2013年10月31日木曜日

愛読書から推測する、その人物 ~オバマ大統領の場合~

その人が何を考えているのか? どのような信念に基づいて、その決断を行うのか?

それを明らかにすることは難しい。その人がどのように生きてきて、どのような人と出会い、どのように認識をしたのか……さまざまなことを知らなければ、その人の思想を垣間見ることは困難だ。

だが、
「友達を見れば、その人の品性が分かる」
などと言われているように、その人の交友関係や嗜好によって、その人の中身をある程度、予測することが出来る。同じように、愛読書に注目することで、その人の思考、哲学を推測できるのではないか、と思うのだ。

先日Yahoo!の新しい新CEOであるマリッサ・メイヤーについて書いたが、そのネタ元となったのは、各界の著名人の愛読書を紹介した記事"Books Extremely Successful People Read"である。同じように、この記事で紹介されている人々の愛読書を紹介がてら、その人となりを時々、推測してみようと思う。

一回目として、まずはオバマ大統領を取り上げたい。
★ Obama's Favorite Books

『ソロモンの歌』


赤ん坊でなくなっても母の乳を飲んでいた黒人の少年は、ミルクマンと渾名された。鳥のように空を飛ぶことは叶わぬと知っては絶望し、家族とさえ馴染めない内気な少年だった。だが、親友ギターの導きで、叔母で密造酒の売人パイロットの家を訪れたとき、彼は自らの家族をめぐる奇怪な物語を知り、そのルーツに興味を持つようになる―オバマ大統領が人生最高の書に挙げる、ノーベル賞作家の出世作。全米批評家協会賞受賞。(Amazonによる本書紹介)
 あらすじはAmazonよりも、下記のブログ記事の方がわかりやすかったので引用する。
ある事情でミルクマンというあだ名をつけられた黒人の少年が、成長の過程で自分を取り巻く人々の秘密を知ってゆく。両親の激しい対立。父と叔母の間にある深い確執。祖父の死をめぐる謎。そして気の置けない親友が、実は白人憎悪に凝り固まって無差別殺人に手を染めているという恐ろしい事実。
 やがて彼の人生を支配しようとする両親や、彼を憎悪する姉、彼を殺そうと付け狙う恋人など、様々な人間関係が嫌になったミルクマンは、町を出て自分の家系のルーツを探し求める一人旅を始める。だが、そんな彼を裏切り者と見なした親友が、彼を抹殺すべくあとを追ってくることを、ミルクマンは知るよしもなかった・・・。
 思わず息をのむような劇的なストーリー展開、暴力的な挿話、迫力ある生々しい描写。それでいて全体を豊かに包みこむ神話的な象徴性。今そこで起きている出来事でさえ昔話のようにあっさりと語っていたこれまでの作品と違って、はるかに直接的でくっきりとした語り口の小説です。
サイト『ソロモンの歌』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]より

『白鯨』


アメリカの著名人の愛読書を調べると、『白鯨』を選ぶ人がやたらと多い。日本でいう『竜馬がゆく』のようなものなのか? 国民的な人気をこの本は誇っているようだ。

私は子供の頃に読んだ。白いマッコウクジラであるモービィ・ディックを追う、片足の船長の狂気が印象的だったが、所詮少年向けの名作劇場シリーズのものであり、たぶん多くが割愛されていたのだろう、誰かの愛読書となるほど、面白いとは思えなかった。

ところが、
「モービィ・ディック」と呼ばれる巨大な白い鯨をめぐって繰り広げられる、メルヴィル(一八一九‐一八九一)の最高傑作。海洋冒険小説の枠組みに納まりきらない法外なスケールと独自のスタイルを誇る、象徴性に満ちた「知的ごった煮」。新訳。
(Amazonによる本書紹介)
という紹介文を読んでみると、興味が改めて湧く。

『Parting the Waters: America in the King Years 1954-63』


未翻訳、らしい。『水を分かつ』という名前で紹介されることが多いようだ。

著者はテイラー・ブランチ。内容は、1954年の「人種差別は違憲」というブラウン判決から、1963年のキング牧師のワシントン大行進までの9年間を描いた作品だという。黒人ならば、避けては通れない作品なのだろう。

『Gilead』


これも未翻訳。著者はマリリン・ロビンソンという白人女性。
美しい散文で、死を前にした老牧師の回想と、まだ幼い子供と妻への思いが綴られて行く。神を信じつつも、妻子に殆ど財産らしいものを残さないことへの不安を持ちながら、長い牧師生活を振り返っていく。
しかし多くの日本の読者には、この本を理解することは難しいだろう。キリスト教の家庭に育ち、牧師の生活をある程度分かっている私でも、殆ど筋らしいものがなく、淡々と進む回想を読むのがしんどく思えたことが何度かあった。
稀なほど、美しく繊細な本であるが、日本ではごく小数の人にのみ愛されるのではないだろうか。
(Amazon書評による本書紹介)
淡々とした牧師の述懐のようだ。世俗的な欲望を捨て、信仰に生きることを決意することは、資本主義の総本山であるアメリカではしんどいことだろう。その中の不安と、それでも誇りを持って死ぬ充実感を描いた作品のようだ。

