2013年11月30日土曜日

お知らせ:電子書籍を出版しました~

クソ野郎の成功者が自伝に書かない成功哲学
アマゾンでだれでも気軽に電子書籍が出版出来るという話を初めて聞いて、一年ほどになる。

(ふーん)

初めて聞いた感想はこれだ。……自分とは無関係な話だという、ため息。

ブログを毎日書くほどだから、ある程度のネタは持っている。けれども、無料で読んでもらえるブログと、おカネを出して購入してもらう書籍は、種類が異なる。そもそも出版なぞ、そうそう簡単でもないだろうと、私は考えた。

それに、いろいろと手続きが面倒くさいだろうし。

ところが、以下のブログを読み始めてから電子書籍出版を本格的に考え始めた。

★ 無限の地平はみな底辺

上記ブログは2ちゃんねるまとめサイトを某所で運営している底辺氏のサイトだ。いろいろな経験を積んでいて、目の付け所がとてもシャープだ。

例えば下記記事を読めば、底辺氏の考察がいかに素晴らしいか、分かってもらえると思う。

★ 金持ち父さんが女達を抹殺する
★ 経済復活途上のアルゼンチンで生まれた新しいスモールビジネスから僕達が学ぶべき事
★ 遊牧民の在り方から学ぶ、一人で出来る商売の探し方

ね。有料でもめったに読めないような、含蓄のあるコンテンツが盛り沢山でしょ?

もっと彼のことが知りたいならば、彼の電子書籍がオススメだ。
電子書籍はスマートフォンをお持ちの方ならば、アプリで簡単に読める。
★ iPhone用のKindleアプリ
★ Android用のKindleアプリ


この底辺氏が、今年初めに下記記事を書いていた。

★ KDPセレクト(アマゾンキンドル)の登録のメリットとデメリット

底辺氏の行動は早かった。あれよあれよという間に、数冊の本を出版してしまった。その過程を知りたいのならば、下記のカテゴリーのうち、

★ 記事一覧

「3.ネットコンテンツの作成・販売方」に、詳しい記載がある。ぜひご覧いただきたいと思う。

ブログの中で、電子書籍の持つ将来性について述べ、電子書籍出版のセルフブランディングの方法について語り、マーケティングの重要性について指摘されている。

彼のブログを読む内に、いっちょ私もやってみようか、という気になり、そして、今回の書籍発刊に至った。


この一ヵ月、書籍刊行のために費やされ、大変だった。とにかく面倒くさいことが多いのだ。

細かなノウハウが必要であり、ネット上に転がる様々な情報を取捨選択して、ようやくここまできた。詳しい内容については、おいおい述べていこうと思う。

もしも電子書籍出版に興味がある都内の方がいれば、お声をかけてください(ないとは思うけど)。人数がある程度集まれば、どこぞの喫茶店で、有料でセミナーでも開こうかしら。

底辺さんのブログに従い、「きんどるどうでしょう」に「無料キャンペーン始めましたよ!」とメッセージにてお知らせしたところ、下記のように紹介していただいた。

★ 本日のKindle無料本 期間限定キャンペーン

その結果、どうなったか。

Amazonの電子書籍ランキング10位以内に入りましたよ。
最高5位までいきました。
……もっといくかとおもって、5位のときのキャプチャをとっていなかったのが残念だ。


しかもその上、底辺氏にこのような記事まで書いていただいた。

★ メンターの探し方と弟子入りする方法について

ありがたや、ありがたや。

とりあえず、買ってください。よろしくお願い致します。

ところで、今度ブロガーミートアップなるものに参加予定。
ここで今回の電子書籍刊行の宣伝でもして来ようと計画中。
また、ブロガーの方々とと交流を深めて、よりよいブログの書き方について学ばねば!

※ちなみに、私の本の書名が長いので、『クソ哲』という略称を考えてみた。

2013年11月29日金曜日

渇望を叶えようと努力することが大切

「……経験的なことを言うなら、人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。人が何かを賢明に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。もちろんこれは一般論に過ぎないわけだけれどね」(村上春樹著『海辺のカフカ』)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

……望めば望むほど、目標から遠ざかってしまう。
切ない思いに苛まれる。
人は何故、求不得苦、すなわち得られないものを求め、苦しむのだろうか?

いや、発想が逆だ。
得られないからこそ、より強く渇望するのだ。

目の見えなくなった盲人が、満開の桜の花の散る景色を再び見たいという望みは、大変強いものだろう。耳の聞こえなくなった聾者が、愛しい恋人の声を聞きたいと望む強さは、想像を絶するだろう。

恋愛も仕事も名誉も、手に入れられないから、余計に執着する。
強く求めるものが得られないのではなく、得られないからこそ強く求めるようになるのだ。

進化の過程で人間の本能へと刻みつけられた習性なのだろう。得られないものを得ようと努力する個体だけが、生き延びてきた。
だから、求められないものこそ強く得たいと思う気持ちは、遺伝子に刻まれた人間の業である。

望むものは叶わないとあきらめるか、望むことは叶わず、叶えば望まなくなるというしょうもない人間の本性を知った上で、努力を重ねるか。私達には、選択肢が二つある。

これまで私は、前者を選んできたように思う。これまで読んできた仏典や東洋哲学の影響が大きかったからだろう。だが、若い内に老境にいることが尊いならば、早く死ねばいい。達観に早すぎることを、30代になって気がついた。

