで参加した海外旅行だとか……。

私は学生時代、「治験(ちけん)」のアルバイトを経験したことがあります。

その頃の記憶を書こうと思い立ったものの、逡巡しました。誇れる過去でもなく、需要があるかどうかもわかりません。

記事を書く前に、
「治験 体験」
という言葉でGoogle検索したところ、998,000ものページがヒットします。たいていはブログ記事のようです。変わった経験だからこそ、経験した人は書かずにはいられなくなるのかもしれず、それがこの大量のページ検索結果に現れているのでしょう。無数の体験談があふれているのに、私の過去の体験談を今さら追加する必要はないのかもしれません。

しかし、と思い返しました。それを言うならば、ほとんどのブログ記事は必要のないものです。他人とは全く違う、唯一の体験なるものを、どれほどの人が持っているというのでしょう。多くの人は似たような体験や経験をブログにしたため、その何十倍の人が、飽きもせず読んでくれます。それは、どこかで聞いたことのある話であっても、自分ではない他人の経験というだけで、すこぶる面白いからに他ありません。

それならば、敢えて私が書いてもいいじゃないか。気持ちを再び翻して、当時の記憶を書いてみることにします。

当時、私は大学3年生でした。警備員や塾講師、道路工事や世論調査など、いろいろなアルバイトをしてきましたが、アングラなアルバイトを体験したことがないのを物足りなく感じていました。

ノーベル賞作家・大江健三郎の『死者の奢り』という小説をご存知でしょうか? 主人公は、大学病院で解剖用の死体を運ぶバイトをしながら人生について考えをめぐらします。


あるいは、五木寛之の『青春の門』という小説を読んだことはおありでしょうか? 主人公は、自分の血液を売るバイトをします。


どちらも古い小説で、今はあまり顧みられないものですが、夏目漱石だとか森鴎外などに比べれば、格段に読みやすく、面白いはずです。親が若い頃に買って、本棚に置いていたのを読んだ世間知らずの中学生にとっては衝撃的な内容でした。

「俺も大学に入ったら、こんなアングラなアルバイト、してみたい!」
怖いもの見たさの好奇心がムクムクと沸き起こり、大学に行く楽しみの一つとなりました。世間を知らない子供にとっては、刺激的な内容に思えたからです。

ところが、数年して大学に入ったものの、残念なことにそれほど変わった経験にはとんと縁がありませんでした。風俗店や違法カジノで働いた知り合いも周りにいましたが、それには関わりたくありませんでした。アングラは好きですが、ヤクザは大嫌いだったからです。

いつの間にか3年生になり、中学生の時の気持ちも薄れかけていたその日、いつもの什器搬入のバイトに精を出していたときのこと。

昼休みに、仲間と今まで経験した変わったバイトについて話していたときに、たまたま教えてもらたのが、この「治験」の話です。

「面白いし、実入りもでかい。ほんの少しの採血を我慢するだけで、
3万円から、時には100万円のバイト料をもらえるんだ・・・・・・」

「人体実験」という不吉な言葉。手に入る莫大なバイト料。風変わりな体験・・・・・そのどれにも魅力を感じて、彼にせがみ、教えてもらった連絡先に早速電話をしたのは言うまでもありません。

「今すぐご紹介できるバイトは三つあります」
電話に出た男性は落ち着いた口調で説明を始めました。

「一つは塗り薬の治験。これはもう定員に足りており、キャンセル待ちです。一日の拘束のみで、3万円となります。
二つ目が糖尿病抑制薬の治験。こちらに参加いただける方を今一番探していて、宿泊のない半日の拘束を一回、一泊二日の泊まり込みを二回、計3回参加いただき、合計で15万円をお支払いします。
三つ目も探していて、こちらはクモ膜下出血の治験。30万円です。どれがいいですか?」
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2012年8月10日金曜日

謝らない謝罪会見


最近、イジメや企業不祥事事件の報道を見ていて感じたこと。たまたまなのか、責任ある立場の人々が、記者会見などで全く反省の色を見せずに、事実を否定するケースを立て続けに見ました。

