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2015年1月16日金曜日

西野カナは欲求不満かも

平安時代に詠まれた和歌では、「あう」という言葉がよく出てきます。
あふことの たえてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし ……中納言朝忠
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あうこともがな ……和泉式部 
これを小学校や中学校の国語の時間では、
「会って話せない寂しい気持ちを詠んでいます」
としか習っていないはずですが、実は平安時代の「あう」(=逢う)とは、男女間の性行為を指す隠語だったって、知っていましたか?

夜に会ってすることは決まっていた

もちろん、古語にも性行為をあらわす言葉があります。「まぐわう」というものがそれです。しかし、これはとても直接的な言葉。上品な歌を詠むという行為に際して、こんな下品な言葉を使うわけにはいきません。

そこで「逢う」という言葉が隠語として選ばれました。
「逢いたい」
という言葉を聞けば、夜の営みを想像するのが、あの時代の大人の常識となっていたわけです。そう知って和歌を眺めると、いろいろな妄想が湧き出してきそうですね。

日本の歌は昔から会いたがっている

そこで思い出したのが、以下の有名なあのコピペ。
会いたいく会いたくて震えるのが西野カナ
会えないから会いたいのが沢田知可子
会いたいくて会えないから私だけを見てほしいのが加藤ミリヤ
会いたくて会えなくて長すぎる夜に光を探してるのがGLAY
会いたいから会えない夜にはあなたを思うほど Uh UhするのもGLAY
会いたくて会えなくて揺れまどうけれど目覚めた翼は消せないのがラルク
会いたくて会えなくて唇噛み締めるのがEXILE
会いたくて会いたくて涙が止まらない夜なのが岡本真夜
会いたくて会いたくて素直な自分でいつもいられないのがLINDBERG
会いたくて会いたくて眠れぬ夜にあなたのぬくもりを思い出すのが松田聖子
会いたくて会いたくて言葉にできないのが小田和正
別に会う必要なんてないのが宇多田
日本の歌はとにかく、会いたい会いたい、と歌う歌が多すぎる、ということを揶揄するコピペです。

ただ、宇多田はその点サバサバしていて、「会う必要なんてないよ」とバッサリと甘い気持ちを断ち切ってしまうところがさすが、ですね。うまいオチになっています。

さて……もちろん、字面だけ眺めればただ、「会いたい」と言っているだけ。でも、恋する男女が夜に会ってすることなんて古今東西同じ。政治について語り合いたくて「会いたい」わけではないはずです!! そうしますと、彼ら歌い手の情念が、見えて来る気がしませんでしょうか。

それに、彼らも歌詠み。日本語を洗練させるために、陰で努力をしていらっしゃる方が多くて、意外に和歌について一生懸命勉強している方がシンガーソングライターには多いんですよ。

彼らのほとんどが、歌に込められた「会う」の隠された意味を知って、使っているとしたら?

……彼らへの見方が、変わりそうですね。

西野カナの会いたい率は異常

その中でもダントツに会いたがっているのが、西野カナ。
『君に会いたくなるから』   ♪会いたかった~君に会いたくなるから~いつか会おう
『遠くても』           ♪会いたくて会えなくて~会いたいの私だけなの?
『会いたくて 会いたくて』  ♪会いたくて 会いたくて 震える~
『love & smile』        ♪君の笑顔に会いたいから~会えない日も見守って
『もっと…』          ♪今すぐ会いたい~今日も会えないの?いつ会えるの?
『celtic』            ♪週末会いに行くね~会えない時会いたいよ~
『September 1st』      ♪またバイトなの?いつ会えるの?
『ONE WAY LOVE』     ♪やっと会える
『Yami Yami Day』      ♪『ゴメン今日やっぱ会えない』
『Dear…』           ♪すぐに会いたくて~会えない時間にも愛しすぎて
『LOVE IS BLIND』     ♪考えてたらもう会いたいよ やっと会えたのはいいけど
早く会いに行けよ、と彼女の歌詞にはよく突っ込みが入ります。

失礼ですが、彼女に和歌の教養があるようには見えませんが……もしかしたら無意識のうちに日本の伝統にのっとっているのかも?

そして、「会いたい」が男女の営みのことだと彼女は直感で理解しながら歌詞に多用しているとしたら?

会いたいのにいつまでも会えない西野カナさんは、そうとうの欲求不満……なのかも知れません!?




2014年12月18日木曜日

疲れが取れないのは、音楽を聞いていないせいかもしれない

私には音楽を聴く習慣がありません。

人間には、「視覚型」「聴覚型」「触覚型」があるそうです。

たとえば買いたい製品があったとして、それをよく見て、買うかどうか決めるのが視覚型なら、人に聞いたりして決めるのが聴覚型、まず手にとって触って判断するのが触覚型、なのだとか。私はどうしても触らずにはいられないので、触覚型でしょう。

触れない場合は、しげしげと眺めます。そして最後に店員に尋ねるのです。

こんな私は音楽を聴くことにあまり熱心ではなく、普段は聴きません。家では無音で過ごすことが多いのです。

同じような人は、ある程度の割合でいるはずです。音楽を聴くことよりも、読書をしたりネットサーフィンをしたりすることを好むような人々です。

とはいえ決して音楽が不要なわけではありません。ときどき、無性に音楽が聞きたくなることがあります。脳が欲するのでしょう。

ところが、普段音楽を聞き慣れていませんから、脳が音楽を欲していることに気づかないことがあります。普段あまりない感じることのない欲求なので、脳が信号を見落としてしまうのです。

最近なにか調子が悪く、疲れが取れず、気分転換がうまくいかないことが多くなりました。

(おかしいな、おかしいな)
と思いつつ、ふと、YouTubeで好きな音楽を流してみたところ、気分が晴れたのです。

二重の意味でショックでした。こんなに簡単に気分が晴れるのか、という驚きと、音楽を欲していることに気づかなかったことに対する失望が重なったのです。

普段音楽を聴かない方は、気分がすぐれないときに、
「そういえば、最近、自分は音楽を聴いていただろうか?」
と自問してみるのもいいのではないでしょうか。

2014年8月26日火曜日

月間7万ページビューなので、まだ広告のことは考えていない……なんてね

文人商売というブログを書いている人が、「月50万PVいったので、そろそろ広告を考えてみる」という記事で8ヶ月で月間50万PVまでいったことを紹介している。

PVというのは「ページビュー」の略であり、何回、そのブログが閲覧されているのかを示しており、ブログの人気や実力を示す指標の一種となっている。

私のブログは2012年3月から開始して、ようやく月間PV数が7万から10万なので、彼我の差に少々、情けなくなる。

PVという指標は、ユニークユーザー数や訪問者数に比べると指標としての信頼性は低いと言われることが多い。同じ人が5記事をクリックして読んでも、異なる人5人が1記事ずつ読んでも、同じく5PVとカウントされるからだ。

ところがPVが指標として利用されるのは、アフィリエイトの収益額と相関関係があるからだ。乱暴に言えば、1人の人が5記事を読んで、そのうちに広告(このブログの上や右上などに貼り付けられているGoogle AdSenseの部分です)をクリックしてくれる確率と、5人の人の中でクリックを誰かがしてくれる確率はほぼ似たようなものだからだろう。

※ちなみに、このブログを読んだだけでは筆者の収益とならない。Google AdSenseの広告をクリックしないと筆者への利益とはならない。

つまり、私の月間のGoogleからの収益額は7,000円から8,000円ほどとなる。その計算は正しい。

毎日1時間以上ブログを書くのに費やしているので、仕事として考えるとまったく割に合わない。しかし、文章力上達のための機会として、あるいは、情報発信によって、書き手、読み手双方の考え方の整理に少しでも役立つ機会としてブログを書いているので、金銭面で割に合わない、というハードルはクリアしている。

