2013年2月6日水曜日

ブームを起こしたユダヤ本


先日部屋の掃除をしておりましたところ『ユダヤ人大富豪の教え』という本が出て来て、懐かしい気分になりました。

一時期ベストセラーとなったため、読んだことのある方も、このブログの読者の中に多数いらっしゃるでしょう。

この本、当時アメリカで隆盛を極めていた成功哲学を、作者である本田健氏がうまくまとめあげたものであり、彼が出会ったというユダヤ人の大金持ちは架空の人物なのだろうと言われています。

キリスト教が普及していない日本では、「ユダヤ人」に反感を持つ人はあまりおらず、むしろ偉人を多数輩出している優秀な民族という点で羨望をもっている人が多いようです。ですから、タイトルに「ユダヤ」とつく本はよく売れるようです。

実際のところ、世界を相手の商売をしていると、金融業界で大活躍するユダヤ人グループの存在を無視することができなくなります。欧米に留学したり出張したりすると、現地の上層部にユダヤ人が多いことを知って驚くことになります。

『ユダヤ人大富豪の教え』に限らず、日本では何度か、ユダヤ人を扱った本がベストセラーとなりました。そのブームの端緒となった本を、いくつか、ご紹介しようと思います。


1.『太古日本のピラミッド』
明治維新を成し遂げた日本人は、日露戦争に勝つことで、欧米列強と肩を並べるまでになりましたが、欧米の中では日本の異質さが際立ち、孤立感にさいなまれることとなります。キリスト教国ではなく、白人ではなく、文化も全く異なります。仲間に飢えた当時の日本人にとって、同じく欧米の中で異端児であったユダヤ人はシンパシーを感じる存在でした。

(西洋の中で異質な者同士であるユダヤ人と日本人は、血縁関係にあるのではないか?)

という論説をスコットランド人のノーマン・マクラウドなる人物が1878年に、長崎の出版社を通して発表します。これをもとに、酒井勝軍(さかいかつとき)という人物が、
「日本民族の先祖は、世界の根源的人種(原ユダヤ人)である、よって、日本は世界の中心になるべきだ」
と述べ、今では「日ユ同祖論」として知られる主張を繰り返し、それが一部で熱狂的な信者を産みました。

ロシアと戦った時に、引き受け手のいなかった日本国債を大量購入して日本を助けてくれたのが、アメリカのユダヤ人豪商だったジェイコブ・シフだったことも、日本人の親ユダヤ人感情に拍車をかけました。

日ユ同祖論の考えに基づいて設立され、今でも地道に活動している団体が横浜に残っています。JCCシャローム日本ユダヤ教団という宗教団体です。

ほとんど広報活動を行なっておりませんし、事務所も雑居ビルの2階と3階にあるために、目立たない存在です。ところが、集まるメンバーは多士済々。大企業の重役や公務員、実業家などが多数メンバーに名を連ねています。

「ユダヤ人は日本人の祖先である」という信念を共有し、毎週会合を開き、互助会のような形をとった、一種の秘密結社を運営しており、神道とユダヤ教が入り混じったような独自の儀式を行なっています。

長老に認められた人間しか、仲間に入ることを許されません。



2.『日本人とユダヤ人』
1970年に山本書店から山本七平が、イザヤ・ベンダサン名義で出版した『日本人とユダヤ人』が大ブームとなります。
「日本人は安全と水をタダだと思っている」
という指摘は、安全保障を米軍に肩代わりしてもらい、公害などによって自然環境を破壊しつつあった当時の日本人への警鐘として各界に響き渡りました。

ただ、だんだんと、イザヤ・ベンダサンが山本七平の別名義であることが知られるようになると、日本人がユダヤ人のふりをして本を書いていることに大変な批判を受けるようになりました。

浅見定雄など、専門のキリスト教研究家からは「ギリシャ語もアラム語もよく理解していない人間による嘘に嘘を重ねた本である」という酷評を与えられています。



3.『ユダヤの商法』
前掲書と相前後して出版されたのが、この『ユダヤの商法』です。藤田田(でんと読んでください)という日本マクドナルドの初代社長は、日本にマクドナルドを持ち込むときに、独特の哲学をもって臨みました。

「マクダーナルドではなく、マクド・ナルドという読み方がいい」
「郊外店ではダメ。日本でブームを作るならば、銀座の一等地に店を出せ」
「ストローの直径はもっと太くしろ。マックシェイクを飲むスピードがちょうど母乳を飲むとの同じくらいになるように」
などという一般人とは異なる視点で様々なアイデアを出し、次々に当てていきます。

