2013年11月30日土曜日

お知らせ:電子書籍を出版しました~

クソ野郎の成功者が自伝に書かない成功哲学
アマゾンでだれでも気軽に電子書籍が出版出来るという話を初めて聞いて、一年ほどになる。

(ふーん)

初めて聞いた感想はこれだ。……自分とは無関係な話だという、ため息。

ブログを毎日書くほどだから、ある程度のネタは持っている。けれども、無料で読んでもらえるブログと、おカネを出して購入してもらう書籍は、種類が異なる。そもそも出版なぞ、そうそう簡単でもないだろうと、私は考えた。

それに、いろいろと手続きが面倒くさいだろうし。

ところが、以下のブログを読み始めてから電子書籍出版を本格的に考え始めた。

★ 無限の地平はみな底辺

上記ブログは2ちゃんねるまとめサイトを某所で運営している底辺氏のサイトだ。いろいろな経験を積んでいて、目の付け所がとてもシャープだ。

例えば下記記事を読めば、底辺氏の考察がいかに素晴らしいか、分かってもらえると思う。

★ 金持ち父さんが女達を抹殺する
★ 経済復活途上のアルゼンチンで生まれた新しいスモールビジネスから僕達が学ぶべき事
★ 遊牧民の在り方から学ぶ、一人で出来る商売の探し方

ね。有料でもめったに読めないような、含蓄のあるコンテンツが盛り沢山でしょ?

もっと彼のことが知りたいならば、彼の電子書籍がオススメだ。
電子書籍はスマートフォンをお持ちの方ならば、アプリで簡単に読める。
★ iPhone用のKindleアプリ
★ Android用のKindleアプリ


この底辺氏が、今年初めに下記記事を書いていた。

★ KDPセレクト(アマゾンキンドル)の登録のメリットとデメリット

底辺氏の行動は早かった。あれよあれよという間に、数冊の本を出版してしまった。その過程を知りたいのならば、下記のカテゴリーのうち、

★ 記事一覧

「3.ネットコンテンツの作成・販売方」に、詳しい記載がある。ぜひご覧いただきたいと思う。

ブログの中で、電子書籍の持つ将来性について述べ、電子書籍出版のセルフブランディングの方法について語り、マーケティングの重要性について指摘されている。

彼のブログを読む内に、いっちょ私もやってみようか、という気になり、そして、今回の書籍発刊に至った。


この一ヵ月、書籍刊行のために費やされ、大変だった。とにかく面倒くさいことが多いのだ。

細かなノウハウが必要であり、ネット上に転がる様々な情報を取捨選択して、ようやくここまできた。詳しい内容については、おいおい述べていこうと思う。

もしも電子書籍出版に興味がある都内の方がいれば、お声をかけてください(ないとは思うけど)。人数がある程度集まれば、どこぞの喫茶店で、有料でセミナーでも開こうかしら。

底辺さんのブログに従い、「きんどるどうでしょう」に「無料キャンペーン始めましたよ!」とメッセージにてお知らせしたところ、下記のように紹介していただいた。

★ 本日のKindle無料本 期間限定キャンペーン

その結果、どうなったか。

Amazonの電子書籍ランキング10位以内に入りましたよ。
最高5位までいきました。
……もっといくかとおもって、5位のときのキャプチャをとっていなかったのが残念だ。


しかもその上、底辺氏にこのような記事まで書いていただいた。

★ メンターの探し方と弟子入りする方法について

ありがたや、ありがたや。

とりあえず、買ってください。よろしくお願い致します。

ところで、今度ブロガーミートアップなるものに参加予定。
ここで今回の電子書籍刊行の宣伝でもして来ようと計画中。
また、ブロガーの方々とと交流を深めて、よりよいブログの書き方について学ばねば!

※ちなみに、私の本の書名が長いので、『クソ哲』という略称を考えてみた。

2013年11月29日金曜日

渇望を叶えようと努力することが大切

「……経験的なことを言うなら、人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。人が何かを賢明に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。もちろんこれは一般論に過ぎないわけだけれどね」(村上春樹著『海辺のカフカ』)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

……望めば望むほど、目標から遠ざかってしまう。
切ない思いに苛まれる。
人は何故、求不得苦、すなわち得られないものを求め、苦しむのだろうか?

いや、発想が逆だ。
得られないからこそ、より強く渇望するのだ。

目の見えなくなった盲人が、満開の桜の花の散る景色を再び見たいという望みは、大変強いものだろう。耳の聞こえなくなった聾者が、愛しい恋人の声を聞きたいと望む強さは、想像を絶するだろう。

恋愛も仕事も名誉も、手に入れられないから、余計に執着する。
強く求めるものが得られないのではなく、得られないからこそ強く求めるようになるのだ。

進化の過程で人間の本能へと刻みつけられた習性なのだろう。得られないものを得ようと努力する個体だけが、生き延びてきた。
だから、求められないものこそ強く得たいと思う気持ちは、遺伝子に刻まれた人間の業である。

望むものは叶わないとあきらめるか、望むことは叶わず、叶えば望まなくなるというしょうもない人間の本性を知った上で、努力を重ねるか。私達には、選択肢が二つある。

これまで私は、前者を選んできたように思う。これまで読んできた仏典や東洋哲学の影響が大きかったからだろう。だが、若い内に老境にいることが尊いならば、早く死ねばいい。達観に早すぎることを、30代になって気がついた。

考えれば分かることだ。
東洋的な停滞は平和を生むかもしれないが、現状を改革できない。
絶望的なインドの差別制度を、4000年間、インドのグル達が放置してきたのを見れば一目瞭然だ(儒教文化圏では孔子は常に自己改革を唱え続けていたけれども、儒教文化圏では儒教よりもむしろ、民衆の中には道教の影響の方が強い)。
若い内に老いてなんになろう?
あきらめることを学ぶよりも、あきらめられずに悲嘆の涙を流す方がいい。感動は渇望の中に生まれる。

2013年11月28日木曜日

手白澤温泉の魅力 3

早朝。
目覚めて時計を見ると、午前6時半。

朝飯は7時半にならないと、食べられない。
それまで時間がもったいないので、一風呂浴びることにした。

露天風呂の周りに、雪がうずたかく積もっていた。 どうやら除雪を何時のまにやら、してしまったらしい。
このせいで、温泉の周りに私が顔を押し付けて雪に型取りした箇所が、ほぼ消え去っていた。

お湯に入り、周りを見回す。
白と黒以外の色が見事なほど、無い。

栃木の山岳地帯の例に漏れず、この辺りは地形が急であり、旅館の立つ狭い窪地から、切り立った岩肌が高く上昇し、その斜面から木々が生え、その上に雪が積もっている。
その様は、水墨画の、特に、雪舟の描く絵のようであった。

そんな、絵画の中の世界を堪能しながら、ゆったりと朝風呂を浴びた。

風呂の後、部屋で少し転寝をする。
扉を叩く音に起こされて、起き上がる。
旅館の仲居が、飯を呼ぶために起こしてくれたのだった。

朝食は岩魚の甘露煮をメインに、ご飯・みそ汁と、よくある民宿のスタンダード。
空腹だったので、飯を6杯お代わりする。
飯櫃には3合は入っていたけれども、全て食い尽くした。
さすがに食い過ぎたようで、ゲップが出た。

飯の後、もう一度風呂に入り、それから部屋で一眠りする。
10時になり、荷物をまとめて部屋を出て、会計を済ませた。

「雪が深いので、この長靴をお使いなさい。女夫渕温泉バス停留所の小屋の中に置いてくれれば、いつか宿の者が麓に下りた時に持って帰るから」

その言葉に甘え、長靴をお借りする。
スニーカーに比べると、雪の中では段違いに歩き易い。驚いたものだ。

宿の主人が心配するのも道理で、昨日とは違って、前が見えなくなるほどたくさんの雪が降っていた。
深い雪が道に降り積もり、歩くと足首まで埋まる。
しかし、長靴のために濡れることがなく、埋まった足が抜きやすく、前に進みやすい。
しかも風が無いため、降る雪は歩く邪魔にはならなかった。

ただ、ふと異様に静かな事に気付いた。
雪が、周囲から音を奪っていた。
風が木々の間を通る音、鳥の鳴き声、遠くの小川のせせらぎ……、そんな自然の中にあるべき音が全く聞こえず、無音なのだった。

耳を澄ませる。

そして、雪が降る音を、生まれて初めて聞いた。
粉雪が地面に届いた瞬間、「シュッ」とわずかに小さな音を立てて、融けていく。
その無数の音が周囲に満ちて、文字通り「シンシン」という“雪が降る音”をたてていた。

歩く音にかき消されるのがもったいなくて、その場にたたずみ、動かないまま、しばらく静かな音楽に耳を傾けた。

それから歩く。ひたすら、歩く。
ちょうど1時間45分歩いたところで、大きな車道に出た。どうやら誰でも車を乗り入れられる道路に辿り着いたようだ。そこへたまたま、4輪駆動の車が通りかかった。

50歳ほどの男性が私に
「どこまで行くのか?」と尋ねる。
「女夫渕温泉まで。そこから鬼怒川温泉までバスで向かう」と言うと、
「乗って行きなさい。この雪じゃ、遅くなるから」
と有難い申し出。
茨城からやってきた御夫婦は、年に6回は女夫渕温泉付近を旅するらしい。
普段は空調の整備を自営でやっている、という。

3時間かけて私を鬼怒川温泉駅まで送っていただいた。
旅先のこんな優しい出会いが、嬉しい。

鬼怒川温泉駅に着く。
私はせめてもの心づけにと、「タバコ代にしてください」と言って千円をお渡ししようとしたが、
「旅は道連れ、世は情けだから」と言って、決して受け取っては下さらなかった。

それから、鬼怒川温泉駅から、東武線の鈍行で、浅草駅へ向かった。

昔、私の友人から
「人生の喜びは、結局人との出会いだ。それ以外に価値はないと思う」
と言われ、
「知った風な口をきく野郎だ」
と反発したことを思い出す。

自然に触れたり、読書をしたり、研究したり、人との出会い以外にだって、世の中には喜べることはたくさんあるんじゃないか?