ただ、問題は存在意義だ。多くの人に読んでもらえるということは、それだけ記事が誰かの役に立っている、ということだろう。その意味で、PV数が増えるのは、筆者にとって嬉しい。その上ちょっとした小遣いになることが、さらなるモチベーションの源泉となる。

冒頭で紹介した「文人商売」の筆者が、ではどうやってPVを増やしたのか。その理由は下記記事に詳しい。

★ 書籍化&30万PV達成したので、ブログのアクセス増やす具体的な方法を教える

ちなみに、これを参考に私が書いた記事が(そうです。私はなんでもすぐにやってみる質なんです)、こちらだ。

★ エヴァ映画を「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」も含めてランキング形式で紹介してみた

でも、これは思ったほどPV数はなかった。エヴァは、取り上げている記事が多すぎて、私の記事が埋もれてしまったのだろうと予測しているが、それにしてもひどかった。

私のブログの場合、まずは、タイトルと内容にもう一工夫が必要なのだろう。

もっと面白いと思ってもらえる記事を書いてみたい……。

そう考えて、いろいろと考えた末、明日からだけれども、記事を書くのを隔日にしてみようと思う(もちろん、書きたいネタがあれば、それに関わらず書いていくつもりだが)。

アウトプットも必要だが、インプットも必要だ。だが、今のペースでブログを書いていると、私にはインプットの時間が足りない。その時間を増やすことで、少しは内容はマシになるのではないだろうか……。

しばらく、隔日でブログを書いていきます。



2014年6月13日金曜日

公務員に蔓延する縁故制度がムカつく

高校教師の友人がいるのですが、数年前に聞いた話がひどい。結婚しているにも関わらず、教育実習にやってきた女子大生だとか、非常勤講師に熱心に、時には厳しく指導することで親密になったのち、男女の関係になる、というのがお得意のパターン。

その話を聞いた時には、もっと気軽に、お見合いパーティーに既婚者であることを隠して参加して、何人をその月のうちにやれるのかを同僚と協力しつつ競争しているのだといいます。

その時には随分危ない橋をわたっているな、とか、羨ましいな、と思ったのですが、数年たつと、段々と思い出すたびに不愉快になってきまして、現在では没交渉です。

この友人の父親はS県の教育委員会のお偉いさんだとかで、彼も名のしれた大学院を出ていますので、今後も出世していくことでしょう。

とてもバランス感覚のある男なので、生徒からは慕われていると語っていますし、それは多分、事実なのでしょう。そんな彼は過去の女性関係に口を閉ざし、生徒に人生指導をしながらこれからもうまいこと生きていくのでしょう。

なんだかなぁ~と思いますが、それが社会なのですからしょうがない。社会は矛盾に満ちた仕組みであり、その中で幸せになったものの勝ちなのですから。

彼から聞いた話ですが、彼だけではない、といいます。とにかく教師の間の乱脈ぶりはひどいものでして、既婚者同士が大人の恋愛をしているケースがとても多いのだそうです。

教師は、閉ざされた世界で、好奇心旺盛な生徒と交渉するうちに、秘密を守ることを学びます。一様に口が固くなるのです。そして、ストレスがとてもたまる職場であり、団結力も強くなります。

こうした人々同士、時間の融通もよくきくとなると、家庭にばれずに不倫している人々が多くなってしまうのだそうです。別れて気まずくなっても、数年後には人事異動で勤務先を変えられますから、便利です。

ふとその話を思い出しまして、昨今の教職員の採用状況を確認したところ、こんな記事を見つけました。

★ 公務員のコネ採用 清掃員やバス運転手、教員など多岐に亘る
  人事院の内部資料によると、2011年度に国家公務員に採用されたのは1万6808人。そのうちキャリアと呼ばれるl種を始めとした試験合格組は4281人に過ぎない。
 残りの1万2527人、全体の70%超は「選考採用」と呼ばれる試験によらない面接などで採用されているのだ。
「この業界では“親子2代で教師”というパターンが異常なほど多い。表向きは“親の背中を見て教師を目指した”ということになっているが、実際のところは教員の採用において“関係者の口利き”が非常に重要であることが大きい。
採用のみならず、この種の縁故制度はそのあとの人間関係にも大きな影響を与えているに違いありません。

私の友人も、あれだけ派手に遊び倒していたら、周囲にもばれそうな気がしますが、縁故制度によりいろいろと守られているんでしょうなぁ。

まあ、これで日本が平和なのだから、良しとするべきなのでしょう。

2014年5月15日木曜日

「アマカナタ」というブログタイトルの意味

ブログを再開するにあたって、心機一転、ブログの名前も変えてしまおうか……と考えていました。

というのも、このブログを同じ頃に立ち上げた友人と以前話をしていたところ、

「◯◯さんのアマカタナはね」
「アマカタナのデザインが」
と、このブログのタイトルを最後まで間違って彼は話していたんですよ。

……衝撃でした。

もっとも、私自身、このブログを書き始めた頃、このブログの中で何度か、「アマカタナ」と書いていたことがありますから、友人が間違えるのは無理がないのかも。「アマカナタ」という言葉、日常では使いませんからね(「アマカタナ」が言いやすいのは、「アカサタナ」に似ているから?)

ブログタイトルの意味を知りたい方がいるかもしれませんので、ここでネタばらし。この言葉に……意味はありません(EL PSY KONGROO)。

スマートフォンのフリッカー用のキーボード配列には、あ行やま行などの最初の文字「あかさたなはまやらわ」が表示されています。
タイトルをキーボードで打つ時、あ行やか行の文頭ならば打ちやすいはず。そこで「あたまかな」をアナグラム配列して、なんとなく意味があり、しかも検索してもこのブログタイトルしか出てこない、どこにもないものとして、考えた末に出来た言葉なのでした。

そのうえ、「アマカナタ=天彼方」にも通じます。気宇壮大ではないか、と。密かに自画自賛していたのですが、このブログを誕生の頃から知っている友人にすら、覚えてもらえない名前は、果たして本当にいい名前なのでしょうか? 疑問に思った末に、タイトルを変えようと思ったのです。

この件、明日も続きます。

2014年1月29日水曜日

休眼日を作ろう

今日の昼、食事をしていたら、後ろで女性二人が話をしていました。一人は既婚者の模様。
「うちでは夫婦ともお酒を飲むから、休肝日を週一で作ることにしているの」
「そうなんだ」
「ビールを1日1缶に控えるとか……」

おいおい、休肝日ならば断酒しなさいよ、毎日それ以上飲んでいるならアル中じゃん、と思ったものですが、それはともかく、身体の一部に無理をかけている人が、週1日、それを休ませる、という試みはいいものだと思いました。

パソコンモニターを観ることが多いので、眼精疲労に悩まされている私は、「休眼日」でも取らねばと思いました。

いいね! この言葉! と自分で作っておいて自画自賛したのですが、この言葉をググってみたところ、すでに何百とヒットしました(汗。

同じようなことを考えている人は多かった模様です。

というわけで、たまには1日、目を休めるためにパソコンに仕事以外ではアクセスしない、という日をとってみるのもいいかもしれません。


……さあ、この画面を閉じるのだ。

2013年11月4日月曜日

松本人志が映画を撮る決意を、初めて宣言したラジオを聞いた

松本人志の『R100』が大コケしている。私も観ることもないだろう。

お笑いであればあれだけ面白い彼が、面白くないものを作るというのは不思議だ。

ただ、松本人志には最近、本業自体も面白くないという評判も立っている。その原因は、彼の無教養が年と共に露呈したからではないかと、以前ブログで書いた。

★ 松本人志がビートたけしを超えられない理由

映画は総合芸術だから、作る側には知識や教養が必要だ。それだけではなくて、マネージメント能力、プロデュース力、広報活動なども必要となる。彼にはそこまでの力が、残念ながら、なかった。