アイデアの宝庫ともいえる彼は、例えば、名古屋、大阪、仙台、福岡、広島、札幌など、各地方の中心地にマクドナルドを進出させた後に、山梨や大分といった場所にマクドナルド新店舗を出店して大成功を収めたりもしています。

なぜ山梨? それほど(当時は)交通の便も良くないのに? と誰しもがいぶかったこの計画には、きちんと理由がありました。

実は日本全国の各地域には、「天領(てんりょう)」と呼ばれる江戸幕府の直轄地が複数ありました。

その地域では周囲に比べて年貢が安く設定されていて、住民の資本の蓄積量が多く、金払いが大変いい、ということを、歴史的、統計的に割り出したのです。そのあとマクドナルドの知名度がアップするようになると、五月雨式に出店攻勢をかけるようになりましたが、それまではマーケティングに歴史的観点を導入、慎重かつ大胆に経営戦略を練っていったのです。

藤田田は、こういう考え方を戦後の進駐軍にいたユダヤ人や、アメリカで知り合ったユダヤ人家族たちから学んだと述べています。

最終的には、日本のマクドナルドの店舗数はアメリカに次いで世界2位となりました。ハンバーガーのフランチャイズは数あれど、これほど大成功を収めたのはマクドナルドくらいでしょう。それを成し遂げた藤田田の書いた『ユダヤの商法』には、たいへんな知恵が含まれています。

実際、それを読んで感動したのが高校生の孫正義であり、彼はこの本のお陰でソフトバンクを作り上げ、現代の大富豪となることに成功しました。類稀な気大金持ちを生み出したという点で、成功哲学の本の中で、この本ほど実践的なものはないかもしれません。ただ、中身はあまりに露悪的で合理主義に徹しており、読む人によっては気分が悪くなるかもしれません。



4.『ユダヤ人大富豪の教え』
時代は下って2003年、『スタンフォードの自分を変える教室』を出版したことでもお馴染みの大和書房から『ユダヤ人大富豪の教え』が出版されました。

ユダヤ人の大金持ちであるゲラー氏が、幸せなままでもお金持ちになれる、利他の精神と金儲けは両立することを、わかりやすい言葉で説いたこの本もまた、ベストセラーとなりました。

いろいろな成功本のパクリだなどの批判はあるようですが、逆に言えば自己啓発本のエッセンスが凝縮されているということでもあります。


ユダヤ人というのは、とても興味深い民族です。タイトルに「ユダヤ」とついて、面白くない本を私は寡聞(かぶん)にして知りません。彼らの合理的な考え方と、歴史を大切にしようとする価値観が、私にとってとても共感できるものだからかもしれません。

2013年2月5日火曜日

戦国時代の合理主義

フランシスコ・ザビエルという宣教師が戦国時代、日本に布教にきてキリスト教を布教したことを、ほとんどの方はご存知でしょう。日本に2年滞在して多くの信者を獲得した後、中国に渡ろうとして、その途上で病没してしまいます。
1552年4月、ザビエルは、日本全土での布教のためには日本文化に大きな影響を与えている中国での宣教が不可欠と考え、バルタザル・ガーゴ神父を自分の代わりに日本へ派遣。ザビエル自らは中国を目指し、同年9月上川島に到着した。しかし中国への入境は思うようにいかず、体力も衰え、精神的にも消耗しており、ザビエルは病を発症。12月3日、広東省上川島(サンチェンダン)でこの世を去った。46歳であった。 by Wikipedia
中国へ渡航することを選んだ理由が、日本布教の足掛かりなどの二次的な理由であるはずがあるまい、単に明帝国の方が国土も人口も大きいからそちらが魅力的だったのだろう、と私は学生時代に考えていました。

ところが中国渡航の理由が、本当に日本布教のためであったことを、先日知りました。
ザビエルの手紙には、こと細かく日本人のことが書かれています。 例えば、日本人はすごく知的好奇心が強く、こちらが休む暇もないくらい質問してくる。また、理性的だとも言っています。(中略)もし神様が天地万物をつくったというなら、なぜ悪があるのか――これも執拗に聞いた。さすがのザビエルも、この点には困りました。悪の存在というのは非常に深刻でやっかいな問題です。(中略)しかし、ともかく日本人はこういうことを猛然と食ってかかるように、ザビエルに質問したようです。
ザビエルは日本に一五四九年に来て、二年後の五一年に去りますが、日本を去ってから書いた、イグナチオや、あるいはイエズス会の同僚たちとの往復書簡の中で、もう精魂尽き果てたとのべています。自分の能力の限界を試されたと、正直に告白しています。
ザビエルは日本の文明の先生は支那だと見抜きました。日本でかなりの信者ができたけれども、いろいろ理屈をこねて抵抗している。しかし、日本の“先生”である支那がもしキリスト教に改宗すれば、日本人はイチコロのはずだ――ザビエルはそう思って支那に行こうと決意したように思われます。
上記は、土居健郎の『聖書と甘え』からの引用です。


