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2014年6月15日日曜日

冲方丁は広辞苑を読み込んで言葉を学んだ

小説家を目指していた時に、『沖方式ストーリー創作術』を読んだのが、冲方丁の名前を知ったきっかけです。

それに納得半分、反発半分の相反する感情を抱きつつも、彼が高い才能を持った人物であることは認めざるを得ませんでした。それから本屋に行きまして買ったのが、彼の代表作である、『マルドゥック・スクランブル』です。

長い小説ですが、面白くないわけではなく、最後まで読みました。好き嫌いの分かれる小説ですが、私にとっては、
「読ませるけれども楽しくない、嫌いな小説」
でした。

小説を読んで初めてわかったのが、『沖方式ストーリー創作術』を読んだ時に感じた彼への反感の理由です。

彼は、フェミニズムに大変理解があり、虐げられている者への情に熱いのですが、同時に能力のない者を徹底的に見下しています。これはフェミニストにも多い論調ですが、能力が他よりも高いのに、それが公平に認められない現状へ不満を抱くあまり、システムで掬い取られている能力の低い人物を徹底的に貶めてみせることでシステム全体を軽蔑してみせ、それを自身の高い才能で手玉に取ることを正当化するのです。

システムに対抗するためならば、法律や道徳に反することを行うことに一抹の倫理的なためらいはなく、そこをためらうことに軽侮を見せる……こういう癖があるように思えます。そこが私にとっては気持ちが悪いのです。

それでも、最近は『天地明察』が大変売れているようですし、彼の感性の方が、時代に受け入れられているのは間違いありません。買って読む気がないので、本屋でパラパラと立ち読みしましたが、よく調べて書かれたものだと思いました。

そんな彼の学生時代について、書かれた記事を読みました。

★ 『天地明察』冲方丁のバイト時代
「1週間2万円の給料で、ゲーム会社に泊まり込んで働きました。あらゆるジャンルの企画書を1週間で25枚は書きましたね。2カ月目に『派遣社員にしてやる』と言われて某社に行ったら、もっとひどい労働環境だった。当時は120億円かけた失敗ゲームを作っていて、朝から晩までわけのわからん会議と制作漬けでしたね」
「ひたすら小説を写す、広辞苑を読破する。リレー小説なんかを書いて、高校時代に原稿用紙3000枚くらい書きました。僕は人に何かを提供する仕事。もし対象に興味が持てなかったらもったいないですよね。だからこそ“欲求”に正直に、興味のあることをしただけなんです」
広辞苑を読破する、という修行法があることは初めて知りました。しかし、これは確かに役に立つだろう。マルコムXという黒人指導者も、牢獄内で辞書を写して社会の仕組みや修辞法を学んだといいます。

こういう努力を続けているからこそ、一流と言われる小説家となったのでしょう。私も、携帯をいじる生活からそろそろ離れなければ……。

2014年6月9日月曜日

Ms.Marbel(ミズ.マーベル)というイスラム系女子高生が主人公のコミックについて

先週、「ミズ・マーベルはマーベル社のヒロインだが、キャプテン・マーベルはDC社のヒーロー」の記事で触れたイスラム系女子高生が主人公のコミックについて述べたいと思います。

アメリカ合衆国の人口増加率は、先進国の中で群を抜いています。1910年には1億人弱だった人口が、2010年には3億874万5,538人。100年で4倍弱になったことも驚きですが、ここ数年の増加ペースは驚くほど。10年前2億8,142万1,906人だったので、たった10年で1億人の人口が増えたことになります。

このスピード、いつまで維持できるでしょうか? アメリカ社会はこの異常なる人口増加に、耐えられるのでしょうか?

人口増加の要因は移民と、移民した人々の出生率の高さ。今では、アメリカで生まれてくる子供の半数は有色人種だそうです。あと10年もすれば、白人は少数派となり、テレビでおなじみの合衆国政府の閣僚や芸能人の多くが、有色人種となることでしょう。

このトレンドに敏感なのが出版業界です。特にコミックのような子供相手の商売は、常に次世代のマーケット――未だ明確に現れていない――がターゲット。人口動態を横目でにらみながら、次の次を狙っていかなくてはなりません。

