2013年9月30日月曜日

堺市長選で現職が当選

関西以外の人間からすれば、関西でひとくくりだが、関西では違う。

都市それぞれが古い歴史を持っており、お互いに張り合い、それぞれが誇りを持っているため、なまなかなことでは妥協しない。東京を中心にまとまった関東や、仙台を中心にすることに抵抗感のない東北、福岡中心の九州などに比べると、悪く言えばまとまりがない。

京都は自分たちこそが関西の、いや、日本の中心だと考えているし、大阪は西日本一の都市だと信じているし、兵庫は神戸を抱えているので、国際貿易港として日本の都市の中ではダントツだと思い込んでいる。この三府県に比べると、奈良・滋賀・和歌山はそれほど自己主張は強くないものの、奈良は京都よりも歴史が古いと密かに自負していたり、府県民感情は一筋縄ではいかないものを抱えている。

その上、同じ府県内でも独立心が強く、意地を張り合う。堺市もまた然り。戦国時代に日本最大の貿易港であり、住民自治を成し遂げた都市である、という矜持があるから、余計にプライドが高い。

堺市が自治都市となったきっかけについては、随分前にこのブログでも書いたことがある。

★ 日蓮宗が流行る理由 中

堺には日蓮宗が広く広まっていて、それが堺の住民自治の原動力になった、ということを当時書いた。

その堺市の市長選挙で、大阪維新の会が推薦する西林克敏氏が落選、現職市長が当選を果たすことになった。それも6万票近い差をつけての圧勝である。

今回の争点は、大阪市と合併するかどうか、という点であったが、室町時代から連綿と続く独立心は、それを許さなかった。橋下大阪市長は、堺市民のプライドを汲み取ることができなかったのだろう。

それにしても大阪維新の会、参議院を戦ったことで粗が出て、党勢はだいぶ下火になってしまった。地域政党としてあと数年、地盤を固めて、それから参議院へ打って出ればよかったのに、急ぎすぎてしまったのではないだろうか。

戦というのは膨大な資金や尽力を費やすために、負けた時の痛手が大きい。よって「負けない」ことが何よりも大切だ。闘う者にとっては、勝負に強いという評判さえあれば、たいていの悪評をはねのけることができる。

関西であれだけの知名度と人気を誇る橋下市長なのだから、あと数年、地域改革に地道に取り組めば、盤石の地盤を築くことができたはずだ。地元で強ければ、それだけ発言権も増す。まだ若い。それだけの時間はあったのだ。

熊本で誰にも負けない地盤を築いてから選挙に打って出た、日本新党の細川護煕の例もある。細川氏が東京に進出したのは52歳の時だ。成功している前例があるならば、なぜそれを学ばなかったのだろうか? と不思議に思うが、まあ、それは後知恵だろう。そもそも橋下徹の念頭には、細川護煕の存在はないだろうし。

2013年9月29日日曜日

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
と述べたのは、ドイツの名宰相であるオットー・ビスマルクということになっている。
だが彼が本当に語った言葉は微妙に異なる。正確には、
愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。
Nur ein Idiot glaubt,aus den eigenen Erfahrungen zu lernen.
Ich ziehe es vor,aus den Erfahrungen anderer zu lernen,um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden.
というものだという(出典:Wikipedia)。

しかし、上記の言葉そのものより「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉のほうが人々によく知られている。格言というものが時間によって取捨選択された人々の智慧なのだとしたら、冒頭の言葉の方が、格言としてふさわしい。

確かに、個々人のせまい経験から導き出された判断よりも、多くの人々の経験を広く集め、比較検討し、客観的な事実として定着した歴史を元にして判断した方が、間違いがない。「三人寄れば文殊の知恵」とも言う。集合知による判断は個人の偏狭な判断力を大きく上回る。

経験に学ぶ愚は、歴史を見ても明らかだ。

イギリスは歴史に学んだ


イギリスが世界中を植民地にして回ることに成功したのは、この国が「判例」を重視することで名を馳せた国で、歴史を重んじることを国是とした国であったからだ。彼らは、植民地経営に乗り出すまでに、膨大な知識を記録、整理し、歴史としてまとめる作業を数百年かけて行い、智慧をひたすら蓄え続けてきた。

彼らに侵略されたアフリカや南アジア、北米大陸やオセアニアの土着の人々が、自分たちの狭い経験をもとにイギリス人に対抗したのに対して、イギリス人はローマ史からの歴史を学び、マキャベリなどの天才たちの知識を学び、それを自国に生じた事件に当てはめ、自家郎中(じかろうちゅう)のものとした歴史上の知識をもとにして、原住民を効果的に分断統治し、世界の半分を支配することに成功した。

確かに、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」は正しい。

経験に学ぶことは無駄なのか


だが、この言葉はときに、個人の体験をないがしろにするためにも使われる。
「自分の体験だけでものごとを判断してはダメだろ。もっと歴史を知らないと。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』というではないか」
などとね。

果たして、個人の経験を省みることは、歴史を学ぶことよりも意味のないことなのだろうか。

否。

「愚者は経験に学ぶけれども、聖人は経験から悟ることができる」
とも言えるのではなかろうか、と、ふと考えた。

中国の明代の思想家に、王陽明(おうようめい)という人物がいる。
若い頃に、武芸を学び全てに秀でると同時に、多くの書物を読み、広い知識を得たものの、確固たる判断力を得るまでにいたらず、長く迷い続けた。科挙という、今の司法試験以上に難しい試験にも受かるほどの知識も得たのに、心から納得することができなかった。

ところがあるとき、辺境の地に左遷されたのをきっかけに瞑想三昧の生活を送り、ついに「龍場の大悟(りゅうじょうのたいご)」と呼ばれる悟りを得た。それから何千人もの若者を指導し、政治家としても軍人としても一流の業績を挙げるという、八面六臂の大活躍をする。

彼は、
「書物が無くとも、思索を深めることで、人は聖人になることが出来る」
と説いている。

聖人は賢者を超える

王陽明に限るまい。釈迦も、キリストも、ムハンマドも、そして彼らから学んだ多くの聖人たちも、深い瞑想、思索の果てに悟り、多くの人々を導いている。瞑想は個人の経験をもとに思索にふけるものであり、書物を読みながら歴史的考察を深めるものではない。

イギリスはたしかに、世界中に植民地を得た。だが、その繁栄の源泉でもあるインドを、たった一人の「聖人」によって奪還されたではないか。
マハトマ・ガンジーは、南インドで弁護士を開業していた時に、インド人差別の実体を知る。生涯をイギリスの圧政との戦いに捧げることを誓い、創設した農園で、禁欲、断食、清貧、純潔を実践する瞑想生活を送ることで、あの高い精神性を得た。

彼の不服従の思想は国境を越え、世界中に感銘を与え、インドを独立させ、そしてイギリスの世界支配を終焉させた。

確かに、経験に固執する愚者は、歴史を学んだ賢者から支配される。だが、己の経験を「悟り」にまで深く掘り下げた聖人は、賢者を凌駕して、愚者を支配の鎖から解き放つことができるのだ。