これまでだったら、たとえ嘘でも、
「申し訳ございませんでした」
と謝罪してみせるのが普通だったのに、ここ最近世間を騒がす事件では、謝罪が少ないのが気になります。

過ちがあれば潔く認めるのが日本文化だと思っていたのに、なぜでしょう。

ひとつの理由として、彼らには、弁護士が早い段階でバックについたせいかもしれません。事実関係については裁判で闘うため、個別の案件については現段階では何も応えるな、認めるな、というのが弁護士の指示するマスコミ対策ですから。

実際のところ、謝っても謝らなくても事態の収束にそれほど差はないようです。あれほど騒がれた大津のイジメ事件も、今ではほとんど耳にしなくなりました。

人の噂も七十五日、時間が経てば収束するのならば、後日の裁判で「あの時に罪を認めたではないか」という検察側の追求をかわすためにも、加害事実は全面否定しておくという姿勢を崩さない方がお得なのかもしれません。

もうひとつ考えたのが、地域性の話。

このところの事件の舞台が、たまたま大阪近辺に固まっていました。ここの地域特有の文化なのかもしれない、ということ。

今までつきあった大阪近辺の人間には、「悪いことをしたら謝る」という、この種の潔さが少ないのです。関西といっても、和歌山などは異なり、むしろスッキリとした方が多いのですが、兵庫東部、京都、大阪、滋賀西部あたりまでの、商業の中心地と言われる一帯の方々は我々とタイプが異なります。今回の記事を書くにあたって念頭にある大津イジメ事件も、舞台は滋賀でした。

宮崎学という京都出身の左翼評論家の著書に、
「子供が犯罪者であっても、徹底的にかばうのが親というものである。俺たちの子供の頃の親は、みなそうだった」
と述べられていたのを読んだ時に驚いたことがあります。

少なくとも私の子供の頃、私が生まれた地域では、間違っていたことをしたら、叩いてお詫びさせる、というのが普通だったからです。たとえ子供であっても、犯罪を犯したら、身内の情を抑えて、司直に引き渡すの当然だと思っていました。

大阪や京都の友人に尋ねてみて、さらにビックリ。
「身内が罪を犯したらかばうのが普通やろ。お前はどんだけ冷たいねん」
という声が圧倒的に多いのです。

価値観に地域性は、まちがいなくありますよ。

ミクロの目で見れば、身内をかばうことは、お互いに許しあうという優しさにつながります。関西は人が温かい、と言われる所以です。でも、マクロで見れば、悪がはびこります。関西は東京に比べると、人口あたりの犯罪も多いのが特徴。どちらがいい、とも言えませんが……。

ただ、謝罪会見で加害者側が傲慢な態度を取る時、被害者の気持ちは報われないだろうな、とは思います。



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2012年8月9日木曜日

うちわで扇ぐと体温が下がる


うちわを使って身体を扇ぐ行為は、果たして体温を下げるのか、上げるのか――長年の疑問に、答えとなる記事を見つけました。

うちわの効果を検証 体温は涼風で低下か、それともあおぐ労力で上昇か

うちわで身体を扇ぐという行為によって起こった風が体温の放射熱を弾き飛ばすことで涼しくなるのではないか……と漠然と考えていました。ですから、私はうちわで扇ぐことに否定的でした。

扇ぐことによって生まれた運動エネルギー以上の気化熱が奪われることはなく、運動エネルギーのロスを考えれば、扇ぐことが体を冷やすための有効な手段にはならないはず、という考え。ところが、これは科学的見地から言えば、否定される考え方のようです。

人間の肌からは、絶えず放射や熱伝導、蒸発(つまり発汗)により熱が奪われていくものですが、肌に触れている空気の温度はすぐに体温と同じ温度になり、湿度もすぐに100%になります。それがうまくそれ以外の空気と入れ替われば問題ありませんが、夏場は空気全体の温度も湿度も高めのために、うまく交換されません。

それを入れ替えるのが、扇ぐという行為。これによって、扇ぐ行為によって生まれる熱エネルギー以上の涼しさを得られるのだそうです。
うちわをあおげば、約1ワットがこれに加わるかもしれないが、体の周辺の空気の速度が大幅に増すことで、ヒートロスは倍増し得る。1%の努力で、2倍の涼しさを得られる可能性があるのだ。悪くはない。
なんだ。じゃあ、あおげばいいじゃん。あおげばとうとし、和紙の恩、ですよ。暑いのを我慢していた自分のバカ、バカ、バカ!