とはいえ、吉本興業という大企業がバックについている。彼だけではなく大勢の放送作家も協力しているし、映画撮影に長けたスタッフも雇入れているはずだ。それなのに、面白くないものを作れるのは、一種の才能だろう。

たまたまだが、彼が初めて映画を作ると、外部に公表した放送を聞いた。

★ 第034回フルサイズ52分 松本人志の放送室

これは、2002年5月23日(木)放送のもの。映画を撮ると宣言するのは、4:40頃から。

13:00の辺りで、
「これはまだどこにも言うてないんちゃう?」
という放送作家の高須氏の問いかけに、
「言うてない」
と松本氏が答えているので、このラジオ放送こそが、松本人志が映画撮影を宣言した、記念すべき番組だったのではないか、と思う。

彼が映画を作る理由として挙げたのが、しょうもない映画が多い現状への不満。だから自分で映画を撮ることを決意したのだそうだ。

(ほうほう、どんな映画が彼のお気に召さないのだろう?)
と思って聞いていたら、当時公開されていた「スパイダーマン」を彼は挙げた。思わず滑りそうになった。

彼はアメリカ人の感性、大衆娯楽を追求する態度が嫌いだという。だから、ヨーロッパの人々に受ける映画を作りたいと、この放送では語っている。それでいながら、彼がその時に意識していたのが「スパイダーマン」というのは、なんだかなぁ、と思うのだ。

名画座に行けとは言わないけれども、ヨーロッパの作った質の高い映画は今でもたくさんあるのだ。それを一つでも挙げれば、まだ彼の感性に期待も出来たのだけれども「スパイダーマン」を指して、
「しょうもない映画」
だとけなし、自分はそれとは違う映画を撮るんだ、と意気込むのはどうかしている。あれは確かに、しょうもない映画だけれども、単純な娯楽作品というのはそんなもんだ。

トイレに入って汚いと騒ぐのは小学生だ。彼の言ってることはそれと同じ。俺は綺麗なものを観たいんだ! といいつつ、トイレがいかに汚いか語ってもしょうがあるまい。

美しいものを観たいのならば、美術館に行けばいい。そして、美術品を見比べながら、これが素晴らしくこれはまずい、自分はこんな作品を作りたい、という話をして欲しかった。

でも放送の中では残念ながら、彼の口から目標とする映画が何かを、述べられることはなかった。

以上の放送は放送室(4) [Limited Edition]』の名で販売されている。


この話を聞いて思い出したのが、幕末の佐久間象山のエピソード。佐久間は漢学にも西洋の科学にも造形の深い才能にあふれた人物だったが、一番でないと気がすまないという悪癖があった。

だから、たとえば漢学に詳しい人物が彼の元を訪れると西洋の知識を披露して小馬鹿にし、西洋の知識に詳しい人物が訪れると漢学の知識もないのかと蔑視する、という癖があったという。

才能があり、かなりの程度まで成功しても、大成できない人物には何かしら、共通点がある。その一つが、自分の才能を証明するために、自分より劣ったものを引き合いに出して悦に入るという癖があるところだ。

松本人志にも似たところがある。

2013年10月14日月曜日

預言カフェをご存知ですか?

東京の山手線のとある駅の近くに、コーヒー1杯を頼めば未来を占ってくれる喫茶店があるという噂を聞いて数年経つ。

興味はあったものの、そこまで暇でもなく放置していたのだが、先日時間があいたので、ふと思い立って、ネットで調べて高田馬場にある「預言CAFE」へと足を運んだ。

山手線の高田馬場駅の戸山口を右に出て、道路を左側にまっすぐ進むと、通信教育講座で有名なユーキャンのビルが見える。それを通り過ぎると右側に赤い屋根の小さな喫茶店が見える。それが預言CAFEだ。

未来を当てるのは予言だが、このCAFEでもらえるのは「預言」
【預言とは】
キリスト教で、神託を聴いたと自覚する者が語る神の意志の解釈と予告。また、それを語ること。
――goo辞書より――
そう。ここは占い喫茶の体を装いながら、その実キリスト教の布教のために作られた旗艦店なのである。ところが、占いが本格的で勧誘もほとんどされないものだから、いい噂が広がり、人気店となったようだ。

平日の昼下がりだったが、店の中にはすでに数十人もの人が順番を待っていた。ノートに名前を書いて、私も椅子に座る。本名を書くのが嫌だから、私は偽名を使った。

1時間近く待っただろうか。ようやく名を呼ばれて席についた。中は小奇麗である。
テーブルの上には書籍があり、表紙にデカデカと、
「お買い求めください」
と書かれていた。アメリカの田舎で生まれたキリスト教のある一派が、日本で布教するにいたったきっかけなどが書かれていた。
注文したコーヒーはすぐにやってきた。 1、2分ほどすると、横に40から50ほどの年齢の女性が座る。それはさきほどまでウエイトレスとしてコーヒーを運んでいた女性である。

(まさかこの女性が占うんじゃなかろうな)
と危惧していたが、案の定、彼女が占い師だった。私は落胆した。
(もっとそれらしくないと、信じられないよ)

私の落胆を尻目に、彼女は淡々として、
「では、始めさせていただきます。よろしいでしょうか」
などと言うので、慌てて私はiPhoneを彼女に渡す。

ここの店は、預言を何度でも反芻できるように、録音機での録音を推奨している。
今では誰もがスマートフォンを持っているので、周りのテーブルでも、それで録音しているのがちらほら見えた。

さきほどまでの雰囲気とは一転、その女性はよどみなく、神様から与えられたという「預言」を語り始めた。その長さ、約4分である。

自分が同じ立場だとして、同じように話せるか、と問われれば自信がない。何かコツがあるのだろうが、面白い。確かに知らない人が見ると、人智を超えた何者かが彼女に憑依しているようにも見える。ユタやイタコもかくや、という代物である。

語る内容にも驚いた。ちょうど私がその時に抱えていた悩みを解決するのにドンピシャなものなのである。喫茶店に入って私は本を読み、誰とも何も語らなかったにも関わらず、私の抱えていた疑問を見透かし、それに合わせた答えをドンピシャと、よくぞ出せるもんだね。

不思議な話だ。占いだから、誰にでも当てはまることを言うもんだと思っていたので、面食らった。

コーヒー1杯の値段が700円とお高いものの、通常あの量のことを語ってもらうならば街角の占い師に3000円払う必要があるのだから、お得だろう。

暇な人は行って損はない。

2013年10月13日日曜日

ダイエットをイケメンが応援するアプリ

「イケメンがダイエット協力してくれるアプリ」
というのがあるらしいが、イケメンが登場して、一番最初にあなたに声をかける最初のセリフが、これらしく、
「あまりにハードモード」
「最初で心が折れた」
「や~め~て~」
などと悲鳴が上がっているとかいないとか。

たしかにこれは、最初からきつくて笑うしかない(笑)

2013年9月15日日曜日

この文字の中から"ゴリラ"という文字を探せ

某2chで出された問題。

鯵鮎鰯鰻鯨鰹鰍鯖鮫鰭鱈鯛鮮鯉鮭鮒
魯鮃鮪鱒鱗鮗鮴鰓鰒鰈鰆鰌鰊鰄鮭鯖

2013年8月29日木曜日

運にまつわるエピソード

まずは、ちょっとした思い出話から入りたい。

私の友人(仮にAとしよう)は運が良かった。ほしいものを必ず手に入れる。それもタダでだ。
「コンサートのチケットがほしい」
と言えばお目当てのチケットを誰かからプレンゼントされる。自転車がほしいと言えば友達が姉からもらったものを「いらないから」という理由で回してもらえる。

