2014年6月30日月曜日

文芸小説を読む人は感情を読むのが上手いそうです

「作者の気持ち(笑)」
という単語が、ときおりネットで散見されます。

数学や理科を学ぶことに比べて、国語を学ぶ意味はない、そこで問われることはバカバカしい、現実に役立たないことばかりだから、という国語への罵倒の意味合いが込められています。

たしかに、国語の問題にときおり、
「作者の気持ちを答えなさい」
という問題が出てまいりますが、果たして模範回答が、作家の気持ちを本当に表しているのか、どうか。
「作家自身がその問題を解いたところ、回答がボツになったことがあるらしい」
という話がまことしやかに伝えられています。

「作家ですら意図しない『作者の気持ち』とやらを読み取ろうとする国語教師はおこがましい存在だ。そんな嘘八百なものを学校で教えるな」
と息巻く人もいるようです。

ところが以前は多かった、文系科目への罵倒、特に国語に対する根深い反感を、最近ネットで見かけなくなりました。

これに関して、私はある仮説を立てています。ネットをごく普通の人々が利用するようになり、インターネットの初期に多かった、やや自閉的でコミュニケーションの下手な人々が、段々と隅に追いやられるようになった結果ではないか、と。

現実世界では、人間の感情が人間関係に果たす役割は大変大きいのです。それも、中でも他人の負の感情にどう対応するか、問われることが多いような……。

コミュニケーションが苦手な人の中には、仕事には人間の感情を交えず、合理的に考えてものごとを進めていくべきだという強い意思を持つ人が比較的多いようです。合目的と言い換えていいでしょうが、ある目的が定まれば、可能な限り効率的な方法を模索することを良しと、彼らは考えます。

ところが、個々人はそれにすべて納得しているわけではありません。いや、目的達成のために切り捨てられたものの中に、彼らにとってはもっとも大切なモノがあることだってあります。しかし、最終目的のためには必要ではない、個々のエゴに関わる大切なもののことは公衆の面前では口に出せず、黙って仕事にとりかかるものの、機会があれがエゴを目的よりも優先しようとしてしまいます。

結果、目的達成のために一丸となることができず、組織は自壊してしまうのです。

また、組織の中に嫌な人間がいた場合。コミュニケーション下手な人は、それへの反感を押し殺すことができません。嫌だと思った相手をとことん避け、交流を遮断してしまうのです。この結果もまたお決まりのパターン。組織はまとまらず、自壊してしまいます。

ところが、コミュニケーションが取れる人は、外に出てこない反感を汲み取り、理解しながら、その反感を少しでもそらせる方法を考えようとします。また、嫌な人間がいても、すぐに関係を遮断するという極端な方法を取りません。

特に人員に限りあるような小さな組織では、嫌な人間と接することなく組織を回すことは不可能です。嫌な相手ともにこやかに談笑しながら、目的を達成する方法を模索しなければならないのです。

他人とうまくコミュニケーションを取る方法は科目として学校で教えられることはありませんが、他人の感情を読み取り、相手の気持を忖度する方法は、学校で学ぶことができます。それが、「国語」というわけです。

★ 文芸小説読者は感情の読み取りが得意になる、米研究
文芸小説を読む人は、大衆小説もしくはノンフィクションを読む人よりも他人の感情を読み取ることに優れているとする研究が3日、米科学誌で発表された。研究者らは、文芸小説の読者が他人の内なる感情を読み取ることにより優れているとの仮説を立て、これを証明する研究調査を行った。(中略)テストの結果、文芸小説の抜粋を読んだグループが最も良いスコアを獲得したという。
これは小説好きにとってはよいニュースです。小説を読むための言い訳になります。国語が得意な人間にとっても朗報。自分の価値を吹聴できるからです。

ただ。

私は国語が得意でしたが、他人の感情を読み取るのは苦手でした。「論語読みの論語知らず」ということわざがありますが、私の場合も、それに近いのかもしれません。想像をしながら解読するのではなく、論理的にゴリゴリと解いていくのが私のやり方でしたから。

もったいなかったな。

感情を読み取る訓練のために、小説を読むのだとわかっていれば、もっと別の読み方があったはずでした。

2014年6月29日日曜日

海外旅行を予約する場合に役立つサイト

もうすぐ7月。海外旅行をこれから考えている人は、予約を取ろうとするとほとんどが売り切れとなっていて呆然としている人も多いはずです。

私も最近、海外旅行に行くために予約チケットを取りましたが、すでに売り切れのところも続出していて難儀しました。

まあ、一番大変だったのが、サイトが多すぎてどのサイトを見ればいいのか分からなかったこと。いろいろと見比べてみまして、ようやく「こうすれば外れないな」という方法がみつかりましたのでお知らせします。

まずは、自分が見ているサイトの料金が、格安旅行券よりもどれほど高いのか? がわかると、果たしてそのサイトで選んでいいのか否か、判断することができるはずです。そのためのサイトがこちら。

★ hopper.com

このサイトでは、出発地と到着地を検索窓に入力すると、いつ旅行し、どの航空会社を利用すれば安くなるのかを教えてくれるのです。無論、セールなどは無視されますけれども、大凡の目安を知るために役立ちます。

おおよその目安がついた後は、実際に航空券やホテルを予約しましょう。いろいろなサイトを見比べた上で、私が一番「使える」と思ったサイトがこちら。

★ エクスペディア

ここは使えます。数年前に一度ここで検索しました。今回、他にももっと役立つ安いサイトがあるのではないかと、いろいろなサイトで調べましたが、結局ここのサイトに戻ってきました。私の探した中では、ここが一番、情報が豊富で安いプランが整っていました。

あと、保険に入ることを忘れないで下さい。前日になって保険に入ろうとする人が多いようですが、現地で万が一のことがあったときに、保険証券があるのとないのとでは現地の対応は雲泥の差です。

保険会社によっては、申込書を課支社で精査したのち、センターで証券を作成するために、最低でも一週間、証券発行までに時間がかかるところもあります。

その上、今は繁忙期です。下手をすると証券の到着に一ヶ月近くかかることだってありえます。ぜひともお早めに保険に入ることをお勧めします。



皆さんの旅がよいものでありますように。


2014年6月28日土曜日

塩村文夏議員の中の、深い闇

都議会でセクハラ野次をおこなった側、受けた側の双方の過去を探りますと、さまざまな問題を抱えていました(ネタ元は、だいたい週刊文春7月3日号です)。

鈴木章浩は嘘の常習犯

まずはセクハラ野次を行った鈴木章浩(あきひろ)議員。

2005年に公費80万円を使ってフランスの地下鉄などを視察後に都に提出した報告書が、早稲田大学名誉教授の講演要旨の丸写しだった過去が、掘り起こされています。

★ 自民区議が報告書盗用? 千葉県HPから丸写し

上記記事では原文と盗用文が映像で紹介されているのですが、読みにくいので一部、書き起こしてみました。
EUの新たな中核都市を目指す「ユーラリール」プロジェクトを紹介します。ヨーロッパは政治・経済のドラスティックな変化の中で、長い伝統を持つ存在自体が大きく揺らいでいるという状況のもと、EUという一つの共同体として結集することにより再生しようとしています。ヨーロッパ大陸とイギリスを結ぶ動脈である「ユーロトンネル」の開通はその象徴的な事件でした。イギリスのフォークストンとフランスのカレーを結ぶ全長53km、海底部分38kmのトンネルが開通したのは1994年6月ですが、計画から実現までに2世紀を要したプロジェクトです。
上記が盗用されてしまった、早稲田大学名誉教授である浜田泰三氏の講演要旨であり、下記が鈴木章浩議員が盗用した報告書。
ヨーロッパは政治・経済のドラスティックな変化の中で、長い伝統を持つ存在自体が大きく揺らいでいるという状況のもと、EUという一つの共同体として結集することにより再生しようとしました。ヨーロッパ大陸とイギリスを結ぶ動脈である「ユーロトンネル」の開通はその象徴的な事件でした。イギリスのフォークストンとフランスのカレーを結ぶ全長53km、海底部分38kmのトンネルが開通したのは1984年6月ですが、計画から実現までに2世紀を要したプロジェクトでありました。
この調子でほぼ丸写しだったのにもかかわらず、「引用」だと鈴木議員は強弁して、この件はうやむやに。

過ちは誰にでもあると思うのです。でも、盗用は盗用。引用元を書かなければ、引用にはなりませんよ! 開き直ってしまうところが悪質。その上、翌年にも同じ盗作騒動を引き起こしています。反省しないから繰り返すのです。

詐欺師は再犯しやすいと言います。セクハラ野次騒動でも、最初は「野次を私は言っていない」とすっとぼけようとしましたから、この方は嘘の常習犯なのでしょう。

金銭欲と上昇志向と不倫

対しまして塩村文夏(あやか)議員。

この方がテレビ番組『恋のから騒ぎ』にレギュラ―出演したときに、「別れた彼氏から慰謝料1,500万円をもらった」などとテレビで告白していることは、私も以前の記事で触れましたし、ネットで存じの方も多いようです。

同じく都議の三谷英弘と不倫騒動も起こしていたことまでは、先日の記事でも取り上げたとおりですが……。塩村議員、朝日新聞記者とも不倫をしていたと、週刊文春では報じられています。いやぁ、ゆるいですね。



……ここまでが週刊誌に掲載されていた話ですが、本日の本題はここから。

私は、塩村文夏という美しい女性について調べれば調べるほど、不思議でなりませんでした。あの美しい顔の向こうに、異常な金銭欲と上昇志向、不倫願望が同居している理由が、分からなかったのです。普通、ある程度世間に認められれば、満足するはずですし、都議にまでなったら、身持ちを良くするはず。なにかアンバランスなものを感じたのです。

男女の間で何があったのかわかりませんが、相場というものがあるでしょう。別れ際に1,500万円もの大金を受け取る理由に、まともなものはありますまい。

グラビアアイドルから素人タレント、放送作家から政治家へと、自分の美貌をどうすれば社会的地位へと変えられるかを意識しながら、上へ上へと強迫観念のように上がろうとする上昇志向をなぜ彼女は持つにいたったのか?

そして、議員という社会的に責任のある立場にありながら、どうして不倫を重ねるのでしょうか?

それぞれまったく別のことではあるのですが、一人の人間にそれが同居するにはなにか大きな要因があるはずだと踏んだのですが、全体像のパズルを組み立てるにはピースが足りませんでした。

それがここ数日の間に出てきた情報が重なることにより、一気に理解できるようになったのです。

塩村一という産廃業者がいた

塩村文夏議員は、年上の男性が若い女性と結婚することに、大変な嫌悪感を持っていることを、過去に告白しています。

ツイートは現在削除されていますが、魚拓が撮られており、

★ https://archive.today/PEP1d

で確認することが出来ます。2011年、加藤茶が45歳年下の女性と結婚し、2012年に仲本工事が27歳年下の女性と結婚したことへ、嫌悪感をいだいた模様です。

なぜそのように感じたのか。彼女は別のツイートで理由を示しています。

つまりは、自分の父親が30歳も年下の女性と駆け落ちし、結局捨てられてみじめに年老いている姿を見聞きした結果、年上の男性への嫌悪感と不信感、憎悪が入り混じったコンプレックスを抱くにいたったのでしょう。

では、この老父とはどういう人物か。

それについては確証はありませんが(伝聞の類なので、もしも事実と異なっていることがわかれば、後日この部分を削除するかもしれません)、下記のような指摘をされているのを読みまして、本当か? と度肝を抜かれました。

★ 【塩村完全終了】2ch探偵団が塩村文夏議員の素性を特定!!!
(画像は「保守速報」より)
1989年に広島県福山市で汚土収集詐取事件が発生します。塩村一という人物が起訴され、有罪判決を受けました。暴力団の影響力の強い当時の広島県の福山市(映画『仁義無き戦い』では、福山市を地盤とする河野組という暴力団が出演しています)で、最大手の産廃業者というだけで、いろいろと想像がつくというもの。

この業者が、市長や市の職員を脅迫し、随意契約を違法に獲得。それがバレたという事件です。

塩村一という人物は、事件当時54歳。そこから計算した所、塩村議員の父親と同じ年齢。塩村議員の生まれ育った場所も、広島県福山市内でした。

妻子を捨てて30も年下の女性と駆け落ちできた塩村議員の父親は、それなりの社会的地位や資産を有していたはず。地方には同姓同名が多いとはいえ、年齢も姓も同じ成功者が、そうそういるとも思えません。

で、もしもこの「塩村一」という人物が塩村議員の父親だとしたら。彼女が11歳のときに汚土収集詐取事件が発覚したことになります。

すべては老父へのコンプレックス

幼いころに金持ちから貧困へ突き落とされた場合、長じて異常に金銭に執着する例が多いことが知られています。こういった事件があった以上、今までの豪奢な生活は当然送れないでしょうから、塩村一の子どもは、大変苦労したことでしょう。

成功者の父が家庭を捨てた場合、子どもは父を見返すために、異常な上昇志向を示すことが知られています。原爆の落ちた広島では、すべてが一からのやり直しでした。一代で市内最大手の産廃業者を束ねるに至るというのは相当の手腕でしょうし、その父に捨てられた子どもは、父を見返すために、強迫観念のように上へ登ろうとすることでしょう。

こう考えますと、塩村議員の行動パターンが非常によく、理解できるのです。

また、最愛の父に捨てられた娘は、2つのパターンに分かれます。年上の男性を求めるようになるか、逆に激しく拒絶するようになるか。

塩村議員の場合、ツイートからは明らかに後者であることが見て取れます。

ところが、恋愛対象が常に既婚者であるところを見ますと、年下や同年代の精神的に幼い男性に興味を持てないようです。かといって、年上の男性には嫌悪感を持ってしまいます。

そうしますと、同年代ではあっても、落ち着きのある既婚者を求めるのは必然かもしれません。彼女は気づかないうちに、父の面影を恋人に見て、父に愛されなかった代償行為として恋愛しているのではないかと、想像できるのです。

ところで、既婚者であっても一人の男性を愛する女性と、次々にいろいろな既婚者と不倫を繰り返す女性の違いをご存知でしょうか。

後者の女性が自身の行動原理を、かつてインタビューで答えていました。
「最初は自分のことを遊び相手だと考えているのがわかるが、次第に若い自分に夢中になっていって、家庭を捨ててもいいとまで思うようになる。自分にとって、相手を支配できるようになることが、とてもおもしろい」

塩村議員が次々に不倫を行う理由も、この種の支配欲にもとづいているところがあるかもしれません。

家庭を大切にしている相手が、次第に自分に夢中になることで、男性への不信感を再確認できるでしょう。
「やっぱり男はくだらない存在だ。男なんてそんなもんだ」
と確認して、決して自分の父親だけが自分を捨てたのではなく、男全体がそういうくだらない生き物だと見下せば、安心できることでしょう。

父に捨てられたが故の、男性不信。それが彼女の行動原理なのかもしれません。

2014年6月27日金曜日

イギリスで最高のタレントが、小児性愛者であったという事実

イギリスの元人気司会者が性的暴行を長年働いていたことがばれて、イギリスは大騒ぎだそうです。慈善活動家として知られるサビル氏は、施設を自由に行動できる特権を悪用して、病院内の遺体に性的暴行を加えたり、子どもに性的なイタズラを繰り返していたというのです。

