2014年10月4日土曜日

楽天監督にデーブ大久保がなる構造的な問題

大久保博元が楽天の新監督に決まるという。報道を読んでゾッとした。

大久保博元、愛称・デーブ大久保がどういう人物か。強者への服従&弱者への暴力を体現化した男じゃないか。

たとえば2008年、彼は不倫していた女性を殴って騒動になったのをご存知か。

大久保は妻ある身ながら、不倫。ところが相手の女性が、別の男性とキスしている写真を発見してケンカして殴って警察沙汰になった。彼女に隠し子を産ませていることも報道でバレた。
大久保コーチについて特集を組んだのは、「週刊新潮」と「週刊文春」。両誌の記事はいずれも、けがをした女性が大久保コーチの不倫相手で、今年2月に大久保コーチの“隠し子”(男児)を出産したとしている点で共通している。
彼は検察に容疑を認め、20万円の罰金刑を受けている

2010年には西武で、菊池雄星に暴行。。

2014年には楽天の柿澤貴裕外野手に水をとらせないままノックの訓練をおこない、柿澤に意識を失わせて昏倒させる、という事件を起こした

現役時代も彼の行動は周囲の目に余るものだったという。弱い者への暴力をふるい、そして、嘘はバレなければいいとばかりに、ごねる。

こんな人物が楽天の監督だというのだから冗談じゃない。

もっとも、嫌だ、おぞましい、と感想を述べているだけでは何も変わらない。なぜこのようなおぞましい人事が怒るのか、冷静に考えてみたい。


上司にイヌのように従う

彼が抜擢されてきたのは、大久保が実力者にとりいるのがうまいからだ。大久保について、どの報道も一貫して、
「彼は実力者にかわいがらている」
「彼は上司に取り入るのがうまい」
と報じている。

長島、星野といったスーパースター、三木谷という楽天の創設者に、彼はイヌのように従う。

彼は尽くす。禁じられていても花束を病床の長島に届けようとしたり、食事にこまめにつきあったり、冠婚葬祭に出席したり。

ところが彼は、気に食わない上司には平然とくってかかる。文句を言う。暴言を吐く。

大久保に気に入られた上司にとってはたまらないのだろう。自分にしか尻尾を触らない猛犬のようなものだ。他の人間と険悪だから、裏切られて乗り換えられる心配がない。可愛いから、彼が失敗しても許してしまう。馬鹿な子ほど可愛いのだ。


力がある

ドラフト時代には西武から一位指名を受けているし、1987年には2軍のオールスターゲームでMVPに輝いている。西武には優秀な捕手がいたため長い間2軍でくすぶることになった苦労人だが、1992年に巨人に移籍後は大活躍した。

前半戦を打率3割、大久保が打ったときは巨人は必ず優勝していたから、1992年の1年間、彼の映像が必ずテレビでは使われ、一躍人気者となる。

1993年には4番打者として出場したこともある。巨人の4番を打ったことがある、というのは野球人としての実力を保証する。長い引退後の生活で、これが生きた。

西武コーチ時代には、長かった2軍時代の経験を踏まえ、2軍と1軍のコーチの連携に着手。2軍で指導されたことが1軍昇格時に否定される、という悪癖を是正したという。コーチとして様々な改革を行い、成績をあげている。


人間、誰しも身内に甘い

大久保の行為は、普通許されないことだ。暴力に厳しい欧米ならば許されないだろう、とも思ったが、アメリカでもアメフトのスター選手には、DVの噂が流れても余程の証拠がない限り、チームを解雇しないらしいから、そうとも言えない。たぶん、実力のある身内には、全世界、どこでも甘い。

不倫をして隠し子を作ったとか、暴力を振るったとか聞くと、誰もが、
「とんでもない奴だ」
と怒るだろう。でも、それが自分の弟や子供だったら?
「どうしようもないやつだ」
と思いつつも、代わりに自分が謝ってやらないといけない、とか、かばってやりたい、と思うのが人情というものだろう。

「家族」「身内」という絶対的に信頼できる存在。贔屓(ひいき)してしまうのは、どうしようもない人の性(さが)だ。

逆に言えば、他人に、
「こいつは身内だ」
「彼は家族だ」
と思わせれば、相当いい加減なことをしていても、許される。


身内と認められるためには

どうすれば家族として認められるのか。他人との約束はすべてことわり、身内との約束をすべてに優先する。そして、組織、身内の改革のために全力を尽くす。ヤフー知恵袋に、大久保の知り合いだという人物の投稿がある(匿名なので信用出来ないが)。

「ゴルフ中に彼に会ったが、大変義理堅い人で、無関係の他人にも、先輩にも礼儀正しく、決して無作法な態度を取らない」
というようなことが書かれていた。想像できるシーンだ。

この手の人物の特徴として、まったく無関係の人間には愛想よくふるまい、身内の人間には服従する。上司にとっては使える手駒となる。

その上、悪評をすべて引き受けてくれる。組織のために泥をかぶってくれる人間は身内と認められる。

リーダーは孤独だ。その負担を肩代わりしてくれる人材は少ない。大久保が監督となったら三木谷オーナーを批判する声は少なくなり、世間の批判はほとんど大久保がかぶってくれるのだろう。実力者側の汚い打算も、大久保の出世を後押しする。


DV許容の土壌の排除は困難

大久保が野球界で活躍しているのは、長島の後押しがあるからだという。

長島茂雄という人物は、聖人のように思われている。私も長島さんは、大好きだ。明るく、ひょうきんで、それでいて偉ぶらず、しかも天才だ。

しかし彼には、自分以外の人間に横暴を重ねる人間を許す、といういやらしさがある。実力があってもくすぶっている人間は多い中、長島が長い間スポーツ界で活躍し続けられた理由の一つは、彼が読売新聞の独裁者である渡辺恒雄の盟友だったから。

ナベツネは御存知の通り、読売新聞の良心とも呼ばれた黒田清を追放するなど、ライバルを人事で次々に粛清して今の地位にのしあがった男だ。このナベツネの個人的なパーティーに、長島はたびたび駆けつけてナベツネの威光を後押ししてきた。

思えば、ナベツネが様々な横暴を重ねても、長島はナベツネを一切批判することがなかった。長島にとって「巨人軍は永遠に不滅」の存在だ。

独裁者の身内となり、彼の横暴を看過していた人間が大久保をかわいがるものも当然か。長島にとっての正義は組織の繁栄であり、組織の繁栄のための横暴は、許容範囲なのだろう。


できることは少ない

上の者の人間の威光をバックにして、コミュニケーション力に弱い者をターゲットとして、いびり、横暴を重ねる。それが悪いとまったく思わない人間が、旧日本帝国軍で活躍し、現在のブラック企業で暗躍する。イジメの土壌そのものだ。

醜悪だが、それが人間だ。近代社会はこうした人間の感情をできるだけ抑制することを要求してきたが、なかなかに難しい。

それがダメだと、一族の外から見れば分かる。でも、一族の中では許され、やがて彼は独裁者となり、組織を牛耳り、自滅させてしまう。だがそれには時間がかかる。

この手の人間が組織にもぐりこみ、組織の長がそれを黙認し始めたのならば、どうしようもないのかもしれない。外部の人間にできることは、その組織に協力しないくらいだろう。楽天で物を買わないとか。

個々人の幸福と、組織の繁栄との矛盾に私たちはしばしば遭遇する。

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