2014年12月10日水曜日

ホリエモンの考え方に共感するのは、公務員に多いのかも

以前、とある勉強会で知り合った区役所の公務員が休憩時間に本を読んでいました。その本は堀江貴文の、
『君がオヤジになる前に』。


意外に思いました。堀江貴文といえば、新自由主義の申し子、 企業家バンザイ。公務員とは真逆の人、というイメージがあったからです。

「本、面白いですか?」
彼は答えます。
「面白いですよ。いろいろと共感することが出来て」

(へえ、共感するのか)
と、私は驚きしました。

それから他の公務員の友人と話す機会がありまして、そのことを話したところ、友人自身はそうではないと断った上で、
「上司や同僚に、そういえばホリエモンの信者や彼のことを好きなやつ、いるね」
と言うのです。
「自分に出来ないことをやすやすとやってるとこが、カッコいいと思えるからじゃないのかな」
と、彼は言います。

それだけだろうか、と考えてみました。

ホリエモンの主な主張をまとめますと、
  1. 能力主義
  2. 弱者切り捨て
  3. 行動主義
  4. 無責任
  5. 伝統や権威の否定
といったものでしょうか。

こうして並べて考えてみますと、なるほど、ある種の公務員が彼に共感する理由が、見えてくるような気がします。 

自分が有能だと思う人々

まず、1.能力主義、弱者切り捨てに関して。公務員には、自分の能力に自信をもっている方が大変多いものです。学校の成績が良い方が多く、学校の試験の延長線上にある公務員試験に受かって職に就いた方々が多いです。 昇進も試験の結果で決められることが多く、民間の競争を知りません。

ホリエモンが主張する能力とは、自由競争の中で勝ち上がる能力でしょうが、そこは人間、自分の業界のルールに引き寄せて考えます。中でも自分たちが有能だと思っている幹部候補生たちの耳に、ホリエモンの能力主義は心地よいことでしょう。

2.弱者切り捨てに関してはどうでしょうか。

役所に押し寄せるのは、社会の中でも恵まれない人々が多いものです。平日の昼間に役所に行きますと、ときどき窓口の職員に、
「お前の上司に代われ!」
と怒鳴り声を上げているヤクザまがいのオヤジなどに出くわします。



「公僕」という言葉を文字通りにとらえ、税金をほとんど払っていないのに、
「お前ら俺達のしもべだろ? お前らはオレたちの税金で食ってるんだ。文句があるのか!」
と言い放つ人々に日頃から接する機会が多い公務員の中に、
(あいつらがダメになったのは、自分自身のせいだ)
と、弱者全体に反感を持つ人が増えても不思議ではありません。

そうしますと、当然ホリエモンの、自己責任論、低能力者切り捨てに共感することになります。

ましてや、自分たちがリストラされることはほぼありませんから、無能力者がリストラされるのは当たり前(自分たちはリストラされないから有能)という考えにて陥るのも無理はありません。

公務員は責任を問われない

3.行動主義に関してはどうでしょうか。公務員の中には、仕事をしない、できない人間が一定数含まれています。縁故採用された人などですが、彼らに反感を感じている有能な公務員は多いでしょうから、彼らがホリエモンの行動主義に共感するのはよく分かります。

大都市ではさすがにそういうことはありませんが、地方都市などにいきますと、事務所の外の喫煙所、衝立の向こうのベンチに座って、一日中だべっている人などに出くわします。問い合わせをする窓口が分からなくて、彼らに尋ねても、うるさそうに立ち上がって、
「それ、あそこの人に聞いてくれる? 俺は今休憩中だからさ」
などと、1時間前からそこにいるのに堂々と命じたりするのです。

4.無責任はどうでしょうか。公務員は、誤った施策に対して基本的に責任を問われることはありません。無論左遷されることはあります。でも、数年に一度、転勤することが多く、仕事自体も成果が見えにくいものが多いため、自分自身の施策の結果を目の当たりにすることがあまりありません。

数年後に自分たちがおこなった施策によって多数の犠牲者が出たとしても、当時の担当が探しだされて罪を問われる、ということもありません。

そうしますと、
「一生懸命にやった結果が悪くても、それに対していつまでも責任を問われるのはおかしいでしょ。その時にそれに賛同した人たちの責任だから」
というホリエモンの主張は、自分を免罪してくれるものとして、心地良いものとなるでしょう。

ホリエモンも公務員も、一生安泰

「尖閣諸島を中国にあげればいい。それで中国が満足すれば」
と放言したことで有名なホリエモンですが、彼が小笠原諸島近海に大挙して押し寄せた中国船について述べることはありません。一歩引き下がれば一歩踏み込まれる相手の無理難題を聞くことは、相手につけいられるのと同じですから、こうした無責任な発言は、落選する危機のある政治家などは出来ないものです。

元億万長者という滅多に無い肩書きを持ち、実刑も喰らったことのある彼には怖いものはないでしょう。批評家としての地位は安泰ですし、それなりの資産もある彼は、たとえ言ってはならないことを言って、マスコミから干されようとも、食うに困ることもない、天下無双状態。首を切られない公務員のようなものです。彼の無責任礼賛が、一部の公務員から共感されるのも当然かもしれません。

5.伝統や権威の否定に関してはどうでしょうか。

役所の中ではつまらない伝統がてんこ盛りです。前例踏襲主義が根強いですし、叙勲の推薦手続きなんざ、後ろ向きもいいところで気が狂いそうになります。監督諸官庁の人々の機嫌をうかがったり、ひたすら昔の事績を調べたり。こんな仕事で一生を終えたくないと思う方々は多いことでしょう。

公務員に共産主義へのシンパが多いのはよく知られています。伝統や権威を守る立場にあるからこそ、それに従わざるをえない自分に忸怩たるものを感じる機会が、民間で勤めている人間には多いかもしれません。

(なぜこんな馬鹿げたルールに従わなきゃいけないの?)
(なぜ儀典のような馬鹿げたことにこんなに一生懸命にならなくちゃならないの?)

こうした思いをもつ人々にとってホリエモンの伝統否定発言は、
「よくぞ言ってくれた!」
と拍手喝采を浴びせたくなるのかもしれません。

匿名だから底辺ばかりというわけじゃない

尖った発言をすれば叩かれます。特に、地位のある人間で、批判に弱い立場の人には批判が集まり易い傾向があります。

公務員は地位があるものの、作家や政治家のような、多数のファンが周りにいるわけではありません。だから、余計なことを発言すると批判が殺到し、せっかくの地位を失いかねず、さらには彼を養護するサポーターにも恵まれないために発言するだけ損というもの。

それに、ある程度の承認欲求が満たされている彼らは、ネット上で発言する必要性を感じることは少ないでしょう。むしろ、百害あって一利なし。今後の昇進にも影響が出ます。

実名で発言するほど馬鹿じゃない、と思っている公務員のほとんどは、ウェブ上の発言は匿名で行うことが多いものです。

ホリエモンに共感する層というのは、物知らずの学生や自営業者たちだろうと、なんとなく思っていました。彼のブログやTwitterに賛同のコメントをしている人々も、そうだろうと。

ですが、こうして考えますと、ある程度有能だと自負しているけれども、他者への思いやりの少ない中間管理職の若手公務員などに、彼へのシンパが非常に多いのかもしれません。



0 件のコメント:

コメントを投稿