2014年2月12日水曜日

佐村河内守の謝罪文(2/12)を、書きなおしてみた

先日からメディアで話題の佐村河内守が、ようやく謝罪文を公表しました。しかも、謝罪会見を開くそうです。勇気がありますね。

実を言いますと、佐村河内氏のことを、それほど憎めないでいます。世間を欺くためとはいえ、オムツをするは、うなされている姿を撮らせるは、作曲姿は決してみせないは、この大根役者ぶり、厚かましさに、感心してしまって……。

今回公表された佐村河内氏の謝罪文(釈明文?)を、そういう訳で興味津々で読みました。いったい、どう見事な言い訳をするのだろうと。

ところが、一読して不満。

もう少し、工夫できなかったのでしょうか? 間違いなく弁護士の指導のもと、この文章は書かれたはず。それなのに、このつたない文章はなんなのでしょう?

「今回はゴーストライターを使っていません」
ということをアピールするために、わざと下手な文章を書かせた、という可能性もあります。しかし少なくとも51歳の、ベートーヴェンの再来とまで言われた音楽プロデューサーが己の所業を釈明する文章です。もう少し、書きようがあるのではないでしょうか。

釈明会見は、またとない"売り込み"の場でもあるはずです。「災い転じて福となす」という言葉もあります。
「こいつは詐欺師だが、なかなかやるな?!」
ということを世間にアピールできれば、新しい道が開けるかもしれないじゃありませんか!!

今回の謝罪文で、佐村河内氏が訴えたかったポイントをまとめてみました。

  1. 新垣隆の告発後、佐村河内氏側の弁護士が「佐村河内氏は間違いなく障害者だ」と断言してしまった。それと実態との整合性。
  2. 違法行為(障害者年金詐欺)を世間に許してもらうこと
  3. 騙してきたファンへの謝罪
  4. 家族を守ること
  5. ゴーストライターを雇ったのは確かだが、少なくとも曲の概要は間違いなく自分が考えたのであり、当然この曲は自分のものであること
以上を訴えながら、それでいて事務的にならず、感情が込もる謝罪文の試案を、作ってみました。元の文は、下記のリンクを参照してください。



それでは、始めてみましょう。
今まで私の起こしたことについて深く謝罪したいと思いペンをとりました。
そして、すぐに説明が出来なくて申し訳ありませんでした。
弁護士さんにも本当のことが言えなくて、決断するのに時間がかかってしまったのです。
また、私のせいで、多くの方々に大変な迷惑をかけてしまったことも心からお詫びしたいと思っています。
関係者の皆様、私を応援していただいたファンの皆様、その他、ご迷惑をかけてしまった多くの方々へ

このたびは、皆様に多大なるご迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ございませんでした。本来ならばすぐにでも説明し、謝罪するべきところ、どうお詫びしていいものやら言葉が見つからず、決断までに時間がかかってしまいましたことを、どうかお許し下さい。

※この後にも、お詫びをする対象が出てきますが、やはり最初は、誰に宛てたものかを明確にした方がいいのではないでしょうか。

また、のちほど弁護士を欺いた理由について詳細に釈明しています。冒頭も敢えて、弁護士へ配慮する必要は無いのでは? もっとも、弁護士から、
「俺があんたに騙されたこと、ちゃんと説明しといてよ! 俺の信用問題なんだからさ!」
とでも言われたら別でしょうが。

私のCDを買った方々、応援して下さった方々、音楽関係の方々、私の噓によって番組を作った方々、本やインタビュー記事を出して下さった方々、大切な本番の直前に騒動に巻き込んでしまった高橋大輔選手、被爆者の人たち、被災者の人たち、障害者の人たち、広島市の関係者、友人、家族等、本当に多くの人たちを裏切り、傷つけてしまったことを、心から深くお詫びいたします。
※ここ、そのままでもいいと思います。

