2012年12月14日金曜日

AKB48とプロレス

元AKB48の前田敦子について本が書かれていました。
前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48 (ちくま新書)
タイトルがものすごく、キリスト教原理主義者がいたら激怒しそうです。
内容は、
AKB48の魅力とは何か? なぜ前田敦子はセンターだったのか? 〈不動のセンター〉と呼ばれた前田敦子の分析から、AKB48が熱狂的に支持される理由を読み解いていく。
なぜファンは彼女たちを推すのか、なぜアンチは彼女たちを憎むのか、いかにして彼女たちの利他性は育まれるのか……。
握手会・総選挙・劇場公演・じゃんけん大会といったAKB48のシステムを読みとくことから、その魅力と社会的な意義を明らかにする。(Amazon内容紹介より)
というものだそうです。
当然タイトルには批判が多く寄せられています。
Amazonレビュー欄には、
まあ流行に乗ってお金儲けってことですよねえ。
実際にAKBファンなのはよくわかりますけど、別にこっち方面が専門の人でもないし、出さなくていい本をつい出しちゃいましたってことでしょうねえ。
別に生活と知名度向上のためにこういう本を出すことは全然かまわないと思いますけど、やっぱり問われるべきはそのクオリティですよね。
宗教学、哲学、社会学等の知を動員してAKB現象を解明するってことなんでしょうが、明らかに一過性の現象を大風呂敷広げて論じちゃって、この人これからどうするんでしょうかねえ。
以前のネット論なんかは見るべきものがあったので、本当に著者には期待してたんですけど、残念だなあ・・・。
ちなみに他のレビュアーの方が過剰反応している本書のタイトルですが、これは有名なジョン・レノンの言葉のパロディですね。
ビートルズは今でも人気あるし、影響力も世界的ですけれども、さてAKBはいかに・・・・。(By Amazonレビュー igaku (岡山県))
などの批判が寄せられていました。多分著者も出版社もそれを織込み済みで出版したに違いありません。

人気のある芸能人の魅力の源泉を畑違いの文化人が分析することは、昔からあるもので、中でも有名でかつ成功したのは、2009年に68歳で亡くなった評論家の平岡正明が著した、『山口百恵は菩薩である』でしょうか。

たぶん、前田敦子の上掲本のタイトルも、平岡氏の書籍タイトルを意識してつけられたのでしょう。

ただ、私が上記とともにより強く連想したのは、むしろ作家の村松友視が著した『私、プロレスの味方です』の方でした。

山口百恵人気というのは、当時圧倒的であり、社会現象とまで言われたほどです。また、百恵自身の凛とした立ち居振る舞い、毅然とした言動にも品格があり、『山口百恵は菩薩である』というタイトルには賛否両論があったものの、人々は納得し、概ね好意的に受け止められていたようです。

ところが、前田敦子を含むAKB48人気というのは、山口百恵人気とはどうも種類が違うと思うのです。
彼女たちはそのコンセプトどおり、クラスで五番目から六番目くらいの容姿の持ち主であり、歌もさほどうまくありません。レッスンを重ねる前にデビューするためか、演技力もありません。

よって彼女たちの自身に魅力があるというより、それ以外の部分にファンを惹きつけるものがある、と考えるべきです。

その有り様は何かに似ている……少なくとも、山口百恵や松田聖子の醸し出す魅力とは違う……そして、おニャン子クラブやモーニング娘。ともまた違う……なんだろう? と思っていた時に『前田敦子はキリストを超えた』とう馬鹿馬鹿しいタイトルの本が出て、そこで初めて「ああ、AKB48は、在りし日のプロレスと同じだ!」ということに気づきました。

ご存知の通り、一時期プロレス人気は凄まじいものがありました。

戦後間もなくに力道山が現れ、シャープ兄弟というアメリカ人レスラーを日本人がやっつける、というわかりやすいストーリーで大衆の心をつかみました。

力道山亡き後は王道プロレスを歩むジャイアントにアントニオ猪木という最強のトリックスターが挑み、そのアントニオ猪木の敷いた路線に対して長州力が挑み、前田日明や高田延彦らがさらに挑戦する、といった「挑戦する人々の群像劇」にファンは熱狂したのです。

ファンは、彼らの感情が、プロレスリング上の試合にも反映されていると信じ、その勝敗に一喜一憂したのです。

AKB48もまた然りです。たとえば恋愛禁止という原則に指原莉乃が大きく逸脱、そこからHKT48へ左遷されたり、あるいは人気が一番だった前田敦子と大島優子の友情と確執など様々なギミックが現れては消え、現れては消えていきます。

ファンはその度に一喜一憂しているようですが、外野からみていれば、それは演じているだけちゃうの? と突っ込みたくなること必至で、なぜそんなお芝居をファンが信じ、熱狂するのかわかりません。

しかし、ドラマやお芝居を嘘だと思いながら見る人はいません。見ている間は没頭し、それに浸りきって観るものです。

本物のお芝居を「嘘だ」と叫ぶのはバカげた行為です。誰もがお芝居が嘘であることを知っているのですから。

わざと騙されるーーとも、違いますね。仮装空間に没頭し、彼女たちとともに今を生きているようなつもりになるといったところでしょうか。それを作り事だと指摘すること自体、とても愚かな行為なのです。

たとえ作り事でも、たとえばプロレスの試合、あるいはAKB48のコンサートは「プロの仕事」であり、それなりに見応えがあります。

それが多少未熟でも、逆に背後の人間ドラマと相乗効果を発揮して、より魅力を増す……ハプニングを織り込んだ即興劇を、彼女たちは演じ、ファンはそれを楽しんでいます。

すぐに人気がなくなるだろうと踏んでいましたが、案外、AKB48人気はもっと長く続くかもしれませんね。

ただし、プロレス人気を一気に凋落させた『流血の魔術 最強の演技』のような最低の暴露本がかかれなければの話ですが……。


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