2013年3月3日日曜日

『無限の住人』が終わっていた

無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC)
無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC)

今ではそこまでの熱意はありませんが、学生の頃、マンガを浴びように大量に読んでいました。単行本は言うに及ばず、当時発刊されていたほとんどのマンガ雑誌に目を通していたんです。その中でもダントツで刊行を心待ちにしていたのが、月刊誌である「アフタヌーン」です。

少年誌でもなく、ビッグコミック系でもなく、型にはまらない作品が数多く掲載されていました。
『ああっ女神さまっ』『寄生獣』『岸和田博士の科学的愛情』『午後3時の魔法』『地雷震』『大日本天狗党絵詞』などなど(読みふけっていた時代が分かりますね)、とてもオリジナリティーにあふれた作品群ばかりで、魅力が詰まっていました。

数々の作品中、迫力あるバイオレンス描写、骨太なストーリー、個性的なキャラクターという魅力で人気を博していたのが、沙村広明の描く『無限の住人』です。

江戸時代を舞台にしているのに、時代考証を無視した金髪の登場人物やサングラスをかけた人物が登場したり、ミニスカート風の和服をまとった女性が現れたりと、ぶっとんだ作風は、『サムライチャンプルー』などに影響を与えたのだろうと目されています。「ハードロックな時代劇」という言葉がピッタリのマンガでした。

連載が開始されたのが1993年ですから、今から約20年前。長い長い物語でして、社会人となって、ストーリーを追うことをあきらめた私を置き去りに、マンガは延々と続いていて、なんと、昨年末、19年目にして大団円を迎えていたのだそうです。

雑誌に連載されるマンガが、作者の希望通りに終わることはまずありません。人気があれば、ストーリーが破綻しようと、編集部は漫画家にマンガを描きつづけることを要請しますし、人気がなければ、ストーリーが破綻しようと、編集部は漫画家に打ち切りを宣告します。結果として、ストーリーが最後まで破綻せずに終わる長期連載は生まれにくいのですが、どうやら『無限の住人』は、その危険性を回避できたようです。

アマゾンのレビューを読みますと、
 最初に勤めた会社近くの本屋にあって、『表紙絵のカッコいいコミックだなぁ。』
と1~3巻まで衝動買いしたのがきっかけでした。時は流れて十余年、よもやここまで
続くとは・・・・最終章宣言してからも「着地点をしっかり守って無事に降りた。」という
人気作としては恵まれた終わり方だと思います。(”売り上げ●千万部突破”という謳い文句の帯を付けた人気コミックが、迷走・打ち切りになる度「もう勘弁して。」って幾度懇願した事か)
などのように、ラストに充分満足している長年のファンが多い模様です。

「血仙蟲」(けっせんちゅう)という、不死の能力を宿主に与える寄生虫を体内に有した万次と、彼を雇って両親の復讐を果たそうとする少女、凛。この二人を軸にして、様々な人間たちが織り成す江戸絵巻が、果たしてどのように収束したのやら……大変興味深いです。

久々に、この最終巻だけでも買ってみよう、と思っています。

2013年3月2日土曜日

苫米地英人の講演速記

電通 洗脳広告代理店
電通 洗脳広告代理店
苫米地英人の講演会に参加したのは、いつだったか定かではありません。日付を書いておけばよかったと思いますが、しょうがありません。

ノートには以下の様なことが書かれていました。

・苫米地英人は、ア・プリオリな存在を認めない
「ア・プリオリ」とは、「先験的」と訳される哲学用語でして、証明不要なものがある、という認識、立場のことを指します。科学的立場から、すべてのものごとを疑うことを自分に義務づけている、と苫米地氏は主張しています。

・臨場感は共有可能
人間には、ホメオスタシス(恒常性)という性質があります。ホメオスタシスとは、外部環境にかかわらず、内部環境を一定に保つ働きのこと。体温調節のように、暑くても発汗作用によって自分の体温を下げるような性質のことです。物理空間の様々な情報を触覚、視覚、聴覚などでとらえて、それに合わせて自分の身体の情報が書き換えられていきます。

