2013年11月29日金曜日

渇望を叶えようと努力することが大切

「……経験的なことを言うなら、人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。人が何かを賢明に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。もちろんこれは一般論に過ぎないわけだけれどね」(村上春樹著『海辺のカフカ』)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

……望めば望むほど、目標から遠ざかってしまう。
切ない思いに苛まれる。
人は何故、求不得苦、すなわち得られないものを求め、苦しむのだろうか?

いや、発想が逆だ。
得られないからこそ、より強く渇望するのだ。

目の見えなくなった盲人が、満開の桜の花の散る景色を再び見たいという望みは、大変強いものだろう。耳の聞こえなくなった聾者が、愛しい恋人の声を聞きたいと望む強さは、想像を絶するだろう。

恋愛も仕事も名誉も、手に入れられないから、余計に執着する。
強く求めるものが得られないのではなく、得られないからこそ強く求めるようになるのだ。

進化の過程で人間の本能へと刻みつけられた習性なのだろう。得られないものを得ようと努力する個体だけが、生き延びてきた。
だから、求められないものこそ強く得たいと思う気持ちは、遺伝子に刻まれた人間の業である。

望むものは叶わないとあきらめるか、望むことは叶わず、叶えば望まなくなるというしょうもない人間の本性を知った上で、努力を重ねるか。私達には、選択肢が二つある。

これまで私は、前者を選んできたように思う。これまで読んできた仏典や東洋哲学の影響が大きかったからだろう。だが、若い内に老境にいることが尊いならば、早く死ねばいい。達観に早すぎることを、30代になって気がついた。

考えれば分かることだ。
東洋的な停滞は平和を生むかもしれないが、現状を改革できない。
絶望的なインドの差別制度を、4000年間、インドのグル達が放置してきたのを見れば一目瞭然だ(儒教文化圏では孔子は常に自己改革を唱え続けていたけれども、儒教文化圏では儒教よりもむしろ、民衆の中には道教の影響の方が強い)。
若い内に老いてなんになろう?
あきらめることを学ぶよりも、あきらめられずに悲嘆の涙を流す方がいい。感動は渇望の中に生まれる。

2013年11月28日木曜日

手白澤温泉の魅力 3

早朝。
目覚めて時計を見ると、午前6時半。

朝飯は7時半にならないと、食べられない。
それまで時間がもったいないので、一風呂浴びることにした。

露天風呂の周りに、雪がうずたかく積もっていた。 どうやら除雪を何時のまにやら、してしまったらしい。
このせいで、温泉の周りに私が顔を押し付けて雪に型取りした箇所が、ほぼ消え去っていた。

お湯に入り、周りを見回す。
白と黒以外の色が見事なほど、無い。

栃木の山岳地帯の例に漏れず、この辺りは地形が急であり、旅館の立つ狭い窪地から、切り立った岩肌が高く上昇し、その斜面から木々が生え、その上に雪が積もっている。
その様は、水墨画の、特に、雪舟の描く絵のようであった。

そんな、絵画の中の世界を堪能しながら、ゆったりと朝風呂を浴びた。

風呂の後、部屋で少し転寝をする。
扉を叩く音に起こされて、起き上がる。
旅館の仲居が、飯を呼ぶために起こしてくれたのだった。

朝食は岩魚の甘露煮をメインに、ご飯・みそ汁と、よくある民宿のスタンダード。
空腹だったので、飯を6杯お代わりする。
飯櫃には3合は入っていたけれども、全て食い尽くした。
さすがに食い過ぎたようで、ゲップが出た。

飯の後、もう一度風呂に入り、それから部屋で一眠りする。
10時になり、荷物をまとめて部屋を出て、会計を済ませた。

「雪が深いので、この長靴をお使いなさい。女夫渕温泉バス停留所の小屋の中に置いてくれれば、いつか宿の者が麓に下りた時に持って帰るから」

その言葉に甘え、長靴をお借りする。
スニーカーに比べると、雪の中では段違いに歩き易い。驚いたものだ。

宿の主人が心配するのも道理で、昨日とは違って、前が見えなくなるほどたくさんの雪が降っていた。
深い雪が道に降り積もり、歩くと足首まで埋まる。
しかし、長靴のために濡れることがなく、埋まった足が抜きやすく、前に進みやすい。
しかも風が無いため、降る雪は歩く邪魔にはならなかった。

ただ、ふと異様に静かな事に気付いた。
雪が、周囲から音を奪っていた。
風が木々の間を通る音、鳥の鳴き声、遠くの小川のせせらぎ……、そんな自然の中にあるべき音が全く聞こえず、無音なのだった。