2013年9月28日土曜日

暴力団員が大量にカンボジア国籍へ変わるかもしれない

顧客が暴力団だと知りながら融資を続けていたみずほ銀行が、金融庁から業務改善命令を受けた。
★ 金融庁 みずほ銀行に業務改善命令
金融庁によりますと「みずほ銀行」は信販会社が申し込みを受けて審査する「提携ローン」で暴力団員などの反社会的勢力に自動車の購入代金などとして合わせて230件、総額およそ2億円を融資していたことが去年12月に金融庁が行った検査で分かりました。
この融資についてみずほ銀行は、担当役員が情報を把握しながら、2年以上にわたって、抜本的な対応を取らずに放置していたということです。
銀行には警察から、
「これこれは暴力団員だから、融資を依頼されても断るように」
という情報が与えられていたのだろう。

しかし、銀行は暴力団員に融資を続けていた。事なかれ主義の最たるものだ。

これに対して、行政はよくやっている。罪を未だ犯さない人間(とはいえ捕まっていないだけでいろいろなことをやっているのだろうが)を捕まえることは難しい。

しかしその難関を越えて、少しずつ反社会的勢力を追い詰めていっている。金融機関の怠慢を見逃さない金融庁の姿勢も立派だ。そして警察も頑張っている。

★ 山口組「直参」組長を逮捕 ダミー会社に組事務所売却偽装の疑い
 県警によると、中村親子は容疑を否認しているが、残る1人は「事務所を売るために架空の会社を設立した」と認めているという。中村容疑者は「直参」と呼ばれる山口組直系団体の組長。
山口組の直参ともなると、容易に尻尾を掴ませない。警察はそこに切り込み、逮捕までこぎつけた。

追い詰められた者達はどうなっていくのだろう? 気になっていたところ、下記の記事を見つけた。伊丹十三を襲撃したことで知られる武闘派・後藤組の元組長が、カンボジア国籍を取得してカンボジア人となっていた。

★ 山口組系後藤組元組長『憚りながら』の後藤忠政氏は カンボジア人となって来賓席に座っていた!
後藤氏は、東京・渋谷のビル所有権を不正に登記した罪に問われ、懲役2年執行猶予4年の有罪判決を受けている。これが真珠宮ビル事件であるが、真珠宮ビルの地上げや所有権移転に絡む事件は他にもあり、捜査継続中の案件もある。
 それを避けての海外移住ということだが、本人は昨年末までにカンボジア国籍を取得、移住前から、フンセン政権とのパイプを誇るところから、今は、移住ではなく定住を決めているという。
カンボジアで与えられた称号は"アジャ"
「養鶏業など事業を始めており、順調のようです。政権人脈によって『アジャ』という称号ももらった。日本なら戦前の「伯爵」といったところでしょうか。
反省したとはいえ、犯罪組織の元組長を国民として受け入れる国があることに驚く。普通の国がそのような無茶を聞き入れるはずがない。

カンボジアの復興のために、日本からはかなりの資金と人材が投入されたと聞いている。光あるところに陰あり、日本の不逞のヤカラもまた、たくさん彼の地に渡り、良からぬ活動を行っているのかもしれない。

一組長だけがカンボジア国籍を取得しているはずがない。彼のような超有名人の国籍変更の陰では、ある程度の元暴力団員がすでにカンボジア国籍を取得していると考えるべきである。
 
もともと、中国人の日本国籍取得のための偽装結婚斡旋するのにも暴力団が多数関わっている。国籍の売買に抵抗は少なかろう。

とはいえ、先進国から発展途上国への国籍変更の例は、結婚以外には少ないだろう。

変更先の政府が本当に自分を守ってくれるのか? 日本に自由に渡航出来るのか? 不便があるのではないのか? 突然逮捕監禁されたりしないのか? 人権が保証される先進国とは異なり、発展途上国の国民になると、様々な困難が予想される。

猫ひろしは、そういった不安を払拭させるための、歩く広告塔だったのかもしれない。彼のカンボジア国籍取得はあまりにも胡散臭かった。

彼はカンボジア国籍売買事業の宣伝のために利用されたのかもしれない。日本の脛に傷持つ人々相手に、
「カンボジア国籍取得がいかに簡単で、日本で生活するにも不便がないか」
を宣伝する役割だ。

先述のとおり、日本の国籍を捨てるには不安要素が多く、心理的な抵抗感が根強い。だが、このような違和感は、ほんの少しの実例で逆転する。猫ひろしの活躍のお陰で、抵抗感が薄れた日本人は多いだろう。

警察による暴力団追放運動は、これから佳境を迎える。大量の暴力団員のカンボジアへの脱出がこれから本格化して、いずれ大問題に発展すると予想する。

2013年9月27日金曜日

長所を伸ばすことが必要

シュンペーターという非常に有名な経済学者が1932年、アメリカのハーバード大学の経済学部の教授に赴任した際に、かのアインシュタインとランチを一緒にすることになった。
ヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター(1883年2月8日 - 1950年1月8日)は、オーストリア・ハンガリー帝国(後のチェコ)モラヴィア生まれのオーストリアの経済学者である。企業者の行う不断のイノベーション(革新)が経済を変動させるという理論を構築した。また、経済成長の創案者でもある。
アルベルト・アインシュタイン(1879年3月14日 - 1955年4月18日)は、ドイツ生まれのユダヤ人理論物理学者。特殊相対性理論及び一般相対性理論、相対性宇宙論、ブラウン運動の起源を説明する揺動散逸定理、光量子仮説による光の粒子と波動の二重性、アインシュタインの固体比熱理論、零点エネルギー、半古典型のシュレディンガー方程式、ボーズ=アインシュタイン凝縮などを提唱した業績により、20世紀最大の物理学者とも、現代物理学の父とも呼ばれる。
(どちらもWikipediaより)

さすがのシュンペーターも、世界的に有名な物理科学者であるアインシュタインの前では緊張したらしい。
その時アインシュタインは、シュンペーターに
「経済学の法則で、“絶対的な真実だけれども、直感や常識では嘘だと感じる法則”は何か?」
と尋ねたという。

この質問は無論、アインシュタイン自身の「相対性理論」が下敷きになっている。
「移動している人の時間は、止まっている人の時間より長くなる」
などという原理は、当初、世間の人々からなかなか受け入れられなかった。物理学にもある直感からかけ離れた真実が、経済学にもあるのか、という問いである。

訊かれたシュンペーターは少し考えた末、
「それはリカードの比較優位説だ」
と答えたそうだ。

農業も工業も生産量が多い国Aと、農業も工業も生産量が劣った国Bがあったとする。

AはBよりも優秀だから、すべて国産にすればいい、Bから物を輸入することにメリットはない、と一見思う。しかしそれは誤り。AとBが農業と工業のうち、比較的得意な方に特化した方が、全体の生産量は上がり、それを交換することで双方に利益があるという法則が、比較優位説だ。

これは、数式を使えば、非常に簡単に説明できる明らかな真実である。

この逸話をふと思い出して人間だって同じじゃないか、と考えた。一人一人の人間の才能には、差がある。一人の人間の中の才能にも、偏りがある。

事務的能力も経営能力も共に優れた人物Aと、片付けも人付き合いもどちらも劣った人物Bがいたとする。

Aは自分が何でもできるから、どちらもやろうとする。BはどちらもAに劣っているから、BはAにとっては組むのに値しない人間だと思える。でも、そうではなく、お互いにどちらかの技能に専念して、お互いの成果を交換する方が、社会にとって大きな貢献となるだけではなく、お互いの存在価値を認め合うことにもつながる。