こうして、アメリカのコミック業界の雄、マーベル社は『Ms.Marvel(ミズ.マーベル)』というヒロインを新たに作り上げました。

そのニュースがこちら。今年初めの記事です。

★ 新「ミズ・マーベル」は、なぜ変身できるイスラム教徒の女子高生なのか?
マーベルコミックスは2013年11月、「ミズ・マーベル」をリブートすると発表した。2014年2月からは、まったく新しいスーパーヒロインが登場することになる。ニュージャージー州に住む16歳のイスラム教徒の少女カマラ・カーンだ。
リンク先の絵を観ますと、ヘタウマというか、松本大洋の『ピンポン』に似た絵柄でして、パースも狂っているし身体のバランスもおかしいです。発展途上といったところでしょうか。

これが面白いのかどうか。気になっていました。

イスラム教は表現に厳しいことでも知られています。ほんの少しでも侮辱する表現があれば、大変激しい抗議の声が上がります。コミックという自由な表現が必要な場所で、イスラム教徒が活躍するものを描けるのか、否か?

出版社にとっても冒険ですが、これが当たれば、16億人というマーケットを開拓できます。それに彼らは、石油採掘によって大変豊かですので、人気が出れば、関連グッズに惜しみなくカネを支払うはず。大きなビジネスチャンスが眠っています。

しかし、上の記事を読みましてちょっとがっかり。ヒロインはイスラム教徒にしては肌の露出が大きく、受け入れ難いのではないか。また、もう少し可愛く描かないと人気が出ないのではないか。などと思っていたのですが、アメリカで1月に発売されたコミックのレビューを読みますと、それほど悪い評価ではありません。

Marvel, Inc. has made the courageous and bold decision to push the boundaries of what we're accustomed to reading in comics and has given us a much-needed dose of diversity!!
マーベル社は、私達が漫画を読む上で慣れ親しんだものの境界線を取っ払うという、勇敢で大胆な判断を行い、かつ、私達に多様性がとても必要であることを教えてくれています。
といった、マーベル社の取り組みに対する高評価に湧いていまして、Amazon.comを私がのぞいた時には☆5つをつけた人が、8人中7人もいました。

もっとも、レビューがあっという間に集まるアメリカのアマゾンで、レビュアーがこれしかいないというと、評価しているのは関係者ばかり間もしれませんけれど。

私は、イスラム的な価値観を持った男性ヒーローが、西洋的な価値観との間で苦悩する、というストーリーの方が良かったような気がするのですけれども、アメリカでは受け入れられないのかも。日本でやってもらいたい試みです。


2014年6月4日水曜日

ミズ・マーベルはマーベル社のヒロインだが、キャプテン・マーベルはDC社のヒーロー

アメリカのコミックで、昨年イスラム系女子高生が主人公のMs.Marvel(ミズ.マーベル)という作品が現れたそうです。

興味を持ち調べ始めると、マーベルと名付けられたヒロイン(ヒーロー)がそれ以前に複数いて混乱しました。

日本では知られていないアメリカのコミック事情も合わせ、読み解いた複数の「マーベル」について、まずは簡単にまとめてみます。

まずアメリカのコミック事情について簡単に説明しましょう。

アメリカの漫画はヒーローが健全に活躍する物ばかり。日本のような性的なもの、残虐なものはほとんどありません。それは1950年代のアメリカで、
「漫画は青少年に悪影響を与える。有害だ!」
という声が高まり、性的表現、残虐シーンがほぼ一掃され、安直なヒーロー物ばかりとなったことが原因です。

アメリカのコミック業界は、マーベルコミック社とDCコミック社の2社がコミックのマーケット全体の売上の64%を占めています。2013年のそれぞれのシェアは、マーベルが33.5%、DCが30.3%とほぼ互角。

アメリカでは著作権は出版社がガッチリと握っているために、ヒーローは著者のものではなく、出版社のもの。そこで、人気の出たヒーローは、スーパーマンもスパイダーマンも、漫画家の代替わりをしながら、何十年も描かれ続けることになります。日本で言えば、『ONE PIECE』を尾田栄一郎がいくら終わらせたくても許さず、代わりの漫画家を立てて描かせるようなものです。