などと抗議したけれども、その時には、人との交流に感動を覚えた。
素敵な人々と出会い、過ごした時間の楽しさは、格別なのである。

しろてさわ
ゆきてたのしき
たびじかな




★ 手白澤温泉公式ホームページはこちら

2013年11月27日水曜日

猪瀬直樹、自滅の行動パターンに入る

人間長く生きていれば色々な癖ができる。歪みと言っていいかもしれない。

借用証を振りかざしながら語る猪瀬直樹の記者会見を観ながら、私はそんなことを考えた。

猪瀬氏は、これまで何度か記者会見を行ってきた。
最初は、なんとか誤魔化そうと必死になっていた。

ところが、今日の会見ではずいぶん落ち着いていた。その上こんないい加減な借用書をテレビの前で見せて、事態の収拾を図ろうとしている。

これは、徳田毅から受け取った裏金を、賄賂ではなく借りたことに出来る算段がついたからだろう。右翼の代表だとかいろいろと怪しい人間が出てきた。徳洲会側に強面の人間が面会して、因果を含めて彼らに説得し、成功したのではないか、と思う。

双方が誰かの書いた絵図に合意して裏で手を組めば、よほどの新証拠でも出てこない限り、猪瀬氏が逮捕されることはない。真相は闇の中だ。これで事件が幕引き出来るという確信があるから、あのように落ち着いてみせているのだと思う。

……そううまくいくとは思えないけどね。

猪瀬氏について私は以前、こんな記事を書いたことがある。

★ 猪瀬直樹・新都知事のとある一面について ①

猪瀬氏が大量得票して当選して、世間が彼をもてはやしていた頃に、「こいつは当てにならない奴である」ということを紹介したものだ。

彼が以前、いい加減な交通事故鑑定人の話を鵜呑みにして、人気作家という立場をもとに、ある鑑定人を潰そうと企み、それが阻まれた某事件について述べた。

その時の猪瀬氏の行動と、今回の騒動の猪瀬氏の行動パターンが、とても似通っている。

交通事故鑑定人の案件では、
①猪瀬氏、詐欺師鑑定人の言うことを信じこむ。
 ↓
②詐欺師の言にしたがって、実力者である林鑑定人を批判して猪瀬氏のボロが出る。
 ↓
③しかし林鑑定人は反論する場を見つけられず(交通事故鑑定という分野自体が地味であり、当時はネットもなかった)、猪瀬氏は「勝てる」と判断する。
 ↓
④猪瀬氏、林鑑定人をさらに批判してみる
 ↓
⑤とあるメディアに反論の場を提供された林鑑定人により、猪瀬氏糾弾され、敗北。
というパターンを取った。

今回の案件では、
①'猪瀬氏、何者かに仲介されて、徳洲会から裏金(賄賂)をもらう。
 ↓
②'裏金の存在がばれる。
 ↓
③'しかし、裏金は賄賂ではなく借金だと言い張れば、「勝てる」と猪瀬氏は判断する。
 ↓
④'どこでいつ作ったのか分からないような、いい加減な「借用書」をテレビの前で公開する。←今ココ
 ↓
(⑤'裏金は借金ではなく賄賂である、という新しい証拠が見つかり、政治生命が絶たれる……か?)
という流れになりそうだ。

彼の出世作である『ミカドの肖像』という作品に、彼の思考の傾向が現れているように思う。

猪瀬氏は、天皇の神格化とそのブランドの利用の歴史について、丹念に調べあげた。それはたしかにスゴイ。でも、そこから普遍的な真理を導き出すことが出来ていない。

本来数々の事実を丹念に拾いあげるのは、それにより普遍的な真理、法則をあぶりだすためだ。いわゆる帰納法という方法だ。ところが猪瀬氏は、ただ、雑多な知識をこれでもか、これでもかと読者に提示するために集めて我々に見せる。それは普遍的な何かを導き出すためではない。

思うにあれは、
「恣意的に作り上げられた"天皇"というブランドは、実は空虚なものだ」
という思いつきがまず、念頭にあって、それを補強するための材料をひたすら集めたものではなかったか。

ところが、彼が集めた事実の積み重ねからは、天皇が空虚なものだという真理は浮かび上がらない。彼の意図とは違って、浮かび上がるのは歴史的な深みをもった、確固とした存在感だ。

そこで彼はどうしたか? オペレッタ「ミカド」のようなキワモノを持ちだして、
「ほら、天皇陛下はオペラで描かれているように、虚像でしょ?」
と無理やりこじつけようとしたのである。

彼は事実から自分の主張を組み立てたのではない。独善的な思いつきがまずあって、それを証明するために事実を集めているのだ。そして、事実を集めても彼の主張につながらなければ、怪しいものを持ちだしてでも、自説を補強する……それが猪瀬氏の思考のパターンではないか?

目的達成ためには怪しい物でも、考えなしに取り込む。作家として新しいテーマを開拓するためには、怪しい人物の怪しい理論にも飛びつく。政治家になるためならば、怪しいカネにも飛びつく。

それがばれないように、普段からことさらに虚勢を張り、周囲を威圧して黙らせる。これが猪瀬氏のスタイルではないか?

ところが、林鑑定人のような反骨心のある人物が現れたり、徳洲会瓦解のような大きな事件があると、ボロが出る。化けの皮が剥がれる。

もっとも猪瀬氏は、醜態を隠すのが得意だ。有耶無耶にすることに長けていて、そこが凡百の人間と異なる。これまではうまくいっている。

ところが猪瀬氏、時に調子に乗ってしまい、やってしまうことがあるようだ。交通事故鑑定人の案件がそれだ。そんな時、彼は自滅する。

今回、彼は「これが借用書だ」と言って落書きのようなものを公開してしまった。あれは余計な行為だった。警察に問われた時に証拠として差し出せば済む話なのに、そうしなかったのは、後ろめたい過去を隠すために必死になって周りが見えなくなっているからかもしれぬ。たぶん猪瀬氏、このままだと自滅する。惜しい人物を失ってしまった(まだ早いか)。



ところで……
彼が頼ったという一水会代表の木村三浩なる人物。

彼に私は、会ったことがあるかも知れない。

数年前のことだ。新宿の伊勢丹会館8階に「串の坊」に串焼き屋がある。そこで、一水会の元代表の鈴木邦男と、骨法の堀辺正史が食事をしていたのを見た。

二人の顔はこれまでいろいろな媒体で見知っていたため(堀辺氏は和服を着ていたから、ずいぶんと目立っていた)、妙な組み合わせだなと思ったので、よく覚えている。

彼らはもう一人のやや疲れた風体の、少々頭の薄い人物と一緒だった。その人物について私はよく知らなかったため、有名人二人と一緒なのは誰だろ? いずれにせよ、名の知れた人物だろう、と思ったのだが、今から考えるとあれが木村氏だったのかもしれぬ。

サインでももらっておけばよかった。


※「手白澤温泉の魅力 3」は明日書きます。

2013年11月26日火曜日

手白澤温泉の魅力 2

旅館「手白澤温泉ヒュッテ」は、たった6室しかない。

非常に立派な建物で、イメージとしてはヨーロッパのスパ、といったところか。
一階建て平屋で、天井は高く、5メートルはあるだろうか。
屋根の大部分がガラス張りで、そこから採光をしている。

旅館内に張り巡らされている温泉パイプのせいで、常に暖かい。
「暑ければ、障子を開いて調節して下さい」と御主人。
言われたとおり、部屋の障子を開けば、途端に冷気が部屋に流れ込む。
なるほど、手動で温度調節出来るわけだ。

室内にテレビは無い。
館内に、娯楽設備が全く、無いのだ。

本当に、温泉を楽しむだけのために作られた、思いっきり贅沢な場所……そこが、手白澤温泉だった。

何もすることが無かったので、お茶を飲んだ後は、すぐに温泉に入ることにした。

温泉は、室内風呂と露天風呂の二つあり、どちらも湯の花の量が多い掛け流し温泉であった。

室内風呂が寒いのに驚く。
温泉を水で薄めず、もっぱら温度調整は気温に頼っているため、密閉せず、壁の一部から大量の冷気が流れこむ仕組みになっている。
そのため、早く温泉に入らないと、空気が寒くて凍えてしまう。

身体を洗う場所には、蛇口がない。
二本の筒からコンコンと湧き出るお湯が、あるだけ。
そこで身体を洗い、温泉に入る。

お湯に浮く湯の花が、最初人間の垢に見えてしまい、少しぎょっとした。それほど湯の花が分厚く、積載物のように周囲に散乱しているのだ。
源泉に手をかざすと、湯の花がチラチラと浮かび、ああ、これは確かに温泉由来のものだと、安心した。

露天風呂の周囲は完全な雪。そこに顔を突っ込んで一人で遊ぶ。
青みがかっていて、室内よりもぬるい。

(明後日に続く)

2013年11月25日月曜日

手白澤温泉の魅力 1

数年前に秘湯にあこがれて、Googleで検索したところひっかかったのが「手白澤温泉」という温泉であった。

「てしろさわおんせん」と読む。

栃木県の奥日光にある温泉で、国立公園内にあるために車で行くことが出来ない。本来ならば温泉業を営むことが出来ないのだが、国立公園選定以前から温泉業を営んでいることから、特別な許可を得てこの地で営業をしているのが手白澤温泉だ。

その時に書いた日記が出てきたので、転載してみることにする。この冬、温泉選びに迷っている人にはお勧めの温泉なので、当時の雰囲気を味わっていただき、「行ってみたい」と思っていただくと嬉しい。
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2013年11月24日日曜日

マイケル・サンデル教授の『ハーバード白熱教室講義録』を読んだ

騒がれるだけの価値はあった。確かに本書で語られる内容により、考える力が養われる。


「正義」をテーマに、日常の中で生じる選択についてさまざまな観点から議論を進め、カントとアリストテレスに発する倫理観の対立に収束させ、そして私達を答えのない世界へと導く手腕が見事だった。

サンデル教授自身はコミュタリニズムの信奉者のようで、文化、歴史といった物語の中で私達人間を位置づけるという立場のようだが、それを他人に強制することはない。
そして、このような回答のない問題について考え続けることの重要性を訴え、考え方の異なる人の言葉に耳を傾けようと呼びかけ、彼らの意見を受け入れることで自分もまた変わることを受け入れようと述べる。

世の中には回答のない問題があふれている。それでいながら考え続ける意味はあるのか? と良く問われるのだが、そこに意味があることを明らかにした良書だった。
歴史上にはさまざまな問題があり、人類はさまざまな仮定を使って問題解決に勤しんできた。問題というものは、解決すると別の問題が生じるもの。社会問題は永遠に存在し続けるし、全てが解決されることはない。
しかし、その繰り返しの果てに世界は快適になり、よりよい世界へと変わっていく。教授の信念はそこにある。彼の信念に勇気づけられた人も多いのだろう。

環境によって培われた価値観を変えるのはお互いに難しいが、少なくとも話し合いを続けることで、誤った偏見は打ち砕かれていく。
そのためだけにでも、議論を重ねることには価値がある。

※11/25追記
上記記事を昨日アップしたはずなのだが、うまくアップ出来ていなかったので二日越しになってしまった。大変しつれいいたしました。

2013年11月23日土曜日

現代に通じる輪廻転生/登山家の松濤明の死生観

権威におもねりたくないから、「誰が言うか」よりも「何を言うか」を大切にしたいと、普段は思うようにしている。自分の頭で考えるのではなく、他人の権威にもたれかかるような「あの人が言ったから正しい」と考える行為はかっこ悪いと思う。稚拙であろうとも、自分の中で論理を組み立てて、「こうこうこういう理由だから正しい」と考えていきたいと思っている。

ただ、簡素な言葉の場合は、事情が異なってくる。

「世界は美しい」と言ったのが、パチンコに大勝ちした35歳のフリーターが言ったのか、世界の破局を止めたばかりの政治家が言ったことなのかで、意味も受ける印象も全く異なるだろう。

その人の置かれた立場、状況、過去の遍歴を知ることで、他の誰がが同じことを語るよりもはるかに深い感動を、言葉から受けることがあるのは間違いない。それは仕方のないことだ。特に、死の前に綴られた遺書にのこされた魂の叫びとも言うべき言葉には、他にない迫力を感じてしまうことがある。

