2014年8月30日土曜日

ステージが変わると、復讐する機会は失われる 上


何度かこのブログで書いたこともある話だが、社会人となって執拗な嫌がらせと、暴力を受けた経験があり、それは私にとって大きな転機となった。

中途採用となった転職先は小さいながらも政府系機関だったため、安定した組織だったのだが、それが逆に閉鎖的でいびつな人間関係をもたらしていた。たとえば、Kという仕事のできない社員(定年間近で平社員)などを職場全員でイジめ、バカにしたり、とある役員の陰口を執拗に叩いたり。

この人身御供を許容するおぞましき秩序が気に食わなかった私は、こうした言動にその都度、反抗した。

転職してきたばかりの人間が既存秩序に下手な方法で歯向かったらどうなるか、考えれば分かるだろう。若さのあまり、正義は勝つと自惚れていた私は、やがて職場の女性数人から陰湿な嫌がらせを受け始めた(話しかけても一切無視されるとか、給料泥棒と書いた紙を回されるとか、私がトイレに入っている間に、大声で私の悪口を私に聞こえるように言う、とか、まあ、思いつく限り、いろいろだ)。

嫌がらせは数年続いた。小さな職場で小声でヒソヒソと悪口を言われ、話しかけても挨拶をしても無視され、それに同調する一部上司から怒鳴られ、一部の上司から評価されると今度はやっかまれて余計に嫌がらせを受ける、物を隠されることなどが続いた。上司も頼りない人間でお局が絡んでいるから助けてくれないのである。とにかく、きつかった。

そこを離れた後、会社勤めにトコトン嫌気が差して、独立して働くことを決意。メンターと見込んでカバン持ちを始めたボスのもとで働いたのだが、これはまた、別の意味できつかった。

数度の離婚、愛人を常に幾人も抱えており、性的に放縦な人間だった。事務所の事務員を殴る蹴るが当たり前。私の前任者は、それが原因で鼓膜が破れ、同僚は首を吊って自殺未遂を図ったが死にきれず、鬱病になってようやく退社できた。

それなのに対外的には大変な人格者として通っていた。マスコミにもときおり、識者として、今でも登場している。

こうしたボスと働いた経験をもとに書いたのが、右欄に載せている電子書籍。ボスの容姿は大幅に改変、暴力沙汰も私の受けた暴力と同僚の受けた暴力を混ぜているが、まあ、実際の人間はもっとひどい男なのである。

ボスに、辞めたいと訴えたところ、
「クソが。お前みたいなウジ虫がどんなにクズか、世間に分からせてやろう。お前の履歴書に書いている以前の職場全部に電話をかけて、『◯◯という人物をこちらで雇っていましたが、この男がどうも信用できませんでしてね。もしかしてオタクの会社で何かしでかしたんとちゃいますか?』と聞いてやるよ」
と、こう脅迫された。

そしてこの男、実際にこういうことを、平気でやるのである。

私をいじめ抜いた前の職場の女性陣に、こうした噂を流されるのはあまりに恥ずかしく、それは恐怖だった。こうした私の弱みを、彼は的確についてくる。下手に辞めて、次の職場に嫌がらせをされても困る。私は辞めるに辞められなかった。

穏便にその会社を辞めるのに、数年かかった。


さて、なぜこうした話を再び書いたのか? 私がそこから脱出した後に考えたことを初めて申し上げるのだが、その内容はひどいものであり、事情を知らないままでは、みながドン引きされるに違いない、と考えたからだ。

私はしばらくの間、彼らにどうすれば復讐してやれるか、そればかり考えていた。

結果、次の3点に集約されていく。
  1. 暴力による復讐
  2. 法律による復讐
  3. 将来の復讐

1.暴力による復讐

私の考えた方法は具体的だった。上記の陰湿ないじめをしていた女性の中で、首謀者となったT。こいつを鉄パイプで殴りつけて、骨を折ってやる、両手両足をへし折ってやる、という妄想だ。

彼らと働いていたとき、通勤ラッシュでやってくる電車を見つめながら、
「駅のプラットフォームから飛び降りれば楽だろう」
と思いつつ見送ったことが何度かある。後年、その頃のことを思い出すたびに、あいつを殺してやりたいと憎悪が増した。

ボスに対しても、路上でボコボコにしてやることを妄想した。彼には『闇金 ウシジマくん』並の、もっとエグい方法を考えていたので、公表できないのでやめておく。


2.法律による復讐

Tという女性をPTSDで訴えることを考えた。残念ながら私は深刻な鬱病にはならなかったけれども、精神科で、経験したことを訴え、それに今でも眠れないほど悔しい思いがすることを訴えれば、あるいはPTSDと認められるかもしれないと考えた。

彼女たちが私の悪口を言っていた、というのを訴えても「幻聴だ」「頭がおかしい」と突っぱねられるのを懸念して、彼女たちが紙などに残した証拠をゴミ箱からあさって保存しておいたから、証拠はあった。だから、裁判で勝てるのではないか、と考えたのだ。

ボスに対しては、打ち合わせのために経費として計上されている食事代のほとんどが愛人との食事代であることを税務署に訴えることとか、労働基準法違反の実態を労働基準監督署に訴えることなどを考えた。


3.将来の復讐

たとえば私が後年、ある程度の社会的地位に登った後に、彼らを社会的に抹殺する……そんな光景を夢見た。

なにかの表彰で私が壇上に上がり、そこに司会者が
「◯◯さんのかっての恩師がここに来ていらっしゃいます!」
と言って、スタッフがドッキリでボスを連れてこようものなら、壇上でこのボスがどれほどひどい人間か話した後、持っていた水を上からひっかけてやる……そんなシーンを妄想した。

あるいは、ある程度の社会的地位を得た上で、彼の取引先すべてに電話をして、
「この男、本性はどんな人間か知ってます? それなのに彼と取引しているんですか?」
と話して彼の信用を根こそぎ奪う、とか。



……こうしたことを考えていたが、今ではそうした気持ちはなくなった。それはなぜか?

そのことについては、明後日、改めて書くことにしよう。

当時のことを久しぶりに思い出すうちに、怒りが噴き出してきたため、少し、気持ちを落ち着ける必要がありそうなので。


2014年8月26日火曜日

月間7万ページビューなので、まだ広告のことは考えていない……なんてね

文人商売というブログを書いている人が、「月50万PVいったので、そろそろ広告を考えてみる」という記事で8ヶ月で月間50万PVまでいったことを紹介している。

PVというのは「ページビュー」の略であり、何回、そのブログが閲覧されているのかを示しており、ブログの人気や実力を示す指標の一種となっている。

私のブログは2012年3月から開始して、ようやく月間PV数が7万から10万なので、彼我の差に少々、情けなくなる。

PVという指標は、ユニークユーザー数や訪問者数に比べると指標としての信頼性は低いと言われることが多い。同じ人が5記事をクリックして読んでも、異なる人5人が1記事ずつ読んでも、同じく5PVとカウントされるからだ。

ところがPVが指標として利用されるのは、アフィリエイトの収益額と相関関係があるからだ。乱暴に言えば、1人の人が5記事を読んで、そのうちに広告(このブログの上や右上などに貼り付けられているGoogle AdSenseの部分です)をクリックしてくれる確率と、5人の人の中でクリックを誰かがしてくれる確率はほぼ似たようなものだからだろう。

※ちなみに、このブログを読んだだけでは筆者の収益とならない。Google AdSenseの広告をクリックしないと筆者への利益とはならない。

つまり、私の月間のGoogleからの収益額は7,000円から8,000円ほどとなる。その計算は正しい。

毎日1時間以上ブログを書くのに費やしているので、仕事として考えるとまったく割に合わない。しかし、文章力上達のための機会として、あるいは、情報発信によって、書き手、読み手双方の考え方の整理に少しでも役立つ機会としてブログを書いているので、金銭面で割に合わない、というハードルはクリアしている。

ただ、問題は存在意義だ。多くの人に読んでもらえるということは、それだけ記事が誰かの役に立っている、ということだろう。その意味で、PV数が増えるのは、筆者にとって嬉しい。その上ちょっとした小遣いになることが、さらなるモチベーションの源泉となる。

冒頭で紹介した「文人商売」の筆者が、ではどうやってPVを増やしたのか。その理由は下記記事に詳しい。

★ 書籍化&30万PV達成したので、ブログのアクセス増やす具体的な方法を教える

ちなみに、これを参考に私が書いた記事が(そうです。私はなんでもすぐにやってみる質なんです)、こちらだ。

★ エヴァ映画を「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」も含めてランキング形式で紹介してみた

でも、これは思ったほどPV数はなかった。エヴァは、取り上げている記事が多すぎて、私の記事が埋もれてしまったのだろうと予測しているが、それにしてもひどかった。

私のブログの場合、まずは、タイトルと内容にもう一工夫が必要なのだろう。

もっと面白いと思ってもらえる記事を書いてみたい……。

そう考えて、いろいろと考えた末、明日からだけれども、記事を書くのを隔日にしてみようと思う(もちろん、書きたいネタがあれば、それに関わらず書いていくつもりだが)。

アウトプットも必要だが、インプットも必要だ。だが、今のペースでブログを書いていると、私にはインプットの時間が足りない。その時間を増やすことで、少しは内容はマシになるのではないだろうか……。

しばらく、隔日でブログを書いていきます。



2014年8月25日月曜日

酒は百薬の長ならず

先日深酒、徹夜をしました。翌日どうも調子が悪く、1日をムダに過ごしてしまいました。

それからふと考えました。
(酒は結局のところ、体にいいのか? それとも悪いのか?)

酒が体にいい理由とは、少量ならばリラックス効果があるから、というものです。それは間違いなくあります。ところがアルコールには脳細胞を破壊するという噂を聞きまして、それ以来、アルコールは極力控えてきました。そこで改めて調べてみたのです。

すぐに見つかったのが、これ。

★ 1日わずか2杯のワインが脳細胞の生産を40%も減少させると判明!!飲酒を毎日続けると学習能力が低下するらしいゾ
米ラトガース大学がおこなった研究によると、例え節度を保った量であっても、アルコールを飲むことで成人の脳細胞の生産が大幅に減少することが判明したとか。
ところが、生産を抑制するとは書いていますが、脳細胞を破壊するとは書いていません。

★ 雑学!ビールたった一杯で80万個の脳細胞が死滅する
脳細胞の動きを鈍くさせ、身体の自由を奪うのです、
そして、それと同時に多くの脳細胞を破壊していることがわかりました。
量にもよりますが、一回の飲酒で60万個~80万個の脳細胞が死滅しているのです。
と書かれているものの、ソース無し。それどころか、アルコールは脳細胞を破壊しない、という研究結果が出されている模様です。

★ 科学的に偽りであることが証明された脳に関する9つの迷信
これもよく考えればわかることですが、もしお酒を飲んでいるそばから脳細胞が死んでいくとしたら、すぐに障害が起こって気づくはずです。確かに、アルコールは脳や身体に影響を与えますが、昏睡状態になるまで飲み続けるぐらいでないと、脳にダメージを与えるまでにはなりません。
Grethe Jensen氏が1993年に行った研究では、亡くなった人の脳のサンプルを調べています。その結果、アルコール中毒だった人とそうでない人の脳細胞には、特に違いが見られませんでした。
……なんだよ、ガセか。

ところが、脳に明確な害はないものの、心臓などにはあまりよくないことが分かっています。

★ 適量の飲酒も体に良くない、定説に疑問 研究
【7月15日 AFP】 グラス1、2杯の酒はむしろ心臓によい──酒を飲む人が好んで引用するこの医学的見解だが、英医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(British Medical Journal、BMJ)にこのほど発表された研究論文によると、この長く信じられてきた考え方には問題がある可能性がでてきた。
 論文は、アルコールの摂取を少量でも控えることで、冠状動脈性心臓病のリスクを軽減させ、体重の減少や高血圧の抑制にもつながると説明している。
アルコールが心臓に良い、という説は初めて聞きましたが、多分欧米で広く広まっている俗説なのでしょう。それは嘘だ、とのこと。

