2012年7月27日金曜日

小沢健二の名を久々に聞いた


小沢健二の「金曜の東京」という随筆を読みました。彼の名前を、久々に聞いた気がします。
今では小沢健二のことを知らない人々も増えてきましたけれども、彼は20年前の一時期、音楽を愛好する人の間では知らない人のいない、カリスマのような存在でした。

なんでも、日本のそれまでの音楽シーンには無かった、世界水準の音楽を作り、日本で流行させたのは彼を嚆矢とするのだとか。彼が小山田圭吾という人間と組んでフリッパーズ・ギターというユニットを作り、"渋谷系"と言われる流行を作り上げました。

「いいか、日本の音楽は『フリッパーズギター以前と以後』で大きく分かれるんだ」

音楽に興味のない私に、友人が熱く語っていたのを思い出します。多分どこかの音楽雑誌の受け売りだったのだろうと、今では思いますけどね。

しかし、私の友人が幾ら薦めても、私が彼のファンになることはありませんでした。島田紳助の盟友であるという一点で橋下徹を信用できないと、このブログに何度か書いてきました。同じような理由で小沢健二のことがイマイチ好きになれなかったのです。彼の友人の小山田圭吾について知らない人間は、これを読んでいただければその人間性の一端がわかるでしょう。

小山田圭吾における人間の研究

中学生の頃からの付き合いで、窃盗団を率いていた小山田氏と紀伊国屋の万引きの常習犯だった小沢氏の関係は、まさに腐れ縁といったところでしょうか。二人は現在それぞれの道を歩み、音楽業界ではそれぞれが大きな評価をいまだに得ているようですが、一時代を作った彼らも、今では44歳。社会人として責任感を強く感じる世代です。その気持が、小沢氏に「金曜の東京」のような随筆を書かせたりする動機となったのでしょうか。

彼の文章には、当時漠然と感じていた彼の音楽の雰囲気がそのまま現れているようで、不思議な感覚を覚えます。  彼は東大卒で、親戚にも多数の著名人がおり、そのことを当然のように享受しながら決して威張らない自然体な雰囲気を持っていました。そんな彼をマスコミは「王子様」と評します。その時の雰囲気が、文章にあふれているのです。年齢を重ねた人間が持つ迫力のようなものを感じません。そこが、いいところでもあり、彼の弱点のようにも思えます。

雑多な元ネタに相当深くコミットしながら、それを一本の線につないでいくのではなく、パッチワークのようにつなぎあわせ、メッセージを浮き立たせるのが小沢流。しかし、メッセージに腹を立てると「それは僕が言ったことじゃない、元ネタの方に言ってよ」と責任を回避する、という無責任なところがあるのです。そのために、元ネタがわざと分かるように、雑多なままに見せるのです。

今回の随筆も、そういえば随分と雑多で、煮込まれていません。

前段で、首相官邸前の週末デモについて、熱を吐き出させるという点で認めるべきだと述べ、そのあと後段では、たぶん橋下徹市長を念頭に置いて「対論を出せ」と迫る政治家の姿勢は間違っている、という批判を行なっています。そして、再びデモはいいもんだ、という感想を述べて、結論のないまま文章を終わらせます。

たとえば、デモをおこなう人々に対案がなくてもいい。不満の放出としての役割が社会の安定に貢献するし、なおかつ、その中からアイデアも湧いてくる。どんどん不満をぶつけていこう。「対案がない行動は認めない」というようなアングロサクソン流の幾分古い論法で抑えつけるなどはもってのほかだ……という事を結論に書けばいいのに、書きません(これが彼の結論なのかどうかは分かりませんが)。

メッセージを訴え、それに責任を持つということはとても怖いことです。反発を感じる人から総スカンをくらいます。それに立ち向かっていくことは、とてもしんどういことです。それを巧妙に避ける小沢氏の手法を見事だと捉えるべきか、それとも逃げ腰だと批判するべきか。私には、後者のように感じ、やや残念に感じました。




本日読んで、気になった記事はこちら。↓

★ 理事も凍り付いた…公共料金滞納の堀越学園
あの堀越学園ではなく、埼玉の堀越学園なのだそうです。不祥事続きで学生が集まらず、公共料金すら払えなくなったとか。

公共料金滞納するなんて、いけませんね。それでもこの学園にしがみつく理事長たちは、ここ以外に行くところはないのでしょうね。


★ リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ:ムヒカ大統領のスピーチ
大統領として、随分踏み込んだスピーチをしたな、というのが正直な印象。しかし、彼のスピーチが世界を変えることはないのでしょう。


★ ダークナイト乱射犯が自宅に仕掛けた殺人ブービートラップに全米二度震撼
ジョーカーを気取った男は、徹底していた、という話。頭もよくて、将来を嘱望されていたはずなのに、なぜこんなことをしてしまったのでしょうか。解せません。精神疾患に罹っていたとしか思えないのです。日本なら、報道規制が行われていたかもしれません。


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