「原付がほしい」
と言って数ヶ月後に彼の友達の友達経由で原付が本当に彼のものとなったときにはさすがに驚いた。ベスパというイタリア製の洒落た原付で、新品同様のものだった。
ベスパ 150VL 1T 1955 【ニューレイ】1/6 ベージュ
彼には次々に幸運が舞い込んだ。彼は、
「俺は偶然を操る力がある」
と豪語していた。(そんなバカな)と思いつつも、常人以上に幸運が次々と舞い込む彼を見ていると、(もしかして)と思う気持ちを抑えられなかった。

"運"という点で、もう一人の友人を思い出す。Aとは遠く離れた別の場所で時を隔てて知り合った別の友人(仮にBとしよう)の誕生パーティーに呼ばれたことがあった。その席で彼は、
「最近『ザ・シークレット』という本に自分ははまっています」
と話した。
ザ・シークレット
私も数日前にその本を読んだばかりだったので、意気投合をした。
「『ザ・シークレット』で説かれている引き寄せの法則がほんとうに使えるか、実験を今しているんです」
「実験ですか?」
私は尋ねた。

「ええ。普段ならば手に入らない物が、本当に手に入るならば、この法則が有効だということになりませんか?」
「そうかもしれませんね」
(普段手に入らないモノとはなんだろう?)
と私は思った。その気持を見透かすように、Bは言った。
「ボールです」
「……ボウル?」
貝印 ケーキボール 21cm (ハンドミキサー用) DL-5101
「そうです。野球ボールです」
「投げるボールですね」
「そうです。ボールなんて、社会人の普段の生活で手に入れる機会はないじゃないですか。だから、それを手に入れることで、引き寄せの法則が本当にある、ということを証明してみたいんです」
と彼は話した。
「引き寄せの法則」とは、「それ自身に似たものを引き寄せる」ということ。
 あなたの「思考」や「感情」にはつねに「引き寄せの法則」が働いて磁石のように似たものが引き寄せられ、実際の「経験」となっている。
 朝、気分よく目覚めるとその日は一日楽しく、嫌な気分でいるとその日はいろいろな面でろくなことがない。
 何か楽しいことを考えると法則によって同じように楽しい思考が沸き起こり、不快なことを考えると次々と不快な考えがふくらんでしまう。(「引き寄せの法則とは」より)
話はそれきりだったが、それから数年後、再びBの誕生パーティーに呼ばれた時にそのことを思い出した。パーティーに出席し、他のプレゼントを彼に渡して、それから数年前の「引き寄せの法則」について尋ねてみた。

彼は見事に忘れていたけれども、私から言われて、思い出す。
「そういえば、まだボールは手に入っていませんね」
Bは言う。
私は彼に、事前に100円ショップで買った、ゴムボールを渡した。彼は笑って「へえ」と言った。


この2人のことをふと思い出した時に、"運"というものの特徴が見えてきたように思う。どんな特徴があるのか。明日はそのことについて述べようと思う。





ところで、Amazonで『引き寄せの法則』で調べたところ、こんなのを見つけた。

「引き寄せの法則」がタロットになっているのだ。内容はたぶん、幸運の様々な局面を分解して、それぞれを象徴するイラストで表しているのだろう。これはいい企画だ。

2013年6月8日土曜日

マナーが身につくとは、マナー違反ができるということ

ある名優を使って食事のシーンを撮影していた時のことである。ベテランの俳優で、もちろん食事のマナーは完璧。作法に問題ないはずなのに、何度取り直しても監督はそのシーンに違和感を感じる。

最初は原因が分からなかったが、助監督とともに試写フィルムを見直して、その理由が判明した。……俳優のマナーが"完璧"過ぎたのだ。

その俳優は貧しい家庭で育った。親は無教養で、子供にマナーを教えることはなかった。大人になって成功をつかんだのち、様々な人々と食事をするようになった彼は、必死にマナーを学び、完璧な作法を身につける。

ところが、彼には「間違ってはいけない」という緊張がどこかにあった。意識しながら、一つ一つの動作をこなさねばならないから、どこかぎこちない。それが、フィルムを通すと途端に、透けて見えたのだという。

生まれつきの金持ちや教養ある家庭で育った人々は違うようだ。子供の頃に叩き込まれ、嫌々ながらも幼くして身につけたものは、普段の動作に染みこむ。だから無意識の内に、マナー通りにふるまえる。だから、自然で緊張がないのだ。

上流階級(嫌な言葉だが)の人間は、だからこそ、時にはお思いきり不作法にふるまうことすらできる。それ以外のマナーが出来ているから、一部分が無作法でも、周りを不愉快にさせないのだ。それが彼らに、自由な雰囲気を与える。名優には、その種の余裕がなかったのである。

そもそもマナーとは何か。他人を不愉快にしないための所作振る舞いの一体系だ。社会に出ると、不寛容な人が多いことに誰もが気づく。些細な仕草を不愉快だと思う人が、世の中には大勢いるのだ。

食事中に話すと「唾が飛ぶ」と嫌がる人。
口を開けながら食べることを「くちゃらー」と呼んで毛嫌いする人。
食事中に鼻をかむことを「汚い」と顔を背ける人。
ひじをつくと「姿勢が悪い」と怒り出す人。
皿に取り分けられた料理を均等に食べないと、不機嫌になる人・・・・・・。

気になる人は気になるのが、こういった一つ一つの他人の所作である。食事のマナーとは、たくさんの立場の人々に不快感を与えないような所作の集合体、と言えるだろう。

だが、すべて守ると窮屈だ。だから、一生、いついかなる時にでも、マナーをすべてを守れる人ような人はいない。それに、マナーは文化や家庭によって微妙に異なる。食事中に会話することが当然の家庭に呼ばれたにも関わらず、親からしつけられた通りに、食事中は無言を貫くような人は、食卓を不安にさせるだろう。その上、その理由を尋ねられて、
「食事中に話すと、唾が相手の料理にかかるので、汚いですよね。だから、食事中は会話してはいけないと家で習いました」
と答えるようでは、相手の家庭を不愉快にしているので、むしろマナー違反だ。他人に不愉快な念を抱かせないためのものなのに、本末転倒な話となる。

こんな話がある。イギリス女王を囲む食事会で、果物が出された。果物の皮を指でむかなければならないので、指先をすすぐための水をためた容器「フィンガーボール」が招待客に配られた。皮を剥いた後、そこに指を入れて、果汁で汚れた指先を洗うのだ。

ところが、無教養な賓客が、知らずにフィンガーボールを持ち上げて、水をごくりと飲んでしまった。当然周囲は失笑する。女王の前で無様な態度を取った彼は、翌週のゴシップ新聞に、
「バカはいつまでたってもバカ――女王の前で洗浄水を飲み干した成金」
などといったタイトルをつけられた記事で、侮蔑され、国中の笑いものになっていたかもしれない。

ところがそこは英国女王。とっさに同じようにフィンガーボールの水を飲み、周囲の失笑をピタリと止めた。お陰で、この賓客の面目は守られたという。

マナーを守りつつ、状況や相手によって一部のマナーを破ることができる……英国女王のような融通無碍な態度を取れることが、本当に「マナーが身に付いた」と言えるのだろう。

マナーが他人と円滑につきあうための態度の体系ならば、当然の帰結なのだが、ここに思い至らない人が、あまりに多い。そして、
「マナーを身につけたからこそ、マナー違反ができる」
ということは、他の様々なことにも、言えることなのだ。

2013年4月11日木曜日

松田聖子は歌がうまい

松田聖子といえば伝説のアイドルとして未だにファンを増やし続けている(いい意味で)化け物なのだが、彼女のことを、先日福山雅治とタモリが番組の中で誉めそやしたそうだ。
今回のSP(3月29日の『ミュージックステーション 3時間スペシャル』のこと)では「タモリさんと見ながら話したんだけど」と、「松田聖子さんはやっぱり歌がうまい」という話題で盛り上がったことを明かした。司会のタモリも松田聖子を全盛期から見ている。福山の言葉に共感して「この人は本当にうまいんだよ」と評価したのである。