なんだ。

それくらいならば、酒はまた飲んでもいいのかな、と思いました。もっとも、酒を飲むよりも楽しいことが世の中にはたくさんあるので、つきあいでもなければ飲もうとは思いませんが。


2014年8月24日日曜日

人間の脳の心理を脳機能から分析する林教授

人間の思考については、古来より哲学者が、近代では心理学者が分析を試みてきました。

それに加えて近年では、医学の発達によって、医学者達が脳機能をもとして思考分析を行い、目覚ましい成果を上げています。

脳というブラックボックスの中身を分析することは、
「宇宙人が、人類のことを何もわからない状態で、宇宙から望遠鏡を使って交通ルールの規則を読み取ろうとするようなもの」
という喩えを以前聞いたことがあります。

もちろん無理に等しいことを例えたものですが、人間は似たような試みを何千年もの間続けてきました。時間さえかければそれなりの効果はあるもの。それなりに一定の成果を上げてきたわけです。

ところが、脳の構造をもとにして人間の心理構造を分析することは、宇宙人が地球上に着陸して現地調査を行うようなもの。望遠鏡で眺めていた時代に比べますと格段の差となります。


日本大学の大学院総合科学研究科教授である脳神経外科医の林成之(なりゆき)氏は、上記記事で脳の構造を基にした人間の心理構造分析をおこなっています。

①大脳皮質 神経細胞は、視覚や聴覚の刺激を受け取り整理する部位です。情報はまずここで認識されます。

情報は次に、②A10神経群という部位に送られます。このA10神経群という言葉、よく聞くと思ってしらべますと、脳の部位を下記のように複数に分類したもののうち、「A10」の区画にあることから名づけられたもののようです。
    A1〜A7ノルアドレナリン神経系
    C1〜C3アドレナリン神経系
    A8〜A15ドーパミン神経系
    B1〜B9セロトニン神経系
     
そこに送られた情報は、「好き・嫌い」「面白い・くだらない」「やる・やらない」といった価値判断をされるのです。

タグ付けされた情報は、次に③前頭前野に送られます。前頭前野は、
  1. 思考する
  2. 行動を抑制する
  3. コミュニケーションする
  4. 意思決定する
  5. 情動の制御をする
  6. 記憶のコントロールをする
  7. 意識・注意を集中する
  8. 注意を分散する
といった、人間を人間たらしめる思考活動を受け持つところです。ここで情報が整理されたのち、④自己報酬神経群に送られます。

ところで、この種の啓蒙的な研究科者は、ときどき学術的に認知されていない自己流の用語を使うことがあります。ブログを書く上で気をつけねばと思い、用語を一つ一つ調べながらこの記事を改定ますが、「自己報酬神経群」とやらについて述べているネット上の記事が、林教授関連の物しかないのです。これ、なんのことなのでしょうね?

「報酬系」と呼ばれる神経群は脳にあるようですが、これはA10神経のことのようですし。どなたかご存じの方がいれば、コメント欄で教えて下さい。

そこからさらに情報は、⑤線条体-基底核-視床、それから記憶をつかさどる⑥海馬回・大脳辺縁系へと移ります。さらに再び②に戻り、情報は①~⑥の間をグルグルと回りながら、処理されていきます。

情報は②~⑥の間を回りながら、行動へとつながっていくのだそうです。そして行動につなげるためには、②の段階で積極的なタグをつけること、なのだとか。

面白いですね。こうした構造を、脳の機能に基づいて説明する方法は、科学的で信頼が持てます。

これまでのような文化論的なアプローチはいずれすたれ、生物学に則したアプローチが主流となった将来、
「昔は人間の心理を、ああでもないこうでもないと大昔の哲学者や宗教化が議論して、それをさらに検討することで分析しようとしていたみたいよ」
「ありえないよね。よくそれで人間の心理を理解できると思っていたよね」
などという会話が学生の間で繰り広げられているかもしれないな、と上記の記事を読みながら考えました。

2014年8月23日土曜日

昔、クジラを食べるなという抗議に反感を感じていた

今から20年ほど前、まだ私が学生の頃に、
「クジラを食べる日本人は残酷だ」
と唱える白人どもに、ひたすら嫌悪感を抱いていた。

当時、日本人はエコノミックアニマルと呼ばれ、欧米人から目の敵にされていた。有色人種への偏見が今以上に強かった時代、白人よりも劣っているはずの黄色人種に経済規模で追い越されようとしていることが、単純に許せなかったのだろう。

欧米で日本人がどう批判され、どう侮蔑されているか。日本のマスコミは欧米の日本観を丹念に救い上げてよく特集を組んでいた。反捕鯨運動が、日本人野蛮説を補強するのに格好の材料となっていることも、そこで知った。

そもそも反捕鯨運動は、ベトナム戦争で世界から批判を受けていたアメリカが、自国のイメージアップのためにおこなったキャンペーンの一環であることはよく知られている。

つまり、自国のイメージアップのために、
「アメリカは環境保護運動に熱心なエコ大国である」
と世界に訴える戦略をとったのだ。その象徴として、反捕鯨が利用されたのだ。

だから、捕鯨に賛成であり、日本の文化を欧米人の偏見から守るという同じ流れで、和歌山県太地町の人々のイルカ漁がシーシェパードから邪魔されていることに憤慨をしていたものだ。

だいたい、クジラの肉はとても栄養価が高く、疲労回復のためにはウナギよりも適しているとも言われている。
クジラの多くは、半年間をエサ場である高緯度の冷たい海で過ごし、繁殖期になるとエサ場から数千キロも離れた暖かい海へ移り、ほとんど餌をとらずに子育てをする。半年も絶食状態で出産し、そのまま数千kmも不眠で泳ぎ続ける驚異的なパワー。そのパワーの源ではないかとされているのが、クジラの特有成分「バレニン」という抗疲労成分だ。バレニンは、クジラの赤身に含まれている成分で、体脂肪を効率よく燃焼させ、疲労予防・疲労回復の効果を持つ。最近では、バレニン成分を含んだサプリメントも販売されている。 ――【iWire】クジラ肉に含まれる意外な成分とは!?(共同通信提供)より――

この栄養素に築地場外市場にある鯨料理専門店「鯨の登美粋が注目して、妙な商品を開発した。

店先で売られている「くじらアイス」には、粉末状にしたバレニンと黒ごまをミックスしたくじらパウダーがふりかけられている。一個500円と、それほと高くはない。

9/3には東京の巣鴨で「第二回巣鴨くじら祭り 」が開催される。巣鴨近辺の60歳以上の女性が「クイーン」として選出される「すがもクイーン決定戦」という、誰得のイベントも開催予定だという。



かように、日本にクジラ食は根付いている。それを欧米の文化で野蛮だと蔑まれてはたまらん、という思いでいたのだが……。

このところ、イルカの可愛い動画をYouTubeで観るようになって、考えが段々と変わってきた。




やっぱり、イルカは可愛い。人間を臆せず、人間に寄ってきて、ひたすら「遊ぼう、遊ぼう」と言ってくる。

こんな愛しい存在を殺して食べるのは、どうかと思うのだ。

人間のエゴではあるけれども、イヌ好き、ネコ好きは、イヌやネコを食べる文化を許容できないだろう。同じく、イルカに親しみを感じる人々は、イルカ漁を肯定はできまい。イルカの可愛さを知った私は、イルカを殺して食べるのに、抵抗を感じるようになった。

それに、ここ20年ほどで、欧米人の偏見はかなり改善された。日本人が馬鹿にされることも、20年前に比べると格段に減っている。むしろ、リスペクトされていると思えることの方が、大きい。

彼らも変わったのだ。そろそろ、日本も変わってもいいのではないか。鯨食文化をやめてもいい頃合いじゃなかろうか。



2014年8月22日金曜日

メンヘラとのつきあい方を隣国に応用する

オサマ・ビン・ラディンがテロ活動をおこなった理由を、心理学者の加藤諦三が『「正義」と「憎しみ」の構造』で分析している。

加藤によれば、オサマ・ビン・ラディンがテロ活動にのめり込んだのは、サウジアラビアという祖国で自分を認めてもらえなかった鬱憤が、アメリカへの戦いへと駆り立てたのではないか、というものだった。

祖国は自分を認めない。鬱憤を吐き出しても誰からも認められない。ただ、イスラムの大義のためにアメリカと戦おうと言えば、多くの人がついてくる。自分を憎む人間が、自己向上ではなく他人へ憎しみを転化することはよくあることだという。オサマ・ビン・ラディンのアメリカへの憎悪には、同じ心理構造が横たわっているといのである。

それを聞いてまっさきに、ネトウヨのヘイトスピーチや、隣国韓国のことが頭に浮かんだ。

★ 韓国人「日本で4年間暮らして感じたこと」
日本で4年間過ごしたので、「俺から変わろう」という気持ちで、バスに乗る際には、「こんにちは!」と運転手に挨拶するも、何か自分が病身のように感じて3日で止める。バスの停車位置はテキトーで、乗客も我先にと押しのけてバスに乗り込む。自分だけ真面目に振る舞うことが馬鹿らしくなる。
私は渡韓したことが一度だけある。今から15年ほど前だ。

ソウルと釜山だったが、皆元気がよく、誰もが親切で、いい国だな、と感じた。その時の印象が強いので、上記の告白はやや、大げさに感じられる。

だが、たしかに日本と比べると全体的なマナーはよくない。タクシーの運転手が高速に乗った際に、コインを普通に放ればいいのに叩きつけてみせるなど、粗暴なふるまいが多かったことは間違いない。

都会の中心でそう感じたくらいだから、田舎の人々のマナーはもっと悪いのだろう。この積み重なりが、韓国人自身にとって、恥ずかしい、許せない、と感じるとしても不思議ではない。

韓国を出たいと考えている韓国人は、10人中6人もいる、という。

★ 韓国でも嫌韓ブーム?10人に6人が「国を出たい!」

この手の報道は、毎年のようになされている感があるものの、韓国人は自国のことをあまり快く思っていないのは、大学時代に同じ研究室にいた韓国人からよく聞かされていた。日本よりも、自国を嫌う人間の割合が比較的多い国だという印象を彼らから受けたことも、上記記事の正しさを補足した。

資源が少なく、東西を大国に挟まれ、北に敵となった同じ民族の国がある状況で、ここまでよく繁栄してきたものだと私なんぞは思うけれども、韓国人にとってはそうは思えないらしい。もっと素晴らしい国であるべきなのだと理想が高いがゆえに、そうでないことが嫌で嫌でしょうがないのだろう。

そうして、自国を憎悪し、自国を嫌うがあまり、恨みが日本へすり替えられてしまう、ということはあるのだろう。

歪んだ自尊心の持ち主と折り合いを見つけることが大変に難しいのは、私たちが日常で経験することだ。韓国の三大新聞のオンライン版を読むと、異常な自尊心と、日本への敵愾心のオンパレードで嫌な気分になる。しかし、それもこれも、彼らの気質がやや歪んでいる、いわゆるメンヘラと呼ばれるものだと考えれば、理解できる。

韓国人全員がメンヘラと言いたいわけではない。そんな訳はない。それならば、あれほどの経済成長を実現できるはずもない。

しかし、韓国のメディアには、日本に比べると常軌を逸した人種が大勢巣食っているのは間違いない。マスとして考えた場合、こうしたマスコミを長年支持してきた人々の集団はメンヘラ的な気質があると考えて差し支えあるまい。