★ 英元人気司会者、病院で5歳から75歳に性的暴行 60人が被害認め
英保健省は26日、元人気司会者、ジミー・サビル氏=2011年に84歳で死去=の性的暴行疑惑のうち、公立病院で起きた事案の調査結果を発表した。被害は患者や病院職員など5~75歳に及んでおり、英国であらためて衝撃が広がっている。
この事件のことを、恥ずかしながら知りませんでしたが、一昨年発覚したもののようです。

★ 英人気司会者、50年にわたり少年少女に性的暴行 最年少は8歳
★ 昨年死去した名司会者に性的暴行疑惑 揺れるBBC

欧米ではときどき、小児性愛者による長期間に渡る多数の暴行事件が発覚します。性倫理に厳しい社会では、犯罪者はばれないように細心の注意を払うため、発覚せず、結果的に犯罪が長期に及ぶのかも。以前これもイギリスだったと思いますが、神父による数十年にもわたる児童への性的虐待が明るみになったこともありました。

ジミー・サビルとは、いったいどういう人物なのか。

彼の生前のインタビューがYouTubeに上がっています。 
堂々とした、早口、頭の良さそうな人間じゃありませんか。彼が、児童に性的虐待をしていたとはにわかに信じられません。

しかし、すでに死亡した彼を告発してもカネにはならないはずなのに、数百人が彼の罪を訴えています。ほぼ、事実なのでしょう。

日本の検察の話だったと思いますが、性犯罪者、中でも小児性愛者の再犯率は大変高いそうです。バレにくく、簡単である割には、得るものが大きいのでしょう。それに、弱者を支配する快感は、一度味わったらやみつきになる、ということでしょう。

おぞましいの一言。彼らの存在を許してはなりません。理性でおしとどめるべき劣情に負け、大勢の人々に消えない傷をつけたのですから、去勢でもすべきでしょう。

でも、もし、彼らの歪んだ劣情が生まれつきのものだとしたら。

遺伝的に児童に異常な性欲を感じる人が、いるのだとしたら。

遺伝子の奥底で定まったものを法で縛ろうとしても、彼らは法をかいくぐって、別の方法をみつけようとするだけかもしれません。

以前、小児性欲を持ったネズミについての記事を私は書いたことがあります。

★ ゲイにはなぜ才能のある人が多いのか
カルフーンは、ネズミを3世代に渡って過密状態に保ったまま飼育するという実験をおこなったところ、ネズミの性衝動に異常が現れることを発見しました。
最初に、雌雄の区別が出来ない同性愛者が現れ、次に、未成熟のメスを犯すオスが現れました。やがて、インポテンツになったオスが現れ、変態も現れたそうです。
もしも人間だけに小児性愛者が現れるのならば、本人の意思の問題であり、理性が本能に負けた結果であり、精神的な異常だとしたら治療が必要な病変です。ところが、ネズミのような下等生物に、ある条件下で自然発生するのだとしたら、動物の遺伝子全体に異常誘発因子が組み込まれているということにならないでしょうか。

遺伝子の因子が発動した以上、本人にはどうしようのないものだ、という可能性が、考えられないでしょうか。

生まれつきの同性愛者を社会で許容するのが今のトレンドです。
同性愛者が盛んに、
「自分は好きで同性愛者になったわけではない」
「生まれつきそうなのだ」
と訴えますし、欧米では彼らを認め、社会が許容するのが当たり前、という論調が強くなっているようです。

が、同じく生まれつきだとしても、小児性愛者が認められることはありません。いたいけな子どもを精神的に傷つける存在を、社会が許容することはないからです。

それにしても、やや不条理に感じます。同じ理由を持ちながら、一方は許容され、一方は拒絶されるのですから。

ジミー・サビルを告発することは大切ですが、彼のような才能もあり、法や常識を十二分にわきまえ、深い教養もあり、社会に多大な貢献をおこなった人物ですら、理性でそのおぞましい欲望を妨げることができなかったという事実を、私たちはもっと重大に受け止めてもいいように思うのです。

ただ、法でしばるだけではなく、彼らの逃げ道――たとえばマンガやアニメなどの二次元の世界――を用意してあげた方が、いいのではないかというのが私の持論ですが、イギリスのこの元司会者の例から、ますますその意を強くしました。

2014年6月26日木曜日

経営者に政治を任せない方が

韓国の国会議員が、議員が雇っていた運転手によって内部告発されたために窮地に陥っているというニュースが報じられています。

★ 韓国国会議員と運転手が前代未聞の大バトル
地検は、この捜査の一環で、議員の長男宅から6億ウォンの現金も発見した。次々と出てくる疑惑で、議員の検察召喚も近いという見方が強まっている。盗難事件で告発したはずが、何倍ものブーメランで返ってきたようなものだ。
議員の車に置いていた200万円入のカバンが盗難に遭ったのが事件の発端。その日の午後に急に辞めた運転手を疑った議員は警察に通報しました。

ところが翌日、元運転手はカバンを持って地検に出頭。
「盗んだのではなく、不法政治資金の証拠物として提出するため」
というのが元運転手の言い分です。

違法なお金だから盗んでもばれないと高をくくった運転手が、警察に通報されたために内部告発に切り替えた可能性もあるのですが、問題は汚職疑惑をかけられた議員の経歴です。
 1949年に仁川で生まれたこの議員は、延世大学法学科を卒業してサラリーマン生活に入る。当時名門だった電線会社に入社し、その後、大企業である食品会社で社長、副会長まで上り詰める。つまり、「CEO出身議員」なのだ。
経営者として辣腕を振るった実績を買われて政治家になったものの、政治権力を利用して私腹を肥やしていた疑惑がもたれています。先日海に沈んだセウォル号の許認可利権にも深く関わっていたらしいのです。

こういった報道を見聞きしますと、名経営者が果たして名政治家たりえるかどうか疑問です。むしろ、財力+権力=強大な力の魅力にとりつかれ、利権獲得に邁進する可能性が高いのかもしれません。

私の台湾人の友人に、民主主義が根付いている台湾で、民進党が圧倒的な支持を受けない理由を尋ねたことがあります。

第二次世界大戦後に中国大陸から進駐してきた国民党は、進駐後、現地人を大勢虐殺しました。また、国民党出身者の数は現地人に比べて少数です。圧政から解き放たれて民主主義体制が敷かれた今日、民進党が選挙で国民党を大敗させることは簡単なはず。

ところが彼は、
「民進党は汚職がひどい」
と顔をしかめました。民進党出身の政治家には元実業家が多く、贈賄の噂が絶えないのだとか。

「国民党のほうが清廉潔白な人物が多い」
と彼は主張します。実業家出身の政治家に、カネにまつわるスキャンダルがついて回るのはいずこも同じ、ということでしょうか

そういえばタイでも、実業家出身の政治家で元首相のタクシン・チナワットは王政派から汚職を追求され、国外追放処分となりました。タクシンは貧しいタイ東北部に大規模な投資を行って経済復興をもたらしましたが、目的は個人の利益のためだった、と疑われています。

ただ金があるので、ドバイの地にいながらタイに影響力を持ち続けているそうです。財力を持った人間の強さですね。

日本では財界人が政治家にな転身する例ははそど多くないのですが、たとえば一大病院ネットワークを気づきあげた徳田虎雄の一族が、不正疑惑で逮捕されたことは記憶に新しいところでしょう。

考えますと、アメリカでも元証券会社の社長のような人物を財務長官に抜擢するようになってから、国民間の格差が異常に大きくなったように思います。アメリカでは贈収賄で私腹を肥やすような単純な汚職はあまり行われてはいませんが、もっと巧妙な権力の乱用がまかり通っているようです。

経営力のある人間に政治を任せたいとは誰しもが考えることですが、名経営者が必ずしも名政治家たり得ず、むしろ力同士が結びついた悪影響の方が大きい実例を見聞きしますと、財界と政治は切り離しておいた方が無難なのかもしれません。

三権分立という素晴らしい思想を知っているにも関わらず、私たちはついつい、優秀な人材に全てを委ねたい魅惑に駆られてしまいます。




2014年6月25日水曜日

日本に敬意を払う起業家に、もっと活躍して欲しい

ホリエモンこと堀江貴文といえば、ライブドアというIT企業を急拡大させたものの、証券取引法違反の容疑で逮捕され、実刑が確定。釈放されたのちは、主に執筆活動を行っている元経営者です。

彼が先日、下記ツイートをして話題になりました。
彼は逮捕前に選挙に出たことがありましたが、「天皇だけが日本の象徴であるというのは、物凄く違和感を覚える。 歴代の首相、内閣、議会が変えようとしないのは、多分、右翼が怖いから」と発言をして当時も物議をかもしました。天皇制無用論は彼の持論なのでしょう。

日本人でありながら日本が嫌いな人も大勢いてこその多様性です。彼のような人物がいてもいいでしょう。ただ、彼の言論の自由を担保しているのは日本国憲法です。その憲法で「日本国民統合の象徴」として規定されている天皇となるべき方を侮蔑する言動は、ただただ不快。つまるところ、日本国民全体を侮蔑しているのと等しいからです。

「国旗なんてただの旗だよ」
といって、星条旗や日の丸を足蹴にされて不快感を抱かないアメリカ人や日本人は少ないでしょう。それと同じようなことを堀江貴文は行っているのですが、賛同する輩が一定数いることが残念ですね。

アメリカの成功したIT起業家たちと、堀江貴文やその周辺の連中の大きな違いは、自分が生まれ育った国の歴史や伝統を愛し、誇りを持っているか、否か。ホリエモンにはそれがありませんね。良きものは守りつつ、破壊の過程で生じる弱者への配慮があるのが創造的破壊ですが、ホリエモンにはそれがない。

私は、鳩山由紀夫とホリエモンは似ていると思うんです。ホリエモンは、威勢のいい鳩山由紀夫説。頭もいいし言っていることも立派だけれども、無責任で無機質、他人の感情に無関心で、弱者を助けるつもりで弱者をないがしろにし、それが悪いとはまったく思っていないどころが、自分が正しいことをしていると心の底から信じているところです。

彼らと逆なのが、孫正義さん。彼は在日朝鮮人だった経歴から、大変ご苦労もされたことでしょうし、その影響で、内心では日本のどこかを嫌っているのかもしれません(そうであったら大変悲しいことですが)。しかし、彼は決してそれを表には見せません。つねに明るさを心がけていて、過ちがあれば時間をかけて是正していく、不屈の男です。

日本の偉人である坂本龍馬を尊敬していることを公言し、歴史への関心はかなりのものです。そして、日本のために尽くすと明言し、時には私財をなげうって人々に尽くします。彼が100億円の寄付内訳を公開したとき、感動しました。ここまでしなくてもいいのに。

★ 孫正義個人 寄付先使途一覧

孫正義は間違いなく、立派な人間です。だから、彼が現在日本国籍を取得して活躍していることを、大変嬉しく思っています。

今後彼が世界展開していく上で、もしかしますとアメリカ国籍を取得してしまうかもしれませんが、それでも彼が活躍した大半の時期を日本人として過ごしたという点を嬉しく思います。こういった感情を、ホリエモンは「バカバカしい」の一言で切り捨てるのでしょうが。

共同体を愛し、その共同体に責任感を持つ人間は、真面目で執務に粛々と取り組む国家元首の一族に、敬意を払わないことはないでしょう。多くの国民が天皇陛下や皇太子殿下を尊敬しているのですから、公の場で公然とディスる行為は、日本公民の大半を蔑ろにしているのと同じです。

私はワタミの渡邉美樹は嫌いですけれども、少なくともワタミ好きの友人の前では渡邉美樹を批判しないように心がけています。それもときどき忘れることがありますが、帰った後は後悔します。ホリエモンはにはそれは、ない感情だ。

結論から申しますと、ホリエモンが転落して本当に良かったということですね。

2014年6月24日火曜日

7月5日、渋谷で「スチームガーデン」が開催されるらしい

私が愛読しているブログに「スチームパンク大百科S」があります。「蒸気夫人」を名乗るブログ主が、自宅を19世紀のビクトリア王朝風に本格的に変えていく過程が大変面白いのです。

「数寄人」(すきびと)という言葉があります。風雅を愛する趣味人を意味しますが、まさにブログ主を示す言葉です。よくここまでこだわれるなあ、へえ~と唸りながら記事を拝読しています。細部にかける情熱、夢を叶えるために資金投入する決断力……私にはないものです(涙)そこにしびれる、憧れます。

私の地元の、明和電機が好きで分子結合模型を自作してしまう研究者の畏友のことをついつい思い出しながらブログを読んでいます。

どうやら蒸気夫人が、東京にやってくる模様。それも、7月5日土曜日深夜に、です。

★ スチームガーデン01:Steam Gardenの基本事項とQ&A
淑女のスチームパンカーの皆様、「スチームガーデン(Steam Garden)」をご存知ですか? ファッションショーやライブ・パフォーマンス、ダンスが楽しめる国内最大のスチームパンクパーティーです。次回の開催は2014年07月05日(土)。(中略)実は前々から東京発明者協会さんからお誘いがあったものの、引っ込み思案の私はご遠慮していたんです。でも今年こそは変わらねばと勇気を出して、今回初参加させていただくことにしました。
おおおお!

これはすごい。行ってみたいですね!

前売り券購入は必要なく、深夜23:55に渋谷区宇田川町13-16にある国際ビルA館B2に行けば、普段着でも入れてくれるようです。入場料は当日、3500円+ドリンク代を払えばOK。明け方5時まで騒ぐというので、体力のある方は、足を運んでみてはいかがでしょうか。

私?

うーん。行ってみたいけれども、オールナイトは最近きつくなってしまったので……。行った場合には体験レポートを載せる予定です。ちょっと無理かなぁ。行きたいけどなぁ。

もともと徹夜が苦手なので、どうするかは、半々といったところです。



2014年6月23日月曜日

国会で野次がなぜ必要か

東京都議会本会で塩村文夏(あやか)議員の一般質問に対してセクハラ野次を行ったことで生じた騒動。議論が活発に沸き起こっています。セクハラなどの嫌がらせが日本では蔓延していますから、これを機会に年配男性の多い職場での意識改革が進んで欲しいですね。

ところがこの件に関するコメントやつぶやきに、
「野次の意味が分からない」
「そもそも野次は無駄だ」
というものが散見されました。それはちょっと違うのではないか、と考えていたところ、時宜を得た良記事が上がっていたのでご紹介します。

与野党それぞれ「野次飛ばし部隊」と呼ばれる、とりわけ声が大きくてユーモアのセンスがある議員(もちろん、その中には女性議員も含まれています)たちが控えています。「野次飛ばし部隊」として敵・味方から一目置かれるのは、議員として栄誉です。
彼ら、そして彼女たちはお互いに、ウケを狙い、弁舌……いや毒舌を競うわけです。
英国議会で野次がどれほど力を持つのか、野次が議論をいかに活発化させるのかについて、記事では詳しく説明しています。

それではアメリカはどうなのでしょう?

