『ブラックジャックによろしく』などを描いて多くの読者の支持を集める佐藤秀峰が、Twitterで、漫画家になれない人の言い訳について述べています。
佐藤秀峰先生の「今まで見てきた漫画家になれない人たちの言い訳」
これを読んで、身につまされる人も多いのではないでしょうか。漫画家を目指している人だけではなく、志あるものの果たせない人、何かを目指している人は、佐藤氏の叱咤に首をすくめる人も多いはずです。
私もその1人。
努力して物にならない人もいますが、仔細にその人生を検討しますと、それなりの理由がそこに存在します。
仕事で一流になれない人の3つの習慣 という記事によれば、
・物事を先送りする
・絶対的な努力の「量」が足りない
・自分への期待値が低い
の3つが仕事をものにできない人に共通する主な習慣だそうですが、中でも努力の絶対量が足りない人が、大変多い気がします。
時間が足りない、時間が足りないといいますが、そういう人に限って無駄な時間が多いものです。宵っ張りの朝寝坊で、朝の5分の時間がないと言いながら、夜はパソコンをいつまでも閉じることができなかったり。
本当に時間がないのか? 単に怠けたいだけじゃないのか?……と自分を叱咤激励するためにも、この佐藤秀峰のつぶやきを、時々読み返すようにしようと思います。
本日読んで気になった記事はこちら。↓
2012年7月30日月曜日
日本とアメリカの理想の違い
2010年12月7日に、一人の女性が乳癌で亡くなり、全米が悲しみの底に沈みました。
女性の名は、エリザベス・エドワーズ。彼女のご主人はジョン・エドワーズという上院議員です。
16歳の息子を亡くした夫婦は悲しみを乗り越えて、高齢出産を決意。二人の子供をもうけたものの、無理がたたったのか2004年に妻が乳癌となり、夫婦の闘病生活が始まります。ハンサムな元弁護士の上院議員が病床の美しい妻を支える姿が全米の共感を生み、それをセールスポイントとして夫のジョンは、その年の大統領戦に出馬しました。
惜しくも落選しましたが、将来の大統領は確実とも目されていたそうです。
ところが、ジョンは大統領戦のピーアールに携わった元女優と大統領戦のさなかに深い仲になり、末期癌で苦しむ妻をほっておいて、不倫相手は妊娠。その件がばれそうになると、子供の父親はスタッフだとマスコミに発表してマスコミの追求を逃れようとしましたが、失敗しました。
なんとなれば、スタッフの別荘に隠していた男女のビデオをスタッフが見つけたために、彼の堪忍袋の緒が切れたからです。彼は暴露本を発表。父親はジョンだと告発。ジョン・エドワーズが大統領になる道は絶たれたのでした。
この、いささか旧聞に属する話を思い出したのは、
ジョン・エドワーズ裁判、大統領候補の転落
という記事を最近読み、いまだ問題が解決していないことを知ったからですが、同時に河本準一の生活保護不正受給事件を想起したからでもあります。
2つの事件に共通するのは、理想の家庭像を裏切った、という点です。
未だに河本準一は批判を受け続けていますが、事件としては、より悪質だったキングコングの梶原に比べると、やや叩かれ方に平等性を欠く嫌いがあります。
その理由は、以前このブログでも指摘した通り、河本がおかんを大切にする芸人、という「理想の家庭像を、人志松本のすべらない話などで散々演じておきながら、実は母親に生活保護を受けさせていた、という二面性にありました。
「期待」や「理想」を演じようと政治家や芸人が躍起になるのは、そこに大きな利権がうまれるからですが、怖いのは、裏切られた時に針が大きく反対側に触れることです。エドワーズも河本も、見事に文化の逆鱗に触れてしまったのでした。
逆に言えば、振れ幅が大きいものを観察すると、その文化圏では、何が期待され、何を演じれば人気者になれるのかが分かってきます。上記の2つは、2つの文化圏が期待する家族像の違い(夫婦か、母子か)についても教えてくれます。
本日、読んで、気になった記事はこちら。↓
女性の名は、エリザベス・エドワーズ。彼女のご主人はジョン・エドワーズという上院議員です。
16歳の息子を亡くした夫婦は悲しみを乗り越えて、高齢出産を決意。二人の子供をもうけたものの、無理がたたったのか2004年に妻が乳癌となり、夫婦の闘病生活が始まります。ハンサムな元弁護士の上院議員が病床の美しい妻を支える姿が全米の共感を生み、それをセールスポイントとして夫のジョンは、その年の大統領戦に出馬しました。