……と思って「比較優位」「能力」「社会的弱者」などでググると、これはすでに多くの社会学者が唱えていることなのだった。
能力の劣る人は働く場所から排除されても当たり前と考える人がいるなら、それはとんでもない誤りである。経済学上最大の発見ともいわれる、比較優位の考え方は、弱者を社会から排除することの非合理性を見事に説明する。
 あらゆる面ですぐれた能力を持つ超人だとしても、全ての仕事をその人に任せることは合理的ではない。超人にせよ、弱者にせよ、全ての人がそのもっている能力のうちの相対的にすぐれた部分を最大限に生かして社会参加をし、後からその成果を配分した方が全ての人の利益を増やせるのである。(「社会的弱者に雇用の場を」中島隆信 慶応大学 H22.5.10日経より)
そういえば、同じことをドラッカーも「自らの強みに集中せよ」と語っていた。

誰もが考えること……リカードの比較優位と、能力の選択・集中との連想にいまさら気づいたのもお恥ずかしい話であるし、それ以上に、昔読んだはずのドラッカーが著書に書いていることを、自分の発想のように思ったのも恥ずかしい話ではある。

ではあるが、改めて、自分の才能の中で、優れた部分を伸ばす必要性に気づいた次第。

かのアインシュタインだって、言葉に関する記憶力が悪くて、生涯苦しんだ。彼が販売員になるためにスピーチの練習を重ね、物理学の研究に使っていた時間を、弱点を克服のために使っていたとしたら、社会のためにあまりにもったいなかったが、そのような選択は、あり得た話だ。

自分の強みだけに集中せねば。

2013年9月26日木曜日

女性の描く男の友情はなぜホモ臭いのか

先日いくつかのウェブ漫画を紹介したが、その際に、読んでなかなかおもしろいと思いながら『古御神の人』は紹介しなかった。

ストーリーは面白い。古御神という主人公の一族が降魔の力を持ち、日本の政財界に大きな力を有しているという設定は、ライトノベルなどの黄金パターンだ。

死後の世界を司る伊佐那海(イザナミ)を、彼らは古代から鎮めてきており、一族の総長である総一郎は、ある年齢になるとイザナミのために生贄とならなければならない。その運命に抗おうと、古御神家の人々が悪戦苦闘する……そんな話だ。

アクションも面白く、ストーリーも練られている。バトルシーンは面白いし、女性作家特有の人間関係のきめ細やかな描写も素晴らしい。そこは良いのだけれども……付帯条項がつく。

とにかく男性陣の友情が、みなホモ臭いのだ。男はあのような友情を望まないし、あんな感情表現をしないし、あんなことで悩んだりしない。女性同士の友情がそのまま男性に当てはめられていて、居心地が悪かった。

描写は抑制されていて、腐女子向けの過激なサービスはないものの、どうにも感情移入しにくい。

これを読みながら、
「男性が描く女性同士の友情なども、女性からみたら共感しづらいのかもしれない」
などということを考えた。

これは、『古御神家の人』を描いた"らいま"さんの力量不足のせいではない。ミステリー界の大御所である宮部みゆきの本を読んだ時などにもよく感じる。宮部氏はホモ的な小説は書いていないものの、彼女が描く少年が友人に示す友情は、たいていホモ的で嫌になる。

女性の描く男性同士の友情はどうしてこう、男性にとって気持ち悪いことが多いのだろう。
女性はなぜ、男性同士の恋愛を描きたがるのだろう。
女性と男性の恋愛は、なぜこうも違うのだろうか。

以前、
「邦画では男性監督が多かったために、女性視点の映画が少なかった。『桜の園』は、女性の友情を女性視点で描くことに成功した数少ない成功例だ」
といったようなことを書かれた映画評を読んだことがある。


この映画を観た時に感じたのは、女性同士が好き、嫌いで仲違いをしたり認め合ったり尊敬しあったりする、その繊細な人間関係への驚きであった。女性は男性と感性が異なる……このことをはっきりと意識したのはこの映画を観てからである。

どのように異なるのか。

女性同士の友情においては、異性への愛情と似た「好き」「嫌い」という感情を同性に抱く。

逆に男性の友情は、「好き」「嫌い」という感情に基づいたものとは少々異なる。「楽しい」とか「信頼出来る」といった感情が基になっている。

女性同士の友情の基調には"愛(=恋愛、性愛)"があり、男性同士の友情の基底には"義(博愛)"がある、と定義してみてはどうだろうか。

そういえば、男性はセクハラを好むけれども、女性はセクハラを大変嫌う。「セクハラ」とは、要は性愛を茶化したものだ。女性は性愛や恋愛を、大変神聖なものと考えている。だからこそ、それを茶化されることを許さない。

逆に、女性は男性が家族よりも仕事に熱意を傾けることや、正義心などをよく揶揄する。
「どれが正しいとか、そんなバカバカしいことにムキになるなんてさいてー」
「そんなのどっちでもいいじゃない」
けれども、男性はそれを大変嫌う。男性は正義を大変大切に思っているから、それをバカにされることを許さない。

同じ人間だから同じような感情を持つものと、私たちはアプリオリに考える。そして、同じ「友情」という名前がついているから、同じような感情を持つものと思い込んでしまう。そこで、女性は自分たちの恋愛めいた友情の延長として、男性同士の友情をとらえるるから、男性同士の生死を超えた友情に、「至高の恋愛の形」を見て取ってしまう。

このような構図があるように思われる。

2013年9月25日水曜日

哲学・思想的要素のあるアニメ(覚書) 下

さて、それでは昨日の記事の続き。
7.Ergo Proxy
Ergo Proxy Blu-ray BOX [初回限定版]
世界観も判るのはかなり後(メガゾーン23・ザブングル・ガリアン等が近いかもしれませんが、語る視点が残されて再生させる側)、その核心は驚きのクイズ回で語られる上に、どんでん返しは最終話でと、綺麗に纏まっています(最終話をみて、また1話を見ると新たな発見があるのはスルメのような感じで、最近ですとシュタインズゲートや魔法少女まどか☆マギカ等でしょうか)。

8.パプリカ
パプリカ [DVD]
基本中の基本なのにまだ観ていない(泣)。今敏監督の作品で、多分ハリウッドの「インセプション」に大きな影響を与えている。インセプションがこれまた面白かったので(これを観て私はコマを買った。詳しくは以前の私の記事"回転(中) 女性を口説く、知られていない方法"を参考のこと)、元ネタを観なければ。
内容は原作とはまるで別モノです。ですが、筒井康隆さんの独特のケレン味や五七調の台詞など、あの文章から滲み出す世界観がきっちりと息づいています。同年公開された『時をかける少女』も大傑作だと思いますが、筒井康隆さんらしい作品、という意味ではこちらが上かと思います。

9.ノエイン もうひとりの君へ
ノエイン もうひとりの君へ DVD-BOX
最新の量子論をもとにして創られたタイムパラドックスを扱った作品らしい。タイムパラドックスをネタにした作品にハズレ無し、とよく言われる。実際、タイムトラベラーが登場する作品をいくつか思い浮かべても、どれも秀作だった。

……ということは、この作品も面白いのであろう。
SFアニメの傑作です。いや、アニメに限らなくても第一級のSF作品でしょう。
量子力学の「不確定性」と「未来の選択」を結びつけたテーマが、みごとに全ストーリーに構成されています。それでいて、そんなことを考えなくても存分に楽しめる作品でもあります。ストーリーも、作画も、音声も。