26歳で遭難して命を絶った松濤 明(まつなみ あきら)という登山家がいる。その遺書を読み、言い知れぬ感動を覚えた。

その概要は『冬雪のビヴァーク』に詳しい。



亡くなったのは昭和24年だから、随分と昔のことだ。まだ登山家が珍しかった時代。未踏のルートを征服して名を馳せたい、という野心があったのかもしれない。飛騨山脈を冬に縦断中に遭難、一緒に登った友人が先に亡くなる。そのあと自身の死を悟った松濤は、友人の遺体とともに、冬山にとどまって死を待つことに決めた。
 全身硬って悲し。
 何とか湯俣(ふもとの地名)迄と思うも
 有元(友人の名前)を捨てるにしのびず、死を決す
 お母さん あなたの優しさに ただかんしゃ。
 さいごまで たたかうも命
 友の辺に 捨つるも命
 共にゆく 
という言葉は簡潔ながら、涙を誘う。

彼は手帳に、覚書や死の前に浮かんだことなどを綴っていく。
 西糸屋(注:彼が登山前に泊まった山荘)に米代借り、三升分
というメモ書きなどもある中で、私が一番感動したのは次の言葉だった。
 我々が死んで
 死骸は水に溶け、やがて海に入り、
 魚を肥やし、また人の身体を作る、
 個人は仮の姿 ぐるぐる回る
彼の考察は、輪廻転生を科学的にとらえなおしたものだ。

私という個体を構成する物質は、松濤のように自然の中で死亡するのでなければ、遠い先に死に、いずれ焼かれ、骨となった以外はあらかた空気中へと散じてしまうのだろう。その光景が……自然に帰った物質が、また生命に宿り、動物となって再生するという壮大な光景が、目の前に浮かんでは消えていった。

私は輪廻転生という考え方が好きではない。貧しい者が貧しいのは、弱者が強者に虐げられるのは、前世で悪いことをしたせいだとあきらめをうながす思想だ。この社会の矛盾を変革するのではなく肯定するために使われた思想だ。アジア的停滞の源泉がそこにある。自分がアジア人だという誇りがあるから、仏教を心の支柱としているが、輪廻転生については好きではなく、信じてもいなかった。

しかし、この考え方なら受け入れられる。自分を形作る物質の循環という考え方なら、素直に納得できる。それを意識することで、自分が大宇宙の一部であることを改めて認識できるし、自然への崇敬の念が湧いてくる。

だが、精神はどうなるのだろうか? 精神は循環しないのだろうか。脳が焼かれておしまいなのだろうか。

いや、そうではない。精神もまた物質が循環しているように、精神を共有している人々の間で循環している。

私の話す言葉、そして、私の行動が、家族、恋人や友人、知人、あるいはすれ違っただけの人にまで、ほんの少しずつでも何らかの影響を与え、伝播し、それが別の影響を他人に及ぼしていく。それは水に落ちたいくつもの石の波紋がお互いに影響を与え合っていくようなものだ。

自分の波紋がやがて消えようとも、それに影響された人の精神が、やがて他の人に影響を与え、世界が終わるまで、途絶えることがなく続いていくのだろう。形を変え、世代を重ね、他人の頭へ「私」の存在の影響が続いていく。私の肉体を構成する物質の循環と、精神の影響の伝播。それは形を変えた輪廻転生なのだろう。

自分は広大な大地の一部、永遠の人間の営為の一部であり、終わりはないのだと自覚したとき、なんとも言えない無限の力が体の奥から湧き出してくるのを感じないだろうか?

2013年11月22日金曜日

炊飯ジャーが壊れた

うちにある炊飯ジャーは2006年制のものを新品で購入したものだが、これまでよく働いてくれた。

ブランド志向を揶揄する声が世間ではあふれるけれども、やはりブランドのある製品は違う。7年たっても問題なく動く。

これが無名のメーカーだったり、中国製だったりするとこうはいかないことを、以前何度か痛い目に遭って痛感した。それ以来、出来るだけ電化製品はブランドのあるものを買うようになった。

ところが、さすがに7年も経つといささか汚れてくる。気をつけて使い、時々台拭きでこするなどして丁寧に使ってきたつもりだが、限度があった。先日時間があったので、徹底的に洗うことにした。

家電製品で、常に水気にさらされる製品だ。防水加工は万全だろうと思い、流水で洗い流しながら掃除してみたのだが……見事壊れた。電源が入らないのだ。

これは困った。

綺麗に掃除した炊飯ジャーでご飯を炊こうと米を研いだ後に電源を入れて発覚したので、私は研いだ釜を抱えて途方に暮れることになった。

何が原因なのだろう? 思い切って分解してみた。
そして驚いた。釜の周囲を包んだ断熱剤にまで水が染み込み、タプンタプンになっていたのだ。それが原因で、スイッチなどの電子部品に浸水し、結果、壊れたのだと判明した。

断熱材の水を絞り、新聞紙の上に敷き詰めて乾かそうとした。
ところが材質のせいだろうか、水気が切れず、しかもふくらまない。柔らかい発泡スチロールのようなものを思い浮かべて欲しい。
可塑性がないために、乾いても膨らんでくれないのだ。

これは困った。

様々に試行錯誤をした結果、結論として、私はこの炊飯ジャーがご臨終を迎えたことを受け入れるしかなかったのだ。

炊飯ジャーだからといって、防水機能は万全ではない。また一つ、私は賢くなった。

2013年11月21日木曜日

2ちゃんねるに書き込めない

2ちゃんねるに書込みすることがある。
ほんのたまにだ。

「ねらー」と自慢で出来る(?)ほどではなく、頻度は年に4、5回程度といったところ。本当にお遊戯レベルと言える。

ところが、ここ最近何度か書き込もうとしたら「アクセスできません」と表示されるようになった。

理由はプロバイダのせいだと表示されるのだが、本当にそうだろうか?

想像なのだが、書き込み制限によって2ちゃんねるが言論操作しているんじゃないか、などとふと思った。

まとめブログのお陰で、2ちゃんねる発の面白いやりとりはまたたく間にまとめられて、ネット上に多数掲載される。

このお陰で、2ちゃんねる自体に今まで以上に、ネット上の言論を引っ張る力が出てきた。こうなると一種の権力である。

そこで業者がネット上の評判を操作するために、社員やバイトなどを使って、色々な内容を関係者とは知らせずに書き込ませる、ということは、今では普通に行われている。

ただ、それだけでは済まず、自体は一歩進んでいるのかもしれない。たとえば2ちゃんねる本体が、世論操作のために、書き込み制限や自作自演に積極的に参加している、ということはないのか?

2ちゃんねるというのは、一つの会社によって運営されているのではなく、トップページに設置されたさまざまなカテゴリーごとに権限を移譲された業者が板を運営しているのだという。言わばアメーバのようなものだ。

関わっているのはひろゆきのようなITゴロやペーパーカンパニーが多く、遵法意識に乏しい。彼らはカネさえもらい、つかまらなければ何でもヤるだろう。

彼らはGoogleのような「邪悪になってはいけない」という使命感を持っていない。

いつのまにやら2ちゃんねるの声=ネットの声と認識するようになり、マスコミも、
「ネットでは……」
と言って取り上げる声の殆どは2ちゃんねるのものを使う。決してブログなど拾ってきたりはしない。

すでに2ちゃんねるの中でも影響力を持つに至った板は、プロによって運営され、世論形成の一助を成しているのかもしれない。


2013年11月20日水曜日

飯が進む! 青トウガラシの味噌漬けの作り方

私は最近「ねぎし」で昼飯を食べることが多い。千円前後と割高だけれども、職場の近くにいいお店が他にないため、やむを得ないところがある。
それに、とにかく美味い。その魅力に抗えない。
根岸では野沢菜の漬物に、必ず青トウガラシの味噌漬けが添えられる。
コレがめっぽう美味いのだ。

味噌でうまく中和されたトウガラシの辛味が舌を刺さず、旨味が口の中いっぱいに広がる。旨味と辛味が渾然一体となった至福の時間がまたたく間に過ぎる。
ねぎしの売りは牛たんだ。
肉がメインでそれはもちろん美味いのだが、それ以上にこの漬物が魅力的でねぎしに足を運んでいるとも言える。

ねぎしには毎日のように通いたい、しかし少々お高い。そこで最近になってようやく、
「自分でこの漬物を作ればいい」
ということに気がついた。

考えれば簡単な話だ。味噌に青トウガラシを入れるだけで勝手に漬物になってくれるのだから。

材料選び

どうせ作るならばうまいものを作りたい。その際に肝となるのは「味噌」だと私は考えた。
トウガラシはそれほど味に変わりがあるとは思えない。口の中にいっぱいに広がるあの甘味は、味噌由来のものだろう。ならばいい味噌を使いたいと考えた。

味噌

ねぎしの味噌は白味噌かもしれない。トウガラシが辛いから甘い味噌で中和することを狙っているのかもしれない。
だが、私は少し辛めの赤味噌が好みだ。
逆の味を組み合わせて中和するという手もあるが、辛いもの同士が引き立て合うことでより重厚な味わいになることもあるだろう。
そこで私が兼ねてから狙っていたこの赤だしを買って使うことにした。
舐めてみると普通の味噌よりも複雑な味わいがして美味い。

作る

作り方は簡単。小さなタッパーウェアに味噌と青トウガラシを入れて、冷蔵庫に放り込むだけだ。

食す

一週間経つと食べられるようになる。
これが美味い、美味すぎる。
ねぎしの味噌漬けは数ヶ月は漬けていたもののようなので、熟成した味わいがあるが、自家製のこの味噌漬けは、また違った味わいがある。
新鮮なために野趣が残っている、とでも言えるだろうか。

秋の夜長に炊き込みご飯とこの青トウガラシの味噌漬け。
食が進むので、ダイエット中の方は要注意だ。

2013年11月19日火曜日

シュタインズ・ゲートを観た感想

卓上 シュタインズ・ゲート カレンダー 2014年
数年前に話題になった『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』という作品を最近、観た。
未だ人気を維持している物語。作品放送時には秋葉原のラジオ館とコラボしてこんな大掛かりな企画も行われた。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1110/28/news045.htmlより
この作品の感想を書こうと思う。
(以下、ネタバレあり)







↓  ↓  ↓

2013年11月18日月曜日

いいブラック企業と悪いブラック企業


昨今はワタミなどのお陰でブラック企業の存在が知れ渡るようになった。就職活動している学生たちも、悪い噂の流れている企業をできるだけ避けようと努力しているようだ。

だが、ネット上では嘘八百がまかり通る。批判をする側が大変な問題児であり、それを追い出した会社の方がまともであることもある。批判されているからと言って必ずしも「ブラック企業」とはいえない。

現に私もブラック企業と噂があった企業で働いたことがあったが、社員の性格が良く、仕事も面白く、環境も良くて拍子抜けしたことがあった。これほどさように、ネットの噂は当てにならない。

では噂に頼らず、客観的な数値でブラック企業を炙り出せるか? これもまたそうとも言い切れない。労働時間が長い企業はブラック企業と思われがちだが、たとえば大企業へと発展する途中のGoogleやソニーなどの社員は文字通り寝る間もなく働いていたという。そこがブラック企業だったかといえばそうとは言えないだろう。

