2012年11月15日木曜日

明石家さんまのエピソード②

昨日の続きです。
明石家さんまが、長男の二千翔くんの喘息を治した、という話について、世間で知られているエピソードは、次のものです。
 息子の喘息は大変ひどく、入院していたのだが、薬漬けにする治療方針に反対し、一晩中、息子の両手を握って祈ったところ、喘息が治ってしまった。(Yahoo! 知恵袋「明石家さんまさんは、ニチカと言う息子さんが喘息で入院している時」より) 

この話をご存じの方も多いことでしょう。でも、座談の名手である明石家さんま自身によっても面白おかしく語られ、さらにはギャグや冗談を交えながら単純化されてしまっていて、ほとんどの人がこのエピソードを、単なるほほえまえしいハートフルなものだととらえているはずです。

ところが、大竹しのぶの『私一人』によれば、もっと事態は深刻でした。

二千翔くんの症状は大変ひどいものだったといいます。喘息が一旦発症すると、呼吸に苦しみ、いつまでも苦しむその様子は、見ていて耐えられないものだったそうです。しのぶによれば、父親不在によるストレスからくる病だったのではないか、と思うのですが、それはどうしようもない問題でした。しのぶがさんまと結婚しても事態は好転せず、親族を巻き込んだ不安の種となっていたようです。

それを治すためにさんまがとった行動。それは、親戚中から総スカンを食らう覚悟で自分自身の"治療"に、全責任を負って挑むことでした。
 大竹さんの長男、二千翔君は、幼い頃から、アレルギー性喘息で苦しみ、薬を飲みつづけていた。食事制限も厳しく、発作が起きると、涙を流しながら、ぜいぜい苦しむ。それを見かねた、さんまさんが、立ち上がった。
「よし、俺が治す。ええか、絶対に薬を飲ませたらあかんぞ」
「窒息したらどうするの」
と抗議するお義母さんに、さんまさんは
「一日だけ僕に時間をください」
と頼み、枕元で二千翔君の手を力強くにぎりしめた。
「だいじょうぶや。俺の気で治したる」
 それから、一睡もせずに、朝まで息子さんを励ましつづけた。すると、喘息の発作がそれ以来、すっかり消えたのである。大竹さんは、「奇跡のよう」と眼を丸くするばかり。以来、彼はまったく薬を必要としなくなった。風邪を引いても「自分で治すからいい」と薬を退け、ほんとうに自力で風邪を吹き飛ばすようになった──。(『私一人』大竹しのぶ著(幻冬舎)についてより)
その場では、かなり深刻な話だったようです。

このエピソードは大竹しのぶが上掲書で紹介して以来、知られるようになりましたが、さんまはその手の深刻な雰囲気を嫌って、笑い話として周囲に語るのでした。

……ところが、本当は、その背景にもっと複雑な事情がありました。彼は単に、気合で息子を"治療"したのではありませんでした。それが明らかになったのは昨年の話です。まだご存知でない方も多いかもしれません。

2011年8月25日、大竹しのぶが深夜ラジオ「オールナイトニッポン」の一日だけのメインパーソナリティーになりました。
彼女がゲストとして呼んだのが、明石家さんまでした。

彼ら二人は今でも仲がいいですね。
他の離婚夫婦のように、離婚後は絶交渉となるのではなく、ほどよい距離感を保ちながら、いい友人関係を維持しています。

お笑い系の人には、このような関係性を保てる人が多いようです。
ココリコの遠藤と千明とか、スピードワゴンの井戸田潤と安達祐実とか……。
お笑いの人間の持つ、コミュニケーション術の為せるワザなのでしょうか?

「笑わせる」という技術は、単純なようで大変難しく、その業界で生き残っている芸人たちは、大変な勉強家であることが多いものです。
他人を自在に笑わせるとは、自在に他人の感情を操れることを意味します。

たとえば落語家といえば、笑いの名手とだけ思われがちですが、彼らが語る落語の噺のレパートリーは多岐に渡り、喜劇ばかりではありません。

男性二人の刃傷沙汰が発端で、子孫が次々に亡くなっていく『真景累ヶ淵』のような怪談もあれば、落としたサイフを失ったことで、逆に目が覚め働き者になった男の話『芝浜』のような人情話など、彼らはさまざまな話で、聴衆を夢中にさせてきました。

名手ともなると、観客を恐怖に陥れることも泣かせることも自由自在。
寄席に集まる観客の感情を、自在に操ることができるのです。

昔の落語家の地位を占めるのが、今の芸人たち。
別れた女性に嫌われないというのは、かなり難易度を要求される技術だと思いますが、それを楽々とこなす彼らは凄いですね。

さて、閑話休題。さんまが二千翔くんを喘息から救った方法について、解説しましょう。

(長くなったので、明日に続きます)


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