上の記事でも触れていますが、もっと詳しい説明が書かれた記事を見つけました。

★ 日本の常識はアメリカの非常識!? 日米議員のヤジ比較!
アメリカの上院は定員が100人。そして出席率が悪い時には10人くらいしかいない時もあります。ヤジを飛ばすということは物理的に考えにくいですね。上院の場合、賛成投票する予定の議員と、反対投票する予定の議員、そういう人達が事前にマッチングをして両方欠席することが出来るんですよ。
アメリカの議会では議論の応酬があまりなく、野次もなく、議会というよりも「会議」と言ったほうが良いもののようです。確かに合理的。しかし、衆人環視のもとにない議員は、ロビー団体の代理人に堕する危険性が高いのではないかと、危惧します。

学生の頃、法律制定の過程を公開する「議会」という制度を大変無駄なものと考えていた時期が、私にもありました。

「まるで猿芝居じゃないか。裏で官僚が根回しをしているに違いなく、最終的には多数決で決まるというのに、議論の中から政策が定まるかのようなふりをしてお茶を濁す国会というのは、無駄以外の何物でもない」
とね。

よって、当然野次にも反対。討論者の発言の妨げになるような不規則発言をなぜ許すのか? と疑問だったのです。

ところが、この論法でいきますと、アメリカのような質疑応答をしたい議員だけが議会に参加するのが理想のあり方となります。

いや、そもそも質疑応答も無駄というもの。今ではメールがありますから、お互いにメールでやりとりをして、HPで全文公開すればいいのかもしれない。

……と、こう合理化の極地点を見すえてみますと、薄ら寒くなったものです。時間の制限のない、書類上で行われる議論の応酬は、紙に直せば何百ページもの厚さになるでしょう。それをすべて読む気力のある人は暇人や研究者、ジャーナリストだけになることでしょう。

ほとんどの人が議論の過程を垣間見ることなく、いつの間にか政策がさだまっていく社会。それに私たちは、心から得心できるものなのでしょうか。

社会はそれとは逆の方向で発達しています。たとえば現在は、契約書さえ交わせば契約がすべて成立する、というものではありません。



お金を借りるとき、家を借りるとき、携帯を契約するときなどては、重要事項説明書をもとに、誤解されがちなところを口頭で契約者本人に読み上げてもらい、納得したことをチェックをしてもらう、という"再確認"手続きが必要なのをご存知の方も多いはず。

立法・行政もまた然り。

実際に法を定め、政策を実行する人々の姿、行動を、この目で見て、この耳で聞くことで、政策が自分たちの議論の結果、定まっているという臨場感は共有できません。

野次を飛ばす議員の姿に、多くの人は感情移入することでしょう。パフォーマンスと言えば、パフォーマンスですが、それは必要な、自分が衆議決定の一員であると"再確認"する、重要な機会なのです。

議会の野次や拍手などがどれほど民主主義にとって大切なのかは、東ローマ帝国の故事を探ればよいでしょう。

ローマ帝国は建前上、民主主義の国。主権者は元老院と市民であり、ローマ皇帝は市民の第一人者である、ということになっていましたので、共和制から帝政移行後も、ローマ帝国では議会で活発な議論が行われ、野次も飛び交っておりました。

ローマ帝国が東西に分裂後、より長く命脈を保った東ローマ帝国。ここでは皇帝の独裁権力が強く、ほとんどの政策は議会ではなく、皇帝と官僚が定めていました。しかし、偉大なるローマ帝国の末裔であることを証明するために、彼らは形式的ではあるものの元老院議会を開催して、そこで皇帝の勅令に対して、賛同の声を上げる、という儀式が行われていたと言います。

私たちの声の代弁者が議員だとしたならば、答弁者だけではなく、野次を放ち、拍手をし、エールを送る声もまた、私たちの感情を代替するものと言えましょう。野次や怒号の果てに決議されたものの方が、密室で少数の「合理的判断」で決められたものより信頼できるのです。

政治とは妥協の産物です。数千の様々な思惑の中、微調整をしながらよりよい政策を選んでいきます。ところが、合理的だと思われたことが、後日不合理だと判明することなど、枚挙にいとまがありません。見る人によっては、政治とは失敗の連続。

だとしても、私たちは責任をとり続けなければなりません。官僚による合理的選択よりも、民主主義による集合知を私たちは信じ、試行錯誤を受け入れています。

後は、議論の過程に納得できるか、否か。数年に一度、数千分の1、数万分の1の効果しかない投票行為だけでは納得することは難しいでしょう(もちろん、投票はしますがね)。目前の議会の活発な討論と、そこでの怒号や野次の応酬のお陰で、定まった政策は私たちが選んだものだという得心を得られるでしょうし、そこまで含めて、議会制度の利点です。

会社の会議でも、野次を飛ばしてみてはどうでしょうか。会議が活性化すると思うのですが、いかがでしょう。

2014年6月22日日曜日

セクハラ野次を飛ばした都議会議員が、一発逆転する方法

昨日、都議会のセクハラ野次騒動の概略を述べ、セクハラ野次を行った議員が釈明をせざるを得ないのではないか? と述べた。

しかし、世論を敵に回した後の謝罪は難しい。ちょうど一年前、病院に対して間違ったクレームを行ったことをブログで述べたために世間から爪弾きにされた小泉光男(みつお)岩手県議会議員のことを覚えているだろうか?

★ 小泉みつお岩手県議会議員、病院にて番号で呼ばれたことに激怒しクレームで炎上
“お名前でお呼びします。241番の小泉光男さん。”
→ん!僕を呼んでいるの?と気付いた瞬間、頭に血が上りました。
ここは刑務所か!。名前で呼べよ。なんだ241番とは!と受付嬢に食って掛かりました。
会計をすっぽかして帰ったものの、まだ腹の虫が収まりません。
彼のブログが大きく取り上げられた結果、釈明会見に追い込まれた。
 
しかし、それでも日本中から抗議の声が延々と届く。耐え切れなくなった小泉議員は、自殺をしてしまった。

このような痛ましい事故を起こしてはならない。炎上しても、適切に対応すれば、世間はそれを評価する。では、セクハラ野次を発した議員(以下、ヤジ議員と仮称)が名乗りでたとして、どのような謝罪をすればいいのか?

私は、野次を公憤へとすり替えるべきだと考える。

不倫行為への怒りに、すり替える

「そんなことを言う前に、おまえが早く結婚しないのか」
「子どもは産めないのか」
という野次はどうやら、別々の議員によって行われたようだ。最初の野次を飛ばした議員が、すべての責任を敢えて取る。

このヤジ議員が清廉潔白な男性だったとする。謝罪会見は、そのことを世間にアピールするチャンスだと思うのだ。
  1. まず、深々と礼をする。90度以上、テレビの前で頭を下げる。
  2. 「このたびは、東京都議会本会議という神聖であるべき場所におきまして、その場にそぐわない愚かな言動を発してしまいました。そのことにより、塩村あやか議員を始めとする都議会議員の皆様、なによりも都民の皆様、そして大勢の女性の方々に大変な苦痛を与えてしまいました。このことに対し反省をするとともに、皆様に深く、お詫び申し上げたいと思います」と言って再び最敬礼で頭を下げる。
  3. 次に、普段は決してそのような発言をしないことを簡単に述べる。ここは簡潔に。
  4. そして本題。なぜそのような発言をするにいたったのかを説明する。
    塩村議員がみんなの党の三谷英弘衆議院議員と不倫をしているという報道があったこと。それに対する大変な怒りがあったことを述べる。
  5. 「もちろん、過ちを犯すことも人間、あるでしょう。しかし、少なくとも、党倫理委員長という重責にある人物が、その任にある間に、倫理にもとる行動を取るべきではありません。そして、その任に相手が就いていることを知りながら、その男性を籠絡する女性も、私は軽蔑します。もちろん、週刊誌報道を鵜呑みにすることは愚かですが、そのあと双方、釈明会見もなにも行わず、うやむやに済ませていることは事実。このことに対して、私は許せないものを感じていました」
  6. 妻帯者である自分をアピール。妻を愛し、これまで決して不倫行為を行っていなかったことを述べる(既婚女性層へのアピール)。
  7. 「ところが、神聖であるべき都議会本会議で、よりにもよって不倫行為の当事者と目される人物が、結婚制度について質問を行いました。議会をバカにしていると私は感じ、大変な怒りがこみ上げてしまいました」
  8. 本来ならば「(不倫行為のような愚かな行動を早くやめて、あなたが別の男性と)早く結婚しないのか」と言うべきところが、言葉足らずだったのだと釈明する。
  9. 「子どもは産めないのか」という発言をした覚えはないが、興奮していたために、たぶん自分が発言したのに違いない。不倫しながらいけしゃあしゃあと結婚制度について持論を述べる塩村議員への怒りで興奮したための失言であると、再び最敬礼で謝罪する。
  10. 「経緯は以上です。塩村あやか議員を始めとする都議会の皆様、、都民の皆様、そして、多くの女性の方々を傷つけ、多大なご迷惑をおかけしましたことを、心よりおわび申し上げます。まことに申しわけございませんでした」と、ここで再々度、深く謝罪。
このようにして、女性全体への誹謗中傷ではなく、塩村議員一個人への怒りであるものの、根底には不倫行為全般への怒り、倫理にもとる行動を党ぐるみで行う「みんなの党」全体への怒りであることを述べる、というのはどうだろうか。

ヤジ議員が不倫をしていたとしたら?

ところがここで問題が生じる。もしもヤジ議員が不倫をしていたとしたら?

「英雄色を好む」
という。特に、議員となるような人間はモテるだろう。性欲も人一倍、強いかもしれない。そして、セクハラ的な野次をする人間だ。塩村議員と同じように不倫行為をしている可能性が高い。

ここは大切なところだ。過去の不貞行為を黙っていても、この会見で有名になったあとには詮索されて、バレてしまう可能性もある。バレたらすべてが終わってしまう。

その場合は、上記とは別の謝罪会見内容でなければならない。過去に不倫行為があったこと、妻を裏切ったこと、そのことを許してもらったからこそ、逆に他人の不倫行為について、我慢できなくなったことを上記の4と5の間でアピールするという戦略が考えられる。

では、不貞行為が現在進行中だったとしたら? その場合は、妻にすべてを告白した後、下記の通りの釈明会見となるだろう。
  1. まず、深々と礼をする。90度以上、テレビの前で頭を下げる。
  2. 「このたびは、東京都議会本会議という神聖であるべき場所におきまして、場所をわきまえない私の愚かな言動により、塩村あやか議員のみならず、都民の方々、そして大勢の女性に大変な苦痛を与えてしまいました。このことに対して、皆様に深く、お詫び申し上げます」と言って再び最敬礼で頭を下げる。
  3. 次に、普段は決してセクハラ発言をしないことを簡単に述べる。ここは簡潔に。
  4. そして本題。なぜそのような発言をするにいたったのかを説明する。
    塩村議員がみんなの党の三谷英弘衆議院議員と不倫をしているという報道があったこと。それに対する反感があったことを述べる。
  5. 「告白します。実は私も、妻を裏切る行為をしておりました。そのことを妻に隠しており、先日、妻にすべてを告白して、謝罪し、許してもらいました」と言って、深く頭を下げる。
  6. 「私は弱い人間です。都議会議員という、都民のみなさまの期待に応えるべき立場にありながら、私は過ちを犯し続けていました。そのことに、忸怩たる思いを常に抱いておりました。妻を裏切りながら、都民の皆様の結婚や出産を応援する立場にいていいのだろうか? その資格が自分にあるだろうかと、いつも自問自答しておりました」
  7. 最終的に妻にすべてを告白して、許しを請う決心を固めたのが、都議会本会議のあったその日だったと述べる。
  8. 「ところが、よりによってその当日に、不倫疑惑を報道された人物が、自分のような苦悩を覚えずに、軽やかに都民の晩婚化や結婚、出産について質問をしている姿を見て、まるで出来の悪い自画像を見せつけられているようなみじめな気持ちになりました。あまりにも腹が立ちまして、思わず『お互い汚いことを早くやめようよ。あなたも不倫をやめて、)早く結婚しないのか』という野次がほとばしったのです」
  9. 自分の個人的な煩悶を、他人へなすりつけてしまったことを懺悔する。以下、同じ。

ピンチをチャンスに変える

セクハラ野次をした議員にとって、議員生命が脅かされている危機ではあるが、逆にチャンスかもしれない。全国民から注目される場に、ただで出ることができるのだ。名前を売ることができる。

テレビに出たくても出られない地方議員は、この日本にいくらでもいる。テレビ局も話題性のない人間をテレビに出す義理はない。

ところが、今回の騒動は全国が注目している。議員生命の危機であるが、一打逆転のチャンスでもある。悪名は無名にまさるというではないか。

事なかれ主義でしのごうというのが都議会の自民党議員連の考えだという。だが、組織は個人を守ってはくれない。このまま頭を垂れて危機が去るのを待たされたものの、議会が空転し、その責任を取らされる形で議員辞職を求められる可能性もある。

だったら死中に活を求めて、進んで謝罪会見を行うべきだと思うのだ。上記のように、うまく立場を説明できれば、逆に多くの女性の支持を受けることができるだろう。

これをうまく乗り越えられたら、都議会議員で終わらず、国政に出るチャンスとなるかもしれない。

2014年6月21日土曜日

都議会セクハラ野次議員への追求網が、せばまっている

6/18の東京都議会で、都の結婚・妊娠・出産に対する取り組みについて質問するために登壇した、みんなの党の塩村文夏(あやか)議員に対して、
「そんなことを言う前に、おまえが早く結婚しないのか」
「子どもは産めないのか」
というとんでもない野次が飛んだという事件が起こり、問題となっている

大変卑劣な野次だ。なぜなら、女性全体を侮辱する言葉だからだ。議員に対するものではなく、結婚できなくて苦しんでいる女性、子どもを産みたくても産めない女性全体を傷つける言葉だからだ。野次を発した者は、彼女たちがどれほど苦しんでいるのか、知らないのだろうか? 私はこの種の、抵抗できない弱者を貶める人間は大嫌い。第一報を聞いたときには、腹わたが煮えくり返った。

野次の効用は理解しているつもりだが、差別的な野次は議会の品位を下げるのみならず、民主的な討論の妨げとなるもの。都議会という日本の首都の選良が、議会で発言していいものではない。このまま曖昧にしてはならないだろう。

ところが野次を向けられた塩村議員について調べると、元グラビアアイドルで、『恋のから騒ぎ』で一世を風靡した有名人だという。番組の中で、別れた彼氏から1,500万円の慰謝料をせしめ、それで海外留学を果たしたと武勇伝を語っているというので、少し嫌な印象を受けた。

それは若気の過ちで、許されるものなのかもしれない。

しかし、先々月の17日に発売された「週刊文春」(2014年4月24日号)では、
「渡辺喜美8億円調査担当 みんなの党倫理委員長の不倫疑惑」
という題で、三谷英弘衆議院議員との不倫疑惑も報じられているという。議員になった後に、不倫をしているというのだ。これで、さらに嫌な気分となった。塩村議員へ感情移入することが難しくなった。

彼女は、セクハラ野次に抗議するための錦の御旗として担ぎ上げるに値する女性なのだろうか? 実は信じて後で裏切られて後悔するような相手なのではないか? 実はこの騒ぎも、すべて計算づくなのではないか? セクハラ野次騒動は、彼女の得意な「から騒ぎ」なのではないか?

