2015年3月2日月曜日

とあるブロガーを怒らせてしまったことについて 【追記あり】

Twitterなどで私をフォローしている方はご存知かも知れないが、私が尊敬する方を、私のTwitterの内容、投稿方法などが原因となり、怒らせてしまった。それについてまとめることをTwitterでお約束していたため、経緯を簡単にご紹介したい。

彼女は100万PVを稼ぐサイトををいくつも作成している凄い方で、ブログの黎明期から活躍されている。日本を代表するブロガーとして紹介されたこともある。

そのブログを最初に知ったのは、もう8年ほど前になるだろうか。ニュースサイトで紹介されていた奇祭に関する記事を読んでからで、以来そのブロガーのファンとなった。日本中を旅しながら膨大な知識を基に有用な情報を発信する、という自由人の生き方に憧れていた。

ファンとしての節度は守ってきたはずだ。

私のメールの記録をたどると、2007年に、彼女がブログに設置していたメッセージボックスに彼女を応援する内容のメールを送ったのが一通。すぐに彼女から返事が届いたが、それには返事を書いていなかったはず。いや、メッセージボックスを利用して返事をしていた可能性もあるため断言できず、はっきりとしたことはわからない。

あとはコメント欄に投稿したこともある程度か。

そのあとの記録をたどっても、2007年から2011年にかけて、一年に一度しか、メールを送っていない。内容は、この方がブログでお父様の死を告げていたので、お悔やみを申し上げたりとか、あるおもしろ記事について、「こんな情報もありますよ」とお知らせしたりとか、そういう些細なものが多かった。彼女からはそれに対して毎回、丁寧にお返事を頂いた(律儀な方なのだ)。2012年にはメールすらしていない。

2013年には6通メールしている。彼女のサイトにインスパイアされて私もブログを始め、そして書き続けていることが始まりで、それを読んだという彼女からの感想メールに対するお礼、そして、その年に私が電子書籍を書いたことの報告メール、その感想メールを頂いたのでそれへのお礼などのやりとりがあった。

メールでは、私の訪問を歓迎するというメッセージもいただいており、自分の存在が嫌がられている、とまでは思ってもいなかった。(←3/7 相手のメール内容に直接触れることは謹んだほうがいい、という友人の指摘を受けて、この行を少し訂正)。

そして2014年には一度もメールせず(これは後述のTwitter上でのやりとりが多かったから)。

そして今年に入って、私が彼女を怒らせたきっかけになった3通のメールを送っている(もともとのキッカケはTwitter)。

内容は、この方がブログやTwitterで、ブラックカードを持っていると公言し、(それは)若い頃に頑張ったからだ、と書かれていたりしたので、どのように稼いで来たのか、具体的に教えていただけないでしょうか? と尋ねたもの。

彼女は大変お怒りで、Twitterで、女の私だから稼げないのだろうと考えているからそんな質問をするのだ、それは侮辱だ、ということをおっしゃり、そのあと私の日頃のツイートが他人の批判が多くて不快だ、という内容のツイートをされた。

以前、どこかに書いたこともあるが、私は、高額納税者となった方(男性)の講演会にお邪魔して若いころの話を直接うかがったり、名古屋の投資家集団の話を聞きに行ったりしてきた。成功哲学の電子書籍を書くくらいだから、成功者の話には興味があり、具体的に話を聞きたいと思う。通り一遍のことを訊いてもしょうがないので、質疑応答の時間がいただけたら、突っ込んだ質問もよくした。

決して彼女が女性だから……という理由で尋ねたのでも、疑ったのでもない。

ブラックカードをご自身の力で持てるのは相当すごいこと。その話題が彼女から出たために、その努力の過程を詳しく知りたいと思った。だが、それは他人のプライバシーに関することで、相手が言いたくないのに尋ねるのは大変なストレスだったのだろう。失礼だったと思う。

そのあと、彼女から、自分が書いた過去のプロフィールや記事を読んでください、というメールと、過去記事のリンクが送られてきたため、いや、ちゃんと読んでます、こういう過去をお持ちだと記憶しています、でもこの点が疑問なんです、という内容のことを、メールとツイートで返していった。

また、彼女から送られてきたリンク先に、彼女が精神的に悩んでいる、という内容のことが書かれていたので、 悩まないでください、と励ます内容のことを、グダグダと書いた。