それでも隣国とはつきあっていかねばならぬ。

こういう場合、メンヘラとのつきあいかたを示した下記サイトが示唆に富む。

★ メンヘラとの付き合い方 ※非常用
1.会話のアドバンテージは常に自分が握りましょう
2.敵でも味方でも無い事を明言しましょう
3.お薬を与えましょう
4.放っておきましょう
これは案外、応用できるかもしれない。たとえば、
1.日韓関係をどう持って行きたいか、原理原則を明らかにして誘導する。
2.味方ではないが、敵でもないという一貫した態度。
3.「人権」「国際秩序」「事実の検証」などの普遍的価値観に基づいた議論をこころがける。
4.あまり関わらない。
といった対応で、いいのではないだろうか。

2014年8月21日木曜日

性風俗業従事の過去がありながら、イスラム過激派指導者となった人

昨日、過去に性風俗業に関わっていた人間が社会から承認を得るのはなかなか難しいことや、アラブでは偏見の目を向けられることなどを書いた。

書いたところで、そう言えばアラブ人で、、若いころに性風俗業に従事していながら、現在テロリストの首謀者となった人物がいたことを思い出した。

憎悪の説教師と呼ばれる、アブ・ハムザ・アル・マスリという人物のことである。

本名はムスタファ・カメル・ムスタファと言い、1958年にエジプトで生まれた。21歳でイギリスに渡り、大学で土木工学を学びつつ、ピープショウと呼ばれるストリップ小屋の警備員をしていた。

その後、イギリス人と結婚するが離婚。アフガニスタンやボスニアでイスラム教徒の仲間のために転戦を繰り返すうちに、片目と片手を失った。そのうちに、イスラム過激派の指導者としての地位を固める。

彼の演説は「憎悪の演説と呼ばれている。西洋文明への憎悪を煽り、テロ行為を正当化する演説だ。

彼はイギリスでとらえられ、アメリカに輸送された。現在、アメリカ当局に拘束され、有罪判決を受けている。

こうした例もある。イスラム過激派指導者という立場が果たして成功していると言えるかどうかは微妙なところだが、倫理的に厳しい人々から支持されているという点ではいい反例となる。ハードルは高いけれども、決して越えられないものではない。

昨日厳しいことを書いたので、念の為に書き添えておきたい。


2014年8月20日水曜日

「性的産業には関わるな」という年上の声を聞け

世の中には、青少年にとって真に有害となる考え方がある。

その主張には説得力があるから、人生経験の浅い青少年が思わず騙されてしまう。

しかし致命的な誤りがあるから、それを信じた数%の若者はあとで、死ぬほど後悔する、といった考え方だ。

★ 凡人が楽して金を稼ぐ方法は、ぶっちゃけいくらでもある
原資が多ければ多いほど、それを運用すれば小さなリスクで大きなリターンが得られることは経済学者によって証明されている。
実際、楽して稼ぐ方法は存在するからだ。
では、どうすればいいのか。
それは「人が嫌がる仕事」をすること。つまり「社会的評価の低い仕事をする」ということだ。
例えば、風俗店の経営は誰もやりたがらないので大した能力も才覚もなくてもべらぼうに稼ぐことができる。
情報商材の販売などもそうだろう。こうしたビジネスは原価がほとんどかからず、インターネットによるレバレッジを効かせやすいため、とてつもない利益率を実現できる。
もしあなたが本当に楽して金を稼いで、かつ他者による承認で幸福になりたいのであれば、まず「人が嫌がる仕事」をしてなるべく早く原資を貯めることだ。
そうした後でその原資を手堅く運用する。世界経済に連動するインデックスファンドでも買えばいい。
ブログの筆者は、風俗店の経営や情報商材の販売を若いうちにやって、大金を早めに稼ぐべきだとけしかけている。善行を積むのはその後でいいではないか、と。

この手のアドバイスが、ときどき世の中に転がっている。それを語るのがある程度年齢を重ねた大人ならば、大変不誠実な言動だ。大人たちの持つ常識、倫理観を理解しながら、それを隠して若者たちを騙そうとしているからだ。

若者は、まともな大勢の大人たちの持つ、性的産業に対する嫌悪感を理解できていない。

風俗産業に関わっているのは、まともではない人間が比較的多い。お金にルーズだったり、精神的に病んでいたり、性格が破綻していたり、暴力団関係者だったり、犯罪予備軍だったり、暴力的だったり。そこにいると、彼らと関わる可能性が高くなる。

幸せな家庭を築くと、それを壊す可能性のあるものから極力距離を置こうとする。そうすると、過去に性風俗に関係していた人間と交友を持とうとは思わなくなる。他にも人間は大勢いる。なにもそんな人間とつきあう必要はないと、段々と考えるようになる。

また、性的産業に対する嫌悪感は、世界的なものだ。

イスラム文化圏で、
「私は過去に性風俗産業に従事していました」
と告白してみればいい。あるいはそれがバレたとしたら。少なくとも、社会の中間層以上の人々からは、総スカンを食う。アラブ社会でまともな社会的地位を築くことはできないだろう。

欧米ではどうか? キリスト教文化圏、特にプロテスタント文化圏では、性的産業への反感がとても根強い。日本のように風俗店が軒を連ねる光景はアメリカではほとんど見られない。彼らにとって、それは売春は大変下品なものであり、生理的な嫌悪感の対象となる。

大阪の橋下市長の、性風俗業を肯定する一連の発言に、欧米で共感を示した人がいるだろうか? 彼の言動は、反感しか買わなかった。日本以上に、性風俗業への目は厳しい。

若いうちは、大人の価値観に反発を感じるものだ。
「性風俗業が、なぜいけない? 過去の経験を新しい人生に活かせばいいじゃないか」
「職業に貴賎はない。誇りをもってする仕事をなぜ軽蔑するんだ?」
「彼や彼女も同じ人間じゃないか。基本的人権を尊重しろ」

こんなことを考える若者は多いことだろう。私もそうだったから分かる。
そして、今はそうではなくなったから、若者たちの多くがいずれ、性風俗業への嫌悪感を持つであろうことも理解している。

年をとった人間は保守的になるとよく言うではないか。すべての人間が年をとる。あなたも、あなたの周りの友人たちも。

風俗店をもしもあながた経営していたとする。若いうちは、友人たちはあなたを許容するかもしれない。しかし、年を取れば、昔の友人は少しずつ、あなたから離れていく。関わりたくないからだ。そして、友人のいなくなったあなたの周りに集まるのは、世の中で憚りあるようなタイプの人々ばかりとなる。

それに今は情報社会だ。あなたの履歴は電子化されて、永久に残り、手軽に情報は売買される。将来「ばれる」可能性は、現代では驚くほど高い。

性風俗業に従事していた人々が、将来大勢の人々から承認を受ける? 逆だ。一生、
「いうなりゃ、あれらはおめこの汁で飯食うとるんで」
と言われ続け、どんなに努力しても名誉を挽回することは少ない。ハードルの高さは、若者の想像を絶するだろう。それがどれほど困難か、年をとってみて、初めて分かるのだが、それではもう遅い。

上記ブログのような記事を鵜呑みにして、性風俗業に飛び込んでカネを貯めよう、などと安易に考えないで欲しい。

2014年8月19日火曜日

バルスと唱えると光る飛行石が販売されていた

『天空の城ラピュタ』といえば、知らない人はいない、宮﨑駿監督が作った素晴らしい冒険活劇です。

劇中では、「飛行石」と呼ばれる文様の入った青いペンダントが大きな役割を果たします。子供の頃に見て、自分も欲しいと思った人は多いはずです。

このペンダントを基にしたおもちゃが、ジブリのキャラクターのぬいぐるみなどを取り扱っている「どんぐり共和国」で販売されています。


何度かバージョンアップを繰り返されてきたこのペンダントですが、なんと!
「バルス!」
と唱えると、言葉を音声認識して点滅する機能を備えたものが、発売されることになりました。

★ 「バルス!」と唱えると発光する飛行石ペンダント発売!

……という記事を読んだのが今年の5月のこと。ほしいな、ほしいなとしばらく思いつつ、いつの間にやらすっかり忘れていました。

それがどうやら販売されていた模様です。
どんぐり共和国 そらのうえ店 HPより

「どんぐり共和国」という名の店舗は、東京だと池袋のサンシャインシティ60など、身近なところにあります。http://www.donguri-sora.com/about/でチェックをしてみてください。なお、上記の「そらのうえ店」というオンラインショップもありますが、オンラインショップでは現在品切れ中とのこと。商品が残っている店舗はあるようなので、興味のある方は、急ぎ近所のどんぐり共和国に足をお運びください。

ちなみに、実際の商品はこんな感じです。



……うーん、微妙。



2014年8月18日月曜日

エボラ出血熱・イスラム過激派が結びつくかも

今朝起きて早々、気になるニュースが飛び込んできた。

★ エボラ隔離施設を襲撃、リベリア 患者20人逃走
【ゴマ(コンゴ東部)共同】フランス公共ラジオは17日、エボラ出血熱が猛威を振るう西アフリカ・リベリアの首都モンロビアで、武装した男らが「エボラは存在しない」と叫びながら、感染者の隔離施設を襲撃し、少なくとも患者20人が逃走したと報じた。
ご存知の通り、エボラ出血熱が西アフリカで大流行している。エボラ出血熱は致死率が50~90%と極めて高く、治療法が確立されていない。その上感染力が極めて高い。リベリアやナイジェリアなどでは非常事態宣言を発して、エボラ出血熱が流行している地域ごと閉鎖して国全体への波及を免れようとしている。

ところが、隔離施設は軍によって厳重に守られていると思っていたが、かように脆いものだったという事実が、この事件で露呈してしまった。

この事件への対応如何によっては、世界がかなり危険な事態へと、陥りかねない。

北アフリカ各国ではイスラム過激派と政府軍との対立が続いている。エボラ出血熱が流行しているナイジェリアでは、240人の女子生徒を拉致した悪名高きボコ・ハラムという組織が勢力を増している。ボコ・ハラムだけではない。似たようなイスラム過激派は、アフリカ中で政府軍と対立して、武装闘争を繰り広げている。

ボコ・ハラムは、進化論に反対するなど、科学的思考を「西洋的」だとして否定する。他のイスラム過激派も、同様の主張を掲げているところが多い。

今回の事件では、武装勢力は「エボラは存在しない」と叫びながら隔離施設を破壊していったという。誰もが恐れる隔離施設に、狂信的な主張を掲げながら襲撃して、なおかつ成功できるほど組織だった武装勢力の存在は、限られているだろう。報道されていないけれども、隔離施設を襲ったのは、十中八九、イスラム過激派ではないだろうか、と私は疑っている。

そう考えると、隔離施設の襲撃には別の意味が考えられる。

以前、"アフリカで横行する「儀式殺人」と「製薬殺人」"という記事を書いたことがある。アフリカでは「人体」に対する関心がもともと根強い地域であり、人体を加工することに抵抗感がない。

もしかすると、イスラム過激派にとっての目的は、患者の人体だったのかもしれない。彼らにとって、エボラウイルスは、降って湧いた「貧者の武器」なのではないか。

私がたった今思いついたくらいだから、どうやればもっと効果的なテロを起こせるか日夜研究している彼らは、早くからエボラ出血熱のテロ利用方法を考えていただろう。

とは言え、エボラ出血熱の患者の肉体を手に入れるために病気が流行している地域を訪ねて回るのは、あまりにリスキーだ。政府軍に感知されるかもしれないし、自分自身も罹患する可能性がある。しかし、隔離施設を襲撃すれば、確実に患者だと分かっている人物の肉体を、比較的安全に手に入れられるだろう。

後は簡単だ。患者を殺し、臓器を丸薬状にして難民キャンプに持ち込むとか、食品としてアメリカの協力者に送りつけ、ニューヨークの露店でフランクフルトになすりつけて売るとか、いくらでもテロの方法が思いつく。これからはもう、爆弾を運ぶ必要はないのだ。

イスラム過激派へ資金を提供している中近東の王族を全員収容してしまうとか、近日中に何らかの大胆な施策を採らないと、イスラム過激派の行動はさらにエスカレートして、大きな災害が世界に生じるのではないか?