考えれば分かることだ。
東洋的な停滞は平和を生むかもしれないが、現状を改革できない。
絶望的なインドの差別制度を、4000年間、インドのグル達が放置してきたのを見れば一目瞭然だ(儒教文化圏では孔子は常に自己改革を唱え続けていたけれども、儒教文化圏では儒教よりもむしろ、民衆の中には道教の影響の方が強い)。
若い内に老いてなんになろう?
あきらめることを学ぶよりも、あきらめられずに悲嘆の涙を流す方がいい。感動は渇望の中に生まれる。

2013年11月28日木曜日

手白澤温泉の魅力 3

早朝。
目覚めて時計を見ると、午前6時半。

朝飯は7時半にならないと、食べられない。
それまで時間がもったいないので、一風呂浴びることにした。

露天風呂の周りに、雪がうずたかく積もっていた。 どうやら除雪を何時のまにやら、してしまったらしい。
このせいで、温泉の周りに私が顔を押し付けて雪に型取りした箇所が、ほぼ消え去っていた。

お湯に入り、周りを見回す。
白と黒以外の色が見事なほど、無い。

栃木の山岳地帯の例に漏れず、この辺りは地形が急であり、旅館の立つ狭い窪地から、切り立った岩肌が高く上昇し、その斜面から木々が生え、その上に雪が積もっている。
その様は、水墨画の、特に、雪舟の描く絵のようであった。

そんな、絵画の中の世界を堪能しながら、ゆったりと朝風呂を浴びた。

風呂の後、部屋で少し転寝をする。
扉を叩く音に起こされて、起き上がる。
旅館の仲居が、飯を呼ぶために起こしてくれたのだった。

朝食は岩魚の甘露煮をメインに、ご飯・みそ汁と、よくある民宿のスタンダード。
空腹だったので、飯を6杯お代わりする。
飯櫃には3合は入っていたけれども、全て食い尽くした。
さすがに食い過ぎたようで、ゲップが出た。

飯の後、もう一度風呂に入り、それから部屋で一眠りする。
10時になり、荷物をまとめて部屋を出て、会計を済ませた。

「雪が深いので、この長靴をお使いなさい。女夫渕温泉バス停留所の小屋の中に置いてくれれば、いつか宿の者が麓に下りた時に持って帰るから」

その言葉に甘え、長靴をお借りする。
スニーカーに比べると、雪の中では段違いに歩き易い。驚いたものだ。

宿の主人が心配するのも道理で、昨日とは違って、前が見えなくなるほどたくさんの雪が降っていた。
深い雪が道に降り積もり、歩くと足首まで埋まる。
しかし、長靴のために濡れることがなく、埋まった足が抜きやすく、前に進みやすい。
しかも風が無いため、降る雪は歩く邪魔にはならなかった。

ただ、ふと異様に静かな事に気付いた。
雪が、周囲から音を奪っていた。
風が木々の間を通る音、鳥の鳴き声、遠くの小川のせせらぎ……、そんな自然の中にあるべき音が全く聞こえず、無音なのだった。

耳を澄ませる。

そして、雪が降る音を、生まれて初めて聞いた。
粉雪が地面に届いた瞬間、「シュッ」とわずかに小さな音を立てて、融けていく。
その無数の音が周囲に満ちて、文字通り「シンシン」という“雪が降る音”をたてていた。

歩く音にかき消されるのがもったいなくて、その場にたたずみ、動かないまま、しばらく静かな音楽に耳を傾けた。

それから歩く。ひたすら、歩く。
ちょうど1時間45分歩いたところで、大きな車道に出た。どうやら誰でも車を乗り入れられる道路に辿り着いたようだ。そこへたまたま、4輪駆動の車が通りかかった。

50歳ほどの男性が私に
「どこまで行くのか?」と尋ねる。
「女夫渕温泉まで。そこから鬼怒川温泉までバスで向かう」と言うと、
「乗って行きなさい。この雪じゃ、遅くなるから」
と有難い申し出。
茨城からやってきた御夫婦は、年に6回は女夫渕温泉付近を旅するらしい。
普段は空調の整備を自営でやっている、という。

3時間かけて私を鬼怒川温泉駅まで送っていただいた。
旅先のこんな優しい出会いが、嬉しい。

鬼怒川温泉駅に着く。
私はせめてもの心づけにと、「タバコ代にしてください」と言って千円をお渡ししようとしたが、
「旅は道連れ、世は情けだから」と言って、決して受け取っては下さらなかった。

それから、鬼怒川温泉駅から、東武線の鈍行で、浅草駅へ向かった。

昔、私の友人から
「人生の喜びは、結局人との出会いだ。それ以外に価値はないと思う」
と言われ、
「知った風な口をきく野郎だ」
と反発したことを思い出す。

自然に触れたり、読書をしたり、研究したり、人との出会い以外にだって、世の中には喜べることはたくさんあるんじゃないか?

などと抗議したけれども、その時には、人との交流に感動を覚えた。
素敵な人々と出会い、過ごした時間の楽しさは、格別なのである。

しろてさわ
ゆきてたのしき
たびじかな




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