10.RD潜脳調査室
RD 潜脳調査室 コレクターズBOX 1(3枚組) [DVD]
題名から想像するに、人間の脳に入り込む作品なのだろう。夢枕獏の「サイコダイバー・シリーズ」だとか、先述の「パプリカ」や「インセプション」などいろいろな作品があり、どれも面白いので、これもまた面白いのであろう(タイムパラドックス者と同じ連想だ)。
 この物語は活発なアナログ少女ミナモと、心は30歳の浦島太郎の老人が、毎回起こる様々な事件を解決するアニメです。
 子供であるミナモと大人である波留の年齢から来る物の見方の違いが物語を深い物にしていて絶妙です。

11.UN-GO
UN-GO 第1巻 初回限定生産版Blu-ray
感想を読むと、綺麗に最後がまとまった完璧な作品、などと高い評価が多い。設定がしっかりしていてブレない、とも評価されているので、質もいいのだろう。
UN-GOはいいぞぉ
「人の心の『真実』」というテーマについて様々な例を提示して視聴者に考える取っ掛かりを示してる
とまとめサイトで評価されているから、これは一度観てみたい。
本作は文豪、坂口安吾が手がけた「明治開化 安吾捕物帳」を原案に、大胆なアレンジと解釈を施したアニメ作品です。ジャンルは探偵モノ、という事になります。
敗戦探偵 結城新十郎が、謎の美少年アシスタント 因果と共に巻き起こる事件に立ち向かいます。
とあるから、探偵が主人公のミステリーらしい。とすると、「PSYCHO-PASS」が好きな人なら面白いと思えるのかも。

12.風の名はアムネジア
風の名はアムネジア [DVD]
原作は中学生の頃に読んだ。菊地秀行の作品にしては珍しく、いやらしい描写が少なかったので、当時潔癖少年だった私にはとっつやすく、何度も読み返した。素敵な余韻を残す作品だったと記憶している。

菊地秀行は作品間で共通する登場人物がよく出てくることで知られているけれども(魔界医師メフィストとかね)、『風の名はアムネジア』では珍しく、他作品とのクロスオーバーがない。

これ、アニメになっていたのか。今度観てみねば。
菊池秀行原作のSFを映像化。
足腰のしっかりした絵作りは流行りすたりを越えて魅力を放つ。
印象に残る美しい画面多数。
せつないけど透明度の高いきれいな印象、後味。
小説のそれをきちんと再現している。

2013年9月24日火曜日

哲学・思想的要素のあるアニメ(覚書) 上

2ちゃんねるのまとめサイトで、
★ 哲学・思想的要素のあるアニメでお勧めを教えてください
と題した2chのやりとりがまとめられている。

そこで最初に挙げられていたアニメが、
攻殻機動隊
妄想代理人
PSYCHO-PASS
灰羽連盟
輪るピングドラム
だったので、「お、これはできるスレ主」と思った。私のアニメ好きの友人がイチオシのものが2つ、私の好きなアニメが1つ、入っていたからだ。

哲学・思想的要素のあるものは大好物。そこで紹介されていたものに魅力的なものが多かったので(萌えアニメとロボットアニメを除く)、備忘録的な意味もこめてここに紹介。順番は見たい順。引用はAmazonの感想欄より。

1.灰羽連盟
灰羽連盟 DVD_SET
これは実は、一度観ている。人間関係で悩んでいた時に観て、形而上的なことに思いを馳せて、気が楽になった覚えがある。もう一度見直したい。
 天使の出来損ないのような灰羽という少女少年達のふれあいと社会とのつながりを温かいまなざしで描いています。(中略)主に物語の世界観、登場人物を説明する前半は、あたたかくのんびりと幸せな様子で、やや平坦で眠くなるかも知れない。
 時計塔の鐘の音が効果的な後半は一転、ある出来事をきっかけに憂鬱なまでに息が詰まるような展開を見せる。一見のどかで平和な物語の不思議な世界の謎、闇の部分が出てきます。それまで静かに語られてきた物語の最終話は、これはもう圧巻です。

2.シリアルエクスペリメンツ・レイン(Serial experiments lain)
シリアルエクスペリメンツ・レイン コンプリート DVD-BOX (全13話, 325分) serial experiments lain アニメ [DVD] [Import] [PAL, 再生環境をご確認ください]
第一話だけDVDを借りてみたものの、途中で挫折した思い出が……。
その後いろいろなところでこの作品について語られているのを読んで、
「あの時に見通していれば……」
と悔やんだ作品。今度暇な時に観ねば。
テレビ東京の深夜枠、しかも1クール13本の小編でありながら、未だに各方面に多大な影響を与える、90年代アニメの最高峰の一つです。
まずはオープニングを見てください。
なお、貼られているアフィリンク、大きい画像から飛ぶDVDはパソコンでないと再生できないので、ご注意。


3.四畳半神話体系
四畳半神話大系オフィシャルガイド
この四畳半神話大系のキャラクター原案を描いた中村佑介さんとは、実は仕事で一度、ほんの少し関わったことがある。クリエイターには気難しい人が多い中、大変気さくで親切な良い方だったので、地獄で仏を見た覚えがした(ちょっと大げさかな)。

そんな中村さんがスタッフとして参加している作品だから、一度観なければいけないと思いつつ、まだ果たせていない。
基本、主人公の一人語りで延々と進むワケですが 退屈することなく最後までテンション高く見ていられます。
練られた台詞まわし、大胆にして繊細な演出。回を重ねることで、無意味に見えた些細な事柄が意味を持ち始める。
一話の無駄も無くすべてがそろって完成する作品。

4.神霊狩
神霊狩/GHOST HOUND 1 [DVD]
山田正紀の作品『神狩り』という有名な作品があって、評価が高い。題名を見た瞬間に思い出したけれども、この話とは無関係のようだ(笑)。超常現象と人間関係をからませた作品らしい。
 普段、通っている道に普段見かけない「物」が落ちていたら、「あれ、これ、何?」と思うかとは考えていますが、普通のアニメ展開でありがちな感じで進むストーリー上に「普段見かけない物」がこの作品には多数感じられます。
 それが興味深くさせている最大の物であり、画面に引き込ませる最良の物であろうと・・・ 個人的には考えています。

5.少女革命ウテナ
少女革命ウテナDVD-BOX 上巻 (初回限定生産)
これは一度通して観ないといけないと思いつつも、全39話という話数に恐れをなして、手を出すのがためらわれたままになっている。友人のイチオシなので、今度暇になったときに一気に観よう。
このウテナという作品だけど、青春の悩みが全て放り込まれているのではないだろうか。
勘違い、片思い、憧れ、同性愛、傲慢、嫉妬
小学生じゃ分からないわけだ。深すぎる(笑)