私がついた噓は、新垣さんのことだけではありません。
もちろん、新垣さんとの関係については、新垣さんが話しておられるとおりです。他にも、私の音楽経歴についても、大体新垣さんが話されたとおりです。
今は、自分を偽って生きて来たことを深く恥じています。
そして、私の要求に18年もの間応じて来たことから、人生が狂ってしまった新垣さんに対しても、お詫びしたいと思います。
子供の頃から、素晴らしい音楽で世の中をあっと言わせたいという欲求、人々を感動させたいという情熱、交響曲に関する様々な構想が、私の脳裏を渦巻いて離れませんでした。しかし残念なことに、それを形にする音楽的才能も技術も、私にはありませんでした。

結果、それらを形にするために私は、たくさんの嘘をついて、たくさんの方々を傷つけて参りました。

まずは、その最初の犠牲者である新垣さんに、深くお詫びを申し上げます。

新垣さんとの関係については、新垣さんが話しておられるとおりです。他にも、私の音楽経歴についても、大体新垣さんが話されたとおりです。
今は、自分を偽って生きて来たことを深く恥じています。

※「私がついた噓は、新垣さんのことだけではありません」という部分は不要でしょう。たぶん、その後の障害詐欺について述べるための前ふりでしょうが、それはほとんどの人々がすでに知っていること。

それよりも、なぜ嘘をついたのか? そのポジティブな理由を説明すべきです。新垣氏が記者会見の中で、
その中で、なお、彼の情熱と私の情熱が、非常に共感し合ったときというのはあったと思っています」
と助け舟を出してくれているのですから、それに乗っかればいいのです。

ただ、耳のことについては、新垣さんが、出会った初めころから聞こえていたはずだと言われていることは事実とちがいます。
耳が聞こえなくなって手話サークルに参加して、それから聴覚障害2級で手帳をもっていることはまちがいありません。
そして、耳が聞こえなくて、ひどい耳鳴りに悩まされ続けていたことは本当です。
ただ、新垣さんのおっしゃった中で、これだけはハッキリと訂正させていただきたいところがございます。聴覚障害のことです。

彼は「出会った初めの頃から聞こえていたはずだ」と言われています。しかし、それは間違いです。

聴覚障害のことは、専門の方でないとご理解いただけない部分もあるかと存じます。様々な障害のタイプがあるのです。

私の場合、突然全聾となったのではなく、青年期から耳鳴りに悩まされ、それが次第に大きくなり、やがて、ほとんど聞こえなくなる、という過程を経ました。体調がいい時には、とても静かな場所では、音が聞こえることがあります。しかし体調が悪いと、轟音のような耳鳴りに一日中悩まされ、音を拾うことができないのです。

むろん、日常生活に支障が出ます。ロックミュージシャンへの夢も、道半ばであきらめざるを得ませんでした。

しかし、音楽家にとって聴覚障害は致命的です。新垣さんと会った時、まだ何者でも無かった私は、耳鳴りのことも、時には耳がまったく聞こえなくなることも、決して気取られぬように努力してまいりました。虚勢を張っていたのです。

ある程度世間に認められるようになってから、ようやく肩の荷がおりました。補聴器をつけたり手話サークルに参加したりして、聴覚障害に真正面から向かい合うようになったのです。聴覚障害2級を取ったのは、断腸の思いであったことをご理解ください。

※肝の部分ですよね。聴覚障害を装っていたことがバレたら、大変なことになります。音楽仲間と同席していたときに、車の衝突音に驚いたことがあった、という証言もテレビなどでされています。そことの整合性を取るために、少々くどく、説明してみました。