また、社長がワンマンであるところはブラック企業と噂されるが、同僚同士の仲が良く結束も固いため、居心地がいいというケースもある。

給料が安くとも勤務時間に余裕があるから働きやすいところだってある。

とはいえ、給料が安く労働時間が長い企業はやはりブラック企業と呼んでしかるべきかも知れないが、過労死や自殺をすることがなく、楽しく働ける企業は「いいブラック企業」と呼べるかもしれない。

では、どのような企業が「いいブラック企業」に当たると言えるだろうか? 就職活動中の学生さんの役に立ちたいと思い、いいブラック企業の特徴をいくつかまとめてみた。

1.客からのクレームが多い

お客からのクレームが多い職場には行きたくない、と思っている学生さんは、一度考えなおした方がいい。クレームの多い職場は、実は内部の人間関係が良好であることが多い。

客からのクレームが多いから、せめて同僚同士は仲良くやっていきたいと誰もが思うらしい。だから、クレーム処理をしている部署の人間関係は他所よりもいいケースが多い。また、上司もクレームを言われ慣れているために、辛い立場の人間の気持ちがよく分かる人がそろっている。穏やかに物事を進めるような人格者も多い。

2.社員の入れ替わりが激しい

社員の入れ替わりが激しいと聞くと「この会社大丈夫か? と思う。だが、入れ替わりが激しいということは会社も人が辞めることに慣れている。だから無理な引き止められ方はしない。

それに流動性が高いところは、案外風通しがいいものだ。社員の流動性の低い小さな企業などでは、陰湿なイジメが行われたりすることが多く、始末に負えない。誰もがいつ辞めるかどうか分からないため、不安を抱える同僚同士、仲良くなることが多い。

3.研修や勉強が多い

仕事で学ばなければいけない知識が多い職種は大変そうだ、という先入観あるだろう。確かにそうだ。大学を卒要してまで勉強をしたくない、と思う気持ちもわかる。

だが、研修や勉強が多い職場には向上心の強い社員が多く集まる。勉強好きの人々は、他人を陥れるようなことに時間を費やさない。よって、このような職場は居心地がいい。

4.社員の数が多い

会社が大きいと、管理の目が行き届かなくなる。だから人間関係に小回りのきく小さな会社で働いた方がいい、と勧める人もいる。

しかし、社員の数が多い企業では嫌な人間がその中にいても、嫌な人間と交流せずに会社生活を送ることが可能だ。人数の少ないところではそれができない。また、休んでも代わりの要員がすぐに見つかるために、周りにそれほど迷惑がかからない。


5.出勤時間がルーズ

出勤時に朝礼をしたりするところとは違って、多少の遅刻を怒らない企業がある。こういうところは万事がルーズなので、居心地がいいことが多い。

ただ、会社の倒産まで数ヶ月、という場合もあるために要注意だ。

以上となる。少しでも会社選びのお役に立てば幸いだ。

2013年11月17日日曜日

結婚生活がうまくいくかどうかは女次第

結婚生活の良し悪しは何で決まるのか?

これから結婚を考えている人――私も含めて――にとっては一番の関心事だろ思う。アメリカの大学の研究によれば、結婚に重要な影響を与えるものは、妻がすぐに冷静になれるかどうかだという。

★ 妻の心の落ち着き、幸せな結婚をもたらす 米研究
「怒りや軽蔑といった感情は、カップルを脅かすものに思われるかもしれないが、われわれの研究では、特に妻が自分自身を落ち着かせることができれば、結婚が長続きすることが示唆されている」
私が相手に求めるものの一番大きい条件として、
「自分が悪いことがあったら、すぐに反省してくれる人」
というものがある。この条件が、研究結果に照らしあわせても間違いのない基準だったようで安心している。

……もっとも、自分がこういう条件を掲げる以上、相手側の条件も満たすよう、努力をしなくてはならないでしょうが。それは当たり前のことだ。

いずれにしても、女性というのは男性よりも感情的になる人が割合的に多い(もちろん全てではない。少数派だが、理知的な女性がいることも、私は経験上知っている)。感情をある程度自制できる女性はそれだけでありがたい存在であり、そのような女性を伴侶をすることが出来れば結婚生活もある程度成功が約束されたものと言えるかもしれない。

そういえば、妻のことを「家内」などと呼ぶ。

今は共働きの家が多くなったとはいえ、男と女の関心の方向は異なる。男が趣味に没頭するのと同じように、女は家に興味、関心が湧く。だから、家の性格が妻によって決まる、という説は男女の相違からしても的を射ているといえるだろう。

この研究結果を踏まえて言えば、いい家庭を選ぼうと思うのならば、客観的になれる女性を探すべきだと言えそうだ。客観的になれる女性は興奮しても、すぐに理性的に原因を探ろうとする。そうすると、案外理系の女性などがいいのかもしれない。

2013年11月16日土曜日

イオンの商品には危ないものがいっぱい(毒、アレルギー、消費期限切れ)

イオンといえば商品が安いことで有名だけれども、安かろう悪かろうを地で行っている会社であり、これまでもいろいろな問題を起こしてきている。

下記のサイトでは、今までイオンで販売されていた危険物の入った製品を一挙に紹介している。

★ イオンのトップバリュ製品がもはやテロだと話題に

大手起業を揶揄する記事を、ブログで書くことは冒険だ。彼らは批判に敏感だ。ネットからできるだけ自社批判を排除するために、似たようなキーワードのスパムブログを大量生産したりして、批判記事が検索上位にならないようにするなどの対策を取る。

よって、このブログ自体のPV数が下がってしまう。私のブログもよく、批判記事を書く。それから数日は何もないが、数週間後に原因不明のPV数激減が生じる。最初は驚いたが、今は、
「ああ、あの記事の影響が今頃やってきたのかな?」
となんとなく分かるようになってきた。

でも、敢えて書くね。この話、拡散したほうがいいように思うから。

詳しいことは上記記事をお読みいただきたいが、要はイオンのブランドであるトップバリュ製品に、アレルギー製品やフグなどの毒物などが頻繁に混入しているという話。

「できるだけ安く」ということを追求するのはいいけれども、管理体制が追いつかないのだろう。それに、中国や韓国などの規制のゆるい国から安易に商品を輸入したツケが回ってきているのだろう。

思い出すのが今年の「週刊文春」10月17日号の特集記事「『中国猛毒米』偽装 イオンの大罪を暴く」について。週刊文春のスゴイところは、部数激減の危険を犯しても、イオンのような大企業に楯突くところ。彼らを応援するために、わたしは普段買わない週刊誌を買った。

その記事に書いていることをまとめてみると、
  • 9月末にイオンが、産地偽装米を発売していたことを発表
  • 産地偽装を行ったのは三重県四日市市の三瀧商事
  • 2005年から偽装が始まり、これまで4,500トンがイオン系列店で使用される
ということがあった。中国産の米には、
  1. 重金属汚染
  2. 遺伝子組み換え米(中国南部で未承認遺伝子組み換え米)を野放図に栽培
  3. 農薬汚染
  4. 検査体制の不備
という危険性があると文春は指摘している。

米は重金属を吸収しやすく、かつて日本でもカドミウム米などが問題となった。長江下流域では深刻な土壌汚染が進行中だという。

この三瀧商事という会社は、イオンとの関係が大変強く、民主党の岡田克也議員の選挙を手伝うことでイオンとの関係が深まったそうだ。

大変評判が悪く、2007年には中国から有機リン系殺虫剤のメタミドホス入のもち米を54トン輸入。2009年には遺伝子組み換え米入りの米粉を輸入しているなど、杜撰な管理で知られているが、イオンは取引を継続していたというのだから、開いた口がふさがらない。

今はいったい、どうなっていることやら、と思ってホームページを見たところ、会社の解散と精算を決めたと発表されていた。いずれ名前を変えて、新しい会社として事業を継続するのだろう。

文春記事によれば、2010年の記録だと、イオンの全商品の八割が中国産だったそうだ。イオンの創業者が「アジアシフト」を唱えて積極的な中国進出を推し進めてきたことや、岡田克也議員が親中派として長年活動してきたことなどが原因だという。

しかし、一番の原因は、イオンの「買い叩き」により中間業者の経営が厳しくなり、中国産を使わざるを得なくなった、という事情がある。たとえばイオンは「1キロあたり200円のコシヒカリを持ってこい」などという法外な要求を次々に農家に突きつけるのだとか。

その要求をはねのけた生産業者は、倒産に追い込まれる。国内シェア三位の「くめ納豆」は、イオンの買い叩きにより経営が悪化して、2009年に倒産してしまったそうだ。

こういう両記事を記載した「週刊文春」を、販売させない、という暴挙にイオンが出たことは記憶に新しい。


イオン系列店には、
  • ミニストップ
  • オリジン
などもあるので要注意。これからはイオン系列店ではものを買わず、コモディイイダで買おう。

2013年11月15日金曜日

日本のサイトは異質らしい

海外のサイトを見ると、スッキリしたデザインが多くて美しいなと思う。

それに憧れるけれども、私自身は、1ページ辺りの情報量の多いサイトをよく閲覧していることに気がつく。シンプルなものに比べると見にくいが、慣れると雑然としたものの方がお得感がある。

あまり意識していなかったそのことを、下記記事で改めて感じた。

★ 日本のウェブデザインはなぜこんなにも世界と違うのか?

上記記事は、"Why Japanese Web Design Is So… Different"の翻訳であり、筆者はDavidというイギリス人男性。西洋人から見ると、日本のサイトはゴチャゴチャしていて観ていると疲れるのだという。

その理由を列挙すると、
文字のデザイン
文字を強調する手法が限られている
言語の壁
文化の違い
リスクを忌避する文化
消費者行動
広告戦略
都市景観
職種と仕事環境
技術的な違い
携帯電話時代の名残
ウェブ用フォント
Windows XP & IE 6
となるようだ。日本のウェブ文化の批判的な側面をあげつらった記事で、とてもイギリス人らしい。彼らは多文化の欠点をえぐりだすことに長けている。
最後に前向きな意見を述べよう。
などと書いているので、上記の特徴は著者にとっては後ろ向きなものであることは間違いない。

とはいえ、私にとっては、これらは欠点ではなくむしろ長所だ。ゴチャついたデザインは、まるでおもちゃ箱のようで、なにがあるのか分からない面白さをそこに感じる。「ドン・キホーテ」で感じるあの高揚感が、東洋のサイトにはあると思っている。

要は好き好きなのだろう。

2013年11月14日木曜日

私達の処世術について……アイヌの記事より

いろいろな人々がいろいろな主張を述べる。おっしゃる内容を理解すると同時に、私達はそこにどう対応すればいいのかも、考えないといけない。

アイヌ民族に行われた同化政策」という記事が話題になっている。アイヌを日本人に同化させるためにどのような政策が戦前に行われたのか、そのためにアイヌがどれほどの苦痛を強いられたのか、Twitterである人物がつぶやいた内容がまとめられている。

私がアイヌ民族のことを初めて知ったのは『コタンの口笛』を小学生の頃に読んことがきっかけだ。その後、名前を忘れたがシャクシャイン・コシャマインの戦いを題材にした本を、これまた小学生の頃に図書館で読んだ。

その後もいろいろな媒体でアイヌのことを知っていたので、この記事で書かれたような内容は既知のことである。とはいえ、当事者によってつぶやかれるこれらの証言は重い。久々に彼らの苦難の道のりを思って、ため息をついた。

ところで、差別される側からの証言を聞く時に、さて、私達はどのように対応するべきなのだろう?

