2014年8月7日木曜日

『アナと雪の女王』の日本語訳からは「決別」の概念が削除されているそうです

『アナと雪の女王』、流行っていますね。動員数が何百万人を突破! というメディアの宣伝だけでは今ひとつピンと来なかったのですが、先日会社の上司とカラオケに行ったところ、年上の男性上司が、女性社員と一緒に身ぶり付きで「ありのままで」を歌っていたのを見て、ようやくヒットを実感しています。

映画の日本語訳がとても素晴らしい、という話は、各国の「ありのままで」を聞き比べられるYouTube動画の感想などで、見知っていました。


ただ、それは音の響きに関するものでしたが、内容に関しても、大変考えぬかれたものだという指摘がなされていました。

★ 『ありのままで』の歌詞はトンデモ訳?→日本語版に合わせたプロの仕事!

Twitterに書かれたものをまとめた上記記事よれば、アメリカでは「家族などの身の回りの人との決別と、それにともなう開放」という概念への共感が、多くの人に共有されているのだといいます。

ところが日本では、「家族や身の回りの人との決別」に、共感を覚える人はまだ少ない。そこで、映画のほぼすべての日本語訳から、この「決別」にまつわる概念を極力排除している、という指摘です。

これは面白いと思いました。

日本でも、世代が異なれば、国民の共通概念は変化しています。たとえば貞操観念が、今ではほとんどもてはやされなくなったように。

アメリカでは「家族」というものへの幻想が大変根強い国だというイメージを持っていました。家族の崩壊を扱う作品がここ二十年ほど多くなってきましたが、それでも「家族愛」はアメリカの不変の価値のようになんとなく感じていました。

ところが「決別と開放」という理念に人々がシンパシーを感じるようになってきているのだとしたら、私が「大草原の小さな家」でイメージしたアメリカのあり方と、今はかなり異なっているのでしょう。

アメリカの今後を、私は懸念します。家族から切り離された人々の作る家庭は、機能不全家庭になりがちです。親を否定した人間は、いずれ親になったとき、否定される恐怖に覚えながら子育てをせねばなりません。『アナと雪の女王』で彼らの「決別」に共感した人々のつくり上げる社会は、不安定なものとなることでしょう。アメリカの行く末を案じます。


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