2015年1月16日金曜日

西野カナは欲求不満かも

平安時代に詠まれた和歌では、「あう」という言葉がよく出てきます。
あふことの たえてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし ……中納言朝忠
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あうこともがな ……和泉式部 
これを小学校や中学校の国語の時間では、
「会って話せない寂しい気持ちを詠んでいます」
としか習っていないはずですが、実は平安時代の「あう」(=逢う)とは、男女間の性行為を指す隠語だったって、知っていましたか?

夜に会ってすることは決まっていた

もちろん、古語にも性行為をあらわす言葉があります。「まぐわう」というものがそれです。しかし、これはとても直接的な言葉。上品な歌を詠むという行為に際して、こんな下品な言葉を使うわけにはいきません。

そこで「逢う」という言葉が隠語として選ばれました。
「逢いたい」
という言葉を聞けば、夜の営みを想像するのが、あの時代の大人の常識となっていたわけです。そう知って和歌を眺めると、いろいろな妄想が湧き出してきそうですね。

日本の歌は昔から会いたがっている

そこで思い出したのが、以下の有名なあのコピペ。
会いたいく会いたくて震えるのが西野カナ
会えないから会いたいのが沢田知可子
会いたいくて会えないから私だけを見てほしいのが加藤ミリヤ
会いたくて会えなくて長すぎる夜に光を探してるのがGLAY
会いたいから会えない夜にはあなたを思うほど Uh UhするのもGLAY
会いたくて会えなくて揺れまどうけれど目覚めた翼は消せないのがラルク
会いたくて会えなくて唇噛み締めるのがEXILE
会いたくて会いたくて涙が止まらない夜なのが岡本真夜
会いたくて会いたくて素直な自分でいつもいられないのがLINDBERG
会いたくて会いたくて眠れぬ夜にあなたのぬくもりを思い出すのが松田聖子
会いたくて会いたくて言葉にできないのが小田和正
別に会う必要なんてないのが宇多田
日本の歌はとにかく、会いたい会いたい、と歌う歌が多すぎる、ということを揶揄するコピペです。

ただ、宇多田はその点サバサバしていて、「会う必要なんてないよ」とバッサリと甘い気持ちを断ち切ってしまうところがさすが、ですね。うまいオチになっています。

さて……もちろん、字面だけ眺めればただ、「会いたい」と言っているだけ。でも、恋する男女が夜に会ってすることなんて古今東西同じ。政治について語り合いたくて「会いたい」わけではないはずです!! そうしますと、彼ら歌い手の情念が、見えて来る気がしませんでしょうか。

それに、彼らも歌詠み。日本語を洗練させるために、陰で努力をしていらっしゃる方が多くて、意外に和歌について一生懸命勉強している方がシンガーソングライターには多いんですよ。

彼らのほとんどが、歌に込められた「会う」の隠された意味を知って、使っているとしたら?

……彼らへの見方が、変わりそうですね。

西野カナの会いたい率は異常

その中でもダントツに会いたがっているのが、西野カナ。
『君に会いたくなるから』   ♪会いたかった~君に会いたくなるから~いつか会おう
『遠くても』           ♪会いたくて会えなくて~会いたいの私だけなの?
『会いたくて 会いたくて』  ♪会いたくて 会いたくて 震える~
『love & smile』        ♪君の笑顔に会いたいから~会えない日も見守って
『もっと…』          ♪今すぐ会いたい~今日も会えないの?いつ会えるの?
『celtic』            ♪週末会いに行くね~会えない時会いたいよ~
『September 1st』      ♪またバイトなの?いつ会えるの?
『ONE WAY LOVE』     ♪やっと会える
『Yami Yami Day』      ♪『ゴメン今日やっぱ会えない』
『Dear…』           ♪すぐに会いたくて~会えない時間にも愛しすぎて
『LOVE IS BLIND』     ♪考えてたらもう会いたいよ やっと会えたのはいいけど
早く会いに行けよ、と彼女の歌詞にはよく突っ込みが入ります。

失礼ですが、彼女に和歌の教養があるようには見えませんが……もしかしたら無意識のうちに日本の伝統にのっとっているのかも?

そして、「会いたい」が男女の営みのことだと彼女は直感で理解しながら歌詞に多用しているとしたら?

会いたいのにいつまでも会えない西野カナさんは、そうとうの欲求不満……なのかも知れません!?




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