こういったやりとりもまた、彼女にとってストレスだったのだろうと今にして思う。

一度も会ったことのない匿名の相手から、メールをされたりツイートをされたりすること自体、彼女にとっては不快だったのだろう。

だが、私が匿名なのにはいろいろな理由がある。たとえば私のブログの内容に政治的な批判も含む。私は会社員だ。勤め人が実名を出して社会批判をすることなんて、この日本では難しいでしょう?
「お前の会社の社員は、TPP政策に反対らしいな! そんなところから物を買わんぞ!」
とお客さんからクレームが届いたり、いろいろな危険があるじゃないですか。

しかしネットでは声がなければ、それに同意したものとみなされることすらある。実名で自由に発言できるのは自由業の方だけ、彼らだけしか政治的発言ができないとしたら、人々の多様な意見をネットで知ることも、全体の傾向も調べられない。ネットの言論もデータも、ずいぶんと貧困になるだろう。

それに、私が数々のイベントに出ている彼女に直接会ったことがないのにも理由がある。私がブログ活動をしていて心がけているのは、異性との交流はネット上で留める、というものだ。それが私の最低限のマナーだ。

私はこのブロガーの方の、思想、考え方を尊敬しているのに、のこのこ会いに行くと、場合によっては下心を持っている、と少しでも勘違いされるかもしれない。それが嫌だった。だから彼女から、渋谷でイベントがあるのでぜひお越しください、というツイートを頂いた時も、うかがいたいです、と返しながら、仕事を理由に行かなかったほどだ。

相手の中身を尊敬しているのだからこそ、相手に会わない。それが相手へのリスペクトのつもりだったのだが……。

また、私の数々の批判には、法律違反も含まれているのではないか? ともご指摘をいただいたが、私は法律に反しないようできる限り心がけてきたつもり。

どういう点で心がけてきたか?

実名を出して批判する場合は、相手が公人であるか、公人に準ずるような、すでにメディアで活躍して影響力を持っている方に限っている。あるいはすでに実名で報道されている方とか。批判する際の情報も、すでに報道されているなど、できる限り周知の事実をもとにして、黒か白かですでに世間で騒がれている議論について、
「自分はこう思う」
という意見を書く……そういう流儀でやってきた。

たとえば、彼女から指摘された、「ちきりんは●●●●」という発言について。●の部分には彼女ではないか、と思われている人名が入る。これが名誉毀損にあたる、とも指摘された。

だが、 彼女の実名は2年前にニュースとなって報道されている。それから相当時間も経っている。

★ 「覆面カリスマブロガー」ちきりんの正体 一橋大卒マッキンゼーOGの超エリート?

誰もが知っている秘密はもはや秘密とはいえないと思うのだけれども、一応秘密となっているから、それに触れるのが面白い、という、はてなというコミュニケーションサイトでちょっと前に流行ったネタ。ちきりんの主戦場とするはてなブログでは、大勢のブロガーが相互に批判の応酬を行ない、それを楽しむ。私はそこのブックマークの愛用者で、時々はてなブログを書く、という関係だ。
このコミュニケーションサイトで、ちきりんはいろいろな方を次々にブロックする、その理由は「ちきりんの秘密」に触れたからだ……という記事が一時期有名になった。

★ Twitterは「ちきりんにブロックされて一人前」という学説--ブロック四天王の存在も

「ちきりんは●●●●」というのは、「江戸川コナンは工藤新一」というような、誰もが知っている秘密をいじったちょっとした遊び。実際は、ちきりんは著名ブロガーしかブロックしないのだけれども、「ちきりんは●●●●」と書いたりしたら弱小ブロガーでもブロックされることがあるので、「俺も著名ブロガーだ」と名乗れる……そんなやりとりが、はてなブロガーの間で流行った。私が彼女に相手にされたいから、ではない。彼女は私のブログなんぞ、読まないだろう。

つまり、はてなというコミュニケーションサイトの内輪ネタに便乗してTwitterでもつぶやいたのだけれども、いわゆるネットマナーには違反している。私が尊敬する方はネットマナーに厳しいので、その怒りを買ったのだろう。

上記のように、私は法律にはできる限り違反しないようこころがけていたとはいえ、Twitterでのマナーはいいものではなかった。それがこれほど彼女の心象を害していたとは思わなかった。