『自己信頼』


語りかけてくるようなやさしい文体で、
オバマ大統領の座右の書のエッセンスに触れることができます。
疲れていてもすっと心に入ってくる本でした。
自分の道を見出したいと願う人へオススメです。
エマソンを読んだことのない人への入門書としてもオススメです。
様々な人や自己啓発本からのアドバイスが波となって押し寄せ、
そのうねりが胸元までに迫るが、まだ道は見えず焦りに歯噛みするような時、
この本は自分自身を信じよと言い、
その言葉に気づくところがあります。(Amazon書評による本書紹介)
自己啓発書の一種ではあるけれども、何よりも「自分を信頼すること」に重点を絞った内容のようだ。オバマ大統領が、困難な状況にもかかわらず、決して「ブレない」のは、この本に勇気づけられる事が大きいからかもしれない。


さて。

彼の愛読書を並べてみると、まず明らかなのは、オバマという人物は、自分が黒人である、という意識を常に持っているということ。

これはまあ、当たり前といえば当たり前。黒人はアメリカの歴史では、差別される側だった。オバマ大統領は、その中から世界最高の地位にまで這い上がった立志伝中の人物だ。常に自分の出自を意識するのは当たり前といえばいえる。

だが、彼が好むのは「差別」という歴史を学び、恨みを新たにすることではない。その体験を自分構築のために役立て、さらにはそこで立ち止まらず、困難にもめげず、この世界を冒険していこう、という姿勢。それが彼の愛読書から見て取れる。

また、少々宗教的な人物なのかもしれない。聖書も彼の愛読者の一つであるし、牧師の生涯をたどる散文詩を、彼は愛している。生きるのが困難な世の中で、それでも人を愛するとは何かを常に意識しているのだろう。

先日、揉めに揉めた連邦議会はようやく協調に転じ、オバマ米大統領は米政府の債務上限を来年2月初旬までの間、引き上げることに成功した。債務不履行の恐れがしばらくの間はなくなり、閉鎖されていた政府機関も再開した。今は盗聴問題やオバマケアシステムの不調で揉めているが、これもうまく収束させるだろう。

幾多の混乱にもかかわらず、ブレない彼の精神は強い。その強い精神を形作る一端を、愛読書がになったのは間違いない。

とりあえず『白鯨』を今度読まなくては。

2013年10月30日水曜日

25年目の真実

手塚治虫の『ブラックジャック』第11話に「ナダレ」というタイトルの作品がある。
ある研究者が、動物の知性をより高度化するために、胸部に脳を格納して、脳の発達をうながせば、動物でも人間並の知性がそなわると主張して、その実験をブラックジャックに依頼する。

研究者が昔から飼っていた子鹿の胸部へ脳を格納する手術をブラックジャックは見事成功させる。

ところが、研究者が海外に出かけている愛大に、飼育施設から鹿は逃げ出し、自然を守るために自然破壊を行う人間を殺害し始める。

結局、研究者は鹿を殺してThe Endなのだが、その最後のシーンがこれ。
これを読んだのは、もしかしたら25年前かもしれない。
そして今、分かった。

さばく=裁く=(肉を)さばく

手塚先生のダジャレですよね、これ?
25年目にして、ようやくダジャレの存在を知りました。

2013年10月29日火曜日

共感力欠如は脳の構造変化? だったらホリエモンは?

権力者が傲慢になるのは、権力者自身の考え方の問題ではなくて、脳の構造変化が原因だという研究結果がカナダの大学から発表された。

★ 「権力者の傲慢」は脳の仕組みに起因? カナダ研究
しかし今回の研究で、人が権力を持つと、脳が本来的に持っているメカニズムによってこの共感の仕組みが機能しなくなることが判明したという。
"共感"する力とはいったいなんだろうか? 上記の記事によれば、他者の感覚を共有する、脳に備わった能力のことだという。
過去の研究では、サルや人には、自分が物をつかもうとしている時と、他者が物をつかもうとしているのを見ている時とで脳が同じような反応をする共感の仕組みがあることが分かっている。