耳を澄ませる。

そして、雪が降る音を、生まれて初めて聞いた。
粉雪が地面に届いた瞬間、「シュッ」とわずかに小さな音を立てて、融けていく。
その無数の音が周囲に満ちて、文字通り「シンシン」という“雪が降る音”をたてていた。

歩く音にかき消されるのがもったいなくて、その場にたたずみ、動かないまま、しばらく静かな音楽に耳を傾けた。

それから歩く。ひたすら、歩く。
ちょうど1時間45分歩いたところで、大きな車道に出た。どうやら誰でも車を乗り入れられる道路に辿り着いたようだ。そこへたまたま、4輪駆動の車が通りかかった。

50歳ほどの男性が私に
「どこまで行くのか?」と尋ねる。
「女夫渕温泉まで。そこから鬼怒川温泉までバスで向かう」と言うと、
「乗って行きなさい。この雪じゃ、遅くなるから」
と有難い申し出。
茨城からやってきた御夫婦は、年に6回は女夫渕温泉付近を旅するらしい。
普段は空調の整備を自営でやっている、という。

3時間かけて私を鬼怒川温泉駅まで送っていただいた。
旅先のこんな優しい出会いが、嬉しい。

鬼怒川温泉駅に着く。
私はせめてもの心づけにと、「タバコ代にしてください」と言って千円をお渡ししようとしたが、
「旅は道連れ、世は情けだから」と言って、決して受け取っては下さらなかった。

それから、鬼怒川温泉駅から、東武線の鈍行で、浅草駅へ向かった。

昔、私の友人から
「人生の喜びは、結局人との出会いだ。それ以外に価値はないと思う」
と言われ、
「知った風な口をきく野郎だ」
と反発したことを思い出す。

自然に触れたり、読書をしたり、研究したり、人との出会い以外にだって、世の中には喜べることはたくさんあるんじゃないか?

などと抗議したけれども、その時には、人との交流に感動を覚えた。
素敵な人々と出会い、過ごした時間の楽しさは、格別なのである。

しろてさわ
ゆきてたのしき
たびじかな




★ 手白澤温泉公式ホームページはこちら

2013年11月27日水曜日

猪瀬直樹、自滅の行動パターンに入る

人間長く生きていれば色々な癖ができる。歪みと言っていいかもしれない。

借用証を振りかざしながら語る猪瀬直樹の記者会見を観ながら、私はそんなことを考えた。

猪瀬氏は、これまで何度か記者会見を行ってきた。
最初は、なんとか誤魔化そうと必死になっていた。

ところが、今日の会見ではずいぶん落ち着いていた。その上こんないい加減な借用書をテレビの前で見せて、事態の収拾を図ろうとしている。

これは、徳田毅から受け取った裏金を、賄賂ではなく借りたことに出来る算段がついたからだろう。右翼の代表だとかいろいろと怪しい人間が出てきた。徳洲会側に強面の人間が面会して、因果を含めて彼らに説得し、成功したのではないか、と思う。

双方が誰かの書いた絵図に合意して裏で手を組めば、よほどの新証拠でも出てこない限り、猪瀬氏が逮捕されることはない。真相は闇の中だ。これで事件が幕引き出来るという確信があるから、あのように落ち着いてみせているのだと思う。

……そううまくいくとは思えないけどね。

猪瀬氏について私は以前、こんな記事を書いたことがある。

★ 猪瀬直樹・新都知事のとある一面について ①

猪瀬氏が大量得票して当選して、世間が彼をもてはやしていた頃に、「こいつは当てにならない奴である」ということを紹介したものだ。

彼が以前、いい加減な交通事故鑑定人の話を鵜呑みにして、人気作家という立場をもとに、ある鑑定人を潰そうと企み、それが阻まれた某事件について述べた。

その時の猪瀬氏の行動と、今回の騒動の猪瀬氏の行動パターンが、とても似通っている。

交通事故鑑定人の案件では、
①猪瀬氏、詐欺師鑑定人の言うことを信じこむ。
 ↓
②詐欺師の言にしたがって、実力者である林鑑定人を批判して猪瀬氏のボロが出る。
 ↓
③しかし林鑑定人は反論する場を見つけられず(交通事故鑑定という分野自体が地味であり、当時はネットもなかった)、猪瀬氏は「勝てる」と判断する。
 ↓
④猪瀬氏、林鑑定人をさらに批判してみる
 ↓
⑤とあるメディアに反論の場を提供された林鑑定人により、猪瀬氏糾弾され、敗北。
というパターンを取った。