彼女の怒りの最も大きなポイントをまとめると、著名ブロガーとそのファンとの非対称性にあるのだろう。

私のブログ記事を彼女からよくご紹介していただいた。実のところ、昨年前半は私からよりも彼女が私の記事をご紹介していただくツイートが多く、申し訳ないと思っていた。

本当にありがたいと思っている。だから私も同じように、彼女の記事を他の多くの方に紹介するなど、協力できることがないだろうか……と考え、彼女の記事を昨年後半くらいから、おりを見てはブログやTwitterで紹介して、記事にリプライを飛ばしたりもしていた。

私のメールには、リプライされたツイートが送られる形式になっている。それで調べると、昨年は彼女から17通、リプライやリツイートがあったから、私が彼女のブログやツイートに言及したのも、その程度だろう。

しかし100人ちょっとのフォロワーしかいない私のタイムラインと異なり、何千人ものフォロワーがいる彼女の場合には、私のようなことをされては、私を含めた大勢のファンのリプライでうめつくされてしまう。彼女のストレスたるや、半端ではなかったのかも知れない。

ただ、この方は「なにもリプライの無い方などはフォロワーを外す」とも公言していた。完全に沈黙していてもダメ、かといって多く返信し過ぎてもダメ、と指示されて、どの程度まで許されるのか? が私には見極められなかった。そして今回、最初の質問が短すぎて相手を怒らせたのだと思い、そして彼女が自分に気軽にメールを送らず、Twitterで質問してほしいとツイートしていたものだから、意を尽くすためにツイートを10回以上、一度に送ったことが、彼女にストレスを与えてしまったのだろうと思う。

加えて、彼女がブログ上で語ってきた個人的な情報に基づいたことについて、今回メールやTwitterで触れたことも、不快でたまらなかったのだろうと今になって思う。ご自身がブログで公開されていることだから、それに言及してもいいと思っていた。私も同じようなことに悩み、苦しんでいることを伝えてきたし、だからこそ共感できるはず、と思っていたが、そうではなかったということだ。

まとめ

以前の会社でストレスに悩み深刻な疎外感に苦しんでいた当時の私にとって、彼女の記事の中で、日本でその頃知られていなかった「発達障害」という概念をいち早く教えていただいたりしたことに恩義を感じている。その方の心象を害したのだとしたら、申し訳なく思う。

上記に書いた通り、決してメールやツイートを頻繁に送ったことはないはずなのだ。しかし、彼女の心象を害してしまった。私は普段、社会に対する批判ツイートが多い。それが彼女を攻撃しているように思わせてしまったのかもしれない。

私は彼女のブログのファンだと冒頭申し上げた。私には目標とする数々のブログがあるが、彼女のブログはその一つ。そのブログに憧れ、(方向性はまったく異なるにしても)一つの目標として書き続けてきた立場上、その方からお叱りを受けながらブログを書き続けるということは、信義にもとるように思う。

ご気分を害してしまい、本当に申し訳ありません。

しばらくブログを書くのをやめることにします。


3/3 【追記】
今回の件を知った知人から、
「ブログの更新、ツイッターの更新だけではなく、電子書籍の出版を一度停止してはどうか」
というアドバイスをもらった。一生懸命に書いたもののために悩んだものの、先ほど出版を停止した。いつか購入しようと考えていてくださった皆様、申し訳ありません。

3/7 【追記】
今回の件を知った、別の友人から、
「相手はお前のことをストーカーだとまで言っているけれど、 相手に会いに行ったり、他の媒体で批判したりしたこと、本当にないよな?」
と確かめられた。

それを確かめられたときには本当に情けなくなった。

……そもそも相手の住んでいる県は私の住む東京から遠方、車を持たない身では、おいそれと行けない距離だ。

そこに行ったのは2回だけだ。学生のときに観光で1回、そのあとセミナーに参加するために1回。最後の1回は10年以上前だ。そのときには今回叱責を受けた方のことを知らないので会うはずがない。

一昨年に電子書籍出版をメールで報告した際に、そのことは先方にも伝えた。 相手の住所も何も知らないし、これからもその方面に行くこともない。今回の件でいろいろと嫌になった。

Facebookなど他の媒体でやりとりしたこと自体なく、批判のしようがない。やりとりしたのは上記の通り、Twitterとメールのみ。Twitterは上記の通り、5回ほど連投した質問を削除したもの(それも先方に一部引用されてるから内容は分かるはず)以外は、すべてネット上に残っている。それが相手を怒らせたのであって、それ以外のことで怒らせたんじゃない。

俺がブログにその人と会ったことはないと書きながら、実は会っているような男だと思うの?