元芸能人政治家の嫌なところは、メディアとズブズブで、発言の一つ一つが計算に基づいているところだ。

「ちょっと腹立つ! あんな公衆の面前でのセクハラなんて、絶対に許さない!」
といきりたつ議員に対して、メディアの煽り方に詳しい電通あたりの業界人が、
「これを利用してさ。あやかちゃん、いっちょ仕掛けてみる?」
と提案したなんてことはないだろうか。

ちなみに、彼女は2013年6月23日の都議会議員選挙で23,621票を獲得して当選している。世田谷区から立候補したのは14名であり、6名が落選している。落選確率4割。ちょっとした風向きですぐに崖から転げ落ちる可能性がある。

既婚者にとって、不倫女性ほど腹立たしい存在はないという。なぜならイイトコどりをされるからだそうだ。

結婚すると、いろいろと大変だ。親や義理の親との関係をこなし、感情の行き違いを解決しながら子どもを育て、地域とも関わっていかなくてはならない。

ところが、不倫女性は苦労を一切せずに、単純に恋愛だけを楽しむ。妻がいるためにがっつかず、落ち着いた男にはある種の魅力がある。言わば自分が作り上げた男性と不倫関係を結ばれるのは、上澄みだけをごっそりと奪われるのに等しい。この種の身勝手な行動を、既婚女性は大変嫌う。

みんなの党の著名党首が辞任した今、不倫騒動を起こした彼女が次の選挙で当選できるかどうか、難しいところだろう。

ところが今回のセクハラ野次事件で、塩村議員には同情票が集まった。不倫疑惑は影を潜め、結婚できない女性を代表する戦う女性という立場を得た。これは強い。

逆に、野次を飛ばした議員の立場は、たいへん厳しい。

★ セクハラやじ「断じて許さず」=舛添都知事が非難

★ 都議会やじ発言者は名乗り出ろ
自民党の石破茂幹事長は21日の読売テレビ番組で、東京都議会の一般質問中にみんなの党会派の女性議員にセクハラとも取れるやじが飛んだ問題に関し、発言者は自ら名乗り出るべきだと強調した。
セクハラ野次包囲網は、狭まっている。国会議員の重鎮がここまで発言した以上、一都議会議員が対抗できるものとも思われない。

婚活や妊活で苦しんでいる彼女たちすべてを敵に回した以上、名乗りでてなんらかの釈明会見は必要となるのではないか? 下手をすると辞任まで追い込まれる可能性もある。

某サイトでは、声紋分析などから野次の犯人がある程度確定されているようだ。名指しされている議員の選挙区では、強い基盤を持っているようだが、どう行動するかによって、今後の進退が決まる。

ところが、いろいろと考えるにつれて、ピンチをチャンスに変える方法もあるのではないだろうか? と考えるにいたった。

次の記事では、野次を放った議員がどう謝罪をすればいいのかについての、一私案を述べたいと思う。


2014年6月20日金曜日

チャンスは営業活動でつかめ

武井壮という芸人がいるのですが、彼の芸能界入りのきっかけについて、これまでこう説明されていました。

★ 武井壮を見出した男、ピエール瀧が出会いを語る。
 3月1日深夜放送の『くせになるややこしさ ブラックマヨネーズのハテナの缶詰』(読売テレビ)にゲスト出演した武井壮。彼がテレビのバラエティ番組へ出演することができたのは、ピエール瀧の口添えがあったからだという。
 出会った場所は、ピエールが行きつけの西麻布のバーだった。そのお洒落なバーのカウンターで、普段は見かけない男が座らずに立っていた。気になったピエールは遠目から観察していると、その男は左手に牛乳らしき白い液体が入ったグラスを持ち、右手に持っている何かに噛りついていた。その男こそ、武井壮であった。
私はこの話を額面通りに信じておりまして、偶然の出会いの大きさに感動したものです。人と人との出会いはどこに転がっているかわからない。幸運を手にしたのに手放す人もいる。しかし、ご縁を大切にしてブレイクすることもある。運命とは分からないものだ……。

ところが、実態はどうやら異なっていたようです。

 兄が目指した世界と、自分のできること、その融合ができないものかと。漠然とあった、そういう思いの導きをしてくれたのも、彼らでした。
 その日から、オーディションに行ったり、芸人さんがたくさん来られる西麻布のバーに通い詰めたり、スポーツと芸能という両方の要素がある欽ちゃん球団(茨城ゴールデンゴールズ)に入ったり。
つまりは、「営業」だったわけです。偶然の出会いなどでもなんでもなく、芸能関係者がたむろするところで、ひたすら奇行をおこない、デビューのきっかけを待つ、という待ち伏せ型のハンターだったのです。

考えてみれば、デビューという人生の転機を、美談で語ろうというのは世の常ですし、どういう話が世間に求められているかを考えれば、
「出会いは偶然だった」
という話をするのが一番かしこい方法です。

結婚のきっかけを、
「偶然の出会いでした」
と語るのと、

「理想の相手の条件をリストアップ、条件にあった人物が出没する可能性のある場所に退社後の2時間待機して、容貌の点で満点だった10人を選択、それぞれの後をつけて居住地を確認したのち、数週間張り込み、彼女たちの日常を記録。彼女たちの行きつけの場所で話しかけても良さそうなところで事前に待機して、声をかけたことが出会いのきっかけです」
と語るのとでは、他人に与える印象がまったく異なります。

人間(特に女性には)、運命を信じたがるもの。出会いが意図的なものを嫌います。

こうして考えますと、
「原宿で偶然スカウトされました」
などという話のほとんどは眉唾なのかもしれません。

そういえば、タモリにも同じような偶然のデビューのエピソードが語られていました。
(タモリは)1972年、渡辺貞夫の福岡でのコンサートのスタッフに大学時代のジャズ仲間がいたことから、コンサート終了後、その友人が泊まっていたホテルで終電がなくなる時間ギリギリまで飲みながら話し込んでいた。いざ帰ろうと部屋から出た際、やけに騒がしい一室があり、通りがかり様に半開きになっていたドアから中を覗いた。室内では、ナベサダのコンサートに同行していた、山下洋輔トリオ(山下洋輔、中村誠一、森山威男)が歌舞伎の踊り、狂言、虚無僧ごっこなど乱痴気騒ぎをしていた。そこにタモリは乱入する。中村誠一が被っていたゴミ箱を取り上げるとそれを鼓にして歌舞伎の舞を踊り始めた。山下トリオの面々は「誰だこいつ?」と動揺するが、中村は機転を利かせてその非礼をデタラメ朝鮮語でなじった。しかし、タモリはそれより上手なデタラメ朝鮮語で切り返し、その後、タモリと中村のデタラメ外国語の応酬が始まる。タモリが表情を付けてデタラメなアフリカ語を話し始めた際には、山下は呼吸困難になるほど笑ったという。始発が出る時間まで共に騒ぎ、タモリは「モリタです」とだけ名乗って帰宅した。
「この男はジャズ・ファンに違いない」と確信した山下は、博多のジャズバーに「モリタ」という名前の男はいないかと片っ端から問い合わせたという。
これもまた、同じなのかもしれません。せっかく芸能界を夢見て学生時代に東京に出て、大学学生バンドをやったりしていたと、Wikipediaには書かれています。このときには巨泉も大絶賛していたようですが、彼の芸風にスポットライトが当たることはなく、タモリはそのまま故郷にとぼとぼと帰るしかありませんでした。

在学中にはチャンスをつかめなかったタモリが、チャンスを手に入れるために、九州にやって来た芸能人に、かたっぱしからアプローチをしていた、ということだって考えられます。JAZZ界の大御所の前で披露した芸は、タモリが友人との間で練りに練った、渾身の営業活動だったのではないかと、今になって思うのです。

もちろん、一発屋と言われる人はいますから、運でのし上がった人もいるでしょうが、それでは後が続きません。実力でもぎ取ったものではないから、再現性がないのです。

努力嫌いの人にかぎって、運だけで成功したような人を見て、自分も出来る、と思いがち。でも、
「運だけで成功した」
と語る人が本当に運だけで成功したのか、検証する必要があります。

2014年6月19日木曜日

ゴミを拾うと清掃員の仕事を奪うのか?

ブラジルで行われているワールドカップの日本対コートジボワール戦が終わった後、日本のファンがゴミ拾いをしている写真が世界に出回っています。

もちろん、日本人ファンのマナーを賞賛する声が多いのですが、中にはそれを腐すコメントもありました。まあ、批判する人は必ずいるものですが、今回、批判に同調する日本人のコメントがたくさんあがっていて驚きました。

主な批判の一つが、「ゴミ拾いは清掃員の仕事を奪う」というもの。
それに対して、
「たしかにそうだ」
「こんな考え方もあるんだね」
「考えさせられる」
などというコメントがいくつも並んでいるのです。

ゴミを片付けない日本人で溢れた未来。想像したくないものです。駅のプラットフォームなどに誰もがゴミをポイ捨てするようになるでしょうし、道路はゴミで散乱するようになるでしょう。それは勘弁してほしい。

どれほど教育をしても、易きに流れるのが人間の常というもの。多くの人がゴミをゴミ箱に捨てようとしても、心ない人々が必ずルールを破り、ポイ捨てするために、清掃員の方々はいます。さて、果たして、私たちがポイ捨てをしなくなると、彼らの仕事は奪われるのでしょうか?

むしろ逆でしょう。私たちが私たちに出来る範囲で、身近なところを掃除すれば、掃除員の人々は、他の場所を掃除する余裕が出来るだけ。大部分が汚れていないから、細かなところまで掃除できるというもの。

掃除員がいらないほどきれいな場所では、人々のサービスに対する要求レベルは高くなります。その要求に応えるために、別の作業のたもの人手が雇われるでしょう。ゴミのない場所では、人々が掃除以外の仕事に従事できるようになるでしょう。民度が高いために清掃にコストをかけなくてもいい社会の方がシステムとしては優れていますし、そのような社会の方が失業率は低くなるはず。現にゴミで汚れた国よりも、コミが路上に少ない国の方が、失業率は低いのです。

そもそもゴミを捨てて社会のコストを上げる行為は、むしろ社会の発展を蝕みます。税金を減らせという前に、ゴミを捨てるのを辞めろと言いたいですね。

加えて、どんな場所であろうとも、普遍的な倫理があります。ゴミを片付けることが悪徳なのは、宗教的な差別観が蔓延したインドくらいのもの。自分が出したゴミを片付けるのは世界のほとんどの場所での善行です。

ましてや日本人は、禅の影響により、様々な日常生活を人任せにせずに己が行うことが大切だ、という価値観をもっています。キリスト教でも自給自足を目指した修道院や克己を基本とするプロテスタントなどでは、自分の出したゴミを自分で掃除することを美徳としています。

清掃員を雇ってゴミを片付けさせるのは必要悪であり、私たち一人一人は、ゴミを捨てないようにするのがマナー。マナーを守ることは賞賛されこそすれ、「マナーを破る人が増えれば他の人の仕事が増えるのに」という誹謗の対象となるものではありませんよ。

2014年6月18日水曜日

共通の価値観を持つ人と、出会える機会やカフェ

今、はてなブログでもっともホットな「はてな定点観測所」で、高円寺の2ちゃんねるカフェが紹介されていました。恥ずかしながら、2ちゃんねるカフェの存在を知りませんでした。今度ぜひ訪問するつもりです。

2ちゃんねるは御存知の通り、さまざまな背景を持つ人々が集まるアングラなサイトですが、そこに集まる人々には、ある程度の共通点があります。無遠慮で、斜に構えていて批判的、好奇心が強く進取の精神に富むというところでしょうか。2ちゃんねるカフェにも、似た人種が多く集まっているのでしょう。

このような場所やイベントに足を運ぶことはいろいろな利点があります。家族や学校、職場で、物足りない思いに囚われている人は多いはず。共通の価値観を持つ人々と出会える場所は自分で選ぶことができます。そこでのコミュニケーションは楽しいだけではなく、自分の長所や能力を伸ばすこともできるでしょう。

今ではフェイスブックで、いろいろなイベントが開催されています。場を探すのはそれほど難しいことではないでしょうが、いろいろありすぎて、どれがいいのかわからない人も多いでしょう。私が参加したり記事を読んだりした中で、面白いと思ったものをいくつか挙げてみましょう。


場所:東京都杉並区高円寺南3-61-11  TEL:03-3317-6697
営業時間:夜8時から、深夜2時~翌朝8時まで(その日次第)
定休日:日曜日(やってる場合もあり)
冒頭で紹介したBAR(居酒屋)です。電源と無線LAN完備していて、ファミコンとかPC Engineも転がっているという。なんでもありが売りで、2ちゃんねるの住人に多い、オタクでギークな人々が大勢やってくる場所のようだ。
高円寺の2ちゃんねるカフェは普段はみんなでアニメやアイマスなどを語り合う場ですが、たまにディープな会話が出て、ディープな人にオススメです。

場所;都内各所
営業時間:24時間
定休日:なし
はてなの有名人であるid:phaが提唱してきたギークハウス。そこに行けば、猫とパソコンとギークに出会えます。猫は飼っていないところもあるようですが。

ときどきイベントが開催されていまして、私も参加したことがあります。そのときは、全員がノートパソコンやタブレット端末を持ち寄り、一切会話をせずに、スカイプなどでチャットをする、というものでした。独特の雰囲気です。


・コワーキング・スペース
場所:都内各所
営業時間:さまざま
定休日:さまざま
HP:2013年 東京都内コワーキングスペースランキング ベスト70!
先日初めて銀座のコワーキングスペースを訪問しました。ギークではない私が行ってもいいのかと、おっかなびっくりでしたが、とても開放的で心配無用でした。要は賃貸しの電源付きカフェとでも行ったところでしょうか。

ただのカフェならば、特に出会いの場にはならないと思いますが、コワーキングスペースでは時々勉強会やワークショップが開かれています。そこで活発な議論を交わす間に、友達ができるかもしれません。


場所:東京都世田谷区北沢2-11-2 パティオ下北沢 3F
営業時間:CAFETIME: 11時半~深夜3時
定休日:第3日曜日
「自由人」を自称する起業家かつ作家である高橋歩(たかはしあゆむ・男性)が経営している下北沢にあるカフェ兼バーです。

高橋歩は、20代で莫大な借金を抱えながら仲間同士で飲み屋を経営して成功を収めた人物です。そのあと出版社を創業してこれまた成功。世界中を旅をして得た経験を元に、引きこもりの青少年のためのフリースクールを運営したりしています。

ただ、アムウェイというネットワークビジネスに肩入れしていると噂されていたり、南国の地元民を無視したアジトを作ろうとして反対運動を島民から起こされるなどの問題も起こしており、賛否両論のある人物。とはいえ、彼の作ったフリーファクトリーの居心地はとてもいいものですし、そこで妙な勧誘を受けることはありません。しかも通い詰めると、店員が店の常連同士を紹介してくれるのだそうです。


・哲学カフェ
場所:都内各所
営業時間:さまざま
定休日:さまざま
HP:東京の哲学カフェ まとめ
答えのない問について、ああでもない、こうでもないと会話することを楽しむ場です。好きな人は好きな抽象的な話題についての侃々諤々、あるいはおしゃべりの場。私が参加したときは、小さなレストランでして、30代の男性3人、女性が5人といった構成。なかなかおもしろかったのを覚えています。


・コーヒーミーティング
場所:好きな様に設定
営業時間:好きなように設定
定休日:なし
HP:Coffeemeeting
フェイスブックに登録している人は、だれでも登録して、好きな時間に好きな場所で誰かと出会うことが出来ます。