2014年8月17日日曜日

人間がブタに似ているのには理由がある

人間が他の動物に比べると毛が少なく皮下脂肪が厚いのは、はるか昔、水生動物だったからだという説を読んだことがあります。

なるほど、セイウチやイルカなどは皮膚に体毛がほとんどありません。

その時代、海中から頭だけを出して生活していたから、頭髪だけは残ったとか、また、体温低下を防ぐために、生殖器などの一部分だけには体毛が残ったのだとか、その節を裏打ちする事実はたくさんあります。

無論、与太話の類ではありますが、その他にも、チンパンジーの手にはない水かきが、人間の手には残っていることだとか、人間の鼻の穴が猿に比べると水が入りにくい構造になっていることだとか、与太話を裏づける物証は挙げればきりがないため、楽しませてくれる、なかなか説得力がある仮説です。

これはこれでかなりいかれていると思っていましたが、それよりももっと酔狂なことを考える人もいるようです。

★ 「人間はチンパンジーとブタの子供が進化した生物」という仮説をアメリカの遺伝学者が発表!!

人間と免疫系の仕組みが大変似ているために、豚が医療実験によく使われている、という話を聞いたことがある人は、多いでしょう。

アメリカの遺伝子学者によれば、これは偶然ではなく、チンパンジーとブタが自然交配した結果生まれたのが人類なのだから、当然なこと、なのだそうです。
マッカーシー博士は、鳥類や哺乳類の雑種に関する研究を30年以上続けてきた研究者。常識的に考えると、他種同士のハイブリット生物は生殖能力を持たないとされていますが、マッカーシー博士の研究によると実際には、親の種類のどちらかの生物と繁殖できるケースが多くあるといいます。
また多くの人は、染色体の数が異なる生物同士による交配で子孫は残せないと考えていますが、子孫を残せる可能性と染色体の数も関係がないと指摘しています。例えば、ヤギの染色体数は54本(2n=54)でヒツジの染色体数は60本(2n=60)ですが、交配させるとギープという交配種が誕生します。またシマウマの染色体数は44本(2n=44)でロバのの染色体数は62本(2n=62)ですが、交配させるとゼブロイドという交配種が誕生します。
この手の話を読むのは大変面白いですね。人間の想像力は無限だなぁ、と感嘆してしまいます。


2014年8月16日土曜日

共産主義とイスラム原理主義

共産党に2ヶ月半で5,100人の若者らが入党したそうです。

数十年前まで、共産党及び共産主義に影響を受けた人々が、世界中でテロを起こして革命を起こそうとしていました。その残滓に、未だ共鳴する人々がいるのでしょう。

不況が慢性化して、格差が広がると、革命を起こして世の中を作り変えようとする意思のある勢力に、大勢の人々が引き寄せられます。この流れは、いつの時代も変わりません。

ただ、世界的には、貧しい人々の支持を集めているのは共産主義ではなくイスラム原理主義の方です。

昨日、「イスラム国」の勢力拡大についてブログで触れました。日本人の香田証生を殺害したイラクの「聖戦アルカイダ」が前身のこの組織は、アブグレイブ刑務所から受刑者を脱獄させて人々の支持を集めたのが始まりしたが、数年でここまで膨れ上がり、現在はイラクという「国」を手中に収めようとしています。まさに「国盗り物語」。

狂信者の集団の怖いところは、勢力の拡大が急であること。弱小組織だと思って油断していると、数年で国家を掌握するまで急成長することです。その怖さは、数十年前に社会主義国によって世界の半分を支配されていた人類ならばよく知っているはずなのですが。

数十年前の共産主義者とイスラム原理主義者。この2つにはいくつかの共通点があります。


1.貧困層からの支持

数十年前、封建社会が崩壊したり、急速に進む都市化によって、食えなくなった人々から共産主義は支持されました。

現代では、グローバリズムによって貧しくなったアフリカや中東の人々から、イスラム原理主義が支持されています。


2.支援する資金源の存在

これが彼らが力をつけている一番大きな要因です。ロシアという世界で最も巨大な大国と、中国という世界で最も人口の多い国が共産化したお陰で、世界中の共産主義者たちは様々なバックアップを受けられるようになりました。

イスラム原理主義者を応援するのは、オイルマネーです。蓄積された資本をイスラムの人々はうまく運用して、莫大な資金が今、彼らの手元にあります。大金持ちの一部には、イスラム原理主義に共鳴する人々がいます。

ところが彼らには世界を動かす力がありません。世界を牛耳っているのは、今も昔も欧米です。この世界秩序に反感を覚えていても、アラブの人々には世界を運営する機会がありません。

現状を打破したいと思う彼らが資金源となって、過激派が武器や弾薬や食料を購入するのを応援しています。


3.暴力を肯定する思想

マルクスとエンゲルスは『共産党宣言』の中で、「共産主義者は、自分たちの目的が、これまでのいっさいの社会秩序の暴力的転覆によってしか達成されえないことを、公然と宣言する」と書いたがために、その後の過激派の暴力は肯定されました。

同じくイスラム原理主義の根本には、聖戦(ジ・ハード)を肯定するイスラム教創始者のムハンマドの教えがあります。

暴力には、すべての秩序を打ち壊すエネルギーがあります。そして、若い肉体の他には何者も持たない若者たちにとって、その肉体を存分に活用できるのは暴力です。それが肯定される思想は多くの若者にとって、魅力的です。


4.敵はアメリカ

彼らにとって目の上のたんこぶが、アメリカの存在でしょう。世界で最も豊かで、最も強い国であるアメリカが、今の世界の体制を決めています。世界をリードしているアメリカのシステムすべてが、虐げられている人々にとっては憎くて仕方がなくなります。


5.世界に張り巡らされたネットワーク

世界中に仲間がいるのは、心理的に心強いものです。

数十年前、ソ連は「コミンテルン」という国際組織を作って世界中の共産主義者の活動を陰に陽に応援しました。

現代では、イスラム教という世界宗教が張り巡らせた世界中のネットワークが、イスラム原理主義者を応援しています。穏健イスラム教徒と原理主義者を明確に区分することはできず、彼らの垣根は曖昧です。



以上、つらつらと両者の共通点を並べてみました。

読者にとって、日本人とイスラムの関わりが薄いためにあまり身近には感じられないかもしれませんが、実のところ、日本人にとって、イスラム教は決して無縁なものではありません。第二次世界大戦で日本の軍国主義を主導した人物に大川周明という人がいましたが、彼はイスラム研究家としても有名でした。
日本の左翼思想をリードする人物の1人に本多勝一がいますが、彼はイスラム教徒です。

日本の最高の知性と言われた人物に井筒俊彦という上智大学教授がいます。彼は世界的に有名なイスラム学者で、革命前のイラン王立研究所で教授をしていました。

イスラム教は、今後も日本にいろいろな形で流入していくことでしょう。今は細い糸ですが、やがて大きな潮流となることでしょう。

今は冒頭で紹介したように、、日本の不満層のはけ口は、馴染みのあるr共産党などに向かっています。しかし、彼らはやがて、共産党が、それを支えていたパワー(上記の2、3、5)を失っていることに気づくでしょう。そして、世界的な反攻者の潮流に身を投じたいと考えてもおかしくありません。

絶望したサヨクやネトウヨたちが、やがてイスラム教に共鳴して続々と入信していくという悪夢は、絵空事ではありません。今のうちにイスラムについて、知っておくのは無駄ではありません。



2014年8月15日金曜日

イスラム国(ISIS)の残虐行為がエグい

ISIS、通称「イスラム国」と呼ばれるイスラム過激派がイラク北西部を占領して、大きな問題となっていることは報道のとおりですが、宗教少数派女性をさらって奴隷化しているという記事が飛び込んできました。

【ニューヨーク時事】国連事務総長のムラデノフ特別代表(イラク担当)とバングラ特別代表(紛争下の性暴力担当)は12日付で共同声明を出し、イスラム過激派「イスラム国」がイラクのヤジディ教徒ら少数派住民を誘拐し、性暴力を働いているとの情報があるとして「重大な懸念」を表明した。女性や少女、少年約1500人が拉致され、性奴隷となることを強いられた恐れがあるという。
ひどい話です。先日ボコ・ハラムというイスラム過激派が女学校生徒を拉致して強制的にイスラム教に改宗させているというニュースが流れたばかりで、イスラム教徒への悪印象が強まったばかりでしたが、今度は性奴隷ですか。

イスラム教のコーランに描かれる表現というのは、即物的な記述が多いことで知られています
本当にわれは、かれら(の配偶として乙女)を特別に創り、かの女らを(永遠に汚れない)処女にした。
という記述など、若い処女に囲まれた生活を楽園だと男側の視線で堂々と述べるのがアラブの文化。超マッチョで、女性の人権はあまり顧みられません。

学生時代の女友達は、イスラム教徒のアラブ人と付き合っていたことがあります。彼女は精神的に浮気をしたと疑われると、彼氏からムチで何度も叩かれたそうです。これは珍しい話ではありません。

彼らの残虐ぶりは、テレビでは報道できないほどひどいものもあります。

下記の動画は超【閲覧注意!】ですので、ごらんになる場合は、お気をつけください。ISISが敵対者の首を切り落として、フェンスに突き刺している映像です。












50人の生首をフェンスに突き刺す

イスラム教過激派の興奮は、ナチスのSS(親衛隊)らのものと共通性を持ちますね。ドイツでも、ナチスの台頭により、それまで社会の底辺にいたトラック運転手や工場勤務の若者たちが競って、SSに入隊しました。

彼らはそれまで虐げられた社会に復讐するように、残虐な行為を行ってウサを晴らします。豊かでも格差のある社会は、底辺の人々の心に暗い影を落とします。そのはけ口がみつかると、一気にバランスが崩れてしまう怖さがあります。

イスラム教圏に隣接している仏教国では、現在イスラム教徒に対する迫害が強くなっているという報道がありました。

★ スリランカで、イスラム教徒に対して行われている殺戮行為をご存じか。

それに対して、人権侵害だ、という声も挙がっているようですが、近代文明と相容れないイスラムの怖さを知ると、その声に同調することはできません。



2014年8月14日木曜日

子供と一緒に寝ると、子供が死んでしまう

先日読んで、
「こんな簡単なことで幼児の命を救えるのか?」
と驚いた記事がありました。

★ 赤ちゃんの突然死、寝具の共有が最大要因 米研究

「乳幼児突然死症候群」という言葉を聞いたことがある人も多いことでしょう。それまでなんの問題もなく、元気だった乳幼児が突然死してしまう、ということが時々起こります。古くは千代の富士お嬢さん、昨年は板尾創路のお嬢さんが、亡くなったことで世間にも知られるようになりました。

上記記事によれば、
 研究では、突然死の69%で眠る場所が誰かと共有されていたことが指摘され、また生後3か月までと生後4か月~12か月とでは、死亡のリスク要因が異なることも分かったという。
 寝具を共有していた割合では、生後3か月までの赤ちゃんで73.8%、生後4か月~12か月の赤ちゃんで58.9%と前者の方が高かった。
とのこと。

寝ている間は、大人でも身体を自由に動かすことはできません。無意識のうちに寝返りを打ちますし、寝具を子供にかぶせてしまうこともあるでしょう。

また、子供のために良かれと思って与えたぬいぐるみが、窒息の原因となることもあるようです。
 一方、生後4か月~12か月の赤ちゃんの突然死では、眠る場所に毛布やぬいぐるみなどが置かれ、赤ちゃんがうつぶせの状態で見つかるケースが多かったという。 
子供が可愛いから、いつでもすぐ近くに置いておきたい、という気持ちはわかります。でも、子供の安全のためには、固いマットレスの上に寝かせ、毛布などは出来る限り知覚に置かない(その分寝間着を分厚くするのでしょう)といった対策が必要なようです。

