2013年11月2日土曜日

カール・デーニッツのことを最近知った

カール・デーニッツという人物のことを、不勉強ながら、知らなかった。
カール・デーニッツ
(1891/9/16~1980/12/24)ドイツの軍人、大統領。最終階級はドイツ海軍元帥(大提督)。潜水艦作戦の第一人者で、無線誘導による群狼作戦をあみだした。チャーチルを最も苦しめたドイツの軍人の一人。――Wikipediaより――
ドイツの戦後史の本を読んだことがある。だから、ヒトラーの後継者だったというカール・デーニッツの名前を、見かけなかった訳がない。

だが、記憶に残らなかった。ヒトラーから後継者として指名を受け敗戦を受け入れ、10年間懲役に従事して、あとは隠居して生涯を終えた人物としてしか知らないなら、記憶にとどまるわけもなかった。

ところが、先日ネット上の応酬を見て、このカール・デーニッツという人物に俄然、興味をいだく。


第二次世界大戦後に、日本の官僚が満州や朝鮮に住む日本人の帰国作業を意図的に遅らせた結果、何十万人という人間を見殺しにした事実。読めばムカつく日本の棄民政策について、上記の論争では語られている。

それと対比されて挙げられたのが、ドイツの「200万人救出作戦」であり、それを指揮したカール・デーニッツだった。

ロシアという国はメチャクチャなことをやるために、昔から恐れられている。当時ソ連という名前だったこの国は、ドイツに第二次世界大戦時に2,000万人が殺された恨みを晴らすため、勝者という立場を利用してドイツ人を徹底的に痛めつけようと狙っていた。終戦間際にソ連軍が進駐してきたドイツ人居留地では、虐殺、拷問、レイプなどがすでに多発していた。

Uボートの指揮官として群狼作戦を指揮、多大な功績を上げた彼は、自殺したヒトラーから後継者として指名を受ける。彼は敗戦処理を担当するのだが、そこではたと悩む。

ドイツから遠く離れた場所にいるドイツ人をそのままにして敗戦を迎えれば、ソ連軍からどんな目に合わされるか目に見えている。このまま敗戦を受け入れるだけでいいのか?

大日本帝国とは異なり、第三帝国のカール・デーニッツは、終戦の準備を整えつつ、バルト海にありったけの軍艦を浮かべて同胞救出を敢行することを決断する。200万人のドイツ人は救出されて、少なくとも虐殺から逃れることはできたという。

人間の価値は土壇場で決まる。負け戦にあっても為すべきことを為し、なし得る最大限のことを成し遂げたこのカール・デーニッツという男の行動を知って、感動するしかなかった。

これに比肩しうる日本軍の行為としては、終戦後にソ連軍の侵攻を遅らせ、北海道の占領を防いだと言われている「占守島の戦い」くらいしか浅学の身には思いつかない。日本人として残念でならない。

上記論争では、満州から着の身着のままで逃げ出してきた人々が、千葉県成田の荒れ果てた土地を開墾してようやく農家として生活が出来るようになったにもかかわらず、成田空港開設のために追い出されそうになった話なども出てくる。成田闘争の歴史は、悲惨の一言だ。

日本の官僚は、原発事故の際にも人々の命を救うことを第一と考えていないように思えることが多い。お茶を濁し、その場をとりつくろうことを第一と考える人が多いのは、そのような人間が出世するからだろう。出入りが少なく減点主義の組織に特有の欠点なのだろうか?

いや、そうではあるまい。たとえば後藤田正晴と中曽根康弘の名指揮により、伊豆大島から島民を一万人脱出させえた出来事だって日本にはあったじゃないか。ドイツの200万人の脱出作戦は、たまたまそこに、カール・デーニッツという人を得たから成し得たことなのだろう。

彼は晩年、信仰に生きたという。もともと、信仰の厚い人物だったのではないだろうか。彼の信念の軸が何だったのか、知りたい。

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