私が子供の頃に、ある教師が松田聖子のことを、
「あんなに歌が下手な人間でも歌手になれるんだから、君たちもなろうと思えば歌手になんて簡単になれるよ」
と言った。それを聞いて子供だった私は、バカだったから、
「そうかぁ。松田聖子は歌が下手なんだ」
としばらくの間信じ込んでいた。

今になったら、当時40代の教師がどんなことを考えながら松田聖子の悪口を言っていたのかが、分かる。子供の前で威張ってみせ、小学生にとって憧れの的のアイドルをけなせる俺って、カッコいいだろ? という子供じみた主張をしていた。思えば彼は、小さなミスをいつまでもねちっこく責め立て、子供が泣き出すまでやめないような男だった。彼は教育力に欠けていて、周囲の評価も高くなかったのだろう。自分の意のままになる子供を相手に、輝いている他人をけなすことで鬱憤を晴らしていたのだろう。

松田聖子は歌がうまい。当時の映像を今観れば、単純にそう思える。たとえばこの動画を見れば一目瞭然ではないか。1982年の武道館コンサートのラストシーン。「Only My Love」を歌う彼女の声を聞いてほしい。
(動画が見られない人は、こちらをクリック)
最近のコンサートのような、派手な演出もなく、バックダンサーもおらず、ただ、ゴンドラに乗って彼女1人が歌う、というシンプルな構成だ。それにも関わらず、なんと感動的なワンシーンだろうか。まるで劇の中の一幕のように見える。

劇的といえば、彼女のデビューもまた、相当に劇的である。

16歳でミス・セブンティーン九州地区大会で優勝したものの、父親の反対で1年半地元でくすぶり、熱心なプロデューサーの説得もあってようやく高校を中退して上京したのが18歳の頃。

だが事務所は、とうの立ってしまった彼女に期待をしていなかったようだ。もっと若い新人アイドルを売りだすことに躍起になっていた。事務所期待の星の祖父は映画監督、父は俳優であり、芸能一家に生まれたサラブレットに対して、松田聖子の勝ち目はないはずだった。

聖子自身も、18歳で歌手を目指す遅咲きの自分が、アイドルとして売れるとは考えていなかったようで、歌手として地道に活動する心づもりだったようである。

ところが、そこから彼女の強運が始まる。「おだいじに」というドラマに、本来は香坂みゆきという先輩タレントが出演するはずだったのが出られなくなり、代役として出演が決まった。そのときの役名が「松田聖子」で、それが、以後の彼女の芸名となった。

それに続いて、サン・ミュージックが売り出すはずだった期待の新人アイドル出演予定のシャンプーCMが、薬事法違反で販売中止となってしまう。その埋め合わせのために、サン・ミュージックの営業舞台がとってきた仕事が、資生堂の「エクボ」のCM。ところがクライアントには、画面に映えるタレントを使用したいという意向があり、モデルの人選も済んでいた。

サン・ミュージックに要求されたのは「歌だけ」のタレント。そこで、ルックスは評価されていなくても(バカな……でも本当の話)、歌は事務所スタッフから評価されていた松田聖子が急遽、抜擢されることとなった。それがこのCMだ。
ところが、CMに顔出しをした山田由紀子は売れず、松田聖子の声が、人々に強烈な印象を与えることとなった。

「あの声の女性は誰だ?」
「あの伸びやかな歌声の主は?」

そんな街の声に手応えを感じたソニーのプロデューサーとサン・ミュージックの上層部が、ようやく彼女を期待の新人として売り込むことを決意した。

上記CMとのタイアップであり、デビュー曲でもあった「裸足の季節」のレコードの売上が28万枚ほどもあり、新人としては大きなヒットを飛ばしたのも大きい。

彼女を売り出すために、テレビ局も、ソニー・ミュージックも、サン・ミュージックも頑張った。

なにしろ、7月1日にリリースした彼女の2曲目を鮮烈に世間に売り込むために、お盆の8月14日という国民の多くがテレビに釘付けになる日に、空港の一角を借りきって、飛行機を10分近く上空で待機させ、テレビの出演時刻に間に合わせるという荒行を成し遂げたのだ。

「ベストテン」の8位にランクインし、その発表ととともにテレビカメラは羽田空港を映し出す。しばらくして札幌からやってきた飛行機が羽田空港に到着して、カメラは搭乗口を映しだす。

ドアが開き、軽やかに階段を駆け下りてきた純白のドレスを着た少女が、松田聖子だった。彼女は少しだけスタジオの久米宏らと会話した後、ヘッドフォンをつけて、そして大きく腕を回し、歌いはじめた。

それが「青い珊瑚礁」である。その伸びやかな歌声に日本中が魅了され……そして彼女の伝説が始まった。
彼女の歌が、下手なはずがないのだ。

2013年3月2日土曜日

苫米地英人の講演速記

電通 洗脳広告代理店
電通 洗脳広告代理店
苫米地英人の講演会に参加したのは、いつだったか定かではありません。日付を書いておけばよかったと思いますが、しょうがありません。

ノートには以下の様なことが書かれていました。

・苫米地英人は、ア・プリオリな存在を認めない
「ア・プリオリ」とは、「先験的」と訳される哲学用語でして、証明不要なものがある、という認識、立場のことを指します。科学的立場から、すべてのものごとを疑うことを自分に義務づけている、と苫米地氏は主張しています。

・臨場感は共有可能
人間には、ホメオスタシス(恒常性)という性質があります。ホメオスタシスとは、外部環境にかかわらず、内部環境を一定に保つ働きのこと。体温調節のように、暑くても発汗作用によって自分の体温を下げるような性質のことです。物理空間の様々な情報を触覚、視覚、聴覚などでとらえて、それに合わせて自分の身体の情報が書き換えられていきます。

ところが人間には、一緒に暮らすだけで、他人とホメオスタシスが同調するという性質があります。これは人間が何万年もの間に集団生活をするうちに獲得した性質のようです。

たとえば女性同士が共同生活を送ると、生理周期が一緒になることなどがよく知られています。これは古代、同じ時期に集団で妊娠した方が、親が亡くなったりした時、母代わりの女性の母乳で育てられる、など利点が多いので、人間に備わった能力だそうです。この古代の残り香のために、人間は他人と臨場感を共有する能力が備わったのだというのが苫米地氏の主張です。仮想空間の臨場感が現実世界よりも強くなった状態を、「トランス」であると彼は定義します。

・意識から無意識へとアクセスすることはできない
臨場感を他人と共有することで、他人の心理を操ることが出来る、と苫米地氏は主張します。他人を操るためには、どうすればいいのか? 意識(=理性)では相手の無意識へとアクセスすることはできないそうです。無意識から無意識へのアクセスが必要だそうで、催眠術師は被験者をトランス状態へ導くと同時に、自分もまたトランス状態へ変える必要があるのだそうです。

・臨場感を共有してトランス状態にするためには、現実空間への知覚を弱め、仮想空間へ誘うこと
ムーディーな雰囲気を出すために、部屋を暗くする、お香を炊く、音楽をかける、などの行為を誰しも行うと思います。これには現実からその空間を遮断するという意味があるのだそうです。日常から離脱することで、臨場感を共有できます。その状態となった意識は、変性意識と呼ばれます。

・日本人はヒルガードによって洗脳されている
第二次世界大戦後、米軍に所属して、日本人を心理学者としての立場から、巧妙に洗脳した人物がいるそうです。それがアーネスト・ヒルガードです。