両社のそれぞれのヒーロー(ヒロイン)は次の通り。
マーベル社
スパイダーマン
キャプテン・アメリカ
X-メン
ハルク
ファンタスティック・フォー
アイアンマン
ミズ・マーベル
DC社
スーパーマン
バットマン
キャットウーマン
ワンダーウーマン
キャプテン・マーベル
つまり、マーベルという名前は出版社名でもあるだけではなく、マーベル社、DC社の両社から出ているコミックのヒーロー(ヒロイン)でもあるんですね。ここが複雑。

まずはDC社のキャプテン・マーベル。
そのころ、DC社が生んだ『スーパーマン』が大ヒットしていました。そこで、DC社とは無関係のフォーセット社という出版社が、1940年に作ったキャラクターが『キャプテン・マーベル』でした。数千年生きる魔術師からS.H.A.Z.A.Mという6つの魔力を与えられたスーパーヒーローが、活躍するという話です。

ところが、スーパーマンの人気を段々と脅かすようになり、DC社から「スーパーマンのキャラ設定をパクっている」といちゃもんをつけられて裁判に。

20年の裁判の末、和解。その際、あまりコミックでは儲からなくなったために、フォーセット社は版権をDC社に譲ってしまいまいした。今ではDC社の所有となり、タイトルも『SHAZAM』と改名されてしまいました。

次に、ミズ・マーベル。
こちらは1977年、マーベル社が作り上げたヒロインです。彼女は元々超人的な力を持たない、普通の地球人でした。もっとも、CIAのエージェントという彼女の前職を普通と言えるかどうかは、微妙なところですがね。

しかも彼女の恋人はクリー人という超人的な力を持つ異星人(ますます普通じゃない!)。名前はキャプテン・マーベル。もともとは、彼氏の名前だったのです(前述の元フォーセット社のキャプテン・マーベルとは別人です)。

ところが彼氏のキャプテン・マーベルは、敵との戦いで爆発します。その衝撃で彼の遺伝子が、彼女の体内に飛び込んで融合し、不思議な能力が芽生え、スーパーヒロインとして活躍するようになったのがミズ・マーベルの誕生です。

いまでは「アベンジャーズ」(映画にもなりました。ヒーロー総出演のようなものです)にも加入しており、マーベル社の主要キャラの一人となっています。

ただこの1977年登場の「ミズ・マーベル」よりも先に、1944年にも「ミス・マーベル」という名前のキャラクターがいるそうですが、あまり詳しくありません(「東映スパイダーマン後のマーベル提携作品」という記事による)。

新しく登場した女子高生の『Ms.Marvel』は1977年登場の「ミズ・マーベル」のタイトルだけ借用して、新しいキャラとして作り上げた作品のようです。日本でも最近、『寄生獣』というタイトルなのに、キャラが今風に改変されたアニメが放送されていますが、あれと似たようなものでしょうか……。



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さて、『キャプテン・マーベル』『ミズ・マーベル』いや、そもそも出版社名の「マーベル社」など、「マーベル」という名前がこれほどたくさん出てくるのは、なぜでしょうか? 

マーベル社という会社の存在がまずあって、それに対抗するために(あるいは敬意を表して)、フォーセット社がライバル社の名前を冠した「キャプテン・マーベル」というキャラクターを作ったのでしょうか(日本だと、「少年マガジン」に『名探偵 立花集英』というタイトルのマンガを連載するようなもの)?

それにマーベル社が「元祖は俺達だ」と対抗して、「ミズ・マーベル」という女性キャラクターを思いついた、とか?

調べた結果、これは違いました。

なぜなら、フォーセット社が「キャプテン・マーベル」を作ったころ、マーベル社は「タイムリーパブリケーション」という社名だったからです。

「タイムリーパブリケーション」は1939年創立。その後、1950年にアトラスとなり、1957年になってようやくマーベル社となります。つまりライバル社の名前からキャプテン・マーベルが名付けられたのではないのです。

では、マーベルという名前がコミックのヒーロー(ヒロイン)に次々につけられる理由はなにか? たとえば、アメリカンコミックの創始者に手塚治虫のような天才がいて、彼の名前がマーベルだったとか? だから彼をリスペクトしてマーベルの名前を使いたがるとか? 