加害者側の子孫として、反省するべきなのか?
被害者の主張に逐一反論すべきなのか?

対応は難しい。もしもあなたが今は加害者側の立場に立っているとは言え、別の局面では差別される側であるかもしれない。将来、被害者、差別される側へと回るかもしれない。

その時々で立場によって対応がくるくると変わっていては首尾一貫性を失う。感情的に落ち着かず、周囲からも信用をされまい。

弱者の言葉を受け止めることは重要だ。彼らの悲しみをくみ取り、同じような苦しみを味あわせないようにする社会構築に勤めることは、私達の子孫がよりよい社会に住むことを可能とする。

かといって、彼らの言葉に同情し過ぎるあまりに彼らの言うことになんでも従うようでもいけない。彼らの中にはゴロツキめいたものも多く、こちら側の贖罪意識につけこんで不当な要求を行い、そして食い物にしようと狙っていることもあるからだ。

 有名な話だが、『マルコポーロ』1993年9月号で、『血と骨』の作家・梁石日(ヤン・ソギル)、『月はどっちに出ている』の監督・崔洋一(さい よういち)、鄭義信(てい よしのぶ)らが対談の中でこう述べている。
崔「一時流行ったんだな。左翼少女を口説くときは日帝三十六年史で落とせというのが。」
鄭「いまだにそんな手を使っている人、いるんだよね。」
梁「男の風上にもおけんなあ。」
崔「梁さん、唇、震えてますよ(笑)。」
朝鮮系の人々へのかつての加害行為に対する贖罪感情に、つけこんで利用しようと狙う人々がいる。ほとんどの朝鮮系の人々は、大変よい人々であることを忘れてはならない。と同時に、こういう輩も少なからずいることも忘れてはならない。

兵庫県の尼崎事件でも似たような事例はある。保険代理店を営んでいた仲島家の運命が暗転したのは、遠縁の李正則という人物の更生を断ったという、弱みにつけこまれたことだった。悪辣な人間が、こちら側の"正義感"に漬け込んで無理難題の欲求を行うことは、案外社会に多い。

同情すればつけこまれる。かといって見捨ててしまえば社会の荒廃に加担するのと同じ。その中間辺りに、私達の処世法が転がっている。

お釈迦様は「中庸(ちゅうよう)」を説き、極端に陥らない中間の道を歩めと説いたが、これがなかなか難しい、どちらかに偏った方が、楽だからだ。被害者の側に偏って、逆に加害者を糾弾する側に立つ、あるいは加害者の側に立って被害者の落ち度を責め立てる。その中間にいると、両陣営から「コウモリ」と囃し立てられることとなる。

だが、両極端は異なっているようで似ている。相手を自分の支配下に置こうとする人々が住む世界だ。そこには幸福はない。

2013年11月13日水曜日

ゴミ箱の中で焼け死んでいるのに事件性がないわけないだろう

スポーツ報知の報道に、実は猛烈に怒りを覚えている。

★ 炎上したごみ箱の中の焼死体は41歳除染作業員
 福島県白河市のショッピングモール敷地内で8日、炎上したごみ箱の中で焼死していた男性について、白河署は13日、福島県郡山市の除染作業員(41)と身元を特定し、発表した。
 白河署によると、除染作業員は埼玉県出身。7月から郡山市で除染の仕事をし、ごみ箱炎上の数日前も勤務していた。遺体に外傷はないことから事件性はないとみられる。
スポーツ報知は御存知の通り、読売新聞グループが発行するスポーツ新聞だ。ナベツネの性格を最も反映したメディアだと言える。つまり、巨人と政府べったりの御用新聞といったところだ。

それにしてもこれは酷い。
遺体に外傷はないことから事件性はないとみられる。
というのは警察発表をそのまま記事にしたのだろうが、そもそも41歳の普通の男性が、自分でゴミ箱に入り、焼死体になる訳がない。電気ショックで気を失わせた上で呼吸器を塞げば、外傷がない死体なんていくつでも作れるだろう。これを他殺ではないとこの段階で発表するということは、警察が捜査をするつもりはない、ということだ。

ここで思い出されるのが、数年前の押尾学の事件だ。あれも当初は、薬物を女性が自ら使用したものであるために事件性がない、などと警察が早々と幕引きを図ろうとした。

それをネット世論が中心になって、押尾学の逮捕、実刑にまで持ち込んだ。

裁判になってみれば、押尾学の無責任な対応が罪に問われるのは当たり前の話であった。これほど当然のことであっても、警察は時面倒を恐れて「事件性はない」などと報道をして世間の反応をみつつ、幕引きを図ろうとする。

この事件を糾弾すれば、その過程で、福島原発に労働者を派遣している多くの暴力団組織や、彼らに頼まなければ全く人が集まらない現地の実態などがバレることになるからだろう。

山本太郎だとかサヨク連中は嫌いだけれども、原発に関して嘘偽りを垂れ流してナアナアでことを済ませようとする政府関係者の無責任ぶりはもっとイヤだ。敵と思った人間がおかしなことをしていても、
「あいつらはバカだからしょうがない」
と思えば済むが、味方と信じる人々がこうして恐ろしい犯罪隠蔽を犯すのを見ると怖気を振るう。

そして、こういう事件を追求できる組織はどこにあるだろう? と見渡すと、共産党くらいしか見えないことに絶望的な気持ちになる。

いまのままだと警察が後日、
「遺書が見つかった」
などと遺書を捏造して発表して、そのまま事件は幕引きを迎えるのではないだろうか。

2013年11月12日火曜日

キムタク主演「普通の恋愛ドラマ」について妄想

木村拓哉主演の普通の恋愛ドラマが観たい、という書き込みが話題になっていた。

★ 木村拓哉の普通の恋愛ドラマが見たい
もうロボットとか倍返しとかじぇじぇじぇとか無しで普通の恋愛ドラマ見たい。
木村拓哉で。
歳とったキムタクの恋愛ドラマが見たいんだよ。
この需要って絶対あるんだよな。
ちょっと前にヤマピがやったやつあるでしょって?
あれはなんか若すぎなの。
30代半ばには受け入れられない。
甘酸っぱすぎ。
無理。
もっと現実的な普通な恋愛模様が見たい。
頼む誰か作って。
だそうなんだけど、じゃあ、どんなドラマがいいのだろうか?
受けそうなストーリーを考えてみた。
仲の良かった最後の独身の友人が結婚、その二次会で結婚した仲間たちの、子供の話を聞きながら、話を合わせて歓談するんだけど、その後猛烈に孤独を感じた30代半ばの女性。

帰り道、駅前のバス停ベンチで思わず涙ぐんだ彼女は、
「大丈夫ですか?」
キムタク演じる彼女よりも年下の、ごく平凡なサラリーマン風の男から話しかけられる。

彼から、
「悩みを打ち明ければ楽になれるよ」
と言われて孤独を打ち明けたところ、彼からも、リストラされたばかりであること、
年下の彼女がいたが、即座に振られてしまったことなどを、と打ち明けられる。

キムタクは「俺の好みは年下の女性」と思わず失言して謝るが、それに対して、
女は「私だって、私よりも収入が上で安定した仕事に就いてない男には魅力を感じないよ」
と返して、お互いに笑い合う。

話し合った末、
女はよき伴侶が得られるまで、
男は新しい転職先が見つかるまで、
お互いに協力しあおう、という同盟を結ぶ。

広告代理店勤務の女は、男に、営業を欲しがっている知人たちを何人も紹介するが、ぞんざいな態度で使い物にならないことが判明、呆れられる。
男は、女を知人数人に紹介するが、初対面の愛想があまりによくないため、誰からも相手にされず、呆れられる。

お互いに険悪な雰囲気になったものの、仲直りをしたのち、女は病気で倒れた男の家に食材を届けるために立ち寄ったところ、数々の美しい絵を見つけた。
男は昔美大で将来を嘱望されていたが、態度が悪くて周りと対立、二科展などの重鎮とも喧嘩して、画壇から自分で離れてIT業界に進んだという過去があった。

IT業界では、創業者の友人が有能な技術を持っていたのと、たまたま波に乗っていたから、
俺様営業でも通用して、これまでやってこれた。

女は絵画の才能を活かすべきだと提案してイラストの仕事を回し、渋る男だったがカネがないので、顔出ししないことを条件に10数年ぶりに絵筆をとる。

これが評判となり、次々に仕事が舞い込むようになる。
女には、最後に紹介した男の友人が興味を示し、交際が始まる。

ところが男の正体がばれ、画壇の重鎮が男の妨害に入る。
また、男の昔の彼女がヨリを戻そうと現れる。

この騒動の仲、男は女の年齢とは関係ない内面の可愛さに気づき、
女はカネに無頓着だが包容力のある男の優しさに惚れ、
急速に惹かれ合っていく……

なんて、どうでしょ?
女性が広告代理店勤務、というところからして、少々設定が古いかもなぁ?

2013年11月11日月曜日

朱に交われば赤くなる――法科大学院に通うカップルの会話から――

電車の座席に座っていた私の横に法科大学院に通っているらしい二人のカップルが座った。二人の傍若無人な会話を聞くともなしに聞いていた。

二人は司法試験受験への不安を語り、法科大学院に行かずとも司法試験に合格できるという予備試験組への不満を語り、それから試験合格後の二人の夢を語る。

前途洋々とした二人の未来を聞きながら、
「頑張って欲しいもんだな」
と他人ごとのように聞いていたけれども、開業後どんな事案を扱いたいか、という話題について話すのを聞いて嫌な気分になった。
女「どんな事案をカズ君は扱いたいの?」
男「俺は誰がどう見ても有罪の、極悪な人間を無罪にまで持ち込んでみたいな」
女「無実の人間を救いたいよね」
男「違うよ。罪を実際に犯した人間を無罪に持ち込みたいんだ」
女「え?」
男「それが弁護士になる人間の誰もが夢見ることだとおもうけれどね」
こんな内容の会話を始めたのだ。もっと法律家っぽい用語を使って話していたと思うのだが、私は法律用語に疎いので正確に再現できないことを残念に思う。
女「ええ? それが本当に人を殺していても?」
男「もちろん」
女「私はそんなことを考えないな。被害者のことを考えると、そんな人間の弁護は引き受けられない」
女は若干引いていたように見受けられる。
男「被害者のことを考えるのはケアワーカーとか、別の専門家の仕事だよ。俺たちに必要なのは、目の前の犯罪者の権利をどれだけ守れるか、ということ。犯罪者だったら余計に世間から彼の身を守り、捜査の不備を追求するべきだよ。その結果無罪に持ち込むことができるなら、こんな素晴らしいことはないよ」
女「そうかなぁ」
男「弁護士にとっての名誉は、例えば麻原彰晃のような人間を無罪にすることだよ。俺は授業を受けていて、そういう弁護士にならなきゃいけないと思ったな」
ふーん、と思いながら、私が考えたのは、
「よく考えたら、悪の味方の弁護士が、今は多いのかもな」
ということだった。

弁護士というと、昔のイメージが強いため、弱者の味方となって企業や暴力団のような強者と闘う、という姿をなんとなく想像しないだろうか?