このブログでも何度となくご紹介したケリー・マクゴニガルの『スタンフォード大学の自分を変える教室』

彼女を始めとして、スタンフォード大学には現在、著名な心理学者が多数在籍しています。スタンフォードを心理学のメッカに変えたのが、ヒルガードでした。

彼は日本人が欧米人に決して歯向かわないように、小学校教育課程を作る際に、ヒルガードが日本の文部省に様々な助言を行ないました。これが今の日本人に大きな影響を与えいます。日本人の精神は大きく毀損されてしまっているため、その洗脳を説くことが必要だと苫米地氏は主張していました。

・逆腹式呼吸が、変性意識を作る
息を吸いながら腹部をふくらませる腹式呼吸が一般的には有名ですが、息を吐きながら腹部をふくらませる逆複式呼吸の方が、変性意識を生み出すためには有効だそうです。

やってみますと分かりますが、腹式呼吸が精神をリラックスさせるのに比べて、逆腹式は精神を高揚させます。それによって無意識を意識的に活発化させる作用があるようです。

・精神を鍛えるために、大きなことを考える
洗脳されないようにするためには、大きなビジョンを持つという方法が有効です。たとえば国家政治について考えていると、家庭の問題が瑣末なことに思えてくるでしょう。あれの応用です。

たとえばビッグバンの頃の、200億年前の光が巨大な輝きとなって眉間を貫き、その光によって巨大な身体へと自分が変化して、光のエネルギーが巨体の中を移動する……こういう空想を、瞑想時に行うことによって、たいていの「大きな話」とやらに惑わされることがなくなると言います。面白い視点です。



以上となります。う~ん、内容が薄かったですかね?!

苫米地氏は多数の書物を出版しています。その中で触れられていることがほとんどで、果たして講演に行く意味があったのかどうか今となっては疑問です……。

2013年1月10日木曜日

長寿になるには

13日まで省力更新するなどと言っておきながら、このところ記事の量が多かったので、ちょいとブレイク。

先月28日、京都在住の日本人男性・木村次郎右衛門が115歳と253日を迎えたため、ギネスによって存命中の世界最長寿者として認定されました。

ちなみに木村氏、存命中ではなくとも、確実な記録が残っている中での日本史上最高齢の男性でもあります。

以前、世界最高齢といわれていた泉重千代の記録は、戸籍上の手違いで年齢が誤っていた可能性が高いため、現在はギネスから取り消されたそうです。今回世界最高齢となった木村氏は、20歳から65歳まで45年間、郵便局員として務め上げてきた人物です。その記録は、まず間違いないところでしょう。

木村氏を始めとする長寿者の健康の秘訣は一体なんだろうと調べたところ、3つの共通点があるようです。

まずは、なんでも食べること。好き嫌いなく甘いものでも肉でも野菜でも選り好みをせずに食べるのだそうです。これはダメ、あれはダメ、と好き嫌いせず、どれもおいしい、おいしいと食べるのでしょう。ただ、お酒は飲まない人が多いようです。

次に、毎日続けている趣味があること。多かった習慣は、新聞を読むことです。特に今回世界最高例となった木村氏は、朝日新聞としんぶん赤旗を今でも2誌、毎日読み続けているといいます。とにかく、新しい知識を得るのが楽しいのでしょうね。

3つ目は、牛乳などの乳製品を摂ること。木村氏は午後3時に牛乳を飲む、と決めているそうです。牛乳は体に悪い、などという俗説がまことしやかに流れていますが、これだけ長寿者に牛乳を飲む人々が多いのを見ていますと、それは嘘なんでしょう。

そういえば私の祖父も糖尿病を患っていながら、80過ぎまで大変元気で過ごしましたが、彼の日課も牛乳を飲むことでした。


結論
牛乳を飲もう
ちなみに都内の方ならば、東京ミッドタウン近くにある「中洞牧場 ミルクカフェ」というカフェに、一度行かれることをお勧めします。とても濃厚な、生まれて初めてのようなクリーミーな牛乳をお手頃価格で飲むことができます。
ここのソフトクリームは、絶品ですよ。ちと季節的に、まだ寒いかな……。




2013年1月7日月曜日

美味しい七草粥の作り方

今日は1月7日です。正月気分も今日でおしまいかと思うと、大変寂しい気がします。
日本人はこの日、春の七草を使ってお粥を作る風習があります。

春の七草と、それぞれの効能について改めて知りたいとお思いの方も多いかもしれませんので、七草の説明と、美味しい七草粥の作り方について簡単にご説明しましょう。

セリ
まるで競いあうように(セリ合うように)群生していることからこの名前がつきました。消化を良くする効能があります。独特の臭いがあるので、苦手な人もいるかもしれません。

ナズナ
花が撫でたいほど可愛いから、ナズナ(撫ず菜)と名付けられたという説があります。解熱や下痢、腹痛や目の充血に効果ありとか。

ゴギョウ
「御形」と書きます。昔、桃の節句では、母と子の人形を作り、それにゴギョウを練りこんだ餅を供える習慣がありました。そこから、お(人)形用の草=御形となったのだそうです。吐き気を治したり痰を切ったりするのに効能があるのだそうです。

ハコベラ
葉が配列よく並んでいるために、「葉配り(はくばり)のいい植物」から、「葉配り」となり、それがなまったものだと言われています。歯茎を強くし、利尿効果があるようです。

ホトケノザ
葉が地面を這うように、円状にいくつも広がる様子が、まるで仏が座る蓮の花のように見えるために「仏の座」と呼ばれるようになりました。歯痛を緩和する効能があります。

スズナ
カブのことですね。カブが鈴のように見えることから、名付けられたとも言われています。しもやけやそばかすなどの、皮膚の異常に効果があるようです。

スズシロ
大根です。涼しいほど白い、ということから名付けられたと言われています。咳止めや神経痛に良いよです。


これらを使って、美味しい七草粥を作る方法についてご案内します。
1. 米を研いで鍋に入れます。米1合に対して水7合と、かなり多めの水を入れましょう。このとき、お餅も入れるとなおよし。お正月の残りの餅を入れるのも、正月気分を断ち切るのに役立つはずです。
このとき、ダシも入れたほうがいいでしょう。私はダシの素を使っています。
2. 強火で沸騰するまで煮ます。沸騰したらお米をかき混ぜて底で焦げ付かないようにしたあと、弱火で1時間近く煮込みます。
最初に水を大量に入れておかないと、この時に焦げ付いてしまいます。1時間も煮込めば、余計な水はあらかた飛んでしまいます。待っている間に七草を細かく切り刻みます。
3. 一度沸騰させた後、七草を入れてかき混ぜ、塩を好みで少し入れて、できあがりです。

……1時間鍋が焦げ付かないように見張っているのは案外大変です。目を離すとすぐに沸騰してしまいます。ちなみに、沸騰したらすぐに火を止めてかきまぜ、しばらくしてまた火をつける、という作業を繰り返してくださいね。

野草なので、アク抜きした方がいい人もいるでしょうが、野趣が好きな私は、いつもアク抜きしていません。

1時間煮込むのは、手間暇がかかります。お時間のない人は、炊飯ジャーで炊いたご飯を鍋に入れて、2倍の水と餅を入れてかき混ぜながら沸騰させ、しばらく弱火で茹でて完成させるという手もありかと思います。七草は最後に入れてください。

私は一度米から炊いて、時間があまりにかかったので、もう2度とやるまいと思いましたので、今年は後者の方法で作る予定。

七草粥を食べて、みなさん、今年も頑張ってまいりましょう。

2012年12月9日日曜日

A4にまとめるという方法

「話し方がうまくなる◯◯の方法」などを読んでいるのに、話し方がうまくならない、という経験は、あなたにありませんか?