ところが人間には、一緒に暮らすだけで、他人とホメオスタシスが同調するという性質があります。これは人間が何万年もの間に集団生活をするうちに獲得した性質のようです。

たとえば女性同士が共同生活を送ると、生理周期が一緒になることなどがよく知られています。これは古代、同じ時期に集団で妊娠した方が、親が亡くなったりした時、母代わりの女性の母乳で育てられる、など利点が多いので、人間に備わった能力だそうです。この古代の残り香のために、人間は他人と臨場感を共有する能力が備わったのだというのが苫米地氏の主張です。仮想空間の臨場感が現実世界よりも強くなった状態を、「トランス」であると彼は定義します。

・意識から無意識へとアクセスすることはできない
臨場感を他人と共有することで、他人の心理を操ることが出来る、と苫米地氏は主張します。他人を操るためには、どうすればいいのか? 意識(=理性)では相手の無意識へとアクセスすることはできないそうです。無意識から無意識へのアクセスが必要だそうで、催眠術師は被験者をトランス状態へ導くと同時に、自分もまたトランス状態へ変える必要があるのだそうです。

・臨場感を共有してトランス状態にするためには、現実空間への知覚を弱め、仮想空間へ誘うこと
ムーディーな雰囲気を出すために、部屋を暗くする、お香を炊く、音楽をかける、などの行為を誰しも行うと思います。これには現実からその空間を遮断するという意味があるのだそうです。日常から離脱することで、臨場感を共有できます。その状態となった意識は、変性意識と呼ばれます。

・日本人はヒルガードによって洗脳されている
第二次世界大戦後、米軍に所属して、日本人を心理学者としての立場から、巧妙に洗脳した人物がいるそうです。それがアーネスト・ヒルガードです。

このブログでも何度となくご紹介したケリー・マクゴニガルの『スタンフォード大学の自分を変える教室』

彼女を始めとして、スタンフォード大学には現在、著名な心理学者が多数在籍しています。スタンフォードを心理学のメッカに変えたのが、ヒルガードでした。

彼は日本人が欧米人に決して歯向かわないように、小学校教育課程を作る際に、ヒルガードが日本の文部省に様々な助言を行ないました。これが今の日本人に大きな影響を与えいます。日本人の精神は大きく毀損されてしまっているため、その洗脳を説くことが必要だと苫米地氏は主張していました。

・逆腹式呼吸が、変性意識を作る
息を吸いながら腹部をふくらませる腹式呼吸が一般的には有名ですが、息を吐きながら腹部をふくらませる逆複式呼吸の方が、変性意識を生み出すためには有効だそうです。

やってみますと分かりますが、腹式呼吸が精神をリラックスさせるのに比べて、逆腹式は精神を高揚させます。それによって無意識を意識的に活発化させる作用があるようです。

・精神を鍛えるために、大きなことを考える
洗脳されないようにするためには、大きなビジョンを持つという方法が有効です。たとえば国家政治について考えていると、家庭の問題が瑣末なことに思えてくるでしょう。あれの応用です。

たとえばビッグバンの頃の、200億年前の光が巨大な輝きとなって眉間を貫き、その光によって巨大な身体へと自分が変化して、光のエネルギーが巨体の中を移動する……こういう空想を、瞑想時に行うことによって、たいていの「大きな話」とやらに惑わされることがなくなると言います。面白い視点です。



以上となります。う~ん、内容が薄かったですかね?!

苫米地氏は多数の書物を出版しています。その中で触れられていることがほとんどで、果たして講演に行く意味があったのかどうか今となっては疑問です……。

2013年3月1日金曜日

苫米地英人について

先日家の中の資料を整理していたところ、苫米地英人の講演会の速記録が出て参りました。

その内容に触れる前に、苫米地英人について、まずは説明しましょうか。彼の本業は人工知能研究。ところが、それ以外の活動で有名な御仁です。彼の略歴について、一番よくまとまっていた、Amazonのものを一部ご紹介しましょう。
 1959年東京都生まれ。脳機能学者、計算言語学者、認知心理学者、分析哲学者。
上智大学外国語学部卒業後、三菱地所に入社。2年後イェール大学大学院に留学。同大学人工知能研究所、認知科学研究所研究員を経て、カーネギーメロン大学大学院に転入。計算言語学の博士号を取得する(日本人初)。(中略)在学中に世界初の音声通訳システムを開発したのを皮切りに、オウム真理教信者の脱洗脳や、各国政府の対テロリスト洗脳防止訓練プラグラムの開発・指導、能力開発プログラム「PX2」の日本向けアレンジ、国際健康健美長壽學研究會顧問、國際気功科学連合會副会長と、その活動は多岐にわたる。――Amazon略歴より――
とにかく派手な経歴の持ち主です。もともと学生ディベートの草分け的存在であり、元オウム真理教の中心的な存在だった上祐史浩とは、ディベートリーグの先輩後輩の仲でした。