……調べてみれば、簡単でした。"marvel"(=マーベル)という単語は人名ではなく、「不思議」「驚異」「おどろくべきこと」という意味の一般普通名詞なんですね。

日本だと、『宇宙戦艦ヤマト』『白い戦士ヤマト』『ヤマトナデシコ七変化』など、ヤマトの名のついた作品が多数あるのと同じようなものでしょうか。

マーベルという名前のヒーローやヒロインが大勢いて、マーベル社という出版社まであるのは、ただの偶然だったようです。

2014年1月19日日曜日

青年女性向けのマンガのジャンルを作ればいいのにと思ったけれども

恋愛天国 (パラダイス) 2014年 03月号 [雑誌]
恋愛天国 (パラダイス) 2014年 03月号 [雑誌]

「今の少女マンガはえげつないよ」
ということを女友達から聞きまして、数冊の少女マンガを読んでみましたが、たしかにえげつないですね。

少年マンガよりも、はるかに性的描写が多いのです。

少女マンガの金字塔となった『NANA』という作品。
こちらも、過激な部分が多く描かれ、ちょっとどうだろう? と思いました。

少女マンガの露骨さは少年マンガの妄想的なものとは違いますね。現実の延長上にあり、主人公に感情移入するとそのまますうっと現実に行動を起こしそうなものを感じました。少女にとって悪影響を与えないだろうか……と心配になりました。

インターネットで情報はいくらでも仕入れることができる時代ですから、規制の効果が昔ほど期待できないとしても、精神が未成熟な少女からできる限り性的なものを遠ざけて、落ち着いた環境に置くよう努力するのは、大人の役目。だから、子供向けの少女マンガ冊子に過激なものを載せないようにしてほしい。

それにしても、なぜ今の少女マンガがこう変化したのか? 女性は男性と異なり、性的描写をそれほど求めていないのに、と考えているうちに、男性には青年向けのマンガである「ビッグコミック」という雑誌が用意されているのに対して青年女性向けのマンガ雑誌がないから、少女マンガに20代女性向けのマンガが押し込まれてしまっているのではないか、と思い至りました。

むろん、レディースコミックというジャンルがありますが、こちらは男性向けのエロ雑誌の女性版のようなものでしょう。青年女性向けの純粋なストーリー性のある娯楽雑誌とは異なります。

たとえば『今日からヒットマン』や『リアル』、あるいは『島耕作シリーズ』のような物語の載ったビッグコミックと呼ばれる青年男性向け雑誌。あれの女性版があってしかるべきではないか。

そうすれば、現在ビッグコミック系雑誌に掲載されていた『おたんこナース』だとか『働きマン』のような若い成人女性向けのマンガがそちらに掲載され、女性漫画家ももっと女性向けに特化した漫画を描けるのではないか。

こうしたことを思って調べてみますと……以前はそういうものがあったのに、廃刊となったことが分かりました。


ヤング・レディース
 ヤング・レディースは、日本における女性向けの漫画のジャンル。大人の若年(20代を中心とする)女性の生活や恋愛を描く。
(中略)
 1980年代中盤には女性漫画(レディースコミック)が隆盛し、次いでレディース誌と少女誌の隙間とされた年代をターゲットにした雑誌が続々と創刊され、ヤング・レディースというジャンルが確立した。
 1990年代後半、女性漫画のブームが落ち着くと共に淘汰が進み、大手出版社以外はこの分野からほぼ撤退している。「ヤング」付きの誌名を持つ雑誌は『FEEL YOUNG』一誌を残すのみとなった。
なくなってしまった理由は単純です。……それが売れないから。なぜだろう? と思って友人に聞いたら、即答されました。

「だって、ファッション誌を読んだり現実に買い物している方がマンガを読んでいるよりも楽しいじゃない」

なるほど。

男性と比べると女性は現実的。妄想よりも現実にシフトする女性が男性よりも圧倒的に多く、マンガを読まなくなるため、彼女たちをターゲットとした青年女性向けのマンガ雑誌の市場が育たないのでしょう。とはいえ少ないながらも青年女性向けのマンガを求めている人々がいるので、青年男性向けの雑誌と少女マンガ雑誌に、青年女性向けのマンガが押し込まれてしまうと、こういうことではないでしょうか。

それでも少女向けの雑誌には、あまり無茶な描写を持ち込んでほしくはありません。少年漫画も同様ですがね。


2013年10月30日水曜日

25年目の真実

手塚治虫の『ブラックジャック』第11話に「ナダレ」というタイトルの作品がある。
ある研究者が、動物の知性をより高度化するために、胸部に脳を格納して、脳の発達をうながせば、動物でも人間並の知性がそなわると主張して、その実験をブラックジャックに依頼する。