人間の感情と相反する科学的発見には驚かされることが多いのですが、これもまた然り。感情や本能に基づいた行動が必ずしも正しくないという事実は、重く受け止める必要がありそうです。


2014年8月13日水曜日

霊能力が統合失調症のことだとしたら

ある統合失調症患者の1日の記録」と題された記事を先日読みました。患者の苦しい境涯に、同情を誘われます。
午前7時:
 目が覚めてもしばらくベッドの上に横たわっている。独り暮らしのはずなのに、自分のアパートのいたる所で足音が聞こえる。
午前7時半:
 温かく気持ちのいいお風呂に入る。が、お湯を出しているときに、ドアの向こうで誰かが会話している声が聞こえる。
午前8時:
 なにかが足を這い回っているみたいだが、見てみてもなにもいない。
午前10時半:
 女の子のグループが前をゆっくり歩いている。ネロという頭の中の声が命令してくる。女の子たちのひとりの腹を裂いてはらわたを抜き出し、その腸で二番目の女の子の首を締め上げ、友だちが死ぬを見て金切り声をあげる三番目の女の子を蹴り倒して踏みつけろと言うのだ。
統合失調症は、昔は精神分裂症と呼ばれていました。今は精神が分裂する、というおどろおどろしいイメージがもたらす偏見をなくすために、統合失調症という名前に切り替わりました。妄想、幻覚、人格崩壊などがその特徴です。

こうした精神障害に苦しむ人は今も昔も大勢いるのですが、患者自身の体験談に触れる機会はそれほどありません。書店に行けば体験談が置いてあることもありますが、目立たない場所に置かれていることが多く、読んだことがない人が大半でしょう。

それに、読もうとしても、大変読みづらいものが多いのです。以前、統合失調症患者の手記を何冊か手にとったことがありますが、いたずらに冗長で、途中で読むのをやめました。精神疾患を患うと、考えをまとめるのが苦手になるのかもしれません。

上記のような短くまとまった体験談は有り難く、たいへん貴重でした。

さて、これに似た体験談をどこかで読んだことはないでしょうか?

そう。オカルト雑誌や霊能者の書く書籍によく載っている、霊障体験談です。

★ 霊視 主な相談例
(相談例 2)
ある日から、私は霊に支配されていることを自覚し始めました。
お風呂にはいるときだけは、体から抜けて、お風呂の天井の隅から、男の人が見ています。
仕事もできなくなって、家で1日中寝ています。
病院にも行きましたが、異常はありません。
その他、弟や、母も家の中で異常な音を聞いたり、変なものを見たりしています。
私、昔から密かに、
「霊能力とは統合失調症の別名ではないか」
と考えていましたが、改めてその意を強くしました。

精神科医にとってはごくごく一般的な認識なのかもしれません。霊能力者が精神科医の診断を受ければ、のきなみ「統合失調症」と診断されてしまうのかもしれません。ドクター林ならば、
「一日も早く精神科受診が必要です」
と即断することでしょう。

……が、私はそこに、別の意味を見出します。

昔、高校の時に立花隆を薦めてくる友人がいました。彼から借りた本に書かれていたのが、
「臨死体験という現象がなぜ人間の脳に備わっているのか。その理由が必ずあるはずなのだ。それを探求するのが面白い」
という立花氏の述懐です。うろ覚えですが。

臨死体験というオカルティックな体験の存在の意味を問うことを許されるならば、統合失調症がこの世に存在するのに、理由があると考えることも、許されるはずです。


霊能者は何かを「観ている」

20年ほど前、NHKスペシャル『驚異の小宇宙・人体2 脳と心 第6集 果てしなき脳宇宙~無意識と創造性~』という番組で、沖縄のユタ(=霊媒)が口寄せをする際の脳波を測定するシーンが放映されました。覚えていらっしゃる方もいるはずです。

★ 科学的な検証
本物のユタが能力を発揮するとき、右脳が通常では考えられない異常な状態になることがわかっている。具体的には、論理的な言葉を話すときに活性化すると言われている左脳がほとんど活動を止め、逆に右脳が活性化して論理的な言葉を発している状態になる。この原因は解明されていない。
この番組では、ユタとなる女性の身の上が紹介されていました。ユタとなる以前の女性は、幾度となく幻覚に悩まされ、ときには裸足でうわ言を言いながら真夏の路上をひたすら歩くような異常体験をしたのだといいます。

先輩ユタに相談したところ、お前はユタになる運命にある、と告げられたのだそうです(なにぶん、20年前の記憶です。うろ覚えで申し訳ありません)。ただ、そこに至るまでの経験談は、まさに、統合失調症の発症例そのものでした。

しかし、彼女はユタとなる修行を続けるうちに、幻覚を神のお告げとして認識できるようになり、ユタとして生きるようになります。

彼女に神がかり状態になって神のお告げを語ってもらい、脳波をNHK取材班が測定してみたところ、驚くべき結果が現れます。

論理的なことを話しているのですから、本来ならば活発になるはずの、言葉を話すための左脳の働きがピタリと止まり、イメージを司る右脳が活発に動き始めるという測定結果が得られたのです。

言葉を話すために活発になるべき左脳が沈黙して、右脳が活発となるのは、間違いなく彼女が何かを観ながら、考えることなく話している証拠。そのシーンは衝撃的で、20年経った今でも覚えています。


聴覚を視覚として捉える「共感覚」

「共感覚(きょうかんかく)」という概念をご存知でしょうか。

人間には、本来ならば聴覚として捉えなければいけない情報を、視覚としてとらえてしまう人がいます。音を聞くと、色や形が目の前に現れるのです。

脳のなかの万華鏡---「共感覚」のめくるめく世界脳のなかの万華鏡

こうした人々は、芸術分野で驚くべき才能を発揮します。なにしろ文字通り、「音楽を観る」ことが可能なのです。ベートーベンの「運命」を絵にすることができ、しかもそれは、多くの人に感銘を与えるのです。

「もしもあの曲を色として観たならば、こうであろう」
という想念を、そのまま形にしてしまうのですから。

盲目の少年が、音の反射によって物を観ているというニュースが数年前に話題になったこともありました。

★ 音で世界を"視る"少年 米
ベンは2歳の時、網膜ガンに侵され、両目を摘出して視力を失った(現在、彼は両目に義眼を入れている)。しかしその後、ベンは失われた視力を補うべく、ある特異な能力を身に付けた。それは継続的に舌打ちをし、口から発する音のエコー(反響音)によって、まるで世界を視るように物体の外形や距離を掴むというものである。
この記事の後、研究は進みました。研究者たちは、ベンを始めとする人々の能力を調べ、それが人類に普遍的な能力=エコロケーションであり、学習次第で身につけられることを証明しつつあります。

下の動画は、エコロケーションを学習して身につけつつあるイギリス人の9歳の少年です。


逆の場合もあり、物を見ると音楽が頭に流れる人もいるといいます。そうした人は、優秀な音楽家となることでしょう。

そういえば、京極夏彦の小説にも、臭いを人の視線としてとらえる人物が登場していました。


幻覚、幻聴はなにかの情報?

よって、次のような可能性もあるのではないか、と考えるのです。

統合失調症に罹患すると、「幻覚」や「幻聴」を覚えます。何もないところに、幻を観たり、誰もいないのに誰かが語りかけてくるから、病気だととらえられてしまいます。

しかし、「幻覚」や「幻聴」のもととなる情報が、そこにあるかもしれません。

たとえば、男の人のわずかな臭いを、狐の姿として認識してしまう、という人がいるかもしれません。こういう人は、男の人が部屋にいると、狐の姿を男の背後に必ず幻視するでしょうし、男が数分前までその部屋にいれば、部屋に狐がうずくまっているようにみえるのでしょう。

あるいは、気圧の変化を光として認識する人がいるかもしれません。こうした人は、雨がふる前には青い光が周囲を包むという幻覚を観たりすることでしょう。

テレビ電波やラジオ電波を、受信する能力を備えている人がいるかもしれません。デコード技術(電波を音声として再構築する技術)に劣っているために、幻聴にしかなりませんが、ただしくデコードできれば、人間ラジオ、人間テレビの出来上がりです。

つまり、何もないのにものを見たり音を聞いたりするがために、現実を正しく認識できない=病気として、統合失調症=悪とされてきました。でも、何かの情報を、共感覚によって、視覚的な情報に変換して「幻覚」として観たり、聴覚的な情報に変換して「幻聴」として聞いていたとしたら、それは病気でしょうか?

もちろん、幻覚や幻聴そのままではなんの役目も果たしませんが、もしも幻覚から正しい情報を手に入れられるとしたら? それは立派な、才能となることでしょう。

実際のところ、霊能者達が、滝に打たれたり座禅を組んだりして、悩まされていた悪霊から開放さると同時に、守護霊が代わりにやってきて、有益な情報を教えてもらえるようになった、という話はゴマンとあります。

これは、統合失調症を「修行」によってコントロールして、幻覚から有益な情報を取り入れられるよう鍛えることが出来るという証左かもしれません。

昨今、「瞑想」の素晴らしさが科学的に証明されるようになりました。同じように、滝行や断食、読経などの「修行」が、統合失調症の有益な治療法として科学的に証明される日が、いつか来るかもしれません。

統合失調症に、人間の脳が後天的に共感覚を得る、脳の変容として、才能の獲得の機会として、積極的な意味を与えられる日がいつかやって来るかもしれない、などとも考えるのです。


2014年8月12日火曜日

野生動物や闘牛に催眠をかける中年男性

昨日、トロンボーンで牛を集める男性の動画を紹介しましたが、同じような人が確か、日本にいたはずだと思いまして、いろいろ調べて、ようやく見つけました。

★ 驚くべき気の力 気療師神沢瑞至 シベリア編2



この人の名前も観た番組も何も覚えていない状態から彼の情報を探すのは苦労しました。

他にもこんな映像もありました。

★ 驚くべき気の力 気療師神沢瑞至 スペインで闘牛と対決 1


気だの超能力だの、いろいろ怪しげな手合が多いものですが、この映像だけから判断するに、彼は本物かもしれません。

★ 神沢瑞至(かんざわただし)

上記のプロフィールによれば、明治大学法学部を卒業後、地方公務員として生活していましたが、44歳の時に気の力に目覚め、48歳で上京。平成8年8月8日に気療塾学院を開校し、延べ16年で120名の気療師を育ててきたのだそうです。

1年間でたった8名ほどの気療師しか誕生していないので、講師育成では食べていけないはず。気による治療の方がメインなのでしょう。

上気動画以外にも、出版記念パーティーの様子なども動画で観ました。ヒーラーや気功師に時々ありがちな尊大な態度ではなくて、謙虚で、あまり目立とうとしない方のようです。これだけの力を持っているのですから、新興宗教だって開こうと思えば開けるのに、それをしないのも好感が持てます。

2014年8月11日月曜日

トロンボーン演奏に群がる牛

言葉がわからない動物を意のままに動かすことに憧れていました。

古くは「ドリトル先生」シリーズ。イギリス人で、動物の言葉がわかるドリトル先生が、動物たちに指示していろいろな騒動を巻き起こす児童文学です。このドリトル先生の映画を観て、本を読んで、いずれは動物語が喋れればいいなと夢想したものでした。

子供の夢から覚めた今は、動物語を話せることはできないとあきらめましたが、逆に、言葉がわからないはずの動物、特に野生動物を意のままに操る動画を観ますと、とても感動します。

だから、この動画にはまりました。


トロンボーンを鳴らし始めて45秒で、地平線の向こうに牛が一頭現れます。それから何十頭という牛が集まり、最後はトロンボーンと合唱し始める始末。CGなのか、それとも牛の習性なのか。

