2013年2月7日木曜日

独自の文化を守る民族

昨日ユダヤについて述べましたが、故郷を遠く離れて民族集団を形成しているのは、ユダヤ人だけではありません。

一般的に他地域へやってきた移民は、周囲の文化に溶け込み、同化していくものです。ところが中には、ユダヤ人のように、周囲に溶けこむことをよしとせず、自分たちのライフスタイルや言語をかたくなに守る民族がいます。

そのような民族集団について、本日はご紹介しようと思います。


客家
華僑といえば、世界中に散らばった漢民族のことを指しますが、その華僑の中でも最強と呼ばれる人々が、客家(ハッカ)です。

客家とは「よそ者」の意味です。古代中国では、国が滅ぶと王侯貴族は皆殺しになるのが常でした。それを逃れるために、帝国の支配の届かない長江から南へと移住した漢民族の王族たちの子孫を指します。彼らは言葉も通じない周囲の異民族に怯えながら、それでも生き延びるために周囲と交流を重ねつつ、誇り高いために独自性をかたくなに守ってきました。

彼らは古代中国語に最も近いと言われる客家語を今に伝えており、先祖が誰で、どのような業績を残したのかを、事細かに今に伝えています。それを読んだ子孫は、先祖に恥じないように努力を重ね、罪を犯さずに倫理的な行動をとるようになります。

彼らの住まいは大変特徴的な円形をしています。

これは、外部から敵が侵入することを防ぎ、死角をなくして敵の襲来を素早く察知するためのものだそうです。外側には小さな窓だけが開き、入り口は一つ。決して入ってこれないように、門構えは重厚です。

大きな窓は内側に向き、そこから集光をします。異民族に囲まれながら文化を守りぬくために、彼らは揃って向学心が強く、我慢強く、プライドが高いのが特徴です。

商売もうまく、コミュニケーション能力が育まれてきた彼らから、多くの偉人が輩出されたのは当然かもしれません。中国を作り上げた孫文や鄧小平、シンガポールの建国の父リー・クアンユーなど、政治家にも客家出身者は大勢います。


ロマ
The Rider Tarot Deck
The Rider Tarot Deck 昔はジプシーなどとも呼ばれていましたが、エジプシャン=エジプト人から来た言葉であるために、事実と異なるということで、インディアンのことをネイティブ・アメリカンと呼ぶように、近年ではジプシーのことを「ロマ」と呼ぶことが多くなりました。

ヨーロッパに行くと、駅前などに肌の色の濃い人々がたむろしている光景を見かけることがあります。彼らの多くはロマであり、元々はインドを起源とした人々でした。ヒンズー教を信仰していた彼らがなぜヨーロッパまでやってきたのかわかりません。一説によれば、西暦1000年頃に北部インドをイスラム系の王朝が支配するようになり、そこから北へ逃れた人々がロシアを経由してヨーロッパまで流れ着いたものと言われています。

色が黒くキリスト教を信仰せず、定住生活を拒む彼らはヨーロッパでは迫害の対象となり、ヒトラーによっても大量に虐殺されました。しかしユダヤ人と比べて商売にあまり秀でていないためか、財力を背景とした発言権がなく、大変弱い立場にあります。

日本でも有名なタロットカードは、元々はロマの文化であり、今でも占い師などになる者が多いようです。


パールシー

パールシーとは、「ペルシャ人」のことを指します。

昔イランの地域を支配していたペルシャ帝国で国境となっていたのがゾロアスター教です。ところがこの地域をイスラム教徒が支配するようになると、ゾロアスター教徒たちは異教の民として祖国を追われ、インドへと落ち延びてきます。

インドのヒンズー教徒と軋轢をおこさないために、
「決して布教しない」
と藩王に誓った彼らは、現在もその教えを愚直に守り、布教しない代わりに祖先の信仰を守り通しています。

東インド会社がインドに進出してきた際には、イギリス人の手先となってインド人支配に関わったために、人々を統治するノウハウを学び、今ではインドでも有数の富裕層となりました。インドにはビルラ財閥、リライアンス財閥とともに、3大財閥の一角を占めるタタ財閥という財閥があり、その一族がパールシー出身です。ちなみに、

