2014年8月30日土曜日

ステージが変わると、復讐する機会は失われる 上


以前も触れたが、転職先で同僚から受けた執拗な嫌がらや暴力は、私にとって社会への見方を変える大きな転機となった。

中途採用された転職先は小さいながらも安定していた。だから落ち着いて働けると思っていたのは大きな間違いだった。逆に閉鎖的でいびつな人間関係に縛られていて、たとえば、Kという定年間近だが仕事ができず平社員だった60代の人物を、職場全員でイジめ、無視するのである。また、ある50代の女性は、とある天下りの役員が大嫌いで、その悪口を役員室に聞こえるような大声でわざと言う。
「あんな無神経な人間が人の上に立つ? 冗談じゃないよ! あんなやり方でこれまでのうのうとよく生きてこれたもんだ!」
私が焦って、
「◯◯さん、聞こえますよ」
と言っても、
「聞こえるように言ってるんだよ !」
と返されとりくすいまもない。私はその天下りの役員のことが好きだったので、この人間のことをますます嫌いになったものだった。

こうしたおぞましき秩序が気に食わなかった私は、その都度、反抗した。

転職してきたばかりの若手が既存秩序に下手な方法で歯向かったらどうなるか、考えれば分かるだろう。若さのあまり、正義は勝つと自惚れていた私は、やがて職場の女性数人から陰湿な嫌がらせを受け始めた(話しかけても一切無視されるとか、あいつは給料泥棒と書いたメールをわざわざプリントアウトされて回覧されるとか、私がトイレに入っている間に、大声で私の悪口を私に聞こえるように言われるなど、いろいろだ)。

嫌がらせは数年続いた。小さな職場で小声でヒソヒソと悪口を言われ、話しかけても挨拶をしても無視され、それに同調する一部上司から怒鳴られ、役員から評価されると今度はやっかまれて余計に嫌がらせを受ける、物を隠されることなどが続いた。上司も頼りない人間でお局が絡んでいるから助けてくれないのである。きつかった。

そこを離れた後、会社勤めにトコトン嫌気が差して、独立して働くことを決意。メンターと見込んでカバン持ちを始めたボスのもとで働いたのだが、これはまた、別の意味できつかった。

数度の離婚、愛人を常に幾人も抱えており、性的に放縦な人間だった。事務所の事務員を殴る蹴るが当たり前。私の前任者は、それが原因で鼓膜が破れ、一緒に働いていた同僚は首を吊って自殺未遂を図ったが死にきれず、鬱病になってようやく退社できた。私は武道をやっていたことと同僚ほどひどいミスをしなかったせいか、多少はましだったが、それでも首を木刀で突かれたり、興奮すると蹴りを入れられながら怒鳴り散らされたりするのは当たり前だった。

それなのに対外的には大変な人格者として通っていた。マスコミによく登場しており、今でも識者として活躍している。

ボスに、辞めたいと訴えたところ、
「クソが。お前みたいなウジ虫がどんなにクズか、世間に分からせてやろう。てめえが辞めたあと、お前の履歴書に書いている以前の職場全部に電話をかけてやる。『◯◯という人物をこちらで雇っていましたが、この男がどうも信用できませんでしてね。もしかしてオタクの会社で何かしでかしたんとちゃいますか?』と聞いてやるよ」
と、こう脅迫された。

そしてこの男、実際にこういうことを、平気でやるのである。

私をいじめ抜いた前職場たる政府機関の女性陣に、こうした噂を流されるのはあまりに恥ずかしく、それは恐怖だった。こうした私の弱みを、彼は的確についてくる。下手に辞めて、新しい次の職場に嫌がらせをされても困る。私は辞めるに辞められなかった。

穏便にその会社を辞めるのに、数年かかった。


さて、なぜこうした話を再び書いたのか? 私がそこから脱出した後に考えたことを初めて申し上げるのだが、その内容はひどいものであり、事情を知らないままでは、みながドン引きされるに違いない、と考えたからだ。