それなら今年の夏から、うちわを積極的に活用しなくては。ちなみに、最近知ったのが、「水うちわ」といううちわの存在。

岐阜辺りの特産品だそうで、雁皮紙という特殊な和紙を使用します。雁皮紙は水を多少含ませても破れない丈夫な紙であり、しかも半透明なため、これに水をふくませて仰ぐと涼しく、しかも風流な味わいがあるのだそうです。

冒頭の写真が、水うちわの写真。いかにも「日本の夏」といった風情でとても美しいです。



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2012年8月8日水曜日

日本と中国、理想の家族の違い


先日、アメリカで家族の理想像といえば、愛しあう夫婦の姿をまず思い描き、日本で家族の理想像といえば、母と子が慈しみ合う姿を思い浮かべる、という記事を書きました。

そこで思い出したのが、『杜子春』という作品が、日本と中国では異なるバージョンになっているという話です。

本家は中国。元々は唐の時代の小説である、鄭還古の『杜子春伝』が元になっていて明治になって日本で芥川が翻案したのが日本版。細かなディティールは異なるものの、途中までの粗筋は同じです。

唐の時代、金持ちだったが磊落した杜子春という若者が、不思議な老人に出会い、黄金を与えられます。しかし3年後に黄金を使い果たした杜子春は、再びその老人に出会いました。杜子春は老人が仙人であることをに気づき、仙術を教えてほしいと頼んだところ、仙人は彼を住まいの峨眉山へ連れていきました。

杜子春は、仙人が帰ってくるまで、何があっても口をきいてはならないと命じられて峨眉山の頂上に一人残されます。虎や大蛇に襲われ、神に殺され、ついには地獄に落とされ責め立てられても、彼は口をききません。

中国版と日本版はここから分かれます。中国版では、地獄に落ちた杜子春が女性に転生して、結婚して子を産みますが、それでも一言も声を上げません(これほど時間軸の長い話を作るというのは、白髪三千丈をいう表現を生んだ、中国らしいですね)。とうとう夫は怒って赤ん坊を叩き殺してしまいます。はじめて、彼の妻となっていた杜子春は悲鳴を上げてしまいました。

結局それはすべて幻覚で、仙人になりそこねた杜子春はとぼとぼと帰途に着く、というのが、唐代に書かれた『杜子春伝』です。

ところがその話を、芥川龍之介はこう作り変えます。

地獄に落とされた杜子春の前に、閻魔大王が杜子春の両親を連れてきます。彼の両親は彼より先に死んだ後、畜生道に落ちて馬になっていたのです。彼の前で鬼たちは、馬となった両親をさんざん打ち据え、これに耐えられなくなった杜子春は「お母さん!」と一声、叫んでしまったのだそうです。

最初、この違いを聞いた時に、中国では母性愛が尊ばれ、日本では親孝行が尊ばれるためにこの違いが生まれたのかと思いましたが、そうではなく、むしろ逆なのだ、という話をきいて目から鱗が落ちる思いがしました。

文化大革命があるまでの中国では、孝行を強制すること、日本の比ではありませんでした。親のために自分の足を切り取って粥にして食わせた、という話が伝わっているほどです。その中国では、たかだか自分の子供を殺されたからといって、叫んでしまった杜子春は、嘲りの対象なのだそうです。

大義を忘れて小さな肉親の愛情に拘泥してしまった人間は、失敗するということを描いたのが中国版の『杜子春』だったのだといいます。

翻って日本の特徴は、子供がとても大切にされる文化なのだそうです。これは戦国時代に日本にやってきたヨーロッパの宣教師も驚いたほど。いわんや、親への孝行を第一に考える中国人からすれば、正気の沙汰ではなかったはずです。

その日本では、親を大切にすることはないがしろにされがち。それを芥川龍之介は革めるために、『杜子春』という物語を書いたのだとか。明治といえば、忠孝がこれまで以上に重んじられた時代。その時代に期待されたのは、自分の身を顧みずに親を大切にする子供でした。

