2012年12月22日土曜日

猪瀬直樹・新都知事のとある一面について ④

「猪瀬直樹・東京都知事候補の支援者たちが堂々と選挙違反!」より
「新都知事・猪瀬直樹氏について、あなたはどの程度御存知ですか?」
最近、折にふれて友人知人に尋ねるようにしています。そして、最多得票を得たというのに、新都知事のことを誰もがほとんど知らないことに驚きました。猪瀬氏はこれまで、小泉純一郎や石原慎太郎のようなカリスマの手足として活躍してきました。それ故に、日中の月のように、彼に注目が集まることがなかったせいでしょう。

果たして、猪瀬氏は指導者として適切な人物なのでしょうか?

誰もがすぐに挙げるのは、思い込みが強く、頑固、といったところです。……これは、指導者として一見、必要な資質です。

ただ、その強固な価値観に合致しない相手が自分よりも劣っていると、かさにかかって難癖をつけ、怒鳴りつけるような人物だったとしたら?
弱い立場の人間を威圧することで、自分の社会的地位を確認するタイプの人物だとしたら?
もっと言えば、理屈の通らない弱者イジメが好きな嗜虐的性格の持ち主だとしたら?

決して指導者としてふさわしいとは言えません。


もちろん、威圧的でも優秀な人間はいます。例えばスティーブ・ジョブズとか。ただ、彼は間違いがあれば即座にそれを認め、謝罪はしなくとも、すぐに何らかの対応を行うという美徳がありました。だからこそ、優秀な指導者として亡くなった後でも敬愛されています。その上、彼自身が複雑な生い立ちで、なおかつ大きな挫折を味わってきたため、弱者に対して優しい目を向けることを忘れませんでしたし、自分の欠点を正直に開示し続けてきました。

ところが猪瀬氏の昨今の言動からは、自分の欠点を覆い隠し、それを指摘されると見当違いのことを言ってはぐらかし、論理的に説明をすることではなく、威圧的に命令し、怒鳴りつけて物事を進めていくという人物であることが透けてみえます。

そんな彼が今から約20年前、権力を持たない弱い人間だと思って噛み付いたものの、一癖も二癖もある有能な人物が相手だったため、しっぺ返しをくらったことがありました。その時の彼の態度、行動を紹介することで、彼の人間としての原理原則をあぶりだす……これがここ数日のブログの目的です。

A 作家・猪瀬直樹が交通事故鑑定人・林洋を週刊文春誌上で批判(1994.10)

B 林氏が猪瀬氏と出版社に厳重抗議

C 文藝春秋社編集部が林氏に話し合いを提案、林氏は懐柔されるつもりはない、とこれを拒否

D 林氏、『交通事故……』所収の全5事例全ての誤りを指摘した小冊子30冊を作って各方面に配布したが、ほぼ黙殺される

E 林氏の弾尽きたと判断したのか、猪瀬が第二弾の批判(1995.10)

F 林氏、雑誌「宝島30」にて詳細に、猪瀬本の過ちを指摘(1995.11)

G 林氏と猪瀬氏、雑誌「宝島30」誌上で討論したが、紛糾して終了(1996.1)

H 林氏、上記小冊子を元に下に掲載した本を上梓(1996.3)


D 林氏、猪瀬直樹著『交通事故鑑定人S氏の事件簿』所収の全5鑑定全ての誤りを指摘した小冊子30冊を作って各方面に配布したが、ほぼ黙殺される

林氏は『偽証鑑定』という小冊子を作って、猪瀬氏が紹介した鈴鹿氏の5鑑定が、どのように誤っているかを指摘する冊子を作りました。

そもそも猪瀬氏は、林氏の鑑定数が異常に多く、自身が信頼する鈴鹿氏の鑑定が少ないことをもって、林氏の仕事ぶりを杜撰だと決めつけたのですが、事実は逆なのです。

裁判では、交通事故時の記録と、それをもとにした鑑定が、裁判資料として利用されます。証人尋問時には反対尋問によって裁判官の目の前で徹底的に批判されます。三審制のもと、あるときは検事に、あるときは弁護士によって徹底的に検証されるため、それに耐えうるものでなくてはなりません。曖昧な鑑定、論理性の低い鑑定はすぐ、その矛盾を突かれるので怖くて利用できません。

