2013年2月28日木曜日

恐竜のクビが長い理由

子供、特に男の子なんてのは恐竜が大好きで、恐竜図鑑を買ってあげたりしたら、日がな一日観ていて飽きないものだ。私も自分の小さい頃を思い出すだけで、当時の興奮が蘇ってくる。

恐竜の何が子供をあれほど熱狂させるのだろう? 巨大な身体に爬虫類特有のヌメッとした肌質は、大人の女性にとっては眉をひそめさせるようなものだろう。でも、ゴジラやウルトラマンなどに出てくる怪獣、一昔前までフジテレビで放送されていた「開け! ポンキッキ」のガチャピンなどなど、ああいう姿形の異型のものは、子供にとって好奇心をひきつける対象であり続けてきたのは間違いない。

私が予測するに、子どもたちがファンタジーやお伽話、ごっこ遊びが大好きなのと相通じるものがあるのではないか。古代から男性の役割は狩りであり、冒険であった。子供を産み育てる役割をもつかけがえのない存在である女性に比べると、男性は子育てに責任を持つ必要がなく、その代わりに食料がたくさん取れる、新天地を探すという役割が割り当てられてきた。

新しい土地の新しい獲物に出会ってワクワクしたことのないご先祖様をもつ男性は、この世に一人もいない。見たことのない生き物に出会い、それを魅力と感じてきた私たちのご先祖様のDNAは、本能を刺激する。子供の頃の方が本能に忠実なので、ファンタジーといったありえない空想物語を聞いた子供はワクワクするし、見たことのない異型の動物たちのことを知ると、それだけで胸躍らせる。

海外でもそれは同様のようで、恐竜全般への興味は大変高い。中でも竜脚類(竜脚下目)と呼ばれる種類のものは、その巨体で有名だ。全長30メートル長というから、ジャンボジェット機のおよそ半分もの大きさである。
現存する最大の動物であるシロナガスクジラとほぼ同じ大きさで、それが地上を歩いていたというのだから、恐れ入る。彼らがもしも生きていたら、上野公園のパンダどころの人気じゃないだろう。
彼らの魅力におとなになってもとりつかれてきた研究者達がいて、長い首の秘密について長年研究を重ねてきたという。彼らへのインタビュー記事と、それについてのコメントをご紹介しよう。
 巨大な恐竜がどうやって、これまで存在したいかなる生き物よりも首を長く進化させられたのだろうか? 研究者によれば、ほぼ空っぽの頚椎(首の骨)のおかげだという。

 これまで地球上で歩行していた最大の生き物は、竜脚類として知られている、長い首と長い尾を持つ恐竜であった。この菜食主義者たちは、既知の動物の中でも群を抜くほど長い首を有していた。恐竜の首は50フィート(15m)もの長さに達し、現在の世界記録保持者であるキリンよりも6倍も長く、かつて地上に存在したもっとも首の長い動物に比べてさえ、5倍の長さがあった。

「竜脚類という種は、本当に馬鹿馬鹿しくありえないほどの巨体だったのですよ」
 と、イギリスのブリストル大学で古代の脊椎動物を研究している研究者・マイケル・テイラーは語った。
「私たちの弱々しい現代の世界では、象を大きなものだと考えることに慣れてしまっていますが、竜脚類は象の10倍の大きさがあるんですよ。こいつらは歩くクジラです」
(中略)
 竜脚類の首の長さを研究する過程で、テイラーと同僚は竜脚類の頚椎には数多くの特徴があるために、それほど長い首を支えられていたことを明らかにした。例えば、この動物の首の60%は中空となっていて、鳥の骨と同じくらい軽く、鎖のように長い首を支えることができた。
 筋肉や腱、靭帯もまた、脊椎の周囲に梃子の原理を最大限に利用して首の動きをより効率よく動かせるようにうまく配置されていたのである。
(中略)
 竜脚類はまた、最大で19個もの多くの頚椎を有していた。比べて、ほとんどの哺乳類は、ネズミからクジラやキリンにいたるまで、首がどれほど長かろうと、7個以上の頚椎を持つことはない(哺乳類の中で唯一の例外は、ナマケモノ、あるいは海牛類として知られるマナティーのような水性哺乳類である)。
 また、翼竜アランボウギアニアが、獲物を捕まえやすいように長い槍のような顎のついた比較的巨大な頭部を持っているのに比べて、竜脚類の頭部は動かしやすい小さなものだった。彼らは口の中に食べ物を貯めこむための頬部すらなく、食物を噛まずに単に飲み込むに任せ、内臓で消化していたのだ。
(中略)
 では、長い首は何の役に立っていたのか?

 竜脚類やその他の恐竜たちはおそらく、新鮮な空気を肺に満たすために、哺乳類が、息を吸う前に息を吐かねばならない代わりに、鳥類のように、新鮮な空気を絶え間なく肺に送り込むような呼吸をしていたに違いない。これは、竜脚類が新鮮な酸素を首から肺へ取り入れるのに役立ったはずだ。
「長い管を通して呼吸することは、哺乳類にとってとても難しいことです。庭の長いホースで試してみてください」
 とテイラー氏は述べる。

竜脚類の首がこれほど長く進化した理由として、現在のところ3つの説がある。
① 恐竜のある種はキリンのように、高い場所にある葉っぱを食べるために長い首を使っていたのかもしれない。
② 恐竜の別の種は、ガチョウのように、地面を隅から隅まではわくように広い面積の草をエサにするのにその長い首を使っていたのかもしれない。これほど巨大な生き物にとって歩行は大変なので、あまり移動しないのは有利だっただろう。
③ また、科学者たちは、これまで長い首をもってきた動物たちの進化を進めてきたもののように、長い首が性的魅力を持っていたかもしれないとも考えている。ただ、テイラーと同僚はこの説にはなんら証拠がないと話している。

 将来的にわたって研究者たちは、竜脚類の首の謎についてさらに深く掘り下げていく計画だ。
 たとえば、以前はブロントサウルスとして知られてきたアパトサウルスは「大変な議論を巻き起こすような奇妙な頚椎」をもっている"とテイラー氏は語る。科学者たちは、アパトサウルスの首は、「オス同士の戦闘(もちろん、女性をめぐって争うためのもの)」に使われたのではないかと推測している。
★ How Dinosaurs Grew the World's Longest Necks

以上の記事に対する反応は次の通り。
"驚くべきは、恐竜が巨大な首と体重、それを支える構造を発達させてきたということだ。ほとんどの恐竜の頭蓋骨が現代の馬よりも大きくないんだぜ"

"この動物は頭部が身体からとても離れているから、こんなに長い首を保つ必要があったにちがいない!(^_^)"

"長い首が他の竜脚類との戦闘に使われていたというのは面白い説だ。頚椎はもろいと考えられるため、ゆっくりと麺をぶつけているような戦いだったのだろう"

"この奇妙な生き物たちを生み出そうとして、なにがいったい起こったのだろう? 興味が尽きない!"

"ドキュメンタリー番組『原始家族フリントストーン』のなかでは、彼らはスレート氏の石切り場で大きな岩を動かすのに使用されているよ!"


"でっかいウンコから鼻を遠ざけるためだと思う"

"ペットに一匹欲しいよ! 庭木の剪定に役立つからね!"

"この記事はジャネット・レノに関するたくさんの疑問を解いてくれるね!"


">>長い首が性的魅力を持っていたかもしれない
しばらくするとお互いの首をまきつかせあって、息をとめあう性的興奮を催して絶滅するんだろう"

"竜脚類の首の大きさが問題なんじゃなくて、それをどのように使ったかを知りたいよ!"

"実際、色っぽいうなじは男を興奮させてプレゼントを買わせちゃうもんな"

"隅々まで見渡せるように、長い首を持っているんだろう"

2013年2月27日水曜日

夫婦が仲良く過ごすために ⑦

夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、㊸~最後までのご紹介です。

ようやくこのシリーズもお終いです。後半になるに従って、この著者の恋愛の好みを聞いているような気になってまいりました。一瞥しただけだと、
「いいこと書いてあるな」
と思ってここで紹介し始めましたが、そのためにいく度となく繰り返して読むうちに、著者の独善ぶりに鼻白む思いがしてきました。

このところ本屋に書籍が平積みになっていることでも話題の里中李生を彷彿とさせますね。

さて、本題です。


㊸ 恋愛は内密に、結婚は大っぴらに
草花でも双葉のうちは風の当たらぬ苗床で育てねばならぬ。
しかし、いよいよ花を咲かせ実を結ばさせる時がくれば、適当な日光と風がなければ生育しない。
恋愛もまた草花のやうに微妙なものである。

結婚式は盛大にあげよ、ということでしょうか。ふーん。


㊹ 恋愛と結婚とを混同するな
古人曰く「結婚の美酒は貞操の栓によって味を保つ」と。
恋愛時代において、余りにも早く栓を抜くと、結婚時代になって味も香もない気の抜けた酒を飲まねばならぬ。
二度と訪れぬ青春の香に酔いたいのは誰しも同じだが、そこが忍耐の仕所だ。
セックスは結婚してから行いましょう、ということですかね。ただ、結婚後に飽きて我に返って、結婚自体に幻滅してやがて離婚を考えるのと、結婚前にセックス自体に興奮する時期を終え、冷静になって結婚をするかどうか決めてるのと、どちらが離婚の危険性から離れているでしょう? 私は後者だと思うのですが。


㊺ 相手を不幸にするな
相手を不幸にしておいて、どうして自分一人が幸福でいられやうか?
例え断腸の思いをしても、絶たねばならぬ絆は絶つべきである。
先生と生徒の場合、主人と召使の場合、道ならぬ道の場合等、無理な恋愛はともすれば相手を不幸にし易いものだ。
先日実の親子でありながらセックスをしているアメリカ人のカップルが話題になりました。
愛しているのだからおかしくはない、と出演者は主張していますが、この、
「愛さえあれば様々なことが許される」
という価値観にはいくつもの義務を果たした上であるということを忘れてはいけません。義務のうちの一つが、社会の中で禁忌と言われることを犯してはならない、というものです。

「ならぬことはならぬのです」


㊻ 先入観に捉われるは愚なり
某博士令嬢、某大将令嬢と聞いただけで、もうすぐにその少女を有難がってしまう軽率な人がいる。
そんな人にかぎって、その少女の実質がどんなものだか、よく見極めもしないで、無我夢中で恋愛に焦る。
その結果は一生涯の悩みの種を背負い込むことにならう。
彼女が案外にも低脳であったり、不良少女だったりすると云うのは極端な例だが、さうでなくっても、人格、教養、趣味の点で、自分の相手としてどうかと思うと、後になって次第に気づいたところで後の祭だ。
こんなことは誰でも心得ていると、云ってしまえばそれまでだが、それでいて、案外誰でも簡単に誤魔化されるものだ。
他人のスペックにやたらとこだわる人間がいます。これが年齢や職業ならば相手の人物像を把握する上で役立つでしょうが、
「学歴はなにゃねん?」
「おまえの父親はなにしてるねん?」

などにかたくなにこだわるのを聞くと、その人の思考が垣間見えてやるせない思いにとらわれます。そんなバカな人間にならない様に気をつけたいものです。


㊼ 圧迫される恋人を持つな
いつも、圧迫されているやうでは生活が面白くないことは理の当然だ。
のみならず、意気衰えて伸びる可き才能も伸ばすことが出来ず、発展すべき事業も行き詰まりとなる。
極度に気の強い者、才智弁舌が自分よりも優れていて、常にやりこめられてばかりいるやうな者、それから体力の点でも自分を圧迫するやうな者とは恋はすまじきことだ。
「(一緒にいて)圧迫される恋人を持ってはいけない」
ということでしょう。一緒にいると何をしても文句をつけてくる人間がいます。そのような人間と一緒にいると、だんだんと自分の居場所がなくなったように感じてきますので、気をつけたいところです。


㊽ 良き友達をもたぬ恋人は面白からず
「朋友の善悪によって、その人を知る」とは古い諺だが真理はいつまでも真理だ。
酒が嫌いな癖に酒飲みの友達とバーばかり廻り歩いているわけはない。
相手の口からの出任せを信ぜず、そつとその友達を観察すると化の皮はすぐはげる。
いろいろな友だちがいる学生時代と異なりまして、社会に出て10年近くなると、価値観が共有できる友人関係のみが残ってくるものです。友情よりも家庭や職場の人間関係が優先されるようになるために、それ以外の場所で人間関係を構築することができにくくなります。そうしますと、その人の個性が友情に如実に現れるようになります。

気をつけたいものです。

㊾ 「女性の味方」を信用するな
私は女性の味方ですなどと御婦人の前で臆面もなくまくし立てる人ほど当てにならぬものはない。
本当の女性の味方ならば、婦人の前でぺらぺら喋るようなことはしない。
黙っていて知らぬ間に親切を尽くしてくれるものだ。
自称「女性の味方」にかぎって我が侭で不親切な男が多い。
49ヶ条の最後を飾ったのが、この条文でした。

私は、とあるボランティアに参加したことがあります。弱い立場の女性を救うことを標榜した、若干フェミニズムの入った団体でして、そうとはしらず、私は単純にホームページの説明文を読みまして、
「弱者保護の団体なんだな」
としか思わず気軽な気持ちで参加したのです。

主催者およびその取り巻き達は一見「良い人」だったのですが、見かけだけだったことが、後になって分かりました。気の弱い人間には威圧的態度で臨み、他人の恋人を平気で口説き、それを周りが注意しないなどの、人間的におかしな人間が多数生息していて、幻滅しましたね。

人間は、普段語っていることや行なっていることだけを表面的に観ていても、相手の人間性を知ることはできないようです。結婚相手もまた然り。よくよく相手を観察する必要があります。

加えて、自分自身の価値観も掘り下げておくこと。その上で相手と一緒の生活を幾度となくシュミレーションしてみて、そこに幸せな生活が待っているのならば、結婚しなさい、というのが、この最後の条文に込められたメッセージなのでしょう。


ようやく終わりました。49条は長かった!

2013年2月26日火曜日

夫婦が仲良く過ごすために ⑥

さて、「夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、㊱~㊷までのご紹介です。

㊱ 手形のインフレはなすまじきこと
財政の破綻はインフレーションから。商人の失敗は不渡手形の乱発から。
恋愛においても、恋人を喜ばせるために、結婚してからのことについて余りにも多くの約束をするのは失敗の因である。
決してそれが心にもない嘘を云ったわけではないにしても、いざ結婚してみると、なかなか思ったやうにならないのが常である。
毎週一回づつ温泉に行こうと約束しても、それがどうして一年に一回も実行できないことになる。
その結果は「騙された」の「裏切られた」のと云う騒ぎになる。
だから、恋愛時代には不渡手形を乱発して、余りに大きな期待を持たせぬがよい。
「結婚したらこうしよう」「結婚したらあれをしよう」
などと約束していながら、結婚後に男がその約束を果たさないことは往々にしてあります。男は女に甘えて、
(俺が忙しいこと、分かってくれるよな?)
と思うのに対して、女は、
「裏切られた……」
と感じるものなので、ご注意ください。

結婚したら子供を育てなければなりません。自分だけではなく家族を食わせていかねくてはなりません。子育てをする人は、時間に不自由を感じるでしょうし、仕事をする人は、決してクビにならないように、人間関係に神経をすり減らしながら働くことになります。どちらにしても精神衛生上は大変つらく、余裕がなくなりまして、だんだんと結婚前の甘い約束を守るのは困難になります。

ですから、結婚前に困難な現実を迎える可能性を先に示唆しておくくらいの方がいいのです。


㊲ 人形を愛する勿れ
人形のやうな可愛がりかたをするならば、愛される方でも物足りないものだ。
愛する方でもやはり物足りない。永い間には寂寞を感じはじめる。
こつちで愛するだけのものを愛し返すことの出来る恋人を選べ。
その張り合いがあつてこそ夫婦の愛は永つづきするのである。
愛しても反応の薄い人っていますよね。

妄想力のある人ならば、
「あの人、何も言わないけれども私のことが好きだと私には分かる。ウフフ」
などと想像して楽しむことも出来ますが、一般的には無表情で無口で無反応な人間を相手にするのは、だんだんと嫌になるものです。

欧米人やアフリカ人のように、大袈裟な愛情表現を行われて嫌だと思う人は少ないもの。
「愛している」
と思い切って伝えることは大切です。


㊳ 容色自慢の人をもつな
どうせ恋人とするからには、少しでも美しい人がよい。
だがその美を意識して鼻にかけるような人を恋人にもつな。
また決してその美を意識させるようなお世辞も云うべきではない。
はじめのうちは成功しそうに見えた恋愛が、次第に結果がよくなくなっていく原因も、その辺に根ざしていることが往々にあるのだ。
恋愛の妙味は人間味のうちにあるので、決して美の中にあるのではないのだから。
美人やイケメンの中には、自分の容色が老いて衰えることに病的に抗う人がいます。整形を重ねること数百回という猛者もいます。一種の病気なので、敬してこれを退けましょう。


㊴ 文化的な恋人は避けたきこと
勿論時代おくれの恋人も困るが、余りに文化的な人を恋してはならない。
一枚三十何銭の座布団ですむところをテーブルと椅子のセットの一組何十何円也のものでなければいけないことになり、郊外の野原をぶらぶら散歩するなんてことは退屈だから銀座へお茶を飲みに行こうと云うことになる。
万事がこの調子だと、単に金がかかってやり切ないと云うようなことばかりではなく、こうした上面ばかりの浮つ調子の文化の中に、生活の真実味を解消してしまうやうな結果になって、一生浮かばれないことになる。
これは、浪費グセのある人を避けよ、ということですね。

浪費する人は、それを浪費とは思わず必要経費だと堅く信じて聞く耳を持ちません。稼げども稼げども、たまらない財産。やがて老いゆくこの私。気をつけましょう。


㊵ 趣味に取り入る恋は曲者
音楽がお好きですか、それともハイキングですかと、相手の趣味に探りを入れて、自分も同じ趣味であるかのやうに見せかけるのは、恋愛技巧家の常套手段だ。
とかく同じ趣味からは恋愛に入り易いからだ。
しかし、趣味から入った恋愛は、結婚生活の地味な苦労に耐え難く、そこでたちまち破れやすい。
まして、付焼刃の趣味を利用して恋人に取り入ろうとするやうな人は、敬遠しておくのが安全第一だ。
恋愛とはかけ離れた話ではありますが、大久保利通が島津久光に取りいるために、囲碁を習ったという故事を思い出しました。

権力のない者が権力者に取りいるために趣味を身につける、という美談ではありますが、取り入られた久光は好きなものをけがされたように感じて不快感でいっぱいになったことでしょう。それでも大久保を側近にした久光は、立派でした。