6.忘念のザムド
亡念のザムド 1 【DVD】
大きなカタルシスとか爽快感みたいなものはなかったですが、ゆっくりとした余韻を残す、終わりのない世界での一つのお話の終わりを描くにはとても良い最終回だったのではないかなと思います。("終わりか、終わりなのか 亡念のザムド最終回26話感想"より)
作画、演出、脚本と、あらゆる要素がすべて高い次元で融合していた。またドラマの作り方においても、難解な作品テーマを彩るカタチで、友情と恋とが織りなす大変魅力的な人間ドラマや、興奮必至のアクションシーンを盛り込んだ政治・戦争ドラマが描かれていて、難しいことは脇に置いておいて、純粋に「最高に面白い」と言いきれるだけの作品に仕上がっている、素晴らしいエンターテイメントだった。("亡念のザムド 第26話(最終回)「大きな石と少女」&シリーズ感想"より)
などと、最終回を観た人がべた褒めなので、多分面白い作品なのだろう。
監督がジブリ出身の方とあってそれっぽく見えますが、最近のジブリなんかよりも深くて面白い作品だと思います。
絵も音楽(BGM、OP、ED全て)もいいですが、恋や友情や家族愛、戦争、信仰、信念、色んな要素が詰め込まれたストーリーで、何回も見られる作品だと感じます。

2013年9月23日月曜日

アシナシイモリのような男性器に似た生物 または女性器に似た生物

このTwitterで紹介された写真が最近話題になっている。
どう見ても男のチ◯◯です。どうもありがとうございました。
変わった生き物が好きなので、いったいこの生物はなんだろうと調べてみた。元ネタとなった記事をまず発見。
★ Scientists discover new species of 'blind snake' in Brazilian river that looks remarkably like a piece of the human anatomy (and stop sniggering)

記事によれば、アシナシイモリの新種だという。アシナシイモリとは無足両生類の総称らしく、いまだ多くの生態が分かっていない。これからも続々と新種が発見されるのだろう。

粘膜に覆われた長いものだと、だいたい似たものを喚起させる。その代表格ではミルクイと呼ばれる貝や、
ユムシと呼ばれるナマコの仲間などがある。

では、逆バージョン(何の?)の生物はどうだろうか?



それは言わずと知れた"アワビ"だろう。
日本ではアワビの殻を家の入口に吊るす風習があった。
「女性器には魔を払う力がある」
という言い伝えが古くからあり、そこから連想された風習のようだ。

その他に、ムール貝もまた、あれに似ている。
ムール貝は西洋では女性器の象徴として名高く、画家のヒエロニムス・ボス(1450-1516)の絵画「快楽の園」でも、ムール貝が描かれている。下記は「快楽の園」の一部を拡大したもの。
自然の中にはいろいろな生物がいる。こういうのを観ていると、自然に頭の中がピンク色になりそうだから、ご注意を。

★ Caracol Vagina en pleno orgasmo - MIREN EL OTRO VIDEO


2013年9月22日日曜日

一度は行きたい 養老天命反転地と三鷹天命反転住宅

荒川修作という芸術家がいる。
1958年、読売アンデパンダン展に初出品。1961年、渡米し、以後ニューヨークに定住。渡米後、マドリン・ギンズ(Madeline Gins、1941年 - )と知り合い1962年頃から共同制作を始める。1970年、ヴェネツィア・ビエンナーレで代表作となる『意味のメカニズム』を発表。1972年、同作のドイツでの巡回展示を見た物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクから賞賛され、ギンズとともにマックス・プランク研究所に招待をうける。
1982年、紺綬褒章受賞、1986年、フランス文芸シュヴァリエ勲章受章、2003年、紫綬褒章受章など内外でその活躍が認められている。
彼と、その妻で詩人のマドリン・ギンズの共同作品が、岐阜県養老町にある公園「養老天命反転地」であり、

東京都三鷹市にある住宅「三鷹天命反転住宅」である。
どちらも地面が平坦ではなく、ぐにゃぐにゃと曲がっていて、重力に自分の身体が引き寄せられる妙な感覚を味わえるらしい。

一度行ってみたいと思いつつ、いまだ果たせないでいる。

★ 養老天命反転地

★ 三鷹天命反転住宅

三鷹ならば、東京なのですぐに行けそうな気がするのだが。

思い切って、今日行ってみようかな。三連休だし。

2013年9月21日土曜日

イスラム教徒に反旗を翻す仏教僧

私の友人にスペイン人とのハーフの女性がいる。彼女から聞いた話。

彼女は昔スペインで知り合ったモロッコ系のイスラム教徒とつきあっていた。ところがこのイスラム教徒の束縛は大変なものがあった。女性が男性から話しかけられただけで、
「お前は淫乱だ」
と罵って、暴力をふるう。

友人は男性とつきあうのが初めてだったために、
「男性の嫉妬はそんなもんだ」
と思い込んでいたから、暴力を振るわれても愛情表現と思って看過していたらしい。

ところが段々と男性の暴力がひどくなり、ムチで叩かれることも増えたため、
「このままだと自分は殺されてしまう」
と思い、日本の大学に再入学した際に音信を絶ち、恋愛が自然消滅するのを待った。

その女性は天然なところがあるが、頭がよく素直で優しい女性だったので、
(こんな女性を殴る男性はゆるせんな)
とおもったものだ。

友人によれば、イスラム教徒にとっては女性を殴るのは当たり前で、それは常識レベルであり、誰もおかしいと思わないのだとか。だから彼の家に招かれ、彼を怒らせて家族の前で殴られようと、彼の家族は誰一人それを止めなかったそうだ。

この話を聞いて以来、イスラム教徒には不信感を持つようになった。学生時代の友人の友人であり、たとえ彼女が信頼出来る相手だとしても、たった一人の体験で全てを判断してはならない。「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」などとも言うではないか。それは分かっていても、どうにもイスラム教自体を信頼出来ない。

もっとも、歴史に学べと言われたところで、ここ数十年ほどのイスラム原理主義者達の歴史上の蛮行を知れば、彼らをますます許容できなくなるのであるが……。

日本はまだいい。問題は東南アジアなどの、イスラム教徒と日常的に接している仏教国の人々だ。イスラム教国で相次ぐ内戦を逃れて、ミャンマーなどには多数のイスラム教徒が押し寄せている。そこで地元民との間で緊張が高まり、衝突が繰り返されている。

そこに一石を投じる人物が現れている。

★ 米誌タイムの特集記事「仏教徒テロ」、ミャンマー人が反発
一部の過激思想を持つ仏教僧たちは、イスラム教徒が経営する店のボイコットを呼びかけている。こうした僧侶の1人であるウィラトゥ師は、仏教徒の女性と他宗教信者の男性との結婚を法律で禁じるよう求めている。
この記事の書き方も恣意的である。仏教徒のみがイスラム教男性との結婚を法律で禁じるよう求めているようにしか読めないが、違うだろ。

イスラム教では、他宗教との婚姻を認めず、棄教を認めない。だから、イスラム教徒と結婚したければ、イスラム教に改宗するしか方法がない。一方的なのだ。それでいながら、仏教徒がイスラム教徒と結婚できない法律を作ることがなぜ、差別に当たるのだろうか?