フランシスコ・ザビエルの往復書簡は書籍化されています。


ただ少々お高いので、購入するなら、岩波文庫の方が(抜粋ですが)お求めやすいでしょう。

日本人との討論に精魂尽き果て、日本を攻略するために隣国中国をまず攻略するという戦略を、とろうとして、ザビエルは離日したのだそうです。ふられた訳ではなかったようです(笑)。

ところで、私は戦国時代に宣教師が記述する日本人の有り方を読むたびに、誇りを覚えると同時に、今の日本人にその特質が欠けているように感じて、悲しくなるときがあります。

たしかに、上記に述べられているとおり、日本人が盗みを嫌い、知的好奇心が強く、礼儀正しい、という点は今も変わりません。

ところが、非常に理屈をこね、休みもないほど質問してくる、という知的好奇心にあふれた態度からは明らかに後退しています。明治期に日本にやってきた外国人は、自分に会った日本人が、モジモジして、お互いに牽制しながら質問をなかなかしないことに業を煮やす、と記録に残しています。

それは今も変わらず世界の「日本人はシャイだ」という評価につながっています。戦国時代の日本人にあった好奇心の塊のような態度は、江戸時代にすっかり失われしまったようです。

日本人の知的好奇心に蓋がなされた理由は、江戸時代から昭和初期にかけて、あまりに長く続いた封建的な体制のためでしょう。知的好奇心は、権威に盲従せずに、徹底的に論理的に考えぬく、という合理的な思考回路が必要です。それが保持されるには、江戸時代の封建体制はあまりに長すぎたようです。大変もったいないことです。

戦国時代の武将・藤堂高虎(とうどうたかとら)の残した家訓には「武士は主君を七度変えてこそ一人前である」という一文があるそうです。そこには、忠義に縛られず、己の技量をひたすら磨こうという独立独歩の精神がうかがえます。

忠義を重んじた後世には、このような戦国時代の武将の考え方が、なにやら卑しいものととらえられていたようですが、現代のようなドラスティックな社会では、このドライな考え方の方が、むしろしっくりくるはずです。

戦国武士道や戦国時代の人々の考え方をどうにかして取り戻したいですね。

2013年2月4日月曜日

体罰には即効性がある

大阪の桜宮高校のバスケ部主将が顧問によるシゴキによって、自殺に追い込まれました。
度を越えた指導を行われていた女子柔道の強化選手達が集団で体罰禁止をJOCに訴えました。
体罰に関する問題が連日マスコミで大きく報道されています。

なぜ体罰は根絶できないのでしょうか?

簡単な話で、それが組織や人間の力を短期間で伸ばすのに大変効果的だからです。

かつて大日本帝国軍の兵隊といえば、世界最強と言われたことがありました。第二次世界大戦で負けるまではほぼ無敗、極寒の平原で、海で、空で、そしてジャングルで、数多くの武功を立ててきました。

貧弱な兵装、少ない物資、劣った体格というハンデかありながら日本軍の軍人たちが最強たり得たのは、兵士一人一人のレベル、特に精神の耐久性が大変高かったからです。

日本人の遺伝子が優秀だから?

馬鹿馬鹿しい。人間一人一人の遺伝子が及ぼす精神力に何ほどの違いがあるでしょうか。フランスの片田舎で麦を育てながら収穫祭を祝っていた南プロヴァンス地方の一青年と、大分の九重山の麓で米を育てていた村の青年団団員の精神力の間に、どれほどの差があるというのでしょう?

それよりも、大日本帝国軍の初年兵育成システムが、短期間で人間を「組織の目的を第一優先で動く」ように作り変えるためものとして、大変「優れていた」と考える方が合理的です。

そもそも人間には様々なタイプがいます。資質には優劣があり、性格には違いがあります。

規律に従う遵法意識の高い者もいれば、犯罪性向が高いものもいます。

こういった雑多な人間を、数ヶ月から一年の間に戦場という極限状態でミスをせず、同様しない兵士へとつくり上げる必要があります。下のレベルの人間を、平均値へ底上げすることが何よりも優先されます。本来ならば、不可能な話です。