『杜子春』は失敗者の話であり、反面教師とするべき存在。それぞれが要求する理想の家族像が、ひねった形で提示されていることがおもしろいですね。

ちなみに現代では、事情がかなり異なっているかもしれません。中国では一人っ子政策のために子供を「小皇帝」と呼ぶほど大切にするようになり、日本では御存知の通り、幼児虐待が多数報告されるようになりました。

今、中国と日本で『杜子春』が書かれるとしたら、異なる結末となるに違いありません。



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2012年8月7日火曜日

常識の積み重ね『テンパらない技術』

『テンパらない技術』という題名が気になって本を購入しました。

読んでるところを見られたくない題名です(爆

「テンパる」とは、「焦る、いっぱいいっぱいになる」ことです。「テンパる」人間であると認めるのは、自分は仕事ができない、と認めるようなもの。恥をさらしたくないので、人前で読んだり本屋のカウンターに持って行ったりしにくい本です。

でも、密かにテンパることに悩んでいる人はたくさんいるはず。

そもそも肝心な時に動揺してミスした経験がない人が、果たしてこの世にいるでしょうか?

オリンピックが今、イギリスで開催されています。選手たちは自分をコントロールする最高レベルの訓練を、多数積んでいるはずです。

ところが、そんな彼らですら、オリンピックという大舞台で実力を発揮できません。彼らですらそうなのですから、言わんや我々をや、です。

「テンパらない技術」とは誰にとっても必要な技術といえます。

この本に、我々にとって喉から手が出るほど欲しい技術が隠されているに違いない! と思って、購入して読み始めたものの、最初は期待はずれでした。

……当たり前のことしか書かれていない(; ̄O ̄)

例えばこんな感じ。
ものの見方や考え方が偏ったり、他人の意見が耳に入らなくなってきたりするときは、「テンパる」準備状態とも言えるのです。「こころの視野」を広くキープしておくには、どういうことを心がけておけばいいのでしょうか。いちばんわかりやすいのは、他人の反応、顔色です。自分のとった態度や行動、発言が、鏡のように現れるのは、他人の反応です。「他人の顔色ばかりをうかがって……」と悪い解釈を思い出してしまいますが、逆に自分ではわからない、「自分がどう思われているか」という情報を得ることもできるのです。
全編このような、誰もが知っているような常識的な知識が次々に現れてきます。なんら特別なことが書かれていません。

最初はそこを読み飛ばしてましたが、やがて、読み飛ばしていると何も残らなくなることに気づきました。
「テンパりは伝染する」
だとか、
「テンパったときの自分や他人の姿を思い出す」
とか、
「お腹に力を入れてゆっくり息を吐く」
だとか、心を落ち着かせるための常識的かつ王道な方法ばかり書かれています。それにともなう面白いエピソードだとか、詳しいデータが載っているわけでもありません。

結局、テンパらない技術とは、メンタルを健全に保つための方法としてよく知られている当たり前のことを積み重ねたものだ、というのがこの著書で書かれているとわかった時に、改めて最初から読み直すことにしました。

知ってる、知ってる。……でも実践していない。そんなことばかり。どれか一つを行えば万事解決するような、便利な技術は載ってません。少し肩透かしを喰らいましたが、逆にいい薬にもなりました。

「テンパらない技術」……そのための効果てきめんな特別な方法があれば、オリンピックで実力を発揮できない選手はいませんよね(笑)

今の自分の生活を総ざらいしようと思っている人には、よい本かもしれません。




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2012年8月6日月曜日

引き寄せの法則でハーレムを作れるのか?



「どんなことでも強く願えば必ず叶う!!」人生を向上させる12の『引き寄せの法則』 を信じていた時期が、恥ずかしながら私にもありました。今では、あまり人生を向上させないのではないかと考えるようになりました。

この法則を以前推していた私の友人とも、「願っているだけでどんなことだけでも叶う訳はないですよね」「あの手の法則を信じている人は、努力しない人が多いですよね」などという話を以前、したばかりでした。それが、はてなブックマークで大勢の人の支持を集めていたので、おやっ? と思いました。

なぜこれが間違いなのか?