研究者が昔から飼っていた子鹿の胸部へ脳を格納する手術をブラックジャックは見事成功させる。

ところが、研究者が海外に出かけている愛大に、飼育施設から鹿は逃げ出し、自然を守るために自然破壊を行う人間を殺害し始める。

結局、研究者は鹿を殺してThe Endなのだが、その最後のシーンがこれ。
これを読んだのは、もしかしたら25年前かもしれない。
そして今、分かった。

さばく=裁く=(肉を)さばく

手塚先生のダジャレですよね、これ?
25年目にして、ようやくダジャレの存在を知りました。

2013年6月21日金曜日

「モズグス型」という類型――渡邉美樹、戸塚宏、永守重信などの共通点

先日会った友人はワタミの株を持っていて、「株主優待券を使って呑もう」と誘われたものの、あまり気乗りがせずに断った。ワタミは接客も食事もそれなりにいいのは確かなのだけれども、創業者がアレなので、ちょいとその気になれない。

友人は合理的に物事を考える人間。創業者の人間性と、会社の良さは別だと割りきる。彼のサバサバした性格は、いつも羨ましいと思う(私が考え過ぎなのかも)。

ところが、逆にこの手のブラック創業者の人間性に傾倒するのもいる。これは別の知人だが、某カルト宗教にはまっていたので、止めるために彼の家を訪れたところ、本棚にワタミの渡邉美樹の著書と、日本電産の永守重信の本が揃っていて頭痛がした。

あれは何なのだろうね? 知人の信じるカルト宗教の教えは、自己成長や努力、社会貢献を主張する一見まともなものだが、やることが軒並み胡散臭い。ちなみに知人は戸塚ヨットスクールの戸塚宏のことも尊敬していた。社会性を備えた宗教と、ブラックな組織には、共通する何かがあるのかもしれないと思った瞬間だった。

戸塚宏や渡邉美樹など――彼らは俗物的な独裁者とは異なり、どこか宗教的だ。狂信的独裁者といえばヒトラーだが、反ユダヤ主義のような明らかに差別的で異常な思想ではなく、それなりにまっとうな思想を掲げる。

まっとうな思想を信じているはずなのに、なぜか発言・他者への扱いが異常。かといってサイコパスのような「平然と嘘をつく」「良心の欠如」という特徴を有していない……こういう人物を類型化できないか、と考えた時に真っ先に思い浮かんだのが、『ベルセルク』というマンガに出てきた登場人物モズグス。
(C)三浦建太郎/白泉社
それ以来、彼らのようなタイプの人間を、密かに「モズグス型」と呼ぶようにしている。

まず『ベルセルク』とモズグスのことを簡単に説明しよう(どちらもWikipediaを参照)。
『ベルセルク』
 三浦建太郎による日本の漫画作品。白泉社発行の漫画誌『ヤングアニマル』にて不定期で連載されている。(中略)中世ヨーロッパを下地にした「剣と魔法の世界」を舞台に、身の丈を超える巨大な剣を携えた剣士ガッツの復讐の旅を描いたダーク・ファンタジー。

モズグス
 「血の経典」の異名を持ち、どんな軽微な罪さえも許さぬ苛烈な審問で恐れられる異端審問官。法王庁から派遣され、異端の徒や異教徒として裁いた者をことごとく磔刑や車輪轢きの刑といった極刑に処しており、その数は500人以上に上る。
それでは、このモズグス型に共通する特徴を述べてみたい。

1.強烈な使命感
彼らには「世の中を良くしなければならない」という強い使命感がある。

2.若年時に「原理」を獲得
彼らは若年時に、それぞれの体験と学習によって獲得した、ある信念、「世の中を良くするため」の方法論を持つ。その「原理」は、社会に貢献するものではあるものの、弱者・少数者などの犠牲を必ず生み出す、歪んだものであるのが特徴。単純であり、現実の複雑な社会に完全に応用できないものであることが多い。彼らは、現実にそって「原理」を修正するのではなく、「原理」に沿って社会を修正することを選ぶ。なお、「原理」はモズグス型人物の現実的な利益(社会的地位、財産など)を保証するものでもある。