しかし耳のことでは、最初弁護士さんにも正直にお話しできなかったので、そのことについて説明します。
実は最近になって、前よりは、少し耳が聞こえるようになっています。
三年前くらいから、耳元で、はっきり、ゆっくりしゃべってもらうと、こもってゆがむ感じはありますが言葉が聞き取れる時もあるまでに回復していました。但し、それはかなり体調に左右されるので、体調が悪い時は耳元ではっきりゆっくり話してもらっても聞き取れないこともあります。しかし2月4日に初めて弁護士さんに会った時は、今も全く聞こえないと言ってしまいました。
私としては、新垣さんに作曲してもらったことがバレることによって起きることで頭がいっぱいで、耳のことも聞かれたのですが、怖くて本当のことを言えませんでした。音楽的経歴のこともそうですが、他の噓のことを話すと、引き受けてもらえないと思ったのです。
もう、週刊文春が出る直前でしたから、すがる思いで相談していました。
新垣さんの会見自体は見ていませんでしたが、知人からも、耳のことが問題になっていると聞き、本当のことを言わなくてはと思い、2月7日に少し聞こえるようになっていると話しました。
ただ、この時は、人の言葉は聞き分けられないと説明したのですが、色々な情報が出ていると聞き、もうこれ以上は噓はつけないと思い、2月9日になって、耳のそばではっきり話してもらえば人の言葉も聞き分けられる時があることを告白しました。そうすると、弁護士さんからは、最初から聞こえていたのではないかとも質問されましたが、それだけはちがいます。
全然聞こえなくなって聴覚障害の認定を受けていたことと、3年前くらいまでは、聞こえていなかったことは、真実です。
ただ、ここでもう一つ、嘘を告白しなければなりません。

ここ数年、以前よりも耳鳴りが小さくなり、音も聞こえるようになってきたのです。それなのに、それを世間に告白しなかったという嘘です。

医師の診断により、聴覚器官に異常がないことは確認されています。私の聴覚異常は、もしかすると遺伝子の誤作動による、脳の神経異常に由来するものではないかと、素人考えですが判断しております。

ところがここ数年、年齢の衰えとともに、皮肉なことですが、頭痛の頻度、耳鳴りの頻度が少なくなりました。その結果、全聾状態からは脱して、周りの音が以前より聞こえるようになったのです。

しかし、「全聾の音楽家」「現代のベートーヴェン」というキャッチフレーズで売りだされている以上、
「最近、体調が良くなり、耳が聞こえるようになりました」
とは、おいそれと言えません。その結果、ここ数年、耳が聞こえているにも関わらず、聞こえていないふりを続けてきました。

結果的に、多くの方々を騙すはめに陥りました。

それが習い性になっていたものですから、弁護士にも嘘をつきました。耳が聞こえないふりをしたまま、依頼をしたのです。弁護士から問いただされても、
「耳が聞こえない」
と嘘を重ねてしまいました。他の人々にも嘘をついている以上、弁護士だけに真実を話す勇気がありませんでした。大変申し訳なく感じています。

※ここは、弁護士への言い訳ですよね。

弁護士は佐村河内氏の最初の弁明を聞いて、全聾だという前提でテレビのインタビューにも臨んだのでしょう。ところが、佐村河内氏はテレビカメラの前で、幾度となく全聾者ではあり得ない反応を見せていました。それがネット上でいくつも流れています。

新垣氏の告白だけならば、言い逃れの仕様があったでしょうが、映像でここまであきらかになっている以上、それは無理です。

弁護方針を転換せねばならず、そのためには弁護士のインタビュー映像との整合性が必要です。そこで、「なぜ弁護士を騙したのか」を述べたのでしょう。

しかし「耳元で、はっきり、ゆっくりしゃべってもらうと、こもってゆがむ感じはありますが言葉が聞き取れる時もあるまでに回復していました」というのは、少々厳しいのではないでしょうか。新垣氏が、
「いや、向い合って普通の速度で話していました」
と言えば、すぐにバレる嘘ですし、SMAPの稲垣吾郎が佐村河内氏の後ろから話しかけたのに素早く反応したあの"名シーン"(「金曜日のスマ達」より)を、それでは説明できません。