極端な例を考えてみればすぐに分かります。「偏執狂」と呼ばれる人がいますよね。異常なほど何かに執着する人のことですが、この種の狂人全員が、果たして欲望を叶えることができるのでしょうか?

あるいは、ボーダーライン、境界人格性障害と呼ばれる人々。彼らのターゲットに対する執着は、なみなみならぬものがあるでしょうが、他人の感情を無視した行動によって、思うように他人が動くでしょうか?

明らかにそうではありませんよね。強く願うだけで叶うことは、決してありません。それに伴う「正しい努力が」必ず必要です。ところが、この種の「願えば叶う」という呪文は廃れず、いつまでも多くの人の心をつかんで離しません。

この法則を信じている方は、
「狂人が強く願っても叶わない? それは彼らが潜在意識では『無理だ』と分かっているからだ」などと言いますか、これもおかしな話。成功者の全てが潜在意識レベルで成功を確信していたはずがありません。むしろ、成功者の伝記を読めば読むほど、勝負どころで彼らもまた、内心では恐怖におののいていた、という述懐をしているのを知らないのでしょうか。

繰り返しますが、強く願うだけで夢が叶うことはありません。「強く願うならば、行動が変わってくるでしょう? 行動が変わらないということは『本当に』強く願っていない証拠よ!」という人には、狂人の例を挙げて、「本当に」という言葉の定義を突き詰めていけば、たいてい黙り込みます。結局、言っている本人も、本当に信じているわけではないからでしょう。

それでは何故、この種の「法則」がいまだに多くの人を惹きつけるのか?

答えは簡単。誰もが楽をしたいからです。思い描くだけなら、誰でも出来ます。努力に目を向けなくていいならば、とても楽です。努力をせずに夢を追う人間の典型が冒頭に挙げた、狂人でしょう。夢を思い浮かべるだけで夢が叶ったと信じ込んだ人は、妄想狂と呼ばれます。彼らは考えるだけで、努力はしません。

「手帳に書けば、願いが叶う」
とか、
「強く願えば願いは叶う」
などの「法則」は、
「呪文を唱えれば思う通りになる」
とか、
「魔法で嫌な相手を殺せる」
などの法則と、どこが異なるというのでしょう?

もっと言うならば、
「祈れば罪が清まる」
とか、
「神を信じれば幸せになれる」
という宗教も、同じ穴のムジナと言えるかもしれません。

正当な努力を何年も時間をかけて行うことを怠り、お手軽に簡単に効果を発揮することを願う人々の怠惰心がある限り、この種の「信仰」が廃れることはないでしょう。世の中には性欲が異常に強い人がとても多いものですが、標題に掲げたハーレムを、彼らが引き寄せられるでしょうか? ムリですよ。

それにしても、ホメオパシーに批判的なはてな民が、この記事にははてブをたくさんつけていたのはなぜなんでしょうね?



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2012年8月4日土曜日

雅号ではどうか


一昨日の記事で、ハンドルネームや芸名、筆名に当たる言葉として「別名」という単語を当てましたけれども、ちょっと意味合いが異なりますよね。

英語では、usernameと呼ぶそうです。

こういった言葉を、包括的に呼ぶ言葉はないだろうか、ということを考えながら調べてみましたが、みつかりません。

そこで、古い言葉で何かないか調べて見つけたのが、「雅号」という言葉。

これ、中国語では、「あだ名」という意味もあるようです。

雅だし、中国語にも通じるし、江戸時代からも伝わった言葉でもあるし、なかなかいいなと思うのですが、いかがでしょうか。

やや言葉の響きが、古いかな。ただ、「雅号」という言葉は広まらなくても、本名以外の名前を一つ持つ習慣は広がってほしいですよね。

日本では古くから、実名以外に通称、号など、複数の名前を持つのが当たり前でした。それが今では、実名以外の名前を持つことは、なにか気取っているようで恥ずかしい、という風潮が強くなりました。豊かな社会とは言いながら、こと名前に関しては、シンプルな方向へと進んできたのです。

