2014年9月4日木曜日

そういえば、復讐心は性格をゆがませる

性格は、日ごろ何を考えているかによって形作られる。

日頃から敵意を持って他人に相対していると、怒りっぽい人間になるだろう。他人に親切にすることを心がけていれば、やがて優しい性格になる。

一昨日「ステージが変わると、復讐の機会は失われる」という記事を書いた。

復讐心を少しずつ抑えていくことができたことに今では安堵感を持っている。なぜなら私が憎んだ彼らこそ、相手を許すことが出来ないタイプの人種だったからだ。彼らを憎むことで、彼らと同じ人種となる……この教訓めいた法則は真実だ。

「ミイラ取りがミイラとなる」という格言を思い出すべきだろうか。あるいはニーチェの「深淵を覗き込むものは、深淵からも覗かれていることを忘れてはならない」という箴言を思い出すべきだろうか。

加害者たち……嫌な人間に共通する蛇のような執念深さは、猜疑心と結びついていて、周囲を巻き込んでいく。彼らは誰かを貶める瞬間は、とても幸福そうだ。しかしそれ以外は、
(誰かにいつか陥れられるのではないか)
とビクビクしている。独裁者が「実は小心者」と揶揄される所以である。

彼ら同士はつるみ、お互いに傷を舐めて自分たちは幸せだよというアピールをする。人生を謳歌しているように見えるものの、間近で観察する機会があれば、よく見るがいい。こんなみじめな人生を送りたくはないとしみじみと感じるだろう。私は彼らを観てきた。

騙されてはならない。健全な人間は彼らと縁を持たないように心がけなければならない。「君子危うきに近寄らず」という格言は真実である。

ゴキブリやネズミが周囲を不潔にしながらコロニーを作り出していくようなもので、その中に紛れ込んだら病気になる。デング熱に罹患するのが分かっていながら代々木公園に敢えて行く必要があるだろうか。

目指すところは、彼らを許さないでいられる"健全な"価値観を持ち続けること、同じような境遇に再度陥っても、抗うための知恵を蓄えること、はねのけるための力を鍛えること、同じ志を持つ仲間を作ることなどだろう。

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