2013年2月17日日曜日

夫婦が仲良く過ごすために ③

さて、「夫婦和合家運繁栄の秘訣」にまとめられた49ヶ条のうち、⑮~㉑までのご紹介です。

⑮ 恋愛も生活から

生活を考えぬ恋愛は有閑紳士有閑婦人の恋愛である。
遊戯に過ぎない恋をして、恋人同志がめいめいの家を飛び出して、温泉場などを嬉々として遊び廻っているうちに金に窮して、遂に死を計った等と云うことは三面記事の材料として、新聞記者を喜ばすだけの価値きりない。
まづ自分の生活、相手の生活を考えよ。生活の中から生まれ出た恋愛こそ本当の恋愛である。
これは私も始終考えていることです。結婚するにはまず土台から。土台がなければ生活の安定はなく、結婚しても相手に苦労をかけてしまう……。

彼女を必ず幸せにしたいと思う人には大変思い条文ですね。


⑯ 恋人の第一の資格は飽きの来ぬ人たること

「目についた女房そろそろ鼻につき」—それでは困る。一生涯恋しても飽きの来ぬ人。
いな、永く一緒に居れば居るほど、ますますよくなって来るような人でなければ真面目な恋愛の対象にはならない。それが恋人の第一の資格だ。
そもそも、相手と一緒にいて、飽きるということがなぜ起こるのでしょうか? たとえば両親や兄弟と一緒にいて、嫌になることはあっても「飽きる」ということはあまりないはずです。相手に興味をもたなくなる、ということでしょうが、それは恋愛中毒者に多い感情の変遷です。

相手が嫌になろうとも、それでも大切にしてやりたい……そういう気持ちを持つように心がけたいですね。


⑰ 誰からも好評な人を選ぶべし

あの人は皆に誤解されているが、自分だけはあの人の真価を知っているなどと、自惚れる勿れ。
それは恋愛のために正気を失った場合に誰でも云うことだ。
もとより、世間の評判などは極く皮相的なもので、そんなものにとらわれることは間違いだが、その人の兄弟姉妹とか、極く親しい者がその人をどんなに批評するかを注意しなければならない。
その人が日常親しく接触している人の誰からも好評であれば、その人を恋人に選んで間違いがない。
これはどうなんでしょうね? 私の知っているある男は、日常親しく接触している仕事上の人間には大変好評な人間でしたが、家族や部下など、極々身近な人間にだけ、隠れて暴力をふるうタイプの人間でした。そして、それが決して表に出ることはありませんでした。その男、これまで何度も離婚経験があるような人間でしたが、評判は大変良かったですよ?

⑱ 恋愛の陶酔に正気を失う勿れ

恋愛と生活を取り換えっこしてはならぬ。一生涯恋愛の陶酔の中に生活することが不可能であるのはわかりきったことだ。
だから一時の感情のために生活をめちゃめちゃにしてしまっては何にもならぬ。
生活を豊富にするのが恋愛である。生活を破滅させるのは頽廃である。恋愛の陶酔の中にも正気を失わぬことだ。
結婚しても浮気して家庭を壊す人がいます。残されたものが可哀想でなりません。

恋愛の魅力は陶酔感にあります。相手のことを考えると、脳内が幸福感でいっぱいになり、そのことだけしか考えられなくなるという中毒性は、怖いものです。この手の感情が人間に備わったのは、禽獣時代の名残なのでしょうか。

「ダメ。 ゼッタイ。」
などの覚せい剤濫用を警鐘する標語はあるのに、恋愛禁止のキャッチコピーがないのはおかしなものです。恋愛禁止はAKB48だけの問題じゃありません。



⑲ 結婚に到らぬ先に恋の油を燃やしつくすな

金銭の浪費は生活を破綻させ、愛情の浪費は恋愛を破滅させる。
恋愛が一時の遊戯に過ぎないものならそれでもいいが、しかし恋愛は永い結婚生活の大道につづく関門であることを忘れてはならぬ。
熱愛しすぎた同志が結婚生活に入る頃にはそろそろ恋愛の倦怠期になっていたりするようだと、
その人々は味気のない結婚生活を送らなければならないことになる。西洋の諺で「結婚は恋愛の墓」と云うのも、このことを云ったものだ。
「恋愛の賞味期限は4年間」
という言葉があります。

一時の恋よりも一生の愛。
倦怠期を乗り切るためにも、できるだけ早いうちに結婚までもっていかなくてはなりませんね。

そういえば私の知り合いに、結婚まで5年間かけたカップルがいます。カネが貯まるまで、結婚を延ばし延ばしにしていたそうですが、いざ結婚して出てくるのは相手に対する愚痴ばかりで、可哀想でした。いろいろな理由があるでしょうが、永すぎた春も、一つの原因なのでしょう。

……あれ? それ、この前も書いたような気がします。

もしかしてこの「夫婦和合家運繁栄の秘訣」、表現を変えているだけで同じことを繰り返しているだけ? なんだかそんな気がして来ましたが……それはともかく、先に進みます。



⑳ 打算する人に許すな

理性と打算とを混同するな。理性的でなくてはならぬ。しかし打算的な恋愛をする人に決して許してはならぬ。
算盤がはずれた時には恋も終わりとなるようでは言語道断である。理性はある場合には自己犠牲をさえ要求するものである。
理性的ではあっても、打算的であってはならない……うーん、難しい。いや、打算的であってはならないことが難しい、というのではなく、理性的でありつつ打算的であってはならない、というところが、です。

そういえば、最近ですと、奥菜恵や山口もえ、上原さくらの結婚と離婚に、打算的なものを感じました。相手の年収に惹かれて結婚してみたものの、いろいろと問題を抱えているのを知って、うんざりして別れてしまうのが彼女たちのパターンです。ああいう反面教師がいると、わかりやすいですね。


㉑ 親しき仲にも礼儀あり

恋人同志の間に遠慮は野暮の骨頂である。遠慮がなくなることに比例して親密の度はまして行く。
しかし礼儀と云うものは遠慮とは全く性質の異なったものだ。
相手の人格を無視した言動や、自分勝手の要求ばかりしているようでは相手を憂鬱にさせ、やがて厭きられる。それをしないのが礼儀である。
一緒にいると遠慮がなくなります。特にオナラやゲップなどをところかまわずするカップルがありますが、こういう場合は段々と千年の恋も冷め、やがて夫婦の危機を迎えることとなります。

いくら夫婦であってもゼッタイにオナラは目の前でふらない、ゲップもしない、鼻くそをほじらない、爪楊枝で歯垢をとらない、など、ある程度のマナーを心がけるようにしたいものです。


さて、この続きは、2/22(金)を予定しています。

ちょいと新しい試みとして、曜日ごとにテーマを決めて、記事を書いてみようかと思っています。月曜日と木曜日は、海外ニュースについてのエッセイとニュースに対する反応。その間の曜日を、この記事のような軽めのおもしろ記事で埋めていく、という方式です。

それでは、また。


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