ところがいま、ネットワークの隆盛により、アルファベットを組み合わせたハンドルネームを持つ人が大変増えてきました。これから100年後、辞典で著名人について解説する場合は、
「小飼弾。ハンドルネーム dankogai。1969年生まれ……」のように書くのが当たり前となるのかもしれません。



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2012年8月3日金曜日

校正は大切


記事を書いた後には、校正しないとダメですね。

昨日の記事はバタバタしながら早朝にアップしました。会社から帰宅しながら携帯で読み返すと、誤字脱字があるは、意味の通らない文章があるは、論理的一貫性がないは、であまりのひどさに正直冷や汗をかきました。

毎日のようにブログをアップしている方々は、その辺りをラクラクとクリアしています。そういった方々に、改めて尊敬の念を覚えます。私だって一週間だけならば気持ちを保てますが、365日、欠かさず文章を書き、校正し続ける、というのは並大抵の努力ではありません。

他人の文章を読めば、誤字はすぐに見つかります。「以外」と「意外」の使い分けが出来ていないブログ記事は度々みかけます。みつける度に「間違っているな」と心のなかでつぶやきます。

ところが、自分の文章に、「意外」と「以外」の区別どころではない誤字が含まれていても、書いた直後には気づけません。再度見直すことはとても億劫です。他人の顔なら何時間でも見ていられますが、自分の顔を長時間見ることはできないのと似たようなものでしょうか。

昔、国語の作文の時間に、ときおり誤字脱字をしていました。そのたびに、
「誤字脱字なんかに拘泥するよりも、中身が大切」
などとうそぶいていましたけれども、これは間違いでしたね。とても緻密な論理を積み重ねる人間には、誤字脱字が大変少ないものです。

日本に密教を持ち帰った日本史上最高の天才と言われる空海(=弘法大師)は、「弘法も筆の誤り」ということわざでも知られていますが、彼の筆の誤りとは、平安京の応天門という門に掲げられた額の「応」の文字1字だけだったといいます。生涯に何百という文章を起草し、しかも当時流行った四六駢儷文と呼ばれる多様な表現を駆使しながら、誤字がたったの1字。恐るべき才能です。

だからこそ、緻密な論理体系を己の中に築けたのでしょう。

「ハインリッヒの法則」というものがあり、「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」そうです。

誤字脱字という300の異常を積み重ねた果てに、1つの重大な過ちを犯すことになるのだとしたら、誤字脱字、文章の構成をいくども校正して、ミスをなくすよう努力し続けることが、将来の大きなミスを防ぐことにつながるのでしょう。


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2012年8月2日木曜日

本名と別名を使い分けできる社会を 下



昨日取り上げた、本名をネット上で公開するべきかどうか、という問題について。

思い出したのが、芸名が多い芸能界で、本名で勝負することを望んだ中森明菜の成功と失速を論じた記事です。

どこで書かれていたのかはっきりとは覚えていませんが、おそらく

だったような気がします。

今でも大河ドラマに出たり結婚の話題をふりまいたりして元気な松田聖子にくらべて、中森明菜は90年台後半から急速に調子を落とし、今では半分芸能界を引退状態になりました。

その理由の一つに、松田聖子が芸名なのに比べて、中森明菜が本名を選んだことが原因ではないか、というのです。

二人ともに、数々のスキャンダルに見舞われました。本当のスキャンダルも無論あったでしょうが、中には、火のないところに立った煙もあったことでしょう。それに、今から考えればどうでも良いようなことに騒ぎすぎた嫌いもありました。

その渦中、本当の自分とは異なることで騒ぎ立てるマスコミに、腸が煮えくり返ることだってあったはずです。

ところが、芸名で活躍している松田聖子は、それを客観的に見ることができます。

「あのように報道されているのは『松田聖子』という芸能人であって、自分ではない。『蒲池法子』という本人とは別の人格だ」

別名で活動していると、仮面を取り外すように意識を切り替えることができるため、報道の加熱を受け流すことができるのです。

ところが、中森明菜は本名で勝負することを執拗に望みました。これは、彼女が勝気で、「自分の名前に誇りを持っているから、この名前で勝負していきたい」と望んだからだと言われています。