しかし、すべての人間が島津久光のような人格者だとは限りません。


㊶ 卑劣な手段を恥じざる恋を許すまじきこと
目的のためには手段を選ばずと云うことは恋愛の場合には真理ではない。
その手段によって、その人柄がおのずとわかるもの。
途中に待ち受けて話しかけたり、時ならぬに恋人の居間に侵入したり、または所謂「つけ文」をしたりするやうな非常手段をとる人に、熱心の余りだと同情すると馬鹿な目を見る。
恋愛のためにどんな手段をも恥とせぬやうな人物は、他の場合にもまた手段を選ばぬ恐る可き人物である。
ここ、原文では第四十條となっていまして、番号が重複しています。そこで、このブログでは番号を振り直しました。原文とは、これ以降1つずつ番号がずれていっていますので、ご留意ください。

さて、
>>恋愛のためにどんな手段をも恥とせぬやうな人物は、他の場合にもまた手段を選ばぬ恐る可き人物である
のは果たしていけないことなのか。

無論、
>>時ならぬに恋人の居間に侵入したり
するような人間はストーカー、論外ですが、道の途中で待ち受けたりラブレターを書いたりするほど情熱のある人間は、仕事にだって熱心に取り組むものです。仕事において目的を遂行するために手段を選ばないような人物は「できる男」として活躍するでしょう。

ここの条文は、著者の好みであり、現実の「よい結婚相手」とはずれているような気がします。


㊷ 世間体を気にしすぎる恋人を選ぶまじきこと
父が便所掃除人夫をしているのに市の衛生課の役人ですと云ったり、大學の小使をしているのに、研究室に出ていますと云ったりするやうな人を恋人に持ったら、一生涯の不覚だ。
何事も世間体世間体で、いつも嘘と誤魔化しで固めた紋付袴でびくびくと世間を渡らなければならない。およそ朗らかさとは縁のない生活だ。
自分のキャリアを嘘で固める人、いますよね。

なんだかんだと言っても、世間は虚仮。事実だろうが嘘だろうが、表面しか見られないものですから、自分を飾るのはそれはそれで世間でいい思いをする上で、正しい戦略。ただし長い付き合いになると、虚飾は剥げます。そして見透かされ、バカにされることになります。結婚しても、相手に真の姿を見せずに生活することは困難です。


それでは、明日一日は別のテーマで記事を書きまして、このテーマの続きは明後日となります。明後日で最後です。

いやぁ、疲れた。

2013年2月25日月曜日

アメリカで進む健康保険制度改革

アメリカが執拗に日本をTPPへ参加させようとする目的の一つに、日本の健康保険制度の破壊がある、という。

日本人が医療費に支出する金額は、今や大変な額に膨れ上がっている。国庫予算の歳出に占める社会保障関係費の割合は毎年トップであり、平成21年度の支出額は26兆3,901億円にもなる。
★ 国税庁ホームページより

アメリカの保険業者ここに食い込めれば、大儲けが出来る。日本にすでに進出を果たしたアメリカの保険会社のガン保険の販売は大変好調で、中でもアフラックは、会社全体の売上高のうち日本によるものが7割を占めるという。もしも日本の国民皆保険制度の一部を潰すことができれば、確実に自社の利益になる目算が立つのだから、アメリカの保険会社にとって、日本の福利厚生分野は宝の山に見えるのだろう。日本に圧力をかけないわけがない。

アメリカ合衆国の国是の1つになっているものが、「民間でできることは民間へ委ねる」という原則だ。税金を徴収して福利厚生費として再分配する方式では、公務員の恣意的な意思が働くために権力腐敗の温床となる。その点、民間では競争原理が働くために、神の見えざる手によって資金や労働力が公平に配分される、という考え方がもととなっている。

これを推進するのが市場原理主義者たちだ。今ではやや退潮傾向にある彼らの思想的影響力は、アメリカではまだまだ根強い。彼らからすれば、日本の保険制度なぞは歪な制度でしかない。

ところがアメリカの民間健康保険はうまく機能していないのが現実だ。貧乏人は民間の健康保険に加入することができないために、病気になっても医療費を支払えない。結果、不健康な生活を長年にわたって強いられるために、よく働けず、貧乏人の家庭はますます貧しくなるという悪循環が起こっている。

原理主義者の欠点は、現実の姿を認めず、原理原則を振り回して自分が正しいと主張するところ。努力では超えられない運命のイタズラで貧困にあえいで困っている人々がいても、
「努力をしていないから貧しいのだ。公的な健康保険制度は彼らの勤労意欲を蝕む」
と強弁して、そこで苦しんでる人を救ってはいけないと周囲の人々をたしなめる。

だが、井戸に腰掛けて落ちようとしている子供を見て、
「危ない!」
と思うのが人間ではないか? それを中国の哲学者である孟子は「惻隠(そくいん)の情」と呼び、人間を人間たらしめる本能の一つだと定義した。医療費を払えないばかりに目の前で苦しんでいる、貧しく罪のない子供たちを救おうとしないのは人間性の否定だ。自助努力を尊ぶあまりに、目前で苦しむ人々を救ってはならない、と考えることは間違っている。

ところがアメリカでも、さすがに現状を変えなければならないという認識が強くなってきた。オバマ大統領が熱心に健康保険制度改革に取り組んでいるのを、ご存じの方も多いだろう。このことについて、以下のニュースとそれにまつわる議論が盛り上がっていたので、ご紹介したい。


あなたの健康保険がもうすぐ保障してくれる10のこと
 もしもこれまで健康保険に入っていたならば、保険がいかに何も保障しないか、よくご存知のはずだ。保険金請求をしようとしても、出来ないものが無限にあるようにおもえるかもしれない。何が保障されているのかさえ、よく分からないだろう。

 しかし、今週(2/18の週)になってアメリカ人は、Affordable Care Act (ACA)によって2014年1月から新しく始まる健康保険制度が何を保障するのか、今までよりも明確に知ることができるようになった。米国保健社会福祉省(HHS)は、"最重要健康手当"と呼ばれるもののリストを公表した。

 この10の新しい取り組みは、個人及び零細企業主の健康保険に適用され、子供のいない家庭を含む低所得者を保障する国民医療保障制度においても同様の措置がとられる。同様に、健康保険を提供する一部の大手雇用者は、新しいリストからある程度の利点を得ることになるだろう。
(中略)
 簡単に述べるならば、今週の行政規則によって、新しい保険制度によって保障されることになった幅広い治療及び看護の分野には、以下のものとなる。

① 外来医療費
② 救急医療費
③ 入院費
④ 産科医療及び新生児看護費
⑤ 精神衛生及び依存症者対策費
⑥ 処方薬代
⑦ リハビリテーションサービスや器具にかかる費用
⑧ 臨床検査費
⑨ 病気の予防と健康促進ならびに慢性疾患管理費
⑩ 小児科にかかる費用(歯科及び眼科を含む)
(後略)
★ 10 Things Your Health Insurance Plan Will Soon Have to Cover


このニュースに関する反応は、以下のとおり。
"たくさんの人が権利という言葉を使っているようだが、一生の内に社会保障税を支払うために50年間も働くとしたら、それは権利ではない。社会保障税を払い始めるということは、利益をむさぼる信託基金へそのカネが向かうということだ。しかし、国会議員は我々のカネを自分の自由になるものだと考えていやがるし、数年間働いただけで一生安泰なんだからな"

"よりよい保障=高い負担"

"オバマがオバマケアを成立させられますように"

"タダ飯なんてないよ"

"これ、私の保険が今の通院を保障してもらえるということ? 1ヶ月に3万円以上間違いなくかかっているぞ!"

"これは「既存の保険制度のために支払わなければならない10のこと」と呼ぶべきだ"

"どうか火災保険にもこれと同じようなことをしてもらえますように。あいつらは家に起こりうるあらゆるものごとに入り込んできやがる"

"この題だと、保険が保障するべき10のことのように思えるね"

"新しい法律がなくても、私の州民保険料はどちらにせよ値上がりする。何年もの間、経費が上がり続けていたから"

"「今の健康保険制度をそのままにするつもりだ」バラク・オバマの2009年の発言"

"「授乳コンサルタント」なんかのためにお金を払わなくちゃいけないの? 赤ん坊にお乳を自然に与える方法を母親に教える人が必要なの? 私の友達が全部をやってみたけれど緊張してしまってストレスのためにお乳が出なくなったんだけど!"

"もしも1000万円あって保障がいらないのでないかぎり、私にとって何も負担にならないよ。どうして私たちがすべての人にこの保険制度が必要となったのか? どうして私たちは保険料を払わない人のための保険制度を持っていなかったのか? 痛みを分かち合うことで段々とわかってきた。富をわかちあおうよ"

"2014年1月って、もうすぐだよね?"


2013年2月24日日曜日

夫婦が仲良く過ごすために ⑤

さて、「夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、㉙~㉟までのご紹介です。

㉙ 度を過ぎた期待を持つ勿れ
「これほど愛しているのに冷淡だ」とか、「あれほど愛してくれたのに、今の冷淡さ」とか云う愚痴が出るのは、相手に度を過ごした期待を持つためだ。
いつも強度に熱していれば、電線だって切れるではないか。たまには息を抜くのもよろしい。「恋愛にも休日あり」とはフランスの詩人の言葉だ。
だから、ほかに気が移ったというようなことならいざ知らず、たまに恋人が冷淡な態度を見せることがあっても、一一取り上げて問題にしてはならない。
余り五月蝿くすると、かへって悪い結果を招くものと知るべし。
彼氏(彼女)も人間ですから、ときには気持ちが刺々しくなることもあります。ところがこちらがたまたま虫の居所が悪いと、その態度にカチンと来て、ケンカが始まることがあります。そして、
「あの頃のあいつはそんな人間じゃなかった。あいつは変わった」
という気持ちが湧き出てきて、そのうちに、
「もう、潮時かもしれない」
などという悲観的な思いにとらわれ、そしてとうとう、
「別れるべきだ。これ以上つきあうと時間の無駄だ」
という極端な発想へと考えが変わってしまう……そのような経験をした人、いるはずです。

バカとしか言えない勘違いですが、当事者になると冷静な判断ができないものです。気をつけましょう。


㉚ 両天秤にかけられるな
何事でも競争者があれば、自づと熱中したくなるのは人情だ。
たださへ熱中し勝ちな恋愛となると、この傾向は最も激しい。
だが、「あなたばかりが私に恋しているのではない」などと、両天秤にかけられて、焦ったりしてはならぬ。
焦ればつまづく。だから君子危うきに近寄らずだ。
そんな場合には黙って身を退いてしまうのがあなたの為であることが、後になってから必ず思ひあたるでせう。
私の以前の上司にバカな男がおりまして、カネは持っているためによくもてるのですが、恋愛は競いあいでないと面白くないと考えています。

財力を駆使して、他の男のことが好きな女の気持ちをこちらに向けることが何よりも幸せ、という病的な人間です。

最初はその上司の男だけをクズだと思っていましたが、次第にそれだけじゃないことが分かりました。中には全くその上司の誘いになびかない女性もおりまして、そうしますと上司はすぐに気持ちが冷めてしまい、さんざんその女の悪口を言って、そして次のターゲットを探しに行きます。つまり、獲物になりそうな女性は、自分が好きな男のために他の男にうつつをぬかしてはいけない、という根本的な倫理観をもっていないことが多いものなのですね。


㉛ 不自由な恋もまたよし
「まああんな天使のような娘が私を騙していました」と愚痴をこぼす神のような親がある。
それも恋人に会いたい、会った上は片時もそばから離れたくないと云う、止むに止まれぬ娘の恋心からだ。
しかし家庭が厳格だったり、人目の関があったりして、恋愛のためには不自由な境遇も、必ずしも呪うべきものとは云えない。
そうした不自由な恋愛を通過した結婚生活においてこそ、誰にも遠慮しない楽しい家庭の味が一入なのだ。
厳格な家庭で育てられた人間は、男性にしても女性にしても、いろいろな面で根っこがまじめな人が多いですね。だから、信頼できます。

先日、お手伝いを家でしていた人間は仕事もできる、という記事が話題になっていました。

★ 子どもを将来仕事に困らない人間に育てるには

手伝いをさせられた子供は労働を嫌がりませんから、家庭生活もそつなくこなすはずです。そのような真面目なところ、努力家なところに加えて、ある程度不自由な中で育てられることで、自由の価値を知っています。不自由な足かせがあるからこそ、おとなになって手に入れた自由をいかに大切に扱おうか、心をくだくことでしょう。厳格にも良し悪しで、日常的な体罰のある家庭などは作ってはいけませんが、
「ならぬものは、なりません」
としっかりと区別をつけることのできる家庭は、孫子の代まで繁栄するでしょう。


㉜ 最悪の場合にも備えよ
「夜半に嵐の吹かぬものかは」である。名船長は平和な海を航海する時にも、嵐が突発する時の用意と覚悟を忘れない。
それでこそ船を遭難から救い出すことが出来る。最悪の場合に徒に狼狽するようでは、船を暗礁に難破させてしまうだろう。
恋愛にも名船長の用意と覚悟が必要だ。
長い結婚生活の先には、山あり谷あり、いろいろなことが起こるでしょう。終始狼狽しないためには、常日頃から、自分と家庭の限界を知り、どのような困難にはどこまで耐えられるかを図りつつ、時には恥を忍んででも家庭を切り盛りしていこうという強い意思と戦略が必要です。

結婚について語りながら、この著者は人生をうまく生きるにはどうすればいいのか、ということに多くの筆を割いています。結局、うまくいく結婚を語るというのはうまくいく生活を語ることであり、うまくいく人生を語ることなのです。


㉝ 余りに甘き恋人は反動化する
五月蝿いほどお世辞のよい人がある。靴の紐まで結んでくれるし、ステツキまで持たしてくれる。
その余りにも甘い恋人は結婚生活に入ると必ず反動化するものだ。
と云うわけは、そう云う娘さんにかぎって、感情的で機嫌買いであるって、気に入らない点がぼつぼつ見えて来ると、ヒステリーを起こしやすいからだ。
いつまでも平和な結婚生活を楽しみたいと思うなら、この種の人には注意して近づかなければならない。
どんなことでも嫌な顔をせずに、ワガママを一言も言わなかった相手が、結婚した途端急変するという話は時折聞きますね。男でも女でも。

「釣った魚にエサをやらない」タイプの人間は、恋愛は狩場であり、結婚するというのは奴隷を捕まえるということだ、くらいに思っているのでしょうか。さすがに離婚が簡単になった現在では、そのような人間は少なくなったと思いますが、それでも気をつけたいものです。


㉞ 押しに負けるな
石に噛りついてもお華客をつくらうと云う御用聞きのしつこさをもって、手をかえ品をかえ恋の押し売りをする人がある。
この押しの強さを、真面目さを取り違えて、ついホロリとして、しまひには押し切られてしまう人がある。
あとになって、それを残念がってももう遅い。
「オラオラ系」という、ワイルドで押しの強い人間を好きになる女性がいます。
ストーカーじみた熱烈なアタックにほだされて結婚する男性がいます。

うまくはまればその後の結婚生活もうまくいくのでしょうが、うまくいかない場合もあります。結局結婚してみなければわかりませんが、ただ、結婚する前に徹底的に理性的に考えた結果、結婚したならば、結婚後に急変してもあきらめがつきます。自分自身のせいだからです。でも、相手に押し切られるように結婚してしまった場合、自分自身の意思ではないために、相手が急変した時には相手を恨むはめに陥るでしょう。

後悔せず納得できる人生を歩むために、自分自身をどんな時にも保持することが必要ですね。


㉟ 見ぬ恋は後悔の原因をつくる
よく文学少女などが、一面識もなく、その人柄も知らぬ芸術家に、その作品なり、名声なりにあこがれて、まだ見ぬ恋をすることがある。
それと同じ筆法で、往々未婚の紳士諸君が某家の令嬢とか、あるひは某ダンスホールのダンサーとかに、人の噂を聞いただけで、まだ見ぬ恋をして、相当悩むことがある。
しかし噂と現実とはいつも食いちがっているものだ。
間に立つ人がいて、この恋が成功したとしても、決していい結果が生まれないのも当然だ。
「ダンスホールのダンサー」という表現が時代を感じさせますが、今で言う芸能人のことでしょう。あこがれから始まる恋は、期待はずれだった時にがっかりする、ということでしょうが、私はそうは思いません。あこがれから始まって首尾よく結婚した後に、相手の欠点がわかれば、より身近に感じて、ますます好きになる、という話はよく聞きますからね。



それでは、また。

2013年2月23日土曜日

飯野賢治の訃報に接して

昨日の記事の続きを書くところ、予定を変更して、飯野賢治について書くことにする。

平成25年2月20日、ゲームクリエイターである飯野賢治が亡くなったという。42歳。死因は高血圧性心不全という、耳慣れない病名である。

私はそもそもゲームに疎い。ましてや好事家に人気だという彼のゲームに触れたことはない。
彼が「エネミー・ゼロ」「Dの食卓」「リアルサウンド~風のリグレット~」というゲームを作成したことは知っているが、そのゲームが本当は世間にどのように評価されていたのかも知らない。、

それでも彼のことを畏敬するようになったのは、彼の書いた『ゲーム』という本を若かりし頃に読んだことがきっかけだ。

『ゲーム』は今手元にない。だから、当時読んだ時の記憶を元にして以下の記事を書くことをお許しいただきたい。

彼の幼い頃、母親が失踪した。父親と二人で暮らすようになったものの生活はすさみ、彼の人生は転落し、やがて高校を中退して、近くの工場で働くようになる。

不良だったのだろうか?
そうではなく、明るいデブキャラのような立ち位置だったようだ。
高校中退後に勤めていた工場では、有機溶媒としてシンナーを使用していて、それを吸うのが一番の楽しみだったという。

ところが彼は、デカルトの『方法序説』を一読して、その美しく組み立てられた論理の世界に魅了されるようになる。美しい論理の世界と、現実の薄汚い世界のギャップに悩んだ彼は、ブルーカラーの世界から飛び出して、クリエイティブの社会で生きることを決意する。

小学生の頃にゲーム作成で賞をもらったことがあったので、その伝手をたどってゲーム会社に就職した。

彼の身体はでかい。身長は175cmくらいでそれほどでもないが、体重が100kg以上あり、迫力がある。
また、弁が立ち、記憶力にも恵まれており、しかもデカルトを読み込んでいるからか、常に論理的に思考する癖が出来ていた。