惜しくも落選しましたが、将来の大統領は確実とも目されていたそうです。
ところが、ジョンは大統領戦のピーアールに携わった元女優と大統領戦のさなかに深い仲になり、末期癌で苦しむ妻をほっておいて、不倫相手は妊娠。その件がばれそうになると、子供の父親はスタッフだとマスコミに発表してマスコミの追求を逃れようとしましたが、失敗しました。
なんとなれば、スタッフの別荘に隠していた男女のビデオをスタッフが見つけたために、彼の堪忍袋の緒が切れたからです。彼は暴露本を発表。父親はジョンだと告発。ジョン・エドワーズが大統領になる道は絶たれたのでした。
この、いささか旧聞に属する話を思い出したのは、
ジョン・エドワーズ裁判、大統領候補の転落
という記事を最近読み、いまだ問題が解決していないことを知ったからですが、同時に河本準一の生活保護不正受給事件を想起したからでもあります。
2つの事件に共通するのは、理想の家庭像を裏切った、という点です。
未だに河本準一は批判を受け続けていますが、事件としては、より悪質だったキングコングの梶原に比べると、やや叩かれ方に平等性を欠く嫌いがあります。
その理由は、以前このブログでも指摘した通り、河本がおかんを大切にする芸人、という「理想の家庭像を、人志松本のすべらない話などで散々演じておきながら、実は母親に生活保護を受けさせていた、という二面性にありました。
「期待」や「理想」を演じようと政治家や芸人が躍起になるのは、そこに大きな利権がうまれるからですが、怖いのは、裏切られた時に針が大きく反対側に触れることです。エドワーズも河本も、見事に文化の逆鱗に触れてしまったのでした。
逆に言えば、振れ幅が大きいものを観察すると、その文化圏では、何が期待され、何を演じれば人気者になれるのかが分かってきます。上記の2つは、2つの文化圏が期待する家族像の違い(夫婦か、母子か)についても教えてくれます。
本日、読んで、気になった記事はこちら。↓
2012年7月29日日曜日
最後は橋下のうっちゃり勝ちになるのではないか
現在文楽協会と揉めている橋下徹に対して感じていた違和感がありました。彼は、 「役所の仕事は、原則民間に開放する」 という記事で触れているとおり、役所の仕事を民間に委託して役所のコストを下げることは正しいことだ、という信念を持っています。
これまで、大阪市や大阪府の役所では不正が蔓延し、めちゃくちゃな行政が幅を利かせていました。コスト削減の意思も乏しく、彼の改革は軒並み正しいものといえました。
しかし、コストカットすべてが正しい訳ではありません。短期的にはコストパフォーマンス的に合わないけれども、長期的な視野に経てば、必ず市民の生活の質の向上に役立つものがあります。短期的な業績を求められる民間ではできないような支援を、代わりに行政が担う必要は必ずあります。
しかし橋下氏は、信念に固執するあまりに、是々非々で進めるという姿勢を放棄しています。役所には最低限の仕事だけを残して、役所はそれ以外の活動から撤退するという価値観で自縄自縛に陥ってはいやしませんか。
大阪市音楽団の廃止はまだ理解できました。吹奏楽団は他にも何百とあり、大阪市だけがプロを雇う理由はないからです。しかし、文楽はどうでしょうか。文楽を主催する団体はとても少ないのです。ウィキペディアによれば、国指定の重要無形民俗文化財である人形浄瑠璃(=文楽)は、他にはこれだけしかありません。
相模人形芝居何百年も続く日本固有の無形文化であり、大変価値のあるもので、失われつつある文化の存続の象徴として、大阪市が資金援助をおこなうことはとてもよいことだとお物憂です。補助金全額カットは、やり過ぎです。
佐渡の人形芝居
真桑人形浄瑠璃
安乗の人形芝居
淡路人形浄瑠璃
阿波人形浄瑠璃
山之口の文弥人形
東郷文弥節人形浄瑠璃
恵那文楽
半原人形浄瑠璃
乙女文楽
文化を守る、という観点だけではありません。彼ら自由至上主義者が地方自治体や国家が、仕事をすべて民間にまかせてコストカットしていく今の流れは、人間を大切にする、という観点からも大きな間違いです。正職員として雇い、生活できるだけの給料を払っていた仕事を、アルバイトが代用するようになれば、人件費が間違いなく浮くのでコストカットできるでしょう。