貧富の格差が世界中に蔓延し、どうしようもなくなりつつある。共産主義は死んだ。貧乏人を救うための思想として、めぼしいものは、イスラム教くらいしかない。だから世界中にイスラム教が増えつつある昨今、ウィラトゥ師の存在は大きな意味を持つ。

ミャンマーというと、日本人にはあまり馴染みがないだろうが、実はこの国からは多くの仏教指導者たちを排出、世界にミャンマーの思想を伝え続けている。

たとえば、ヴィパッサナーヨガ。

★ 知らないと損する10日間沈黙する瞑想
映画などでも取り上げられた「沈黙瞑想」の主催者であるゴエンカはミャンマー人である。

あるいはガユーナ・セアロという人物をご存知だろうか。日本人の料理人でありながら、ミャンマーで得度を受けて「大僧正」の地位にまで上り詰めた人物である。彼はワールドワイドで現在も活躍中だ(彼のことは私が奈良の天河神社を放浪していた時に知り合った2人の女性から教えてもらった)。

★ ガユーナ・セアロ 個人サイト

ただ、このガユーナ・セアロなる人物には批判も多いようなので、彼についてはいろいろとご自分で調べてみることをお勧めする。

まあ、とにかく。ミャンマーの仏教は、人々の生活に深く根ざしているだけではなく、未だ世界に影響を与えるだけのエネルギーがあるということである。そこから現れた反イスラムの教えは、これから世界へと発信されていくかもしれない。

もっとも、ミャンマーで高まる反感に危機感を持ったイスラム教徒側が譲歩したのか、最近ウィラトゥ師はイスラム教の若きリーダーと対談を行っている。

★ ウィラトゥ師とダイヤモンド・シェウ・キー氏の間で三度目の異教徒間会談
仏教僧のウ・ウィラトゥと「平和と友情のネットワーク」のムスリム側の代表者であるダイヤモンド・ウェウ・キーは、(2013年)9月10日、仏教とイスラム教の信者間の、異教徒同士の親睦や団結、和平について語るための場を設けた。
案外、世界に拡大を続けるイスラム原理主義に対して、小乗仏教が、解毒剤と将来なるのかもしれない。

2013年9月20日金曜日

新宿や新大久保での小競り合い

最近は、新宿や新大久保で、この手の小競り合いが、日常茶飯時で起こっているらしい。
★ 人権侵害救済法案&TPP反対デモin新大久保2013/6/29デモ前(1)


★ ヘイトデモに抗議して道路に座り込むカウンター・プロテスター達


★ 9 08 新大久保 横断幕ビリビリ事件


物騒だねぇ。

2013年9月18日水曜日

コピーすると数字が書き換えられることがある

コピー機は今ではオフィスに無くてはならない。資料作成する際にコピー機がなければ仕事になるまい。

ところがこのコピー機で、数字が置き換えられることがある、という。

★ これはマズイ…ゼロックス製コピー機で数字が勝手に置き換わる深刻な不具合
The VERGEより
上の画像3行・2列目の「65,40」に注目してください。スキャン後には「85,40」に置き換わっていることが分かります。BBCの報告では「21.11メートル」表記が「14.13メートル」表記に変わるなど、建築関係でも大きな影響が出ることが予想されます。
この不具合には、OCRではなく画像を圧縮する際の規格である「JBIG2」が絡んでいるものとみられており、特定の圧縮レベルと解像度の組み合わせによって発生するとのことです。
これは大問題。

こんなことが起こる理由は、コピーがスキャンした映像をそのまま写し取るわけではないためである。

データをいったん電子情報に置き換える。電子情報から取捨選択して、印刷すべき部分と不要な部分を取捨選択する。捨てたデータを出力先である程度補強するときに
「こういう形ならば、その途中もこうだ」
的な予測を行って印刷されるのだが、その際に6の形を8に取り間違えてしまうらしい。

数字が勝手に書き換わるようなことが起こったら仕事にならんだろう。海外で中心に売られている機種のようなので、日本では実害は無さそうだが、並行輸入されているかもしれないので注意が必要。

2013年9月17日火曜日

気分は超音波や磁気で操ることが可能

サイコパスという精神疾患がある。
サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴で、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。北米には少なくとも200万人、ニューヨークだけでも10万人のサイコパスがいると、犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは統計的に見積っている。   ――Wikipediaより――
共感や倫理観の欠如をその特徴とする病理が、時にはその欠陥によって、社会での成功を約束する場合がある、らしい。

それを解き明かしたのがこの本。
サイコパス 秘められた能力
サイコパスの人々が必ずしも「病気」として取り扱われる訳ではない。心理学的には疾患として分類されるにしても、本人に自覚症状はないし、生活に不便が生じる訳でもない。それどころか、仕事に私情を挟まず冷静に対処できる人間として、社会的に高い評価を得ることだって可能だ。いや、サイコパスの特徴として、
一見才能があり博学で、地理・歴史・技術・医学など、何くれとなく通じていて話題が豊富で(中略)好んで難解な外来語や人を脅かす言説をなす。
とあるから、彼らは必然的に社会の上層部に位置することが多い。

だとしたら、人が恣意的に"サイコパス"になればその人は成功者となるのか? それを上掲書の筆者が、TMS(経頭蓋磁気刺激法)という方法を利用して実証してみせた。
経頭蓋磁気刺激法は、TMSとも略され、おもに8の字型の電磁石によって生み出される、急激な磁場の変化によって弱い電流を組織内に誘起させることで、脳内のニューロンを興奮させる非侵襲的な方法である。(中略)この方法が多くの神経症状 (例えば、頭痛、脳梗塞、パーキンソン症候群、ジストニア、耳鳴り) や精神医学的な症状 (例えば うつ病、幻聴) に有効な治療法であることが示されている。  ――Wikipediaより――
へえ。脳に磁気を当てれば、人間の考え方さえ変えることが出来るのか、とそこに感心したのだが、実際、この実験はうまくいって、筆者は短期間のうちに、能力が大幅にアップし、これまでとはまったく異なる思考を行える実感を得たという。

ちなみに、磁気だけではなく超音波でも人間の感情を操ることができるらしい。

★ 超音波を脳にあてて気分を操作
実験によると、頭蓋に超音波をあてられた患者は気分改善(最大40分間)を報告した。超音波をあてられなかった患者は気分に変化はないと報告した。
ハメロフ博士らは2MHzの超音波を30秒間あてる場合が、患者の気分がプラスに変化する可能性が最も高くなると結論した。
なるほどなるほど。

超音波や磁気で、気分や感情などが操れるのは、どうやら確かのようだ。それによって、脳機能が刺激されて、能力が開発されるとしたら面白い。

そもそも脳の中では、電気シナプスでは電気信号として情報がやりとりされる。そこに磁気が影響を与えないはずがない。

そうだとしたら、例えばネオジム磁石などの超強力磁石を脳にガムテームなどで貼り付ければ、脳の機能アップに役立てられるのではないだろうか?

アメリカのある記者が、指先に磁石を埋め込むインプラント手術を受けた。第六感を感じたい、という身体改造者特有の馬鹿げた発想だったが、これが馬鹿げたものではなく、実際に第六感のような、磁気を感じる新たな能力を手に入れたと被験者が主張しているのだから面白い。

★  指先に強力磁石をインプラント:体験レポート(1)

今では超強力磁石が、安くでいくらでも手に入る。
世界最強磁石/2cmネオジム磁石 【10個】
これを脳に当てて生活したらどうなるのだろうか……。もしかして、偉大なる能力を手に入れられてしまうのではないだろうか……などと考えるものの、実験台になる勇気がないためにそのままになっている。

今度試しに、やってみようかしら。

2013年9月16日月曜日

ウェブ漫画が進化していてびっくりなのでいくつか紹介

「Web漫画」とは、インターネット上に公開されたマンガ群のこと。お金を払えば、Yahoo!や電子書店パピルスなどで、普段書店やコンビニで発売されているマンガがインターネット上で気軽に読めるようになったのはご存知だろう。
★ コミックを手軽に楽しむ方法