私はしばらくの間、彼らにどうすれば復讐してやれるか、そればかり考えていた。

結果、次の3点に集約されていく。
  1. 暴力による復讐
  2. 法律による復讐
  3. 将来の復讐

1.暴力による復讐

政府機関で働いていたとき、通勤ラッシュでやってくる電車を見つめながら、
「駅のプラットフォームから飛び降りれば楽だろう」
と思いつつ見送ったことが何度かある。後年、その頃のことを思い出すたびに憎悪が増した。

暴力で黙らせることを妄想した。


2.法律による復讐

Tという女性をPTSDで訴えることを考えた。残念ながら私は深刻な鬱病にはならなかったけれども、精神科で、経験したことを訴え、それに今でも眠れないほど悔しい思いがすることを訴えれば、あるいはPTSDと認められるかもしれないと考えた。

彼女たちが私の悪口を言っていた、というのを訴えても「幻聴だ」「頭がおかしい」と突っぱねられるのを懸念して、彼女たちが紙などに残した証拠をゴミ箱からあさって保存しておいたから、証拠はあった。だから、裁判で勝てるのではないか、と考えたのだ。

ボスに対しては、打ち合わせのために経費として計上されている食事代のほとんどが愛人との食事代であることを税務署に訴えることとか、労働基準法違反の実態を労働基準監督署に訴えることなどを考えた。


3.将来の復讐

たとえば私が後年、ある程度の社会的地位に登った後に、彼らを社会的に抹殺する……そんな光景を夢見た。

なにかの表彰で私が壇上に上がり、そこに司会者が
「◯◯さんのかっての恩師がここに来ていらっしゃいます!」
と言って、スタッフがドッキリでボスを連れてこようものなら、壇上でこのボスがどれほどひどい人間か話した後、持っていた水を上からひっかけてやる……そんなシーンを妄想した。

あるいは、ある程度の社会的地位を得た上で、彼の取引先すべてに電話をして、
「この男、本性はどんな人間か知ってます? それなのに彼と取引しているんですか?」
と話して彼の信用を根こそぎ奪う、とか。



……こうしたことを考えていたが、今ではそうした気持ちはなくなった。それはなぜだろうか?

2014年8月26日火曜日

月間7万ページビューなので、まだ広告のことは考えていない……なんてね

文人商売というブログを書いている人が、「月50万PVいったので、そろそろ広告を考えてみる」という記事で8ヶ月で月間50万PVまでいったことを紹介している。

PVというのは「ページビュー」の略であり、何回、そのブログが閲覧されているのかを示しており、ブログの人気や実力を示す指標の一種となっている。

私のブログは2012年3月から開始して、ようやく月間PV数が7万から10万なので、彼我の差に少々、情けなくなる。

PVという指標は、ユニークユーザー数や訪問者数に比べると指標としての信頼性は低いと言われることが多い。同じ人が5記事をクリックして読んでも、異なる人5人が1記事ずつ読んでも、同じく5PVとカウントされるからだ。

ところがPVが指標として利用されるのは、アフィリエイトの収益額と相関関係があるからだ。乱暴に言えば、1人の人が5記事を読んで、そのうちに広告(このブログの上や右上などに貼り付けられているGoogle AdSenseの部分です)をクリックしてくれる確率と、5人の人の中でクリックを誰かがしてくれる確率はほぼ似たようなものだからだろう。

※ちなみに、このブログを読んだだけでは筆者の収益とならない。Google AdSenseの広告をクリックしないと筆者への利益とはならない。

つまり、私の月間のGoogleからの収益額は7,000円から8,000円ほどとなる。その計算は正しい。

毎日1時間以上ブログを書くのに費やしているので、仕事として考えるとまったく割に合わない。しかし、文章力上達のための機会として、あるいは、情報発信によって、書き手、読み手双方の考え方の整理に少しでも役立つ機会としてブログを書いているので、金銭面で割に合わない、というハードルはクリアしている。

ただ、問題は存在意義だ。多くの人に読んでもらえるということは、それだけ記事が誰かの役に立っている、ということだろう。その意味で、PV数が増えるのは、筆者にとって嬉しい。その上ちょっとした小遣いになることが、さらなるモチベーションの源泉となる。