だが、国民保護の姿勢が浸透した今の日本では、弁護士は企業側に立って消費者からの要求をはねのけたり、犯罪者側に立って検察の追求を退けたり、そういう仕事の方が多いのかもしれない。

「朱に交われば赤くなる」
という。常日頃から悪に接し、悪と語らい、悪と遊び、そして悪のために尽くす現役弁護士の皆さんの精神は知らず知らず歪んでいるのかもしれない。そういう教師に学んだ彼らもまた、悪の道へと進むのかもしれない。

そんなことをついつい考えてしまった。

2013年11月10日日曜日

最強のボールペンを選ぶ

仕事で使っているボールペンが、ときどきインク飛びするのでボールペンを変えようと思っていたところ、以下のまとめサイトを発見。


この記事の人気度を整理すれば、
  1. ジェットストリーム
  2. サラサ
  3. パワータンク
  4. エナージェル
  5. ビクーニャ
といったところのようだ。

ジェットストリーム

 ジェットストリーム芯の心地よさは言わずもがなで、一度慣れると他のボールペン芯に違和感を感じてしまうほどですね。
 油性タイプのボールペン芯はダマができてしまうのが嫌いだ、という方もおられることと思いますが、ジェットストリーム芯はダマも少ないように思います。
 (また、0.5mmのリフィルのほうが0.7mmのリフィルよりもダマのようなものができにくいと感じました。)
 軸のほうですが、下部が金属ですので、重心が低くたいへん書きやすいです。
ジェットストリームにはほかにもたくさんの種類の軸が出ていますが、ほかのものはほぼプラスチック軸です。(Fシリーズはアルミですが)
 それらのほうが軽いのですが、個人的には軽すぎて使いづらく感じますので、下部が金属のこのモデルが気に入っています。
(Amazonレビューより)
サラサ

何といっても濃いインクで字がはっきりと読みやすい、そして滑りすぎずしかし、スムースで書き味がよい、クリップがよく開くので無造作にしても挟みやすい・・・など、いろいろと魅力はありますが。何といっても耐水性がしっかりしているので、滲みがほとんどないし、乾きも速いほうだと思う。
(Amazonレビューより)
パワータンク

 左利きの人はご存知だと思いますが、ボールペンはちょっとした鬼門です。
ペンを押しながら文字を書くためか、普通のボールペンだとインクが出てこない
事がよくあります。
 気持ちよく書けるものがなかったので新しいボールペンが出るとよく試して
いたのですが、これはようやく出会った「左利きでも楽に使える」ペンです。
(Amazonレビューより)
エナージェル

よく無くすボールペン。 これ使ってみればわかるのですが、すごく書きやすいです。 ネットで(SNS)の知り合いも愛用者が多かったので口コミってすごいですね!
(Amazonレビューより)
ビクーニャ

ここ数年、ボールペンといえば、ジェットストリームだったのだが、
ビクーニャが発売されて以来はビクーニャを使っている。
なんといっても、インクが濃いのがいい。
(Amazonレビューより)
結局買ったのは、ビクーニャ。

なぜ敢えて5番目のもの? と思うかもしれない。理由は簡単、文房具屋で検証した結果、このビクーニャが一番書きやすく、しかも安っぽくなかったからである。

使ってみて二週間以上になるが、使いやすくてインクが確かに途切れない。ボールペンなんてどれを買っても同じと思っていたけれども、当たり外れに接すると、違いは間違いなくある。せっかくの毎日の仕事、良い道具に囲まれて過ごしたいよね。

2013年11月9日土曜日

アシタバ(明日葉)という野菜……灯油臭すぎた

アシタバという野菜のことをご存知だろうか? 私は知らなかったが、どうやら伊豆の特産らしい。
アシタバ
アシタバ(明日葉)はセリ科シシウド属の植物。日本原産で、房総半島から紀伊半島と伊豆諸島の太平洋岸に自生する。伊豆諸島・伊豆半島・三浦半島および房総半島の個体は、古くから自生している個体であるが、紀伊半島の個体は近年紀伊大島に移植された株である。
スーパーのポップに「夕方に摘んでも翌日には葉が出ているほど強い野菜なので"明日葉"の名前がつきました」などと書かれて売られていたのが気に入って、購入した。11月6日のことである。

それが恐怖の始まりとも知らずに。

1.見た目は美味そう

見た目はミツバとホウレンソウを足してニで割ったような葉野菜であり、歯ごたえの良さそうでうまそうだった。

その日の料理の予定はエビなしの八宝菜。豚肉とモヤシ、人参の代わりにカブ、そして白菜の代わりとしてこのアシタバを使う。全部を炒めて、そこに八宝菜の素を入れて完成の予定だった。

2.部屋に漂う灯油臭

料理をしながら、ガスの臭いに気がついた。そういえば、先日鍋を吹きこぼしたままレンジを掃除していなかった。ガスの出口に何かがつまり、火が不完全燃焼しているのだろう。そう思って、火を止めて台拭きを湿らせて、火傷をしないようにガスレンジの掃除を始めた。

ガスレンジは綺麗になったが、臭いは取れない。
(かなりガス漏れしていたんだな)
アブねえなぁと思いながら、再び料理を再開した。

3.フタを開けると悪臭が広がる

頭の中ではガスの臭いだという思い込みがあるものだから、それがアシタバの臭いだとは想像もしない。というのも、この臭いはこれまで嗅いだことのある植物の臭いとは完全に異質だったからだ。

ガスや灯油という、鉱物系の油の臭いだ。

もっとも都市ガスには本来臭いはなく、ガス漏れに気づくように悪臭物質が添加されており、園においは、
「玉ねぎを腐らせたような臭い」
と表現されることが多いから、ガスの臭いが植物臭とまったく異なるということにはならないのかもしれないが。

フライパンで野菜を炒め、それに水分を加えて八宝菜の素を入れ、本来ならばいい香りが台所に広がるはずだったのに、広がったのは灯油の臭いである。その時に、
(これ、もしかしてアシタバの臭いじゃないの?)
ということに気がついたのだ。

4.慌ててネットで調べる

最初は信じられなかった。野菜の臭いがこれほど臭いということがあるだろうか? こんな、
「灯油そのもの」
のような臭いを野菜が発するものであろうか?

ところがそれを裏づける証言がネット上にたくさん転がっている。

★ あしたばのおいしい料理法
★ あしたばどっちだ
★ あした葉って・・・ [cooking]

アシタバがこの臭いのもとであることをようやく納得した私は、とりあえず食べることにした。

5.マズイものはマズイ

味はそれほど悪くないのかもしれない。
味はね……。

問題はこの香りだ。灯油の臭いが鼻腔一杯に広がる。吐き気がする。
結局この日、食事を終えるまでに2時間かかった。
……たかだか1人で自炊した食事を終えるまでに2時間、かかるか?

結論として、アシタバはダメだ。こんな臭いものを二度と食べようとは思わなかった。
ただ問題は、私の料理法だ。
自炊が面倒で、同じ食事が苦にならない私は、大鍋、あるいは大きなフライパンで料理を数日分、一気に作るようにしている。

この灯油臭い八宝菜は5日分作った。
今日でようやく4日目だ。
あと1日。臭いが薄れてきたので、明日まで乗りきれることだろう。


結論:アシタバは二度と食わない

2013年11月8日金曜日

回線速度が遅い時

光回線を引いたはずなのに、案外回線速度が思いな……と思っているならば、一度回線速度を調べた方がいい。

★ USEN スピードテスト
これに接続すれば、自分が今接続しているインターネットの回線速度がすぐに分かる。
光回線につないだならば、せめて50Mbpsのスピードは欲しいところだ。

スピードが出ていない、ということで落胆している人は、もしかしたらプロバイダーが原因かもしれない。
プロバイダとは
インターネットサービスプロバイダとはインターネットへの接続を 提供する組織のことである。プロバイダやISPなどと略して呼ばれることが多い。日本では電気通信事業者の一つとして位置づけられている。基本的にはインターネット接続を希望する個人や団体に対し、一定の対価を徴収した上で接続サービスを提供する。(Wikipediaより)
インターネットに契約するときに、プロバイダはどこでもいい、と思って一番安いところと契約した人は多いと思うけれども、回線速度や安定性は、プロバイダによって大きく変化するようだ。

「プロバイダによって回線速度が変わる? そんなの都市伝説だよ」
と指摘する人もいるが、そんな人は下記のやりとりを見て欲しい。

★ プロバイダの違いは回線速度とは関係ない?
契約の際に、カカクコムのプロバイダ入会相談ダイアルに相談したところ、
クチコミ掲示板でもよく話されている「プロバイダごとの速度の違い」というのは
実は特に無く、同じ回線であればプロバイダ間で速度に変わりは無いということでした。
(中略)
そこで、表題の質問です。
カカクコムの入会相談ダイアルから言われた上記の内容は、果たして正しいのでしょうか。
私じしん、どちらが正しいのか定かではありません。
これに対する答えが、これ。
実際に私は1つのNTT東の光回線で2つのプロバイダと契約して2セッションで別々に通信していますが、サーバ用に使用しているプロバイダのオープンサーキットと通常の使用で繋いでいるBBエキサイトでは速度に差があります。
同じ回線ですがプロバイダによって速度が違いますし、その速度の安定も違います。
もし、どのプロバイダに繋いでもインターネットの速度がすべて一緒なら、このような速度差は生まれません。
私はプロバイダによって、回線速度が変わる説を取る。

でも、自分のプロバイダがどこなのか知らない人も多いと思う。そこで、プロバイダを調べる方法をご案内しよう。

まず、自分がインターネットに接続しているIPアドレスを確認する。

★ あなたの情報(確認くん)

このサイトで「現在接続している場所(現IPアドレス)」に表示されているIPアドレスを調べる。次に、

★ IPドメインSEARCH
にそのIPアドレスを入力すれば、ネットワーク情報が出てくるだろう。

ちなみに、プロバイダはOCNが評判が一番いいようだ。やっぱりNTTさまさま、というところか。

2013年11月7日木曜日

マンションのスラム化と世界の無秩序化は似ている

http://www.blue-style.com/index.htmlより
持ち家の少なかった時代、住宅を持つことが人々の夢だった。だから結婚後は、人々は競って住宅ローンを組んで家を買った。その時の記憶が今も根強く、マンションが作り続けられている。

ところが、マンションのスラム化が進んでいるという。特に、高層マンションのような大規模マンションのスラム化が今後大きな問題となっているらしい。

★ マンションのスラム化データ(賃貸化率・空室率)を可視化してみた

上記ブログによると、大規模マンションは次の6ステップでスラム化していくそうだ。
  1. 少子高齢化によるマンション需要の縮小で空き住戸が増加する。
  2. 空き住戸の増加と共に、住民の高齢化や賃貸化が進み、大規模なだけに合意形成が困難で、管理組合が機能不全になる。
  3. 管理組合が機能不全になると、適切な維持管理ができなくなるので、経済的に余裕のある人は二束三文で住戸を売却して出ていく。そしてマンションのスラム化が進む。
  4. 二束三文でマンションを手に入れた住民と、脱出しそびれた住民には、もはやマンションを再生する力はない。
  5. 物理的な耐用年数が経過したマンションを住民だけの力で、再生できないことはもちろん、撤去・更地にすることさえできない。
  6. 倒壊の危険があっても、住民に代わって、朽ち果てていくマンションを撤去・更地にする財政的な余裕は自治体にはないであろう。
つまり、
需要縮小による空き部屋増加
   ↓
住民の高齢化、貧民化が加速
   ↓
住民の合意形成困難
   ↓
マンション劣化、補修困難
   ↓
質のいい住民の退去加速
   ↓
マンションスラム化
とう順番で大規模マンションのスラム化が進んでいくという。

これって、まるで現代世界を見ているようじゃありませんか?

