2012年8月11日土曜日

人体実験のアルバイト あるいは治験体験談 ①

「人体実験」のバイトがやばい というまとめ記事を読んだとき、昔の記憶がフラッシュバックしました。あの時のベッドの感触、医師との会話、読んだマンガ、その頃の失恋、治験で得たカネで参加した海外旅行だとか……。

私は学生時代、「治験(ちけん)」のアルバイトを経験したことがあります。

その頃の記憶を書こうと思い立ったものの、逡巡しました。誇れる過去でもなく、需要があるかどうかもわかりません。

記事を書く前に、
「治験 体験」
という言葉でGoogle検索したところ、998,000ものページがヒットします。たいていはブログ記事のようです。変わった経験だからこそ、経験した人は書かずにはいられなくなるのかもしれず、それがこの大量のページ検索結果に現れているのでしょう。無数の体験談があふれているのに、私の過去の体験談を今さら追加する必要はないのかもしれません。

しかし、と思い返しました。それを言うならば、ほとんどのブログ記事は必要のないものです。他人とは全く違う、唯一の体験なるものを、どれほどの人が持っているというのでしょう。多くの人は似たような体験や経験をブログにしたため、その何十倍の人が、飽きもせず読んでくれます。それは、どこかで聞いたことのある話であっても、自分ではない他人の経験というだけで、すこぶる面白いからに他ありません。

それならば、敢えて私が書いてもいいじゃないか。気持ちを再び翻して、当時の記憶を書いてみることにします。

当時、私は大学3年生でした。警備員や塾講師、道路工事や世論調査など、いろいろなアルバイトをしてきましたが、アングラなアルバイトを体験したことがないのを物足りなく感じていました。

ノーベル賞作家・大江健三郎の『死者の奢り』という小説をご存知でしょうか? 主人公は、大学病院で解剖用の死体を運ぶバイトをしながら人生について考えをめぐらします。


あるいは、五木寛之の『青春の門』という小説を読んだことはおありでしょうか? 主人公は、自分の血液を売るバイトをします。


どちらも古い小説で、今はあまり顧みられないものですが、夏目漱石だとか森鴎外などに比べれば、格段に読みやすく、面白いはずです。親が若い頃に買って、本棚に置いていたのを読んだ世間知らずの中学生にとっては衝撃的な内容でした。

「俺も大学に入ったら、こんなアングラなアルバイト、してみたい!」
怖いもの見たさの好奇心がムクムクと沸き起こり、大学に行く楽しみの一つとなりました。世間を知らない子供にとっては、刺激的な内容に思えたからです。

ところが、数年して大学に入ったものの、残念なことにそれほど変わった経験にはとんと縁がありませんでした。風俗店や違法カジノで働いた知り合いも周りにいましたが、それには関わりたくありませんでした。アングラは好きですが、ヤクザは大嫌いだったからです。

いつの間にか3年生になり、中学生の時の気持ちも薄れかけていたその日、いつもの什器搬入のバイトに精を出していたときのこと。

昼休みに、仲間と今まで経験した変わったバイトについて話していたときに、たまたま教えてもらたのが、この「治験」の話です。

「面白いし、実入りもでかい。ほんの少しの採血を我慢するだけで、
3万円から、時には100万円のバイト料をもらえるんだ・・・・・・」

「人体実験」という不吉な言葉。手に入る莫大なバイト料。風変わりな体験・・・・・そのどれにも魅力を感じて、彼にせがみ、教えてもらった連絡先に早速電話をしたのは言うまでもありません。

「今すぐご紹介できるバイトは三つあります」
電話に出た男性は落ち着いた口調で説明を始めました。

「一つは塗り薬の治験。これはもう定員に足りており、キャンセル待ちです。一日の拘束のみで、3万円となります。
二つ目が糖尿病抑制薬の治験。こちらに参加いただける方を今一番探していて、宿泊のない半日の拘束を一回、一泊二日の泊まり込みを二回、計3回参加いただき、合計で15万円をお支払いします。
三つ目も探していて、こちらはクモ膜下出血の治験。30万円です。どれがいいですか?」
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