2013年8月28日水曜日

藤圭子の死と宇多田ヒカルとキャラを作るということ 下

昨日書いたように、宇多田ヒカルのキャラクターは、明るく今風、屈託なく誰にでもタメ口で話すというものだ。

とにかく明るく、悩みなんて何もなさそうに思える。今から思えばそのキャラは、妻の病気から娘の精神を守るために、まともな時の妻と協力して父の照實氏によって作りこまれたものだったのだろう。

照實氏は「藤圭子」と娘を結びつけられることを極端に嫌っていた。テレビ番組や雑誌のインタビューなどで、母について娘へ尋ねることにはNGを出し続けた。ときには週刊誌の輪転機を止めてまでも、その姿勢を貫き通した。

妻が自身のキャラクターに押しつぶされた反省から、娘のキャラクターを明るく設定するための必死の抵抗だったのだろうか。

だがそのために、娘は、

・泣く姿
・苦しむ姿
・悩む姿
・叫ぶ姿
・愚痴る姿

を誰にも見せることができなくなったのではないか。宇多田の天真爛漫なキャラクターは、彼女に不平をもらすことを許さない。結局、宇多田ヒカルは歌手活動を休止してしまった。

明るくとも暗くとも、キャラ自身が本人と乖離していれば、破綻してしまうものなのだろう。そしてこれまで宇多田は、ファンに自分の苦しみを吐露することはなかった。

記憶に残る彼女の表情がある。

アメリカに彼女が進出する、というニュースが大々的に報道されたことがある。2004年、アメリカのユニバーサルミュージックで彼女が契約書にサインする瞬間を撮った写真だ。
弾けるような笑顔でも、周囲を睥睨する自信に満ち溢れた態度でもなく、どこか頼りなげで、不安で、消え入りそうな表情にみえないだろうか。

その時私は、
「アメリカでやっていく自信が、さすがの宇多田でもまだないのだろう」
と理解したのだが、そうではなかったのだろう。

彼女の向かって右隣にいるのは母の藤圭子であり、その後ろでサングラスをかけているのは父の宇多田照實である。家族が身近にいるからこそ見せた、彼女本来の表情だったのかもしれない。

彼女はセレブで何の苦労もない明るいキャラを演じていたけれども、実際は「悲しい記憶が多い」心休まらない生活を送っていた。その後の彼女が求めていたのは、本当はささやかな幸せであり、ぞこからあまりにかけ離れた世界へはばたくことへ、ためらっていたのではなかったか。

「自分が求めているのはこんなものではない」
と、強く感じていたのやもしれぬ。

実際のところ、彼女が歌手活動を休止していた本当の理由も、藤圭子が精神を病んだきっかけも、分からない。今はただ、藤圭子さんの死を悼むのみ。

誰しも多かれ少なかれ、いくつものキャラクターを演じている。だが、キャラクターと自分が不可分に結びついてしまうと、ファンが求めるキャラとキャラ固有の性格と自分自身の間に齟齬が生じた時に(必ず生じるのだが)、破綻をしてしまう。

ブログを書く者もまたしかり。私のブログも、傲慢な者、威張った者への敵意をむき出しにした記事が多いけれども、やがてそこに呪縛されないとも限らない。

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