それに「3年前」と限定しないほうがいいと思うのです。「数年前」としておいた方が、後から、
「いや、4年前には聞こえていたはずだ」
などという新たな証拠が出てきたときに、誤魔化しやすいじゃないですか。

もっとも、NHKのフリーディレクターが佐村河内氏の取材を開始したのは5年前だそうです。その頃にはすでに聞こえていたとなると、問題が大きくなります。

民事の時効は3年。役所が真剣に罪を追求するとしても、さかのぼっても3年前まで。それなら、
「3年前から嘘ついてました」
と、ここで全面降伏すれば、それ以上は追求されないだろう、という計算があるのかもしれません。

それと、弁護士は彼の身内のようなものですから、それにわざわざ敬称はつけなくてもいいんじゃないでしょうか?

もうこれ以上、噓に噓を重ねるのはやめると決めました。
ですので、今日は、ここに書いていることは、天地神明に誓って真実です。
耳のことについては、専門家によるきちんとした検査を受けてもいいです。その結果二級ではないと判定されたのなら手帳は必ずお返しいたします。
それと、いくつかご説明もさせて下さい。
もちろん、すべて真実をお話すると決めたので、この後に書くことに噓はありません。
※ここ、いらないんじゃないですかね。世間から詐欺師だと思われた人間が、いくら、
「天地神明に誓って真実です」
と言っても、誰も信用しないでしょうし。

障害者手帳を返すのも、当然のことですから、敢えて言う必要はないでしょう。記者会見で訊かれたら、答えればいいでしょう。

まず、私と新垣さんとの関係は二人きりの秘密でした。
この噓がバレてしまうと、身の破滅になると恐れていたので、妻にも誰にも話していません。
妻も新垣さんのことは知っていますが、現代音楽の専門家なので作曲の仕方などを教えてもらっているとしか説明していませんでした。
また新垣さんへの指示書を書いたのは私です。
お義母さんに妻の筆跡だと言われていると聞いて驚きましたが、誤解です。
何かの一部を妻に書いてもらったことはあるかもしれませんが、そのくらいです。
私の実家にピアノがあったのは引っ越す前のことだったので、お義母さんの知らない時期のことです。
もちろん、お義母さんの言われるとおり、私のせいで、妻にも辛い思いをさせています。
妻が望むなら、離婚してもいいと思っています。
そのことは妻の判断に任せます。
それと私が被爆二世であることも真実です。
私の両親は共に広島で被爆しています。
二人とも被爆者手帳を持っておりますし、弁護士さんにも、写真で確認してもらっています。
最後に、家族のこと――妻のこと、義母のこと、両親のこと――について、少し弁解をさせてください。

新垣さんが私のゴーストライターになってくれていたことは、誰にも話したことはありませんでした。妻にさえも、です。

ですから、妻も世間を騙していた、とお考えになるのは、おやめください。事実と反します。

最初に申し上げたとおり、私には音楽に対する情熱はあったものの、それを形にする技術がありませんでした。

「こんな音楽を作りたい」
という構想は頭のなかを渦巻いています。それは、私の頭のなかで、始終鳴り止まない轟音のような耳鳴りを圧倒する、唯一のものでした。

「どのような音楽なのか」
を言葉で話してほしい、と言われれば、何時間でも話せる自信があります。実際、妻には昔から、図を書きながら、何時間も私の構想を聞いてもらったものです。

その私の構想や殴り書きのようなメモを、わかりやすく妻に清書してもらうことは、よくありました。それをそのまま、新垣さんに見せたこともあります。

義母には、そこまで詳しくはなしたことは無論ありません。若いころに義理の実家に大変迷惑をかけてしまったために、義母には嫌われているのです。私自身の責任です。

私の親が被爆者であり、私が被爆者二世であることは、間違いのない事実ですが(弁護士に証明書類をすでに提出しております)、それにも関わらず、妻は私と一緒になってくれました。その妻を傷つけてほしくないのです。