と彼に尋ねた。

「そうじゃないが、 こういうのってだいたい男が悪いじゃない? だから念の為に確かめてみた」

と彼は言った上で、
「俺は相手のTwitterをざっと流し読みしたけれども、相手が前日に、いろいろと細かく、自分のフォロワーが守るべきTwitter上の発言のルールをフォロワーに指示しているのに、その数日後に、おまえが@をつけて連投ツイートするとか、それを破る行為をしているのが悪いんじゃないの? そこは反省した方がいいよ」
と言われた。

とりあえず、相手につきまとう行為は(自分では)してきたつもりはないし、これからもしないことを、追記した方がいいんじゃないか、そうすれば相手も安心するだろう、と言われたので、芸がないが、そのままのやりとりを追記。




2015年2月26日木曜日

正しい判断は公開された議論から生まれる

カール・セーガンといえば、啓蒙科学者として著名な人物だ。「コスモス」という宇宙のドキュメンタリー番組を作り、その作品は世界中で放映されたために、今でも世界的な知名度がある。また、『人はなぜエセ科学に騙されるのか』という本でも有名で、一時期大量に売れたためか、ブックオフや古書店を回ると、彼の本がよく出回っている。

彼が1996年に亡くなるまで、終世批判を続けたのが「エセ科学」と言われるものだ。科学的な見かけをしているが、再現性が無かったり根拠が無かったりと、様々な理由で科学としては認められないものは世間に多い。水に優しい言葉をかけ続けたら美しい結晶が水の中に出来る、という『水からの伝言』や「ホメオパシー」などにまつわるものが、その典型だろうか。

既知の科学だけではわからないものがある、ということを少しでも信じている人間(私もその一人)は、この手のエセ科学にだまされやすいところがあるから、注意しなければならない。科学的であろう、まともであろう、という姿勢と、形而上のものへの信頼を両立させるためには、慎重である必要がある。

その点で面白いと思ったのが、下記記事で紹介されていた、カール・セーガンがエセ科学を見抜くための基準である。

★ 天体物理学カール・セーガンに学ぶ、物事を正確に見抜くテクニック


カール・セーガンは、上記記事で、「トンデモ話検出キット」というタイトルでエセ科学を診断するための方法を述べている。要約したのを下記に列挙してみた。
  • 提示された事実が本当かどうかをまず疑う。
  • 裏づけとなる証拠をたくさん取る。
  • 証拠は自分だけではなく、様々な人々と議論をして判断する。
  • 「権威はない。専門家がいるだけ」とわりきる。
  • 仮説は一つだけではなく、ありったけ立てる努力をする。
  • 自分の仮説を片っ端から反証してみる。
  • 自説に固執せず、自説を捨てることを考える
これだけできれば確かに間違った判断をすることはなくなりそうだが、人はめんどくさがり屋だから、それがなかなかできない。

事実を様々な立場の人の間で意見してもらうことは大切だ。「三人寄れば文殊の知恵」という。自分だけではわからないことが他人にはすぐに分かることが世の中には多いからだ。

エセ科学のようなものを信奉する人間は批判を嫌うし、詐欺師のたぐいは批判を巧みにかわそうとする。特に意図的な詐欺師は、公開された討論よりも個々のやりとりを好み、相手が詐欺師への批判者と交流することを、あの手この手で邪魔しようとする。

先日とある人物と交流をしていたとき、似たような経験をした。彼は私に、彼が敵対する人と「関わるな」「彼は嘘つきだ」と言い、「このやりとりを公表するな」と言ってとにかく情報の囲い込みを図る人物だった。ところが、後になって彼自身も裏で汚いことをやっていたのが発覚した。

彼からのメールは受信拒否にして今に至るが、このようなことは皆さんも経験したことがあるのではないだろうか。

正しい判断を行なうのは、それを妨げる人々と戦う必要がある。



2015年2月24日火曜日

『「殉愛」の真実』を読んだ(ネタバレ注意)

※この記事には作品のネタバレがあるため、これから『「殉愛」の真実』を読もうとする方は本日の記事を読まないほうがいいかもしれません。

百田尚樹の書いた『殉愛』は33万部を超えるベストセラーだが、発表当時から様々な批判を集めていた。「最後を見とった奥さんのさくらを美化し過ぎている」「家族や親戚を貶めている」などなど。

読み通していない私だったが、様々な媒体に引用された内容を知って、批判をされて当然だと感じた。百田によると、たかじんの娘は銭ゲバで父への愛情の欠片もなかったという。その証拠として、本では、父から食道がんと知らされた際の「何や食道がんかいな、自業自得やな」というメールが紹介されている。

これを娘の悪辣さの証拠、としている百田の感性を私は疑った。心置きなく悪口を言い合えるような親子関係が関西では珍しくないのは、百田尚樹ならばよく知っているはず。深刻な病気の告白を軽く受け流しただけかもしれない。なぜこれを娘の非道の証拠として紹介しなきゃならなかったのか?