「話し方レシピを読んでも美味しい会話は作れない 」という記事に、
 こういうエントリーのポイントは、これを読んだだけでは何も変わらないということ。確かに自分の知らない話し方をしることができれば、それに意味はあります。ただし、読んだからといってその技術を使えるようになるとは限りません。会話の仕方を自分のものにするためには、実践する以外に方法はありません。
と書かれています。
もちろん、実践することも大切です。
でも、理論を実践できないのには、それ以外にも大きな理由があるように思えます。

世の中には、ハウトゥー本、マニュアルがたくさん出回っています。
話がうまくなる方法にかぎらず、勉強ができるようになりたい、もてたい、おカネがほしい……様々な欲求をみたすために、人々はそのような方法論を追い求めています。

それなのに、
・あまりに情報量が多すぎで、どれを利用すればいいのか悩む。
・いざその場になると、内容を思い出せない。
という理由で、せっかく方法が目の前にあるのに、実行できない人が多いのではないでしょうか。

まず、情報量が少なくても困りますが、多すぎても、どれを選べばいいのかわからなくなります。
「インターネットがあるから、記憶に頼らなくてもいい」
と言われた時代もありましたが、今ではインターネットに知識があふれ、肝心な知識になかなかたどりつけません。
記憶のきっかけになりそうなキーワードをGoogleに放り込んでも、目当てのページにたどりつくまでに四苦八苦する有様です。

そして悪いことには、その知識を利用しようとした時に、その知識の存在をすっかり忘れてしまうことです。たとえば、他人と話す時に、他人に好感触をもってもらうために効果的だと言われる方法に、ミラーリング効果というものがあります。

★ ミラーリング効果

かなり有名な方法ですから、ご存じの方も多いでしょう。
でも、それを実行できる人は、あまりいないはずです。
尊敬する人、好きな人、お客様、面接官……彼らと面と向き合ったときに、事前に準備していないと、ミラーリング効果のことをすっかり忘れていて、後になって、
「ああ、彼女の(彼の)身振りを真似すればよかった!!」
と後悔するのです。

では、どうすればいいのでしょうか?
それについて、ある知り合いが面白い方法を実践していたので、ご紹介しましょう。

彼の方法とは、
・手当たり次第に眼の前にある知識を貪欲に吸収し、そのあと、知識をA4の紙に集約していく。
というものでした。

サラリーマンを10年間務め上げたあと、独立して自営業を始め、今ではすっかり悠々自適な生活をしている彼は、かなりの読書家です。

ところが若い頃の彼の悩みは、読書で得た知識を実践で活用できないことでした。
(いったいどうすれば、知識を力にできるのだろう……)
悩んでいた時に彼がふと思い出したのは、
「どんなに大切なことも、A4の紙一枚にまとめられるはずだ」
という元上司の言葉でした。

元上司の言わんとすることは、企画書であろうと会議のための資料であろうと、証拠としての資料は、あればあるほどいい。しかし説明のための知識は、かならずA4程度にまとめられていないと使いものにならない、ということでした。

しかし、彼は元上司の考え方をさらに突き進めていきます。まず、

・人脈の作り方
・よき伴侶の作り方
・売上を上げる方法
・仕事上の知識
……

など、自分の興味のある分野を複数(彼は10~20程度と言っていました)定め、それぞれにA4の紙を用意、常にそこに、自分が得た知識をまとめていくことにしたのです。

(いいな)
と思った知識は、手当たり次第にメモ用紙やレシートの裏、ポストイットにメモします。
その紙を捨てずにまとめておいて、一週間ごとに、A4の紙にその知識をまとめていったのです。
新しい情報よりも価値の少ないと思われる古い情報は躊躇せずに消して、常にA4の紙におさまるように情報をまとめていったのです。

いまだに紙にメモするのをやめない彼に、
「紙にメモせず、iPhoneなどを活用すればいいんじゃないか?」
と提案したところ、
「携帯をいじっているとついついネットで調べ物を始めたりして、時間をとられてしまうから携帯にはメモしない」
と語っていました。

ところが、まとめる先のA4の紙は、やがてMicrosoft Wordへ変わりました。それ以来、作業効率はかなりアップしたようです。

彼は、2、3ヶ月に一度、その紙をプリントアウトして、クリアファイルに入れて持ち歩いていました。
普段からA4に知識をまとめているので、頭は常に整理されています。
でも、いざというときには忘れてしまうので、たとえば商談先に会いにいくときは、その紙の束を眺め、必要に応じて8つ折りにしてポケットに入れていたりして、かなり自由に使っていました。

今でも活躍している彼に、
「その方法は面白いから、『まとめてA4(え~よん)!』とか『A4"マ"とめる"プ"ロジェクト(略称:A4マップ)』などいったタイトルにして、ノウハウをまとめて、本にするべきだ!!」
と薦めたのですが、彼はなにかと忙しいため、未だ実行していないようです。

こういった方法があれば、知識を知恵として利用できるのでしょう。


2012年11月27日火曜日

肯定すること

ジョン・レノンという歌手については、知らない人の方が少ないでしょう。
「ビートルズ」というバンドのメンバーとして、数々の名曲を量産。
世界中のミュージックシーンを変えたと言われています。

ただ、一音楽家として終わったのならば、ここまで多くの人々の記憶にとどまらなかったかもしれません。
彼が、今でも世界中に影響を与えているのは、ベトナム反戦運動の旗手として人々に平和を訴えた、功績が大きいでしょう。

政治活動だけなら、大勢の政治家の仕事と何ら変わりません。
しかし、一流の音楽家の政治活動は、影響力が違います。
そして、彼の主張は、当時のアメリカ合衆国政府の姿勢と真っ向から対峙しました。
数多くの脅迫を受けましたが、彼はそれに屈しませんでした。

「アーティストは表現活動によって、世界を変えることができる」
そう信じて、行動した彼の活動が、世界の若者たちに大きな影響を与えたのです。

彼は多くの人に影響を与えましたが、彼自身もいろいろな人々に影響を受けて、彼という人格を形成しました。
若いころのポール・マッカートニーとの出会い、マネージャーであるブライアン・エプスタインからのアドバイスなどのお陰で、世界から愛されるアーティストへと変貌していきました。
その彼が、音楽活動に飽きたらず、反戦運動に大きく舵を切ったのは、オノ・ヨーコの影響です。

オノ・ヨーコは日本人ですが、大学中退後にアメリカに渡り、前衛芸術家として活躍していました。
彼女の展覧会に、1966年11月9日、ジョン・レノンは偶然、客として訪問します。

彼女の作品の名前は「天井の絵(Ceiling Painting")」
脚立に客は登って、天井に貼られたキャンバスを覗く、という趣向です。
脚立に登り、虫眼鏡を使って覗いた天井のキャンバスには、絵ではなく文字が書かれていました。








ただ一言、

"YES"

と。

素敵な作品です。
日本語の語感だと、
「大丈夫」
になるのかもしれません。

人間はとにかく、自分のことが一番大切な生き物です。
自分の存在価値を高めるために、他人を否定する人が世の中には、とても多いもの。

ふと気づけば、自分が否定する側に立っていることに気づくこともしばしばです。
傷つけられることが常態化するうちに、自分を守るために、他人を否定するのです。

そんなときに、誰かに、"YES"といってもらうだけで、心がふっと楽になる人は多いはずです。
誰もが、自分を肯定してもらいたがっています。

当時のビートルズは、大勢のファンから支持されながら、批評家や知人、教育者などからは批判も集めたため、メンバーのストレスたるや、並大抵なものではありませんでした。

揺れ動く自我に苦しんだジョン・レノンは、脚立をのぼり、天井を見上げ、そして"YES"という言葉をそこに見出した時に、救われたと感じたのかもしれません。

この話を聞いた時に感銘をうけたので、ご紹介しました。

2012年11月16日金曜日

明石家さんまのエピソード③

昨日の続きです。

少し脱線していたので、明石家さんまの話に戻しましょう。

2011年8月25日、大竹しのぶが「オールナイトニッポン」のメインパーソナリティーになり、ゲストとして明石家さんまを呼ぶ、というスペシャル企画で、しのぶの息子である二千翔くんの喘息を治した時のエピソードの真実が、25年ぶりに語られました。