迫力があるから、リーダーとなるのに適している。学歴がないために苦労しながらも、IT業界が若い業界であったことが幸いした。能力があればすぐに見出される。数年でクリエイターとして認められるようになり、「Dの食卓」でブレイクした。

そのあと「エネミー・ゼロ」という作品のプラットフォームをプレイステーションからセガ・サターンへ移すと、ソニーのイベントで発表するという没義道ぶりを発揮し、周囲をあっと言わせるような派手な演出を繰り返して話題をさらい、一躍時代の寵児となるのだが、そこは割愛。

彼は『ゲーム』という本の中で、ゲームという分野がいかに可能性にあふれているかを切々と訴えていた。

ゲーム会社同士がお互いに足を引っ張るのはおかしいと彼は言う。なぜならゲームという新しいエンターテインメントがこれから蹴落としていくのは、ハリウッド映画やテレビ番組であり、彼らから顧客を奪うことがゲームクリエイターに求められているのであって、ゲーム業界内で争っている暇はない……そんな主張をしていて、
「若いのに大胆な発想をする人間だなぁ」
と感心したのを覚えている。

確かに今では、子どもたちは始終ニンテンドーDSで遊び、テレビをあまり見なくなった。
子どもたちの一番の関心の対象は、テレビでもマンガでもなく、ゲームとなったのは間違いない。

しかしゲーム業界は、彼の危惧していたとおりに、熾烈な競争が起こり、セガサターンはプレイステーションとの競争に敗れ、ドリームキャストも健闘むなしく消えてしまった。
セガが売れなくなったのは自滅のようなものだったけれども、プレステ陣営にも、敵に塩を送るような動きはなかったのではないか。

ライバルが少なくなって、業界内の新陳代謝がなくなるにつれて、「サクラ大戦」や「バイオハザード」、「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」のような、誰もが知っているようなゲームのタイトルが現れなくなった。最近では「どうぶつの森」がやや気を吐いているくらいだろうか。

もっとも、飯野氏の新作ゲームが売れなかったのは、ゲーム業界の凋落よりもずっと前の話。
ゲームは転け、会社の業績も上がらず、飯野氏は、彼自身のキャラクターを売って、コラムを書いたりいろいろな会社の企画に参加したりすることで、糊口をしのいでいたようだ。

彼はブログを長年連載していた。
テレビで見る、パフォーマーとしての彼の姿はそこになく、静かな日常が描かれていて、物足りなかったが、それが彼が30代を迎えてたどりついた境地だったのだろうか。

最近の関心はほぼ音楽にあり、いかにいい音楽を産み出せるか、という内容の記事がアップされることが多かった。

彼は単純で明快なメッセージを常に持っていて、明るくて論理的な人間だった。『方法序説』を自分流に読み解く様が適度に衒学的で、ゲーム業界黎明期を活躍したために、昔の名前がいつまでも通用する稀有な人材だった。

面白い人間で、迫力と能力があって、快活で繊細であり、そして優しい大男だった。
カリスマ性があり、弁が立つ所は、アップル創始者のスティーブ・ジョブズに似ていたように思う。
著名なクリエイターを、数年のうちに二人失ってしまった。

さびしい。

2013年2月22日金曜日

夫婦が仲良く過ごすために ④

さて、そういう訳で、「夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、㉒~㉘までのご紹介です。

㉒ 人に疑惑をもたせるような言動は禁物
智者も学者も踏み迷うのが恋の路である。賢明な人でも恋人のこととなるとつい熱して来て、傍の人が「はてな?」と思うような態度を見せたりする。
しかし、こんなことは百害あって一利なき余計なことだ。
成功すべき恋愛が、傍から水をさされて失敗に終わるようなことが起こるのは、往々こうした軽率な態度に原因しているのだ。
相手を試すために、言わなくてもいい余計なことを言う人って、いますよね。
「他に好きな人が出来たんだ」
とか、
「別れてほしい」
という、思ってもいないことを言って相手の気持ちを試そうとする人。周りも、
「それで相手の気持ちを確かめてみたら?」
などという余計なおせっかい的アドバイスをするのですが、それがうまくいくことはないでしょう。

そして、そんなアドバイスをしてカップルが壊れたとしても、いらないアドバイスをした人間は反省しません。
「もともと壊れる運命だったのよ。早く別れて正解」
などとほざくのです。


㉓ 口達者には警戒せよ
新聞に時々現れる所謂「色魔」の特徴は口の達者なことだ。
自分はこれこれの大学の教授だとか、自分の父は華族だとか、自分は有名な芸術家だとか、言葉巧みに法螺を吹いて相手を煙に巻いておいて、巧妙に魔の手を伸ばすのである。
まったくの法螺ではないとしても、とかく自己広告をしたがる者には気を許してはならぬ。
そう云う種類の者には健実な人物がいたためしがないのである。
嘘偽りで相手を欺く人、いますよね。自分をある程度飾るのは、相手に気に入られたいという一心だと思いますので必ずしも否定することではないと思います。でも、度を過ぎた看板を表に掲げて恥じない人間は、案外多いのです。


㉔ 不平家に警戒せよ
何にでも不平を抱く人がある。
そんな人物にかぎって天下国家の問題で大きな不平を抱くと云うような気概はなく、
自分の家庭、自分の友人、自分の地位に対して常にぶつぶつと不平を呟いているもので、そんな人物と結婚したが最後、箸の上げ下げにまで文句を言われなければならない。
朗らかな家庭生活なんかは望むべくもない。深く警戒すべし。
朗らかであることは、どのような場合でも重要です。「悲観主義は気分の問題だが、楽観主義は意思の問題」という言葉をきいたことがあります。将来のことを恐れるのは古代人の名残でしょう。古代人にとっては、明日天災に襲われることも病気に襲われることも日常茶飯事だったので、常に心配を怠らねばならず、野生動物のようにビクビクせねばなりませんでした。ところが現代人には、意思の力によって自分で道を切り開くという、主体的な行動が求められます。

その場しのぎと悲観主義のセットが草食動物のものだとしたら、先読みと楽観主義は肉食動物のもの。人間はその歴史の中で、被捕食者の歴史が長かったのですが、主体的な人生を歩みたければ楽観主義でいなくてはならないということです。


㉕ 道ならぬ恋は禁物
道ならぬ恋のために身の破滅を招いた人々の記事が、毎日の新聞紙上から絶えたことがない。
まさか自分がそんなことをするはずが無いとは誰もが思うだろうが、運命の戯れは神秘である。
誰も自分の将来を知っているものはない。しかし、どんな機会に、どんな立場におかれようとも、「道ならぬ恋はすまじ」と固く心に銘じておけば、他人を苦しめ、自らも苦しむこの地獄からは救われるであろう。
下世話な話で恐縮ですが、AVでは人妻物というのは確立されたジャンルです。レディースコミックでは、好きになった相手が既婚者というシチュエーションが頻繁に出てきます。10年以上前には『失楽園』という不倫心中小説が話題になりました。

道ならぬ恋の背徳感も、恋愛ジャンキーには魅惑的なスパイスのようです。覚醒剤にはまる人がいるように、浮気にはまる人も多いのでしょう。


㉖ 石橋もたたいて渡れ
恋愛に大胆勇敢は禁物である。石橋も一度たたいてみてから渡る小心と臆病が必要である。
なぜなら恋愛は一生涯に一度たるべきもので、その失敗は一生ついて廻るものだからだ。
余りに臆病なために一度の機会をのがしても、再びよりよい機会が来ることもあろう。
しかし、用心を欠いたために、一度の機会に失敗してしまったら、とりかへしがつかぬ。
他人と一緒にいるということは、日常的に様々な選択しを選び続けていくということです。彼女が何かを質問し、それにこちらがどう答えるか。彼女とどこに遊びに行くか。両親にいつ挨拶に行くか。無数の選択をおこなううちに、たまさかいい加減な気持ちで選択したことが、決定的な関係の破綻を招くということはあると思います。

そのような破綻を招かないためには、普段から慎重に慎重を重ねるという態度が重要です。


㉗ 子供たちに聞かせても恥のない恋愛を
同じ恋愛小説でも、その筋の命で発売を禁止されるような醜いものもあれば、学校の教科書にも使用されるものもある。
出来るならば、自分の子供たちに語って聞かせても恥じないほどの、美しい無理のない恋愛から、結婚への筋道を通りたいものだ。
子供からは必ず、夫婦の馴れ初めを尋ねられます。その時に、お父さんとお母さんは、そのころSMクラブの女王様と客だったんだ……などという話はあまりしたくないもの。異常な関係から始まる恋愛もなきにしもあらずですが、できるだけ王道を歩みたいものですね。


㉘ 明るみに出されても恥なき恋は最上の恋
ガラッと障子を開けられて、アッと逃げ惑うような恋はなすべからず。
明るみに出されても、恥なく、堂々と大手を振って通れるような恋は最上の恋だ。
恋愛に、無理もなく必ず成功する秘訣は、こうした恋をすることだ。
㉗の二番煎じですね。最近思うのですが、この手のライフハックはだいたい、同じネタの使い回しが多いということです。ある作家のことが好きになって貪り読む最初のうちはいいのですが、段々と同じようなことを言うことに腹が立ってきます。それに、彼の語るライフハックでは解決しない悩みが次第に多くなります。やがてその思想から卒業してしまうのです。さて、二十九番目に来て、この「夫婦和合家運繁栄の秘訣」の仕組みが段々とわかってきました。正々堂々とした積極的で快活な恋愛を心がければ、世の中うまくいく、ということを手を変え品を変え、訴えているように思えて来ました。



それでは、また。

2013年2月21日木曜日

ネコ好きにはたまらない家

ネコ好きというのは世界共通で、ネコが歩いているのもかわいい、寝ているのもかわいい、噛み付くのもかわいい、ひっかくのもかわいい、というわけで一種の病気のようなものだ……なんてことをいったら、身近な人にネコ好きがいるので大目玉をくらいそうで怖い。

ネコには魔性の魅力があると昔から言われていたが、それは噂ではなく、どうやら本当に人間の人格を変える力があるという。それも、テレパシーのようは非科学的なものではなくて、寄生虫を媒介して人間の脳に働きかけるというのだから穏やかではない。

★ トキソプラズマが人の脳を操る仕組み
 ネコに食べられやすくするため、トキソプラズマがネズミに引き起こす行動の変化は、反応時間が遅くなる、無気力になる、危険を恐れなくなるというものだが、このような変化はトキソプラズマに寄生された人間にも現れることをフレグル氏は発見した。
怖い話であるが、逆に考えれば、何者をも恐れない勇気と、鈍感力を持つことができて穏やかになるということだから、悪いことばかりではないかもしれない。

そういえば、私が出会った人間で嫌な奴はみんなイヌ好きだった。私自身もイヌ好きなのでネコ好きの肩を持ちたくはないけれども、ネコ好きの方がイヌ好きよりも性格がいい人間が多いのは、残得ながら事実のようだ。
 何千というペットの飼い主からの反応をもとにして、日本の企業が一般の飼いネコにとって必要で重要なことを中心にとらえた住宅をデザインした。
 日本のハウスメーカーである旭化成は、ネコがトイレに行くまでのトンネルや小さな隠れ家などを設置した家を作り上げた。
 ジャパンデイリープレスの記事に、この新しいネコの城の内側からの写真が掲載されている。ビデオもアップされている(とても感動的なピアノの曲が流れている)。
 タイム誌の記事によれば、この住宅は掃除しやすいと言われている、傷つきにくい建材で建てられているそうだ。
 ネコを愛する文化は世界中に広がっている。でも、ネコ用の家は少々行き過ぎではないだろうか? あなた自身用ではなく猫用に設計された家を、あなたは買ったり借りたりしたいだろうか?
★ Japanese company builds the ultimate cathouse


この記事に対する反応は以下のとおり。↓

2013年2月20日水曜日

中国四千年の知恵!! 華僑の秘伝書に学ぶコミュニケーション術 下

さて、昨日の記事の続きです。


5.能敏捷 決断と行動を敏捷にすること
「あんたの行動を見ていると、動作がのろいんじゃないのか」
と指摘されて、友人は赤面したといいます。自分のペースで行動したいのだ、と言い訳する友人に対して、老華僑はこう諭したそうです。
「私のような老人と相対するときには、そのようにゆったりしていても構わない。でも、あなたのような若い人間が、他の仲間と一緒にいるときにモタモタしていては、周りに迷惑をかけるだけだ。たとえば片付け、あるいは目覚めてから起床するまで、一日の中に無数の行動がある。それぞれを、出来る限り素早く行うように心がければ、必ず行動は変わる。行動が早くなれば、決断だって早くなる。動作をもっと機敏にした方がいい」

6.能討脹 回収に努力すること
友人は映画を観るのが趣味でして、現地でも邦画のDVDを日本から取り寄せて観ていたそうです。その噂が立ちまして、彼に、DVDを貸してほしい、という依頼が何度かあったそうですが、返ってこないことが何回かあり、彼の悩みのタネとなっていました。しかし、せっかく語学学校でできた人間関係を壊したくないがために、約束を破っても深く追求しない友人を老華僑は諭したそうです。
「自分も約束を守る。その代わりに、友人にも出来る限り約束を守らせるようにしなさい。約束を守らない相手は、やがてあなたを裏切るようになる。もしもあなたも友人も、どちらも時間にルーズな性格だったとする。その友人が成長して、時間を守れるようになった時に、友人はあなたとの友人関係をまっさきに切るだろう。以前『自分の害になる人間とはつきあうな』と言っただろ。約束を守らない人間は、あなたにとって害悪以外の何者でもない。その友人とつきあいたければ、彼にもできるだけ約束を守らせるようにしなさい」
7.能用人 適材適所で人を使うこと
どんな環境にでも対応できるというタイプはそれほど多くなく、誰にでも得手不得手があります。何か得意なものを伸ばさない人間は、器用貧乏となってどの分野でも大成しないことだってありえます。

さて、友人はあるとき、バイト先で揉め事を起こします。近くのスーパーでバイトを求人していたために思い切って面接を受け、見事採用されて働き始めたのはいいものの、そこで知り合ったオーストラリア人と、捕鯨問題で論争をしかけます。その結果、喧嘩となり、クビになりました。老華僑はそのことを引き合いに出しながら、この第7則についてこのような解釈をしてくれたといいます。
「どんなことでも話せるのは、家族だけだ。親友と青年時代に思っていた相手だって、違う会社で違う立場で違う仕事をしていたら、価値観も大きく変わる。あなたの関心のある分野は相手にとっては退屈なものかもしれない。友人と仲良くしたいのならば、相手にとって関心のあることだけを話しなさい。あなたと相手との間に、共通の関心が何もないということはない。食事の話でもいいし、もっといいバイト先の話でもいい。店長の悪口でもいいじゃないか」
常識といえば常識ですが、私の友人は、
「相手にとって関心のあることしか話さない」
という老華僑のはっきりとした態度に打ちのめされたそうです。
(そこまで自分を殺すのか?)とね。


8.能弁論 討議する才能を持つこと
「英語に自信がないから、オーストラリア人になかなか話しかけられない」
と嘆く友人に、老華僑は、準備することを教えました。
「いきなり会話がうまくいくことなんてありえない。そのためにはとにかく話すことが大切だ。相手にとって関心のあることが分かったら、それについて調べて、自分の考えを事前に英語でまとめて話すようにしなさい。何も用意しないで話そうとするからダメなんだ。準備という努力をして、会話という試合をし、その結果自分の能力が上がる。その繰り返しで、コミュニケーションがうまくなる。『陶朱公の十二則』なんて言っても単なる知識でしかない。それを自分のものにするためには、実戦しかないよ」
同じようなことを明代の思想家である中国人・王陽明(1472~1529)という人が、「事上磨練」という言葉で説明していました。

知識というものは、本を読んだだけでは身につかない。仕事や戦争などの実地に応用して、試行錯誤を繰り返すことで初めて自分のものになる。という王陽明の教えを、この老華僑も知っていたんじゃないでしょうかね?


