2015年1月12日月曜日

高倉健の愛読書『男としての人生』の最初の部分の概要と感想 2

一昨日に引き続き、高倉健の愛読書『男としての人生』の概要について、書きます……が、15章まであるので、すべてについて説明するのは長すぎるでしょう。

よって、この本について紹介するのは第4章までとします。本日は2章まで。次回、第3章と第4章について紹介をする予定です。



第2章 男の見切り

章のタイトルに「見切り」とつけられているものの、この章で取り上げられた山本周五郎の作品『虚空遍歴』の主人公は、見切ることの出来なかった人間です。
けれどもおれは、自分の浄瑠璃にみきりをつけたことだけは、一度もなかった。誰に悪口を言われ、けなしつけられ、笑われても、自分の浄瑠璃に絶望したことは決してなかった。
という『虚空遍歴』の中の一文が冒頭で紹介されていまず。主人公である中藤冲也は理想の浄瑠璃の創作のために武士の身分を捨て、芸人として身を立てようとして、夢を果たせずに死んだ人物です。

『男としての人生』の著者の木村は、18ページの章のうち作品説明に8ページを費やしています。作品を読んだことのない者にとってはありがたい構成です。

端唄で江戸を魅了した中藤は、浄瑠璃第一曲を中村座で演じてもらい、大成功をおさめます。ところが後になって、その成功が妻の実家である料亭「岡本」のお陰だったためだと知ります。

中藤は本当の実力を試してくて、妻から離れ、上方へと上ります。ところがことごとく失敗、そして失意の底で死んでしまう、というのが『虚空遍歴』のあらすじです。

「ぼくは、新しい小説に取りかかるとき、いつも遺書をかくつもりで机に向かう」という山本周五郎の口癖を紹介した上で、著者の木村は『虚空遍歴』こそが山本の遺書にもっとも近いと断言します。

昭和36年(1961)から38年に書かれた『虚空遍歴』のあとにも、『さぶ』などの有名な長編小説をいくつも山本は発表しています。しかし木村によれば、それらは完熟度は高いけれども、山本周五郎の味である、ねちっこい(いい意味での)脂っこさが抜けているそうです。

『虚空遍歴』が山本周五郎の遺作にふさわしい理由として木村は、山本の持ち味が生かされていること以外に、彼の人生と作品の主人公の姿が重なっていることも挙げています。偶然でしょうが、山本の逝去の様子は、中藤と同じ冬の雪の降る朝であり、その前後の様子は『虚空遍歴』の主人公である中藤の逝去の姿そのままだったそうです。

『虚空遍歴』の主人公の死因は、持病(肺疾患)の悪化です。作曲に行き詰まり吐血しながら、
「真っ暗だ。どっちを向いても真っ暗だ。なに一つ見えない、どこかで道に迷ったんだな」
と呟いて死んでいきます。

愛人・おけいに看取られながら亡くなった後、江戸から三日後にやってきた妻は枕頭で、おけいの唄う中藤最後の端唄を聞きながら、
「いい唄だわ――でもこうなってみると、しょせんうちの人は端唄作者だったのね」
と言い、それに対しておけいは、妻からも理解されない中藤をいたみ、自分だけが中藤の理解者だったと悟って、この作品は終わるのです。

『虚空遍歴』のモデルは、アメリカの作曲家・フォスターの生涯だそうです。山本は『青べか物語』で「わたくしのフォスター伝」と名づけた章を設けてフォスターを描くつもりだったそうです。その計画を変更して、本格的な長編小説として再構成したのが、この『虚空遍歴』でした。

中藤が新婚後に妻を残して上方に向かったのは、フォスターが妻子と別れてニューヨークへ向かったことを下敷きにしています。いずれにしても、自分勝手な個人主義ではありますが、、
だが、自分が好ましいと感じたひとつの仕事に生命を賭けてまで忠実であろうとすれば、あくまで仕事が第一であって、妻子などは二の次三の次の小さな問題にしかすぎないのである。
と木村は自論を展開します。仕事も家庭も両立する人生を「二股膏薬的な処世」と木村は断罪するのです(この辺りから私は、『男としての人生』の著者木村の考え方にも、彼が賞賛する山本周五郎の価値観にも同意できなくなってきました)。

山本周五郎の仕事観は、『虚空遍歴』の主人公らと同様の厳しいものだったようです。
山本周五郎自身も、きよ以前夫人(昭和20年死去)と結婚したときから、起居する家と仕事場を別にするという生活様式をとり、昭和23年からは自宅から2キロ余りはなれた旅館で原稿を書き継いだ。晩年には眼と鼻のさきの本宅にさえ帰るのもまれという独居の生活に入った。

山本は短編小説の名手だったけれども、読切り連載などの制約を一切とらない本格長編小説を描きたいという希望を抱き続け、その結晶が『虚空遍歴』だったそうです。端唄で実力を認められながら浄瑠璃作曲で世に認められたいと願った中藤と、似通っているではありませんか。最期まで自分の才能に見切りをつけずに可能性を模索しようとした気魄に感動してやまないと、木村は中藤や山本を賞賛します。

第二章では、もう二つの作品が紹介されます。『栄花物語』と『正雪記』です。このに作品もまた、己の才能を死ぬ間際まで見限らなかった主人公を描いています。

彼らは門地・門閥を持たなかったために、若いころに屈辱を味わいます。
とくに印象的なのは、紀州侯のまえで講義を行う(由比)正雪の面体をにらみすえた家老の安藤帯刀が、正雪をニセモノだと決めつけ、下郎下がれ! と大喝する場面である。

山本には学歴詐称の癖があったらしいので、似たような屈辱を若いころに味わったのでしょう。

いずれにしても、人生の土壇場まで粘り抜いた人々を山本は愛しており、こうした存念をもって彼の作品を読みなおして欲しい、というのが木村の主張です。

雑感

『男としての人生』は高倉健の愛読書でしたが、その主人公である山本周五郎の座右の書となったのは、ストリンドベリーの『青巻』でした。

どこかで「ストリンドベリー」という名前を聞いたことがあるなと思って調べてみたら、私のブログで以前触れたことのある人物でした。興味のある方は、お読みください。

★ 夫婦が仲良く過ごすために ②

ストロンベリーが『青巻』で最後に述べた
苦しみつつなお働け、安住を求めるな、人生は巡礼である
という言葉に山本は最も感銘を受けたそうです。そして小説家として成功をおさめたのちに、ひたすら小説をかくことに打ち込んだ結果、山本周五郎は最晩年にしんみりと、
「ぼくが書きたいことは、ぜんぶ小説のなかに書いた。頭の中がガラン洞になってしまった」
と木村に語ったそうです。山本周五郎は『虚空遍歴』の主人公と異なり、小説家として大成し、長編小説も短編小説に劣らず評価を受けることができました。

しかし、彼もまた、その最後に虚脱感に悩まされていたとしたら、それは彼の生き方が間違っていたように思うのです。『虚空遍歴』の主人公は、仕事のために人生を賭けたものの、成功せずして悔やみながら死にました。ところが、同じく仕事に人生を賭けた山本周五郎は、成功をおさめたにも関わらず、晩年を虚しいまま死んだのです。

つまり、家庭を犠牲にして仕事に人生を賭けたこと自体が間違っていたのではないか、木村が罵倒した「二股膏薬的な処世法」こそが、悔やまない人生となったのではないかと思えてならないのです。

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