彼女とは離婚するかもしれませんが、彼女は、間違いなく、私の一番の被害者です。

※奥さんは守らなくてはなりません。ところが奥さんのお母さんのせいで、奥さんまでが佐村河内氏の共犯者となりそうな気配です。

そこで、冒頭の「音楽への情熱には自信があること」「しかし形にできる技術がないこと」をもう一度、最後に持ってきて、その上で妻に手伝ってもらった、と弁明してはどうか、と思ったのです。

私がやってきたことは売名行為と見られても仕方のないことです。
私自身、そういう気持ちが一方にあったことはまちがいありません。
しかし、ある時期からは被爆者や震災の被災者の人たち、障害を持った人たちの助けになればという気持ちもまちがいなくありました。
もちろん、今となってはそのような事を言っても信じてもらえないかもしれませんが、心の中には、いくつもの思いがあったことも確かなのです。
しかし、私の気持ちを信じてくださった方々に、もっと大きなショックを与えてしまったことになります。
本当に取り返しのつかないことをしてしまったと思っています。
売名行為のために、たくさんの嘘をつき、多くの方々を裏切ってきました。

しかし、自分だけが幸せになるだけではいけない、という気持ちが一方にあったことも間違いありません。

私は昔、音楽的才能もなく、耳鳴りも止まず、社会に浮かび上がる術を持たない、ゴミクズのような人間でした。世間から期待もされず、見捨てられつつあった当時の自分が、たまたま運良く、なんとか暮らしていけるようになりました(嘘を重ねてではありますが)。

歳を重ねても、苦しんでいる社会的弱者の姿が頭から離れることはありません。だから、彼らの助けになりたいという気持ちで、様々な活動に取り組んでまいりました。

もしかしてそれは、贖罪のためだったのかもしれませんが。

結果的に、彼らにも多くの迷惑をかけてしまったことは、悔やんでも悔やみきれません。

※「売名行為と見られても仕方のないことです」といのは潔くないですね。すっぱりと「売名行為をして申し訳ありません」と謝ればいいのです。

ただ、彼が「被爆者のため」「障害者のため」「被害者のため」という善行に、異様にこだわっていたのも確か。それを私は、贖罪意識だと考えました。

彼が被爆者二世ということは真実のようです。昔は今よりも偏見が強かったために、大変つらい目にもあったはずです。弱者への目が優しかったのは、事実ではないでしょうか。

それに、罪人と自覚しているからこそ、他人に優しく出来る、ということも、あったはずです。

もう一つ、弁護士さんにはじめにお願いしたことなのですが、私が新垣さんに作ってもらった楽曲は、私のことさえなければ、きっと後世に残るはずのものですし、今はこの楽曲が生かされ、少しでも周りの方々の被害が少なくなるようにしてもらいたいと思います。
最後になりますが、やっと気持ちが整理できましたので、近い内に必ず公の場で謝罪をさせていただきます。
本当に申し訳ありませんでした。

平成二六年 二月十一日

佐村河内 守
※最後は、こんなもんですよね。

佐村河内氏がゴーストライターを雇っていた、という一点で、彼らが作った音楽をけなし始める人が多く出没しています。たしかにそれは、音楽的見地から言えば、マーラーの焼き直しなのかもしれません。

でも、私は、素直にいい音楽だと思いましたし、実際、音楽の専門家たちの一部は、当時、素晴らしい音楽だと認めているのです。

どんな曲にも賛否両論あるもの。

今、彼らの欺瞞がわかったために、彼らの曲に低評価をしていた人々がこぞって、
「作曲者たちが偽りだから、音楽もひどいんだ」
と証言していますが、因果関係と相関関係を一緒にしてはいけませんよね。

よって、佐村河内氏がこの期に及んでも、
「私が新垣さんに作ってもらった楽曲は、私のことさえなければ、きっと後世に残るはずのもの」
と言い張る、その意気やよしとします。



さてさて、佐村河内氏の謝罪会見が楽しみですね!


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