2013年3月30日土曜日

恋のためには演技をしてもいいじゃない 下

ただ、どこまで嘘をつけばいいのか、その境目は曖昧だ。たとえば職場内で公然とした秘密となっているカラ出張が、ある時を境に禁止事項となり、これに関わったという理由で処罰されるなんてこともある。

それならば、多少損をしても、嘘をつかないことを選択したほうがましだと誠実な人間は考える。それはそれでひとつの選択だ。

むろん、誠実な人間だって、多少は嘘をつくだろう。余命いくばくもない祖母から、
「私はまだ生きられるかな?」
と問われて、
「もうすぐ死ぬと思う」
と答える人間は、さすがに滅多にいない。

ただ、正直でありたいと思う人間は、嘘をできるだけつきたくない。嘘を積み重ねていくことが、やがて習性となることを知っているからだ。

嘘はアルコールのようなもので、つきすぎるとそれが習慣となってしまう。ついには中毒となり、自滅してしまう。嘘が多くて、時には自分がついた嘘を本当だと思い込む人だっている。

それが醜悪だと心底思う人々は、だから、嘘をつくことを極端だと思い、その結果、初対面の異性の前ですら、自分をさらけ出してしまう。

ところが、現在の心理学では、このような行動はその人が考えている以上に、損失を与えてしまうことが知られるようになった。

ある神経生理学者が男性の被験者に2枚の若い女性の写真を見せて、気に入った方を選んで、写真を一度裏返した後に再度ひっくり返して、自分がその女性を選んだ理由を説明してもらう実験を20回ほど繰り返ししてもらった。

ところが、トリックを使って5回に1回の割合で裏返された写真を別のものとすり替えても、被験者はそれに気づかないどころが、先ほど選ばなかった方の女性を指し示しながら、その女性が素晴らしい理由を説明する人が、被験者の3分の2以上もいたということが、橘玲氏によって紹介されていた

同様な話は、『影響力の武器』という書物にも詳しく載っている。

2人のカナダの心理学者が競馬場で調査をしたところ、馬券を買った直後には、買う前よりも、自分が賭けた馬が勝つ可能性を高く見積もっていることが分かったというのだ。

つまり、人間には、自由意志にもとづいて一度選択した物を、その後に正しいものだと思い込もうとする、一貫性を重視する性質があるのだ。

過程よりも結果よりも、まず初対面の印象が大切。それが人間が持って生まれた習性なのだ。それならば、自分のことをまずは選んでもらうことが、何よりも大切だということになる。

まず選ばれること。選んでもらい、その後関係性を深めていくよう努力することが必要だと、普段正直である人でも、考え方を改めてみてはどうだろうか。

よくよく考えてみれば、選ばれてつきあってみないと、相手のことはよくわかるまい。親密な関係となって初めて、相手の性格がよく分かる。相手の性格をよく知った上で、自分の改めるべき性格は改め、長所を伸ばし、相手にずっと好きだと思ってもらえる不断の努力を続ければいいのだ。

そのときには、あなたの正直な性格が相手から好感を引き出すだろう。

一生に一度の大切なパートナーを選ぶチャンスじゃないか。多少の演技をしてもいい、と割り切ることが重要なのだ。

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