いいなぁ。私も草原でトロンボーンを奏でてみたい。


2014年8月10日日曜日

ローカライズされないシステムは不安定なものとなる

たしか、韓国の指導者が日本の有識者に、
「どうやったら経済を再建できるか?」
と尋ねたところ、
「まず段階を踏むことが大切。国民全員の経済力を上げるのではなく、財閥をつくり、一部の人間をまず豊かにする方がいい。民衆の経済力は、その後に上がっていく」
と教えられた、という話を聞いたことがある。

アメリカの求めたことは逆だった。まず、政治的な民主主義を国家に根付かせて、それから経済力を上げていくよう韓国に求めたという。

だが、韓国は高度経済成長を成し遂げつつある日本の有識者の言葉の方を信じた。当時はまだ、建前と本音が分かれていたから、反日を掲げつつ、日本人へのシンパシーが韓国の政治家の中にあったのだろう。彼らは政治的自由や国民の平等よりも、財閥の育成にまずは努めた。

その結果、韓国もまた、世界史に残る経済成長を成し遂げることに成功した。

アメリカという国は、理念の追求に熱心だ。そして、イギリスの中でも資本主義と親和性の強い清教徒の集団がアメリカにやってきて、建国当初から民主主義が人々の奥深くに根付いた状態で資本の蓄積をおこなっていった、という奇妙な歴史を持つ。

そのために、経済成長には開発独裁と呼ばれる段階が必要だという考え方に理解をしめさない。いや、示せないのだろう。自国の歴史を否定することにつながるからだ。

その結果が、イラクの惨状ではないか、と密かに思っていた。

現に、今イラクでは、ISIS(イラクとシャームのイスラム国)という団体が、残虐な手法で人々を恐怖政治の下に置くことに成功しつつある。アメリカがイラクを占領して、アメリカ流の民主主義を押し付けた結果が、こうである。

そこで、
「アメリカ イラク 民主化 失敗」
などの単語でググっていたところ、そのものずばりの記事を見つけた。

★ アメリカはなぜイラクの民主化に失敗したのか
ここから導き出せる教訓は、「ポスト冷戦期の民主化支援において、外部アクターは権力を分散させながら体制を安定化させることを要求するが、国家機構が破綻した国でそのような形で民主化を進めることは不可能である」、という点に他ならない。
アメリカのバカなところは、歴史や伝統を無視した国家システムを作りうる、と考えているところだ。だが、ローカライズせずに成功したものはないという現実の前にもう少し、謙虚になればいいのに。

しかし、それもまたアメリカの宿痾のようなもので、アメリカの伝統である。同じ過ちを、これからも幾度となく繰り返していくのだろう。

2014年8月9日土曜日

『ドアの向こうのカルト』を読むのが止められない

今読んでいる『ドアの向こうのカルト』がめっぽうおもしろくて、ページを繰る手が止まりません。


私の実家も以前、家族全体で新興宗教に入信していたことがあります。だから、他人事として読むことができませんでした。

思い込んだら理性を失い盲信するタイプの割合は、男性よりも女性に多いようです。

我が家も母が宗教活動に最も熱心でした。主人公の家庭も同じで、彼の母が熱心なエホバの証人となり、家庭を地獄へと引きずり込む様子がいきいきと描写されています。

うちの場合といろいろな点が似ており、逆に異なる点もあり、そのどれもが興味深いのです。

新興宗教に縁遠かった方にとってはどうでもいいことでしょうが、生涯に一度でも宗教に関わったせいで大やけどを負った人にとっては、熱狂的な組織とどう対峙し、どう自己アイデンティティを保つかが、一生の課題となるでしょう。

しかし、宗教から脱出した後の人々が連帯する場所や組織は少ないのが現状。課題には1人で取り組むしかありません。その道具として、この『ドアの向こうのカルト』はとても役立つことでしょう。

それにしても、エホバの証人のことを、輸血を拒んだり格闘技を毛嫌いするという点で変わっているけれども、周囲に害を与えませんし、聖書の勉強に熱心な、比較的良好な宗教団体だと思っていた私の不明を、今は恥じています。

聖書に書いているからという理由で、子供をムチで叩くことが奨励されていたり、音楽や映画を観ることが禁止されていたり、宗教団体以外の人間関係を会員が結ぶことを極力排除するという排他性があったりと、中の人々の自由を縛り、不幸にするには十分な規則が事細かに定められているのを初めて知りました。

毎週末、2人組で布教活動をする彼らの情熱がどこから湧いてくるのか疑問でしたが、会員を追い込んで、布教活動以外に楽しみを見いだせなくするための仕組みが巧妙に作られていたのです。こういった背景を批判的に知ることが出来ます。

2014年8月8日金曜日

ネットコモンセンスは、サイトの巡回で養われる

メガスタークリエイター より
プラネタリウムクリエイターとして有名な大平貴之氏が、相模女子大学の客員教授を解任されてしまいました。

★ 大平貴之客員教授の退任について
2014/08/02
本学大平貴之客員教授につきましては、今月末をもって退任することとなりました。

                            相模女子大学
と、非常にそっけない調子の退任告知が相模女子大学のホームページに掲載されています。理由は何も書かれていませんが、間違いなく先日、大平氏がTwitterで公開した不用意な発言のせいでしょう。
今ららぽの噴水で小学高学年か中学生くらいの女の子が全裸で水浴びしてるの見かけたんだけどあれ大丈夫なのかな。
とりあえず写真撮っといたが、アップするのはやめておこう。
まだ水浴びやってるな。テラスで焼きそば食べなから見てるが、なかなか微妙なところだな発育具合とか。好きな人にはたまらん光景だろうね。
どうだお前らうらやましいだろう。
まじめにこつこつやってるとな、神様はこういうご褒美くれるんだ。サボって文句ばかり言うやつは思い知れ。
と、こういうツイートを連続でつぶやいで、世間の顰蹙を買ったのです。

彼に言わせると、ららぽーと(横浜?)のようなショッピングモールの噴水で、中学生の女子生徒が全裸で水浴びしているわけがない、わかるでしょ、とのこと。一見ギョッとするかもしれないが、よく読めば冗談、ネタだとわかるはず。わからないのはバカ、なのだそうです。

ところが、世間はその言い訳に納得せずに炎上。結果、定職を一つ、失ってしまいました。


どう考えてもアウト

私は彼の一連のツイートを初めて観たとき、
(随分悪趣味な発言だな)
と思いました。

大平氏がなぜ、これをセーフと判断したのか分かりません。読めば、多くの人、特に幼い女の子を子供に持つ親が不愉快に思う発言です。その上真実ならば犯罪となる行為です。嘘であっても「私は人を殺した」と、発言してはいけないようなものです。

そもそも冗談にしても、社会的立場のある人がつぶやいて良い内容でもないでしょう。

不思議なのは、こうした感覚を持ち合わせていない人が意外に多いこと。このブログの読者の方は、ほとんどがこうした感覚をお持ちでしょうが、著名人になぜか、こうした感覚を持っていない人が多いのです。

ネットリテラシー教育の必要性が叫ばれています。

ネットリテラシーの中で今回必要なのは、越えて良いラインを見抜く力、でしょうか。「ネットリテラシー」には、インターネットを利用して必要な情報を入手する能力や、発信する能力などを含むので、この、
「越えて良いラインを見抜く力」
すなわち、ネット上の共通認識を、仮に「ネットコモンセンス」と名づけてみます。


Twitterでは感覚が身につかない

ネットコモンセンスと日常の常識とは、少し異なります。発言者が匿名か実名化によっても異なりますし、発言者が有名人だとしたら、日頃のキャラクターによっても異なります。また、そのキャラクターが世間にどれほど認知されているかによっても、異なります。

ネット上である程度知名度があれば、多少逸脱した発言をしても、ネットで炎上することはありません。炎上しようとしても、それ以上に擁護者が現れて火消しに入ってくれるようになります。

こうした流動的なボーダーラインを見抜く力が、ネットコモンセンスです。身内以外の他人に、知られてはいけないことは何かを、知る能力です。

ところが、Twitterは、こうした感覚を養うのに適していません。Twitterは、身内とそれ以外との境目をぼかしているところが特徴です。普段の交流は、ほぼ身内のみ。しかし、その会話はたいてい他人の目にさらされているのに、それに気づかない仕組みになっています。だから、Twitterは炎上騒ぎが起きやすい構造になっています。

身内と他人とを区別しにくい環境では、他人に対するふるまい方という「常識」を身につけることはできませんよね。


社会性を身につけるには

勘違いを正すには、慣れ合いのSNSではなく、もっと殺伐としたサイトを巡回する習慣が必要です。たとえば、はてなや2ちゃんねる、ニコニコ動画や発言小町、まとめブログのような、批判者が大勢集まるサイトで、発言せよとはいいませんが、日頃から見て回るだけでもぜんぜん違います。

何が世間で嫌われ、嫌がられているのか。何が冗談で何が冗談にならないのか。普段からそういったネット上の動向を知っていれば、越えてはならないラインギリギリの情報を発信することができるようになるでしょう。

よく芸能人が、
「2ちゃんねるなんて見るな。批判ばかり書いてあってやる気を無くすから俺は見ない」
などと言いますが、こうした頑なな態度は害です。ネットの批判に日頃から触れていないので、下手に発言して、いつか炎上騒ぎを引き起こすもととなるからです。

そういえば、アリストテレスは、正義の感覚を養うためには政治に参加せよ、と人々に訴えました。正しい価値判断は、社会で揉まれ、批判を大勢の人から受けて、初めて養われる、ということです。ネットでも同じでしょう。


2014年8月7日木曜日

『アナと雪の女王』の日本語訳からは「決別」の概念が削除されているそうです

『アナと雪の女王』、流行っていますね。動員数が何百万人を突破! というメディアの宣伝だけでは今ひとつピンと来なかったのですが、先日会社の上司とカラオケに行ったところ、年上の男性上司が、女性社員と一緒に身ぶり付きで「ありのままで」を歌っていたのを見て、ようやくヒットを実感しています。

映画の日本語訳がとても素晴らしい、という話は、各国の「ありのままで」を聞き比べられるYouTube動画の感想などで、見知っていました。


ただ、それは音の響きに関するものでしたが、内容に関しても、大変考えぬかれたものだという指摘がなされていました。

★ 『ありのままで』の歌詞はトンデモ訳?→日本語版に合わせたプロの仕事!

