2013年5月2日木曜日

名歌は観光地よりも長生きする

2011年の東北大震災で、東北各地は甚大な被害を受けましたが、観光名所もまた例外ではありませんでした。

日本三景の一つである松島もまた、周囲の街に比べれば比較的軽度であるとはいえ大きな被害を受け、修復には時間もお金も必要のようです。日刊建設新聞のサイトで、

★ 松島町の小白浜海岸を本復旧(県仙台土木)

という記事が紹介されています。

松島は風光明媚であることで知られており、日本中から大勢の人々が押し寄せてきます。名も知らない場所よりも、ある程度知名度のある場所には親近感が湧くものです。また、同じ日本三景の一つである「天の橋立」のある京都などと協力して復興活動を行なっていることが報じられるなど、様々な取り組みも行われています。

★ 日本三景つながりで防災協定へ 宮城・松島町と京都・宮津市

ニュースを読みながら、以前読んだ小林秀雄の言葉を、ふと思い返しました。
天の橋立という名は、いかにも自然に、誰かの心に浮んだのであろう。歌を思い出すだけで、もはや現代の私の心を去ったと思われる旅情が蘇る。名歌は橋立よりも長生きするだろう。
『考えるヒント』所収の「天の橋立」というエッセイの最後の言葉なのですが、彼の文学至上主義的な発言に不満と若干の反感を覚えました。

天が創りだした造形である自然美よりも、人間の作為である歌のほうが長生きするということはやや不遜じゃあるまいか。小林の先走りだろう。唐代の杜甫の言葉にも、「国破れて山河あり」とあるではないか、と。

しかし、冒頭に紹介したように松島の復興が話題となり、人々の関心を集めるのは、松島が多くの名歌の舞台となり、やがて日本三景の一つとして文学史上有名となったからでしょう。
心なき 身にだに月を 松島や 秋のもなかの 夕暮れの空    (伊達政宗)
松島や 雄島の磯に あさりせし あまの袖こそ かくは濡れしか (源重之)
松島や 鶴に身をかれ ほととぎす                    (河合曾良)
俳人・松尾芭蕉が曾良とともに東北を旅した目的の一つが、松島見学でした。芭蕉自身は、あまりに松島を見た感動が大きすぎて、一首も残せないまま、その地を後にしてしまいましたが……。

津波、高潮、または地震など、日本は自然災害の多い国です。松島、あるいは天の橋立などが、いつか大量の土砂によって埋め立てられるような被害に遭うかもしれません。でも、歌に歌われ、その文化を受け継ぐ日本人の思いがある限り、復興が行われ、観光地は元の姿を留め続けるのでしょう。

それは、名歌が橋立よりも長生きすることを意味します。小林の卓見を改めて思い知りました。

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