2014年7月7日月曜日

計画を立てずに目標に近づくという生き方

目標を達成するために、がっちりと計画を立てた上で実行しようと、多くの人がするはず。

目標、計画、実行……こう聞いて、「PDCAサイクル」のことが頭に浮かんだ人も、多いかもしれません。

Plan(計画):計画を作成する
Do(実行):計画に沿って実行する
Check(点検):実行した結果を確認する
Act(改善):計画を見直す

上記の4つの段階を繰り返すことで、目標を達成できる、というのが「PDCAサイクル」です。


計画の実行が苦手

ところが私、お恥ずかしながら計画を実行することが大の苦手です。

計画に、実行できるような分量を計算して詰め込むのですが……。

ところが計画通りにいかないことが多くて、結局尻すぼみになってしまいます。今までうまくいったのは、むしろ計画をたてずに始めたことばかり。

そんな自分がはがゆくて、罪悪感を抱いていました。

宮部みゆきはプロットを作らない

目標達成のために計画を立てないということは、プロット(構成)を作らないまま小説を書き始めるようなもの。短編小説ならばともかく、長編小説でそれがうまくいくはずもありません。

人生は一冊の小説のようなものだ、と考えていた時期にそう考えていたこともありました。でも、次の記事を読むと、どうやらそうとも言えないようです。

★ 宮部みゆきはプロットを作れない
たいていの作家は、最初にプロットを作り、それが出来てから小説を書き始める。
では宮部みゆきは何も考えてないのかというと、もちろんそうではない。
宮部みゆきは小説を書く前に言葉にしてしまうと「(アイデアが)逃げてしまう」という感じがするそうだ。
だから、言葉にはせず、イメージで考えているようである。
書く前に、どういう話にするかというのは、ある程度決まっていて、資料なども読んでいる。
言葉を超えたところで話を考えて、そのイメージを書き起こしていくのだろう。
だが、それがゆえに、連載小説だと、後から書き直すことが多いそうだ。

宮部みゆきといえば、長編ミステリーの女王と言われている人物です。彼女の著書『火車』を夢中で読みました。


クレジットカードや借金で身を持ち崩した女性が犯した犯罪を、休職中の刑事が少しずつ解明していくこの長大な物語は、読み始めたら止まりません。

「こんな素晴らしい小説を書く女性がいるのか」

小説を読み終わった後、興奮がしばらく収まらなかったことを覚えています。

これ以外にもたくさんの傑作をものしている宮部みゆきが、プロットを作らない、いや、作れない。それに私は、天啓に似たものを感じました。

「計画なんて、実は立てなくてもいいんじゃないのか?」

計画を実行するだけの人生はつまらない

上記記事にも書かれていますが、宮部みゆきがプロットを作らない理由は、
「プロットを作ると小説を書くのがつまらない」
からだそうです。

分かります。私が計画を実行できないのは、計画をコツコツと実行する過程が、つまらなくて、嫌でたまらないからです。味気ないし、楽しくないのです。

目標を立てて計画を作成して実行する……この一連の流れを楽しんでやれる人も、いるのでしょう。でも、それができるのは才能です。とすると、逆にいえば、その才能がない人もいる、ということでしょう。その影には、計画を実行できても、目標達成だけが目的となり過程を楽しめなくなった人は、その数倍、いるということになるでしょう。

要は、自分がどちらのタイプなのかを自覚して、自分にあった方法を取ることが大切なのではないでしょうか。計画を実行できるタイプは、しっかり計画を立てればいいのですし、逆に、計画を実行するうちにやる気が削がれてクソつまらない気分に毎回おちいる人間は、それ以外の方法を考えればいいのです。

人間、いろいろなタイプがある

目標を達成することは、誰にとっても叶えたいことの恥ず。でもそのための方法は、計画を立てて実行するだけではありません。宮部みゆきのように、プロットを立てずに長編小説をかくことが可能ならば、計画を立てずに目標を達成することも可能でしょう。

え? 上記記事によれば、宮部みゆきは結局、書き直すハメにおちいっているじゃないかって?
だが、それがゆえに、連載小説だと、後から書き直すことが多いそうだ。
プロットがかっちりと決まってないため、いざ書いてみると整合性がとれないことがあるようである。
三人称で書いたものを一人称に直すこともあるそうだ。
連載して単行本にならずお蔵入りした作品もたくさんあるようである。
非効率的だという自覚があるようである。
おっしゃるとおり。

では、人生はやり直せないものなのか? そんなことはありません。何度もチャレンジして、花開けばいいのです。

計画を立てて実行できる人間は、何度も目標を達成できることでしょう。でも、それは短編小説をいくつもものにするのと同じです。その積み重なりを重厚な群像劇としてつくり上げることができるのはバルザックのような力量ある作家にのみ許された行為。失敗しながら楽しみながら、ある目標に向かって進んでいく長編小説をものにするほうが、もしかしますと簡単かもしれません。

毎日何をすれば続けられるのか、自分にとって何が楽しいことなのか、じっくりと検討することをお勧めします。

計画を立てなくても、毎日やることで、目標に近づくという方法もあります。

禅宗では、悟りを目標として計画を立てて座ることはありません。

「ただ、座れ(只管打坐)」

それが禅で求められることです。「悟る」という目標は大切だけれども、坐禅中には「悟りたい」という気持ちを捨てなければなりません。計画を立てるのではなく、毎日繰り返しひたすら座る。その果てに、悟りが得られます。

禅宗は、日本人の感性にたいへん近い宗教だと言われています。日本人には、最後の審判に向けて計画を立てて日々の生活を送り、救済の時を待つ、というキリスト教型の生き方が合わない可能性すらあります。

計画立てなくても、幸せになれる

計画を実行できなくて、自己嫌悪に陥っている人。

心配ありません。計画を実行することよりも、目標に向かって毎日を楽しむこと、楽しみながら努力することに、注力してみてください。

それは、目標達成の一瞬の喜びのために過程を犠牲にする生き方ではなく、過程を楽しみ、毎日を喜びとし、目標達成を忘れてしまううちに、いつのまにやら目標を達成してしまう生き方です。


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