しかし、私達の社会が目指す、国民一人一人の生活水準の向上という目標には、明らかに違反しています。
……そんなことを書こうと思っていたら、もっと優れた記事が先に発表されていました。
ビジネスマインデッドな行政官について
長い記事ですので、要約しますと、
自治体の首長が予算執行を「経営者感覚」で行うことはおかしい。 納税者から税金を徴収して分配するという行政の仕事は、民間では「管理部門」にあたる。「管理部門以外の人々」が働きやすい環境を整備し、その創造的な活動を支援するのが本務であるが、それ自体は何の収益も上げないし、何も創り出さない。
ところが「経営者感覚が高い」=「金を稼ぐことを過大評価する傾向がある」管理者は、ビジネスマインドを誇示しようして、コストカットのために、「労働者の平均賃金の引き下げ」のために努力を惜しまないようになる。 これは資産家と高い親和性を示す。
「主人」として君臨できる人たちにとっては、警察や消防や医療を「私企業」として自己所有し、自力で犯罪に立ち向かえず、火を消せず、病気を治せない市民たちから個別サービスごとに恣意的に課金して、ほとんど無尽蔵の収益を上げることができる。「すべての公共サービスの民営化」は資産家たちにとっては「税金を払わずに済む」だけでなく、「税金を徴収する立場になる」チャンスをも意味する。
「経営者感覚」の高い行政官は「収益をもたらさない公務は不要である」と判断し、「衆院の定員削減」、「公務員定数削減」さらには「首相公選」へと流れは続くだろう。 だが、「費用対効果の高い政治」を徹底的につきつめると、最適解は「アメリカの51番目の州になる」というあたりに落ち着くしかない。というところでしょう。
見事な分析です。
橋下氏を応援している方々は税金負担に不満を持ち、税金でのうのうと暮らしている公務員への嫉妬に囚われた人々が多いのでしょうが、その気持を抑え、橋下氏のような新自由主義舎の唱えるコストカットが果たして自分たちの生活を本当によくしていくのか、今一度立ち止まって考えるべきでしょう。
確かに納税は苦しいです。先日請求された住民税の額を見た時は、激しい憤りおを覚えました。納以前、税が遅れた時の役人の態度に、大変不愉快な思いもしてきました。しかし、その欲求から徴税者を恨むと、やがてそれ以上の災いが己の身にふりかかります。
自分の感情と、公共心との間にあるジレンマ。それにバランスを取るようにしていかないと、橋下氏のような、エキセントリックな政治家に操られ、最終的には自己の尊厳さえも失われてしまうことになるでしょう。
ただ、文楽協会は、ここには書いていない大きな闇を抱えている可能性があるため、単純にコストカットの是非だけでこの問題を論じられないのが悩ましいところです。
この団体、公益財団法人なのに、業務・財務資料をホームページ上で公表していないからです。
行政改革の一環として、平成13年8月28日付けの「公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会申合せ」により、国の各府庁が所管する公益法人は、平成13年以降は最新の業務及び財務等に関する資料をインターネットにより公開するよう義務付けられました。これを受けて、通常の公益法人は、日本盲導犬協会のように、財務資料を公開しています。
日本盲導犬協会について
それに連動して、地方自治体が管轄する公益法人の多くも、ほとんどは財務資料をインターネットで公開しています。これは、公益法人改革という2000年から2008年にかけて行われた制度改革の中で、かなり厳しく指導されたはずなのに、文楽協会は、いまだ財務資料を公開していません。
文楽協会について
こういう団体は、通常は会計処理がいい加減な場合がとても多いのです。橋下氏がかなりの戦略家であることは、アンチ橋下の人々でも認めるところでしょう。これだけ文楽協会問題を引きずっているのは、彼には勝算があるからでしょう。内部に大きな問題を抱えていることを、橋下氏がつかんでいて、それでここまで強気に出ている可能性があります。
本日読んで、気になった記事はこちら。↓
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