2013年8月9日金曜日

曹洞宗の暴力事件を知って

第二次世界大戦前の日本軍は、世界最強とも言われていた。貧弱な装備と乏しい食料で、あれだけの耐久戦を耐え抜いたのだから、その評価もむべなるかな、である。

日本軍を作った時に、どのような組織とするか、どのように教育すれば世界最高の軍隊を育てることができるのか、明治維新の先達は非常に研究を重ねたそうだ。

日本人が欧米列強に憧れたのは、なによりも彼らが強かったからだ。彼らの軍隊はアジアやアフリカの既存の軍隊を次々に打ち破り、連戦連勝、アジアにもアフリカにも中東にも南米にも、欧米列強を打ち倒せる軍隊は存在しなかった。

日本人の偉いところは、彼らの組織をそっくりそのまま日本に移植しなかったことだ。文化や伝統を無視してシステムだけを移植しても、拒絶反応が起こりうまくいかないことを知っていた。

ではどうするか。日本の伝統に彼らの物と近いものがあれば、日本の伝統を取り入れ、それによって自家郎中のものとしてしまうのである。

海外の近代的な軍隊の原型に、修道騎士団があったと言われている。彼らは鉄の規則を元にした禁欲集団として、独自の文化体系を保持した強固な組織をつくり上げることに成功した。そこでヨーロッパ各国は、修道騎士団の文化を軍事組織に積極的の導入したという。

日本で修道院にあたるものはなにか。

明治の先達が考えた末にたどり着いたのが禅院だった。中でも永平寺の僧侶育成法は大きく参考とされたという。この時に、曹洞宗の悪癖が、軍に移植されてしまった。

彼らは新人教育のために、暴力を使う。

横尾忠則が永平寺での修行をしたとき、僧侶の言葉の暴力に驚かされているが、今も変わらず殴る蹴るの暴力は茶飯事で、そもそも修行の始めから殴られることに文句も言えない。こうして『全く文句を言わない個』となって、初めて修行が許されるのである。
「禅と暴力」というと、両極端のように思えるけれども、禅宗ではちょっとした暴力がゴクゴク頻繁に行われることは、実は日本人はよく知っている。

竹篦(しっぺい)の存在だ。竹でできたムチで、眠気が出た時に申し出て先輩の層に叩いてもらう。曹洞宗では現在竹篦のことを、警策(きょうさく)と呼ぶそうだ。
1メートルほどの竹の棒をもった僧侶から、肩を叩かれる参禅者の姿をテレビで観た人は多いだろうし、自分で参加した人もいるだろう。瞑想は睡眠との戦いという面もあるので、肩を叩いてもらって眠気を覚ますのである。

ところが本格的な修行ともなると、より強い人間の欲望と戦う必要がある。そのために曹洞宗では、先輩となる僧が暴力をふるって、誤った方向へ進むのを体を張って止めているのだという。

人間の意志は弱い。自分の力だけでは限界がある。そのために、暴力によって迷走することを防いでもらうことは、愛の鞭でもあるという見方もできる。

だが、そうはいってもどの程度の暴力を振るえばいいのか、20代の若者同士での力加減は難しかろう。

禅宗の修行法は、その昔はそれなりの機能を果たしてきたのだろう。そして、日本軍のような組織を作り上げることを成功した。ところが、暴力を振るわなくとも世界最強の軍隊を作り上げることができることをアメリカが証明した。

戦後日本軍は解体され、アメリカ式のフラットな方法によって自衛隊を作り上げ、数十年かけて、それなりの実力を有する組織を作り上げるにいたった(とはいえ、今でも年間の自殺数が100人を超えていることや、内部の暴力が根強く残っていることは、ときおり報道されるとおりだ)。

暴力はかつて、強い組織を作り上げる上で一つの方法ではあった。しかし、今ではモチベーションの研究なども進み、暴力なくして教育するための方法が確立されようとしている。体罰を否定する風潮が強くなった今日、日本に体罰を蔓延させた元凶たる曹洞宗も、そろそろ修行法を変える必要があるかもしれない。

★ 曹洞宗の名刹で年下僧侶を暴行
 正法寺は全国屈指の曹洞宗の名刹で、県内外から集まった十数人の僧侶が修行している。正法寺の住職は「人間の生き方を考え、基本に立ち返り、切磋琢磨して修行に臨んでほしい」と話した。
 大松容疑者の逮捕容疑は7月11~12日ごろ、寺院の部屋で男性僧侶(21)をスプレー缶で殴り、頭を切るなど約1週間のけがを負わせた疑い。村田容疑者は昨年9月21日、寺院内で同じ男性僧侶を蹴って、右手首骨折のけがを負わせた疑い。

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