9.能弁質 商品に対する目を肥やすこと
私の友人は、正確にいろいろと難はありますが、基本的人は好人物です。悪くいえば、少々お人好しの気がありまして、、留学して一年半目に現地の同じ日本人留学生の女性からネットワークビジネスに勧誘されて、15万円ほどする浄水器を買ってしまいました。

最初はホームパーティーだと言われて誘われたところ、そこにいる「彼女の友だち」とやらは全員ネットワークビジネスの会員だったとか。

14時に食事を済ませた後、夜20時まで会話を装いながら執拗に勧誘されたと言いますので、怖いですね。老華僑は十二則について話す際に、この友人のエピソードを挙げながら、こう諭したといいます。
「あれだけで済んでよかった。つきあう相手を間違えば、しなくてもいい苦労をすることになる。いきなり値踏みするようににらみつけてくるような相手を、大物だと思って近づくと、たいてい利用されて終わりとなる。共通の関心もないのに近づいてくる女性は、あなたのサイフが目当てだ。これに懲りずにいろいろな人と出会った方がいい。そして、できるだけ性格もよく能力の高い人と長く付き合いなさい。一流とつきあえば、自ずと人を見分ける能力が磨かれる」
この話を聞いた時に、銀行の偽札監視官の話を思い出しました。彼らはその職務につくと、一定期間、真札だけを一日中観察することを義務付けられるそうです。正しいもの、よいものだけを見続けることでしか、物事の真贋を見分けることができないのだといいます。


10.能知機 タイミングを逃さないこと
友人には、語学学校で知り合った台湾系のかわいい女性と、大学で偶然再会し、そのあと急速に仲良くなりました。幾度となくメールもやり取りするようになり、ようやく告白しようとしたときに、他の男から先に告白され、振られてしまったといいます。友人が帰国間際にその女性に、
「本当は好きだった」
と伝えたところ、彼女は涙を流しながら、
「私もそうだったのに。でも全然告白してくれないから、あなたのことをゲイだと思って諦めていたの」
と言われて大ショックを受けたと言います。

老華僑は、台湾女性が他人とつきあい始め、がっかりしている彼に対して、
「物事にはタイミングがある。タイミングは早くても失敗するけれども、遅くても失敗する。それは経験で確かめていくしかない。一度失敗したら、同じ失敗をしてはダメ。最初が遅すぎたのならば、次には思い切ってもっと早くした方がいい。あなたにとって早すぎると思うことが、世間ではちょうどいいと思うタイミングかもしれない」
とアドバイスをしたそうです。

この話を聞いて思い出したのは、大砲の照準の合わせ方です。一度大砲を打ち、弾が届かなかった場合、どうするか? 少しずつ目的物に合わせるのではなく、今度は思い切って遠方へ照準を合わせるのだといいます。それで届けばよし、目標を大きく越えてしまったとしても、最初に爆着した場所と、次に爆着した場所を見れば、大体の照準の合わせ方がわかるからだといいます。


11.能偶率 率先遂行で人を指導すること
もともとは成功哲学ですから、コミュニケーションの方法としては、あまり役立たない文言かもしれません。ただ、女性にもてない友人に対して、老華僑は、なにかのリーダーになれ、と諭しました。
「今のあなたはカネがない。社会に出ていないから社会的地位もない。若さしかない未熟な男に、女性は魅力を感じることはない。それでももてる人間は、何かしらのリーダー的要素をもっていることが多いんだよ。サルは集団を作って群れを作るが、ハーレムを作れるのはボスザルだけだ。あなたが何かを企画してリーダとなってがんばったときに、必ずその姿を素敵だと思う女性が現れる。失敗してもいいから、何か企画をして、リーダーとなりなさい」
老人のこの教えを聞いて、友人は日本に帰国後にmixiでコミュニティーで人を集め、社会人サークルのリーダーとなりました。まあ、そこでは男性ばかりしか集まらなかったので彼女はつくれませんでしたが、そのあと就職した会社で、役職を任された時に、その時の経験が大変役に立ったと言っていました。そのときのプロジェクトで知り合った女性と結婚したのだから、老人の言うことは間接的に役立ったのでしょう。


12.能遠数 先を見通すこと
老華僑のことをタダものではないと思っていた友人ですが、あるとき老人もまた、成功者の一人であり、友人が食事をしていた食堂のオーナーだったことを知ります。オーナーに対して店員がいちいち挨拶にくると、他の客に迷惑だからという理由で、毎日のように店に通うオーナーに、店員は決して話しかけないように決められていたのだそうです。

私、中国人は上下関係に厳しくて、そのようなメンツの立たないことはしないものとばかり考えていたのですが、そうとばかりも言えないんですね。

さて、老人によれば、十二則の最後となるこの「能遠数」はもっとも大切な法則だそうです。
「自分がどうなりたいか、あなたがその友人とどのような関係を築きたいのか、思い描きながら行動することが必要だ。理想を実現できなければ、理想と行動のどちらかを修正すればいい。今のあなたにとっては、思い通りにならない現実が不満で不安でしかたのないのだろう。それを変えたければ、先を見通しながら行動し、結果が出たら反省して修正することを繰り返すことが大切だ。そのうちに、いつの間にか、理想をそのまま実現できるようになる……ただし、そうなった時には安心はあっても、感動はない」
友人はその時、年をとることの恐怖を感じたといいますが、それはまた別の話。先のことを見通しながら、実戦を繰り返す。これはコミュニケーションも同じということですよね。どのような関係が一番自分にとって都合がいいのか。職場や学校、家族や仲間、様々な立場で異なってきます。理想をまず描くこと。それがどんな場合でも大切ということですよね。


私が友人から聞いた話は以上となります。当時、
「こりゃすごい」
などと思いながらメモしていましたが、今読み返すと、それほど変わったことは言っていませんでしたね。

しかも、今回友人にこの記事をアップしていいか尋ねたところ、
「よくそんな昔のメモ、とっておいたね。あのときはオーストラリアから戻ったばかりだったから、感動してお前に話したのだろうけれど、今はもうあんまり覚えてないよ」
と語っているほどで、ほとんど記憶に残っていませんでした。

現在この友人は、大成功することこそないものの、IT企業のサポート営業? とやらで、なんとか頑張って働いています。今ではそこそこ社交的となっているのは、あの頃の体験が生きているのかもしれません。

2013年2月19日火曜日

中国四千年の知恵!! 華僑の秘伝書に学ぶコミュニケーション術 上

若い人たちの間で、周囲とコミュニケーションがうまくとれないという悩みが、増えているそうです。

原因はいくつもあるのでしょうが、インターネットの普及は要因の一つでしょうね。パソコンや携帯に触れている時間が長く、メールのやり取りが増えて便利になった反面、他人と直接会って、対面で話す機会が減り、コミュニケーション術を実地で学ぶ機会が格段に少なくなりました。

コミュニケーション能力が最初から備わっている人もいるでしょうが、そうでないならば、失敗を重ね、痛い目に遭いながら獲得するしかありません。不注意なセリフで仲がギクシャクしたり、配属された部署の人間とどうしても反りが合わなかったり、周囲の人間とうまく人間関係が築けなかったり……。社会に出て苦労をしながら、少しずつコミュニケーション能力を磨くことができた時代に比べて、今では経験を積む機会が圧倒的に足りません。

巷にはコミュニケーション能力を伸ばすための方法とやらがあふれていますが、ほとんど役に立っていないようです。コミュニケーションの達人と言われている人々は、もともと明るく社交的で、スポーツが得意で、頭のいい人が多いので、こんな人々から、
「話しかけて、笑いをとればいいのさ」
というアドバイスを受けても、コミュニケーション能力が低い人々が応用可能とは思えません。もっと底辺の人間に実行可能なコミュニケーション術は、ないものでしょうか?

そこで、以前友人から聞いた華僑のコミュニケーション術についてご紹介しようと思います。

私の友人は、大学卒業後に就職せず、1年半、ワーキングホリデーに参加しました。目的は、英語を学ぶことと、自身の内気な性格を治すこと。オーストラリアの語学学校に3ヶ月通い、その後現地の大学に留学していたようです。

彼は感情の起伏が激しく、頑固なくせに口下手で引きこもりがちであり、当初は現地で友人が誰もいませんでした。

語学学校と家の往復以外は、近くの中華料理屋で、毎日一人で食事してぼんやりするのが日課となった彼は、同じように毎日店にやってくる老人と、知り合いになりました。

中国から移民してきたという老人の英語は、相当怪しかったそうですが、漢字と英語の両方でコミュニケーションを取れるため、彼との意思疎通はそれほど問題なかったといいます。私の友人は、老人から、華僑と呼ばれる中国系の人々が、現地で大きな力を持っていることなどを教えてもらったそうです。

「日用品はいつも、◯◯というスーパーで買っています」
「ああ、あの店はチェンがやっている店だよ」

という発言が頻繁にあり、その辺り一帯に華僑資本が浸透しているのを実感したといいます。

オーストラリアは1973年前まで、「白豪主義」という白人至上主義をとっていました。白人以外が移民してくることに厳しい制限があり、移民したらしたで、アジア系の人々は見下され、たびたび迫害を受けたのだといいます。

移民としてやってきた華僑は相当な苦労を重ねたようですが、真面目に仕事をして信用を勝ち取り、次第に地域に溶け込むうちに商売に成功し、やがて地域になくてならない存在となったのだといいます。

ちなみに華僑の出身地には下記のような違いがありますが、
広東人 広東省広州周辺出身で広東語を話す
マレーシア、ベトナム、アメリカ
潮州人 潮州や汕頭周辺の出身で潮州語を話す
タイ、ニューヨーク、シンガポール
客家人 梅州周辺や陸豊、海豊周辺出身で客家語を話す
マレーシア、インドネシア、
福建人 福建省南部の廈門、泉州周辺や台湾出身で福建語を話す
フィリピン、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、アメリカ、オーストラリア
温州人 温州周辺出身で温州語を話す
アメリカ
この老人の出身地は福建省だったそうです。

さて、友人はあるとき、老人の部屋に遊びに来るように誘われました。そのときに、額に入って部屋に飾られていたのが、「陶朱公の十二則」でした。日本で、徳川家康の遺訓が飾られているのと同じのりなんでしょうね。


陶朱公の十二則
「これはいったいなんですか?」
と尋ねる友人に、老人は、それが弱者が生き抜くための知恵であり、体格でも、権利でも、コネクションでも白人に劣る彼ら華僑が、現地で生き抜くための方法論だと教えてくれたと言います。

「社会的な成功よりも、人間関係をどうにかしてよくしたい」
と語る友人に、老人は、
「この十二則は、人間関係にも応用可能だよ」
と言って、友人の日頃の人間関係に引き寄せながら、陶朱公の十二則について詳しく解釈をしてくれたそうです。

その内容が結構面白かったので、メモしておきました。走り書きなので、あまり正確ではありませんが、老人の言葉もそれっぽくしつつ、ご紹介したいと思います。


1.能識人 人を見分けること
世の中にあるコミュニケーション術が役に立たない理由は、どんな相手にも、同じ方法で対応できる、と教えることにあります。

相手次第。相手が何を喜び、何に感動し、何がコンプレックスで、どんな話をすればいいのか……まず、相手を観察して、分類することが必要だといいます。
「誰にでも同じ方法が通用すると思ってはだめだ。自分をしっかりと持っていないといけないけれども、同じように、相手にだって相手なりの人生があり、その中ではぐくんだ価値観があるんだ。それが何なのかわからないと、相手を大切にすることだってできないだろ?」
と友人は老華僑から諭されたそうです。英語だったので、ほんとにそう言われたのかどうかあまり自信がないとのことなので、そこら辺の解釈は皆さんにお任せします(笑)。

さて、相手を分類した後、どうするのか。相手に応じて対応をうまく変えることができる、器用な人ならば何も問題はありませんが、そこまで器用な人ならばこの先を読む必要はありません。


2.能接納 礼儀正しく穏やかに人に接すること
礼儀とは、難しく考えなくてもいいのです。相手が嫌がることはしないこと、それにつきます。

相手がどんな人間か見分けたら、少なくとも、相手が嫌うことはしてはいけません。たとえば、30代以上の女性には、年齢の話をしないこと。子供がなかなかできない相手に、子供の話はしないこと。出世コースから外れた相手に、人事の話をしないこと……相手のコンプレックスにできるだけ触れずに、スルーすることが必要だといいます。

強気の態度で出れば、相手に好かれる……なんて方法を勧める人がいますけれども、ここでは弱者のコミュニケーション術を述べますので悪しからず。そもそも自分がそれを許されるキャラなのかどうか、把握する必要があるでしょう。

自分にそこまでの自信がないのならば、穏やかな態度を貫くことがベターです。
「誰だって、威張りたいんだよ。だから、世の中にはほっておいても威張るタイプの人間は大勢いるんだ。その中で、穏やかで居続ければ、それだけで好感度は高くなるもんだよ」
だそうです。


3.能安業 目移りばかりしてはダメ
ある人と知り合って、仲良くなると、その人のいい面だけでなく悪い面も見えてきます。その時に、すぐにつきあいをやめてはいけないのだそうです。
「嫌な人間こそ、寂しいもんだ。絶対に許せないような相手、あるいは自分に害のある相手ならともかく、そうではなく、話が面白くないとか、馬鹿なことばかり話している程度の人間ならば、友人関係を切る必要はない。つかずはなれず、人間関係を持続していくことを心がけたほうがいい。いつか役に立つかもしれないし、困ったときに、頼りになると思っていた人間が助けてくれず、疎遠な友人が助けてくれるなんてこともよくある。人間関係がうまく続かない人の特徴は、面倒だと思った相手との関係をムダに遮断しようとするところだ」
4.能整頓 整理、整頓を心がけること
そもそも嫌な人間が寄ってくるのは、自分にも責任があるのだそうです。そういう人の特徴は、とにかくだらしがない、ということ。身の回りがだらしないと、つけこまれやすくなるのだそうです。
「悪い仲間と知り合って身を持ち崩す人が多いのは、その生活が乱れているからだ。あなた(友人)に私が話しかけたのは、あなたの身なりがしっかりしていたから。この青年と知り合いになっても間違いはないだろうと考えたからだ。逆にあなたの着こなしが崩れていたら、私は話しかけなかった。当然、それに引き寄せられるような人間しか話しかけてこないだろう」
以下、明日に続きます。

2013年2月18日月曜日

中国とインドの間

アメリカという国は他の大国に比べて、地政学的に大変有利な位置にある。

・陸続きの隣国に、自国と戦って勝ちうる国が一国もない。
・隣国との関係が良好。
・太平洋と大西洋に広大な海岸線を有しており、良港に恵まれている。
・南北にも東西にも大きいために、農産物の生産量が、ある地域で壊滅的でも他地域まですべてダメ、という危険性が少ない。

ロシア・中国・インドといった超大国の国々は、どれだけ自国を発展させても、地理的な位置を変えることはできない。

冷戦時代にソ連(今のロシア連邦の前身)が不凍港を求めて幾度となく南下政策を推し進めたのはよく知られているが、ついに叶わなかった。

人間には「他者には負けたくない」という感情が生まれつき備わっているので、アメリカに比肩しうる力を持ってい(ると思い)ながら、追い越せない超大国にとっては、その状況は耐え難い屈辱となる。バブル期までの日本はなんとかアメリカを追い抜いてやる、という強い意欲に満ち溢れていたのだが、国力がだいぶ傾いたせいで、この手の背比べからは降りてしまい、今では気楽なものだ。

ところが最近とみに国力をつけてきた中国にとってみれば、アメリカはやがて追い越せる存在に見えて仕方ないのだろう。なんとかゴリ押しで地理的制約を取っ払おうと、様々な戦略を全方位に対して推し進めている。

国内に問題を抱えているから、その目をそらそうという人気取り政策的な側面もあるのだろうが、根本的な問題を解消しないままゴリ押しで物事を解消する行為が、うまくいった試しがない。

中国を攻めようという国がただひとつもないという、史上でも大変幸福な状況にいるのだから、それを利用して、公害対策だとか犯罪の取り締まりだとか汚職の摘発だとか、もっと内政に力を入れたほ方がよさそうなものだが、問題が多すぎて、どれから手をつけたらいいのか分からないのかもしれない。

そうこうするうちに、北京を記録的な大気汚染が襲い、その対策で大わらわとなっている。汚染された大気でできた雨水がやがて飲料水に化け、人々の健康を害するだろう。毒食とまで呼ばれるようになった現地の中国食品による被害が深刻化するのは、これからだ。
 戦略的に重要なパキスタンの港を活用しようと中国は目論んでいる。この動きは、ニューデリー政府と北京政府が地域覇権を争っている現状では、インドにとっての重要課題である、という認識を、インドの国防相が明らかにした。
 インドの行政府自体はかなり前より、アジアのライバルに対抗するために軍事的影響力を強化する上では、隣国である中国の企業が建設するこの港は戦略的な脅威となると警告していた。
 グワダール港はカラチから約600kmの距離にあり、パキスタンとイランの国境に近い場所に位置する。その管理は、以前はシンガポールのPSAインターナショナルによって行われていたが、先週、中国国営の、中国海外集団有限公司へと引き継がれた。
(中略)
 1962年、中国とインドの間には国境紛争が生じている。中国外務省の洪磊(ホン・レイ)報道官は、
「グワラール港の管理は商業目的であって、パキスタンとの間の長期に渡る友好関係の一環でしかない」
 と述べた。
「中国は中国とパキスタンの友好関係と、パキスタンの繁栄に利するであろうあらゆるプロジェクトを応援するだろう」
 とも記者団に語った。
(中略)
 アントニーインド国防相は、バングロールの南部の町における航空ショーにて、中国と国境を接するインド北東部の防衛力を強化することは、隣国との紛争を意味しないと語った。
 また、
「北東部の防衛力強化は我々の義務だ。彼らがパキスタンとの軍事協力を進めるのならば、我々もそうするだろう」
 とも語ったものの、航空ショーに中国代表団が出席することについては、「歓迎すべき第一歩」であると、アントニーは言葉少なに述べるにとどまった。(後略)
★ India "concerned" by China role in Pakistan port


これに対する人々の反応は以下の通り。↓

2013年2月17日日曜日

夫婦が仲良く過ごすために ③

さて、「夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、⑮~㉑までのご紹介です。

⑮ 恋愛も生活から
生活を考えぬ恋愛は有閑紳士有閑婦人の恋愛である。
遊戯に過ぎない恋をして、恋人同志がめいめいの家を飛び出して、温泉場などを嬉々として遊び廻っているうちに金に窮して、遂に死を計った等と云うことは三面記事の材料として、新聞記者を喜ばすだけの価値きりない。
まづ自分の生活、相手の生活を考えよ。生活の中から生まれ出た恋愛こそ本当の恋愛である。
これは私も始終考えていることです。結婚するにはまず土台から。土台がなければ生活の安定はなく、結婚しても相手に苦労をかけてしまう……。

彼女を必ず幸せにしたいと思う人には大変思い条文ですね。


⑯ 恋人の第一の資格は飽きの来ぬ人たること
「目についた女房そろそろ鼻につき」—それでは困る。一生涯恋しても飽きの来ぬ人。
いな、永く一緒に居れば居るほど、ますますよくなって来るような人でなければ真面目な恋愛の対象にはならない。それが恋人の第一の資格だ。
そもそも、相手と一緒にいて、飽きるということがなぜ起こるのでしょうか? たとえば両親や兄弟と一緒にいて、嫌になることはあっても「飽きる」ということはあまりないはずです。相手に興味をもたなくなる、ということでしょうが、それは恋愛中毒者に多い感情の変遷です。

相手が嫌になろうとも、それでも大切にしてやりたい……そういう気持ちを持つように心がけたいですね。


⑰ 誰からも好評な人を選ぶべし
あの人は皆に誤解されているが、自分だけはあの人の真価を知っているなどと、自惚れる勿れ。
それは恋愛のために正気を失った場合に誰でも云うことだ。
もとより、世間の評判などは極く皮相的なもので、そんなものにとらわれることは間違いだが、その人の兄弟姉妹とか、極く親しい者がその人をどんなに批評するかを注意しなければならない。
その人が日常親しく接触している人の誰からも好評であれば、その人を恋人に選んで間違いがない。
これはどうなんでしょうね? 私の知っているある男は、日常親しく接触している仕事上の人間には大変好評な人間でしたが、家族や部下など、極々身近な人間にだけ、隠れて暴力をふるうタイプの人間でした。そして、それが決して表に出ることはありませんでした。その男、これまで何度も離婚経験があるような人間でしたが、評判は大変良かったですよ?