3.参考とする形而上のバックボーンがある
モズグスはカトリックと思しき神の教えの狂信者であるが、たとえば渡邉美樹もキリスト教、戸塚宏は朱子学などを参考にする。その中から自分の成功体験をもとに、自分に都合のいい部分だけをつまみとって作り上げたのが「原理」である(渡邉美樹の「夢」や戸塚宏の「脳幹論」など)。

4.「原理」に忠実で迷わない
「迷う」のが人間だが、彼らは迷いを見せない。「原理」に間違いはないと固く信じている。

5.「原理」と異なる行為は間違い
他人が彼らの原理と異なる考えを持ち、異なる行動をするのは当然なのだが、彼らにとってはそれは即アウト。間違いなので是正しなければならず、糾弾しなければならない。多種多様な価値観とやらを認めない。価値観は己の信じる「原理」のみ。

6.根本に人権意識や遵法意識がない
個人の信条がいかに正しかろうと、それを超える人類普遍の価値観や法律が存在するはずだが、彼らにとって何より尊重すべきは自身の「原理」。基本的人権や法律がそれに反するならば、それを破るのは当然だと考えている。

逆に、社会的に蔑視されているような人物であっても、自身の「原理」に従うのならば、社会的偏見に拘泥せずに採用する。

7.自分を特別だと思っている
「原理」を尊び、そのために生きていると自負する自分のことを、選ばれた人物だと密かに自負している。だから、自分の肖像を飾ったり自己を神格化することを恥じない。

8.倫理観は強い
モズグス型ではない、傲慢な人間、強欲な人間は、特権を利用して部下に肉体関係を迫ったり蓄財に走ったりするものだが、モズグス型の人間は本能的欲望に基づいた罪は犯さない。このため、あまり醜聞とは縁がない。

9.肉体的、精神的暴力の肯定
ただ「相手のことを傷つけてはいけない」という倫理観を彼らは持たない。それどころか「原理」に従わない人間を、肉体的罰や精神的苦痛を与えて無理やり従わせることは正しいことだと考えている。

10.恥ずかしい過去がない
親から憎まれていた、引きこもりで登校拒否だった、風俗にはまっていた、イジメられていた、ギャンブル依存症だった、挫折した、などの他人にあまり知られたくない過去を誰しもいくつか持っているものだが、彼らにはそれがほとんどない。だから弱みがないため、他人に強い立場でモノを言う。

11.軽蔑をせず、罰を与える
恥ずかしい過去を持つ人間、罪を犯した人間、「原理」に反した人間のことを彼らは軽蔑をしたりバカにしたりすることは、意外にない。ただし、罰を与えなければならないと思っているし、それが背理者のためだと信じている。しかも、それに従わなければ激怒する。

12.普段は穏やかだが、逆らわれると激高する
元々は激情タイプだが、それを外に出すと世間では受け入れられないことをよく知っているから、とても穏やかな素振りを普段は見せている。彼らは微笑みを絶やさない。だが、自身の信じる「原理」を否定されたり、立場が下の人間から反抗されたりすると、途端に怒り狂い、罰を与えるまで収まらない。

13.人格者だと信じるエゴイスト
彼らは自分のことを人格者であると自負しているけれども、その本性はエゴイスト。だが、自分の利益となる「原理」こそが普遍的正義だと信じているため、それに従っている自分は人格者である、と考えている。また、「原理」に従って自己の利益(地位や名誉、財産)が増大することは当然のことだと考えている。

14.絶対服従の部下を従える
彼らは自分に絶対服従の部下を作る。部下は主の劣化版コピーともいうべき存在で、主の手足となって働く以外に行動原理を持たない。そういう部下をモズグス型は自身が若い内に最底辺から見出し、引き上げて、自分の手足としている。

15.体力のある努力家
工夫をこらして努力をするタイプではなく、恵まれた体力に任せて寝る間を惜しんで働くハードワーカータイプ。だから、睡眠を削り、長時間働くことは正しいことだと信じているし、他人にもそれを強制する。自分に厳しく他人にも厳しい。

以上となる。自覚なき原理主義者、微笑むエゴイスト、といったところだろうか。穏やかな風貌で社会的に相応の地位を占めているけれども、単純な原理を振りかざして他人に強制し、いくらでも他人に残忍になれる彼ら「モズグス型」には、できるだけ関わりあいになりたくないものだ。
ベルセルク (1) (Jets comics (431))
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