たとえばヨーロッパ共同体。
EUは、国同士の紛争に嫌気が差し、またアメリカやソ連という超巨大国家に対抗するために誕生した。最初は、地域統合によるメリットばかりがもてはやされた。巨大マーケットの誕生、世界に与えるインパクト、などなど。これは超高層マンションの売り言葉とどこか似ている。「巨大な住宅街が新しくここに誕生」とかね。

また、彼らは移民の自由を掲げた。高齢化が進み、出生率の低下が問題になり始めていた数十年前の先進国では、国力が落ちていくのを避けるため、地域統合と並行してアフリカや東欧からの移民を受け入れた。

その結果どうなったか? 大きくなりすぎた共同体は合意形成が困難となったし、多くの移民を抱え込んだ地域では治安が悪化し、解決の目処がたっていない。光り輝くようだった10年前のEUへの憧れは、今はもうない。

グローバリズムは無責任主義、というのが私の持論だ。ボーダーレスとなると、責任の所在が曖昧になる。マジメにルールを守っていた者が損をして、宣伝をして短期的利益を上げて売り逃げた者が得をするようになる。誰か1人が世の中をよくしようと立ち上がっても、もはや世界が大きくなりすぎて、少数の力では社会を変えることができなくなってしまう。

ボーダーレス化、拡大化が進むのはEUだけではない。TPPを推し進める米国だとか、東南アジア諸国を半植民地化しようとたくらむ中国だとか、市場を拡大しよう、国家の枠組みを解体しよう、というグローバリズムが昨今は跋扈している。

でも、現在進行形で進む大規模マンションのスラム化が、世界の行く末を暗示している。

2013年11月6日水曜日

日本IBMが労働組合法違反

IBMは成績下位15%の人間を強制的にリストラしているそうだが、IBMがリストラする理由はそれだけではないらしい。

★ 「ロックアウト解雇」、職場から締め出し自主退職促す
 IBMで「ロックアウト解雇」が始まったのは昨年7月からだ。対象になった30人のほとんどは、労組メンバーという。事前に退職勧奨を何度も受けたため、会社をはねつけるために労組に入った人たちだった。
 「ロックアウト解雇」を始めた理由について、日本IBMの広報は「答えられない」としている。
 だが、労組幹部の大岡義久氏は「組合に入れば、しつこい退職勧奨は止まる代わりにロックアウトされる。そんな印象を与えようとしている」と批判する。勧奨に応じない労組メンバーを減らそうとする会社側の意思を感じている。
組合活動を理由に会社を辞めさせるのは、どう考えても労働組合法に違反しているだろ。

改めて労働組合法を改めて調べると、こう書いている。
第七条  使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一  労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること(以下略)。
日本IBMという企業がこうも露骨な法律違反を行うとは、労働法も舐められたものだ。もっとも、舐められても仕方がないかもしれない。労働法がザル法であることは、今や国民の誰もが知っている。

労働基準監督署が指導するのはあからさまな法律違反を公言するような企業で、日本IBMのような大手には、怖くて手出しできない。労働組合加入を理由とした解雇が、このまま見過ごされるのかも。

もともと「日本IBM」という企業は、IBMという他国籍企業でありながら、日本に根付いた経営を心がけて「日本」をその名前に冠し、外資企業でありながらもっとも日本らしいとまで評価されるまでになった、という歴史を以前は持っていた。

ところが米国本社の経営方針の転換にともなって、社長はドイツ人が就任し、日本の独自性は次々に奪われていった。アメリカ流のドライなビジネスを強引に取り入れながら、サービス残業などの悪しき習慣は残すという両刀ぶりで、社内の雰囲気は最悪だという。

その証拠に、元社長である大歳卓麻氏が、昨年8月22日に盗撮容疑で逮捕されるという事件があった。このあと罰金30万円の略式命令を受けて即時支払っている。会社のトップが盗撮でもしないとやっていられないほど、会社の内部は荒んでいるのだろう。

私も以前、IBMの紙袋にIBMのポスターをたくさん抱え、打ちひしがれた様子のサラリーマンを昨年末に見たことがある。多分IBMの社員で、忘年会に出席していたのだろうが、外資系のトップエリートにしては随分疲れきった人だとまじまじと見入ってしまった。たぶん、お疲れなんでしょうね。

これからも大勢、リストラされていくのだろう。外資系としてはそれほど給料がいいわけでもない。このようなことを行っていても、ブランド志向が強い人々は、この会社に引き寄せられていくのだろう。まるでゴキブリホイホイみたいだ。

2013年11月5日火曜日

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に関する動画の詰め合わせ

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』といえば1985年に公開されて大ヒットしたハリウッド映画である。今でもファンがたくさんいる。

そのNG集が昨年公開されていた。見逃していましたね。
★ http://www.youtube.com/watch?v=DZLAlD1rtUU

ドアに服の一部が挟まれたり、スタッフが小道具の酒瓶に本物の酒を入れたためにマイケルが吹き出したり、いろいろなNGシーンが満載。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ファンなら垂涎ものだろう。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が今でも愛されている証拠に、最近は映画のシーンを詰め込んだこんな動画も作られている。
★ http://www.youtube.com/watch?v=Ad6b1-wuM3w

落雷のために止まった時計台の保存を訴える女性、突然現れるドク、同じ格好の自分に出会って驚くマーティンたち、それにデロリアンがたった二分間の間に現れるから、言葉が分からなくても爆笑必至だ。

お次は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の名シーンを手作りで再現したこの動画をご紹介。
★ http://www.youtube.com/watch?v=DCjCRXwOqhw

作りはちゃちだけど、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』への愛が伝わってくる。

お次は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を線画で全て紹介したアニメ。
★ http://www.youtube.com/watch?v=yJZx99-lSnc

ちょっと端折り過ぎな気もするけれど、大体合ってる(笑)。

なお、上記作品はファンが趣味で作ったアニメのようだが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は本格的なアニメにもなっている。人気作品がメディアミックスとして多分野に作りなおされるのはアメリカも同じのようだ。

★ http://www.youtube.com/watch?v=SwoyckmxDTM


最後に紹介するのは、アルゼンチンの家電量販店の面白CM動画。ドクがデロリアンに乗って、2011年にタイムスリップしてくるという設定で、本物のドクが演じている。
★ http://www.youtube.com/watch?v=SNB5mfDSo3Q



いやぁ、映画って本当にいいもんですね。それでは、今週も頑張ってまいりましょう!

2013年11月4日月曜日

松本人志が映画を撮る決意を、初めて宣言したラジオを聞いた

松本人志の『R100』が大コケしている。私も観ることもないだろう。

お笑いであればあれだけ面白い彼が、面白くないものを作るというのは不思議だ。

ただ、松本人志には最近、本業自体も面白くないという評判も立っている。その原因は、彼の無教養が年と共に露呈したからではないかと、以前ブログで書いた。

★ 松本人志がビートたけしを超えられない理由

映画は総合芸術だから、作る側には知識や教養が必要だ。それだけではなくて、マネージメント能力、プロデュース力、広報活動なども必要となる。彼にはそこまでの力が、残念ながら、なかった。

とはいえ、吉本興業という大企業がバックについている。彼だけではなく大勢の放送作家も協力しているし、映画撮影に長けたスタッフも雇入れているはずだ。それなのに、面白くないものを作れるのは、一種の才能だろう。

たまたまだが、彼が初めて映画を作ると、外部に公表した放送を聞いた。

★ 第034回フルサイズ52分 松本人志の放送室

これは、2002年5月23日(木)放送のもの。映画を撮ると宣言するのは、4:40頃から。

13:00の辺りで、
「これはまだどこにも言うてないんちゃう?」
という放送作家の高須氏の問いかけに、
「言うてない」
と松本氏が答えているので、このラジオ放送こそが、松本人志が映画撮影を宣言した、記念すべき番組だったのではないか、と思う。

彼が映画を作る理由として挙げたのが、しょうもない映画が多い現状への不満。だから自分で映画を撮ることを決意したのだそうだ。

(ほうほう、どんな映画が彼のお気に召さないのだろう?)
と思って聞いていたら、当時公開されていた「スパイダーマン」を彼は挙げた。思わず滑りそうになった。

彼はアメリカ人の感性、大衆娯楽を追求する態度が嫌いだという。だから、ヨーロッパの人々に受ける映画を作りたいと、この放送では語っている。それでいながら、彼がその時に意識していたのが「スパイダーマン」というのは、なんだかなぁ、と思うのだ。

名画座に行けとは言わないけれども、ヨーロッパの作った質の高い映画は今でもたくさんあるのだ。それを一つでも挙げれば、まだ彼の感性に期待も出来たのだけれども「スパイダーマン」を指して、
「しょうもない映画」
だとけなし、自分はそれとは違う映画を撮るんだ、と意気込むのはどうかしている。あれは確かに、しょうもない映画だけれども、単純な娯楽作品というのはそんなもんだ。

トイレに入って汚いと騒ぐのは小学生だ。彼の言ってることはそれと同じ。俺は綺麗なものを観たいんだ! といいつつ、トイレがいかに汚いか語ってもしょうがあるまい。

美しいものを観たいのならば、美術館に行けばいい。そして、美術品を見比べながら、これが素晴らしくこれはまずい、自分はこんな作品を作りたい、という話をして欲しかった。

でも放送の中では残念ながら、彼の口から目標とする映画が何かを、述べられることはなかった。

以上の放送は放送室(4) [Limited Edition]』の名で販売されている。


この話を聞いて思い出したのが、幕末の佐久間象山のエピソード。佐久間は漢学にも西洋の科学にも造形の深い才能にあふれた人物だったが、一番でないと気がすまないという悪癖があった。

だから、たとえば漢学に詳しい人物が彼の元を訪れると西洋の知識を披露して小馬鹿にし、西洋の知識に詳しい人物が訪れると漢学の知識もないのかと蔑視する、という癖があったという。

才能があり、かなりの程度まで成功しても、大成できない人物には何かしら、共通点がある。その一つが、自分の才能を証明するために、自分より劣ったものを引き合いに出して悦に入るという癖があるところだ。