ただ、私の場合、ここで出会った人の7割はネットワークビジネスの関係者でした。ネットワークビジネスをやっている人と、友情を結ぼうとしても、99%の確率でうまくいきません。彼女たちはネットワークビジネスへ他人を引きこもう、引きこもうとします。それ以外の人を見つけるのに、苦労しました。


・ついてる神社
場所:東京都江東区北砂5-1-33
営業時間:11時~夜6時
定休日:なし
昔は、高額納税者公示制度というものがありまして、高額納税者の名前が新聞などで発表されていました。その時代に、日本一の高額納税者になったのが、斎藤一人という人物。

ご本人はいたって気さくな人柄。一人ファンと呼ばれる人々がこの場所にやってきては、神社が用意したお菓子を食べながらダラダラと時間を潰しています。変に宗教臭くないので、いろいろなスピリチュアル系に関心がある人々がやってくる交流の場となっています。

ただ、私にとってはあまりに非科学的な物が多くて、あまり合いませんでしたが。


・ホビット村
場所:東京都杉並区西荻南3-15-3
営業時間:12時~夜8時半
定休日:なし
サブカルチャーの殿堂と言われている場所でして、今ほどインターネットが普及していない時代には、スピリチュアル系についての書籍がもっとも揃っている場所だと言われていたのが、ホビット村の3階にある本屋でした。

昔は何度か通っていました。こういうのに興味のある人ならば、一度は訪れてみればいいと思います。


司馬遼太郎によれば、社会変革の意思=回天の志をもつ江戸時代後期の知識人は、噂に名高い人物に直接会いに行くために、10代後半から20代にかけて日本中を旅したといいます。だから明治の志士たちの多くは、維新の前からお互いに顔見知りでした。

アメリカのシリコンバレーでも同じだといいます。彼の地では、起業家たちが成功前から知り合いだという。パーティーや人の紹介などで出会っているそうです。「面白い奴がいる」と言って、お互いに紹介しあうのだとか。

人間は社会的な動物だから、たった一人、部屋にこもって自分一人の頭の中だけで素晴らしいものを生み出すのは難しいのです。無論、孤高の天才アーティストであるヘンリー・ダーガーのような例外はいます。けれども多くの場合、コミュニケーションの中で、ひらめきが生まれ、思考が深まるもの。友達同士、支え合うことだってできるでしょう。

中には上記の通り、怪しい人々もたくさんやってきます。映画『キッズ・リターン』では、ボクサーにダイエットサプリを勧めて人生を台無しにする人間が登場しますが、あのオヤジと同じです。バイキンのような人間に注意しつつ、友を選ぶことが出来るならば、人生の大きな財産となるでしょう。

せっかく大勢の人々が密集している東京にいるのならば、その地の利を活かして、同好の士の間に飛び込むべきだと思うのです。

2014年6月17日火曜日

「釣魚島」(尖閣諸島)という名は、中国人に「釣魚城の戦い」を想起させる

日中間の懸案となっているのが、尖閣諸島の領有問題。解決の糸口が見えません。

ところで、尖閣諸島で最大の島である魚釣島(うおつりしま)は、中国では文字が逆になり「釣魚島」と呼称されています。この名前、実は中国人、特に漢民族にとっては、心穏やかならぬ名前であることはご存知でしょうか。

宋による統一

西暦907年の唐の滅亡後、中国は散り散りバラバラとなりまして、さまざまな国に分裂して衝突を繰り返しました。

その中国を、960年、再び一つにまとめあげたのが趙匡胤(ちょうきょういん)という男。
この人はとてつもない名君でして、それまで前王朝の皇帝一族は抹殺されることが慣習であったのに、それを止め、侵略した国の王族のほとんどを貴族として遇しました。

皇帝になるときも、決して自ら望みません。前王朝の皇帝の補佐に徹していたところを、皇帝崩御による幼帝の擁立が重なって、人心の安定のために請われてようやく皇帝となったほどでした。終生、人を殺すのが大嫌い、という人物だったようです。

軍縮成功が仇

唐の滅亡の原因は、国境付近の国防軍の力が強すぎたことでした。野望を持った守備兵長が反乱をたびたび起こしたのです。そのために趙匡胤は、国家統一後、国防軍の力を削ぐことに努力するのですが、決して無理強いしません。長い時間をかけて話し合いを続けて、軍隊の力を少しずつ抑えることに成功します。

こうして再びまとまり、繁栄を誇った宋という国は、残念ながら1127年、異民族に北半分を奪われてしまいます。軍隊の力が弱すぎて、国を守ることが出来なかったのですね。

南に残った宋の片割れを「南宋」と呼びますが、南宋も1279年には滅びてしまいます。なぜならモンゴル帝国という超大国が北に現れ、大侵攻をしかけてきたからです。

釣魚城の戦い

ところが南宋は、たやすくやられはしませんでした。滅亡までの間、モンゴル帝国の侵攻に激しく抵抗します。その最大の抵抗の場所が「釣島城」。

場所は重慶市にあります。
抵抗は1243年から1279年まで36年間に及びました。

モンゴル帝国第四代皇帝であるモンケ・ハーンは、しびれを切らして親征(皇帝自ら戦場に赴くこと)するのですが、攻め落とすことができず、疫病にかかってしまい、この地で没してしまいます。

結局、南宋の首都陥落の後もしばらく持ちこたえた後に、釣島城は陥落するのですが、36年もの間、強大なモンゴル帝国相手に持ちこたえるのは並大抵の覚悟ではなかったことでしょう。

この地を数十年にわたって守り続けた数人の指揮官は、今でも名将と讃えられているそうです。

この偉業は中国ではよく知られています。

決して手放せない場所

つまり「釣島城」という名前は、漢民族にとって異民族への抵抗の象徴なのです。

アメリカ人にとっては「アラモ」のような、国家あるいは民族にとって、なにかこう、身体の奥から魂を揺さぶるような地名があるものです。

日本人にとっては「203高地」や「ミッドウェー」、「沖縄」がそれに当たるのでしょうか? あるいは象徴的という意味では、「関ヶ原」や「ヒロシマ」の名が私たちにもたらす影響の方が、近いのかもしれません。

偶然にも「釣魚城」と同じ名前を持つ島が、現在日本に領有され、中国との間で領有権を巡って争われているという現実。

平和主義の果ての、宋の崩壊、その最後となった「釣魚城の戦い」……中国人が、そこに様々な寓意を読み取っている可能性があります。

2014年6月16日月曜日

行動せよ、意識せよ

ムカデに歩き方を尋ねたら、ムカデが歩けなくなったという小話がある。出典はマザーグース。イギリスに古くから伝わる童謡だ。
A centipede was happy – quite!
Until a toad in fun
Said, "Pray, which leg moves after which?"
This raised her doubts to such a pitch,
She fell exhausted in the ditch
Not knowing how to run.
ムカデは幸せ。ヒキガエルがからかって尋ねるまでは。
「教えてください。どの足がどの足の次に動くのか?」
どう動かせばいいのか、ムカデは悩み、
身動き取れずに溝にはまって衰えた。
歩き方がわからなくなって(拙訳)。
百足のジレンマ」として名高い話なので、聞いたことがある人が多いかもしれない。

上述のエピソードから、様々な寓意を得られるだろう。全体としてうまくいっていたけれども、部分部分を意識してしまうとうまくいかないという教訓を得る人もいるだろうし、考え過ぎると身動きがとれなくなる時は、考えずに動け、という話だと捉える人もいるに違いない。

いずれにしても、ムカデが歩き方を意識したことが過ちの基である、という認識の点では共通しているが、もしも、ムカデが「意識して」歩くことができたら、どうなっただろうか?

……彼女は悟りを得たかもしれない。

「瞑想」が欧米で注目を集めている

これまで宗教……主に仏教の範疇だった"瞑想"の科学的な効用が、脳科学の発達によって、明らかになり、欧米では空前の瞑想ブームだという。

無論、数十年前から瞑想の効用を科学的に証明しようという動きは日本でもあったのだが、脳機能改善の根拠が脳波しかなく、訴求力は弱かった。

「瞑想をしたらα波という脳波が現れるようになりました。これはリラックスしたときによく出てくる脳波なんですよ」
と説明されても、今ひとつピンと来ないし、それがどう役立つのか、分かりにくい。

ところが今は、MRIによって、脳の活性部位がミリ単位で分かるようになった。瞑想したグループとしないグループを比較する統計手法も開発された。こうして、科学的に瞑想をとらえ、効果を明確に論じられるようになったのだ。

その結果、瞑想が脳に驚くほど良いことが明らかになり、Googleの社員教育プログラムに利用されている。Googleの見事な世界展開――あれだけの規模を誇りながら、この数年システム障害をほとんど起こさず、ミスらしいミスがほとんどない――を支えているエンジニアたちの質は、瞑想によって担保されている。

日本ではオウム真理教、中国では法輪功が邪教と認定されたこともあり、東洋では現代的な仏教理解に批判的な人の割合が多く、ために瞑想の実践という点で、東洋が西洋に遅れを取る時代となった。

しかし上記の通り、瞑想の効用は科学的に認められており、精神の改善にも大きく役立つ手段の一つなのである。

瞑想手法の一つ

そして、瞑想の方法の一つには、歩く瞑想というものがあるのを、ご存じない方が多い。

座禅に慣れ親しんだ人は、瞑想は座ってするものだ、という固定観念で縛られている。
だが、瞑想の本質は、自分の心をみつめ、無意識と理性を強力にコネクトすること。
座ることにこだわる必要はない。

中沢新一の『チベットのモーツァルト』の中に、チベットでは荒野をひたすら歩いて瞑想をする僧がいて、非常に優れた悟りを得るという挿話が出てくる。

歩く、あるいは走っている間、修行僧は無駄なことを一切考えない。歩く、あるいは走るという行為にひたすら意識を集中するという。普段無意識にしている、関節を曲げ、筋肉に力を込め、足を持ち上げ……といった一つひとつの動作すべてを、意識して行うのだという。

2つを合わせる

無意識の行為を意識して行うことで、精神のレベルアップを図ることができるというのならば、百足のジレンマと、歩く瞑想の話の2つを合わせることで、どのような示唆を得られるだろうか?

考えすぎると身動きが取れなくなる。まずは考えずに動くことが大切だ。動きながら、動いていること意識する。「認識する」と言い換えてもいいかもしれない。

考えて身動きが取れなくなるなら、まず行動。行動を客観的に認識しながら、突き進む。考えずに、感じるのだ。その果てに、大きなブレイクスルーが待っているということだろう。

2014年6月15日日曜日

冲方丁は広辞苑を読み込んで言葉を学んだ

小説家を目指していた時に、『沖方式ストーリー創作術』を読んだのが、冲方丁の名前を知ったきっかけです。

それに納得半分、反発半分の相反する感情を抱きつつも、彼が高い才能を持った人物であることは認めざるを得ませんでした。それから本屋に行きまして買ったのが、彼の代表作である、『マルドゥック・スクランブル』です。

長い小説ですが、面白くないわけではなく、最後まで読みました。好き嫌いの分かれる小説ですが、私にとっては、
「読ませるけれども楽しくない、嫌いな小説」
でした。

小説を読んで初めてわかったのが、『沖方式ストーリー創作術』を読んだ時に感じた彼への反感の理由です。

彼は、フェミニズムに大変理解があり、虐げられている者への情に熱いのですが、同時に能力のない者を徹底的に見下しています。これはフェミニストにも多い論調ですが、能力が他よりも高いのに、それが公平に認められない現状へ不満を抱くあまり、システムで掬い取られている能力の低い人物を徹底的に貶めてみせることでシステム全体を軽蔑してみせ、それを自身の高い才能で手玉に取ることを正当化するのです。

システムに対抗するためならば、法律や道徳に反することを行うことに一抹の倫理的なためらいはなく、そこをためらうことに軽侮を見せる……こういう癖があるように思えます。そこが私にとっては気持ちが悪いのです。

それでも、最近は『天地明察』が大変売れているようですし、彼の感性の方が、時代に受け入れられているのは間違いありません。買って読む気がないので、本屋でパラパラと立ち読みしましたが、よく調べて書かれたものだと思いました。

そんな彼の学生時代について、書かれた記事を読みました。

★ 『天地明察』冲方丁のバイト時代
「1週間2万円の給料で、ゲーム会社に泊まり込んで働きました。あらゆるジャンルの企画書を1週間で25枚は書きましたね。2カ月目に『派遣社員にしてやる』と言われて某社に行ったら、もっとひどい労働環境だった。当時は120億円かけた失敗ゲームを作っていて、朝から晩までわけのわからん会議と制作漬けでしたね」
「ひたすら小説を写す、広辞苑を読破する。リレー小説なんかを書いて、高校時代に原稿用紙3000枚くらい書きました。僕は人に何かを提供する仕事。もし対象に興味が持てなかったらもったいないですよね。だからこそ“欲求”に正直に、興味のあることをしただけなんです」
広辞苑を読破する、という修行法があることは初めて知りました。しかし、これは確かに役に立つだろう。マルコムXという黒人指導者も、牢獄内で辞書を写して社会の仕組みや修辞法を学んだといいます。

こういう努力を続けているからこそ、一流と言われる小説家となったのでしょう。私も、携帯をいじる生活からそろそろ離れなければ……。

2014年6月14日土曜日

ディープサブプライムオートローンが少しずつ侵食している

「仕事」を別の言葉で言い換えるならば、
「社会の"ズレ"を解消すること」
と表現出来るかもしれません。

一方には、カネはあるがモノがない、もう一方には、モノはあるけれどもカネがない。

あるいはモノの代わりにあるのはアイデアかもしれません。カネの代わりにあるのは労働力かもしれません。

いずれにせよ、お互いの持てるものと持てざるものとを交換することで、双方の利益になります。こうしたズレを、補完しあうことが仕事であり、カネが介在すると商売となります。

金融業はそこに、時間を持ち込みます。欲しいモノの値段と、手持ち資金、将来取得予定の収入のズレを解消するために、融資制度がありますが、そこに、時間とともに増える金利を持ち込むことで、大きなズレを補填するのです。

金利を上げれば借りる人が少なくなり、金利を下げれば旨味がなくなります。返済能力の低い人に融資すると焦げ付き率が高くなりますが、返済能力の高い人はそもそも融資を必要としない人が多いのです。

様々な人々の思惑のズレをどれだけうまく修正できるかも、金融業者の腕の見せどころのはずですが、数年前のサブプライムローン問題では、社会のズレを修復するどころか、大きなヒビを作ってしまいます。返済能力が低く投機目的で住宅を購入する人にまで、高金利で融資を行い、それを優良債権にこっそりと混ぜて売ったのです。

住宅市場が悪化して家がすぐに売れなくなった人々は、高金利のため返済が滞ります。住むつもりのない人々は高金利を嫌って、一斉に住宅を手放しました(アメリカでは住宅ローンは家を手放せばちゃらになります)。

さらに住宅市場が悪化すると、返済能力が高くとも投機目的だった人々が、さらなる市場悪化を懸念して住宅を手放します。

住宅ローン債権の信用が高いのは、人々が家を手放したくないため高金利でも返済するだろうという目算あってのものでしたが、目算は外れました。結果、債権市場の信用が大きく毀損してしまい、経済に大きな打撃を与えたのですね。

さて、同じようなことが今、車のローンの世界でも起こっているそうです。


この記事は数ヶ月前のもの。この後、状況はどう変わっているのだろうと調べてみました。まだ日本語に訳された良記事はみつからなかったものの、海外の最近の記事を発見。それによりますと、状況はどんどん悪くなっているようです。