ビルラ財閥……マールワール商人という、インドとパキスタンの間にある地域で活躍した商人出身の一族。マールワール商人といえば、ケチで気が荒く、評判の悪い商人としてインドでは名前が轟いています。日本で言えば河内商人のようなものでしょうか。長年ガンジーやネルーを応援してきた政商です。

リライアンス財閥……ディルバイ・アンバニは、第二次世界大戦後にアフリカのイエメンへ移り、シェル石油のガソリンスタンドの給油係になりました。その後、シェル製品をエチオピアなどのアフリカ諸国に販売するセースルマンに昇格。 インドに帰国後、ポリエステル糸の輸入商となります。父の事業を継いで、長男であるムケシュ・アンバニは、繊維業から石油化学グループへ業種を大胆に転換し、事業を大成長させました。

という、それぞれの背景を持っています。


フィリピン地主層
現代フィリピンを知るための61章【第2版】 (エリア・スタディーズ)
フィリピンにスペイン人がやってきたのは、1421年のマゼランが最初です。彼はフィリピンの英雄であるラプ・ラプに殺されました。

それ以降、スペイン人は多数フィリピンにやってきて、やがて植民地化しました。統治者であるスペイン人たちは現地人と混血することをかたくなに拒みまして、嫁を娶る時にはスペイン本国からスペイン人女性を連れてくることによって、数百年もの間、純血を保ってきました。彼らは今でも大地主として、フィリピンの農地の大半を所有し、財閥を形成しています。

有名な一族を、いくつか紹介しましょう。
アヤラ一族
フィリピン最初の商社「アヤラ・コーポレーション」を1834年に設立、それ以来、銀行やビール醸造所などを経営して大成功を収めました。
ソリアノ一族
アヤラ一族の経営していたビール会社を総合飲食品メーカーへと育て上げたのがソリアノ一族で、アヤラ一族とは同族関係にあります。マッカサーの側近だったソリアノ一世が、銅・製紙・肥料などを扱う複合企業体を作り上げました。
アラネタ一族
サトウキビは砂糖を算出するのに大変適した作物であり、広大なサトウキビ畑を所有していたアラネタ一族は、戦後の砂糖特需で大儲けをしました。1980年代に砂糖不況となりまして、今では不動産事業をメインとしていますが、アキノ大統領による土地改革で奪われた利権を、私有警備隊を使って取り戻そうと画策するなど、ダーティーな一族であり、武田薬品はそこと提携しています。
オルティガス一族
土地貴族です。マニラの目抜き通りを支配していて、ホテルや銀行などを多数経営しています。最近、その一族であるフランシスコ・オルティガス3世が逮捕されました。女性秘書など妻以外の女性と次々に性的関係を結んだことがキッカケだそうです。
出典……フィリピンの財閥と有力層


アルメニア人

昨日取り上げた藤田田の書物の中に、このような記述があります。
あの商売が巧いとされる華僑3人が束になっても、1人のインド人には勝てるかどうか。そのインド人が3人束になっても、1人のアラブ人と同じぐらい。そのアラブ人が3人束になっても、1人のユダヤ人には敵わない。しかし、そのユダヤ人が3人束になってかかっても、1人のアルメニア人には敵わない。
あまり知られていませんが、アルメニア人もユダヤ人に負けず劣らず、欧米各国にアルメニア人一族のネットワークを深く張り巡らせておりまして、成功を各地で収めて来ました。

彼らの性格は、韓国人に似ているようです。男尊女卑の伝統が大変強く、人情的である反面、強圧的で暴力的。コネを重視して、多少の不法行為は犯してでも成功することに貪欲的、というところでしょうか。

彼らはアメリカで強固なロビー活動を行っています。オスマントルコが1915年から1923年にかけて、アルメニア人の大量虐殺を行なったというという歴史認定決議案を、米下院外交委員会で採択するよう働きかけてそれに成功しています。

フランスでは、2006年アルメニア人虐殺否定禁止法案が作られ、オスマントルコ帝国によるアルメニア人虐殺を公の場で否定した場合、禁固刑もしくは罰金刑に処すと定められました。

世界各地で活躍するアルメニア人は、訴求力もピカ一です。侮れません。


以上となります。日本人も、彼らに負けぬよう頑張って世界で活躍していきたいですね。

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