しかし大日本帝国軍はそれを成し遂げます。どうしたらそんなことが可能でしょうか? その答えが、軍隊内の日常の居住単位である「内務班」で行われていた体罰でした。
初年兵掛上等兵や古年兵が初年兵全員を班内に整列させて、その日の些細な落度を咎め立てしてはビンタをとる事は日常的に行われた。古年兵の威を知らしめ絶対服従状態に置くためとも、また日常起居動作の緊張を促すためにとも云うのであるが、このような緊張状態に常に置くことで、戦場での困難な状況に対処できる強い精神力をつけさせると云う教育的効果があり、更に戦場に於ける上級者の命令を反射的に実行できるようにするための訓練であるとも云えよう。――「内務班
日常的に理不尽な暴力を振るわれるうちに、人間は緊張状態の中で的確な判断ができるようになります。殺されるような修羅場でも精神が動揺しなくなります(精神が鈍麻するのでしょう)。
死ぬことに対する恐怖が払拭され、
「死ね」
と命じられたら進んで敵地に向かい、
「残置諜者となれ」
と命じられたら戦争が終わって数十年経とうとも現地でゲリラ戦を行うような優秀な兵士へと生まれ変わります。このような効果が実際にあったから、帝国軍からシゴキやイジメを根絶することができなかったのです。

日本ほどひどくはありませんが、アメリカだって海兵隊訓練キャンプで、新兵の人格を体罰や暴言で破壊することが行われています。『フルメタルジャケット』を観れば一目瞭然です。
ただ、こんなのはまだまだ甘い。日本軍の体罰は、もっと執拗で、陰惨で、ひどいものでした。ロシア軍のこの新兵イジメの動画が、在りし日の日本軍のそれに近いものだといえましょう。
似たようなことはヤクザの世界に今でも残っていて、ヤクザ組織に入った若衆は、事あるごとに親分に理不尽なことで殴られたり竹刀で叩き回されたりするそうです。それに耐えることで、一種の糞度胸がつくのです。そして、犯罪を犯したり鉄砲玉として敵組織にカチコミに行くような理不尽な命令でも平気でやれる人間になります。

谷亮子や山下泰裕が、
「自分は殴られなかった」
と言っていたそうです。そもそも体罰やシゴキは優秀な人間には必要ありません。しごかれなくても戦場で全く動じない人間がいるように、殴られなくても一心不乱に努力し続ける事ができる努力の天才たちだからです。

だが、弱い人間、能力が劣った人間、メンタル面が脆弱な人間には忍耐力が欠如していることが多いもの。柔道の強化選手になるような人間を弱いと言ってしまっては大変失礼ですが、山下や谷、野村忠宏、あるいはそれと互角に戦える選手に比べて、体格や筋力が著しく劣っているわけでもないのに今ひとつ劣る当落戦上のラインにいる人々は、なにかしらメンタルの弱さがある可能性があります。それを短期間で矯正し、人格改造を行うために、暴力は大変効果的なのでしょう。

……でもね、結局、日本はアメリカに負けました。

弱点は精神力でカバーできるという信念で凝り固まった日本軍に比べて、アメリカ軍は精神論ではなく、システマティックにものごとを思考します。質の向上ではなく量を揃えることに全力を注ぎ、大量物資で相手を圧倒することにしました。組織全体を眺め、兵士それぞれの長所を把握して適材適所に配置していくことを選びます。

石垣を積む際に、全ての石材を同じ形に削るのが日本流ならば、石材の形を生かしてパズルのように組み上げるのがアメリカ流です。

こんな話があります。南の島に飛行場を急ぎ建設しようとした時のことです。ノウハウを上官たちはもっていませんでした。部隊にノウハウを持っている建設会社の社長がいたが、彼は一兵卒でしかありませんでした。

軍隊は命令系統がかっちりしていて、ある程度の階級の者でないと多方面に指示を出すことができません。そこでアメリカ軍ではどうしたでしょうか? 

戦闘経験のない彼を抜擢して軍曹にし、彼の指示に従い、あっという間に飛行場を作り上げたそうです。

日本軍では「無理が通れば道理引っ込む」、無茶を強いることで合理性は現場から失われていき、精神力万能論に陥り、合理的に物事を判断することができずに、アメリカに負けました。あの戦争では、今は勝てない強い相手と戦うためにはひたすら時間を稼いで国力を蓄えるとか、いろいろな方法があったはずなのに、それを選択できなくなるのが精神万能主義の怖いところです。

それに、体罰やイジメを受けた人々は、精神に深い傷を負います。大多数の人間を幸福にしないシステムが、今だに幅をきかせています。

精神力でなんとかなるのはある程度の段階まで。日本人がもう一つ上のレベルに上るためには、徹底的に合理的に物事を考える必要があります。

そのためには体罰を絶対にやめる、という敢然とした決意を国民全体が共有しないといけません。過去の成功体験にすがりつき、自己改革を遂げないと、いつまでたっても欧米の後塵を拝するような、情けないことになるでしょう。