2013年9月30日月曜日

堺市長選で現職が当選

関西以外の人間からすれば、関西でひとくくりだが、関西では違う。

都市それぞれが古い歴史を持っており、お互いに張り合い、それぞれが誇りを持っているため、なまなかなことでは妥協しない。東京を中心にまとまった関東や、仙台を中心にすることに抵抗感のない東北、福岡中心の九州などに比べると、悪く言えばまとまりがない。

京都は自分たちこそが関西の、いや、日本の中心だと考えているし、大阪は西日本一の都市だと信じているし、兵庫は神戸を抱えているので、国際貿易港として日本の都市の中ではダントツだと思い込んでいる。この三府県に比べると、奈良・滋賀・和歌山はそれほど自己主張は強くないものの、奈良は京都よりも歴史が古いと密かに自負していたり、府県民感情は一筋縄ではいかないものを抱えている。

その上、同じ府県内でも独立心が強く、意地を張り合う。堺市もまた然り。戦国時代に日本最大の貿易港であり、住民自治を成し遂げた都市である、という矜持があるから、余計にプライドが高い。

堺市が自治都市となったきっかけについては、随分前にこのブログでも書いたことがある。

★ 日蓮宗が流行る理由 中

堺には日蓮宗が広く広まっていて、それが堺の住民自治の原動力になった、ということを当時書いた。

その堺市の市長選挙で、大阪維新の会が推薦する西林克敏氏が落選、現職市長が当選を果たすことになった。それも6万票近い差をつけての圧勝である。

今回の争点は、大阪市と合併するかどうか、という点であったが、室町時代から連綿と続く独立心は、それを許さなかった。橋下大阪市長は、堺市民のプライドを汲み取ることができなかったのだろう。

それにしても大阪維新の会、参議院を戦ったことで粗が出て、党勢はだいぶ下火になってしまった。地域政党としてあと数年、地盤を固めて、それから参議院へ打って出ればよかったのに、急ぎすぎてしまったのではないだろうか。

戦というのは膨大な資金や尽力を費やすために、負けた時の痛手が大きい。よって「負けない」ことが何よりも大切だ。闘う者にとっては、勝負に強いという評判さえあれば、たいていの悪評をはねのけることができる。

関西であれだけの知名度と人気を誇る橋下市長なのだから、あと数年、地域改革に地道に取り組めば、盤石の地盤を築くことができたはずだ。地元で強ければ、それだけ発言権も増す。まだ若い。それだけの時間はあったのだ。

熊本で誰にも負けない地盤を築いてから選挙に打って出た、日本新党の細川護煕の例もある。細川氏が東京に進出したのは52歳の時だ。成功している前例があるならば、なぜそれを学ばなかったのだろうか? と不思議に思うが、まあ、それは後知恵だろう。そもそも橋下徹の念頭には、細川護煕の存在はないだろうし。

2013年9月29日日曜日

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
と述べたのは、ドイツの名宰相であるオットー・ビスマルクということになっている。
だが彼が本当に語った言葉は微妙に異なる。正確には、
愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。
Nur ein Idiot glaubt,aus den eigenen Erfahrungen zu lernen.
Ich ziehe es vor,aus den Erfahrungen anderer zu lernen,um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden.
というものだという(出典:Wikipedia)。

しかし、上記の言葉そのものより「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉のほうが人々によく知られている。格言というものが時間によって取捨選択された人々の智慧なのだとしたら、冒頭の言葉の方が、格言としてふさわしい。

確かに、個々人のせまい経験から導き出された判断よりも、多くの人々の経験を広く集め、比較検討し、客観的な事実として定着した歴史を元にして判断した方が、間違いがない。「三人寄れば文殊の知恵」とも言う。集合知による判断は個人の偏狭な判断力を大きく上回る。

経験に学ぶ愚は、歴史を見ても明らかだ。

イギリスは歴史に学んだ


イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、この国が「判例」を重視することで名を馳せた国で、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。

彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じた事件に当てはめ、自家郎中(じかろうちゅう)のものとした歴史上の知識をもとにして、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

確かに、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」は正しい。

経験に学ぶことは無駄なのか


だが、この言葉はときに、個人の体験をないがしろにするためにも使われる。
「自分の体験だけでものごとを判断してはダメだろ。もっと歴史を知らないと。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』というではないか」
などとね。

果たして、個人の経験を省みることは、歴史を学ぶことよりも意味のないことなのだろうか。

否。

「愚者は経験に学ぶけれども、聖人は経験から悟ることができる」
とも言えるのではなかろうか、と、ふと考えた。

中国の明代の思想家に、王陽明(おうようめい)という人物がいる。
若い頃に、武芸を学び全てに秀でると同時に、多くの書物を読み、広い知識を得たものの、確固たる判断力を得るまでにいたらず、長く迷い続けた。科挙という、今の司法試験以上に難しい試験にも受かるほどの知識も得たのに、心から納得することができなかった。

ところがあるとき、辺境の地に左遷されたのをきっかけに瞑想三昧の生活を送り、ついに「龍場の大悟(りゅうじょうのたいご)」と呼ばれる悟りを得た。それから何千人もの若者を指導し、政治家としても軍人としても一流の業績を挙げるという、八面六臂の大活躍をする。

彼は、
「書物が無くとも、思索を深めることで、人は聖人になることが出来る」
と説いている。

聖人は賢者を超える

王陽明に限るまい。釈迦も、キリストも、ムハンマドも、そして彼らから学んだ多くの聖人たちも、深い瞑想、思索の果てに悟り、多くの人々を導いている。瞑想は個人の経験をもとに思索にふけるものであり、書物を読みながら歴史的考察を深めるものではない。