……それは、巷間に流布した話とは、ひと味違っていました。これをラジオで聞いた時は、ほんとうに感動しましたね。なにしろ、元妻の大竹しのぶですら、25年間、知らなかったことだったのですから。

さんまが語るには、彼は当時、気功の研究にはまっていたのだそうです。

その数ヶ月前、テレビ番組の企画でさんまの超能力を試すとういうものがありました。見事クリアした彼は、テレパシーや気、魂の存在を信じるようになります。

彼の誤解か勘違いだったのかもしれませんが、ことの真偽は、ここでは問いますまい。

とにかく彼はそのとき以来、「自分は他人よりも"氣"の力が強いらしい」と考えるようになりました。
そして彼は試行錯誤の末に、ある方法にたどりつきます。

現実の障害を、何らかの視覚的イメージとして把握し、それを、想像上で変化させていくことで、現実をも変えてしまう……それが彼が独学で獲得した方法でした。気功や宗教、シャーマニズムにおいて、その技術は「イメージワーク」や「想念術」として知られています。

彼がどうやってその方法にたどり着いたのか分かりません。
もしかして、誰か師匠がいたのかもしれません。

さて、彼がいろいろな試行錯誤のすえに獲得した気功法を用いて、二千翔くんに施した方法とは、次のようなものでした。

喘息で苦しむ二千翔くんを寝かせ、その側に座り、じっとみつめます。そして、イメージングを始めるのです。実際に見るのではなく、その症状を、視覚化したイメージとして、自分の脳内に描くのです。

二千翔くんの喉から、喘息の原因となる熱気のようなものが、100本の針として生えている……これが彼のイメージした、視覚化した病患でした。

それがうまくいった後、喉に手を当て、イメージした想念上の針の束を、おのれの手で、少しずつ吸収していく……そのイメージを絶え間なく続けていきます。そして、その針を、少しずつ、自分の体内で消していくのです。

ところが現実の二千翔くんは、まだ苦しんでいます。
だから、再び彼の喉から針が生えてくる……そうイメージし、それを再び消す……そういう観念上の、高い集中力が必要な作業を、一時も休まず、ひたすら地道に、ふらふらになるまで一晩中行いました。そして、二千翔くんの喘息は、完治しました。

これこそ、彼があの夜に行った方法です。単純な神頼みではなかったのです。

オカルトな話なので、信じる信じないは、あなた次第。
でも、単なる祈りではなく、そこに独自の技術、方法論が隠されていたことを知って、それが真実か否かに関わらず、感動を覚えました。




2012年11月15日木曜日

明石家さんまのエピソード②

昨日の続きです。
明石家さんまが、長男の二千翔くんの喘息を治した、という話について、世間で知られているエピソードは、次のものです。
 息子の喘息は大変ひどく、入院していたのだが、薬漬けにする治療方針に反対し、一晩中、息子の両手を握って祈ったところ、喘息が治ってしまった。(Yahoo! 知恵袋「明石家さんまさんは、ニチカと言う息子さんが喘息で入院している時」より) 

この話をご存じの方も多いことでしょう。でも、座談の名手である明石家さんま自身によっても面白おかしく語られ、さらにはギャグや冗談を交えながら単純化されてしまっていて、ほとんどの人がこのエピソードを、単なるほほえまえしいハートフルなものだととらえているはずです。

ところが、大竹しのぶの『私一人』によれば、もっと事態は深刻でした。

二千翔くんの症状は大変ひどいものだったといいます。喘息が一旦発症すると、呼吸に苦しみ、いつまでも苦しむその様子は、見ていて耐えられないものだったそうです。しのぶによれば、父親不在によるストレスからくる病だったのではないか、と思うのですが、それはどうしようもない問題でした。しのぶがさんまと結婚しても事態は好転せず、親族を巻き込んだ不安の種となっていたようです。

それを治すためにさんまがとった行動。それは、親戚中から総スカンを食らう覚悟で自分自身の"治療"に、全責任を負って挑むことでした。
 大竹さんの長男、二千翔君は、幼い頃から、アレルギー性喘息で苦しみ、薬を飲みつづけていた。食事制限も厳しく、発作が起きると、涙を流しながら、ぜいぜい苦しむ。それを見かねた、さんまさんが、立ち上がった。
「よし、俺が治す。ええか、絶対に薬を飲ませたらあかんぞ」
「窒息したらどうするの」
と抗議するお義母さんに、さんまさんは
「一日だけ僕に時間をください」
と頼み、枕元で二千翔君の手を力強くにぎりしめた。
「だいじょうぶや。俺の気で治したる」
 それから、一睡もせずに、朝まで息子さんを励ましつづけた。すると、喘息の発作がそれ以来、すっかり消えたのである。大竹さんは、「奇跡のよう」と眼を丸くするばかり。以来、彼はまったく薬を必要としなくなった。風邪を引いても「自分で治すからいい」と薬を退け、ほんとうに自力で風邪を吹き飛ばすようになった──。(『私一人』大竹しのぶ著(幻冬舎)についてより)
その場では、かなり深刻な話だったようです。

このエピソードは大竹しのぶが上掲書で紹介して以来、知られるようになりましたが、さんまはその手の深刻な雰囲気を嫌って、笑い話として周囲に語るのでした。

……ところが、本当は、その背景にもっと複雑な事情がありました。彼は単に、気合で息子を"治療"したのではありませんでした。それが明らかになったのは昨年の話です。まだご存知でない方も多いかもしれません。

2011年8月25日、大竹しのぶが深夜ラジオ「オールナイトニッポン」の一日だけのメインパーソナリティーになりました。
彼女がゲストとして呼んだのが、明石家さんまでした。

彼ら二人は今でも仲がいいですね。
他の離婚夫婦のように、離婚後は絶交渉となるのではなく、ほどよい距離感を保ちながら、いい友人関係を維持しています。

お笑い系の人には、このような関係性を保てる人が多いようです。
ココリコの遠藤と千明とか、スピードワゴンの井戸田潤と安達祐実とか……。
お笑いの人間の持つ、コミュニケーション術の為せるワザなのでしょうか?

「笑わせる」という技術は、単純なようで大変難しく、その業界で生き残っている芸人たちは、大変な勉強家であることが多いものです。
他人を自在に笑わせるとは、自在に他人の感情を操れることを意味します。

たとえば落語家といえば、笑いの名手とだけ思われがちですが、彼らが語る落語の噺のレパートリーは多岐に渡り、喜劇ばかりではありません。

男性二人の刃傷沙汰が発端で、子孫が次々に亡くなっていく『真景累ヶ淵』のような怪談もあれば、落としたサイフを失ったことで、逆に目が覚め働き者になった男の話『芝浜』のような人情話など、彼らはさまざまな話で、聴衆を夢中にさせてきました。

名手ともなると、観客を恐怖に陥れることも泣かせることも自由自在。
寄席に集まる観客の感情を、自在に操ることができるのです。

昔の落語家の地位を占めるのが、今の芸人たち。
別れた女性に嫌われないというのは、かなり難易度を要求される技術だと思いますが、それを楽々とこなす彼らは凄いですね。

さて、閑話休題。さんまが二千翔くんを喘息から救った方法について、解説しましょう。

(長くなったので、明日に続きます)


★ 買えば生活必需品 選ぶポイントと私が勧める除湿機