孟子の惻隠の情
この研究結果を知って考えたのは、今から2300年前の中国の哲学者・孟子が唱えた性善説のことだ。孟子は、人間には必ず「惻隠の情」というものが備わっている、だから人間の心の本質は「善」である、と考えて「性善説」を唱えた。
人皆な人に忍びざるの心有りと謂ふは、今人たちまち孺子の将に井に入らんとするを見れば、皆な怵惕たる惻隠の心有るが所以なり。
(人間に「忍びざるの心」が有ると言えるのは、幼児が井戸に入らんとするのを見れば、心配して気遣い、惻隠の心が自然と生じるからである)
見た対象の危険を自分のものとしてとらえ、そこから「助けなければいけない」と思う人間の気持ちが、善の発端であると孟子は説いたわけである。子供が井戸に落ちそうになる時にハッとなる心の動きは、親の気持ちに共感するというよりも、落ちようとする子供の気持ちに共感するものだろう。よって、共感力が善性を生み出す、とも言えるように思う。


『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』
「共感」が人間を人間たらしめるものと説いた小説もある。

著者のフィリップ・K・ディックは、人間と区別できないほどに進化したアンドロイドと人間を区別する唯一の手段が「共感力」の有無だと定義した。この考え方は多くの人に支持された。この小説は『ブレードランナー』という映画となり、日本のアニメにも多大な影響を与えている。

では、なぜこれほどまで必要な「共感力」を、権力を握った人は失ってしまうのだろうか?


堀江貴文は共感力がない
このことを考える際に参考となるのは、堀江貴文の存在だ。

★ 人生を変える劇薬 「アドラー心理学」がいまの日本に必要なワケ
 柿内 たしかにそれはありますが、連載を読んでもらえれば、その弱点はすべて解消されていることがおわかり頂けると思いますよ。そういえば、いま僕は堀江貴文さんの単行本(『ゼロ』)の編集をしているんですが、堀江貴文さんって、アドラー的な考え方を地でいっている人だと思っていて。たとえば、彼は東大時代に先輩とケンカして、「おまえは他人の気持ちがわからないのか!」と怒鳴られたそうなんですね。そこで堀江さんが言ったひと言が最高で。

 吉田 へえ、なんなんですか?

 柿内 「他人の気持ちなんて、わかるはずがないじゃないですか!!」ですよ。これはシンプルですが、世界の本質を見事に突いたひと言です。そして、とてもアドラー的。
堀江氏は「他人の気持ちを推し量ることはできない」という強い信念を持っている。本来だったら人間は必ず持っているはずの共感力が彼にはない。そんな彼には多くの崇拝者がいる。有料メルマガを発行しているが、購入者は10万人に上る。

女性にとっては、自分の言うことを聞かずに暴力をふるうような、いわゆる「オラオラ系」が昔から人気だ。あれも共感力を持たない人間の魅力だろう。


脳は進化の過程で変化した
共感力のない人間に、人々が魅力を感じ、時に指導者として崇め奉るのはなぜだろう? 

答えは簡単だ。人類の脳が進化の過程で、この仕組を取り入れたからだ。人間の脳の仕組みがそうなっているということは、人類が数百万年かけて、脳がそのように機能するように進化してきたからだ。

人類は、数百万年の間、共同体の構成員には共感力を必要とし、共感力のない人間をリーダーとして求めてきたのだ。

このことは、猿の群れがてんでバラバラに活動するよりも、協同する方が何事もうまくいくのを想像すればわかりやすいだろう。共感力が高い群れは、同調もたやすい。その結果、群れの結束力は高くなる。団結力の有る群れの生存率が高くなるだろう。

ところが、ボス猿は群れの猿と同じことをしていてはいけない。群れを安全な場所に連れて行ったり、群れを逃して自分は敵と戦ったり、新天地を目指して群れを率いたり……他の猿とは違うことを考える必要がある。そのためには、共感力を封印する必要がある。

つまり、脳が共感力を持っているのも、権力者がそれを失うのも、人類が生き残るために必要だったということだ。共感力が善悪を判断するための源泉だとしたら、共感力を失うことにより、善悪の基準を自ら創りだす能力を獲得する、とも言えるかもしれない。

低い能力の人間が共感力すらなければ、群れから追い出されてしまうが、高い能力の人間にはリーダーとなってもらい、さらには共感力を封印して、群れとは別個の視点で状況判断してもらった方がいい。


時代は変化した
だが、残念ながら、今では時代が違う。原始時代だったらともかく、現代社会は高度に発達している。人類全体で、善悪の基準がある程度共有化されている。もはやその基準から逸脱することは許されない。

ところが、数百万年かけて獲得した脳の機能のお陰で、共感力を失った指導者たちは、それゆえに多くの支持者には恵まれるものの、社会のルールから逸脱する道を安易に選び、その結果あっという間に没落してしまう。

先日取り上げた徳洲会のケースもこれに当たるかもしれない。何より先述の堀江貴文の一連の騒動が記憶に新しい。

進化の過程で、人間の脳は多くの機能を有するに至ったが、その中には現代社会にとってはそぐわないものも多い。その一つが権力者の脳から共感力が失われる、という仕組みではないか。

それを避けるために、権力者となった本人が自覚をして、理性によって脳をコントロールしていく必要があるのだろう。