Twitterに書かれたものをまとめた上記記事よれば、アメリカでは「家族などの身の回りの人との決別と、それにともなう開放」という概念への共感が、多くの人に共有されているのだといいます。

ところが日本では、「家族や身の回りの人との決別」に、共感を覚える人はまだ少ない。そこで、映画のほぼすべての日本語訳から、この「決別」にまつわる概念を極力排除している、という指摘です。

これは面白いと思いました。

日本でも、世代が異なれば、国民の共通概念は変化しています。たとえば貞操観念が、今ではほとんどもてはやされなくなったように。

アメリカでは「家族」というものへの幻想が大変根強い国だというイメージを持っていました。家族の崩壊を扱う作品がここ二十年ほど多くなってきましたが、それでも「家族愛」はアメリカの不変の価値のようになんとなく感じていました。

ところが「決別と開放」という理念に人々がシンパシーを感じるようになってきているのだとしたら、私が「大草原の小さな家」でイメージしたアメリカのあり方と、今はかなり異なっているのでしょう。

アメリカの今後を、私は懸念します。家族から切り離された人々の作る家庭は、機能不全家庭になりがちです。親を否定した人間は、いずれ親になったとき、否定される恐怖に覚えながら子育てをせねばなりません。『アナと雪の女王』で彼らの「決別」に共感した人々のつくり上げる社会は、不安定なものとなることでしょう。アメリカの行く末を案じます。


2014年8月6日水曜日

仕事をしていた戦時中の外交官

日本がアメリカを真珠湾攻撃したときのこと。在ワシントン日本大使館1等書記官だった奥村勝蔵の失態のために、攻撃後の宣戦布告となりました。このため、アメリカから、
「日本は騙し討する卑怯な国だ」
と後々まで非難され続けて今に至ることは、よく知られていると思います。

その日の奥村は、前日部下の送別会に出席、それから早く帰宅すればいいのにトランプにかまけ、翌日遅くに出勤。宣戦布告書を清書するのが遅れたことが諸悪の根本とのこと。

それを知って以来、第二次世界大戦のときの日本の外交官に対して、信頼を寄せられなかったのですが、予想外に日本の外交官は活躍していたようです。


上記記事によれば、1945年2月8日と21日に、ドイツの情報士官が自国へ「ソ連対日参戦」の情報をもたらしました。ドイツは自国の在外公館で情報を一斉に共有したそうですが、
この情報は、もともとストックホルム駐在、小野寺信(まこと)陸軍武官がロンドンの亡命ポーランド政府から入手してクレーマーに提供したものとみられ、米国立公文書館所蔵秘密文書によると、クレーマーは、ドイツ降伏後の尋問で「小野寺と活発に情報交換し、45年2月か3月に連合軍の極めて重要情報の提供を受けた」と答えている。
のだそうです。

日本の武官がスウェーデンで活発に情報収集を行っていて、成功していたことに感動を覚えました。記事では、こうした情報を活かしきれなかったことが責められています。

ただ、こうした情報を日本が活用できなかったのは、しょうがないところもあるのではないでしょうか。

記事でも指摘されていますように、日本はソ連に和平交渉を依頼していました。和平交渉を頼む相手に敵対的な行動を取れないと考えるのは当然です。

それに、1939年にはノモンハン事件が起こっていますから、ソ連が再び、満州に攻めてくるだろう、という予想は、すでに前線では共有されていました。ですから、ソ連の対日参戦という情報も、ソ連が攻めてくる確率が5割から7割に上昇したようなもの。あまり大きな変化と感じられなかったのかも。

それに、撤退行動がソ連攻撃の誘い水になるかもしれない、という意見も根強く、動くに動けない状態だったと言われています。

また、連戦連勝しているはずの日本が撤退行動を取ることが、国民の支持を得られない、という判断も合ったのでしょう。

ソ連の対日参戦の情報をいち早く得た外交官の努力には感動を覚えます。しかし、いくら耳や目で相手の情報をつかんでいても、自由に動ける足がなければ逃げることはできません。

大本営発表などの間違った情報を国民に与え続けて、体面の維持を図った結果、撤退の自由がきかなかったことが、敗戦に至る一番の原因だったように思います。


2014年8月5日火曜日

笹井芳樹副センター長が自殺

武田医学賞受賞時の写真 より
驚くべきニュースが飛び込んできた。STPA細胞論文捏造事件に大きく関与していた笹井芳樹博士が自殺したという。

★ 理研 笹井副センター長が自殺図り死亡

テレビの前であれほど堂々と弁明をしていた人物が自殺という手段を取るとは思ってもみなかった。態度からは心情はうかがい知れないという好例である。

このニュースを聞いて、私と同じように驚いた人も多かったはずだ。

衝撃を受けた人は、何かに責任を押しつけて気まずさを紛らわせようとする。今回、笹井氏の自殺の責任を、結論をダラダラと先延ばしにして、関係者を緩慢な自殺へ追いやろうとする文科省や理研上層部などに求める意見も多いようだ。私も最初、そう考えていた。

特に、早稲田閥を守るためなのかどうかわからないが、捏造がほぼ確定的になったにも関わらず、茶番劇のようなSTAP細胞再現実験を実行するよう、強く働きかけてきた文科省大臣の下村博文の罪は重い、と。

だが、アメリカで起こった、同様の事件「シェーンスキャンダル」について改めて調べ、それと比較すると、日本の事件解決に向けた取り組みはそれほど遅いものではない事がわかる。

「シェーンスキャンダル」というのは、数々の大発見をなしとげ、科学賞をいくつも受賞、2002年に「傑出した若手研究者のための材料科学技術学会賞」を受賞してノーベル賞受賞確実と言われたベル研究所のヘンドリック・シェーンという若手科学者の大規模な論文捏造が明らかになった事件のこと。

STAP細胞論文捏造事件のからみでテレビなどで何度か紹介されていたので、ご存知の人も多いだろう。
2000年 52K(-221.15℃)で超伝導を観測したと発表。
2000年 有機物における超伝導転移温度の最高記録を塗り替える。
2001年 上記記録を117Kに更新。
2001年 分子程度の大きさのトランジスタを作成
これらすべてが嘘、という指摘を受け、2002年5月、ベル研究所は本格的な調査に入ったが、結論が出て、シェーンを解雇したのは4ヶ月後の事だった。

そして、出身大学であるコンスタンツ大学がチェーンから博士号剥奪を決定したのはその2年後。そのあとシェーンは裁判で博士号剥奪撤回を大学に求めるために裁判を起こす。シェーンの訴えを退けて、裁判所が博士号剥奪を大学側に許可するまで、9年間を要した。

それに比べると、小保方の論文発表が今年の1月、捏造が発覚し出したのが2月頃。捏造が確定的になったのは今年6月頃だ。解決までにはまだまだ、時間がかかって当たり前なのだ。

理研は早い段階で誤りを認め、論文撤回を働きかけた。シェーンスキャンダルと比べても、対応は迅速に思える。

そのあとも、文科省や理研が、時間をかけながら問題の全容解明と再発防止に取り組んでいるのは間違いない。

STAP細胞再現実験に、小保方博士自身も参加して、自らの責任を果たそうとしている。逃げずに立ち向かっているという点では立派だと思う。

笹井博士もあきらめるべきではなかった。彼らを見守りつつ、全容究明に協力し、いずれ明らかになる破局に備えて、再就職の準備に入ればよかったのだ。

今回の自殺に関しては、文科省や理研の責任というより、笹井さん本人の責任放棄、という意味合いが強いのではないだろうか。

多くのプレッシャーにさらされる。それは当然だろう。だが、それでも彼らの研究所の周りをデモ隊が囲んでいるわけではない。生活の安全は保障されている。身近なところにサイコパスの人間がいて、毎日のように、「死ね」と言われながら生活していたわけでもなかろうに。

自殺した人間を責めることを、私はしたくないが、こうした高い地位にいる人間が責任を果たす前に自殺をすることは、どうしても許容できない。

「生きろ」という強制でもなく、
「生きねば」という諦観でもなく、
「生きてやる!」というがむしゃらの生への渇望を、持って欲しかった。


ご冥福を祈る。

2014年8月4日月曜日

子供に読ませたい児童文学

子供の頃に夢中になった本のことを思い出すことはこの年になるとほとんどありませんでしたが、「子どもを読書好きにするおすすめ本!大人も楽しめる厳選11冊ご紹介!」という記事を読みまして、久々に、昔夢中になった児童書のことを思い返しています。

記憶は年々薄れていきます。今のうちに、私が昔ワクワクしながら読んだことがあり、将来いずれ生まれるであろう子供に読ませたい本をリストアップしてみることにしました。

1.『二分間の冒険』

まずご紹介したいのが、私が読んで今までで一番感動した、最高の児童書です。

小学生中学年の頃にこの本をたまたま本屋で買ってもらい、その幸運にどれほど感謝したことか。

主人公の悟(さとる)は、ダレカと自称する黒猫によって、異次元の世界へと連れて行かれます。そこは竜が世の中を支配する世界であり、悟は恋愛、別れ、戦い、冒険を経験します。

大人でも読めば感動するでしょう。そして、子供の頃に読めば良かったと、悔しがるはずです。

あまりに好きすぎて、社会人になってから、作者の講演会を聞くために、電車を乗り継いで往路2時間の会場へ出向いたことがあります。

地方都市で図工教師をするかたわら、ファンタジー作家としても活躍する岡田淳さんは、関西弁の気さくな人物でした。この人には、もう一冊『扉のむこうの物語 (名作の森) 』という素晴らしい作品があります。


2.『西遊記』

知らない人はいませんよね。

抜群に面白い作品で、とある日本の文豪が、西洋人と対談した時に、
「西洋には『西遊記』がない。あんなにおもしろい作品を味わえないあなた方は不幸だ」
と言い放った、という話をどこかで読んだことがあります。

私が読んだのは上記で紹介している君島久子訳のもの。

当時、彼女の翻訳は言葉が難しかったのですが、あまりに面白くてそこを読み飛ばして読み進めました。そして、何度も読むうちに、難しい言葉をすべて覚えてしまいました。

お子さんに言葉を教えたいのならば、ぜひ君島久子訳のものをオススメします。


3.『だれも知らない小さな国』

コロボックルシリーズ。これも大好きでした。

作者である佐藤さとるの分身と思える「せいたかさん」が、人間から隠れながら生活しているコロボックルの人間側の協力者として、彼らの生活を守る様子にハラハラします。

私、小学校高学年までは、コロボックルが本当にいると思いまして、いずれ佐藤氏に会って、コロボックルに会わせてもらおうと本気で思っていました。

現実と虚構をうまくミックスさせるところがとてもうまく、読み飽きない作品となっています。

この記事を書くにあたって、彼について書かれたサイトをいろいろと散策したところ、なんと『図書館戦争』でお馴染みの有川浩が、佐藤さとるのあとを引き継いで、コロボックルシリーズを再開させるのだそうです。

有川浩は、私の中高時代のバイブルである『妖精作戦』のオマージュも書いていますし、趣味が共通しているのが嬉しいですね。


4.『十二歳の合い言葉』

子供の頃に読んで、引きこまれた少女向けの児童文学です。何よりも美しい表紙に心惹かれます。

そして、中に描かれる少女同志の友情がまた、とても美しいのです。


5.『少年釣り師・近藤たけし』(日比茂樹著)

この本を知っている人は少ないでしょう。

逆さから読むと「しけたうどんこ」となることにコンプレックスを感じている主人公は、趣味である釣りを通して、様々な人々と交流を深めながら大人になっていきます。

軽妙な文章がおもしろくて、これも何度も読み直しました。


6.『ぼくらは海へ』

那須正幹さんといえば、『ズッコケ三人組シリーズ』で有名ですが、それだと有名すぎて面白くないので、彼の作品であまり知られていないものを紹介します。

記憶を頼りに書くので間違っているかもしれませんが、大きな木材をたまたま手に入れた少年たちが、ヨットを作ることを計画したのがこのストーリーの発端でした。

ところが素人なものですから、すぐに壊れますし、作ってみても進みません。

船の仕組みを学びながら、ヨットを作り上げていきます。しかし、抜けるもの、再び挑戦するもの。たしか、1人事故にあうんじゃなかったかな。彼ら一人一人は家庭にいびつな歪みがあり、それぞれ陰を背負いながら、それぞれの思いをヨットに託す、という話です。

何度も読んだはずなのに、覚えていないところがありますが、当時読んでいる間は幸福だった子を覚えています。

スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせる話なので、あの雰囲気が好きな人にとってはたまらない作品でしょう。


7.『日本宝島』

これも知らない人が多いでしょう。

小学校の図書館に、かなり分厚いこの本が、ででんととても目立つ場所に置かれていました。たぶん、司書にこの本のファンがいて、子供たちに読んで欲しいとおもって老いていたとおもうんです。

でも、表紙がやたらとポップで下品(と、子供には思えました)で、表紙からは何も読み取れません。
上記で紹介した表紙よりも、もっと単純なイラストだったような気がします。

だから、長い間食わず嫌いで読まなかったのです。あと、スティーブンソンの『宝島』が面白かったので、
(どうせそのパクリだろ)
と子供ながら思い、反感を覚えていました。