ところがそのあと、作品がデタラメばかりだという悪評が出てくる出てくる。妻さくらを初婚のように本では紹介しているけれども、実はバツ1ではないのか、とか、いや、バツ2だろうとか。あるいはさくらがたかじんのメモを偽造したんじゃないか、とか。

ネット上の噂には嘘も多いがネットにしかない真実も多い。真実かどうかは読んでいればだいたい分かるが、私はさくらが以前書いていたブログ記事などを読むうちに、こりゃ、さくらという人物、真っ黒だな、と思うようになった。彼女はたかじんの遺産を食いものにするためにたかじんに食い込んだんだろうと。

ところが唯一解せないところがあった。彼女の写真を観ても、何年もかけて著名人を籠絡するような人間に思えない。


優しげで華奢な印象を覚える。

まあ、私という人間は面倒くさがりで、これから関わろうと思わない相手の第一印象に関してはいい加減で当たった試しはないのだけれども、私以外のほとんどの人だって、彼女を「真面目で気さくな女性」としか認識しないのではないか。

とかく、彼女の写真から伺える人柄と、伝え聞く行動にギャップがありすぎる。

そこが唯一の疑問点だが、昨日『「殉愛」の真実』を読んで疑問が氷解した。



この本の凄いところは、ネットでささやかれていた数々の噂の裏づけを丁寧におこなっている点だ。家鋪さくらというたかじんの元妻は、たかじんと結婚するまですでに離婚を3回も経験していた。

それだけではなくアダルトビデオ製作会社の社長の愛人までしていた。それが明確なのは、家鋪さくらがAV会社社長を、「別れた後もストーカー被害を受けている」と告訴したから。その際に元夫に証拠集めの協力を依頼していたという確たる証拠があるから、彼女が愛人契約をしていたというのは100%間違いない。

この本でもっとも重要な証言は、元夫のアメリカ人男性の告白だと思う。家鋪さくらは多重人格で、会話の途中で突然男の声に変わり、元夫を罵倒して、しばらくすると再びいつものさくらに戻り、男の声で罵倒していたときの記憶を一切失っている、という重要な告白がなされている。

多重人格者が著名人を籠絡して周囲と連絡を遮断、ベストセラー作家と組んで著名人の財産をすべて奪おうと画策するなんて、こんなの小説の設定だったら出来すぎだろう。

少し読んだらやめようと思っていたのに、下手なホラー小説を読むよりも面白くて、ページをめくる手が止まらなかった。
「次はいったいどうなるんだ?」
「どんな証拠が出てくるのか?」
とね。

それ以外にも、彼女が詐欺師だということがわかるさまざまな証拠が挙げられている。

なかには筆者の勇み足もある。
「彼だったらこんなことは言わない、だからさくらは嘘つきだ」
という論理構成に、無理があると思われるものも若干ある。しかし、弱点を上回る数々の証拠があるので、家鋪さくらと百田尚樹の悪辣振りは最早明らかだ。

新宿紀伊國屋でこの本を探したのだが、なんと2階に平積みで、5冊しか置かれていなかった。

出版社はこぞってベストセラー作家の百田尚樹を守ろうとしているらしく、出版社の意向を組んでか、書店もこの作品をママコ扱いするつもりなのかもしれない。書店側も「百田尚樹」という売れる作家を失うのは惜しかろう。彼らは積極的に売らないのではないだろうか。この本だけ売れても、未だ売れ続けている百田尚樹の本が売れなくなれば書店にとっては大損害だから。

実はこの本の陳列棚の前でたたずんでいたときも、少し離れた場所に置かれていた百田尚樹の本について、カップルが話しているのを偶然聞いていた。男が女に『永遠の0』がなぜ素晴らしいのか力説して、彼女に本を読むように力説していた。

「角を矯めて牛を殺す」という格言があるが、書店もその愚は犯したくなかろう。

だから、この本は、いつの間にやら新刊の中に埋もれて消え去る運命となるやもしれず、買おうと思っても買えない、ということにもなりかねない。興味のある方は早めに買うべきではないかと思う。