彼によると、6年ほど前までは自動車1台を売れば、3,000ドル(約30万円)程度の利益を上げることが出来たが、今では「1,400ドルから1,800ドル残れば良い方」だと言う。
「もしも一ヶ月に70台から80台が売れれば素晴らしいのだけれども」と彼は話す。

彼が辞めるまではディープサブプライムオートローンの恩恵でそれだけ売れていたのだそうだ。「でも、今では20台から30台がいいところでしょうな」
本来ならばローンを借りられないような貧しい人々でも高利でローンを組めるようにしたのがサブプライムローンと呼ばれるもの。ところがそれは、ディーラーの利益を金融業者に移し変え、ディーラーからカネを奪うものでした。

消費は経済発展の要です。しかし、貧しい人の方が、収入に対する消費意欲が強く、豊かな人はその逆。物事はうまくいきません。金融は、貧しい人の将来と引き換えに、そのズレを解消する役割を果たしています。

しかし、乱脈融資は将来を甘く、甘く見込みます。
「彼らは苦しくても、返済してくれるはずだ」
というように。

しかし、皆さんご存知の通り、甘い見通しは必ず破綻します。破綻は社会に大きな混乱を招きます。それでも当座、儲けられ、破綻しても逃げられれば責任を取らなくてもいいから、金融業者は価値の低い融資=サブプライムローンをどうにかして売ろうと、必死になるのです。それが、今回は「ディープサブプライムオートローン」と呼ばれる車に対するローンだったというわけです。

純粋な商行為だからといって、ねずみ講が許されないのと同様に、いずれ破綻することが明らかならば、それを行政が積極的に取り締まらなければならないはず。それを放置するアメリカの行政は、制度疲労に陥っているのでしょう。

この「ディープサブプライムオートローン」を多用しているのはGM社とフォード社だそうですが、このフォード社の取締役が、元財務長官で、ゴールドマン・サックス会長だったロバート・ルービン。

もしかしますと、彼辺りがフォード社の業績アップのためにこのローン多用を推進しているのかもしれませんね。反省しない人間は、必ず同じ失敗を繰り返します。その見本のような人物です。このままだと数年以内に、再びアメリカ経済は大きなダメージを受けるかもしれません。

いや、もっと早いかな。不動産と違って、自動車は数年で大きく価値を落とします。その分、早く結果が現れるはずです。

2014年6月13日金曜日

公務員に蔓延する縁故制度がムカつく

高校教師の友人がいるのですが、数年前に聞いた話がひどい。結婚しているにも関わらず、教育実習にやってきた女子大生だとか、非常勤講師に熱心に、時には厳しく指導することで親密になったのち、男女の関係になる、というのがお得意のパターン。

その話を聞いた時には、もっと気軽に、お見合いパーティーに既婚者であることを隠して参加して、何人をその月のうちにやれるのかを同僚と協力しつつ競争しているのだといいます。

その時には随分危ない橋をわたっているな、とか、羨ましいな、と思ったのですが、数年たつと、段々と思い出すたびに不愉快になってきまして、現在では没交渉です。

この友人の父親はS県の教育委員会のお偉いさんだとかで、彼も名のしれた大学院を出ていますので、今後も出世していくことでしょう。

とてもバランス感覚のある男なので、生徒からは慕われていると語っていますし、それは多分、事実なのでしょう。そんな彼は過去の女性関係に口を閉ざし、生徒に人生指導をしながらこれからもうまいこと生きていくのでしょう。

なんだかなぁ~と思いますが、それが社会なのですからしょうがない。社会は矛盾に満ちた仕組みであり、その中で幸せになったものの勝ちなのですから。

彼から聞いた話ですが、彼だけではない、といいます。とにかく教師の間の乱脈ぶりはひどいものでして、既婚者同士が大人の恋愛をしているケースがとても多いのだそうです。

教師は、閉ざされた世界で、好奇心旺盛な生徒と交渉するうちに、秘密を守ることを学びます。一様に口が固くなるのです。そして、ストレスがとてもたまる職場であり、団結力も強くなります。

こうした人々同士、時間の融通もよくきくとなると、家庭にばれずに不倫している人々が多くなってしまうのだそうです。別れて気まずくなっても、数年後には人事異動で勤務先を変えられますから、便利です。

ふとその話を思い出しまして、昨今の教職員の採用状況を確認したところ、こんな記事を見つけました。

★ 公務員のコネ採用 清掃員やバス運転手、教員など多岐に亘る
  人事院の内部資料によると、2011年度に国家公務員に採用されたのは1万6808人。そのうちキャリアと呼ばれるl種を始めとした試験合格組は4281人に過ぎない。
 残りの1万2527人、全体の70%超は「選考採用」と呼ばれる試験によらない面接などで採用されているのだ。
「この業界では“親子2代で教師”というパターンが異常なほど多い。表向きは“親の背中を見て教師を目指した”ということになっているが、実際のところは教員の採用において“関係者の口利き”が非常に重要であることが大きい。
採用のみならず、この種の縁故制度はそのあとの人間関係にも大きな影響を与えているに違いありません。

私の友人も、あれだけ派手に遊び倒していたら、周囲にもばれそうな気がしますが、縁故制度によりいろいろと守られているんでしょうなぁ。

まあ、これで日本が平和なのだから、良しとするべきなのでしょう。

2014年6月12日木曜日

SOS遭難事件の謎について

無人島に漂着した女性が7年間耐え忍び、海岸に倒木を並べて作った巨大な「SOS」が発見されて救助。きっかけは、ミネソタ州の子供が「SOS」の文字をGoogle Earthで見つけたから……。

という記事が話題になっています。

★ 無人島に漂流→7年間遭難した女性、ビーチに巨大なSOSを書く→子供がGoogle Earthで発見→無事救出!凄すぎる!

読み終わって、すごい! と感動したものの、その後すぐに、
「ホントかよ?」
と疑いました。

なぜか?
これほど感動的な話なら、大きな話題になっていなければおかしいからです。たった1人で南の島で7年間女性がサバイバルして生き延びたという記事を、ニュースジャンキーの私が見逃すはずがない……こう考えたのです。

そこで、リンク先の記事に記載された女性の名前"Gemma Sheridan"で調べたところ、

★ Meet Gemma Sheridan, The Real-Life Inspiration For Fake Story About Google Earth Finding Woman Stranded On Desert Island For 7 Years

という記事を見つけました。"Fake"、つまりつくり話だった、というわけ。なーんだ。

日本のSOS遭難事件は怖い

あっけない結末でしたが、作り話の海難事故に比べると、日本で実際に起こった山の遭難事件は陰惨です。

「SOS遭難事件」と言われる事件の概要を昔知った私は、鳥肌が立ちました。

事件の概要はこうです。
1989年7月24日午後、北海道警察のヘリコプターが、登山ルートから外れた旭岳南方の忠別川源流部で、倒木を積み上げて造られたSOSという文字を発見。北海道警察は、翌日改めてヘリコプターを派遣し、調査を進めた。その結果、動物により噛まれた痕のある人骨の破片とSOSと叫ぶ若い男の声が記録されたカセットテープレコーダーなどが収容された。(Wikipediaより抜粋)
残されたカセットテープレコーダーに残った音声が、これ。
 
音声の内容は、
「骨折して身動きが取れないので助けてほしい」
というもの。

ところが崖の上には、倒木を使って大きなSOSの文字が作られているのです。

倒木を使ってこれほどの文字を作る余裕があるならば、なぜ自力でそこから移動しなかったのでしょうか?

それに、骨折した人間が、こんな大きな倒木を並べることができるものでしょうか?

テープに遺されたうめき声は、謎が謎を呼ぶミステリーとともに、子供の頃のトラウマになりました。

謎がわかると、なーんだ

が、今になって考えますと、特に難しい事件ではありませんね。

この場所は、ニセの目印で迷いやすいために遭難しやすい難所だったといいます。

そこで、たまたま男性が遭難したとします。

最初は余裕があり、ゆっくりと救助を待つために、SOSという文字を倒木で作ったのでしょう。登山届を出しているので、遭難したら数日で捜索隊が来てくれるものと考えたとすると、おかしくありません。もしかすると、そのときすでに、足を痛めて長い距離を歩けない状態だったのかもしれません。

長い距離をあてもなく歩くことは出来なくとも、倒木を引きずって、SOSの文字に並べるだけならば、なんとか出来ますからね。

ところが、その後救助が来ないとすると、どうするか。自力で脱出を試みるしかありません。ところが、その途中で足をすべらせ、骨折して、今度こそ本当に動けなくなったとします。

骨折のために身動きが取れず、後は近くを通る登山者に偶然見つけてもらうことを願うだけ。食料も尽きます。

それに、骨折しますと発熱します。意識も朦朧としたところでしょう。

「このままじゃまずい。もしも近くを誰かが通った時に、自分が気づかずに声を出せなくなるかもしれない」
と考えたことでしょう。

では、どうするか?

録音機が、あるのです。助けを求める自分の声を録音して、それを自分の代わりに、大音量で鳴らすようにすればいいのです。誰もが考える当たり前のことですね。

しかし、誰からも見つけてもらえないまま、命を落としたのでしょう。そう考えますと、それほど不思議な事件ではありません。

謎解きをしないまま、センセーショナルに扱われてきた事件も、よくよく考えますとそれほど困難な謎ではなかった、ということは、世の中多いです。

2014年6月11日水曜日

宮崎駿が松田聖子に影響されて作品を作った証拠とは?

昨日の記事で、宮崎駿が松田聖子に影響されて、作品群を作り続けたかもしれないと述べました。

「松田聖子 宮崎駿 影響」
という言葉でググりまして、調べましても、こんな指摘をしているのは今のところ、私だけのようです。そんな貴重なご意見を大きな声で述べますと、
「医者に行ってください」
と言われそうなので、ブログでこそっと述べておきましょう。

さて宮崎駿の作品に、松田聖子がどのような影響を与えてきたのか。これについて、時系列順に論じていきたいと思います。

①1979年


12月 松田聖子、日本テレビ系ドラマ『おだいじに』に「松田聖子」役で出演。
 ↕
12月 宮崎駿、アニメ映画『ルパン三世 カリオストロの城』発表

宮崎氏の出世作となった『ルパン三世 カリオストロの城』が発表されたのは、奇しくも松田聖子が人々の前に初めて現れたのと同じタイミングでした。

松田聖子が翌年歌手デビューしたときに、一部で、
「クラリスの再来」
と騒がれたそうです。かわいく、おっとりしていて、茶目っ気があって明るく、それでいて上品。まさに、クラリスそのものではないでしょうか。

松田聖子が戦国大名である蒲池鑑盛の子孫であることは有名です。クラリスと同じ貴種であり、世が世ならお姫様となる人物でした。そういえばクラリスの髪型は、聖子カットですね!

もっとも、「おだいじに」の時にはそれほど名も知られていなかった松田聖子が、宮崎駿の映画製作に影響を与えたとは考えにくいでしょう。

しかし翌年4月、松田聖子が華々しくデビューした時の大フィーバーは、宮崎氏もよくご存知のはず。彼女の芸能界デビューが、自身の映画監督デビュー作とほぼ同時だったことを知って、奇異の念を抱いたとしてもおかしくありません。彼が松田聖子を意識したのは、ここからだと私は踏んでいます。

②1980年~1984年

松田聖子、大活躍。「青い珊瑚礁」から始まるヒット曲を連発する。
 ↕
宮崎駿、1982年~ 『風の谷のナウシカ』漫画連載開始、1984年 3月 『風の谷のナウシカ』発表

実は、『ルパン三世 カリオストロの城』は期待されていたほどの興行成績を上げることができませんでした。
「あんなルパンはルパンじゃない」
と、オリジナル版のルパンファンからそっぽを向かれ、観客動員数は伸び悩み、ために暫くの間、宮崎氏はアニメ製作に携われなくなったんですね。

その間に徳間書店から提案されたのが『風の谷のナウシカ』の漫画製作であり、それをもとにして、アニメ映画『風の谷のナウシカ』を製作、1984年に公開します。

先々の保証もなく、鬱々とした感情を抱いたまま、宛てのない仕事に打ち込む宮崎氏、たぶん、家でテレビをよく観ていたと思うのです。そこで必ず流れる松田聖子の歌。それをBGMにしながら、コツコツと作品を作り続けていたに違いありません。己の暗い境遇と、ブラウン管の向こうの松田聖子の華やかな活躍は、対照的で印象深かったことでしょう。

それにしても、ナウシカ。

都から遠く離れた田舎で美しく育った姫が、メーヴェというグライダーに乗りながら、腐海の謎に迫るというストーリは、歌という才能一つをもとに久留米の田舎から出てきた少女が、芸能界という腐海の中を軽々と飛び回り、ヒット曲を連発しながら芸能界の頂点へと上り詰める過程と、どこか似ていないでしょうか。

それに、ナウシカは、この時期の聖子ちゃんの髪型とそっくりです。

③1985年~1986年

1985年 6月 松田聖子、神田正輝と結婚
1986年 10月 娘・沙也加を出産
 ↕
1985年 6月 宮崎駿、スタジオジブリ創設
1986年 8月 『天空の城ラピュタ』発表

松田聖子が神田正輝と結婚したのと、宮崎駿がスタジオジプリを創設したのが同じ月であることに気づいた方は、あまりいないと思います。1985年6月は、どちらにとっても人生の転機となる月でした。そして、翌年、松田聖子にとっての初めての出産と、宮崎駿にとってのプロダクション初作品公開が重なったわけですね。

④1988年

2月 松田聖子、自由が丘にブティック「フローレス・セイコ」をオープン。
 ↕
4月 宮崎駿、狭山丘陵を舞台にした『となりのトトロ』発表

この2つは対照的です。片やおしゃれな住宅地であり、片や田舎を舞台にした映画。2つは対称性とともに近似性があります。どちらも丘の上が舞台であり、可愛らしさが売りであるところです。

それに、『となりのトトロ』の二人の主人公は、「メイ」と「サツキ」。どちらも5月を表わしています。5月☓2=10月。これは、松田聖子の愛娘である神田沙也加の誕生月なんです!!

⑤1989年

5月 松田聖子、「サンミュージックプロダクション」から独立。
 ↕
7月 宮崎駿、『魔女の宅急便』を発表

どうでしょうか。松田聖子が古巣を独立して、新しい門出を迎えたのとタイミングを合わせるように、宮崎駿が発表した「旅立ち」をイメージした作品。しかも主題歌は、ユーミンの『ルージュの伝言』。

分かりますか? 同じユーミンが作曲して、大ヒットしたのが松田聖子『ロックン・ルージュ』。その曲がヒットしたのは、宮崎氏が『風の谷のナウシカ』を発表したのと同じ、3月だったんですよ?!

あまりに符牒が合いすぎているとは、思いませんか?

