2014年10月26日日曜日

ときに、一冊の本のある文章が繰り返し役立つことがある

ある本を買おうかどうしようか迷っているときに、アマゾンのレビューを読む。
「私の人生に影響を与えた」
とか、
「私の人生を変えた」
という感想を読むと興味を掻き立てられる。

ただ、それだけでは買わない。レビュー主がそれまでどんなレビューを書いていたかを念の為に確かめる。

その本にしかレビューを書いていなかったり、レビューが数日の間に数十件書かれていたりすると(そしてその本以外のレビューはすべて定型文だったりする)、
「これは業者が書いたのだろう」
と判断して買うのをやめる。最近はあの手この手で広告代理店が暗躍しているので、油断がならない。

そこまでしてレビューを確かめる必要があるかといえば、私にとってはあると言える。くだらない本を買って時間と金銭を浪費したくない。口コミは信頼できる物がまだ多い。レビューで一般人に、「人生が変わった」と書かせるような本は、それなりに面白いものが多く、読んで損をした、と思うことが少ない。

最近では『人間の土地』が面白かった。


本の感想はまた今度書くつもりだ。アニメ映画監督の宮崎駿が本書の解説を書いているという事実だけで、本書を手に取る価値はあるだろう。これもレビューで一生の宝だなどと激賞されていた。

ところで、そこまでではなくとも、小さな影響を与え続ける一節もある。何度も思い出され、人生に少しだけ影響を与え続ける本がある。

一昨年の話だが、雪の降る日の通勤中に、足をすべらせて右足の親指を痛打した。痛みがひかず、二週間以上経過した末にようやく整形外科でレントゲンを撮ってもらった。

ところが異常がみつからない。炎症も起こしていない。完治しているはずだが、突き指をしたときのような鈍い痛みが、長時間歩くと右足の親指付け根を襲い、治らない。

そのまま一年あまりが経過した。強い痛みは時々再発するため、この痛みとは一生付き合わねばならないのだろうと覚悟するようになった。

ところが今年の初めからトレーニングを始めた。走るとやはり右の指の付け根が痛む。そのときに、とある本のとある一節が私の脳裏に思い浮かんだ。

初見良昭という武道家の自伝に書かれていた一節だったと思う。本を仕舞いこんでしまったので取り出すことが面倒なので、うろ覚えのままに書くと、初見氏が武道の師匠について稽古をしていたときのエピソードである。

当時の武道の稽古というのは荒っぽく、森の中を猛スピードで木剣をふるいながら駆け下りたり、ひたすら立ち木を木剣でぶったたりたりといったものだった。自然の中だから、何が起こるかわからない。突然枝が折れてケガをしたり岩で滑ったり、それが日常茶飯事だったという。

ときには何日も痛みがひかないこともある。ところが、ケガを気にした初見氏に師匠は、
「それを無視しろ」
と命じる。最初は、
「骨でも折れていたらやばいんじゃないか」「腱が切れていいやしないか」
と心配した初見氏だったが、稽古を重ねるうちに、痛みが消えてしまう、という経験を幾度となく繰り返すようになった。激しい鍛錬が傷を癒すのだ。

やがて余程のケガでない限り、無視してトレーニングをするようになった、という。

私はそのエピソードを読んで、人間の身体は随分と丈夫にできているもんだと感心した。

さて、私が今年の初めにトレーニングを始めたときにたびたび傷んだ古傷に、話を戻す。

痛みは間違いなく、ある。でも、現代医学では治しようがないものだ。それならば、この痛みを我慢しよう。我慢して、身体を鍛えることに専念しようと、私は考えた。鋭い激痛が走る。それを無視して運動場を走るのだ。

結果的にその考えは正しかった。今では、トレーニングをしても痛みがさほどなくなった。あれほど一昨年、私をさいなんだ足の付根の痛みが嘘のように弱くなったのだ。

痛みを無視して、トレーニングで解消してしまうことができる、という信念。

現代医学では何を非科学的なことを、と思われるだろう。だが、私の右足指の疼痛が減ったことは間違いない。もしも現代の常識のとおりに、トレーニング自体を取りやめていたら、私の足の痛みはそのままだったことだろう。

そして思い出す。初見氏の本を読んでから、ケガをして身体を痛めたことがそれ以外にも何度かあった。私は、多少の痛みは我慢してトレーニングを続けるのだが、そのたびに心に思い浮かべ、勇気づけられてきたのがこのエピソードだった。そして、痛みはどれも、今は残っていない。こうしたことが何度もあったことを、今思い出した。

痛みがトレーニングで消せるものかは知らぬ。だが、原因が分からない不定愁訴は無視出来ると信じ、痛みを耐えてがんばって来れたのは、初見氏の本のあの一節に出会えたお陰だった。その結果、私の生活がほんの少し楽になったのは、間違いない。

本を読むことで、思いも掛けない一節がのちのちまで人生を良い方向へ切り開くこともあるという一例である。

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