⑱ 恋愛の陶酔に正気を失う勿れ
恋愛と生活を取り換えっこしてはならぬ。一生涯恋愛の陶酔の中に生活することが不可能であるのはわかりきったことだ。
だから一時の感情のために生活をめちゃめちゃにしてしまっては何にもならぬ。
生活を豊富にするのが恋愛である。生活を破滅させるのは頽廃である。恋愛の陶酔の中にも正気を失わぬことだ。
結婚しても浮気して家庭を壊す人がいます。残されたものが可哀想でなりません。

恋愛の魅力はセックスではなく、その陶酔感にあります。相手のことを考えると、脳内が幸福感でいっぱいになり、そのことだけしか考えられなくなるという中毒性は、怖いものです。この手の感情が人間に備わったのは、禽獣時代の名残なのでしょうか。

「ダメ。 ゼッタイ。」
などの覚せい剤濫用を警鐘する標語はあるのに、恋愛禁止のキャッチコピーがないのはおかしなものです。恋愛禁止はAKB48だけの問題じゃありません。


⑲ 結婚に到らぬ先に恋の油を燃やしつくすな
金銭の浪費は生活を破綻させ、愛情の浪費は恋愛を破滅させる。
恋愛が一時の遊戯に過ぎないものならそれでもいいが、しかし恋愛は永い結婚生活の大道につづく関門であることを忘れてはならぬ。
熱愛しすぎた同志が結婚生活に入る頃にはそろそろ恋愛の倦怠期になっていたりするようだと、
その人々は味気のない結婚生活を送らなければならないことになる。西洋の諺で「結婚は恋愛の墓」と云うのも、このことを云ったものだ。
「恋愛の賞味期限は4年間」
という言葉があります。

一時の恋よりも一生の愛。
倦怠期を乗り切るためにも、できるだけ早いうちに結婚までもっていかなくてはなりませんね。

そういえば私の知り合いに、結婚まで5年間かけたカップルがいます。カネが貯まるまで、結婚を延ばし延ばしにしていたそうですが、いざ結婚して出てくるのは相手に対する愚痴ばかりで、可哀想でした。いろいろな理由があるでしょうが、永すぎた春も、一つの原因なのでしょう。

……あれ? それ、この前も書いたような気がします。

もしかしてこの「夫婦和合家運繁栄の秘訣」、表現を変えているだけで同じことを繰り返しているだけ? なんだかそんな気がして来ましたが……それはともかく、先に進みます。


⑳ 打算する人に許すな
理性と打算とを混同するな。理性的でなくてはならぬ。しかし打算的な恋愛をする人に決して許してはならぬ。
算盤がはずれた時には恋も終わりとなるようでは言語道断である。理性はある場合には自己犠牲をさえ要求するものである。
理性的ではあっても、打算的であってはならない……うーん、難しい。いや、打算的であってはならないことが難しい、というのではなく、理性的でありつつ打算的であってはならない、というところが、です。

そういえば、最近ですと、奥菜恵や山口もえ、上原さくらの結婚と離婚に、打算的なものを感じました。相手の年収に惹かれて結婚してみたものの、いろいろと問題を抱えているのを知って、うんざりして別れてしまうのが彼女たちのパターンです。ああいう反面教師がいると、わかりやすいですね。


㉑ 親しき仲にも礼儀あり
恋人同志の間に遠慮は野暮の骨頂である。遠慮がなくなることに比例して親密の度はまして行く。
しかし礼儀と云うものは遠慮とは全く性質の異なったものだ。
相手の人格を無視した言動や、自分勝手の要求ばかりしているようでは相手を憂鬱にさせ、やがて厭きられる。それをしないのが礼儀である。
一緒にいると遠慮がなくなります。特にオナラやゲップなどをところかまわずするカップルがありますが、こういう場合は段々と千年の恋も冷め、やがて夫婦の危機を迎えることとなります。

いくら夫婦であってもゼッタイにオナラは目の前でふらない、ゲップもしない、鼻くそをほじらない、爪楊枝で歯垢をとらない、など、ある程度のマナーを心がけるようにしたいものです。


さて、この続きは、2/22(金)を予定しています。

ちょいと新しい試みとして、曜日ごとにテーマを決めて、記事を書いてみようかと思っています。月曜日と木曜日は、海外ニュースについてのエッセイとニュースに対する反応。その間の曜日を、この記事のような軽めのおもしろ記事で埋めていく、という方式です。

それでは、また。


2013年2月16日土曜日

夫婦が仲良く過ごすために ②

さて、「夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、⑧~⑭までのご紹介です。



⑧ 恋愛にも試験時代が必要
恋愛は一生涯に一度のものだ。だから、人はたった一発きり弾を用意せぬ狩人のような慎重な態度が必要だ。
これぞと思う相手を見て、その貴重な一弾を発射すべきだ。
だがその前に、相手の人格をあらゆる方面から注意深く観察するための永い試験時代がなければならない。
これはやや理想論。相手のことは、つきあってみないとわかりません。誠実な男だと思っていたのに実は不真面目だったり、自分の欲求だけを要求する相手だったり、金遣いが実は荒かったり、他人の悪口が大好きだったり……意外な一面は、結婚後にあらわれることが多いとよく聞きます。そもそも人間は、好きな異性に欠点を見せないものです。

つきあっている相手がオナラを振ったことがない相手ならば、要注意かもしれませんよ。あなたの前で自分を完全に偽ることができる人物かもしれませんから!!


⑨ 恋愛にも年齢あり
文豪ゲーテとかストリンドベリーとかは老年になってから、まだ二十にもならない少女を恋した。
いくら相手が彼らの如き大文豪でもそんなお爺さんでは少女の方で問題にしなかったのは当然だ。
また例え、少女の方で老人の真情に同情して目出度く結婚生活に入ったとしても、その結果はどう考えても不幸だったに相違ない。
恋愛が結婚に行きつくものである以上、やはり年齢のことについても考慮するのが当然である。
1749年生まれの作家・ゲーテが、ウルリーケ・フォン・レヴェツォーという17歳の少女に恋に落ちたのは1821年、72歳の時でした。さすがにこれは歳の差があり過ぎます。

1849年生まれのスウェーデンの作家・ストリンドベリーは、1908年59歳の時に40歳年下の少女に求婚して断られたそうです。そりゃそうだと思いつつ経歴を調べると、52歳の時には30歳も年下の女優と結婚していました。それもとびっきりの美人。
うらやましいような気も少ししますが、結局のところ、一人の人と一緒に歳を重ねる根性のない、エゴイストであり、最後に待つのは誰からも見とられずに死ぬ悲惨な末路です。

ストリンドベリーについて詳しいブログはこちらです。
★ 分け入つても分け入つても本の山――ストリンドベリ


⑩ 恋愛の経験は尊からず
何事についても経験と熟練ほど尊いものはない。しかし恋愛だけにはこれは例外である。
恋愛の経験は少ないほど尊く、また熟練をつまぬほど尊い。
いな、恋愛の経験はその将来の夫または妻に対する唯一度かぎりのものであってほしい。
これはいいことを言っています。周囲を見渡しますと、数多い恋愛経験を重ねている人間が恋愛の達人であるとはいえません。なぜなら百人いれば百通りの恋愛があるのが世の常で、
「こういうことを言えば女性は(男性は)こう考えるから、それならこうしたらいい」
なんて、過去の恋愛経験から判断した行動は、大抵の場合失敗します。むしろ過去の記憶のある人のほうが、経験に足を取られて間違った行動をとってしまうのです。100回の恋愛を重ねた人は、恋愛を結婚まで育てることに100回失敗してきたダメ人間だと思った方が無難でしょう。


⑪ 恋愛保菌者に近づくな
病気には、一度それにかかったら二度とかからぬ免疫性のものと、一度かかった人ほど再びかかりやすい業病とがある。
恋愛病もその業病に似ている。それには予防注射も発明されない。
うかうか近よると感染する恐れがあるから、恋愛病の保菌者に近づく時は充分な用意が必要である。
昔、加藤登紀子という歌手が銀座の「無印良品」のショップの中で、ミニコンサートを開いているのを偶然通りかかって覗いたことがあります。

「年をとってもいつまでも恋愛をしていきたいですね」
と語った彼女の発言を聞いて、
「はぁ?」
あっけに取られました。

黒木瞳も同じようなことを語っていましたが、中年を過ぎた既婚芸能人の恋愛のどこが素晴らしいのでしょう? 彼らを称賛するのは恋愛保菌者であり、彼らはマイノリティーだからこそ結束して、彼らの代表者を熱烈に応援するのです。その熱気に当てられないようにしないといけません。


⑫ 恋人を買い被るな
「恋愛論」で名高いスタンダールも「恋愛の結晶」と云うことを説いている。
平たく云えば「あばたもえくぼ」と云うことで、相手のくしゃみの仕振りまでも何となく嬉しいと云う心理である。
これが一朝恋の熱度がさめかかってくると、相手のくしゃみの仕振りまでが何となく癪にさわると云う心理に転化するのであるから恐ろしい。
だから相手を悪く悪く見積もるほどではなくても、冷静な批判的な態度を失ってはならない。
そうした態度がなければ、後になって必らず後悔するはめになって来よう。
恋愛は一種の麻薬ですから、薬効が一度切れると禁断症状に襲われるように、恋愛感情は憎しみへと変化してしまいます。


⑬ 恋人に自分を買い被らせるな
自分の恋する人の前では、誰でも無意識のうちに自家広告をしているものだ。
自分を出来るだけ相手に気に入るように見せようとするのは人情である。
けれども、恋愛は結婚への関門であり、結婚生活は一生涯のことだから、
後で段々箔がはけて来て地金が出て来るようになると相手は失望し、結婚生活が面白く行かないことになる。
だから、自分の美点とともに、欠点を理解させることも忘れる勿れ。
⑫を避けるための要諦ですね。本当に好きな相手には、あえて自分の嫌なところを早めに見せておく、という工夫は必要です。それでも好きだと言ってくれる相手は、一生の宝になるはずです。


⑭ 結婚争闘は禁物なり
自分の他に競争者があることを発見した場合には、ただちにあきらめて舞台裏に引っ込むことが賢明な態度である。
「あきらめ」と一口に云えば簡単だが、これが実際にはなかなか困難なことは云うまでもない。
しかし、もし競争者が自分以下の者なら、そんな者を相手にしている自分の恋人を「見損った」とあきらめるべし。
またもしも競争者が自分以上の者ならば、そこへのさばり出ることは、すなわち恋人の幸福を妨害することだ。
勝つにしろ負けるにしろ、結果の面白からぬは明らかなことだ。
恋愛小説によく出て来る三角関係を味ってみるべし小説としてのん気に読んでいる時には面白くもあろうが、
実際自分がその渦中にあるものだとして考えて見たら、まったく御苦労千万とも、
馬鹿らしいとも何とも云えぬ余計な閑つぶしであることに思い当たるだろう。
三角関係はドラマのテーマとして度々取り上げられるので、そのような関係に憧れる人も大勢いるのでしょう。

恋愛ジャンキーには、特にこの手の関係を好む人が多いものです。障害がある恋は燃えるもの。相手が自分のことを好きでいるのは分かっていても、相手に他にも好きな人がいるのは我慢できません。

幸福と憎悪とが入り混じり、感情が揺すぶられるうちに、もうどうしようもなく切なくて切なくて……。

そんな人は、たぶん、恋愛しか考えられなくなった自分が大好きなんでしょうね。彼らにの価値観に魅力を感じて、実らぬ恋に情熱を傾けたりしないようにせねばなりません。

2013年2月15日金曜日

夫婦が仲良く過ごすために ①

先日「夫婦和合家運繁栄の秘訣」なるものを49ヶ条にまとめられている記事をみつけました。

いまだ独身、これから結婚をする身としては、事前にこの手の教訓を把握することはとても大切なことでしょう。

ただ、48もありますと、一気に読んでも頭に入らないものです。そこで、ご紹介がてら解説や感想を述べつつ、みなさんと一緒に考えていこう、といのがこの記事の趣旨です。

少しずつ進めていこうと思いますので、皆様気長にお楽しみください(早く知りたいという人は、元記事をご覧ください)。


① 恋愛は一生涯の事業である
年に二回、陽気の変わり目ごとに行われる猫の恋の如きものは恋愛ではない。
恋愛の花には結婚の実が結ばれなければならない。
だから恋愛は一生涯の事業だと云うのも、決して奇を衒って云うわけではない。
その恋愛、果たして成功なるや、不成功なるやは、二人が死して、いよいよ棺を蓋って後に判断すべきだ。 
結婚ではなく「恋愛」を一生涯の事業である、と規定するのが、やや昔風です。この元ネタが載っていた本は、昭和10年に出版されたためでしょうか。今の恋愛を一生涯の事業と思い定めるという覚悟は、重いですが大切です。


② 恋愛は盲目なるべからず 
昔から「恋は盲目」だと云う。黒ん坊の奴隷が女王クレオパトラに恋をしかける小説の中での話のように、 片恋に焦れ死ぬのはその人の勝手と云えばそれまでだが、浮気、色気の沙汰ならいざ知らず、 結婚の前提としての真面目な恋愛の場合には、その第一条件はお互いの調和である。
恋は盲目なるべからず、無理のない恋愛が理想的な恋愛である。 
「恋愛の場合は、その第一条件はお互いの調和である」
いい指摘です。
「真の恋愛は片思い」
という言葉を聞いたことがあり、そういう言葉に同級生の女性が憧れるのを横目で観ていました。子供の恋愛ならばそれでいいでしょうが、しょせん酒に酔ったようなもの。酩酊した状態を理想とするのはアル中患者くらいです。冷静になり、お互いの幸福を祈り合う関係こそ、理想ですよ。


③ 恋愛と友情とを区別せよ 
友達の我儘は大目に見て許せる。
しかし、我儘な妻、あるいは夫と毎日朝から晩まで鼻を突き合わせて暮らしているうちには、堪忍袋の緒も切れる。
だから、異性の親友として好ましい相手でも、その友情をそのまま恋愛に転化させることが出来ると思ったら大変な間違いだ。
それをごっちゃにする人には、後からすぐに後悔がやってくる。 
友だちとしてならば我慢できることも、結婚相手としては我慢できないことが出てくる、という指摘です。結婚相手とは一生一緒にいる相手。疲れない相手でなくてはいけません。居心地の相手が一番いいのでしょう。


④ 恋愛と浮気心はまったく別物 
電車の中で会った人にも、往来で目にとまった人にも、一寸好ましいと思う人があるものだ。
所謂「一目惚れ」とはそのことだ。しかし、そんな浮気心と恋愛とを一緒にすると、飛んでもない間違いのもとになる。
一夜にして咲く花はまた一夜にして散るものだ。恋愛の花は散れば、必ず悲劇になる。
本当の恋愛のためには、そんな浮気心はおさえつけねばならない。
いつも一緒にいる相手がいると、人間贅沢なもので、
「他にもっと素敵な人がいるんじゃないか」
などと物色してしまうようです。

さすがに私はそのようなことはありませんが、10代、20代の頃には目移りばかりしていた気がします。ただ、それは本当に心許せる開いてと出会っていなかったからなのかもしれません。


⑤ 胡蝶の如き恋愛専門家に気を許すな 
自分の浮気心をおさえるとともに、また相手の浮気心を見破るだけの用意がなければならない。
胡蝶の如く、花から花へと舞い移る専門的恋愛家に気を許してはならない。
少なくとも一年間は交際してみよ。そのうちに、もし相手が浮気者なら、厭きて他の花に舞い移ってしまうであろう。 
浮気者の相手かどうか判断するために、一年間交際することを進めているこの著者は只者じゃありませんね。戦前に書かれたものですから、もっと急いで結婚するように勧めるのかと思いきや、かなり時間をかけることを勧めていて驚きました。

たしか三島由紀夫の『長すぎた春』は、1年以上に渡る長すぎた交際期間のために、危機を迎えるカップルがモデルでした。

見極めるのには時間がかかりますが、あまり長く待たせてはいけません!!


⑥ 恋愛の要求には簡単に応ずる勿れ
結婚生活に入った後に、こんな人とは思わなかったと、愚痴をこぼす位馬鹿な話はない。
それは、相手の恋愛の要求に簡単に応じたその人の罪である。
夜店の品物を買う時ですら、品物の吟味が必要である。
買って帰ってから、すぐ何んだつまらないと、後悔するような品物を、商人の口車に乗せられて、うかうか買ってしまうような馬鹿な真似をする勿れ。
後悔の多い人というのがいます。私には多少その気がありますので、絶対に愚痴は言うまいと思っていますが、ときどきこぼれ出ます。私の母が愚痴っぽい人間だったので、その習慣が伝わっているのでしょう。

これを根絶しなければならないと、改めて反省しました。


⑦ 自分一人を恋していると自惚れるな
彼女または彼が自分一人を恋していると自惚れたら、大変な間違いである。
そんな気持ちでいれば、相手も「何んだ」と云う気になる。
むしろ、世の中には自分よりもすぐれたものは沢山いるものだと思うべし。
その大勢の中から自分一人を選んでくれたことに対して感謝の気持ちをもち、その心持で生涯相手に対すべきだ。
うぬぼれ屋さんはご注意を。この世には自分よりも素敵な人間はたくさんいることを忘れてはいけません。でも、鏡しか観ていないと、ついつい忘れてしまいがちです。

というわけで、続きは明日。

……え?
「49ヶ条もあるのにまだ7番目ですよ」って?

7日間このネタでひっぱるんですよ!