卒業間近でしたか、小学校の図書館にあった面白そうな本は、江戸川乱歩から坪田譲治までほとんど読み終えたので、最後に残っていたこの本をしかたなしに読み始めました。

いやあ、そしたらページをめくるのが止まらない、止まらない。

もっと早く読めばよかった、そうすれば何度も読めるのにと思いながら悲嘆に暮れたのを覚えています。

8.『カムイの剣』

これを児童文学に入れていいのかどうか迷うところでしたが、とにかく面白いので、子供のころに夢中で読んだ作品です。

あの星新一が、この本を激賞して、日本人が書いた冒険小説のベスト・ファイブだと言ったそうです。それほど優れている本ですが、あまり知られていませんな。

涙あり、恋愛あり、冒険あり。男の子なら誰もが夢中になる本だと思います。

なんといいますか、とにかくスケールが大きいです。


9.『星虫』


これも、児童文学に入れるべきかどうか迷いましたが、今のライトノベルに比べると、恋愛も可愛く幼いので、お子さんにも安心して薦められるのではないかと思いまして、ランクインさせました。

子供に本を進めるときには、人が大勢死んだりしないもののほうがいいですよね。

もちろん、お子さんによって異なると思いますが、私の知り合いに、子供の頃にノストラダムスの大予言を教師から教えられて、それ以来うつ病になったというのがいましたので、感受性の強い子供にあまり残虐なものは見せない方がいいのかもしれません。

その点、この星虫は、高校生が主人公でありながら、健全で清潔な美しい関係を保っており、なおかつアクションとしても最高の作品となっています。





以上となります。とりあえず、ご参考まで。

2014年8月3日日曜日

『かりに、ゲーム製作に望みをつなぐ素人がノイマンの「ゲーム理論」を学んだら』

先日の話題の続き。電子書籍二作目として、何を書くのか。

いろいろと案が現れては消え、現れては消え。

ボツ案のうちの一つで、ある程度設定まで考えたものがある。今さら何を恥じることもないので、簡単に紹介してみる。

そのタイトルは、
『かりに、ゲーム製作に望みをつなぐ素人がノイマンの「ゲーム理論」を学んだら』
であった。ちなみに、『かりゲー』というタイトルまで考えていた。

……いやぁ、恥ずかしいですね。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』
の完全な二番煎じだ。

しかも、思いついたのは2年前にさかのぼる。

★ 電子出版と金融自由化
ネタなんて、いくらでもみつかります。
たとえば、『万が一、ブラック企業に勤めるゲームオタクが、ゲーム会社に転職しようとしてノイマンの「ゲーム理論とその実践」を読んだら』のような企画は、瞬間的に思いつけますよね。
ネタは見つかったけれども、それを形にするのは難しい。とりあえず、上のタイトルは長すぎるだろうと思って、短くした。それから下のようなストーリーを考えた。
投資用マンションを販売するブラック企業での営業職として働くダイスケは、要領が悪いために周囲から疎んじられながら、毎日汗だくで飛び回っている。朝は7時に出社、夜は終電で帰宅する毎日。残業代は出ない。

彼の唯一の趣味が、ゲーム。それもRPGのようなまともなゲームではなく、スマフォで簡単に遊べるソーシャルゲーム。毎日の出勤時間、寝る前の30分の時間を惜しんで、ゲームをするのが楽しみだ。パズドラにはまってしまい、課金地獄に陥ったこともある。

ブラック企業に嫌気がさしたダイスケは、会社をやめようと考える。今度こそ好きなことをしたいと思った彼が考えたのが、ゲーム制作。ゲーム会社に転職するか、自作ゲームアプリで一発当てるか? とりあえず、本屋でプログラミングについて学ぼうとするが、どれも難しくて歯が立たない。

(基礎的な理論から学ぼう)
と思ったダイスケは、本屋の店員に、
「すみません、基本的なゲーム理論について書かれた本はありますか?」
と尋ねる。
店員が持ってきたのが、フォン・ノイマンの『ゲーム理論とその実践』だった。

「作者は、コンピューターを発明した人です」

という店員の言葉を信じて本を読み始めた彼は、やがて失望する。ゲーム開発の本ではなかったからだ。

だが、ダイスケはやがて、ノイマンの思考法にのめり込んでいく。「ゲーム理論とその実践」に書かれているのは、徹底的な合理主義にもと付いた人間関係の操作法だった。

彼は、ゲーム理論に従い、同僚の彼女を奪い、会社の人間関係を操り、最終的には社員同士の殺しあいに発展させる……。

設定は、それなりだと思う。

世間はそろそろ、もしドラのことを忘れつつある。だからこそ、二番煎じが新鮮な驚きをもって迎えられるはず。とりあえず、電子書籍にこのタイトルがあれば、騙されて買ってみようと思う人が大勢いるかもしれないと思ったのだが……。

ゲーム理論について書かれた本を数冊読んだのだが、ゲーム理論を使ったうま殺人方法が思い浮かばなかったのだ。

フォン・ノイマンのゲーム理論とは、複雑な人間の選択という行為を単純化し、数式で分析できるようにした画期的な方法論ではあるが、それと、人々の感情を操作して、他人を自由に操作する方法が結びつかなかった。

いや、結びつかないどころか両者は相反する観念であり、よって企画倒れに終わったのである。

残念。


2014年8月2日土曜日

消費者主義は格差を広げてしまうのでは

アメリカの作家900人が"反アマゾン"を表明したという記事を読みました。

★ 作家900人が“反アマゾン”表明

記事によれば、アマゾンに対立している出版社に対し、アマゾンがあの手この手で妨害を仕掛けていることに対して、アメリカの人気作家達がニューヨーク・タイムズで"反アマゾン"の意見広告を出したそうです。

アメリカでもひそかに反アマゾンの機運が高まっているのでしょう。

実際のところ、アマゾンのやって来たことは作家にとって害となることばかり。整備された中古本市場は、ブックオフなどの大手中古書店以上に、新書の販売に悪影響を及ぼしました。

「印税率の高い電子書籍は作家にとってもプラスだ」
という主張は、
「電子書籍は安くでしか売れないし、そもそも売れない」
という事実の前で力を失いつつあります。

そんなわけで作家からも支持を失いつつあるアマゾンなのですが、今回の勝負、作家が勝てる見込みは薄いのではないかと思います。現代は消費者尊重の時代。生産者側の主張は無視されて、いずれアマゾンに軍配が上がるのではないでしょうか。

こうした時代の風潮はいかんともしがたいのですが、アマゾンの事業拡大と、それにともなう書く影響をみていますと、いずれ現れる「ディストピア」(暗黒郷)が想像できてしまいます。

企業の上層部だけが儲かり、残りの人々は低賃金でシステム保守、運送、物流管理などの作業に従事するアマゾン社。

アフィリエイト収入のパーセンテージも、アマゾンは年々下げ続けていますから、インターネットで設けていた人々も、いずれ立ち行かなくなるかもしれません。

出版社や作家はのきなみ収入が激減し、アマゾンの注文に応じたものを製作するだけ。

書店はつぶれ、心ある出版社もほとんどつぶれ、アマゾンではそうした出版社の書籍が絶版書として高値で取引されています。あるいはアマゾンが、印刷して消費者に届けます。

つまり、書店や取次といった仲介業が軒並み潰れ、出版社や作家といった生産者も力を落とし、消費者とアマゾンのみが生き残った世界です。

こうした動きは世界中で起きています。

消費者は生産者として収入を得る立場でもあるのです。彼らが収入の道が立たれてしまいますから、勝ち残った企業がいくら安くで商品を提供しても、生活は厳しいものとなるでしょうし、勝ち残って価格操作能力を得た企業は、消費者を生かさず殺さず、微妙な値付けで利益の最大化を図ることでしょう。

消費者を騙したマクドナルドのように、生産者側に偏りすぎてもいけませんが、かといって消費者側に偏りすぎても、社会にとって悪影響。中継ぎが省かれてもそこは誰も埋められず、少数の資本家と消費者がいるだけ。その間の格差は広がり、社会が不安定化するだけです。

アメリカの作家たちの抗議に、影響力があればいいのですが。



2014年8月1日金曜日

ときには我慢が必要

江角マキコが数年前に、幼稚園のママ友からイジメに遭っていたことをブログで告白しています。

★ 人は人、自分は自分
なかなか想像力豊かな内容で今は笑えますけど、その時は露骨に無視をされたり、お茶会やランチ会をその噂を広めるために開かれたりとか
「違います!」と言いたいのを我慢して耐えました。
 子どもと一緒にいる時に無視をされたり、嫌味を言われたり、、、そんなときも必死で耐えました。
静かに耐えていると助けてくれる人ができ、人付き合いがシンプルになりました。
この人のキャラクター、もともと嫌いじゃなかったのですが、さらに少し、好きになりました。

狭いコミュニティーの中で嫌がらせを受けて、困っている人は多いでしょう。

私、社会人になって猛烈な嫌がらせを受けたことがあるので、その辛さは分かります。

イジメを受ける前は、考えていました。工夫をすれば解決できるとか、自分が悪くなくても敢えて謝ればいいとか、こちらから挨拶を毎日すれば相手の心もほぐれるとか、話しあえばなんとかなるとか。

でも、それは間違っていました。ボス的な人間の気に食わないと、あの手この手で嫌がらせを仕掛けてきます。そして、下手(したて)に出れば相手の嗜虐心に火をつけ、平気な顔をしていると嫌がらせがひどくなり、こちらが怒るとしらばっくれ、話し合いを求めても無視されるのです。

だから、江角さんが、
「違います!」と言いたいのを我慢して耐えました。
 子どもと一緒にいる時に無視をされたり、嫌味を言われたり、、、そんなときも必死で耐えました。
静かに耐えていると助けてくれる人ができ、人付き合いがシンプルになりました
と書いたのを読んで、納得するものがありました。


鳴くまでまとう ホトトギス

話は戦国時代に飛びます。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三傑の特徴を示す戯れ歌に、
  • 鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス……………………織田信長
  • 鳴かぬなら 鳴かしてみしょう ホトトギス………………豊臣秀吉
  • 鳴かぬなら 鳴くまでまとう ホトトギス…………………徳川家康
というものがあります。私はその中では豊臣秀吉の言葉がとても好きです。才覚の限りを尽くして、鳴かせようと知恵の限りを尽くす秀吉の積極性に好意を持てるからです。

ところが、秀吉がどれほど才覚の限りを尽くしても、一番のライバルである家康を、ついぞ殺すことはできませんでした。

最終的に幕府をひらき、250年以上の安定政権を築いたのは家康でした。家康が秀吉よりも長生きしたために、時間が味方したのです。

考えれば、家康の前半生は苦悩の連続。人質時代、信長の傀儡として戦い続けた壮年時代。その中を家康は我慢を重ねて、耐え忍び、天下人として一生を終えることが出来ました。

彼の言葉に、
「人の一生は 重荷を負うて、遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」
というものがありますが、その言葉通り、重荷を背負った旅も、いつかは荷を下ろす終わりがあるものです。


高名な人間ですらときに冷や飯を食う

無論、我慢すれば乗り越えられるというものではありません。質の悪い人間は、何年でも嫌がらせを続けます。

江角さんがそれを乗り越えられたのは、彼女が女優として認められた確固とした地位を築いていたからでしょう。

家康が信長の高圧的な命令をこなし、秀吉の猛攻を耐えしのげたのも、「犬のように忠実」と言われた三河武士団を彼が抱えていたからでした。

我慢をするためには、それなりの条件があることに、ご注意。耐え忍ぶ根城がないならば、そこで我慢をしていても、獲物となるだけです。そのときは逃げなければ。人間がハイエナの群れの中で生活する必要なんてないのですから。

ただ、実力のある人間がたまたま冷や飯を食らう羽目に陥ることがあります。そのときは感情を爆発させることよりも、じっと我慢を決め込む方が、長い目で見るといい結果をもたらすことが多いものです。

女優として高名な江角さんですら、嫌がらせを受けることがあるということ。
彼女はこの件ならず、いろいろな場面で、耐え忍び、つらい時期を乗り切っていることが多いこと。
そしてそれは多くの場合、成功していること。

彼女の告白は、いろいろな示唆を与えてくれました。