ところが鈴鹿氏の鑑定は、インスピレーションや思いつきによるものが多く、科学的検証に耐えうるものではなく、仕事がこなくななったのです。逆に林氏の鑑定結果は大変論理的整合性に優れていたために、依頼を受ける鑑定数が多くなったのです。それがこの両者の差なのです。

実際のところ、林氏は鈴鹿氏の交通事故鑑定を2件叩き潰しているのだとか。

結局、鈴鹿氏は仕事がないので、勝ち目の薄い仕事を受けざるを得なくなり、
……まともな鑑定人は依頼を断るような事案が、もっぱら最後の受け手であるエセ鑑定人の許に届くことになる。また仕事が減っているから、後先を考えずに何でも引き受けてしまう。こうしてエセ鑑定人の悪循環が続くことになる(『偽りのノンフィクション作家猪瀬直樹の肖像』P126)
のでした。

そんな鈴鹿氏の晩年の交通事故鑑定を集めたのが『交通事故……』なのですから、いい加減なことばかりが書かれていたのも、当然だったのかもしれません。

内容については『偽りの……』をご覧になっていただきたいところです。大変精緻な検証が続くので、興味のある方は本を手にとって直接お読み頂いたほうが早いと思うので、詳細はここには書きません。

このブログに、そこを事細かに記しても、あまり面白く無いかもしれませんから。詳しくは後で一例だけ述べることにして、今は先に進みます。

とりあえず、この小冊子がほとんど黙殺されたことだけは確かです。
評論家の佐高信が『エコノミスト』が林氏の小冊子を「現場の怒りを体現して鋭い」と書き、『週刊新潮』が1995年9月14日号に少し触れただけで終わったのですから。


E 林氏の弾尽きたと判断したのか、猪瀬が第二弾の批判(1995.10)
猪瀬氏は林氏がそれ以上、何もできないということを見越した上で、「週刊文春」1995年10月26日号にて、林氏の小冊子について、次のように反論を載せました。
交通事故の鑑定人を主人公にした単行本を出したところ、最近になって、奇妙な人物が現れて、「嘘と誤解を世間に間違った認識を与える悪書」だから回収しろ、と声高に叫ぶのである。(中略)いったい、なにを根拠に、どのような資料にもとづいて、このような判断が可能なのだろうか。ほんとうに驚いてしまう。なにしろ、交通事故鑑定は、まず交通事故鑑定人が現場に行く事が先決で、手間の掛かる仕事だからである。(中略)僕を批判するためにS氏(鈴鹿氏)の鑑定まで偽証だと言ってのけるのである。これでますます僕は確信を持った。なにしろ二次資料から鑑定するほどの"やり手"ということを。(中略)S氏は、ある事件解決のため、現場を再現しようと精密な模型を作ったことがあった。おかげでそれほど広くない借家の一間はその模型で占領されてしまった。(中略)ようやく模型が完成したとき、S氏は「わかった」と言った。それから「もう壊してよい」と付け加えた……。僕は晩年のS氏と対話を繰り返し、法廷にも通い、弁護士とも話し合い、また現場にも訪れて目撃者や被告人などに取材した。その結果、S氏の完全主義の仕事哲学に共鳴したのである。
林氏制作の小冊子には、林氏による詳細な図解入りの反論が載せられていましたが、
猪瀬氏はそれに具体的な反論を一切行いません。
ひたすら印象操作だけでことをすませようとします。

~猪瀬直樹・新都知事のとある一面について ⑤に続く~



ところで、上記の内容と全く無関係ですが、靴紐のほどけない結び方というのを先日見つけました。
★ Ian's Secure Shoelace Knot  “Secure Knot Shoelace Knot”
この結び方に変えて以来、靴紐がほどけることがなくなり大変重宝しています。

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