2013年2月14日木曜日

学生の人種差別的イタズラ

学生といえば、たとえば未成年飲酒や落書きなどの軽犯罪法違反や道徳的な規範に逆らうのが当たり前のような雰囲気が昔はあった。そういう学生に対して、世間の目も寛容だった。しかし最近は大学生が増え、質も低下した。彼らが必ずしも社会にとって有為な存在となるとは限らなくなったためだろうか、この手の乱交を世間が許容しなくなっている。

とはいえ、世間が許そうが許すまいが、無茶をやる学生は今も昔もこれからも大勢現れる。それが若さと言うものだろう。

もっとも、その手の無茶を積極的に犯すようなバカは、今も昔も少数派だ。自分の大学生時代のことを振り返っても、たいていの学生は遵法意識が強く、そうそう法律違反を犯したりはしない。私もその一人で、無茶する奴らを「バカな奴」と思いながら冷めた目で見ていた。

ただ、違法行為などを一緒になっておこなった人間の結束は固い。

あくまで学閥が力を持っている大学においてだけれども、各方面で活躍する社会人の中には、学生時代にハメを外した人々も大勢いる。彼らの秘密は仲間内にとどまり、外側に漏れることはめったにない。いくら学生時代とはいえ、大麻を吸ったことがありますとか、泥酔状態の女性をセックスまで持ち込んだことがあります、などの話は周囲に決して知られたくないもの。バラすバラさない、という脅迫があるわけではないが、隠微的な共犯意識がお互いをしばり、この手の経験を共有した人間同士、大学卒業後もなにかと仲間意識が持続し、仕事の融通をきかせ合っている。

それを羨ましいと思うのだが、その手の「ギルド」に属すことは何かと面倒だろう。自分が利用するだけではなく、相手からも利用されるわけだし。その点では気楽な方がいいのかもしれない。

それにしても下記ニュースに対するコメントには白人たちの憤懣やるかたないといったものが多数見受けられる。日本でもネトウヨと呼ばれる過激な保守主義者たちの発言がネット上で目立つけれども、発言の機会が一般社会で許されない多数者の恨みつらみが、ネット上に溢れかえるという点で、日米で差はないのね。
 デューク大学の学生達が、「人種差別パーティー」と一部で呼ばれる友愛をテーマにしたパーティーに対して、抗議する集会を開く。
 2/1(金)にKappaSigmaによって開催されたパーティーの写真がFacebookに投稿された。写真には、伝統的なアジアの服装をした学生たちの姿が写っている。Eメールには"Herro"(Helloの誤り)や"Chank You"(Thank Youの誤り)のような英語に拙い外国人の典型的なミス・スペルが盛り込まれていて、映画『チーム★アメリカ/ワールドポリス』の写真も掲載されていた。
(中略)
 これに対して抗議集会がデューク大学西キャンパスで2/6(水)の午後1時から開催。Facebookのページによれば700人以上が抗議集会に参加した。
★ Duke students to protest fraternity’s ‘racist rager’

2013年2月13日水曜日

自己啓発書を捨てよ キャリアポルノに騙されるな

一時期貪るように宗教書、哲学書から始まって、自己啓発、成功哲学の類の本を読みあさっていたことがあります。

人間いかに生きるべきか、この世に生を受けた意味とはなんぞや? などの疑問がふつふつと湧き出していたあの日。答えを探してあてどもない読書の旅へ出発しました。

読む前から、解答がないことは分かっていました。

たった一つの解答があるのならば、すでに人類はそのひとつの宗教を信仰するか、ひとつの哲学を後生大事に抱えているはず。答えがないからこそ、様々な思想がこの世に蔓延し、何百という新興宗教が生まれ、何万という自己啓発書が書かれ続けているのでしょう

解答がないことは分かっていながら、それでも私がその手の本を読み続けたのは、「自分にとっての最高の思想」ならば、いつかみつかるかもしれない、と思っていたからでした。

人類にとっての最高の宗教や哲学はないかもしれませんが、誰かにとっては最高であり、その人の運命を決定づけた哲学や宗教はあります。狂信者は、たったひとつの宗教のために命を捨ててもいいとまで思いつめます。

この「私」にとって、死ぬに値するような、納得できる思想が、どこかにあるのではないか……と考えたのでした。

まあ、未だにそんなものに出会っておらず、徒労の日々を過ごしてきたわけですが、

★ キャリアポルノは人生の無駄だ

という身も蓋もない記事を読みまして、寒気がしました。
「東大を首席で卒業してハーバードに行って何チャラというグローバル(棒)企業のなんとか戦略マネージャーをやっている」
「超有名戦略コンサルティング会社のなんとかコンサルタントだ」
「16歳で大学を卒業した、ガレージから操業した企業を数千人の企業に育てた」
という「意識の高い学生」とか、「ちょっと頭の弱い大人」がウハウハと大喜びするキーワードが満載です。
しかしそもそもそういう本にでてくる人は実生活ではあれだったり、本業がぼろぼろで業界では相手にされないから素人向けの本を書いて生活している人がいたりするんですがね。だって売れっ子だったらそんな素人向けの本を出して宣伝する必要ないんですから。営業しなくてもお客さんが来ますので。
で、まあ何がいいたいかというと、ハーバードも戦略コンサルもガレージから操業してどう、も我々には関係ないんですよ。多分勤労人口の99.99999%には関係がない。
おっしゃるとおりで、筆者の口汚い文章にさえ目をつぶれば、至極まっとうな意見で、耳が痛いです。この文章は主に自己啓発書を読んでいる人々に向けたものですが、哲学や宗教を学んでいる人々に向けたものでもある、と考えてもいいでしょう。

ここでは、自己啓発書を書くような人間はスーパーマンか、スーパーマンにあこがれている人間を食い物にする人間だ、という事実を喝破しているのですが、私が前述した
>>その人の運命を決定づけた哲学や宗教
を持ちえた人もまた、一種のスーパーマンであると言えましょう。自分もまたそうだと思いながら読むのと、
「彼らは一種の選ばれた人だ」
と斜に構えて読むのとでは、これからの読書態度も自ずと異なります。いや、そもそも読書をする意味すら、もうないのかもしれません。

そもそもそれほど脳の作りが人よりもずば抜けているわけでもない自分が、何らかの解答に行きつくと考えてムダな読書をしてもたかが知れているというもの。そんなことよりも、目の前にいる女性を幸せにする方法を探り、試行錯誤しながら模索していくことの方が何よりも大切なのです。

人生とはなんぞやとか神とはなんぞやなんて疑問を持った人は、高尚なことを考えていると思い込み、本業が身に入らずに目の前のことをおそろそかにして、あたら有意義な人生をムダにしてしまうことが多いものです。
何の後ろ盾もなく会社を興して数千人の組織に育てるって、常人じゃ無理なんですよ。遊びも何も犠牲にして働ける気力と体力、それに、「絶対に金が欲しい」「俺は組織をでかくしたい」という怨念がなきゃ無理なんですから。
そんな怨念じみた意欲がある人ってね、普通じゃないんですよ、普通じゃ。近所にいたら町内会の99.899%の人に「あいつおかしい」と言われているタイプです。伝記は自慢本だから、創業者の怨念満々の部分なんて書かないですよ。金だしてゴーストライターに書かせてんだもの。
ゴーストライター、ねぇ。

経営者をいかに立派に語るかは、ゴーストライターの腕の見せ所です。

創業者たちを大変立派な人物を描く伝記作家に、ご縁がありまして話をうかがう機会が以前にありました。彼にそのコツを聞いたことがあります。

Q「世間で評判の人物であっても、実際に会ってみるとそれほどでもなく、頑固で短気でわからず屋で社内の鼻つまみ者だったりししませんか?」

A「そんな奴らばっかりだよ。経営者と人格者は違うからね。むしろ一代で成功した創業者なんて、もっといい女を抱くために社会的地位がほしい」とか「カネをもっと稼いで女をつかまえたい」とか、性欲の塊のような連中がほとんどだから、人格者とは程遠い事が多い。でも、人前に出ることが多いから、それなりに自分を飾ることには長けている。でも一皮剥いたら、野獣のような人間ばっかりだ。人を騙すことにも躊躇しない。どっかのネジが外れている」

Q「それでいながらどうしてあなたは、彼らをああも格調高く書けるのですか?」

A「人物をよく観察して、歴史上の有名人の誰に近いか考えればいいんです。特に欠点に注目する。女好きだったら豊臣秀吉や伊藤博文、短気だったら織田信長などを選び、それに擬して書けばいい」

なるほどねぇ、と感心し、面白い話だと思うと同時に、こうして虚像を量産しながらそれを恥じないこの歴史作家にうんざりしたものです。
本当の生活が辛いから。
日本人は「いつか君も凄い人になれる」「ハーバードではこうだ」というヤクにお金を払って、永久に終わらない残業から逃避しているわけです。
本当の生活や仕事が辛いから。
ヤク中との違いは、腕に注射器の跡があるかないかです。
早く目を覚まして、足が臭い部長をヨイショすることから始めましょう。
ドラッガーなんて便所紙にもならないんだから。紙が固いから痔になりますよ。
人生とはなんぞや、という問を高尚なものと思いなすよりも、今目の前にあることに全力を注ぎ、自分に与えられた資産を使っていかに豊かで幸せな生活を作りうるか……そのことの方が大切だと、この記事は現実をつきつけてくれます。
自分のことだけ考えている人間は、自分である資格すらない。~ユダヤの格言より~


2013年2月12日火曜日

あと少しで一年

ブログを書き始めたのが昨年の3月だから、あと少しで一年がたつ。おかげさまでこのブログのページビュー数も順調に増えている。

ありがたいことだと思うのだけれども、難点はブログを書く時間が長すぎること。原因は書く量が多いこと。たとえば今月初めの記事の一週間分の文字数は下記のとおり。

2/1(金)3277文字
2/2(土)924文字
2/3(日)1791文字
2/4(月)2785文字
2/5(火)1858文字
2/6(水)2919文字
2/7(木)3414文字

合計で16,968文字、400字詰め原稿用紙に単純になおせば約40枚分となる。

1ヶ月で160枚分、一冊の単行本がだいたい原稿用紙にして300枚~400枚分だから、二ヶ月あれば本が一冊書ける計算となる。いや、上記の場合、改行を含めずに計算しているので、これを考慮すれば原稿用紙の分量は雄に1ヶ月200枚を超える。2ヶ月あれば本が3冊書ける計算になる。

他のブログ主に言わせれば、ブログ一記事にかかる時間はだいたい15分から30分ほどだし、それ以上の時間を掛けるのは無駄以外の何物でもない、ということになる。

確かに、仕事としてみた場合、割にあわない。私は仕事をするかたわらこの文章を書いているし、他にやりたいことはたくさんある。それなのに、これだけの分量の記事を書いていると、時間がいくらあっても足りない。

Google AdSenseから入る広告料なんて、微々たるものだ、というか、まだ一度も広告料を受け取っていない。最近ようやく累計額が5,000円を越えて、受け取れるようになったものの、PINコード入力を怠っていたらGoogle広告が掲示されなくなってしまった(現在PINコードの再発行を申請中)。そういう訳で、仕事にすらなっていない。

かといって、趣味にするには時間をかけすぎている。趣味にこれだけの時間を割くほどの余裕がないことを分かっているけれども、せっかく読んでいただいている方々に面白いものをなにか提供できないか……なんてことを考えながら、ネタを探したりしていると、検索だけですぐに30分以上時間をとられる。

それから冒頭に示したように、結構な分量の記事を、ああでもない、こうでもないと呻吟しながら書いていると、1、2時間なんてあっという間にかかってしまう。

よく、他の人気ブログ主が1記事を15分で書いてしまうというが、本当だろうか?

楽しんで書いているにしても、もっと短く、もっと面白い、読んでいてもっと役立つものを、もっと短時間でアップできないだろうか、と日夜考えるのだが、なかなかいいアイデアが浮かばない。

寝る前に記事を書き、朝起きて推敲する(先日推敲をせずにアップしたところ、誤字が多くて帰宅して凹んだ)、週末にまとめて記事書くなどの工夫をしながらこの一年近くを乗り切っているけれども、これからまた仕事が忙しくなった時のことを考えると、今のような方法では長丁場を乗り切ることは難しい。もっといい方法を考えよなくたはならない。また、このブログでしか読めないようなものをなにか提供したい。

最近考えているのは、私のブログが一方通行で、他者の視点がないことは欠点ではないか、ということ。

2ちゃんねるのまとめサイトがこれだけ興隆を誇っているのは、単なるニュース記事だけではなく、それに対してたくさんの匿名氏がああでもない、こうでもないと会話をしている、その雰囲気が楽しいからだろう。

朝日新聞で言えば「声」の欄。最近はお年寄りの愚痴めいた投稿ばかりだけれども、今ほどネットが栄えていない時代には、あの投稿欄は老若男女の意見であふれかえっていた。時には投稿主同士の意見の応酬などもあり、大変楽しかった。朝日新聞の誌面の中でも、常に3番目か4番目の人気をキープしていたというのもうなずける。

「自分だったらこう考える」
「自分はこうは思わない」

最近の記事について、記者の分析に真っ向から異を唱えて、独自の哲学を語る人々の「声」を読むのは、たしかに子供の頃の私には楽しかった。

日本人には特にその傾向が強いのだが、他人が何を考えているのかを知りたい、という欲求は人類に普遍的な感情だ。他人の発言の海にひたれば、寂しさも安らぐ。

ブログでそれに代わる役割を果たしているのがコメント欄だが、現在使っているBloggerの仕組みでは、gmailに登録している人でないとコメントできないようになっている。荒らしを防ぐためにはいい方法だと思うが、私にとっては読者獲得のツールがひとつ足りないために隔靴掻痒の感がある。

いままでしていなかった、「まとめ」的な要素を、明日からときどき、取り入れてみようと考えている。
また、「~です」「~ます」という敬体だと、表現に限界がある。内省的なことをこの文体で書くことが私にとってなかなかに難しい。

敬体を使い慣れないために、練習のためもあって、あえて約一年、敬体で通してみたが、このブログにあった文体ではないかもしれない。

これからはしばらくの間、自由にちゃんぽんに、敬体と常体とを混在させて、ページビュー数の動向を探りながら、よりよい文体を探ってみたい。
(統一性がないために読者にお叱りを受けそうだが……)

2013年2月11日月曜日

最近気になった記事 2/11

本日も最近気になった記事のご紹介。明日から別のテーマの記事を書きましょう。

★ フクロウの頸動脈はなぜ切れない?米医学チームが解明
フクロウは左右それぞれに270度も回すことができるそうで、その仕組は謎でした。人間が同じようなことをすれば、血管が切れて(イタタタ)しまうのだとか。

以前、180度も首を回転できる人間の動画を見たことがあるのですが、これは下手すると血管が切れる大惨事となるような大変危険なことだったのかも。


★ 米兵自殺者数が戦死者数を上回る
自殺者数が戦死者を上回る戦争なんて。理由のない殺戮は、人間の精神を蝕みます。

米軍の若者たちにとって、遠い地域のアラブ人を殺すことが、なぜ必要なのか、常に自問自答する毎日なのでしょう。自殺をするのは一部、それ以外にもっと大勢の若者たちの精神が病んでいます。

弱きものたちを救おうとして、殺戮を繰り返すことの矛盾。現地人で立派な人間を盛り立てるなど、もっと別のやり方があるはずなのに、都合のいい人物を代表者に仕立て上げたい産業界の利害がからんで政策立案がうまくいかないことが多いようです。

★ 三越の前身・越後屋、世界初の大型量販店だった
「越後屋、お主もワルよのう」
「へっへっへ。お代官様こそ」
なんて時代劇のセリフにも登場する越後屋ですが、その売り場面積は相当広かったようです。たぶん、観るだけのお客も多かったはずですから連日の大にぎわいだったのでしょうね。

「三井家の越後屋」だから、三越か。

★ 魚の脳に写される視覚世界を可視化することに成功(国立遺伝学研究所)
「魚眼レンズ」などという言葉があるので、魚の眼には歪んだ景色が映るのかと思いきや、さにあらず。魚の小さな脳では、外界の景色を映像として認識処理することはできません。動くものを電気信号のようなものとして認識しているのだそうです。

魚によっては、ルアーと本物のエサとを瞬時に峻別するものもいますが、あれはどうやっているのでしょうね?

★ 朝日新聞デジタル:ATMにスキミング装置 首都圏6カ所、130口座被害
こわいこわい。ATMにキャッシュカードを入れる際には、十分注意しておいたほうがいいようです。カメラを取り付ける不届き者を、ふんじばってみたいですな。たぶん、一般人のような格好でATMにカメラを取り付けていたら、すぐに気づかれるでしょうから、警備員の格好をして無人ATMを徘徊していたりするのでは……要チェックです。

★ 【反広告社×Twitter】VS【日本の広告】…あなたはどっち派!?
これはカッコいい!
私が気に入ったのは、このキャッチコピー。
「恋」と「来い」、「愛」と「会い」をかけていることを一瞬遅れて気づいて、鳥肌が立ちました。

★ 何歳まで子供を生める身体か1分で分る!! 妊娠限界年齢判定がこわい

その人個人の「妊娠限界年齢」が、わずか1分ほどの検査で分るようになったそうです。
検査方法は血液の採取のみ。
保有している卵子の数を計測して、月経による卵子の減少から逆算して算出する。

男性の責任は重いですね。早く結婚しなければ。

2013年2月10日日曜日

最近気になった記事 2/10

本日も、最近読んで気になった記事のご紹介です。
……多分、一週間ほど省力運転の予定です。あしからずm(_ _)m

★ もしかしたらフリーザは理想の経営者像に近いのかもしれない
フリーザをジャンプに連載中に知ったときは、オカマのような気持ちの悪いやつ、という印象でしたが、改めて見てみると、確かにリーダーとして大変優秀です(笑)。漫画やドラマで見るとカッコいいけれども、現実にそんな人間がいたら嫌だ、というタイプの人物とは真逆ですね。もしもこのような人間が上司だったら、尊敬できます。


★ 米国のネコ、数十億羽の鳥を毎年殺害 研究 国際ニュース
ネコにはこういうところがありまして、その点犬とは違いますね。イヌが小動物をもてあそぶということはあまりありません。ネコにとっては小鳥は捕食対象でしかないのでしょうね。ネズミと共存いているネコの映像は時々YouTubeで見かけますが、小鳥と共存しているネコはみかけません。

おっと、フクロウと仲良しのネコはいましたね。

★ マイナビがLPSAに「来季契約せず」 石橋女流四段「容認できない」
LPSA(日本女子プロ将棋協会)は、日本将棋連盟から独立した団体でしたが、日本将棋連盟の切り崩しに会ったのでしょう、設立時の56名が次々に将棋連盟への残留を希望し、17名だけでの門出となりました。

ところが、彼女たちを応援していたマイナビがスポンサー契約から降りてしまいます。はしごを外された格好の石橋女流四段は、悔しさをにじませたコメントを発表しています。

そもそも将棋連盟の会長に君臨していた米長邦雄という人物は高圧的かつ下品な人間だったたため、私はあまり好きになれませんでした。林葉直子の人生を踏みにじった中原誠といい、将棋連盟の現在の上層部には女性を性欲のはけ口としか考えない連中がうようよいて、女性たちにとって大変居心地の悪い環境となっているのでしょう。


★ NEWSポストセブン|婚活女性記者 55才になってやっと適齢期を迎えたと実感する
55歳の適齢期……頑張って欲しいですね。まあ、結婚なんてその気にならないとしないものですから、仕方ありませんね。


★ 全てのエンジニアが読むべき「新しいコンピュータ」を作ろうとした男の軌跡
300万円するワークステーションの性能を3万円のゲーム機にする!
ソニーのワークステーションNEWSに載っているCPU、R3000をゲーム機に載せる。
この奇想天外なアイデアがどのようにして産まれたのか。
あんな小さなゲーム機の機能が、300万円もするワークステーション並みのものだったなんて……とんでもない話です。北朝鮮やイランがプレステを何百台も購入して原子力の研究に使用しているという報道もありました。あの頃のソニーには、夢がありました。


★ 低炭水化物ダイエット、死亡率高まる可能性
★ 「低炭水化物ダイエット」は体に悪いのか。
最近話をとんと聞かなくなった勝間和代女史ですが、時々このような鋭い指摘をしているのを読むと、やっぱり凄い人だと思い直します。


★ 中国の軍事紙が『ガールズ&パンツァー』を大批判! 「美少女を隠れ蓑にした悪意ある軍国主義」 
「戦車と少女」という誰得なアニメが一部で有名になっているのは知っていましたが、それをなぜか中国の軍事誌が大きく取り上げたことがニュースとなっていました。とりあえず女子高生を出しておけばOKな風潮はなんとかならんものかと思いつつ、馬鹿馬鹿しくて面白いので、よしとしましょう。


★ 映画泥棒の中の人がイケメンすぎて話題
映画館で必ず上映前に流れる「映画泥棒」のパントマイム。あの中の人が「笑っていいとも!」に出たそうです。なるほど、カッコいいですね。それにしても、振付師のような業界の仕事をしているのだから、ブログくらい作ってもよさそうなのに、見当たらないのはなぜなんでしょ?