だが、プロではなく、アマチュアやセミプロが自分の作品を趣味でネット上に多数アップしているのを見逃している人も多いと思う。

昔は、インターネットで発表されているアマチュア作品には良質なものが少なかった。時々思い出したように「Webマンガ」などといったキーワードでググってヒットしたものを、
「この絵はないよなぁ」
などと思いながら読み飛ばすのが関の山だった。

ところが先日、数年ぶりにウェブ漫画を調べてみると、ほとんどプロと言っても過言でもないほど面白いマンガが多数、アップされていた。

アップされた日付をみると、数年前から連載されていたものも多い。数年前にググっても探しだせなかったことを悔やまれる。

当時ググっても検索結果上位にこれらのウェブマンガが現れなかったのは、読んだ人々が感想を書いたりネット上で勧めたりして、布教に務めなかったからだろう。もったいない話だ。

ようやく多くの人々にリンクを貼られるようになり、多くの人々から読まれるようになり、私もこの作品群に出会えたのは僥倖といえる。

……という訳で、台風のために三連休の最後に在宅を余儀なくされた人々のために、面白いウェブ漫画を幾つかご紹介したい。

★ 珈琲日和
大正ロマンあふれる東京を舞台に、恋を夢見る17歳の女性と、いくつかの秘密を抱えた法律学者の卵との、美しい恋愛譚。一昔前の少女マンガを彷彿とされる構成で懐かしい。基本的に四コマなので気軽に読み始められるのも好印象。すでに完結しているので、落ち着いて読める。

この作品を書いたaprilさんのことを調べたが、よく分からず。今ではプロとして活躍している方だろうか? 『珈琲日和』自体、アニメ化やドラマ化してもおかしくない内容と量だと思うのだけれども、なぜそういう声が上がらないのだろう? 秀逸なマンガだ。

★ 奇異太郎少年の妖怪絵日記 
★ 奇異太郎君の霊的な日常
サイト「モルモル亭」より
霊感が強く、その上霊を操ることのできる奇異太郎(鬼太郎のオマージュですね)とその仲間が織りなす、怪異との日常。『奇異太郎少年の妖怪絵日記』が彼の牧歌的な少年時代を描き、『奇異太郎君の霊的な日常』が、都会にやってきた奇異太郎の日常を描いている。どちらも未完。

『霊的な日常』よりも『妖怪絵日記』の方が、私にとっては面白い。在りし日の日本の山村部の理想郷を描いていて、雰囲気が心地よい。観ようによってはハーレムもののエロ漫画なのだけれども、抑制されて描かれているために、それほどいやらしくないのがいい。

★ 百鬼村
これのせいで徹夜した。「百鬼村」と呼ばれる超常現象が日常的に起こる村に生きる人々と、化物共との共生と戦闘を描いた作品。グロい、気持ち悪い、でも面白くてスカッとする。乙一の作品に似た世界観だ。

上記の奇異太郎に出てくる妖怪も多数出てくるけれども、こちらははるかにおぞましい。村人たちが容赦なく変化を殺害していくので小気味いい。ハートフルな物語もいいけれども、このように思い切ったアクションホラーもまた面白い。

作者の死泥喪泥(しどろもどろ)氏は新都社(にいとしゃ)という、2ちゃんねる発の同人サークル出身。才能ある人が世の中には大勢いるもんだ。

★ 金魚王国の崩壊
©2011 Goldfish Kingdom
模造クリスタル」という名前の同人サークルによって創られた作品。この同人、「週刊少年リテラシー」などとも名乗っているようだが詳細不明。私は聞いたことのない名前だけれども、多くの作品が創られているので、同人誌業界では名の知られたサークルなのだろう。金魚を飼い始めてから、食物連鎖について疑問を持つようになった少女と周囲の人間関係について描いた暗い話。

面白いけれども、これからどこにいくのかよく分からない。登場人物はかわいく、扉絵も迫力があるけれども、着地点が見えないのが少々不安。

★ けちゃっぷ忍者
© だろめおん © niwango, inc. All rights reserved.
アメリカンスクールに留学した日本の忍者少女とその周囲のいかにもアメリカンな少年少女たちとのバトルな日々を描いたフラッシュ漫画。コテコテだけれども、こういった世界観が好きな人も多いはず。こなれた英語がやけに多いので、英語のセリフはネイティブに翻訳してもらっているものと思っていたが、作者の"だろめおん"氏は帰国子女のために英語が堪能だとか。いやはや、多彩な人がいるもんだ。

だろめおん氏がサンドロビッチ・ヤバ子氏と組んで作った作品『ケンガンアシュラ』も迫力があるので要チェック。サンドロビッチ・ヤバ子は格闘技にはかなり精通している人物で、瞑想して脳内で格闘シュミレーションを日常的にこなしているという。いろんな人がいるもんだね。

★ ワンパンマン
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一部だけの限定公開となっているけれども、それでも十分楽しめる。怪人と立ち向かうヒーローの話。

ただし、普通はヒーロー自身が時に怪人に死の間際まで追い詰められながらも逆転するというドラマに感動するものだが、この作品はひと味違う。無敗で、どんな敵でも一発のパンチで仕留めることができるほどの実力者・サイタマ(人名)が、その強さ故に周りに引き起こす様々なトラウマを描くというもので、主人公があまりに強すぎるところが爽快でたまらない。

その原作を以前読んだことがある。面白いのだけれども、絵が下手なために途中で読むのを挫折した。ところがこちらのバージョンは、もともと週刊少年ジャンプで『アイシルールド21』というアメフト漫画を描いていた村田雄介が作画を担当していて絵に迫力がある。漫画の世界に浸ることができるのでオススメ。

こんなところだけれども、どれも面白いので、ぜひ読んで欲しい。

2013年9月15日日曜日

この文字の中から"ゴリラ"という文字を探せ

某2chで出された問題。

鯵鮎鰯鰻鯨鰹鰍鯖鮫鰭鱈鯛鮮鯉鮭鮒
魯鮃鮪鱒鱗鮗鮴鰓鰒鰈鰆鰌鰊鰄鮭鯖

2013年9月14日土曜日

自分のブログを見直すと、同じようなテーマを多く扱っていた

『バクマン』より
三連休であることもあり、これまで書いた自分のブログを見なおしたりブックマークをつけた記事を見なおしたりすると、同じようなテーマで幾度となく記事を書いたことに気づく。
  • 従軍慰安婦
  • 韓国の悪質な反日要求
  • イジメ問題
  • 尼崎連続殺人事件
  • 体罰
  • ワタミ
  • 禅寺の暴力
などなど。

根っこに共通しているものがある。目下の者は目上の者に絶対服従すべきだ、という盲従への反感、強圧的なものへの嫌悪感、暴力への忌避感だ。

第二次世界大戦の時のイギリスの指導者であるチャーチルが、かつて日本をこう評価したそうだ。
 日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数が上がるのに、それができない。それでもう一度、無理難題を要求すると、これも呑んでくれる。すると議会は、いままで以上の要求をしろという。
 無理を承知で要求してみると、今後は笑みを浮かべていた日本人がまったく別人の顔になって、
「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては刺し違えるしかない」
と言って突っかかってくる。
 英国はマレー半島沖合いで戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈されシンガポールを失った。日本にこれ程の力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。
これが果たしてチャーチルの言葉なのかどうか、議論があるようだが、仮にそう言ったとしよう。これを聞いて、
「そうだ、日本人は黙って譲歩を繰り返す、穏やかな民族だけれども、やるときはトコトンやるんだ」
という、何か誇らしい気持ちになる日本人は多いと思う。かつての私がそうだったように。