松本人志にも似たところがある。

2013年11月3日日曜日

日本の動植物の"力"

ふくやまけいこのマンガ『東京物語』の主要人物である牧野草二郎が漢方薬の元になる薬草を日本で探そうとして、こう嘆息したシーンがあったと思う(うろ覚えだが)。
「大陸に比べると、日本の植物の力は弱い」

漢方は中国が本番だ、それに比べると日本は島国。さもあらん、とそのときは考えたけれども、日本の動植物の持つ潜在能力は、大陸に比べても、決して引けをとらないようだ。

ニホンミツバチの蜂球
よく知られているのはニホンミツバチのスズメバチ退治法だ。日本に古くから生息するニホンミツバチに比べて繁殖力が強いセイヨウミツバチが明治期に導入され、瞬く間に日本の都市部に広がった。
心ある人々は外来種によって在来種が駆逐される可能性を憂いた。しかし農村部や山村へセイヨウミツバチの生息地が拡大することはなかった。最強の害虫とも名高いスズメバチの尖兵を、セイヨウミツバチは退治できずに、生息地を広げられなかったからである。

これに対し、ニホンミツバチは蜂球という方法を使い、スズメバチを圧殺してしまう。
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/wave35.htmlより
日本のカエルはカビに強い
つい先日の記事で、カビによって両生類が絶滅の危機に瀕していると書いた。

★ 両生類が身をもって、グローバリズムの危険性を訴えている

だが、最近の研究によると、日本の両生類は古くからツボカビと共存していることが分かったという。だから昨今のツボカビ流行によって、日本の両生類が絶滅する危険性は少ないらしい。

★ 新ツボカビ、日本に50種 両生類と共生し進化か

世界に広がる日本由来の外来種
日本初の外来種が世界各地で猛威を振るっているという話もある。アメリカではクズという植物が猛威を振るい、今では南部の風物詩になった。
マンガにもなっているほど
オーストラリアやニュージーランドでは昆布が大繁殖していて、現地の人々が対策に苦慮している。

★ ニュージーランドに日本の昆布が生えて漁業被害 日経新聞より

イギリスではタデが大発生している。どう駆除すればいいのか試行錯誤する日々のようで、未だ解決に至っていない。

★ イギリスにタデ食う虫を輸出


日本は小さな島国だ。住む人種も小柄、大型獣も熊くらいしか生息せず、特有種にも乏しい土地柄ではあるけれども、世界の中で日本の植物はこうして奮戦している。

何か感慨めいたものを、私は感じてしまうのだ。

2013年11月2日土曜日

カール・デーニッツのことを最近知った

カール・デーニッツという人物のことを、不勉強ながら、知らなかった。
カール・デーニッツ
(1891/9/16~1980/12/24)ドイツの軍人、大統領。最終階級はドイツ海軍元帥(大提督)。潜水艦作戦の第一人者で、無線誘導による群狼作戦をあみだした。チャーチルを最も苦しめたドイツの軍人の一人。――Wikipediaより――
ドイツの戦後史の本を読んだことがある。だから、ヒトラーの後継者だったというカール・デーニッツの名前を、見かけなかった訳がない。

だが、記憶に残らなかった。ヒトラーから後継者として指名を受け敗戦を受け入れ、10年間懲役に従事して、あとは隠居して生涯を終えた人物としてしか知らないなら、記憶にとどまるわけもなかった。

ところが、先日ネット上の応酬を見て、このカール・デーニッツという人物に俄然、興味をいだく。


第二次世界大戦後に、日本の官僚が満州や朝鮮に住む日本人の帰国作業を意図的に遅らせた結果、何十万人という人間を見殺しにした事実。読めばムカつく日本の棄民政策について、上記の論争では語られている。

それと対比されて挙げられたのが、ドイツの「200万人救出作戦」であり、それを指揮したカール・デーニッツだった。

ロシアという国はメチャクチャなことをやるために、昔から恐れられている。当時ソ連という名前だったこの国は、ドイツに第二次世界大戦時に2,000万人が殺された恨みを晴らすため、勝者という立場を利用してドイツ人を徹底的に痛めつけようと狙っていた。終戦間際にソ連軍が進駐してきたドイツ人居留地では、虐殺、拷問、レイプなどがすでに多発していた。

Uボートの指揮官として群狼作戦を指揮、多大な功績を上げた彼は、自殺したヒトラーから後継者として指名を受ける。彼は敗戦処理を担当するのだが、そこではたと悩む。

ドイツから遠く離れた場所にいるドイツ人をそのままにして敗戦を迎えれば、ソ連軍からどんな目に合わされるか目に見えている。このまま敗戦を受け入れるだけでいいのか?

大日本帝国とは異なり、第三帝国のカール・デーニッツは、終戦の準備を整えつつ、バルト海にありったけの軍艦を浮かべて同胞救出を敢行することを決断する。200万人のドイツ人は救出されて、少なくとも虐殺から逃れることはできたという。

人間の価値は土壇場で決まる。負け戦にあっても為すべきことを為し、なし得る最大限のことを成し遂げたこのカール・デーニッツという男の行動を知って、感動するしかなかった。

これに比肩しうる日本軍の行為としては、終戦後にソ連軍の侵攻を遅らせ、北海道の占領を防いだと言われている「占守島の戦い」くらいしか浅学の身には思いつかない。日本人として残念でならない。

上記論争では、満州から着の身着のままで逃げ出してきた人々が、千葉県成田の荒れ果てた土地を開墾してようやく農家として生活が出来るようになったにもかかわらず、成田空港開設のために追い出されそうになった話なども出てくる。成田闘争の歴史は、悲惨の一言だ。

日本の官僚は、原発事故の際にも人々の命を救うことを第一と考えていないように思えることが多い。お茶を濁し、その場をとりつくろうことを第一と考える人が多いのは、そのような人間が出世するからだろう。出入りが少なく減点主義の組織に特有の欠点なのだろうか?

いや、そうではあるまい。たとえば後藤田正晴と中曽根康弘の名指揮により、伊豆大島から島民を一万人脱出させえた出来事だって日本にはあったじゃないか。ドイツの200万人の脱出作戦は、たまたまそこに、カール・デーニッツという人を得たから成し得たことなのだろう。

彼は晩年、信仰に生きたという。もともと、信仰の厚い人物だったのではないだろうか。彼の信念の軸が何だったのか、知りたい。

2013年11月1日金曜日

バカを相手にしなくてはならない天皇陛下も大変だ

スコットランド人の男性は伝統的に、ノーパンである。
Wikipediaより
スコットランドの伝統衣装であるキルトは、男性もはくスカートである。スカートの下には何もはかない。

そのスコットランドのダンサーが、イギリスのエリザベス女王の前でダンスを披露することになった。

ところがスカートが短かったのか、ダンサーの足をあげる角度が大きかったのか、踊るたびににスカートがめくれ、女王の前で男性器が何度も見える。

女王陛下は閉口して、急いでその場を下がらせた……という。

イギリスでは一時期この話題で持ちきりだったが、それを聞いたイギリス貴族の連中はそろって冷笑したそうだ。
「女王陛下も、大変だね……」
と。

イギリス貴族はもと大英帝国を担ってきた人々であり、広大な邸宅を持ち、莫大な資産を海外に抱え込んでいる。彼らはいまだに、
「自分たちこそが世界の階級の中で最も優れている」
という自負を持っているので、イギリスの下層階級の人々と対等に交流することはほとんどない。

ところが、イギリス王室はグレートブリテン及びアイルランド連合王国の住民一人一人と親しみを持って交流しなくてはならない。それが女王の責務だからだ。そのためには、男性の一物をおっぴろげるダンサーの踊りも我慢して見なくてははならないし、時にはバカな人間から侮辱を受ける羽目に陥る可能性だってある。それをイギリス貴族は哀れんだわけだ。

翻って我々の天皇陛下である。

陛下もまた、同じような悩みを抱えていらっしゃる。陛下はお仕事柄、多くの人々とお会いになる義務がある。その中には、この社会をどのように導いていけばいいのか日夜悩みながら回答を模索する真摯な政治家もいれば、被災地で途方に暮れた人々もいるだろう。そして時には、山本太郎のようなバカの相手もしなくてはならない。

山本の行為がそのまま認められるならば、誰もが天皇陛下へ手紙を渡し、自分の気持ちなるものを聞いてもらおうとするだろう。手続きを全てすっ飛ばして、上からの改革を夢想する人々が、天陛下を政治的に利用しようと画策する。右翼あたりが大好きな話だ。そこで、再び陛下を国民から遠ざけようとする動きが出てくるかもしれない。誰にとっても不幸な話だ。

日本中に混乱を巻き起こす大本を作り上げて、それでも構わないと思えるこの男の精神は、下劣だ。自分のことしか考えていない。

山本太郎といえば思い出すのが、彼の付き人が彼の母親から虐待を加えられていたという話。

★ 山本太郎芸能活動ピンチ!虐待をしたとして女性から訴えられる!
★ タレント、山本太郎さんの母親が、専属スタイリストの女性を虐待した?
Aさんが働きはじめてしばらくして、山本の母が銀行口座の開設を要求されて「通帳と印鑑を持ってきて」と命じられたという。
(中略)
後からわかったことだが、月に約28~29万円の給料はその口座に振り込まれていた。
それでも管理するのは山本の母だったため、引き出せなかった。(中略)
それだけではなかった。
なんと損害賠償の名目で多額の金銭も取られた。(中略)
さらに山本がバリ島ロケに行った際、Aさんのミスで飛行機に乗り遅れたとして200万円請求された。
こちらも8割ほど支払ったという・・・。
事務所を辞めるとようやく言ったスタッフに対して、山本太郎は一言。
「お前の俺に対する気持ちは、そんな程度やったんやな」
と言い放ったというが、まあ、他人を踏みつけにしてもなんとも思わない、外面のいい人間だ。若いから醜悪さが目立たないだけ。

先日、天皇皇后両陛下が熊本を訪れた。その際に、現地で水俣病のために何十年と戦い続けてきた作家の石牟礼道子氏の尽力によって、両陛下が胎児性水俣病の患者のもとへ駆けつけられた話が報道された。

★ 石牟礼さん、両陛下見送り 水俣病胎児性患者と面会叶う
 石牟礼さんは7月末、東京であった会合で隣になった皇后さまに「水俣に行きますからね」と伝えられ、その後、宮内庁に手紙を送った。「今も認定されない潜在患者の方々は苦しんでいます。50歳を超えてもあどけない顔の胎児性患者に会ってやって下さいませ」
 両陛下は27日、予定にはなかったが、胎児性水俣病患者と面会。天皇陛下は水俣病の「語り部」たちの前で、「真実に生きることができる社会をみんなで作っていきたい」などと約1分間にわたり思いを語った。
多くの人々は、天皇皇后両陛下の政治的立場をおもんばかり、お願いごとをしたりしない。それがどれほど多くの人々に迷惑をかけるか分かっているからだ。だが、石牟礼氏の行動は許される。中央から見捨てられそうになった人々の代弁者として、何十年も戦い続けた彼女だからこそ、許される。

山本太郎のやっていることは、こうした数多くの人々の思いすらも踏みにじる行為だろう。