2013年2月9日土曜日

最近気になった記事 2/9

ここのところバタバタしていまして、省力運転です。本日も昨日に引き続き、気になった記事のご紹介です。

★ 顔認識技術を不能にするゴーグル、国立情報学研究所
このニュースを聞いた時には興奮しました。よくこういう発想ができますよね。

顔認識技術が発達した未来の監視社会から逃れるための道具の開発は、支配者へのカウンターパンチ。

なにか自由の息吹めいたものを感じます。

先日「サイコパス」というアニメを観ていたら、このゴーグルに似たヘルメットを人々がかぶるシーンがありました。作品の中の世界では、人々はシビラシステムという観測システムによって、常に記録を取られているのすが、ヘルメットをかぶればそれが不可能となってしまうのです。

★ 歯磨き後の口はすすがない方がいいらしい
歯磨き後にはよくすすいでいましたが、口内環境を整えるためにはすすがない方がいいようです。今夜から試してみよう。

★ 発見前に絶滅する未知の生物説は「杞憂」、国際研究
未知の生物は、これまで見積もられていたよりもかなり少ないそうで、1億種ではなく500万種ほどではないか、という主張です。そうしますと、今までにすでに150万種が分類されているので、あと350万種を探し当てるだけでいいことになります。

★ スペインの失業率、独裁後最悪の26%に到達 写真3枚 国際ニュース
26%というのは凄まじいですね。スペイン語が話されている国は、どこも貧しいのが特徴です。英語を話す国のほとんどの国家経営が堅実なのにくらべて、この落差はなんなんでしょうね? マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と精神』で、ゲルマン人に特徴的なプロテスタンティズムがなければ資本主義は発達しないと喝破しましたが、今になっても、倹約を文化として有しない地域の発展はなかなか進みませんね。

★ やさしい人は、期待値が低い
短いですが、いい記事。他人に勝手に期待して、勝手に幻滅して、勝手に憎む人とはできるだけ距離を置きましょう。

★ 佐藤かよ激怒!カフェ店員がツイッターで来店を暴露して嘲笑!
佐藤かよが来店している時に化粧をいじってばかりいた、ということをTwitterで暴露した店員がいて大騒ぎになりました。

この渋谷・宇田川にあるkawara CAFE & DININGに、先日行って来ましたが、店内が煙草臭かったです。店員は明るくて気さくで、いい感じだっただけに残念。

★ 発電しながら静かにビルを「縮める」日本の工法
これはすごい。世界のビル破壊の迫力に驚いて「日本でもこういう、合理的な方法をとってもいいのに」と思っていた自分の不明を恥じました。
こんな素敵な方法があったとは!

★ 家事こなす夫は性生活の回数が減る、研究
夫に家事もやって欲しい、でも夜の営みもしっかりとしてほしい……などというワガママをいう奥様もいらっしゃるようですが、そうはいきません。性生活を充実させたいならば、家事は夫にまかせない、などの配慮がどうやら必要なようですよ!


2013年2月8日金曜日

最近気になった記事 2/8

最近読んで気になった記事の紹介です。

★ 今まで女性に全く縁がなかった人でもかわいい彼女が(多分)できるたった3つの教え
1.男らしく振る舞う
2.段階を踏む
3.押し切る
ということですが、ただそれだけにとどまらず、具体的な例を出しながらわかり易く解説をしていて大変面白いです。これから彼女を探したい人には必見。


★ 毛がボーボー!世界がドン引きする日本人女性のアソコ事情
脇毛を処理するのが当たり前になったのに比べて、陰部の毛をそる人はまだ珍しいですよね。ところが、欧米ではアソコの毛をそるのが今では当たり前。女性だけではなく、男性もそうだとのこと。

確かに、原始時代のように、陰部の薄い皮膚を守るために長く伸びたのであろう陰毛も、今では邪魔となるばかり。存在理由はないはずです。


★ 機械との競争: 技術革新による失業の第3波を人類は乗り越えられるか
IT革命によってこれほど先進国のホワイトカラーの職が奪われることになるとは、誰が予想したでしょうか。コールセンターが発展途上国に作られて、それなりに機能していたりする現実をみると、なにか焦燥感めいたものを感じます。

★ 芸能人はつくれる!梶恵理子さんの凄すぎる「マネメイク」術まとめ28個
化粧1つで印象がかなり変わるのに驚きます。なかでもかわいいと思ったのは、新垣結衣風メイクです。
この方のブログがこちら。
★ ブログ梶恵理子オフィシャルブログ「えりちゃんぶろぎゅん」


★ イスラエル大統領がアラファト議長暗殺を初めて認める
敵国の大統領を暗殺して、統治がうまくいくことはほとんどありませんね。そこに広がるのは内戦と混乱のみ。一番効率的にみえて、もっとも愚策。独裁国の国民も、たとえ独裁者であろうとも、他国による暗殺を喜ぶことはありません。


★ 大のオトナが褒め続け褒められ続けた4ヶ月で得たこと
この話を聞いて以来、「友人のためを思った」批判を決してしないように心がけています。友人のためには、厳しいことを言わなくてはならないと思っていたのですが、そういうことはめったにありませんね。


★ Google AdSenseだけで家族を養ってきた僕が、今までやってきたブログ運営術をガチで解説するよ
先日GoogleAdsenseが使えなくなりました。PINコードの入力を怠っていたら警告が来て、グーグルアドセンスの欄が突然空白になったのです。

私は広告料に依存していない(できない?)からよかったものの、もしもGoogleAdsenseで生活していた人がいたら大変なことになりますよね。Googleにはメールアドレスを登録しているので、突然広告を外すのではなく、メールで警告をしてくれてもいいのに。こういう点が、日本のITサービスにGoogleが劣っているところですね。日本初の検索サービスの大手がどこか育たないでしょうか。

2013年2月7日木曜日

独自の文化を守る民族

昨日ユダヤについて述べましたが、故郷を遠く離れて民族集団を形成しているのは、ユダヤ人だけではありません。

一般的に他地域へやってきた移民は、周囲の文化に溶け込み、同化していくものです。ところが中には、ユダヤ人のように、周囲に溶けこむことをよしとせず、自分たちのライフスタイルや言語をかたくなに守る民族がいます。

そのような民族集団について、本日はご紹介しようと思います。


客家
華僑といえば、世界中に散らばった漢民族のことを指しますが、その華僑の中でも最強と呼ばれる人々が、客家(ハッカ)です。

客家とは「よそ者」の意味です。古代中国では、国が滅ぶと王侯貴族は皆殺しになるのが常でした。それを逃れるために、帝国の支配の届かない長江から南へと移住した漢民族の王族たちの子孫を指します。彼らは言葉も通じない周囲の異民族に怯えながら、それでも生き延びるために周囲と交流を重ねつつ、誇り高いために独自性をかたくなに守ってきました。

彼らは古代中国語に最も近いと言われる客家語を今に伝えており、先祖が誰で、どのような業績を残したのかを、事細かに今に伝えています。それを読んだ子孫は、先祖に恥じないように努力を重ね、罪を犯さずに倫理的な行動をとるようになります。

彼らの住まいは大変特徴的な円形をしています。

これは、外部から敵が侵入することを防ぎ、死角をなくして敵の襲来を素早く察知するためのものだそうです。外側には小さな窓だけが開き、入り口は一つ。決して入ってこれないように、門構えは重厚です。

大きな窓は内側に向き、そこから集光をします。異民族に囲まれながら文化を守りぬくために、彼らは揃って向学心が強く、我慢強く、プライドが高いのが特徴です。

商売もうまく、コミュニケーション能力が育まれてきた彼らから、多くの偉人が輩出されたのは当然かもしれません。中国を作り上げた孫文や鄧小平、シンガポールの建国の父リー・クアンユーなど、政治家にも客家出身者は大勢います。


ロマ
The Rider Tarot Deck
The Rider Tarot Deck 昔はジプシーなどとも呼ばれていましたが、エジプシャン=エジプト人から来た言葉であるために、事実と異なるということで、インディアンのことをネイティブ・アメリカンと呼ぶように、近年ではジプシーのことを「ロマ」と呼ぶことが多くなりました。

ヨーロッパに行くと、駅前などに肌の色の濃い人々がたむろしている光景を見かけることがあります。彼らの多くはロマであり、元々はインドを起源とした人々でした。ヒンズー教を信仰していた彼らがなぜヨーロッパまでやってきたのかわかりません。一説によれば、西暦1000年頃に北部インドをイスラム系の王朝が支配するようになり、そこから北へ逃れた人々がロシアを経由してヨーロッパまで流れ着いたものと言われています。

色が黒くキリスト教を信仰せず、定住生活を拒む彼らはヨーロッパでは迫害の対象となり、ヒトラーによっても大量に虐殺されました。しかしユダヤ人と比べて商売にあまり秀でていないためか、財力を背景とした発言権がなく、大変弱い立場にあります。

日本でも有名なタロットカードは、元々はロマの文化であり、今でも占い師などになる者が多いようです。


パールシー

パールシーとは、「ペルシャ人」のことを指します。

昔イランの地域を支配していたペルシャ帝国で国境となっていたのがゾロアスター教です。ところがこの地域をイスラム教徒が支配するようになると、ゾロアスター教徒たちは異教の民として祖国を追われ、インドへと落ち延びてきます。

インドのヒンズー教徒と軋轢をおこさないために、
「決して布教しない」
と藩王に誓った彼らは、現在もその教えを愚直に守り、布教しない代わりに祖先の信仰を守り通しています。

東インド会社がインドに進出してきた際には、イギリス人の手先となってインド人支配に関わったために、人々を統治するノウハウを学び、今ではインドでも有数の富裕層となりました。インドにはビルラ財閥、リライアンス財閥とともに、3大財閥の一角を占めるタタ財閥という財閥があり、その一族がパールシー出身です。ちなみに、

ビルラ財閥……マールワール商人という、インドとパキスタンの間にある地域で活躍した商人出身の一族。マールワール商人といえば、ケチで気が荒く、評判の悪い商人としてインドでは名前が轟いています。日本で言えば河内商人のようなものでしょうか。長年ガンジーやネルーを応援してきた政商です。

リライアンス財閥……ディルバイ・アンバニは、第二次世界大戦後にアフリカのイエメンへ移り、シェル石油のガソリンスタンドの給油係になりました。その後、シェル製品をエチオピアなどのアフリカ諸国に販売するセースルマンに昇格。 インドに帰国後、ポリエステル糸の輸入商となります。父の事業を継いで、長男であるムケシュ・アンバニは、繊維業から石油化学グループへ業種を大胆に転換し、事業を大成長させました。

という、それぞれの背景を持っています。


フィリピン地主層
現代フィリピンを知るための61章【第2版】 (エリア・スタディーズ)
フィリピンにスペイン人がやってきたのは、1421年のマゼランが最初です。彼はフィリピンの英雄であるラプ・ラプに殺されました。

それ以降、スペイン人は多数フィリピンにやってきて、やがて植民地化しました。統治者であるスペイン人たちは現地人と混血することをかたくなに拒みまして、嫁を娶る時にはスペイン本国からスペイン人女性を連れてくることによって、数百年もの間、純血を保ってきました。彼らは今でも大地主として、フィリピンの農地の大半を所有し、財閥を形成しています。

有名な一族を、いくつか紹介しましょう。
アヤラ一族
フィリピン最初の商社「アヤラ・コーポレーション」を1834年に設立、それ以来、銀行やビール醸造所などを経営して大成功を収めました。
ソリアノ一族
アヤラ一族の経営していたビール会社を総合飲食品メーカーへと育て上げたのがソリアノ一族で、アヤラ一族とは同族関係にあります。マッカサーの側近だったソリアノ一世が、銅・製紙・肥料などを扱う複合企業体を作り上げました。
アラネタ一族
サトウキビは砂糖を算出するのに大変適した作物であり、広大なサトウキビ畑を所有していたアラネタ一族は、戦後の砂糖特需で大儲けをしました。1980年代に砂糖不況となりまして、今では不動産事業をメインとしていますが、アキノ大統領による土地改革で奪われた利権を、私有警備隊を使って取り戻そうと画策するなど、ダーティーな一族であり、武田薬品はそこと提携しています。
オルティガス一族
土地貴族です。マニラの目抜き通りを支配していて、ホテルや銀行などを多数経営しています。最近、その一族であるフランシスコ・オルティガス3世が逮捕されました。女性秘書など妻以外の女性と次々に性的関係を結んだことがキッカケだそうです。
出典……フィリピンの財閥と有力層


アルメニア人

昨日取り上げた藤田田の書物の中に、このような記述があります。
あの商売が巧いとされる華僑3人が束になっても、1人のインド人には勝てるかどうか。そのインド人が3人束になっても、1人のアラブ人と同じぐらい。そのアラブ人が3人束になっても、1人のユダヤ人には敵わない。しかし、そのユダヤ人が3人束になってかかっても、1人のアルメニア人には敵わない。
あまり知られていませんが、アルメニア人もユダヤ人に負けず劣らず、欧米各国にアルメニア人一族のネットワークを深く張り巡らせておりまして、成功を各地で収めて来ました。

彼らの性格は、韓国人に似ているようです。男尊女卑の伝統が大変強く、人情的である反面、強圧的で暴力的。コネを重視して、多少の不法行為は犯してでも成功することに貪欲的、というところでしょうか。

彼らはアメリカで強固なロビー活動を行っています。オスマントルコが1915年から1923年にかけて、アルメニア人の大量虐殺を行なったというという歴史認定決議案を、米下院外交委員会で採択するよう働きかけてそれに成功しています。

フランスでは、2006年アルメニア人虐殺否定禁止法案が作られ、オスマントルコ帝国によるアルメニア人虐殺を公の場で否定した場合、禁固刑もしくは罰金刑に処すと定められました。

世界各地で活躍するアルメニア人は、訴求力もピカ一です。侮れません。


以上となります。日本人も、彼らに負けぬよう頑張って世界で活躍していきたいですね。

2013年2月6日水曜日

ブームを起こしたユダヤ本


先日部屋の掃除をしておりましたところ『ユダヤ人大富豪の教え』という本が出て来て、懐かしい気分になりました。

一時期ベストセラーとなったため、読んだことのある方も、このブログの読者の中に多数いらっしゃるでしょう。

この本、当時アメリカで隆盛を極めていた成功哲学を、作者である本田健氏がうまくまとめあげたものであり、彼が出会ったというユダヤ人の大金持ちは架空の人物なのだろうと言われています。

キリスト教が普及していない日本では、「ユダヤ人」に反感を持つ人はあまりおらず、むしろ偉人を多数輩出している優秀な民族という点で羨望をもっている人が多いようです。ですから、タイトルに「ユダヤ」とつく本はよく売れるようです。

実際のところ、世界を相手の商売をしていると、金融業界で大活躍するユダヤ人グループの存在を無視することができなくなります。欧米に留学したり出張したりすると、現地の上層部にユダヤ人が多いことを知って驚くことになります。

『ユダヤ人大富豪の教え』に限らず、日本では何度か、ユダヤ人を扱った本がベストセラーとなりました。そのブームの端緒となった本を、いくつか、ご紹介しようと思います。


1.『太古日本のピラミッド』
明治維新を成し遂げた日本人は、日露戦争に勝つことで、欧米列強と肩を並べるまでになりましたが、欧米の中では日本の異質さが際立ち、孤立感にさいなまれることとなります。キリスト教国ではなく、白人ではなく、文化も全く異なります。仲間に飢えた当時の日本人にとって、同じく欧米の中で異端児であったユダヤ人はシンパシーを感じる存在でした。

(西洋の中で異質な者同士であるユダヤ人と日本人は、血縁関係にあるのではないか?)