冒頭で紹介した「文人商売」の筆者が、ではどうやってPVを増やしたのか。その理由は下記記事に詳しい。

★ 書籍化&30万PV達成したので、ブログのアクセス増やす具体的な方法を教える

ちなみに、これを参考に私が書いた記事が(そうです。私はなんでもすぐにやってみる質なんです)、こちらだ。

★ エヴァ映画を「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」も含めてランキング形式で紹介してみた

でも、これは思ったほどPV数はなかった。エヴァは、取り上げている記事が多すぎて、私の記事が埋もれてしまったのだろうと予測しているが、それにしてもひどかった。

私のブログの場合、まずは、タイトルと内容にもう一工夫が必要なのだろう。

もっと面白いと思ってもらえる記事を書いてみたい……。

そう考えて、いろいろと考えた末、明日からだけれども、記事を書くのを隔日にしてみようと思う(もちろん、書きたいネタがあれば、それに関わらず書いていくつもりだが)。

アウトプットも必要だが、インプットも必要だ。だが、今のペースでブログを書いていると、私にはインプットの時間が足りない。その時間を増やすことで、少しは内容はマシになるのではないだろうか……。

しばらく、隔日でブログを書いていきます。



2014年8月25日月曜日

酒は百薬の長ならず

先日深酒、徹夜をしました。翌日どうも調子が悪く、1日をムダに過ごしてしまいました。

それからふと考えました。
(酒は結局のところ、体にいいのか? それとも悪いのか?)

酒が体にいい理由とは、少量ならばリラックス効果があるから、というものです。それは間違いなくあります。ところがアルコールには脳細胞を破壊するという噂を聞きまして、それ以来、アルコールは極力控えてきました。そこで改めて調べてみたのです。

すぐに見つかったのが、これ。

★ 1日わずか2杯のワインが脳細胞の生産を40%も減少させると判明!!飲酒を毎日続けると学習能力が低下するらしいゾ
米ラトガース大学がおこなった研究によると、例え節度を保った量であっても、アルコールを飲むことで成人の脳細胞の生産が大幅に減少することが判明したとか。
ところが、生産を抑制するとは書いていますが、脳細胞を破壊するとは書いていません。

★ 雑学!ビールたった一杯で80万個の脳細胞が死滅する
脳細胞の動きを鈍くさせ、身体の自由を奪うのです、
そして、それと同時に多くの脳細胞を破壊していることがわかりました。
量にもよりますが、一回の飲酒で60万個~80万個の脳細胞が死滅しているのです。
と書かれているものの、ソース無し。それどころか、アルコールは脳細胞を破壊しない、という研究結果が出されている模様です。

★ 科学的に偽りであることが証明された脳に関する9つの迷信
これもよく考えればわかることですが、もしお酒を飲んでいるそばから脳細胞が死んでいくとしたら、すぐに障害が起こって気づくはずです。確かに、アルコールは脳や身体に影響を与えますが、昏睡状態になるまで飲み続けるぐらいでないと、脳にダメージを与えるまでにはなりません。
Grethe Jensen氏が1993年に行った研究では、亡くなった人の脳のサンプルを調べています。その結果、アルコール中毒だった人とそうでない人の脳細胞には、特に違いが見られませんでした。
……なんだよ、ガセか。

ところが、脳に明確な害はないものの、心臓などにはあまりよくないことが分かっています。

★ 適量の飲酒も体に良くない、定説に疑問 研究
【7月15日 AFP】 グラス1、2杯の酒はむしろ心臓によい──酒を飲む人が好んで引用するこの医学的見解だが、英医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(British Medical Journal、BMJ)にこのほど発表された研究論文によると、この長く信じられてきた考え方には問題がある可能性がでてきた。
 論文は、アルコールの摂取を少量でも控えることで、冠状動脈性心臓病のリスクを軽減させ、体重の減少や高血圧の抑制にもつながると説明している。
アルコールが心臓に良い、という説は初めて聞きましたが、多分欧米で広く広まっている俗説なのでしょう。それは嘘だ、とのこと。

なんだ。

それくらいならば、酒はまた飲んでもいいのかな、と思いました。もっとも、酒を飲むよりも楽しいことが世の中にはたくさんあるので、つきあいでもなければ飲もうとは思いませんが。