2012年4月27日金曜日

パックラット


先日、銀座を歩いていると、買い物袋をたくさん抱えた浮浪者とすれ違いました。
70近い老齢に見えましたが、手の甲を眺めるとそれほどシワは深くなく、それよりも若いようです。
実年齢は、50歳だったのかもしれません。
生活が苦しいため、年をとるのも早くなるのでしょう。

彼の持つ袋の中には、服や食器などがパンパンになるまで詰め込まれてました。
物をすぐには手に入れられない境遇のために、いつか使うと思うと、捨てられないのでしょう。

でも、本当にいつか使うのでしょうか。
彼とすれ違う時に袋の中に見えたものは、なぜこんなものが、というものがいくつも入っていました。

たとえば、同じような形の皿が何枚も、入っていました。
割れるかもしれないと思うと、何枚も持っておきたくなるのでしょう。
でも、陶器は重いですよ。
それなら、もっと軽いものが道端に落ちているはずなのに(弁当ガラのプラスチックのトレイとか)、陶器をわざわざ持ち運ぶ理由は、なんなのでしょう。

「パック・ラット」という言葉を思い出しました。

アメリカでは物を捨てられない人のことを、パック・ラットと呼ぶそうです。パック・ラットとは、北米に住む森ネズミのことで、光ったものを貯めこむ習性があるそうです。巣の中はガラクタでいっぱい。そこから名付けられたようです。


あるかないかの危険のために、今後何十年も、重い荷物を抱えて暮らすのはあまりにも無駄です。
東京で浮浪生活をしている方々のほとんどは、行政が提供する百人町などの集団生活を嫌った人々です(と、以前立ち話をした浮浪者が話をしていました)。

自由を手に入れるために、行政の手から離れて浮浪生活を続けているのでしょうけれども、いつの間にやら足かせを自分でつけているようなものです。

いつかのために何かを貯めこむことをやめれば、人はもっと身軽になります。浮浪者が運んでいた買い物袋の中の食器も、部屋の片隅に積み重ねられた段ボールも、貯めこまれたブックマークの山も、必要なものだけを残す作業を、常に行っていかないといけませんね。


本日気になった記事はこちら。↓


人生を売り払う、と書くと、悪魔に魂を売った男のようなものを思い浮かべますが、彼が売ったものは、過去の古い自分。古い殻を脱ぎ捨てたわけですから、そのあとの彼の人生が有意義になるのは当然かもしれません。

むしろ、彼から、いらない過去を買ってしまった男がどうなったのかが気になります。彼の情報を得たからと言って、彼と同じ信用を彼の友達から得られるはずもなく。むしろ、彼の個人情報を金で買った奴、という白い目で見られてお仕舞いになっていそうです。


ジブリのアニメ作品について、売上や観客動員数などの数字をもとに、分析を行った記事です。
宮崎駿のクリエイティブな情熱を形するために作ったはずのジブリですが、製作費回収や世界戦略など、考えなければならないことがもりだくさん、といったところでしょうか。


子供を救い出すために、壁に穴をあけなければならなかったそうです。
そこの喫茶店主がかわいそうです。
親がその費用を払わなくてはならないのでしょうけれども、若い夫婦にとっては重い負担。
ネコと子供のことだけ想像していると、かわいい情景なのでしょうけれども、その後の展開が気になります。


次亜塩素酸ソーダを使えば、十分な殺菌ができるのだそうです。
生肉がうまいんだ、という誤った価値観を捨てたほうが、よっぽどいいのに。
生肉反対。

次亜塩素酸といえば、数年前に、「虫歯を完全になくす」という噂が広まった「パーフェクトぺリオ」という商品がちょっとしたブームになったことがありましたっけ。

当時、パーフェクトぺリオは高かったので、アマゾンで類似品を購入して、歯を磨いていました。



でも、口に入れるには強すぎると、歯医者から怒られたので中止しました。
口の中がさわやかになるので、爽快感が癖になりかけていたから危うかったです。
皆さんはマネしないでくださいね。


中国って、政府の統制が厳しいのかゆるいのかわからなくなることがあります。
「上に政策あれば、下に対策あり」
の社会だと言われます。政府がいくら取り締まろうとしても、取り締まる手足をなるべき役人が、政府の言うことを聞かないときは、政府には打つ手がありません。


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