という論説をスコットランド人のノーマン・マクラウドなる人物が1878年に、長崎の出版社を通して発表します。これをもとに、酒井勝軍(さかいかつとき)という人物が、
「日本民族の先祖は、世界の根源的人種(原ユダヤ人)である、よって、日本は世界の中心になるべきだ」
と述べ、今では「日ユ同祖論」として知られる主張を繰り返し、それが一部で熱狂的な信者を産みました。

ロシアと戦った時に、引き受け手のいなかった日本国債を大量購入して日本を助けてくれたのが、アメリカのユダヤ人豪商だったジェイコブ・シフだったことも、日本人の親ユダヤ人感情に拍車をかけました。

日ユ同祖論の考えに基づいて設立され、今でも地道に活動している団体が横浜に残っています。JCCシャローム日本ユダヤ教団という宗教団体です。

ほとんど広報活動を行なっておりませんし、事務所も雑居ビルの2階と3階にあるために、目立たない存在です。ところが、集まるメンバーは多士済々。大企業の重役や公務員、実業家などが多数メンバーに名を連ねています。

「ユダヤ人は日本人の祖先である」という信念を共有し、毎週会合を開き、互助会のような形をとった、一種の秘密結社を運営しており、神道とユダヤ教が入り混じったような独自の儀式を行なっています。

長老に認められた人間しか、仲間に入ることを許されません。



2.『日本人とユダヤ人』
1970年に山本書店から山本七平が、イザヤ・ベンダサン名義で出版した『日本人とユダヤ人』が大ブームとなります。
「日本人は安全と水をタダだと思っている」
という指摘は、安全保障を米軍に肩代わりしてもらい、公害などによって自然環境を破壊しつつあった当時の日本人への警鐘として各界に響き渡りました。

ただ、だんだんと、イザヤ・ベンダサンが山本七平の別名義であることが知られるようになると、日本人がユダヤ人のふりをして本を書いていることに大変な批判を受けるようになりました。

浅見定雄など、専門のキリスト教研究家からは「ギリシャ語もアラム語もよく理解していない人間による嘘に嘘を重ねた本である」という酷評を与えられています。



3.『ユダヤの商法』
前掲書と相前後して出版されたのが、この『ユダヤの商法』です。藤田田(でんと読んでください)という日本マクドナルドの初代社長は、日本にマクドナルドを持ち込むときに、独特の哲学をもって臨みました。

「マクダーナルドではなく、マクド・ナルドという読み方がいい」
「郊外店ではダメ。日本でブームを作るならば、銀座の一等地に店を出せ」
「ストローの直径はもっと太くしろ。マックシェイクを飲むスピードがちょうど母乳を飲むとの同じくらいになるように」
などという一般人とは異なる視点で様々なアイデアを出し、次々に当てていきます。

アイデアの宝庫ともいえる彼は、例えば、名古屋、大阪、仙台、福岡、広島、札幌など、各地方の中心地にマクドナルドを進出させた後に、山梨や大分といった場所にマクドナルド新店舗を出店して大成功を収めたりもしています。

なぜ山梨? それほど(当時は)交通の便も良くないのに? と誰しもがいぶかったこの計画には、きちんと理由がありました。

実は日本全国の各地域には、「天領(てんりょう)」と呼ばれる江戸幕府の直轄地が複数ありました。

その地域では周囲に比べて年貢が安く設定されていて、住民の資本の蓄積量が多く、金払いが大変いい、ということを、歴史的、統計的に割り出したのです。そのあとマクドナルドの知名度がアップするようになると、五月雨式に出店攻勢をかけるようになりましたが、それまではマーケティングに歴史的観点を導入、慎重かつ大胆に経営戦略を練っていったのです。

藤田田は、こういう考え方を戦後の進駐軍にいたユダヤ人や、アメリカで知り合ったユダヤ人家族たちから学んだと述べています。

最終的には、日本のマクドナルドの店舗数はアメリカに次いで世界2位となりました。ハンバーガーのフランチャイズは数あれど、これほど大成功を収めたのはマクドナルドくらいでしょう。それを成し遂げた藤田田の書いた『ユダヤの商法』には、たいへんな知恵が含まれています。

実際、それを読んで感動したのが高校生の孫正義であり、彼はこの本のお陰でソフトバンクを作り上げ、現代の大富豪となることに成功しました。類稀な気大金持ちを生み出したという点で、成功哲学の本の中で、この本ほど実践的なものはないかもしれません。ただ、中身はあまりに露悪的で合理主義に徹しており、読む人によっては気分が悪くなるかもしれません。



4.『ユダヤ人大富豪の教え』
時代は下って2003年、『スタンフォードの自分を変える教室』を出版したことでもお馴染みの大和書房から『ユダヤ人大富豪の教え』が出版されました。

ユダヤ人の大金持ちであるゲラー氏が、幸せなままでもお金持ちになれる、利他の精神と金儲けは両立することを、わかりやすい言葉で説いたこの本もまた、ベストセラーとなりました。

いろいろな成功本のパクリだなどの批判はあるようですが、逆に言えば自己啓発本のエッセンスが凝縮されているということでもあります。


ユダヤ人というのは、とても興味深い民族です。タイトルに「ユダヤ」とついて、面白くない本を私は寡聞(かぶん)にして知りません。彼らの合理的な考え方と、歴史を大切にしようとする価値観が、私にとってとても共感できるものだからかもしれません。

2013年2月5日火曜日

戦国時代の合理主義

フランシスコ・ザビエルという宣教師が戦国時代、日本に布教にきてキリスト教を布教したことを、ほとんどの方はご存知でしょう。日本に2年滞在して多くの信者を獲得した後、中国に渡ろうとして、その途上で病没してしまいます。
1552年4月、ザビエルは、日本全土での布教のためには日本文化に大きな影響を与えている中国での宣教が不可欠と考え、バルタザル・ガーゴ神父を自分の代わりに日本へ派遣。ザビエル自らは中国を目指し、同年9月上川島に到着した。しかし中国への入境は思うようにいかず、体力も衰え、精神的にも消耗しており、ザビエルは病を発症。12月3日、広東省上川島(サンチェンダン)でこの世を去った。46歳であった。 by Wikipedia
中国へ渡航することを選んだ理由が、日本布教の足掛かりなどの二次的な理由であるはずがあるまい、単に明帝国の方が国土も人口も大きいからそちらが魅力的だったのだろう、と私は学生時代に考えていました。

ところが中国渡航の理由が、本当に日本布教のためであったことを、先日知りました。
ザビエルの手紙には、こと細かく日本人のことが書かれています。 例えば、日本人はすごく知的好奇心が強く、こちらが休む暇もないくらい質問してくる。また、理性的だとも言っています。(中略)もし神様が天地万物をつくったというなら、なぜ悪があるのか――これも執拗に聞いた。さすがのザビエルも、この点には困りました。悪の存在というのは非常に深刻でやっかいな問題です。(中略)しかし、ともかく日本人はこういうことを猛然と食ってかかるように、ザビエルに質問したようです。
ザビエルは日本に一五四九年に来て、二年後の五一年に去りますが、日本を去ってから書いた、イグナチオや、あるいはイエズス会の同僚たちとの往復書簡の中で、もう精魂尽き果てたとのべています。自分の能力の限界を試されたと、正直に告白しています。
ザビエルは日本の文明の先生は支那だと見抜きました。日本でかなりの信者ができたけれども、いろいろ理屈をこねて抵抗している。しかし、日本の“先生”である支那がもしキリスト教に改宗すれば、日本人はイチコロのはずだ――ザビエルはそう思って支那に行こうと決意したように思われます。
上記は、土居健郎の『聖書と甘え』からの引用です。


フランシスコ・ザビエルの往復書簡は書籍化されています。


ただ少々お高いので、購入するなら、岩波文庫の方が(抜粋ですが)お求めやすいでしょう。

日本人との討論に精魂尽き果て、日本を攻略するために隣国中国をまず攻略するという戦略を、とろうとして、ザビエルは離日したのだそうです。ふられた訳ではなかったようです(笑)。

ところで、私は戦国時代に宣教師が記述する日本人の有り方を読むたびに、誇りを覚えると同時に、今の日本人にその特質が欠けているように感じて、悲しくなるときがあります。

たしかに、上記に述べられているとおり、日本人が盗みを嫌い、知的好奇心が強く、礼儀正しい、という点は今も変わりません。

ところが、非常に理屈をこね、休みもないほど質問してくる、という知的好奇心にあふれた態度からは明らかに後退しています。明治期に日本にやってきた外国人は、自分に会った日本人が、モジモジして、お互いに牽制しながら質問をなかなかしないことに業を煮やす、と記録に残しています。

それは今も変わらず世界の「日本人はシャイだ」という評価につながっています。戦国時代の日本人にあった好奇心の塊のような態度は、江戸時代にすっかり失われしまったようです。

日本人の知的好奇心に蓋がなされた理由は、江戸時代から昭和初期にかけて、あまりに長く続いた封建的な体制のためでしょう。知的好奇心は、権威に盲従せずに、徹底的に論理的に考えぬく、という合理的な思考回路が必要です。それが保持されるには、江戸時代の封建体制はあまりに長すぎたようです。大変もったいないことです。

戦国時代の武将・藤堂高虎(とうどうたかとら)の残した家訓には「武士は主君を七度変えてこそ一人前である」という一文があるそうです。そこには、忠義に縛られず、己の技量をひたすら磨こうという独立独歩の精神がうかがえます。

忠義を重んじた後世には、このような戦国時代の武将の考え方が、なにやら卑しいものととらえられていたようですが、現代のようなドラスティックな社会では、このドライな考え方の方が、むしろしっくりくるはずです。

戦国武士道や戦国時代の人々の考え方をどうにかして取り戻したいですね。

2013年2月4日月曜日

体罰には即効性がある

大阪の桜宮高校のバスケ部主将が顧問によるシゴキによって、自殺に追い込まれました。
度を越えた指導を行われていた女子柔道の強化選手達が集団で体罰禁止をJOCに訴えました。
体罰に関する問題が連日マスコミで大きく報道されています。

なぜ体罰は根絶できないのでしょうか?

簡単な話で、それが組織や人間の力を短期間で伸ばすのに大変効果的だからです。

かつて大日本帝国軍の兵隊といえば、世界最強と言われたことがありました。第二次世界大戦で負けるまではほぼ無敗、極寒の平原で、海で、空で、そしてジャングルで、数多くの武功を立ててきました。

貧弱な兵装、少ない物資、劣った体格というハンデかありながら日本軍の軍人たちが最強たり得たのは、兵士一人一人のレベル、特に精神の耐久性が大変高かったからです。

日本人の遺伝子が優秀だから?

馬鹿馬鹿しい。人間一人一人の遺伝子が及ぼす精神力に何ほどの違いがあるでしょうか。フランスの片田舎で麦を育てながら収穫祭を祝っていた南プロヴァンス地方の一青年と、大分の九重山の麓で米を育てていた村の青年団団員の精神力の間に、どれほどの差があるというのでしょう?

それよりも、大日本帝国軍の初年兵育成システムが、短期間で人間を「組織の目的を第一優先で動く」ように作り変えるためものとして、大変「優れていた」と考える方が合理的です。

そもそも人間には様々なタイプがいます。資質には優劣があり、性格には違いがあります。

規律に従う遵法意識の高い者もいれば、犯罪性向が高いものもいます。

こういった雑多な人間を、数ヶ月から一年の間に戦場という極限状態でミスをせず、同様しない兵士へとつくり上げる必要があります。下のレベルの人間を、平均値へ底上げすることが何よりも優先されます。本来ならば、不可能な話です。

しかし大日本帝国軍はそれを成し遂げます。どうしたらそんなことが可能でしょうか? その答えが、軍隊内の日常の居住単位である「内務班」で行われていた体罰でした。
初年兵掛上等兵や古年兵が初年兵全員を班内に整列させて、その日の些細な落度を咎め立てしてはビンタをとる事は日常的に行われた。古年兵の威を知らしめ絶対服従状態に置くためとも、また日常起居動作の緊張を促すためにとも云うのであるが、このような緊張状態に常に置くことで、戦場での困難な状況に対処できる強い精神力をつけさせると云う教育的効果があり、更に戦場に於ける上級者の命令を反射的に実行できるようにするための訓練であるとも云えよう。――「内務班
日常的に理不尽な暴力を振るわれるうちに、人間は緊張状態の中で的確な判断ができるようになります。殺されるような修羅場でも精神が動揺しなくなります(精神が鈍麻するのでしょう)。
死ぬことに対する恐怖が払拭され、
「死ね」
と命じられたら進んで敵地に向かい、
「残置諜者となれ」
と命じられたら戦争が終わって数十年経とうとも現地でゲリラ戦を行うような優秀な兵士へと生まれ変わります。このような効果が実際にあったから、帝国軍からシゴキやイジメを根絶することができなかったのです。

日本ほどひどくはありませんが、アメリカだって海兵隊訓練キャンプで、新兵の人格を体罰や暴言で破壊することが行われています。『フルメタルジャケット』を観れば一目瞭然です。
ただ、こんなのはまだまだ甘い。日本軍の体罰は、もっと執拗で、陰惨で、ひどいものでした。ロシア軍のこの新兵イジメの動画が、在りし日の日本軍のそれに近いものだといえましょう。
似たようなことはヤクザの世界に今でも残っていて、ヤクザ組織に入った若衆は、事あるごとに親分に理不尽なことで殴られたり竹刀で叩き回されたりするそうです。それに耐えることで、一種の糞度胸がつくのです。そして、犯罪を犯したり鉄砲玉として敵組織にカチコミに行くような理不尽な命令でも平気でやれる人間になります。

谷亮子や山下泰裕が、
「自分は殴られなかった」
と言っていたそうです。そもそも体罰やシゴキは優秀な人間には必要ありません。しごかれなくても戦場で全く動じない人間がいるように、殴られなくても一心不乱に努力し続ける事ができる努力の天才たちだからです。

だが、弱い人間、能力が劣った人間、メンタル面が脆弱な人間には忍耐力が欠如していることが多いもの。柔道の強化選手になるような人間を弱いと言ってしまっては大変失礼ですが、山下や谷、野村忠宏、あるいはそれと互角に戦える選手に比べて、体格や筋力が著しく劣っているわけでもないのに今ひとつ劣る当落戦上のラインにいる人々は、なにかしらメンタルの弱さがある可能性があります。それを短期間で矯正し、人格改造を行うために、暴力は大変効果的なのでしょう。

……でもね、結局、日本はアメリカに負けました。

弱点は精神力でカバーできるという信念で凝り固まった日本軍に比べて、アメリカ軍は精神論ではなく、システマティックにものごとを思考します。質の向上ではなく量を揃えることに全力を注ぎ、大量物資で相手を圧倒することにしました。組織全体を眺め、兵士それぞれの長所を把握して適材適所に配置していくことを選びます。

石垣を積む際に、全ての石材を同じ形に削るのが日本流ならば、石材の形を生かしてパズルのように組み上げるのがアメリカ流です。

こんな話があります。南の島に飛行場を急ぎ建設しようとした時のことです。ノウハウを上官たちはもっていませんでした。部隊にノウハウを持っている建設会社の社長がいたが、彼は一兵卒でしかありませんでした。

軍隊は命令系統がかっちりしていて、ある程度の階級の者でないと多方面に指示を出すことができません。そこでアメリカ軍ではどうしたでしょうか? 

戦闘経験のない彼を抜擢して軍曹にし、彼の指示に従い、あっという間に飛行場を作り上げたそうです。

日本軍では「無理が通れば道理引っ込む」、無茶を強いることで合理性は現場から失われていき、精神力万能論に陥り、合理的に物事を判断することができずに、アメリカに負けました。あの戦争では、今は勝てない強い相手と戦うためにはひたすら時間を稼いで国力を蓄えるとか、いろいろな方法があったはずなのに、それを選択できなくなるのが精神万能主義の怖いところです。

それに、体罰やイジメを受けた人々は、精神に深い傷を負います。大多数の人間を幸福にしないシステムが、今だに幅をきかせています。

精神力でなんとかなるのはある程度の段階まで。日本人がもう一つ上のレベルに上るためには、徹底的に合理的に物事を考える必要があります。

そのためには体罰を絶対にやめる、という敢然とした決意を国民全体が共有しないといけません。過去の成功体験にすがりつき、自己改革を遂げないと、いつまでたっても欧米の後塵を拝するような、情けないことになるでしょう。

2013年2月3日日曜日

弁護士をなんとかできないか

オリンパスの闇と闘い続けて
弁護士が弱者の味方でなくなりつつある。

立法、行政、司法の三つは大変強い力を持っているため、お互いに権力の濫用を抑え合うのが「三権分立」の趣旨であるが、それをさらに監視する力を与えられたのが、第四の権力であるマスコミだ。

ところが、国会議員や政府への監視はそれなりに行なっているものの、司法に対しての監視がどうもおろそかなのではないか? という気がしてならない。

不祥事を起こした裁判官や弁護士の大きな写真が新聞の一面を飾ることはないし、彼らを批判する記事が雑誌のトップを飾ることもほとんどないではないか。

ところが司法にも、権力を濫用し、弱い立場の人間をとことん追い込む悪魔のようなヤカラがいる。


野村総研の社員が行なったとされる複数の猥褻事件。謝罪を要求した被害者を相手取って、野村総研は「法人に対する精神的苦痛」を名目に1000万円の賠償請求を求めていた。

ところが、野村総研はその根拠を提示できずに訴えを全面的に取り下げたそうだ。

根拠を提示できなかったということは、1000万円もの法人の精神的苦痛なるものに根拠が無いだけではなく、猥褻事件が嘘であることも、自分自身で証明できなかったということだろう。

(こんな異常な訴訟を手伝った、野村総研側の代理人となった法律事務所はどこだろう?)

記事を読み初めてすぐに思い出したのが、オリンパス報復人事事件で暗躍した弁護士の存在のことだ。


オリンパスの内部告発をした浜田正晴さんは、報復人事を受けただけではなかった。産業医が彼を精神病者にしたてあげ、精神的に追い込もうとしていた。その計画を立案していた弁護士がいたはず。たしか、高谷某じゃなかったっけ……。

そう思いながら上記の野村総研に関する記事を読んでいたら、出て来ましたよ。森・濱田松本法律事務所の高谷知佐子弁護士のことが。やっぱり同じ人物が関わっていた。

オリンパスでどのような卑劣な手段を取ろうとしたのかは、下記の記事を読めばよく分かる。

<T谷弁護士は(編注:原文は本名)都内の大手コンサルティング会社から労働法の専門弁護士として依頼を受任し(略)、不都合な社員や退職させたい社員がいる際には、まず集団ストーカーと呼ばれる手口で、その社員の周辺に複数の人間が常につきまとい、その社員に精神的苦痛を与え続け、その社員がたまらなくなって、怒鳴ったり暴力を振るったりしやすいようにする、もしくは精神的苦痛で自殺しやすい状況にする行為を続ける>
 <このような集団ストーカー行為、もしくは産業医の制度を悪用する手口を使って、被害を訴える個人に対し、精神分裂症等の精神病として診断書を作成して被害者の発言の信憑性を低下させ、その上で産業医が治療と称し措置入院等を行う事で、報道、捜査機関、裁判所等を欺いて対応が出来ないようにし、さらに一般市民を自殺や泣き寝入りに追い込む>
上記でT谷と一部アルファベットにされているのが高谷氏だ。こんなことが、許されていいはずがない。

彼女のご尊顔は、下記サイトに載っている。

★ 「解雇」をめぐる個別紛争をどう解決するか
★ 第4回グローバル法務戦略セミナーを開催
★ 第23回研究会「職場トラブルへの対応実務ー最新判例を中心にー」

唾棄すべき行為である。

ただ、彼女だけの問題じゃあるまい。報道されていることは氷山の一角だ。その裏側では、企業の要請に基づき様々な「アドバイス」をする多数の弁護士の暗躍があるに違いない。

彼らの道義的な問題点を追求できるのは大手マスコミくらいしか体力的に無理だろうが、大手マスコミにその気配はない。

セクハラ被害者に高額請求をぶち上げて反撃の芽を事前に防ぐのも、企業の暗部を内部告発した人物に適当な精神病名をつけて休職させるのも、合法ではある。

だが、たとえ合法ではあっても、道義的に間違っていることは多々あるものだ。過去に合法だったストーカー行為を、問題だとして追求することで、ストーカー規制法が成立した。弁護士の倫理にもとる行動は合法ではあっても、健全ではなかろうし、なにより自分が被害者となることを考えると、身の毛がよだつ。

マスコミさんにはなんとか頑張って欲しいのだが……。