これ、宮崎氏なりの、松田聖子への応援歌だったと思うのです。
「がんばれ、聖子。俺は応援しているよ」
という、宮崎御大の励ます声が、聞こえてくるようではありませんか。

このあと、1992年発表の『紅の豚』から1995年発表の『耳をすませば』までは、残念なことに松田聖子の影響を見つけることは出来ませんでした。

ちょうどこの頃、ジェフくんとのゴタゴタした問題が週刊誌にスクープされて、大変なときでしたからね。

さすがの宮崎氏も、聖子に呆れてしまったのかもしれません。それはわかります。彼は女性の純粋さを愛する人。汚れてしまった女性には、愛想が尽きたのでしょう。それに反発するかのように、彼が描くのは夢を追う男性を応援し、裏切らず愛し続ける女性たちでした。

宮崎駿の選択を、誰が責められるでしょうか? 松田聖子ファンの多くの男性が、この時期聖子ファンを一時、辞めてしまっているのですから(その後少しずつ戻ってくるのですが)。

逆に、中高年女性のファンを増やしたのがこの時期だそうですね。禍福は糾える縄の如し。

⑥1997年

1月 松田聖子、神田正輝と離婚。
 ↕
7月 宮崎駿、『もののけ姫』発表

『もののけ姫』に出てくるエボシ御前は、大人になって酸いも甘いも噛み分けた、松田聖子の具現化だと思うんですね。どこか人形的なヒロイン"サン"に比べると、情熱的で色っぽい大人の女性・エボシ御前。

前年には、松田聖子は初のミリオンセラー『あなたに逢いたくて』を発表しています。ミリオンセラーを出すものの、神田正輝と離婚して、それでも前を向いて進もうとする松田聖子と、タタラの民を率いるエボシ御前の姿が重なりませんか?

⑦2000年~2001年

2000年 12月 松田聖子、波多野浩之と離婚。
 ↕
2001年 7月 宮崎駿、『千と千尋の神隠し』発表

少し時期がずれていますが、松田聖子の離婚を受けて作ったのが、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』ではないか、という仮定が成立します。

離婚と再婚を繰り返す松田聖子は、神隠しにあって帰ってきたようなものだ、という宮崎駿の諦念を、ここでは表している……ような……うーん、それはちょっと苦しいか。

このあと、『ハウルの動く城』から『崖の上のポニョ』まで、あまり松田聖子の影響は見いだせません。この間、松田聖子自身もスキャンダルにはそれほど巻き込まれず、歌手業務を淡々とこなしているという感が強いです。

⑧2013年

7月 宮崎駿 『風立ちぬ』を発表

宮崎駿オリジナルの劇場版映画作品は、『風の谷のナウシカ』から始まりました。そして、『風立ちぬ』で終わった宮崎駿の映画監督人生。松田聖子の特徴が随所に見られるナウシカ、そして松田聖子のヒットナンバー『風立ちぬ』と同じタイトルです。

松田聖子が『風立ちぬ』を発表したのが1981年10月。『風立ちぬ』の主人公であった堀越二郎は、1982年1月に亡くなっています。同じ月、松田聖子は歌手人生の転機となった曲『赤いスイートピー』を発表しています。宮崎駿は、それを追いかけるように、2月に『風の谷のナウシカ』の執筆を開始しました。

つまり、ですよ。
『風立ちぬ』は、宮崎駿と松田聖子の二人にとって、転機となった"1982年"という年が、大きな影響を与えている、というわけです。

両者の密接な関係が伝わってきますよね?!


……というわけで、いかがでしたでしょうか。宮崎駿が松田聖子の大ファンで、彼女にインスパイアされて作品をつくりあげていたことを、ご納得いただけたでしょうか?

それがわからなければ、松田聖子の歌をエンドレスで毎晩聞いてください。段々とそんな気になるはずです。

2014年6月10日火曜日

宮崎駿は松田聖子に影響されて、作品を作り続けたのかも? 

ふと考えたことがあるんです。宮崎駿は、松田聖子の大ファンなんじゃないのかと。

宮崎氏が松田聖子について、一度だけ触れたことがあります。とあるインタビューで、今の時代にはイングリッド・バーグマンのような仰ぎみる女優がいなくなったと語り、同時に日本の代表的なアイドルを斬ります。
「松田聖子なんてどこがいいんですか、あんなもんは、うすぎたないだけで」
とね。

だから、最新作の『風立ちぬ』が松田聖子のヒット曲『風立ちぬ』と同じだからといって、宮崎氏と松田聖子を結びつけて論じられることもありませんでした。

だが、本当でしょうか?

宮崎という人物はとても複雑です。作品に込めた本音を韜晦して、墓場まで持っていくことくらい造作なくやってのけるでしょう。アニメがまだ世間から「子供のもの」という偏見の目で見られていた時代から作品を作り続け、今日のアニメ隆盛の礎を築いた立役者でもあります。

世間一般的な価値観に叛旗を翻すことが習性となっており、へそ曲がりで、世間におもねることを潔しとしません。

松田聖子という当代きっての人気歌手のファンだと公言することを、彼は潔しとするわけがなく、上述のインタビューによって、多くの人が、宮崎氏は松田聖子のことをバカにしている、と考えたようですが、これは宮崎氏のことを分かっていない者の発想です。彼ほど公の発言と本心がかけ離れている人もいません。

引退宣言と撤回を繰り返すのは有名な話。『天空の城ラピュタ』を作った1986年には「引退する」と言っていたそうです。今までの自分をリセットして、製作意欲を高めるタイプの人なので、「辞める」と完全に思い込まないとやる気が出ないのでしょう。

そんな彼には、尊敬する人や好きな人のことを、必ずくさす癖があります。宮崎氏は高畑勲を大変尊敬しているのですが、高畑氏について聞かれると、必ず、
「あの人のココがダメ」
などとダメ出しをするのです。

同じく庵野秀明のことも大変買っていることは、『風立ちぬ』の主人公の声優として庵野氏を起用したことからも明らかでしょう。それなのに、彼についてどれほど酷評していることか。
「あいつはあれが限界だ」
とかね。

しかし、それもこれも、みんな愛情の裏返し。重度の照れ屋である宮崎氏は、本心を隠すために好きな人のことをボロカスに言う、というツンデレキャラなのは、もはや誰もが認めるところでしょう。

……としますと、インタビューで答えた、
「松田聖子なんてどこがいいんですか、あんなもんは、うすぎたないだけで」
という言葉は、彼女に惹かれる自分の気持ちを韜晦するための照れ隠しだと考えるのが自然というもの。

もちろん、本当に嫌いなもののこともボロカスに言うのもこの人の特徴です。では、両者の違いをどう見分けるか? それは簡単。行動を見ればいいのです。

高畑氏や庵野氏に宮崎氏が好意を抱いていることは、彼らと幾度となく共同で作品を製作しているところから明らか。では、松田聖子のファンであることは?

簡単です。彼の作品と松田聖子の間の関連性を探っていけばいいのです。作品には本音がにじみ出ます。

そもそも、昨年ジブリが発表した『風立ちぬ』。堀辰雄の同名の小説を基にしたタイトルだと言われていますが、今の多くの人にとっては、松田聖子が1981年にリリースしたヒットナンバー『風立ちぬ』の方を思い出したはず。なぜ、宮崎氏はよりによって、松田聖子に縁のあるこのタイトルを、彼の引退作品のタイトルとしたのか?

……彼が松田聖子のことを、本当はとてもリスペクトしている、ということを後世に伝えたかったからではないでしょうか。

それだけだと単なるこじつけ?

よろしい。それではもっと証拠を見せましょう。松田聖子の軌跡と宮崎駿の作品の発表年とを照らし合わせながら、真実を追っていこうではありませんか。

明日に続きます

2014年6月9日月曜日

Ms.Marbel(ミズ.マーベル)というイスラム系女子高生が主人公のコミックについて

先週、「ミズ・マーベルはマーベル社のヒロインだが、キャプテン・マーベルはDC社のヒーロー」の記事で触れたイスラム系女子高生が主人公のコミックについて述べたいと思います。

アメリカ合衆国の人口増加率は、先進国の中で群を抜いています。1910年には1億人弱だった人口が、2010年には3億874万5,538人。100年で4倍弱になったことも驚きですが、ここ数年の増加ペースは驚くほど。10年前2億8,142万1,906人だったので、たった10年で1億人の人口が増えたことになります。

このスピード、いつまで維持できるでしょうか? アメリカ社会はこの異常なる人口増加に、耐えられるのでしょうか?

人口増加の要因は移民と、移民した人々の出生率の高さ。今では、アメリカで生まれてくる子供の半数は有色人種だそうです。あと10年もすれば、白人は少数派となり、テレビでおなじみの合衆国政府の閣僚や芸能人の多くが、有色人種となることでしょう。

このトレンドに敏感なのが出版業界です。特にコミックのような子供相手の商売は、常に次世代のマーケット――未だ明確に現れていない――がターゲット。人口動態を横目でにらみながら、次の次を狙っていかなくてはなりません。

こうして、アメリカのコミック業界の雄、マーベル社は『Ms.Marvel(ミズ.マーベル)』というヒロインを新たに作り上げました。

そのニュースがこちら。今年初めの記事です。

★ 新「ミズ・マーベル」は、なぜ変身できるイスラム教徒の女子高生なのか?
マーベルコミックスは2013年11月、「ミズ・マーベル」をリブートすると発表した。2014年2月からは、まったく新しいスーパーヒロインが登場することになる。ニュージャージー州に住む16歳のイスラム教徒の少女カマラ・カーンだ。
リンク先の絵を観ますと、ヘタウマというか、松本大洋の『ピンポン』に似た絵柄でして、パースも狂っているし身体のバランスもおかしいです。発展途上といったところでしょうか。

これが面白いのかどうか。気になっていました。

イスラム教は表現に厳しいことでも知られています。ほんの少しでも侮辱する表現があれば、大変激しい抗議の声が上がります。コミックという自由な表現が必要な場所で、イスラム教徒が活躍するものを描けるのか、否か?

出版社にとっても冒険ですが、これが当たれば、16億人というマーケットを開拓できます。それに彼らは、石油採掘によって大変豊かですので、人気が出れば、関連グッズに惜しみなくカネを支払うはず。大きなビジネスチャンスが眠っています。

しかし、上の記事を読みましてちょっとがっかり。ヒロインはイスラム教徒にしては肌の露出が大きく、受け入れ難いのではないか。また、もう少し可愛く描かないと人気が出ないのではないか。などと思っていたのですが、アメリカで1月に発売されたコミックのレビューを読みますと、それほど悪い評価ではありません。

Marvel, Inc. has made the courageous and bold decision to push the boundaries of what we're accustomed to reading in comics and has given us a much-needed dose of diversity!!
マーベル社は、私達が漫画を読む上で慣れ親しんだものの境界線を取っ払うという、勇敢で大胆な判断を行い、かつ、私達に多様性がとても必要であることを教えてくれています。
といった、マーベル社の取り組みに対する高評価に湧いていまして、Amazon.comを私がのぞいた時には☆5つをつけた人が、8人中7人もいました。

もっとも、レビューがあっという間に集まるアメリカのアマゾンで、レビュアーがこれしかいないというと、評価しているのは関係者ばかり間もしれませんけれど。

私は、イスラム的な価値観を持った男性ヒーローが、西洋的な価値観との間で苦悩する、というストーリーの方が良かったような気がするのですけれども、アメリカでは受け入れられないのかも。日本でやってもらいたい試みです。


2014年6月8日日曜日

夜泣きの子供は放置するべきだそうです

仕事が立て込んでいまして、更新が滞ってしまいました。ここからは体力勝負ですね。
季節の変わり目でもありますので、皆さま、体調管理にはくれぐれもご留意を。

さて、本題です。

赤ちゃんの夜泣きに悩まされている若夫婦は多いようです。少し調べたばかりでもこんなにあります。

★ 5~7ヵ月寝返り&おすわりのころ 「夜泣きがつらい」を解消
★ お悩み:夜泣きがひどくて… <0~1歳くらい>
★ Lesson12:赤ちゃんはなぜ泣くの?
★ 夜泣きはママと赤ちゃんの根競べ:子育て中の悩みがあるお母さんへ

私の友人からも、以前夜泣きで困っているという愚痴を聞いたことがあります。昼間仕事で忙しいのに、帰宅しても2、3時間おきに子供が泣き出すので、睡眠不足になるそうです。

結婚して子供ができたら、誰もが耐えなければならない苦行のだろうなと、考えていたのですが、この記事を読んで考えを改めました。

★ フランス人は赤ちゃんの夜泣きをあえて放置! フランス式育児は合理的?
 というのも、赤ん坊には2時間という睡眠サイクルがあり、「サイクルをつなげる学習をしているうちには、泣くのがふつう」なのだそう。これが夜泣きの原因のひとつなのだ。それを親が、お腹を空かせている、おむつが濡れていると先回りして抱き上げると、赤ん坊の睡眠サイクルをつなげる練習を邪魔してしまう。
さすがフランス人。なんでも合理的に考えようとするところ、さすが欧州の中心国の人々だけのことはあります。

目の前で大声で泣きわめいている可愛い我が子を見ていると、どうしてもほっとけなくなって、あれこれと世話をやいてしまうものですが、それは逆に子供のためにならない、ということ。このように、情に基づいた行動がかえって害になることは、案外多いものです。

大声で泣きわめいている人々を見ますと、ついつい手助けしなくては、などと思って駆け寄るのは、情。それが相手の成長を阻害してしまう、というケースを、昔の人は「猫可愛がり」と言って諌めていました。

宮沢賢治の詩に、『雨ニモマケズ』という有名なものがあります。その一節に、
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
というものがありまして、これを賞賛する方々も多いようです。たしかに、
相手の傍らに寄り添い情を満たすという点では感動的なものではありますものの、それはみんなにデクノボウと呼ばれる、問題解決には寄与しないあり方です。今から考えると、とんだ自己満足の世界です。それは国家間の問題でも同じなのかも。

2014年6月4日水曜日

ミズ・マーベルはマーベル社のヒロインだが、キャプテン・マーベルはDC社のヒーロー

アメリカのコミックで、昨年イスラム系女子高生が主人公のMs.Marvel(ミズ.マーベル)という作品が現れたそうです。

興味を持ち調べ始めると、マーベルと名付けられたヒロイン(ヒーロー)がそれ以前に複数いて混乱しました。

日本では知られていないアメリカのコミック事情も合わせ、読み解いた複数の「マーベル」について、まずは簡単にまとめてみます。

まずアメリカのコミック事情について簡単に説明しましょう。

アメリカの漫画はヒーローが健全に活躍する物ばかり。日本のような性的なもの、残虐なものはほとんどありません。それは1950年代のアメリカで、
「漫画は青少年に悪影響を与える。有害だ!」
という声が高まり、性的表現、残虐シーンがほぼ一掃され、安直なヒーロー物ばかりとなったことが原因です。

アメリカのコミック業界は、マーベルコミック社とDCコミック社の2社がコミックのマーケット全体の売上の64%を占めています。2013年のそれぞれのシェアは、マーベルが33.5%、DCが30.3%とほぼ互角。

アメリカでは著作権は出版社がガッチリと握っているために、ヒーローは著者のものではなく、出版社のもの。そこで、人気の出たヒーローは、スーパーマンもスパイダーマンも、漫画家の代替わりをしながら、何十年も描かれ続けることになります。日本で言えば、『ONE PIECE』を尾田栄一郎がいくら終わらせたくても許さず、代わりの漫画家を立てて描かせるようなものです。

両社のそれぞれのヒーロー(ヒロイン)は次の通り。
マーベル社
スパイダーマン
キャプテン・アメリカ
X-メン
ハルク
ファンタスティック・フォー
アイアンマン
ミズ・マーベル
DC社
スーパーマン
バットマン
キャットウーマン
ワンダーウーマン
キャプテン・マーベル
つまり、マーベルという名前は出版社名でもあるだけではなく、マーベル社、DC社の両社から出ているコミックのヒーロー(ヒロイン)でもあるんですね。ここが複雑。