イギリスはたしかに、世界中に植民地を得た。だが、その繁栄の源泉でもあるインドを、たった一人の「聖人」によって奪還されたではないか。
マハトマ・ガンジーは、南インドで弁護士を開業していた時に、インド人差別の実体を知る。生涯をイギリスの圧政との戦いに捧げることを誓い、創設した農園で、禁欲、断食、清貧、純潔を実践する瞑想生活を送ることで、あの高い精神性を得た。

彼の不服従の思想は国境を越え、世界中に感銘を与え、インドを独立させ、そしてイギリスの世界支配を終焉させた。

確かに、経験に固執する愚者は、歴史を学んだ賢者から支配される。だが、己の経験を「悟り」にまで深く掘り下げた聖人は、賢者を凌駕して、愚者を支配の鎖から解き放つことができるのだ。

2013年9月28日土曜日

暴力団員が大量にカンボジア国籍へ変わるかもしれない

顧客が暴力団だと知りながら融資を続けていたみずほ銀行が、金融庁から業務改善命令を受けた。
★ 金融庁 みずほ銀行に業務改善命令
金融庁によりますと「みずほ銀行」は信販会社が申し込みを受けて審査する「提携ローン」で暴力団員などの反社会的勢力に自動車の購入代金などとして合わせて230件、総額およそ2億円を融資していたことが去年12月に金融庁が行った検査で分かりました。
この融資についてみずほ銀行は、担当役員が情報を把握しながら、2年以上にわたって、抜本的な対応を取らずに放置していたということです。
銀行には警察から、
「これこれは暴力団員だから、融資を依頼されても断るように」
という情報が与えられていたのだろう。

しかし、銀行は暴力団員に融資を続けていた。事なかれ主義の最たるものだ。

これに対して、行政はよくやっている。罪を未だ犯さない人間(とはいえ捕まっていないだけでいろいろなことをやっているのだろうが)を捕まえることは難しい。

しかしその難関を越えて、少しずつ反社会的勢力を追い詰めていっている。金融機関の怠慢を見逃さない金融庁の姿勢も立派だ。そして警察も頑張っている。

★ 山口組「直参」組長を逮捕 ダミー会社に組事務所売却偽装の疑い
 県警によると、中村親子は容疑を否認しているが、残る1人は「事務所を売るために架空の会社を設立した」と認めているという。中村容疑者は「直参」と呼ばれる山口組直系団体の組長。
山口組の直参ともなると、容易に尻尾を掴ませない。警察はそこに切り込み、逮捕までこぎつけた。

追い詰められた者達はどうなっていくのだろう? 気になっていたところ、下記の記事を見つけた。伊丹十三を襲撃したことで知られる武闘派・後藤組の元組長が、カンボジア国籍を取得してカンボジア人となっていた。

★ 山口組系後藤組元組長『憚りながら』の後藤忠政氏は カンボジア人となって来賓席に座っていた!
後藤氏は、東京・渋谷のビル所有権を不正に登記した罪に問われ、懲役2年執行猶予4年の有罪判決を受けている。これが真珠宮ビル事件であるが、真珠宮ビルの地上げや所有権移転に絡む事件は他にもあり、捜査継続中の案件もある。
 それを避けての海外移住ということだが、本人は昨年末までにカンボジア国籍を取得、移住前から、フンセン政権とのパイプを誇るところから、今は、移住ではなく定住を決めているという。
カンボジアで与えられた称号は"アジャ"
「養鶏業など事業を始めており、順調のようです。政権人脈によって『アジャ』という称号ももらった。日本なら戦前の「伯爵」といったところでしょうか。
反省したとはいえ、犯罪組織の元組長を国民として受け入れる国があることに驚く。普通の国がそのような無茶を聞き入れるはずがない。

カンボジアの復興のために、日本からはかなりの資金と人材が投入されたと聞いている。光あるところに陰あり、日本の不逞のヤカラもまた、たくさん彼の地に渡り、良からぬ活動を行っているのかもしれない。

一組長だけがカンボジア国籍を取得しているはずがない。彼のような超有名人の国籍変更の陰では、ある程度の元暴力団員がすでにカンボジア国籍を取得していると考えるべきである。
 
もともと、中国人の日本国籍取得のための偽装結婚斡旋するのにも暴力団が多数関わっている。国籍の売買に抵抗は少なかろう。

とはいえ、先進国から発展途上国への国籍変更の例は、結婚以外には少ないだろう。

変更先の政府が本当に自分を守ってくれるのか? 日本に自由に渡航出来るのか? 不便があるのではないのか? 突然逮捕監禁されたりしないのか? 人権が保証される先進国とは異なり、発展途上国の国民になると、様々な困難が予想される。

猫ひろしは、そういった不安を払拭させるための、歩く広告塔だったのかもしれない。彼のカンボジア国籍取得はあまりにも胡散臭かった。

彼はカンボジア国籍売買事業の宣伝のために利用されたのかもしれない。日本の脛に傷持つ人々相手に、
「カンボジア国籍取得がいかに簡単で、日本で生活するにも不便がないか」
を宣伝する役割だ。

先述のとおり、日本の国籍を捨てるには不安要素が多く、心理的な抵抗感が根強い。だが、このような違和感は、ほんの少しの実例で逆転する。猫ひろしの活躍のお陰で、抵抗感が薄れた日本人は多いだろう。

警察による暴力団追放運動は、これから佳境を迎える。大量の暴力団員のカンボジアへの脱出がこれから本格化して、いずれ大問題に発展すると予想する。