実際、上記のチャーチルの言葉は日本人が「こうありたい」と望む日本の姿だ。穏やかで涼しげではあるが、武士としての一分は決して失わず、いざというときは死をためらわずに敵へ敢然と立ち向かう、という生き方。

だが、この美徳には裏側がある。たとえ嫌われようとも言葉で物事を解決してやる、という意思がそこには寸毫も感じ取れない。戦争は外交の一手段だとしても、戦争に至る外交は下の下である、という視点がない。

以前、「曹洞宗の暴力事件を知って」でも書いたように、日本人は近代化の過程で、暴力、体罰を内在化した。暴力による教育は、軍隊から村へ、家庭へと持ち込まれていった。

その薫陶を受けた韓国や朝鮮では、未だに日本の悪しき伝統が蔓延し、目上の人間が暴力によって目下の人間を支配するのが当然、という雰囲気が残る。元々あった両班(ヤンパン)支配がそれに輪をかけてしまい、彼の国の上下関係は、なかなかに凄まじい。それが、日本相手に悪い形で噴出している。

中華文明をもたらした兄である(と思い込んでいる)朝鮮を敬い媚びへつらわない日本に苛立ち、先に西洋文明を学び立場が逆転したことにさらにコンプレックスを抱えてしまい、執拗に日本に屈服を求めている。

朝鮮人が日本人の支配にトラウマを抱えたのには他にも理由があるようだ。年配の日本人で韓国・朝鮮にシンパシーを感じている人々には、子供時代に朝鮮半島で生活し、敗戦後に住処を追われて帰国した経験を持つ人々が多い。

敗戦時には現地で酷い目にあった人々が多いだろうに、彼らから朝鮮人への恨みつらみが聞こえてくることはあまりない(五木寛之などを念頭においている)。なぜなら、彼らは朝鮮半島で親の世代に当たる日本人たちが、現地人に対してどれほどひどい暴力をふるっていたのか、その目で観ていたからだ。

朝鮮で子供時代を送り、朝鮮人にシンパシーを表明する日本人は一様に、
「朝鮮人にあんな酷いことをしていたのだ。日本人が敗戦時に仕返しされてもしょうがない」
と述べる。

とにかく、現地で日本人はなにかといえば朝鮮人を殴っていたらしい。それを観ていた子どもたちにとって、共感できるのは、日本人の親ではない。自分と同じように殴られて泣いている朝鮮人たちだ。結局ここの根っこにも、日本人の暴力性向、上下関係の強制という問題がある。

ワタミでは暴力はないようだが、「夢」という曖昧模糊とした独善的な価値観で従業員を洗脳し、それに従わない人間を下賤とする渡邉美樹の手法は、精神的な暴力だ。少なくとも、契約と基本的人権を貴重とした近代社会のあり方と異なる、支配被支配の関係で成り立っており、そこに反感を感じるから、ワタミが多くの人から嫌われる。

ほんの少し前までは、日本人の中には異常なほど体罰信仰が強かった。今の60代の連中なんて、子育ての時に子供を殴るのはしょっちゅうだった。初期の『3年B組金八先生』では、平手打ちが当たり前のように出てくる。

戦後になって男女の平等を謳った『青い山脈』で男女が平等になったことを象徴するシーンは、男女が対等に議論を交わすシーンではなく、女性が男性を殴るシーンだった。ここにも、日本人の内側に根強い暴力信仰が垣間見える。

昔、中国人やパキスタン人が数多くいる工事現場で働いていたことがある。その中で、仕事をどうしても覚えない中国人がいた。年配の男性が指導役だったが、あまりに物覚えが悪いため腹が立ったのだろう、ヘルメット越しに、持っていたスパナで、ゴツンと中国人男性を殴った。

その途端だ。

数十人いた中国人とパキスタン人が、いっせいに仕事を止め、指導役の男性を取り囲み、
「暴力だ!」「何をあなたはやっているんだ!」
と口々に叫びながら詰め寄り、抗議を始めたのである。当然工事は中断した。

見事なほど彼らの動きは統率が取れていた。事前に打ち合わせなどない、突然の出来事に、彼らは見事なほど同じ反応を見せた。
「暴力は絶対に許さない」
という強い意思だ。

彼らにとっては、暴力は決して見過ごせないものなのだ。我々日本人労働者はぽかんとそれを見守るばかりだった。

日本人は長い間、あまりにも暴力に寛容であり、それを上下関係の強化のために利用し続けてきており、それが原因で、様々な問題がそこかしこで生じている。日本の諸問題は、よくよく見ると根っこにこの「上下関係の強制」「暴力」がある。

私はそれがどうにも苦痛で、しばしばこの手のニュースに言及せざるをえないらしい。

2013年9月13日金曜日

観るだけで恐ろしいダウンヒルの映像

恐ろしすぎる!!

自転車で坂を駆け下りるタイムを競う競技「ダウンヒル」の運転手視点の映像がYouTubeにアップされている。

……もう、途中から観ていることができない。

競技場の映像ならばまだ我慢できる。なぜならそこは非日常の世界だから。

でも、こんな日常にどっぷりと使った簡易的な競技場で、時には目の前にイヌ(!)が飛び出ることもある場所で、猛スピードで駆け下りるのを運転手視点で観ることだけはご遠慮願いたい。

いつ誰にぶつかるか分からない。自分だけが死ぬならばまだいい。でも、他人を傷つけそうになり、何度ゾッとしたことか。

そんなことを思い、ひたすらゴールまでの時間が長く感じられた映像はこれだ。

……心臓の弱い人は御覧にならない方がいいだろう。

2013年9月12日木曜日

生命は螺旋を描き、宇宙もまた螺旋を描く

地球や火星のような惑星は、太陽という恒星の周りを回っていると学校では教えられている。

だが、それは本当だろうか?

本当の姿は、別にあるということを示したのがこの動画。観た時は鳥肌が立った。


惑星は確かに太陽の周囲を円軌道を描いて回っている。
だが、太陽は同時に、銀河の中心から外側に向かって猛スピードで遠ざかっている。

そのスピード、時速約83,700kmである。

地球が太陽の周りを回る速度が、時速約100,000kmであるから、地球が太陽を回るよりもほんの少しだけ遅い(しかし猛スピードと表現するのに十分な)スピードで、太陽自体が銀河の中心から離れている。

だから、地球や、同じく太陽の周りを回る惑星が描く軌道は、円ではなく、螺旋(らせん)なのだ。

そして、DNA構造を例に挙げるまでもなく、

命あるものは螺旋を描きながら成長する。
その構造は螺旋である。
車輪は移動手段として効率のよいものだが、かように多様な生物界に、車輪を移動手段とするものはただの一つも存在しない。

生命の本質は円ではなく、螺旋なのだ。

だから、螺旋を描きながら動く太陽系もまた、生命の一部であるとこの動画の作成者は主張する。

生きること、成長すること、日々変化するものは、決して同じ軌道を描くことはない。同じところを回っているように見えても、螺旋を描きながら前へ、前へと進む。

私たちも、同じことの繰り返しのような毎日ではあっても、少しだけでも、進むべき方向へ向かおう。螺旋を描くように生きよう。

それが宇宙の法則だ。