2013年10月28日月曜日

スマフォもいいが、メモ帳も見直そう

スマートフォンを持つ人が増え、多くの人が、手帳やメモ帳を持ち歩かなくなったのではないか。

スケジュールをアラームで知らせてくれたり、友人の誕生日がすでに入力されていたりという点で、手書き手帳よりもガラケーと呼ばれる携帯が優れている点は、これまでも多かった。

その上スマフォになって画面が見やすく、入力もしやすくなり、記憶容量が増えたためにいくらでも入力できるようになった。手帳やメモ帳にできることは、スマフォでほぼできる。

電源を入れないと見ることができないとか、わずかに入力に時間がかかるとかの点では、まだ手書きのメモ帳に軍配が上がるかもしれない。でも、そのためだけでノートや手帳をわざわざカバンに忍ばせるのはムダではないか?

スマフォは連絡のための必需品として、カバンに常に入れる。だったらスマフォ一台あれば、ことたりると考える人は、多いだろう。

ところが私、最近になって、自由にメモできるメモ帳を一冊、カバンに忍ばせるようになった。「考えをまとめる」という点では、手書きメモ帳はスマフォと同じどころか、はるかにまさることが段々とわかってきたからだ。

1.ネットにつながっていない
ネットがあると、ネットですべて調べてしまいそうになり、自分の脳を使わなくなる。私のように、毎日ブログを書いていると、ネタに困ることがある。その時に、パソコンやスマフォをじっとにらみ、ネットでネタを調べることが多かったが、あるときに、その時間を記録すると、思った以上に時間を取られていることが分かった。

そうなのだ。ネットには時間を取られるのだ。ふと気づくと、丸一日経っていた、ということすらある。それでいながら、ネットに転がっている以上の発想はほとんど生まれない。

だから、アイデアを頭からしぼりだそうとするときには、ネットから距離を置こうとおもった。すぐにネットができる環境にいてはいけない。ネットから物理的に離れる必要がある。その目的のためにも、手書きメモ帳は有効なのである。

2.目に優しい
モニター画面の光量を少なくなるように設定している。それでも、自ら発光する画面を見つめることは、目にとっては負担だ。メモ帳にはその負担がない。

3.書くことで、アイデアが湧く
漢字を久々にメモ帳に書こうとして、思い出せなくて唖然としたことはないだろうか? 漢字をどう書けば良かったか、忘れてしまうのだ。人間の脳からは、使わない機能はだんだんと失われてしまう。

だが、アイデアというのは、「(正⇔反)→合」という、既存の記憶同士のブレイクスルー、あるいは新しい組み合わせから生み出されるもの。よほどの天才でない限り、記憶の蓄積がなければ新しいアイデアは湧いてこないもの。その記憶が曖昧だと、発想も鈍るのではないか?

手で書くことで、さまざまな記憶が引き出される。その引き出され方は、スマフォを操作しているときよりも大きく感じる。

なにより、大きく手を動かしていると、親指のみで入力しているときよりもはるかにアイデアが湧きやすい。

4.脳を自由にする
スマフォの機能は、案外細分化されている。メモ帳はここ、スケジュール表はここ、お絵かきアプリはこれ、連絡帳はここ……などというように。

そのような道具としてはスマフォは便利だ。けれども、いちいちそれを認識するのはやや面倒なのだ。スケジュールもメモも、ToDoリストも何もかもが、一つにまとまっていて、それを見れば万事OKというごった煮の安心感が、メモ帳にはある。メモ帳を使うようになって、それがしみじみと分かる。

私の言っていることが分かりにくい?

そうかもしれない。その良さは、使ってみないと分からないたぐいのものだからだ。ただ言えること、それは、スケジュールなのか、メモなのか、リストなのかアイデアなのか、頭にある段階ではまだ明確ではないアイデアが無数にあり、それをそのままノートに書き出すことで、まとまっていくアイデアというものが私にはあるし、これを読んでいるあなたにもあるのではないか? ということだ。

何も考えずにノートを開き、最初から順番に記載するだけでいい、という気軽なメモ帳を一冊持つ安心感は、計り知れないものがある。

「それを開けば、大切なことがすぐそこに書かれている」
「それを開いて、書けばいい」

この良さは、手帳からスマフォへと全て切り替えた後に、メモ帳へと回帰したときに、改めて理解できたものだった。

5.スマフォよりも融通がきく
メモ帳には文字を大きく書いたり、小さく書いたり、先ほど書いたアイデアに新たに別のアイデアを付け加えたりすることが、自由にできる。

スマフォにしかできない自由さも無論あって、大量に書いた文章を、切り取って別の箇所に挿入するコピペ作業はスマフォの方がはるかに便利だが、逆に思いついたアイデアをその場でいろいろなページに書き留める手軽さは、メモ帳がまさるのではないか?

ノートといえば、学校で習った書き方に縛られて窮屈にとらえる人が多いと思う。だが、もう学校を卒業して何年もたつのだ。考えをまとめるために、紙のノートはもっと自由に柔軟に使っていい。付箋をはり、やぶき、ページを折り、さまざまな内容のものを脈絡もなく、順番も気にせずに書き留めればいい。そのようなノートの使い方をするうちに、さまざまなアイデアが湧くようになる。

こうして、気づいてみるとメモ帳は、携帯と同じように、日常の必需品となった。

ちなみに以下のメモ帳は、私が最近進めている電子書籍のアイデアをまとめたもの。
どうせスマフォのお陰で、電話帳もメモ帳も、ウォークマンも本も、すべてコンパクトにまとまり、カバンには十分な余裕があるはず。ノートやメモ帳一冊くらい、入るだけの余裕はあるはずなのだ。どうでしょう? 思い切って、メモ帳を一冊、カバンに忍ばせてみては?

ちなみに、私が以前使って便利だったのは、モレスキンの無地のノート。

いいのは分かっているけれども少々値が張るので、今は無印の無地ノートで我慢している。でも、多少高くてもいい、という方にはモレスキンがお勧めだ。

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