★ <対談>麻原彰晃四女・松本聡迦×脳機能学者・苫米地英人【1】
★ <対談>麻原彰晃四女・松本聡迦×脳機能学者・苫米地英人【2】
★ <対談>麻原彰晃四女・松本聡迦×脳機能学者・苫米地英人【3】

苫米地英人が有名になったきっかけは、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教信者の脱洗脳を多数成功させたことでしょう。

1995年、オウム真理教は様々な被害を社会にもたらします。ところが彼らの反社会的行為を取り締まることは、当初、大変困難でした。憲法が宗教活動を厳重に守っていたからです。

サリン製造の証拠が明らかになっていない時点では、うかつにオウム真理教の活動を取り締まることはできません。オウム真理教が既存宗教と異なる存在である、という社会的合意が、まだ出来上がっていませんでした。布教と洗脳、お布施と寄付金強要、拉致監禁と独房修行を区別することが出来なかったのです。

そこに苫米地氏が登場しました。マスコミにアメリカの心理療法の概念を多数持ち込み、オウム真理教の洗脳行為が共産国や自己啓発セミナーの洗脳行為に類するものであることを指摘し、

「オウム真理教の行為は人格操作を目的とした道義的に誤った行為であり、既存宗教のものとは根本の発想が異なる」

という定義付けをおこないました。

オウム真理教は宗教ではなく、擬態宗教、麻原彰晃の欲望を実現するためのカルト団体である、というイメージを作り上げることに一役買ったのです。

苫米地英人氏は「洗脳」に関する一権威となりました。様々なメディアへ露出するようになります。

ところが、天才にありがちで、他人の気持ちを理解しようとせず、常識や倫理をわきまえず、自分を特別な存在だと過信するところが、彼にはありました。脱洗脳をおこなった患者である、元オウム真理教信者女性と結婚したり、国松元警察庁長官を撃ったという元警察官の証言を催眠で引き出したという主張を、ゲリラ的にマスコミに発表したり、突飛な行動ばかり取るようになり、人々の信頼を次第に失っていきました。

カウンセラーが心理的に無防備な状態にある患者と個人的な関係を結ぶことは本来あってはいけないことです。元警察官が長官狙撃の犯人であることも、立証されないままです。

この人は、ドラッカー説くところの「真摯さ」に欠けているのでしょう。頭が良すぎるせいか、愚直にものごとに取り組んだりだとか、時間をかけて何かを証明したりだとかを、はなっからバカにしているのです。何かに取り組んでパッパッパとある程度の業績をすぐに挙げてしまうけれども、すぐに飽きてしまい、他のことに目移りし、それまで取り組んでいたことを放り出します。

責任感だとか、他人の窮地を救いたいという思いやりだとか、何かを発見してそれを世間に受け入れられるまで、必死に主張しようという情熱などが、まったく感じられません。2ちゃんねるの創業者のひろゆき氏や、livedoor創業者のほりえもんと似たタイプだといえば、お分かりになるかもしれません。

ただ、彼なりに社会的地位は欲しいようで、宗教を批判していたにもかかわらず宗教にすりより、「チベット仏教会から『阿闍梨』の称号をもらった」とメディアで吹聴して自分の権威づけを図りましたが、後になって嘘だとばれて、逆に評判を落としてしまいました。

★ 日本人複数名の阿闍梨の称号授与についてのご注意

その過程については、下記のブログが詳しいです。

★ 憑き物落としの作法・阿闍梨の大安売り

ただ、このような毀誉褒貶のある苫米地氏のキャラクターを、私は嫌いではありません。元患者と結婚して十年以上連れ添っているのですから、立派なもんです。それに、オカルトな概念(気功、悟り、テレパシー……etc,etc.)を独自の科学的見地から解釈を施す彼の視点・発想体には、学ぶところも多いと考えています。

5年以上前、彼の洗脳原論を読んでから彼に興味を持った私は、彼の講演会に参加したことがあります。そのときにメモしたノートが先日、戸棚の奥から出てきました。

(このまま捨てようかな)
とも思ったのですが、それももったいない話です。簡単ではありますが、内容をご紹介しましょう。

続きは、明日……。

苫米地英人の講演速記