今回の案件では、
①'猪瀬氏、何者かに仲介されて、徳洲会から裏金(賄賂)をもらう。
 ↓
②'裏金の存在がばれる。
 ↓
③'しかし、裏金は賄賂ではなく借金だと言い張れば、「勝てる」と猪瀬氏は判断する。
 ↓
④'どこでいつ作ったのか分からないような、いい加減な「借用書」をテレビの前で公開する。←今ココ
 ↓
(⑤'裏金は借金ではなく賄賂である、という新しい証拠が見つかり、政治生命が絶たれる……か?)
という流れになりそうだ。

彼の出世作である『ミカドの肖像』という作品に、彼の思考の傾向が現れているように思う。

猪瀬氏は、天皇の神格化とそのブランドの利用の歴史について、丹念に調べあげた。それはたしかにスゴイ。でも、そこから普遍的な真理を導き出すことが出来ていない。

本来数々の事実を丹念に拾いあげるのは、それにより普遍的な真理、法則をあぶりだすためだ。いわゆる帰納法という方法だ。ところが猪瀬氏は、ただ、雑多な知識をこれでもか、これでもかと読者に提示するために集めて我々に見せる。それは普遍的な何かを導き出すためではない。

思うにあれは、
「恣意的に作り上げられた"天皇"というブランドは、実は空虚なものだ」
という思いつきがまず、念頭にあって、それを補強するための材料をひたすら集めたものではなかったか。

ところが、彼が集めた事実の積み重ねからは、天皇が空虚なものだという真理は浮かび上がらない。彼の意図とは違って、浮かび上がるのは歴史的な深みをもった、確固とした存在感だ。

そこで彼はどうしたか? オペレッタ「ミカド」のようなキワモノを持ちだして、
「ほら、天皇陛下はオペラで描かれているように、虚像でしょ?」
と無理やりこじつけようとしたのである。

彼は事実から自分の主張を組み立てたのではない。独善的な思いつきがまずあって、それを証明するために事実を集めているのだ。そして、事実を集めても彼の主張につながらなければ、怪しいものを持ちだしてでも、自説を補強する……それが猪瀬氏の思考のパターンではないか?

目的達成ためには怪しい物でも、考えなしに取り込む。作家として新しいテーマを開拓するためには、怪しい人物の怪しい理論にも飛びつく。政治家になるためならば、怪しいカネにも飛びつく。

それがばれないように、普段からことさらに虚勢を張り、周囲を威圧して黙らせる。これが猪瀬氏のスタイルではないか?

ところが、林鑑定人のような反骨心のある人物が現れたり、徳洲会瓦解のような大きな事件があると、ボロが出る。化けの皮が剥がれる。

もっとも猪瀬氏は、醜態を隠すのが得意だ。有耶無耶にすることに長けていて、そこが凡百の人間と異なる。これまではうまくいっている。

ところが猪瀬氏、時に調子に乗ってしまい、やってしまうことがあるようだ。交通事故鑑定人の案件がそれだ。そんな時、彼は自滅する。

今回、彼は「これが借用書だ」と言って落書きのようなものを公開してしまった。あれは余計な行為だった。警察に問われた時に証拠として差し出せば済む話なのに、そうしなかったのは、後ろめたい過去を隠すために必死になって周りが見えなくなっているからかもしれぬ。たぶん猪瀬氏、このままだと自滅する。惜しい人物を失ってしまった(まだ早いか)。



ところで……
彼が頼ったという一水会代表の木村三浩なる人物。

彼に私は、会ったことがあるかも知れない。

数年前のことだ。新宿の伊勢丹会館8階に「串の坊」に串焼き屋がある。そこで、一水会の元代表の鈴木邦男と、骨法の堀辺正史が食事をしていたのを見た。

二人の顔はこれまでいろいろな媒体で見知っていたため(堀辺氏は和服を着ていたから、ずいぶんと目立っていた)、妙な組み合わせだなと思ったので、よく覚えている。

彼らはもう一人のやや疲れた風体の、少々頭の薄い人物と一緒だった。その人物について私はよく知らなかったため、有名人二人と一緒なのは誰だろ? いずれにせよ、名の知れた人物だろう、と思ったのだが、今から考えるとあれが木村氏だったのかもしれぬ。

サインでももらっておけばよかった。


※「手白澤温泉の魅力 3」は明日書きます。