まずはDC社のキャプテン・マーベル。
そのころ、DC社が生んだ『スーパーマン』が大ヒットしていました。そこで、DC社とは無関係のフォーセット社という出版社が、1940年に作ったキャラクターが『キャプテン・マーベル』でした。数千年生きる魔術師からS.H.A.Z.A.Mという6つの魔力を与えられたスーパーヒーローが、活躍するという話です。

ところが、スーパーマンの人気を段々と脅かすようになり、DC社から「スーパーマンのキャラ設定をパクっている」といちゃもんをつけられて裁判に。

20年の裁判の末、和解。その際、あまりコミックでは儲からなくなったために、フォーセット社は版権をDC社に譲ってしまいまいした。今ではDC社の所有となり、タイトルも『SHAZAM』と改名されてしまいました。

次に、ミズ・マーベル。
こちらは1977年、マーベル社が作り上げたヒロインです。彼女は元々超人的な力を持たない、普通の地球人でした。もっとも、CIAのエージェントという彼女の前職を普通と言えるかどうかは、微妙なところですがね。

しかも彼女の恋人はクリー人という超人的な力を持つ異星人(ますます普通じゃない!)。名前はキャプテン・マーベル。もともとは、彼氏の名前だったのです(前述の元フォーセット社のキャプテン・マーベルとは別人です)。

ところが彼氏のキャプテン・マーベルは、敵との戦いで爆発します。その衝撃で彼の遺伝子が、彼女の体内に飛び込んで融合し、不思議な能力が芽生え、スーパーヒロインとして活躍するようになったのがミズ・マーベルの誕生です。

いまでは「アベンジャーズ」(映画にもなりました。ヒーロー総出演のようなものです)にも加入しており、マーベル社の主要キャラの一人となっています。

ただこの1977年登場の「ミズ・マーベル」よりも先に、1944年にも「ミス・マーベル」という名前のキャラクターがいるそうですが、あまり詳しくありません(「東映スパイダーマン後のマーベル提携作品」という記事による)。

新しく登場した女子高生の『Ms.Marvel』は1977年登場の「ミズ・マーベル」のタイトルだけ借用して、新しいキャラとして作り上げた作品のようです。日本でも最近、『寄生獣』というタイトルなのに、キャラが今風に改変されたアニメが放送されていますが、あれと似たようなものでしょうか……。



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さて、『キャプテン・マーベル』『ミズ・マーベル』いや、そもそも出版社名の「マーベル社」など、「マーベル」という名前がこれほどたくさん出てくるのは、なぜでしょうか? 

マーベル社という会社の存在がまずあって、それに対抗するために(あるいは敬意を表して)、フォーセット社がライバル社の名前を冠した「キャプテン・マーベル」というキャラクターを作ったのでしょうか(日本だと、「少年マガジン」に『名探偵 立花集英』というタイトルのマンガを連載するようなもの)?

それにマーベル社が「元祖は俺達だ」と対抗して、「ミズ・マーベル」という女性キャラクターを思いついた、とか?

調べた結果、これは違いました。

なぜなら、フォーセット社が「キャプテン・マーベル」を作ったころ、マーベル社は「タイムリーパブリケーション」という社名だったからです。

「タイムリーパブリケーション」は1939年創立。その後、1950年にアトラスとなり、1957年になってようやくマーベル社となります。つまりライバル社の名前からキャプテン・マーベルが名付けられたのではないのです。

では、マーベルという名前がコミックのヒーロー(ヒロイン)に次々につけられる理由はなにか? たとえば、アメリカンコミックの創始者に手塚治虫のような天才がいて、彼の名前がマーベルだったとか? だから彼をリスペクトしてマーベルの名前を使いたがるとか? 

……調べてみれば、簡単でした。"marvel"(=マーベル)という単語は人名ではなく、「不思議」「驚異」「おどろくべきこと」という意味の一般普通名詞なんですね。

日本だと、『宇宙戦艦ヤマト』『白い戦士ヤマト』『ヤマトナデシコ七変化』など、ヤマトの名のついた作品が多数あるのと同じようなものでしょうか。

マーベルという名前のヒーローやヒロインが大勢いて、マーベル社という出版社まであるのは、ただの偶然だったようです。

2014年6月3日火曜日

アンジェリーナ・ジョリーの『マレフィセント』が好発進中

女優であるアンジェリーナ・ジョリーが主演している映画『マレフィセント』が、北米映画興行収入で初登場1位となったそうです。
[ロサンゼルス/ニューヨーク 1日 ロイター] - 映画各社や調査会社レントラックの推計に基づく5月30─6月1日の北米映画興行収入ランキングは、 米女優アンジェリーナ・ジョリー主演のディズニー映画「マレフィセント」(日本公開7月5日)が7000万ドル(約71億円)で初登場首位を飾った。
この映画を配給しているのがディズニー社です。ディズニーは現在上映中の『アナと雪の女王』でも観客動員数を順調に伸ばしています。今年はディズニーの当たり年といえそうです。

ところで、主演のアンジェリーナ・ジョリーが、最近卵巣の全摘出手術を計画しているという記事を読みました。下記の記事は、2013年5月16日のもの。

★ 乳房切除のアンジェリーナ・ジョリー、次は卵巣摘出を予定
 先日、予防的乳房切除手術を受けていたことを明かした女優のアンジェリーナ・ジョリーが、次は卵巣摘出手術を受ける予定であるとPeople.comが報じた。
 アンジーは14日にNYTimes.comに寄稿したエッセイで、がん抑制遺伝子の「BRCA1」に変異があり、乳がんになるリスクが87パーセント、卵巣がんになるリスクが50パーセントと診断されていたと公表。
医学の発展により、遺伝子を調べれば将来罹患する予定の病気がわかる時代となりました。とはいえ、彼女の決断には多くの人が抵抗感をいだきます。たとえ死の確率が高くなるとしても、今、この臓器はうまく働いてくれています。それなのに取り除くだなんて……。

たとえば将来、私の男性器に悪性腫瘍ができる可能性が8割あり、そのために死ぬ可能性が高いとしても、今、自分の男性器を手術で取り除けるか? 取り除きたいと思うのか? 私だったら、否です。

将来の確率がどれほど科学的に証明されようとも、それを切り捨てて生き延びようと思うか、将来ガンで死ぬ可能性が高いことを肝に銘じながら、今を精一杯生きることにすべきか。これは人生の選択ですが、前者を理知的な人間が選び、後者は情動的な人間が選ぶのでしょう。

……というわけで、彼女が様々な慈善活動にも熱心だと知っていた私は、彼女のことを大変理性的な人間なのだろうと勝手に考えたのですが、その後、ネットで調べると、そういうわけでもないことがわかりました。

彼女は子供の頃から自傷癖があり、SMに凝っていたためにセックスの際にはお互いをナイフで傷つけあうプレイを楽しんでいた、とインタビューで答えています。また、体中にタトゥーがあるということも知りました。

彼女についてそれほど熱心なファンではなかったため、こういう変態趣味があるとは思ってもいませんでしたね。

彼女の数々なエピソードからは、ちぐはぐな印象を受けます。なにか、異常な人が、無理して正常な人を装っているような。正常な臓器であっても科学的に異常なものは敢然と切除できる、というところも、そうして考えますと、勇気ある決断というよりも、ややおかしな人が時折見せる、妙に人間味のない冷酷さと考えるべきなのかもしれません。

まあ、性格がどれほど異常だとしても、正常であろうと頑張っているのならば、それを応援していくべきだと思います。


2014年6月2日月曜日

凶悪事件の被害者遺族の方々の告白を読んで考えたこと

長崎県佐世保市で2004年に起こった「佐世保小6女児同級生殺害事件」は衝撃的だった。

1997年に起こった「神戸連続児童殺傷事件」では、14歳のような子供が残虐な殺人を犯しうるということを知ったことが衝撃的だったが、この事件の主役は小学生であり、しかも女の子だ。"聖少女"という言葉もある通り、少女にはどこかはかなげでかよわく、純粋なイメージがある。そのイメージが打ち砕かれ、なんとなく感じていた信頼感が根こそぎ奪われ、喪失感に襲われた。

事件被害者の少女・御手洗怜美さんの兄と父が、殺人事件の被害者の立場から講演を行ったという記事を、その時の衝撃を思い出しながら何度か読んだ。

★ <佐世保女児殺害>「子供の将来を守りたかった」(被害者の父と兄が語る10年・上)
現在大学生の次兄が、公の場で語るのはこれが初めてだ。怜美さんから相談を受けていたという次兄は「なんてアドバイスしていたら良かったんだ」と自問自答していたことを告白。「他のことにまったく手がつかなくなった」と、事件後の苦悩の日々を振り返った。
凶悪事件の被害者やその遺族に、誰もがなり得る可能性がある。日本では欧米に比べ、まだまだ、被害者救済のための対策が遅れているという。その中で、遺族の方が自ら名乗りでてくれた。彼らに何が必要かについて、考えることができるという点で、彼らの言葉を聞く機会は、大変貴重だ。彼らの勇気に感謝したいと思う。

ただ、記事を読んで、被害者のお兄さんの結論に少し違和感をもったので、それだけ少し、述べたい。

被害者のお兄さんは、カウンセリングを受けてもアウトラインを問われるばかりで、細かいところを聞いてもらえずに、気持ちが楽になることは決してなかったという。だが、数年後に事故について新聞記者から事細かに聞かれたことによって気持ちが整理できたそうだ。

これは遺族自身でないと分からないことであるから、とても貴重な意見だとは思う。

ところが、これが一般的なものであるかのように、お兄さんは結論づけている。
問いかけが大事ですね。「周りから見守りましょう」だけでは、治りません。仕事としてきちんと入り込めるプロならば、信頼関係を作ったうえで、きちんと気持ちのなかに入るべきだと思います。
お兄さんにとってはそうだったのかもしれない。しかし、逆の人も多くいるだろうと思うのだ。

たまたまお兄さんの周りには、彼を気遣って事件について触れない人が大勢いたのだろう。それが逆にお兄さんを疎外してしまったのは間違いない。

だが、他の凶悪事件の被害者遺族の中には根掘り葉掘り事件について聞かれて、語ることに辟易している人もいるだろう。その人々にとっては、少し距離をおいて見守ってくれる人の存在が、心の癒やしとなる、という可能性だってあるはずだ。

いろいろなアプローチを続けていくことが大切ではあるが、そのアプローチが遺族の心根をえぐるような、忌まわしいものとなる可能性だってあるだろう。人間は本心を語らない。今回のお兄さんの告白だって、語っている内容のすべてが、彼の本心とは限らない。心は常に変化し続ける。何がその人にとっての救いとなるのかは、誰も分からない。

こういうことを考えながら、被害者遺族の兄と父の告白を読んだ。

たぶん、凶悪犯罪被害者遺族へどのように対応すればいいのかについては、これまで様々な研究があり、その結果を踏まえた対応だったのだろう。だが、マニュアル通りの対応では、彼らのようにこぼれ落ちてしまう人々がいる。

決まりきった方法では、すべての問題を解決できることはない、マニュアルはあくまで基本であり、それをいかに応用して、逸脱をすくい取るのかが大切であるように思われる。

2014年6月1日日曜日

対処療法は根本的な解決をはばむ――セウォル号オーナー一族からの財産没収検討

韓国のセウォル号沈没事件の余波は、いまだとどまることを知りませんが、先日気になるニュースが飛び込んできました。

★ 会長一族の全財産240億円没収へ 検察、不法利得と認定
 韓国旅客船セウォル号沈没事故で韓国検察は29日までに運航会社、清海鎮海運会長の兪炳彦容疑者=背任容疑などで指名手配中=と家族ら3人が持つとみられる財産総額約2400億ウォン(約239億円)を背任や横領による不法利得と見なし、刑事責任を問う形で全額没収する方針を決めた。
私が高校生の頃だったでしょうか。夜、ラーメンを食べていると、逮捕された盧泰愚元大統領の囚人服姿がテレビに映り、それを観ていた隣のサラリーマンが、
「韓国はすごいな。大統領が逮捕されるんだからな。しっかりしているよ」
と、同僚に話をしていたシーンが、深く記憶に残っています。

私を含む多くの日本人もそう思ったでしょう。田中角栄が収賄容疑で起訴されながら、収監されないのに比べると、潔いなと感じました。

ところが、今回のこのニュースを聞いても、スカッとするのは一瞬だけ。富豪一族の全財産を没収しても問題解決につながらならないことは、大統領を逮捕し続ける韓国の現状を知りますとよく分かります。同じ過ちがまた、繰り返されるのではないでしょうか。

韓国は中国王朝の政治風土の影響を強く受けました。中国では、科挙で選ばれた官吏が領民から賄賂を受けるのはおかしなことではありません。もちろん公式には否定されています。しかし、日本で速度制限が60キロでも10キロオーバー程度なら許されたり、麻雀屋で賭け麻雀が黙認されているようなもので、賄賂による蓄財は、当然の権利だというのが中国の政治風土です。

そして、一人が官吏になれば、一族郎党はそのおこぼれを預かります。当然の権利であり、官吏になった人間にとっては、親戚縁者の世話をするのが義務です。

本来ならば禁止されていることが堂々と行われ、当局はそれを半ば黙認している……この曖昧さが、儒教文化圏では政治の安定を生んできました。

……というのは、誰もが何かしらの法律違反をしているので、もしも当局に反抗的な態度を取ったのならば、これまでお目こぼしされていた法律違反を検挙するだけでいいからです。ですから、時の政権に誰も強硬な態度は取れず、だらだらとした改善のみが行われることとなります。

こうして溜まった膿を、事件が起こるたびに吸い出すのは、単なる対処方法で、根本治療になりません。膿ができるたびに、おできをメスで切り取るのは爽快でしょうが、根本治療を行わなければ、再び皮膚に疾患が出てくるでしょう。それを防ぐためには運動したり生活習慣を見直したりすることが人間にとって必要なのと同じように、社会にとっても教育制度を含めたシステム全体の改善が必要なのは、論を待たないところです。

ではどうするか?

その解決方法はすでに明らかになっています。法治主義により、人間の恣意的な判断を極力排除していくことです。法治主義には形式主義にとらわれて正義が無視される、という危険性もありますが、社会をよりよくしていくために、規則を明示化し、それを誰もが守るように社会全体で努力を積み重ねていくことは、恣意的な行政よりも社会全体の幸福度が上がる方法なのは明らかです。

その観点からしますと、今回のように、過去の不正蓄財の可能性を理由に財産没収するなどの方法は下策といえます。誤った社会システムが温存されるだけでなく、そこでスカッとしてしまい、今後の、何年にも渡る継続的な改革へのエネルギーが奪われてしまうからです。

韓国は、日本との政治軋轢を理由に、対馬で数百年もの間祀られていた仏像を未だに返還せず、それを当然のことだとして自国民の溜飲を下げさせています。このポピュリズムの行き着く先が、度重なる最高指導者周辺の違法行為であり、大規模災害時の不手際となります。

スカッとするのは小説やスポーツの中だけの話であり、現実でスカッとするようなものには、なにかおかしなところがあると、考えた方がいいでしょう。