貧しい家庭で育った中森明菜には、自分が中森家をもり立ててみせる、という強い意志があったのかもしれません。


しかし、結局、彼女はスキャンダルにまみれた「中森明菜」と本当の自分である「中森明菜」との区別をつけることができず、精神的に疲弊してしまいました。

本当の自分、家族や親友だけに見せる自分を、社会の無理解から守る、という意味で、別名を用意することは自衛のためにも大変有効な手段です。

インターネットにおける別名は、言わば裸を隠す衣服のようなもの。服を着る自由は認めて欲しいですね。

たかが名前と思うなかれ。





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★ 米アップルが新型iPhone発表か、9月12日にイベント準備
ようやく新型iPhoneが発売になるようです。iPhone4Sが発売された時に、あまりのマイナーチェンジぶりに、「これは繋ぎの機種で、もうすぐ新型が発売される」という声が根強かったのを覚えています。

実際は、これまでのいいとこ取りだった4S。その後なかなか新型が発売されず、買う時期を逃した方は可哀想でした。わたしは4Sが出たばかりの頃に購入したので優越感にひたれました。本当に素晴らしい機種です。


★ 小学生の4割が携帯を所有、8割がPCを利用…博報堂DYMRead more: 
小学生の4割とは、とんでもない数字。NTTドコモの戦略として、子供が事件に巻き込まれた時のために携帯をもたせましょう、という運動を行なっています。それが効を奏したのか、今では子供の携帯が当たり前になっているようです。


★ 松井 現役続行見据え練習再開へ 体調整え吉報待つ
ここまでくると、哀れみを感じます。早く日本に帰ってくればいいのに。

2012年8月1日水曜日

本名と別名を使い分けできる社会を 上



最近、YouTubeのコメント欄にハンドルネームで投稿したつもりなのに、本名が世界中にさらされてしまう、という問題が大きく取り上げられています。

勝手にYouTubeで本名晒され、勤務先や趣味まで…

これは、Googleアカウントに本名を登録していると、それに関連付けされたGoogle関連サービスすべてに、本名が提示されるという改悪をGoogle社が行ったためです。

Google社では、Facebookの躍進に触発されて、顔写真や本名を出さないと、インターネット上で意見を述べることができないような社会を作ろうとしています。それが健全な社会を作るのだ、というのがGoogle社の主張です。

インターネットに何を求めているかによって異なりますが、私は、インターネット上で、社会的な肩書き、容貌、障害の有無などにとらわれずに、純粋に中身だけで交流できる環境に大変価値があると考えています。だから、Google社が進める本名主義の動きには強い反感を感じます。

以前、脳性麻痺の方や聴覚障害者の方が、
「インターネットができる前は、いつも軽蔑されているのではないかと恐れながらしか健常者と交流できなかったけれども、インターネット上では外見に関係なく他人と交流できるので、とても楽しい」
とテレビで話していたのを見て、嬉しくなった覚えがあります。

現在の世の中で価値があるとされる外見や社会的地位に関係なく、中身だけで勝負できる社会というのは、人類が望んでいた理想社会なのではないでしょうか。それは、社会的地位の低い人、見かけに何らかの欠点を抱えている人、マイノリティー、女性などの、社会的弱者にとって、望まれていた社会でした。

Google社の動きは、こういった名も無き庶民の声を無視するものです。


この件、明日に続きます。




本日読んで、気になった記事はこちら。↓




★ 自宅でプール設置のお値段は?
一ヶ月6000円の維持費しかかからないのだそうです。
プール付きの家といえば、お金持ちの代名詞。これはアメリカのホームドラマの影響かと思いますが、案外リーズナブルなんですね。


★ ユーロ危機の深層 「最適通貨圏」を形成できない欧州のジレンマ
この通貨圏というのは、昔帝国がこぞって導入しようとしたブロック経済の現代版ではないか、とふと思いました。ブロック内の足並みが揃えばうまくいくのでしょうが、逆に足かせになることだってあります。


★ なぜ日本語で歌いながら世界でブレイクできたのか 「由紀さおり」というイノベーション
由紀さおりが世界でブレイしていたとは、寡聞にして知りませんでした。年をとっても流行をつくることができるというのは嬉しくなりますね。